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はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
よろしくお願いします。今回ですね、テーマとしてはAIのネタになります。最近AIはね、多いかなと思います。まあ、AIをまあ、そんなね、めちゃくちゃ使っている感じではなくなってるんですけど、僕はね。
まあ、そんなに意識せず、まあ、AIにちょっとね、整理したり聞いてみたりとかは、まあ、しているかなと。全くしないわけじゃない。だけど、前よりは頻度が減ったかもしれないし、ちょっとこのあたりは一つの手段という感じかもしれないです。
で、一方ですね、まあ、リスナーのあなたも気になっているかは正直わかんないんですけど、まあ、ずっとですね、僕の主張としては、まあ、AI自体は全然悪いわけじゃないんだけど、
まあ、当たり前だけど依存したり過度に使いすぎると、まあ、疲れてしまったりですね。あと、自分でですね、思考するってことができなくなるんじゃないか、むしろ
ある種の思考力の低下みたいな話があったりなかったりしますよね。で、ある研究ではそうだけど、長期的にっていうのはそもそも無理で、
いいですよ。人間はですね、実験みたいにできないわけで、そういうふうになってしまったとかだったらいいんだけど、ならないですよね。
なるようにはできないですよね。なんでその実験というのは難しいところですが、ただですね、やっぱり影響は僕はあるんじゃないかなと思います。
影響は良い風になると思った方がいいんですけど、悪いものもやっぱりありますよね。
メリット・デメリットがさまざまなものにもあるし、あと求めているものというところの方向性がずれてしまえば悪くなるじゃないですか。
要は物の使い方、道具の使い方という話で、というわけでですね、ちょっと懸念しているではないんですけど、その辺りをですね、僕なりの今の考えを、そのAIでの人間の考えることがどうなっていくか、
特に低下するんじゃないか、もしくは増えるのか、その辺りですね、何度か話しているテーマではありますが、改めて考えを述べていきたいと思います。
AIと人間の考えることの影響、なんかに興味がある方はぜひ聞いていただけるとネタになるかもしれません。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、四国理ラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回のテーマは、AIを人が活用する、セセアを使うと人間がですね、考えることに関して
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高まるのか、低くなるのか、それとも何なのかと、その辺りですね、全然専門的な知見ではなく、素人的な知見で僕の考え方、感覚を含めて述べていきたいかなと思います。
まずですね、それは別に僕が突飛的、突発的に何か言ってるわけじゃなくて、この四国理ラジオでも何度か話している気がします。
その人間にとって考えるっていうのは、結構ですね、人間的なものだと。動物が考えていないわけじゃないかもしれませんが、でも動物的反応というのもあったりするわけで、
何て言うんだっけ、鳥を、動物が自分の、子供じゃないけど、何かを救うみたいなのがあるかもしれないけど、救うという行動ではなくて、原理的な、本能的な何かをしているだけで、そういう思考はないんじゃないかみたいな。
そうやって言うとつまらないかもしれませんが、まあいいでしょうと。人間が思うのはいいので。
考えて使うみたいなところが今回のポイントです。
つまりですね、例えば、事例は社会人ということで、新卒の方が今ゴールデンウィーク明け復帰して、復帰?仕事をしていると思いますが、そういったですね、例えば会社員の人で仕事をしています。
その人は経験が浅いんだけど、だいぶ仕事に慣れてきました。今度プレゼンがあるから、この例がいいかわかりませんが、資料を作ってよと。
こういうお客さんでよっていうことを言われたんで、わかりましたと。
何をするかというと、AIを使うと。
AIを使うことは、ここの時点では全然否定していないし、いいとも言ってないですよ。
使うのはいいんですよね。
使う時に、どうやってプロンプと指示を入れるか。
指示をどう入れるかということ、その行為自体じゃなくて、その時に何を考えますかという話になります。
考えというのは、ちょっと小難しく言えば仮説とか問いとかになりますが、もっとカジュアルに言えば、どういう資料にしようかなみたいな、そういうノリですか。
言葉で言えば、伝わってますかね。
というのが、考えたということになります。
なりますというか、しています。
ここではね。
その時に、例えば上司からクライアントとか企業は、こういう業界で、製造業でとか、何でもいいんですが、
お客さんはこういう課題を持っているんじゃないかというのが、事前にわかっているので、そういうのがあるよね。
あと、昔とか前にやった資料は、参考になるかわからないけど、こういう感じで出したら評価は高かったよね、みたいな。
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そのぐらいのざっくりしたものをもらったと。
リスナーの方も考えてください。
それを、そこから考えるというか、資料を作ってって言われたらどうします、ということなんですけど、
これ結構難しいなって今思ったんですよ、僕自身もね。
というのは、こういうふうに考えたらいいじゃないですか、こういうふうにやったらいいじゃないですかっていう手続きとか、
作業の流れとかっていうのを、本当に何も経験していない人であれば、難しくないですかって思ったんですね。
今言いながらね、これ言いながら考えています。
あれ?と思って。
だがしかしということで、今回この新人というか、若い新社員の方が、
1回はそういうのをやっていたり、もしくは事前に上司とそういう話をしていて、
全く未経験ではない。
むしろ一緒にプレゼントが行って、雰囲気は掴んでいたり、
どういう資料を作っていいかも、割と指導を先輩とかからも受けていて、
一応やっているというふうにしておきましょう。
全くない状態であるとちょっと分かりづらいと思う。
なので、ある程度分かっています。
だけど、楽をしたいのか、その気持ちは置いておいて、
AIに投げるわけです。
ちょっと前置きは投げられましたが、
何かというと、クライアントはメーカーで、社名とかは付せときながら、
こういう課題を抱えています。
こういう資料が全部ベタ張りするから置いておきましょう。
だけど、こういうテイストの資料が良かったです。
というふうに言って、それは条件として入れます。
そこは別にどうかはいいですが、最後の問いですよね。
問いがないという状態を作るのであれば、
ちょっとごめんなさい、説明がメタ的になっていますが、
上司からまさに言われた、この会社さんの売上に寄与するとか、
我々のサービスを使ってもらうためには、
どういう提案が良いんだろうかという上司のお題、
もしくは自分に振られたものをそのままAIに書いてしまう。
ある種のこれは、悪く言えば丸投げですよね。
上司から言われた条件やオーダーをそのままAIに投げる。
これはある種の丸投げと言っても、
怒られないんじゃないかなと思いますけど、どうでしょうかね。
丸投げだと、AIに丸投げ。
極端に対応させると、このAIに丸投げというのが一つ。
もう一個が自分で考えて、こういうふうにしたいという問い仮説、
こんな資料があったらいいんじゃないですかね、
という資料の場合がある状態で、
AIに投げるならいいんじゃないかというのが、
一つの僕の主張でもあります。
もう一回言いますと、上司から言われたものを、
そのままAIに丸投げし、揃って使うことが、
よろしくないんじゃないでしょうかと。
もう一個が、上司からもらったそういうものを、
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自分なり考えることが今まででした。
今はAIを使えるので、考えた上でAIに投げる。
どちらにせよ、AIに投げるというふうなもので比較すると、
AIには投げる、AIには問いかけするんだけど、
丸投げしていなく、自分で考える余地があるか、
どういうものを作ったらいいかがあるかどうかです。
この辺りは、そこまで異論というか反論等はないのかもしれませんが、
他の視点があるかもしれないですね。
この2つですね、丸投げするのか、自分で考えた上で投げるのか、
それが誤差のようにもしかしたら思う方がいらっしゃるかもしれないですけど、
全然誤差ではなくて、ものすごく違いがあるわけですね。
もっと単純に考えて、Google検索です。
例えば、ある言葉の意味がわかりません。
例えば、学知家という言葉があります。
学知家というのは、カタカナで学知家だと思いますが、
学生時代に力を入れたことというのを略で、
学と知家という、ちょっと気持ち悪い、怒られると思いますが、
そこを略すんだ、みたいな感覚のある言葉です。
僕はあまり好んで使うものではないですが、
好むと好まざると思わずに、学生さんとかも別に好んでないんだけど、
誰かが言い出したから使っているだけかもしれませんが、そういう言葉があります。
で、学知家って何、みたいな。
学生が近づいてくることかな、とかいうのを、
今、もし初めて聞く方がいたら、何か思って、考えて、
思い巡らせてから、Google検索で学知家っていうのは聞いたんだけど、どういうことですか。
もしくは、学知家っていうふうに誰かと話していて、発言をしたんで、
ん?なんかそれは、そういう学生さんが使う言葉なんだろうか、とか、
今までそういう社会人の人からあまり聞いたことがないな、とか、
若い人が使う言葉なのかな、とか、流行りのキャラクターかな、ポケモンみたいなね、とかね。
そういうふうに、一旦考えてから、学知家ってGoogle検索して入れるかどうか。
その違いのような感じです。
あくまでもイメージですが、そんなぐらい違います。
で、その違いが何にどうなっていくかというと、
例えば、その資料を丸投げして作りたいなって思った人は、
AIに投げたら作ってくれるんですよね。今作れますね、ある程度。
で、作りました。どうします?っていう話なんですね。
つまり、AIに投げてもアウトプットが出てきたその資料なのか、文章の構成なのか、
叩き台なのか、こういうポイントを気をつけてくださいっていうものなのか、
その指示によるんですけど、ここではわかりやすく、
資料を作ってください。そのプレゼンをする資料を作ってください。
パワーポイントでも何でもいいんですが、そういうものを作ってくださいと言ったんで、
それを作れるようなAIだとしましょう。スライドになるのか、
Googleスライドとかわかりませんが、のが出てくる。キャンバーとかありますし、
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いろんな、何でもいいんです。AIは何でもいいんですが、
AIが出してきたスライドがあるとしましょう、が出てきました。
さあ、あなたはどうしますか。もしくは、丸投げをした人っていうのはどうしますかってことで、
判断をしなきゃいけないですよね。つまり、これがいいかどうかを、
その人が判断しなきゃいけないっていう判断基準がどこにあります。
っていうことを考えると、ものすごく明確でして、
一つ、さっき言ってた上司から聞いた、まさにその人が丸投げした、
メーカーなのか製造業なのか、そのお客さんが好む、
もしくは、に提案が刺さるような売り上げに寄与するような、
前はこういう感じのやつが好まれた、みたいなのがあった、
資料があった、っていうところでの、それを踏まえて、
っていうことなんで、それを考える必要性がありますよね。
多分、AIはそこに気を利かせてきて、
こういうメーカーの人はこういうことが言えるんじゃないですか。
まさに、好むと好まざるの、分かりませんが一般論的な、
メーカーなので、法人なので、なんかカチッとした、
あんまりカビじゃないデザインをしたというよりも、
シンプルなものがいいんじゃないでしょうか。ただ何もないとつまらないんで、
画像やイラスト、イラストはやめた方がいいかな、画像を入れていくと、
ビジネスのスタイルとして、
あまりカジュアルすぎないものっていうのがいいんじゃないでしょうか。
っていうのをこの人が考えたんじゃなくて、僕が考えたんじゃなくて、
AIが書いてきたんですね。多分書いてくるんです。
っていうのを判断基準にしてしまう。もしくは、それで持って、
じゃあ、それでいいやみたいな。それでいいやも、
考えた上でそれでいいやならいいと思うんですけど、考えてなくて、
もうAIが言ってるからいいやみたいな。これがまさに
思考は停止している。同時にAIは、
思考しているとは思わないんですが、AIは動いていて、
人間側の思考は停止しているというのが明らかじゃないかなと
思ったりします。で、極めつけは、
それをあまり考えずに、もうこうなったらいいかなとかいうのはなくて、
AIに聞いたら、こういうのが出てきたから、上司に出しましたっていう時に、
まともな上司なら、これは何だと
言ってくると思うんで、
これは何なの?みたいな。
どういう意図でやったの?って言われるんで、
自分は僕はどういうかというと、
素直に作らせましたって、悪気なく言うか、
自分で考えたふりをしてAIがやったことを
言うかってことなんですけど、非常に危ないですよね。
危ういですよね。危ういというのは、自分が
考えていないAIに考えさせた、もしくはAIに投げて、丸投げして
それを書いてきたものを自分が考えたというふうにするのであれば、その人は
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成長はないですよね。だって考えていないから。
さすがにそこまで全部丸投げはないかなと思いながらも、
主要な部分というのは、このお客さんはとか、
このプレゼントは何で良かったんだろうとか、
どういうものが好まれるのか、何が売り上げに寄与するんだろうか、
自社サービスをどういうふうに絡ませていったらいいんだろうかが、
もちろん分からないと思いますが、もしくは分からないなりに考えた
何かが欲しいという感じですよね。実践ってそういうものかなと
僕は思います。これがとても世の中からずれているかもしれませんが、
ちょっと分からないです、そこはね。置いておいて、僕はそういうふうに
考えました。となると、丸投げした人は
丸投げした人が悪で
滅びろとかそういうことではないんですが、丸投げした人は
まさに人が成長していない、もしくは学べない
改善性って言ったらいいか分かりませんが、可能性でいいでしょう
確率が非常に高くなるわけですね。つまり、学べる確率が
低いとなります。そういった仕事が
1日に何回来るか分かりませんし、もしくは何回そういうような
やり取りをしているか分かりませんが、それに対して全てAIを使うことは
なかなか現実的じゃないかなと思ったりします。だけど
そういうふうになってしまうと、まさに考えないという人が
できてしまう。長くなるので
この話はちょっと応用言うか分かりませんが、
電卓とか、昔で言う携帯電話の
電話帳とか、電話番号を覚えたとか
漢字を覚えていなくても、バラって打ったらバラって
キーボードで打ったら出ますし、スマホで打ったら出ますよね。バラって漢字を書く必要性があるの?
みたいな。
っていうような話。あと車の運転も、友人が言ってるんですけど、車の運転
っていうのを、別に車の内部構造を知らなくても目的地に行けますよね。
っていうような、いわゆる道具ですね。
道具論ってやつですが、道具論、合ってる?道具論まで分からないけど、
そういう道具として使うっていうふうな文と
AIを道具として使うっていう文には、いいような
気がします。ここで言う、多分なんですが
道具というのは、明確な意図もしくは、何かしらの意図があって
使うわけです。例えば
キーボードは、バラっていう漢字を出したいから、BRAD
打ち込んで、ローマ字変化の場合ですが
スマホでもフリック入力でもいいし
バラと売れてね、変換します。変換したい
漢字で表現したいから、もしくは表示したいから、バラと変換をスペース化して
やってますよね。電話帳で
何々さん、自分の友人に電話をしたい
電話する人が減ってるかもしれませんが、電話したいときに電話っていうのを
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LINEでもいいですけどね。LINEで何々さんに連絡したいときに
何々さんってことを押して、トークルームを開いたり、もしくはトークルームに
開いてるから、文字を送ればその人に届くというのが分かる。だけど
パケットがどうで、通信がどうで、電波がどうで、そんな仕組みは
知らなくてもいいですよね。車もアクセル、ブレーキ、安全に
安全性を配慮する必要はありますが、それを守って道路を走っていく
ことで目的地に着く。1時間後には自分が望んでいた
観光地でもいいですし、取引先のところに着くと
地図があってね。地図があるんで覚えてなくてもほぼほぼ大丈夫でしょう
というところがあります。そのときに仕組みまで知らなくていいですよね。
そういう例を出しているのは、それはあくまでも
目的があって取引先に行くと
漢字で表現するとか
誰々さんに連絡する、LINEに連絡する
というのがあるからですよね。電話帳を覚えなくても電話番号が
あってそこに押せば、電話番号を覚える必要はないし
覚えてるなんてほとんどいないと思いますけど、そういうものですよね。
覚えたらダメとか、それは覚えるなってことじゃないですよね。
覚えてたらいいですよね。緊急連絡先は覚えてるかもしれません。
AIです。AIもさっき言った通りで
丸投げして中身は知らなくていいと。
中身というのは、ここで言うと
AIの仕組みというのもある種あるかもしれませんが
どちらかというと、ここで中身というよりも何をしたいか
ということなんですよね。いわゆる意思と言ってもいいし、意図と言ってもいいし
さっき言ってた話で言えば、資料としたらこういう風になったら
いいんじゃないかなという仮説や問い、こういう方向が多分いいんじゃないかな
という、頭にイメージすることでもいいんですけど
そのイメージというのは人によっては弱かったり薄かったり、もしくは無かったりするので
あまり適切な言葉ではないと思いますが、少なくとも
こういうものでいいんじゃないですかねというような
何か表現できる何かと言っておきますが、あって
それを助力というか支援というか
手助けするためにAIを使うというのが
明確にある状態かなと思います。
要は何となく金槌持って釘打たないように
釘を打ちたいから金槌を持っているみたいなね
スケッチしたいから鉛筆持っているし、色鉛筆でもいいし
持っているし、紙持っているし、要はその道具というのは
何かしらの意図がなければ多分使えないですよね
もちろん四国にラジオでも言っているように鉛筆で
鉛筆持っていてペン回しして遊ぶというのもありますが、それは
遊ぶという意図だったり退屈だという何かがあって
それが好むか好まないか置いておいて、意図があった上で
道具を使っているという状態になる。これは道具的な
21:00
考え方ですが、AIを使うという立場ですね。
もちろんこの考え方は一つの見方でしかないです
というのはAIをパートナーというふうにしたときに
対話相手だというふうにすると、対話をするためにとか
恋愛とかですね、感情とか、話を整理するためとか
ありますが、多くは道具的に手段として
用いることができるんじゃないかなと思います
というのを代替として、代替といってもいいますが
代わりとして何の代わりかというと、自分の思考の代わりというのは
非常に危険なんじゃないかなと思うわけですね。自分の思考の代わりにはならないし
その思考の代わりといっているAIは、よく分からないけど
知能と言っていいか分かりませんが
難しいと言われている大学の試験だったり
数学や理科とか英語とか国語とかそういった試験も
共通試験でもそうですし、二次試験とかも大学でも解いちゃうと
だからあまり意味ないんですよね、AIがどう
だからAIに聞いたら
例えばこの数学の問題が解けますよっていうのがあって
で、何なのっていう風になっていくわけですね。例えばじゃあそれが解けるから
その数学について聞けば先生になりますよね
っていうのはある種正しい見方ですよね
だけどここですごく見落としがちなのが
数学を解きたいっていうとか、教えてほしいっていう意図があって
それをAIに聞いているのが別にいいですよ。だってその人は数学で学びたいわけじゃないですか
それが正しいか間違っているかもあるので、専門家とか
数学の先生とか、先生が絶対合っているわけじゃないんでしょうけど
おおむね、そのめちゃくちゃ難しいものではないなら合っているでしょう
ということを、そこは信頼していくしかないですが
話を進めていく必要があるわけですね
学生さんがもし聞いていたら、学生さんでよく
あんまりいないんでしょうけど、でも1、2割はいるんでしょう。大学によるんでしょう
レポートをそのままAIに投げて、それを出すということが
できてしまうし、それを防ぐ手立てはほとんどないわけですね
だって文章として出てきちゃうし、出せますからね
この時、丸投げしているわけじゃないですか
社会学的な学んだ視点からどう考えたらいいかな
こういうものを考えていったらいいかなみたいなのがあれば
多分なんですけど、AIの使い方としてはそういう視点で
一旦、箇条書きとか出させて、それで書かせてから
自分で考えてどうかっていうふうに使うんじゃないかな
これが多分適切なAI活用じゃないかなと思っています
適切かどうかは置いておきましょう
じゃなくて、ここでいう思考していないのは
AIに課題を丸投げして、そこで出てきたアウトプットをそのまま使う
本当にそのまま使う、すれば簡単に単位取れますよ
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っていうようなことを、ライフハックじゃないけど
好む人もいるかもしれませんね
問題は、自分が考えていないことが問題なわけですね
要は学びになっていないということです
何のために大学に行っているんですかって話になるわけで
ここら辺になってくると、生き方とか
そもそもレポートを出す行為なんてどうでもよくなって
そもそも何でその単位とか授業とか講義を取っているっていう
学んでいる、そもそも何で大学に行っている
そもそもそれは何に役立てようとしている、もちろんそれは
勉強してからじゃないと分かれませんみたいな回答もあると思うわけですよね
学生さんだったらね、全然分かるんですよ
だったら勉強しましょうみたいな、考えましょうよと
そういうのは、もちろんまともな大学であればというふうになりますが
まともな先生であれば、そういうのは教えてくれるし
そういうことを考え方を、まさに指導してくれるのが大学かなと思います
または大学が別に教えてくれるんじゃなくて、自ら問いを見つけ
学問としてどういうものを研究していけばいいかっていうのを
学ぶ場ですから、そこがですね、やらなかったら
何のためにっていう話になりますよね、でも否定できないですよね
卒業の資格だけ欲しいからみたいな人もいらっしゃるかもしれないです
そういう人にとっては、今僕が言っているような話は
うざったくてしょうがないでしょうね、でもその人が
分かんないです、結局キレがなくて、社会人になりました
会社になりました、そのAIに丸投げしている人が何かできるようになるか
というと、できるわけがないですよね、それは明らかで
証明するということですらないというふうに思います
なぜならまず脳を使ってますよね、ジャンプをしたことがない人に
ジャンプしてよって言って、ジャンプってどうやってやるんですかみたいな話になります
すごい例ですけど
社会人だったら売り上げを上げてくれとか
この会社に頑張って
いろいろやってくれみたいな
すごいざっくりした支持かもしれないけど、そういうのがあったときに
何していいか分からないので、AIに聞いてこういうことをやったらいいんじゃないですか
っていうふうに言うのは、まだ通るのかな
だけど、AIに聞いたからこうしてくださいって言うのって
何も自分で考えていないじゃないですか
たまにAIに任せたらいいじゃんっていう人に抜け落ちているのは
AIに任せてできてしまうことは、その人はいらないということになりますから
すぐではないんだけど、それはAIが使えたら意味がないから
AIを代行して使うことが価値になるんですかみたいな話になってきて
それおかしくないですか
スマホが使えない人のためにスマホを自分が使って教えるっていうのは
確かにそういう状況ももちろんあると思いますが、ちょっと違いますよね
キーボードが打てない人の代わりにキーボードを打つっていうのもあると思うんですけど
27:01
ちょっと違いますよね
少なくともそういうのもAIエージェントぐらいになってくると
簡単にやってしまうというもうちょっと人っぽい感じがしますよね
もっと言えば
これは最終的な話になってくるんですけど
大橋さんは僕はAIを使うことを否定しているのかと言ったら
別にそんなことはなくて、使い方の問題だという話ですね
仮説やどういうふうになっていた方がいいか
車であれば目的地どこへ行きたいとか
電卓であればこういう計算をしたいというような意図や意思や
仮説やこうなったらいいっていうのを持った上でやればいいわけですね
それだけです
Google検索は別に悪くなくて、なんでこうなるかを一旦考えた上でやらないとよくないよね
それはスマホの音を言われるかわかりませんが
何かわからないことがあったらすぐスマホを打って調べる
それは調べたいから調べているわけではないですね
自分がもやもやしていて
学知化って何かわからないなみたいな時に
いわゆるネガティブキャパビリティかわからないですけど
自分がわからないというものに対するもやもやとしたものを
自分の中で考えるというある種の癖がないと言った方がいいですよね
多分それは癖がないでいいと思います
癖というのは習慣とかそういう癖ですね
だって普段やっていないからですね
それをやらないと何が起きるかというとすぐAIとか
AIがなかったら人に聞くでもいいんですよね
人に聞くとか悪いわけじゃないですよ
しつこいですけど確認ですけど人に聞いてもいいけど
なんでその人に聞くのなんでその人に尋ねるの
例えばまた新卒の人の話に戻りますけど
AIに聞かずに資料を作るんだけど
どういうのを作っていいかわからないですってことを上司に尋ね直したとしましょう
何がわからないのってありますよね
何がわからないのっていうのが詰めすぎるようであれば
もうちょっとマイルドにすると
今まで資料を作ったりもしくは先輩から習ったり
今までの経験1ヶ月くらいあったとしたら
そこからどういうものがあなたは資料としていいと思うのっていう
あなたの意見やもしくはあなたが考えていることは提示しなきゃいけないですよね
ご自身がねだから僕が提示しなきゃいけないですね
こういうことは考えています上にこういうことが言えます
少なくともそれはある程度論理的にデータや事実を基づいた方がいいと思いますし
もしくはそれを提示した上で自分はこういうのがいいこういうのが良くないなと思っている
ということは示すといいかなと思いますそうすれば
優れたもしくはできる上司であればそれに対して
アドバイスをしてくれるしもしくはそれに対してこういう考え方の方がいいんじゃないかっていう
方向性を示してくれるんじゃないかなと思います
少なくともあなたの責任で全部
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それで失敗したらダメになるような風なものでは
会社っていうのはないと思いますのでそこは大ぶりに乗ったつもりで
行くっていうのがいいかなと思いますそんな別に
新人の人に対してアドバイスする番組では全然ないのでそれはちょっと
そういう状況があったとしてということですね
この時に最後に話したいのは
そういうふうに使うということに意図を持って使っていただければ
AIは全然いいわけです意図を持って使うと
AIもことは一意見だしAIも一つの道具で過ぎないわけですね
っていう風になっていくんでいいんじゃないかなって思っています
話し通りはそれだけですねここで最後に具体的中小の
話をするとどういうことかというとその上司の指示が
資料を作ってくれプレゼンの資料を作ってくれお客さんに持っていくものを作ってくれっていう時に
ものすごく具体的にこういう例えばスライドは
全部で10枚だと10枚でA4の16対9の
ものだとテンプレートがあるんでこれを使ってくれと
そうやって一個一個文字はこれを入れてって
言ってそれをやるとある種の作業書手順書で
プレゼン資料が完成すると思ってください
あなたの仕事はその画像を3枚目と5枚目に
入れることだとしかもこの画像はここのサイトから適切なものを選んでくれと
今はこの顧客が言っているのは
汗をかいている作業者の人の写真が欲しいから
工事現場とかそういうのを入れてくれといいんじゃないかそこまで書いてある
っていうのがプレゼン資料を作る
っていう仕事だとしたときにそれは
プレゼン資料を作成の仕事なんですか
っていう話になるんですそういうのをドキッとした
方がいるかもしれないし別にそれが仕事じゃないのって思う方もいるかもしれませんが
少なくとも僕はそれは作業だなと思いますつまり
具体的な指示が出ているものでは作業感が強く
100%作業ってことはないかもしれませんが
それをやることだけでいいってわけですねつまり画像を検索し
しかも決められた工事現場とか入れてそこから
ちょっと汗をかいている人たちの写真を探すっていうのが
作業じゃないですかそれはもちろん全部やっていったらプレゼン資料が
できましたとなるんですけどそこにあなたの
考えやこうしたらいいなとかいう余地はありますかって話なんですよね
それは具体的な指示で極めて
作業に近いものだとないですよねでここで
余談ではなく僕の感覚でいくとこういう作業は極めて
面白くないわけです極めてね
これはこれでいいんだよそういうのをやってたらいいんですよっていう方も
もしかしたら施工クリエイターとか聞いてる方そんな人あんまりいないと思うんですけど
もしいらっしゃったらすいません
33:01
もちろん経験が例外というか
経験が浅くてその資料を作ったことないとかそういう人がトレーニングとして
訓練としてやる分にはありだと思いますよでもそれだけじゃないですか
それ以上のものはそれ以上それ以上でも以下でもないというか
感じですで今度は抽象です抽象というのは
それがもっと曖昧でなんだろう曖昧というのは良くないな
指示が適切指示は作業レベルのものではないわけですね
だから抽象的っていう風になるだから
曖昧というのが悪い意味じゃないですよ具体的ではないまさに抽象
なんですが例えばそのお客さんが満足する資料を
作ってくれと言われて言われましたとでも
なんかちょっとした条件はあるさっきの業界はこうで
こういう人がお客さんだよっていうようなことはあるけど
あとは自分で考えてやってくれみたいなのを言われました
とするとこれは抽象度が高いです
すなわち考える余地がいっぱいありますね
ってことはプレゼン資料もしかして作らなくてもいいかもしれないねみたいな
言ってることわかります接待だとかねそれがいい悪いじゃなくてそういう
余地も出てくるわけですすなわち資料を作ってくれという
その何て言うことを外しちゃいけないのかもどうかも
確認していったほうがいいと思いますけど上進ねでももしかしたらそれが
求められることかもしれないし資料は作ってほしいんだけど
資料を作る上で作るんだけどそのプロセスは任せたっていう
ことかもしれませんよねその任せられる材料の部分
みたいなのがまさに抽象度が高くなるってことかなと思いますもちろん抽象度
高いままでダメなんでフワッとしてプレゼン資料をこういうのが作ったほうがいいですよね
みたいなことを言ってるだけじゃダメなんで実際に手を動かして作る必要性は
ありますがその具体的な作業手順とかはないときに
まさに余地がある材料があると思います
そちらのほうが1億倍とはいえませんが
ものすごく僕は楽しいと思います当然それは相手が
経験がなかったり何か具体的なものの経験がなかったり
体験や知識がなかったらムチャボリって言われて怒られると思いますが
だけど何て言うだろうな
その具体と抽象的に言えばその人が
指示をした人か部下が確実に
バチッと100%完璧だっていう風に自分の材料
自分でも仕事してるんだっていうのを踏まえつつ
作業も全く迷いがなくしっかりできるってことはまずないんじゃないかなと思います
もしくは多少ムチャボリだなと思いながらも
やれてなんか大変だったけど
何か身になったみたいなとかねっていうのが実践だと思います
だからムチャボリしろとか作業を細かく決めろとか
いう話をしたいんではなく常に曖昧と言いますか
指示で着地するところ部下と上司の話を今してますが
36:00
乱れるというか決まらないんですね
言ってること伝えますかね
だから僕は割り貸しって話ですけど
作業による具体的な手順を決めてっていう方よりも
決められたことは分かったでそのところのプロセスはいろいろあった方が
アイディアがあったり工夫ができるから面白いんじゃないですかまさに材料ですね
がある方が面白いんじゃないですかそうじゃないとやってられないですよ
っていう強い主張までいかないんだけど
そっちの方が面白くないですかね
仕事を作るっていうのも様々な方法があると思いますし
企業もビジネスもやり方が全く同じでも全く結果が異なって
それは自分が結果が出ないっていう
結果が出ない方ばっかりを見てる人だったら面白くないかもしれないですよ
分かりますよだけどそうでもないんじゃないですか
それがたまたまハマってないだけでたまたま上手くいってないだけで
ものすごくサッカーが上手い選手もチームや監督や
状況によっては勝ち上げできなかったっていう人なんていらっしゃるわけですよね
ビジネスマンでもいいし経営者でもいいしねそうそうそうなんですよ
だからこれは別に自己啓発じゃないですけど
腐らずにやっていくってことがやっぱり大事になるとは思うんですよね
最後にAIの話に戻っていくと
具体と抽象化で言えばもう投げてしまう
丸投げしてしまうってことはそういうせっかくの
自分に任せられた材料とかチャンスと言うと言い過ぎなんですけど
それを自らみずみずってやつか
捨てている感じしませんかって僕は思ったりするんですよね
だから話が合わないわけですよ
作業をしたいです作業をくださいっていう人と
作業は作りましょうその前にこういうことがあるから前提を把握してこういう風にしていきましょうっていう
抽象的ですかコンセプトであるとか
そもそも何をしていきたいのかビジネスモデルでもいいんですけど
どういう風に生きていきたいのか何を社会にお客さんに届けていきたいのか
それはある種ロマンとか夢とかっていう風にもしかしたら
脳内で処理される方がいらっしゃるかもしれないですけど
そういうことでもないですよね
仮にそういう夢やロマンややりたいこと希望とか得意なこと
ポジティブな未来みたいな
ウェルビーングでもいいし生き甲斐みたいな
生き甲斐4メソッドみたいなフレームワークとかでもいいですけど
そういうことを言いたいというかに近づいていったとしても
別にそういう主張ではないわけですよ
多分ね結果的に近づいていっても
要は
じゃあその作業なり
価値観の問題になってくるからわからないですけど
じゃあ何やるのみたいな
39:00
その感覚ですね
作業で任せられてそれをやりますでってやるわけですよね
これが不都合な事実になると思うんですが
その作業を手順を決めてこういう風にしてください
というのが得意な存在があるわけです
それがあなた以上にというわけじゃないんだけど脅すわけじゃないですよ
リスナーの方はわかりませんがさっき言ったプレゼン資料は
10枚ですと
わかってきた方いらっしゃるかもしれませんが16対9の比率でスライドを作ってくださいと
文章としては箇条書きでこういうのがあるんでこれを入れてくださいと
画像の3枚目と5枚目は何を探したらいいかわかりませんみたいな
それをやってください
これがまさにプロンプトですねAIの指示
つながちそれはAIがめちゃくちゃ得意なんですよね
作業を指示してやるってことがもちろん100%じゃないし
ずれることもあるんですがおおむねやってくれるじゃないですか
しかも不都合なのがめちゃくちゃ早いししかも今めちゃくちゃ安いみたいな
当然AIを使うってことには
使う人がいて人間がそれを指示しなきゃいけなかったり
AIエンジェントに何か良し悪いって言ってもさすがにそれは難しくてチェックしたり
判断したりルールを決めたりはいりますよね
それは人間でその作業を待ってるっていう人に対して
その作業者を雇うっていうよりも全然安いわけですね
めちゃくちゃ安い100分の1かもしれないですね1000分の1かもしれないわからないです
例えば月2,000円の有料プランでそれをやってたら
2,000円ですよ1日それを8時間とかそんな使わないか
1日1時間で処理してもらうみたいなことやってても
月20日としても20時間ですよ
で2,000円ですよ1時間100円ですよめちゃくちゃ安くないですか
1時間100円でそんな作業をしますっていう話ですよね
データ入力でさえ1件
1円とか1円でもきついですよね
5円とかにしないと
1件生々しいかもしれないですけど1分1件
1件5円だとしても60分で300円ですよね
あってますよね1分データを入れますそれで1件終わります
それを単価5円だとして300円です
しかも1時間って言ってますけどそのデータ入力に
1時間かかるとは思えないんでもっと早いんじゃないですか
もしかしたら5分で終わるかもしれないもしかしたら1分で終わるかもしれないですね
怖くないですかねもしくはデータ入力なんてせずに
スキャンでアプリでできますってことであればそんなことは仕事としてそもそも
作業として成立しないかもしれませんが多少作業として
AからBBからCCからDDからEEからFくらいの作業手順が
作業手順できなかったらダメですけど
そういうことが作業手順を作ったり作業手順を作ることができたらAIに触ればいい
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もしくはAIができるアウトプットじゃなかったらできないっていうのはありますが
それでできてしまうわけなんで1時間100円も払えば
ものすごくできてしまう1時間でできてしまう仕事の量があったときに
わざわざそこで300円1時間300円出して
また高台行ってくる人もしくは
その質が保証されないわけですねすぐアウトプット見えないから
っていう人に振りますかって話になってきて確かにとなって
作業的なものっていうのをやるなとか作業というのを
募金しろとかそういうことはないんですが
作業的なものしかやりたくないですとか
作業で決まっていることしかやりたくないですとかそういう方向になっていくと
まずいですよねっていうふうにやっぱりなりましたね
ちょっと長くなりましたけど
だから本当に素朴な
気づきづらいことかもしれませんが何か特にAIの場合は
AIを使うぞっていうときに何でそれを使ってるんですかと
何を求めてますかっていうのを1回考えた上で
使うと答え合わせはもちろんないですよね
自分はこう考えたけどAIはこう言ってるとやっぱりAIは違うな
っていうのじゃなくてAIはこういうふうに言ってるな
ぐらいの精度というか感覚でいいんじゃないかなと
じゃあ自分が合ってるのかAIが合ってるのか正しい正解はない
ものが多いのでビジネスでこういう人が
お客さん困ってるんでこういうことをやりましょうっていうのが正しいなんてわかんないじゃないですか
それは人間社会に起きてるんで
マラソン選手にめちゃくちゃ汗かいて水分欲しいのに
パン持ってったら怒るわけじゃないですか
殺人的になるからやめてほしいんですけどそうじゃなくて水分欲しい
じゃないですかみたいなときに
正解は水分はもういいとしばらくして
あとはやっぱりご飯食べたいですよねみたいなカロリー欲しいですよねみたいな
ときにそれはカロリーじゃなくてパンが欲しいかもしれない
言ってること分かりますかねだから状況によって変わるんですよね
だからそれはAIにこういう状況だから
判断してよっていうふうじゃなくて自分が人間側が判断しなきゃいけない
これはもう
それを放棄するっていうのはもうAIになるみたいな話になってくるから
作業しかやりたくないっていうのはもうAIになりますってことと
AIに代替されちゃいますよねなんで辛くなってくる
作業じゃなくて人間がやれるとかそういうことを
設計とかそもそもの意図は何みたいなものとか
具体的にするのも大事なんですけどもちろんね
それは否定しないですけど抽象化したり
抽象度が高い材料があってそこで何かできるかそこで具体的な行為をできるか
それをAIに聞くっていうのも一つの手段ですがAIに聞くときは
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何度も言ってますが自分はこういうふうに考えたりするよねとかもしくは
自分はそこまで考えてないんだけどどういうふうに考えたらいいみたいな
だけど自分が経験がなかったり体験がないものは推測にしか過ぎないじゃないですか
例えば出版をしたことのない人は出版というのは何か分からないわけなんだけど
こういうプロジェクトがあってこういうことを仕事でしてきたからそれで例えば
できますよねみたいな話はできますよねだけどそれは
やったことのない人からしたら抽象論や一般論みたいな
そういうふうになるわけだから分からないですよね体験として
だから学びにならないしAIが一定だというだけになるから
あんまり意味がないんですね
だからなんていうんだろう専門性が高い人とか
人に聞かないとあんまり意味がないんでしょうね
聞いたところでそれをやるって言葉でやらないとまた意味がないんでしょうね
という感じですというわけで長くなりましたけど
AIを使うなという話じゃなくてAIを使うなら
問いを持ち仮説を持ち今回資料の話しましたけど
資料になったらいいんじゃないですかねというようなものを持った上でやると
AI依存にはそもそもならないと思いますし
そもそも思考の質と言いますか自分が考えたものと
AIのものを比較するので2つありますよねそれを比較すればさらに高められるかもしれないし
また別の人の意見を聞いたりして高めていくとかアウトプットしていく
ということがいいんじゃないのかなというふうに思いました
ちょっと長くなりましたのでこのあたりで終了したいと思いますここまでお聞きいただきまして
ありがとうございました以上失礼いたします