壁打ちの概念とAIの限界
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いいたします。
このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組です。よろしくお願いします。
今回、AIネタにいきましょうということで、最近、壁打ちをよりいろんな人にやっていただこうというわけで、
壁打ち、チャット壁打ちみたいなのをリリースしています。
それで、ある友人というと、知り合いという方で、壁打ちとかメッセージやり取りをしていまして、
そこで改めて気づかされたアドバイスをいただいたのが、AIとの違いを出してみるといいんじゃないかという話をいただきまして、
確かに、このラジオでのポッドキャストで、AIと人間の壁打ちの違いって言っているようだと思いますが、
改めて、人間とAIの違いでもあるんですが、壁打ちですね、相談してやり取りして整理したり、アイデアを出したり、
そういうやり取りをすることの価値を、改めてAIと人間対人間で何が違うんでしょうかと、
そのあたりご興味ある方がいるかもしれません。興味ある方はぜひ引き続き聞いてみてください。
今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。
今回のテーマは、AIと人間の壁打ちの違いです。
AIが自ら壁打ちをするということはないので、主語は人間、人です。
人が誰に対して壁打ちをするか、AIなのか、それとも対人間なのかということで、
人間というのは基本的に僕のことを想定していますね、壁打ちをしていますと。
あとAIはリスナーのあなたもやられているかもしれませんが、
AIに対してチャットGPT等でこういうことを考えているんだけどどう思うと聞いてみたり、
これをブラッシュアップしたいですと言って、アイデアなり企画なりやろうとしていることを磨いていくみたいな、
それらを壁打ちと呼んでいます。相談と言っても相談なんですけど、結局壁打ちで必要となるものは
コミュニケーションとか知識、経験とか、あと言語化もそうですし、
相手が何を望んでいるかとか、割とやらなきゃいけないことが多いと。
ただ、このチャット壁打ちとか今僕が呼んでいるものは特にアドバイス等主体なので、
何か実務の企画を作るとかリサーチするとか、そういったことは一応含んでいない状態です。
そこで月1万円からということでやらせてもらっているんですが、
これはリンクも貼っておくので宣伝になりますが、よかったらチェックしてみてください。
企業をこれからやっていこうという人も大丈夫、対応、歓迎ですし、
今やっている人でもちょっと話したいですねというチャットでですね。
ビデオツアーとかそれはちょっと重たくなるので、
チャットのみということで非同期ですが、そういうサービスを始めていますので、
よかったらどうぞと貼っておきますね。
それは置いておいて、そのサービスをエッジというか、
特徴を付けていくためにもということで今回考えているという話になってきます。
メインはそっちの話ですね。まず考えたところでは基本的にまず2つかなと思います。
1つは感情です。AIは感情がありませんと。
感情があるように振る舞うふうにもできるかもしれませんが、
基本的に感情がいらないわけですよね。
これはですね、SFなり映画なりでも、
AIに恋愛するとかね、感情を持つとか、
最近だとAI彼氏みたいなね、AI彼女でもいいですが、
そういったですね、AIが感情を持つということを期待したり、
そういうふうに持っているよと思っている方がもしかしたらいるかもしれませんが、
基本的に僕はないと思っています。
ただ感情を持っているんじゃないかと思うことはいいんですけど、やっぱりないですね。
それはもうかなりクリアに僕は思っています。
だからここで違ってくるのは、
AIって感情あるからいいじゃんって壁打ちされている方はそれはちょっと異なるので、
あとそれが感情がないです、あるですって言われたときに、
仕組みの話になってきますよねということで、
仕組み自体は結局言葉の確率論と膨大な学習したという知識からの会話であるので、
新しい知識を検索するという意味ではあんまり向いていないような気がします。
ただこれは何度も言っていますけど、
問いかけをする、そこから拾って何かやる人は多分AIじゃなくてもできるんですよっていう感じがします。
あと新しいものを得るためには新しい指示プロンプトが必要で、
そういう意味ではセセアイじゃなくてランダムとかレコメンドしてくれる方が、
そこでYouTubeとか分かりませんけど、そっちのほうが優秀なんじゃないかなと。
要はコンテンツは持っていないわけですからね、セセアイ時代はね。
そのセセアイ時代はコンテンツを持っていないというのは、
ちょっと話が長くなりますがGoogle自体もコンテンツがなくて、
検索ができるようにしているだけというのはできるだけじゃないですか。
だけどプラットフォームとして握ってしまえば、
そこらへん問答無用で使わせるみたいな、ちょっと乱暴ですけどね。
可能になってしまうので、なんだろうなという感じはしています。
だから検索がAIにとって変わるということを、
AIを使っている人は感じているし、その気持ちは分からんでもないんですが、
というところで、調べるって何でしたっけみたいなところを失っていったときに、
あることをうのみ寝しないとか批判的に見るとか、
ソースを見るとか、マナーとしてうるさいとかもしかして思っている人がいるかもしれませんが、
マナーとかじゃなくて、それを調べるってまずくないですかという話になるので。
さらに詰めていって、ソースを見るって見たところで分からなかったら、
それは使えないというか、判断未保留ということで未確認情報になるわけなので、
未確認情報というのは、AIが出力したものを人間が未確認情報ということはどういうことかというと、
人間のチェックが入っていないし、リスナーがあったかもしれませんが、
僕が見ても分からなかったりしたら分からないから、分からないというものを出しているという認識がないと、
それは別に相手が、誰が出したものが相手がそれをやればいいだけなので、価値がないわけですね。
やればいいだけというのは、その質問等を調べ方が簡単に言うだけであれば、
別に使い方を、例えばCanvaとかの使い方でPowerPointみたいなスライドを作れますよということを、
知っているか知っていないかの違いになっていて、それって大した話じゃないじゃないですか。
使い方としてそうやれるということはいいけど、知ってしまったら別にできてしまうから、
結局陳腐化するということなんですよね。
そこはちょっと考えれば分かることなんですが、少なくとも今の話でGPTで何か問いかけて何か返ってくるということを知っているから、
私はすごいんだみたいな人はさすがにいないと思っているんだけど、そこをすごいでしょという話をしていたら意味ないかなとは思ったりします。
話を戻していくと感情というのはないので、分かりやすいのが、
今日面白かったことは何?という話をAIに問いかけたという話をした気がしますが、何度も繰り返していくことが重要かなと思います。
非常に大事な問いかけだと思います。
今日面白かったことは何?と。
お子さんがいらっしゃる方なら、お子さんに今日何かあった、幼稚園なり保育園なり学校何かあったという話しませんか。
あとはご夫婦とかカップルとか、今日何かこんなことあったんだよという話しませんか。
これめちゃくちゃ大事なことだなと思っているんですけど、どうですか。
AIとのやり取りの認識
そういう感じで、AIに今日面白かったことは何?と言ったら、クロードとかはたくさんの人にやり取りしましたみたいなので、確かにねという。
いろんな人とやり取りしているので。
それは分かりませんとかが、ジェミリとか、GPTとかでした。
要は面白いという概念はないんですよね。
面白いものとか面白い風にしてくださいというと何かというと、
人間が目の前の僕とか理想のあなたが支持している人が面白いということではなくて、
人間が面白いと言っているものに、
それこそタグ付けというか数値付けというか数値変化みたいなもので、
面白いと言った時に一発逆転みたいなのが面白いということを、
人間は言っていると、人間界の人たちは言っていると。
じゃあこれ面白いんじゃないですかということで一発逆転系のものを持ってくるんで、
これどうですかということで、
特に深い見えないですけど、USJとかでVG回復した森岡さんという方いますが、
そのマーケティング手法、ビジネス的な面白さってありませんかというのを出してくるわけですね。
だから面白いことになると言ってそれが出てくるわけじゃないですよ。
なので、かなりいろいろやってそういうのをもしかしたら出せるかもしれない。
それって面白いことかと言ったら、
あなたが日常的に笑えることを期待した、要は身体の問題ですよね。
感情と言っているけど身体でもあるんですけど、
AIが、JazzGBTのモデル、GBT5ですか5ですか、これが身体を持っていて、
リスナーのあなた一人のように、もしくは僕自身のように、
何か身体、身体を持っていて、そして考えて動いて生きているということではないんですよね。
だから、例えば今コーヒー飲んでるんですが、
コーヒーを飲んで、なんかちょっと違うコーヒー飲んでね、
いつもと違うコーヒー飲んでよかったっすみたいな話ってありそうじゃないですか。
誰かに挨拶して、ちょっと元気なそうでしたとか、
とても元気な人に遭遇しましたとかね。
なんかありますよね、そういうの。何でもいいんですけど。
それが、僕は好きなんですが、リスナーのあなたはどうかを置いておいて、
それがないんですね、AIはね。身体ないから。
だから、コーヒー飲んで、楽しかったとかね、素敵なこととかが出せないんです。
分かります。ということがあるということは、
これどう思いますかって言われたときに、どうもこうも何も、
例えばビジネスだったら、これどう思いますかとか、こういうことを考えてるんですけど、
そうなんですね、こういうことを考えてるんですねとかは言えますよね。
言ってることをまとめるだけだからね。
それに対してどういうふうにするかっていうことで、
若干デフォルト気味で使ってるんですけど、
GPTで言えば、GPT-5になっても、402がありますけど、
ちょっとよく分かんないですけど、やり取りすると、
こうしませんかって提案をしてくるわけです。
でもそれが鬱陶しいわけですよね。もしくは鬱陶しくないときもある。
それを言わなきゃいけないって、ちょっとめんどくさいですよね。
言いたくなさそうなこととか、言いたいこととかって分かれません?
それが分からないですよね。
感情って言ってるけど、今までの蓄積の感情ではなく、
今のやり取りしてる中でも感情がないっていうことなんですよね。
だからこれどう思うっていうことに対して、思うことができないわけですね。
面白いと思うことができないっていう。
これ吊られそうになっている方もいっぱいいらっしゃると思うんですけど、
素晴らしいですねとか、いい考え方ですねって言うけど、
別に素晴らしいこと言ってないけど、素晴らしいですねって言うわけですよね。
それがいいときもあるけど、それってある種、
小学者とか、自分でうまく仕事ができない人とか、
経験値が浅い人には、そういう褒めるでも全然いいかなと思いますし、
いいんですけど、もちろんダメ出しとかスパルタがいいっていう意味じゃなくて、
最初はいいけど、それ慣れてくるとだるいというか、またこれかと。
だからそれが飽きた人は、実はAIにやり方を変えさせてやってるかもしれないですけど、
それ何なんだろうねっていうふうに僕はなると思ってるんですね。
感情とコミュニケーションの困難
要は感情なり立ち振る舞いとか役割とかを支持するっていうのはあったりするわけですけど、
それを使ってまでしたいんですかねっていうところと、
それが出てきたところでカバーできるものは限られるっていうのが僕の感覚です。
特に感情においては厳しいので、この部分が僕なりに人とカバーするということで、
別に僕じゃなくてもいいんですけど、人と話したりすると面白いっていうのはそこですよね。
雑談なんかもそうですよね。雑談なんかは厳しいですよね。
雑談でなんで厳しいかというと、やっぱり連想とかジャンプというか話を問わせることが難しくて、
失敗するとただ人の話聞いてないっていうことになるんだけど、
例えば今のコーヒーの話ありましたね。コーヒーがいつもと違って、
じゃあそれどういうのなんですかっていうときに話をするじゃないですか。
で、相手がコーヒーかコーヒーかって言っても、自分はコーヒーじゃないんだけど、
紅茶がこういうのがあって、実はこういうことも体験ありましたっていうふうに
被せてくる、要は抽象化するレイヤーでは、具体的なレイヤーでは、
レイヤーというか具体的な話のレベルでは、
このレベルというのは別にあれですよ。次元とか層の話なんで、
別に点数が高い低いとかそういうことじゃないです。
具体化のレベルでは、コーヒーと紅茶では違います。
だけど抽象化すると、コーヒーでも紅茶でも自分が今まで飲んだことがないものを飲んで、
良かったねっていうふうにまとめられるわけですね。これがある種の抽象化です。
だから、コーヒー、紅茶っていうのは飲み物ですけど、
それがスポーツの野球とかサッカーでもいいですし、読書とか、
楽器を演奏するっていうのでもいいわけです。
例えばギターを買うときに、もしくはギターを演奏するときに、
いつもと違うギターとか、すごい良いっていうものを演奏させてもらったらすごくしっくりきたっていうね。
そこまで広げられるかは、多分具体と抽象の話になるんですが、
それを多分ですね、AIにも支持すれば、何かそれっぽいものを出してくるかもしれないです。
だけど今の話のレベルでは、多分無理だと思ってます。
そうですね。それが簡単にできてたら、かなり優秀だなと思います。
だけど無理ですね。で、それが無理じゃないっていうふうに、
AIで壁打ちができる。重則してる人は、壁打ちを自分でAIに対して支持するか、
AIの情報処理と理解
もしくは具体化抽象化を自分で得て、それでヒントでできる人なんでできるんです。
ここで明確な話になってくるのは、これチャット壁打ちっていうのもそうですけど、
まず一つ目の感情がない、それは身体がないからだとかいう話ですけど、
押してましたね、AIの話です。AIと人間との壁打ちの違い。
それって自分でですね、できてしまう人は不要だっていう話ですね。
で、僕自身はその課題観というのはどう見てるかというと、
AIをそのようにコントロールして支持して、自分が出すようなものを出したいとか、
明確に手段として使ってるっていう人は、かなり少ないんじゃないかなと思ってます。
むしろそうやって使われている人は、初期の頃からやってたり、
自分なりのやり方を見出せる人は、このチャット壁打ちなんで不要かなと思ってたりします。
まず第一個目の顧客層のイメージですね。
自分ではできないっていう人ですよね。
で、AIにそれやってもらったんだけどできないですねっていう時は、あるわけです。
だって違いますからね。
だから若干ちょっと話が分かりづらくなってますけど、入れ込んだってなってますけど、
そのチャット壁打ちのお客さん像というのは、
シンプルにAIを使って壁打ちしてみたけども、うまく壁打ちにならなかった、
もしくはアイデアが出せなかったみたいなね、そういう状況があります。
つまりAIをうまく使えなかったってことですね。
もう一個は、使ってるんだけど、やっぱり人間が恋しいというか、
人間にやるといいよねっていう人ですね。
ここら辺は、AIばっかり使ってて人との会話をしてないとか、
リモートでやり取りしてて、そこら辺でやり取りがないっていう人とね、
そういう需要もあるんじゃないかなと思ったりします。
すみません、話し戻しましょう。
感情が一つ目なかったなと思いました。
次はネタですね。リサーチしたりとか、ネタを僕自身が見ています。
AIも多分日々学習して、新しいものを得て学習すると思うんですけど、
ただそれはストックでしかないわけですよね。
例えばステーブルコインが始まりますみたいなのが、
多分今日10月のね、2025年10月27日だと思うんですけど、
それも始まりというか、隅付けみたいなやつですね。
ステーブルコイン自体は仮の状態であったんだけど、正式に始まる。
Web3とかそういうことを知っている人にとっては当たり前ですよね、多分ね。
知らない人にとってはよくわかんないとなるじゃないですか。
AIにとっては多分情報でありデータであり、何も色付けがないんですよね、きっと。
意味付けは人間がそういうしかないんで、
じゃあそのニュースを見てどう思うかっていうのは、
僕がそのステーブルコインに対して詳しいわけではないですから、
特にそれで何だか言うことはないんですけど、
仮に僕がその知見があったり体験があったり経験があったり、
それでビジネスだったり何かしていたら、
全然違う意味付けになるわけです。
これが読み物、ニュースとか本でもいいし、
人の話でもいいんですけど、コンテンツでもいいんですけど、
を人が見て、リサーチしたり見たりして感じるってことなんですよね。
分かるってこと、理解するってこと、もしくは分からないってことを明確にしていくようなことを全てを言っています。
これがまさにネタになるんですけど、
人間の経験と雑談の重要性
じゃあさっきの話に繰り返しなんですけど、面白いことなかったかって言ったときに、
面白いという感情がないっていう意味では1番目と一緒なんですけど、
面白かったことっていうことを挙げられないんですよね。
合理的な自分が、もしくは人間が思うようなことを合理的推測みたいな感じがいいんでしょうかね、説明としてね。
それを出してくるだけなんで、
世の中の人がそれこそ面白いと思っていることを追いかけるって人もいるじゃないですか。
別にいいですよ、面白いことを追いかけたりとか、
僕も別にXツイッターとか見てますけど、
それっていいんだけど、
みんながそう言ってるよねっていうのはめちゃくちゃ浅いわけですよね。
みんなが言ってるよねじゃなくて、本当にほとんどの人が言っていなかったりすることもありますし、
同時にそれを考えてみて、やっぱ分からんなとか分かるなとか、
もしくはそれがどういうことを世の中的には言ってるんだろうかってことを考えなければ、
見ているだけってことですね。
アイディアが苦手な人っていうのは、
集めればいいみたいなことを思っちゃってて、
集めて意味を考えないみたいな方が多いかなと思います。
ただそういうのを集めるっていうね。
集めるのは手段ですからね。
集めたらゴールじゃないですかね。
そこで考えるっていうのは、別に方はいろいろありますよね。
でもそんな難しいフレームワークとかそんなのなくて、
自分がどう思ったんですかってことをひたすらやっていくと、
何か見えてくるっていうのが一つのヒントになります。
それはAIは無理かなと思います。
厳しいと思います。
それを彼に仕込んでも、役割とかいろいろやらせても、
似たようなものになってきてしまいますよね。
そこで人間指数側がAIに対して毎回ランダムに違ったふうにやってきて、
いい感じにやり取りできるかというと、
根っこのところで人間同士っていう当たり前のことと、
感情とか、いったい値段を仕込んでいるものがあるからどうかで、
だいぶここで全然違ってくるんじゃないかなというふうに思っています。
2つ目でしたね。
あとは経験とか体験ですよね。
これは身体がないっていうことと一緒なんですけど、
常に概念、設置問題っていうふうに言語学で言われていると思いますが、
さっき言ったような面白いっていうことも、
面白いっていう記号をどうAIは処理をするかだけなんで、
つまり人間界で面白いと思っているっていうふうに旋回された、
それに確率的に近いものを出してくれるってことなんですよね。
でも人によって面白いものは違いません。
ハロウィンが面白いと思えば滅びればいいみたいなね。
ちょっと厳しい意見の人もいると思うんですが、
いっぱいあるじゃないですか、クリスマスしかりね。
その感情的なものっていうのが人によって全然違うから、
AI側はそれが面白いとは言えないわけです。
もしくは支持者の人間のものが面白いと思うものに酔わせる感じか、
そういうようなものを言ってくるっていうだけなんですよね、きっとね。
だからそこでもちろん人間は、
ハロウィンじゃないね、面白いのはそうじゃないよっていうことを
いろいろ言っていけば出てくるんですけど、
そのラリーとかリレーというのはかなり高度な話であって、
どこまでやるかの終わりもないですし、
察して知識とか経験のあなたのやり取りの記憶を
全部AI側がマスターしてても怪しいというか、
この人はハロウィンは好きじゃないなということで、
ハロウィンじゃないものを出してくるかもしれないけど、
そこはハロウィンを出そうよみたいなね、あえてね。
そういうことはないですね。
それは偶発性がないわけですね。
そこでハロウィン嫌いな人にめちゃくちゃハロウィンいいっすよってことを
言うことが多分僕は面白いと思うし、
なんか出てくる安いことかなと思います。
別にコンプレックスとか嫌なことをやれってことじゃないですよ。
だけどそういうギャップが面白いんじゃないかって話なんですね。
人間の雑談というのが多分一番近いかなと思ってます。
その壁打ちって僕が言ってるものは。
要はおしゃべりしましょうってことなんですよね。
確かに新規授業、ビジネス考えるとか、
仕事を作らなきゃっていう仕事もそうなんですけど、
真面目に考えるのは全然いいんですよ。
ちゃんと自分のやりたいことがあって。
だけどそんな真面目ばっかりじゃないんですよね。
要は楽しいとか面白いとかっていう、
何だろうね、くだらないねっていうのがあることで、
やっぱりリラックスできたり、
こういうことでいいのかなって思ったりしませんか。
そんなんですよね。
だからそういう意味では、
この初国居ラジオちょっと真面目すぎるかもなって思うんで、
もうちょっとくだらないことをやっていくのが、
言っていくのがいいのかもしれないですね。
っていうぐらいポテンシャルがあると思っていただけるといいかなと思いますけど、
それは半分冗談として、
AIは人間の壁打ち、雑談に近いような幅の広さとかブレとかですよね。
だからその雑談ができるできないっていうのが出てくると思うんで、
何でその話ができるかみたいなテーマを固定しちゃっていると、
それ以外の話ができなくなっちゃうけど、
っていうところも含めて楽しい部分が出せるのかなって思います。
だからすみませんちょっとまとめますと、
一つ目まずAIは人間とAIの違いということでいくと、
まず人間は感情がありますよね。
あなたもありますよね。
僕もあります。
AIは感情がありません。
感情的なやりとりというのは、
AIと人間の感情の違い
人間の人間界の記号を、
言葉を記号的に変換したり近いし、
悲しいですって言ったら、
そんなんですねみたいなことを言ってくるけど、
それは悲しさを理解しているわけじゃなくて、
悲しいというものを記号的に理解しているってことなんで、
機械ですよね、AI。機械だなっていう。
0と1の組み合わせ。
もともと子供だいことを言いますけど、そうなんですよね。
だけど相棒とかペットロボとか、
そういう物理的なものとかで、
かわいいねっていう感情は僕はもうわかりますよ。
全然指定してるわけじゃないですよ。
AIをなんとか、
彼氏彼女みたいにして、
いうことの気持ちもわからんでもないですよ。
僕は知らないですけど。
でもそれは間違えると、間違えるとですよ。
これはそんなもんだよねっていう、
ある種のお遊戯とか、
遊びっていう風に思ってたら全然いいんですけど、
そうじゃないよね、本気だよねってなってくと、
また話が違ってくると思います。
それか、じゃあやるなとか、
もしかしたらリスナーのあなたもやってたりするかもしれませんけど、
いや、別にやってもいいんですけどって話で、
ゲームとかも一緒ですね。
ゲームやるのもいいし、遊ぶのも全然いいし、
ゲームでプロ目指すのも全然ありじゃないですか。
病気になるとか、
社会生活が止めなくなるような、
おかしくなってきたらアウトだと思うんで、
それがならないんだったら別にいいんじゃないかなっていう態度ですね。
僕は。
スマホ依存とかもそうじゃないですか。
そうそうそう。
そういう感じじゃないですか。
うまく付き合えればいいかなっていうところです。
それは脱線ですけど、
そういうのは思います。
2つ目はネタですね。
新しい話題っていうのを提供してくれないって話ですね。
それはもちろん言えば、
今日のニュースはこれですとか言ってくれるかもしれないですけど、
それを先生に求めてどうかっていうのは、
そこまで価値はないのかもしれないですね。
そういうふうに最初の感情と結びつくんだけど、
面白いネタをくださいとか、
こういうネタがあるんだけど、
それはこういう意味で面白い。
あなたにとっていいんじゃないですかっていうことを、
AIも言えるかもしれないけど、
かなり当てずっぽうな気がしますね。
かつその意味を解釈して動向をいったところで、
難しいのは、
相手に適したものとか、
刺さるものとか、
もしくは相手の考え方とか、
状況を読んで提案するということは、
AIには難しいかなと思ったりします。
さっき話したとおりで、
情報とかニュースとかをめちゃくちゃ知っているわけですよ、
AIは、学習できたら。
だけど、
学習しているだけであって、
その学習というのは、
人間のように理解しているというわけではなくて、
それを合理的に解くことができるということなんです。
だから、
いい例えがあるわけなんですけど、
めちゃくちゃ頭がいいというわけですよ。
だけど、
下手したら、
皿洗いとかあるじゃないですか。
別に頭がいいから皿洗いしないというわけじゃないですけど、
じゃあ何かやってくださいと言っても、
それをやったことはないから、
全部入らせているのは機上の空論なわけです。
機上の空論というのを出し続ける存在だなと思います。
だけど、
これは多分そんなにおかしくないと思います。
使っている人からです。
だけど、それをどう使うかが判断できるならば、
助力というか助けになりません。
そうなんです。
だけど、やったことない人だったら、
かなり怖い話になってきて、
大丈夫かということになるわけですね。
なので、専門家というのはやっぱり消えないし、
専門家の価値が消えるのは、
AIに代々できたり、もしくは、
そんなに大したこと言っていないというときに、
それは消えてしまったりしますよね。
それはあると思います。
雑談の話はしましたけど、
結局そのやりとりを円滑に、
面白いとか楽しいとか、刺激になるとか、
学びになるみたいなことを、
AIでやり続けられるかというと、
それをやっている方がいるから、
それはできるんだよと思っている方もいらっしゃると思うんですけど、
それはかなりAIを知っていて、
手段として遊んでいて、
その人が面白がれないとできないので、
だいぶ高度だと思っています。
僕は。
アイデアの生成と要約
世の中の人がみんなそんな風に使えるのかという話になります。
たぶん、なれないし、ならないと思います。
なんでかというと、
あらゆる、これは僕の考え方ですけど、
手段とか道具とか技術って、
やっぱりグラデーションがかかるんですよね。
得意な人は得意だし、
苦手な人は苦手。
でも、みんな得意か苦手だというわけじゃなくて、
なんとなく知っていて、
まだ使っていないと。
使っているということはあるわけです。
例えば仕事とかビジネスの面においても、
例えばITエンジニアみたいな人たちは、
かなりAIを使うわけですけど、
その仕事次第ですよね。
でもデザイナーの人たちはそんなに使わないというのが、
データとしてあるんですよね。
なんでかというと、
やっぱりクリエイティブというかアウトプットに対して、
説明できなくなるのが怖いわけですよ。
それはめちゃくちゃ分かるんですよね。
自分が出しますと言ったときに、
リサーチなんか僕なんかもそうなんですけど、
一緒なんですよ。
デザイナー寄りの考え方で、
使ってもいいけど、
何この数字の意味があって、
一個一個全部確認していくことになるんですけど、
それ確認していったら、
結局自分で作った方が早いなってなったりする。
というのはリサーチとかマーケティングとかね、
そういうことをやっている人には、
多分共感いただけるポイントなんじゃないかなと思います。
だからAIを全部使うんだとかは思いませんよ。
でも出したところでそれを判断するスピードと、
あとそれを検証してソースを見ていくってことは、
ソースを見ればいいとか、
それを判断すればいいって簡単に口では言うんだけど、
見ればいい、すればいいだけがいい、
それをするだけって言うんだけど、
それがめちゃくちゃ大変なんですよね。
それを何も今までやったことがない、
調べたこともないとか、
考えたこともないとか、
あまり普段見て感じてってことをトレーニングしてない、
言語化してないっていう人にとっては、
めちゃくちゃ大変だと思います。
というかできないと思います。
はっきり言って。
人がね。
でもじゃあAIがそれができるかっていうと、
厳しいと思います。
これは何度も何度も何度も言ってるんですけど、
普段そういう思考なり考えたり、
いろいろやってる人がAIを使って助力とする、
アシスタントするのがアリなんです。
そういうやってない人がアシスタントとしては使えないっていう、
それが現状かなと思います。
それはもうチャットGBTが出てきた頃からも一緒で、
これどうなるんだろうなっていうことを、
ずっと変化し続けてきてるんだけど、
でも同じかなと思います。
そこら辺りの原理原則かなと思ってますけど、
その辺りは変わってないような気がします。
あとはAIとの違いってことでいくと、
AIを否定してるかのように思うかもしれませんが、
全然それはないです。
壁打ちをするならAIでやってもらってもいいんだけど、
多分それでは拾いきれないでしょうっていうことがあるので、
その読みで壁打ちをやってきますっていうふうに
より言ってるわけですね。
AIが逆に得意なものって何かなって思ったときに、
大量にアイディアを一瞬で出させるようなものっていうのは、
AIにやらせたほうがいいかなと思います。
僕にそれをやると多分不機嫌になるというか、
できませんというか、やりたくないって言いますね。
例えば1時間後に100個のアイディア出してとか、
もしくは5分、1分で出して100個出させて、
出力させる時間ぐらいかかるだけで、
100個出てきますからね。
あんまり負荷をかけないほうがいいと思いますけど、
キャッチコピー100個考えてとか、
このアイディアを100個考えてってことはできますね。
商品名考えてとかできます。
やったことない方はぜひやってみてください。
だけど、100個がいいかどうかはまた別問題ですよ。
だけどその100個を浴びるように見てて、
いいじゃないかなっていうのはありかもしれません。
だけどそのコピーが、もしくは商品名が使われているかどうかは
またチェックしてくださいねってなりますから、
それはそれと別ってことですよね。
とか、あと大量の情報を要約させるとかっていうのは
AIが向いているかなと思います。
このPodcastも月に1回要約しているんですけど、
クリエイティブな表現
それはAIにやらせてますね。
それで十分かなと思ったりします。
だから大量にアウトプットを出想像するっていうのは
AIに任せたほうがいいかなと思います。
その質を求めて1個1個ってなっていくと、
人間の出番かなっていうふうに思います。
想像性ですよね、クリエイティブな話で
AIに出させられるかどうかは、
クリエイティブな考え方によるんですけど、
とっぴなAIクリエイティブみたいなものがあると思ってて、
とっぴなものですよね。
例えば画像生成がいいかもしれないですけど、
今クリキントンまだありますね。
クリキントンみたいな和菓子ですけど、
栗をすり潰した。
このクリキントンを人間が描く場合って、
たぶんその限界というか、人間の考え方なわけです。
スライムみたいな暗いクリキントンの形があるんですけど、
全然違うような山のようなクリキントンとか、
山のような大きさとかね。
それはオズボーンのチェックリストじゃないですけど、
大きくしてみたらって書いてもできますけど、
そのアーティストとかクリエイティブで描く人が、
画像を作る側が、イラストレーターが、
漫画家でも何でもいいんですけど、
そういう人たちがその人なりの解釈を入れて、
アレンジしてクリキントンを描く。
クリキントンを食べようとしているとかも別にいいじゃないですか。
もしくは食べられるクリキントンから見たら人間とかね。
それを考えればできそうじゃないですか、たぶんね。
だけど、それは人間の限界じゃないような気がしていて、
AIの画像生成とかって、よくわからない、
もう全然関係ないものを入れてくるわけです。
宿泊というかね、存在しないような。
それって何でかっていうと、
たぶん物理法則とかもないわけですよね。
クリキントンが浮かんでいるというか、
漫画的な表現じゃなくて、
クリキントンが頭の上に100個くらい乗っているみたいな絵も、
たぶんできるんですよ。ちょっと気持ち悪いから、ごめんなさいね。
AIと人間の能力の違い
100個やるだけで5個くらいにしてみましょう。
ジェンガーみたいな感じで積んでやれ、塔のように。
そんなことはできないじゃないですか。
だけど、そういう突飛なものも出してくれる。
その時に人間が、これは面白いねと思うから、
ジェンガー塔みたいな、
クリキントンが上に積んでやる5個並んでいるみたいなことを表現するわけですけど、
それは人間でできなくないですか。
人間の想像というものの種類と、
そういうことはできる人もいると思うんですけど、
何でも積む人もいると思うんですけど、
それとAIの想像性は種類が違うなと思います。
それ、想像という意味では、さっき何度も言っている、
ジャンプしてるから想像的ではあるんだけど、
それをどう扱うかによるから、なかなか難しいですよね。
あと1個だけ言えるのは、
AIから出てきたアイディアを使う場合、
その出力がAIだから、
なんかフワッとしますよね。
AIにアイディアの部分を出させたって感じになりますから、
そのアイディアをどこで取るかですね。
書くってことに対して、
塔のようにするっていうのをそのまま使ってしまうと、
AIのアイディアになるから、
自分で出させたっていうふうにはなりづらいですよね。
でも、元のアイディアを何か入れて、
それが出てきたら、ありかもしれないですけどね。
この辺りがすごいフワッとします。
だから、アイディアっていうもの自体がすごくフワフワしているのに、
AIにそこを入れると、もっとフワフワする感じですよね。
少なくとも話を戻すと、
AIでの想像性、クリエイティブというものはだいぶ違いますよね。
ってことなんで、
想像性があるかどうかはちょっと分からないっていうのが
僕の立場です。
壁打ちの方法と未来
だから、人間の想像とは違うものを持ってくるから、
うまく使えばいいっていうので、
僕はその違和感発想っていうのを
いろいろ発想法として言ってるんですけど、
それをAIに投げて考えさせてやるっていうのは
一番いいかなと思います。
つまり、人間が考えます、自分でね。
それをAIにも投げて、さらに違うものをやると、
確かにちょっと違った視点のものが出てくるんで、
それは二度おいしいわけだします。
だから、AIは何もない真っ新なところから使うよりも、
既にあるものをどうかっていうふうに
加工したり編集させる方が多分得意な気がします。
多分ね。そうなんですよ。
だから、壁打ちもそういう意味では
既にあったあるものをこうして編集してよっていうふうに
言えばいいですけど、
それができない状況とか、
そこまで固まってないようなものだったら、
多分AIに固まってて言えることはあるんだけど、
それは整理してほしいんだったら、
AIで十分だと思います。
そこまで言ってなくて、
なんかぼんやりしてたり、
ふわふわしてて言語ができなかったら、
僕みたいな壁打ちができる人、
言語ができる人を選んでいただくと
いいんじゃないかなと思ってます。
バババッと言ってきましたけど、
そんな感情があるないとか、
ネタが出せる出せないとか、
あと雑談ができるできないみたいなことを言ってきました。
AIはたくさんのものを瞬時に出せるけど、
人間はちょっとのもの、
僕はちょっとのものを水付けをして
擦っていくみたいな質の部分でアプローチしていくと。
役割は違いますよね。
今まで大量のものを人力で
バババッと出さなきゃいけなかったとか、
AIが今できてしまうようなことってなるとやっぱり
厳しい気がします。
僕も厳しいなと思います。
AIでそれができちゃうからもういいですよね
っていうのも実際にありますよね。
分かります。
その上で壁打ちの未来というか、
未来というと大げさですけど、
この価値筋みたいなものですよね。
このサービスの価値筋って何かって言ったら、
冒頭でお話した通りにやり取りしてた時に
AIと人間との違いっていうのを考えていくと
ここだよねってなります。
あとは最終的には僕自身に
僕を信じてもらえればっていうのも
信じられない話になってしまうので
なんか微妙ですけど、
ただ人としてのやり取りっていうところに関しては
様々な人とやり取りしてきて
対話ですよね、会話。
もちろん会わないこともありますからね。
だからAIは人を選ばないのもありますよね。
どんな人でもとりあえず会話というか
その部分はできるけど、僕は選びますから。
その相性ですね。
人がだから誰も選ばないっていう人はいたらいいですけど
さすがにそれはないんじゃないかなと思いますよね。
どう切ってもやっぱり会わない人は会わないですから。
そのやり取りでどうこうしていくっていう感じが
一番強いかなと思います。
だからその3つですか。
感情の有無、AIはない、人間はある、
ネタを出せるかっていうところでの意味付けですよね。
情報を出すだけだったら
AIでも出せるかもしれないけど
それに対して意味付けることは人間なので
人間は意味付けられるって感じですね。
だから面白いネタを出せると。
雑談ですよね、最後。
雑談ができるかっていうと
雑談のようなものはAIとできるけど
それは永遠と自分でネタを出して
相手に聞かせてもらうみたいなものだって
面白みはないと思うんですね。
知識のインプットとか前提として
何かもう決めてそれだけやるならできるんだけど
それ雑談じゃないですからね。
だからよく相談であるっていうのは
企業をしたいって言ってでも
実は企業じゃないっていうのはよくあると思います。
だって、ありませんか。
なんかテニスしたいって言ってるけど
実はテニスをやろうといろいろ話してたら
なんかテニスじゃなくて
とりあえずなんか走ればいいみたいなね。
とりあえずまずは。
なんか早すぎたとかね。
で、あと何でテニスなのってみたいな話で
言ったらなんかできそうだからみたいな話で
知ってるものをあげてただけみたいなね。
のもありますよね。
だから人が嘘をつくってわけじゃないんですけど
自分が思ってることをすごく完璧に
表現してるわけじゃないっていうね。
これは僕も含めてですよ。
どんな方もそうだと思いますけど
自分のことを自分が知っていて
それを完璧にコントロールして
自分が言いたいことを言えてるかっていうと
そんなことはありませんよね
っていうことでもありますよね。
そういう歪みというか
緩みじゃないな。
曖昧さってやつですよね。
AIにはなかなかないからこそ
人間にはその曖昧さで
通せるっていうのもあったりしますよね。
だから着手定義で決めないっていうことは
ある種のゆとりとか良しとか
アイディアの
広がりですよね。
ってことになってくるんだけど
ある種の
違う解釈をどれぐらいできる予知っていうのは
雑談っていうのはそういうものがあるわけですよね。
だから天気の話が雑談じゃなくて
自分の話したことによって
全然違う話に話題が転換したりすることが
僕は面白いと思ってます。
それを転換されるのが嫌な人も
もしかしたらいるかもしれないけど
人って興味
好奇心のレベルはあると思いますけど
同じ話してたら飽きませんか?
ずっと同じこと言ってんだみたいな。
ずっとこの人コーヒーの話しかしてないなって。
ちょっと嫌じゃないですか。
それをわざとやってたり
意図的にやっているのかも分かりませんけど
話題変えたくなりますよ。
自慢じゃないけど
その人の話しかしてなくて
何を入れても
天気の話でもいいんですけど
何を入れてもいいんですけど
入れても何も変わらないっていうね。
ずっとコーヒーの話してるとか
嫌じゃないですか。
コーヒー好きなんですけどね。
コーヒーが好きなのと
コーヒーの話を聞きたいからまた別じゃないですか。
うんちくを聞かされてもねみたいな。
そういうのありますよね。
それはなかなかAIでは無理かなって思いますから。
ご興味あればというわけで
URLを貼っておくんで
よかったらチェックしてみてください。
というわけで今回は
AIと人間との壁打ちの違いを考えてみました。
感情が大きいですね。
ちなみにこれらの感情を
AIが持つようになって
いろいろできるようになるよっていうのは
ちょっと夢のようなものではあるかもしれませんが
まだまだ
まだまだそこはないかなと思います。
仮にそういうのを持ったとしても
人間側が
AIに使われて
何かやるっていうのを
人間滅びてしまうみたいな
過激な思想とか
方は知らないんですけど
人間が
生きていくってことで
人間社会があるわけじゃないですか。
人間が作った社会じゃないですか。
人間のうまくいくようになっている。
だからAIが
動きやすいですよね。
ロボットが過ごしやすいですよね。
っていうのではないです。
今のところはね。
その社会が仮に
AI社会とかロボット社会みたいな
人間界、ロボット界とかね
AI界みたいになっていた時に
なるかどうかわかりません。
だけど、なったとしても
人間側が結局判断して
何かやっていくわけだから
これは人間のエゴではありですし
僕がどう
人間のエゴじゃないですけど
人間が心地よい社会にしているじゃないですか。
それは絶対的にあるかなと思います。
だから人間側が判断する
人間側がどうこうする
人間と人間の
話なんですよね。
人間とAIとかAIと人間じゃない
人間とAIの関係性
じゃないですか。結局
最後に人間が乗ってくるという
話は何度かしていますけど
どんなアウトプットを人間側が
AIを借りてやっても
人間が出したもしくはAIが出したといっても
人間が受けてもしくは人間が受けて
結局AIが受けても人間が処理する。
だから人間と人間のやりとりみたいなことは
原理的にはなくならない
と思うので
壁打ちなり雑談なり
そういう
会話がなくなる
ということですね。
会話とか雑談とかそういうのがなくなると
何が起きるかというと多分壊れていくと思います。
人はね。
壊れないようにということで
AIで
それっぽくさせてもいいんだけど
多分AIでは満足できなくなってきて
第2第3派が
わかりませんけど人間と喋りたいんだ
みたいなのが出てくる気がします。
多分ね。
別におしゃべりだったら何でもいいというわけじゃない
ビジネスとか企業とかの
壁打ちにはもちろんなるんですが
テーマを決めてね。
だけどそういうものが
僕は消えるとは思わないですね。
AIとは全然違うから
AIには勝てると思ってますが
あと心配というか
そこは結局
AIと人間の壁打ちの違い
こちらのエゴなわけなんで
聞いてる方もそうですし
このサービスを知った人が
使いたくなるとか
もしくは別にAIでいいです
ってなってしまったら
もうしょうがないという
違うものを考えるかということになって
壁打ちなんか
何でしたっけ
古い
古典的なこと
伝統的な
古典的なものをやってらっしゃるのね
みたいな風にもしかしたらなるかもしれないです。
だけど
そんなにコミュニケーションでAIで
たけて使って何かやってる人っていうのが
もう想像できないんで
もしやってる人が
いっぱいいたら
社会のAIに対する感覚とか
全然違ってると思うんですよね。
これはもう
結果論としてそう言えてるんで
僕の感覚としてね。
たくさんの人に
使ってもらったり
もしくはそのお客さんに
喜んでもらえるようなものを
作っていければいいかなと思いました。
今回そんな
チャット壁打ちサービス
での特徴ですか
売りをするという意味での
AIと人間との
壁打ちですねやりとりの
違いについて考えてみました。
改めてどこか
アイデアの伝達と評価
誰かが言っているとか
もしかしたらいるかもしれませんが
別にいいですよ
そう思われようが何でもいいんですけど
それはあまり意味がなくて
なぜならそれを自分が
僕自らがAIを使ってたり
もしくは壁打ちをしたりってことの
体験と知見と経験と
全部詰め込んで言ってるだけなんで
そのAIが言ってるって
正直な話意味ないんですよね。
解釈してどうか
どうなんですかって。
だったら意地悪かもしれないですけど
AIにビジネスアイデアを考えさせて
それをやってやればいいんだろうけど
たぶんしんどくなるんですよね。
人間がやるし
しかも裁量がないというか
AIが言われたことをそのままやるってことは
何も考えずにやってるわけじゃないですか。
人間側がね。
人間側が考えないってことは
自分はコマのように扱われているだけで
自分はこういう風にした方がいいんだろうが
ないわけなんで
めちゃめちゃつまんないと思うんですよね。
もしかしたらそういうことをやられている方がいるかもしれないですけど
どうなんでしょうね。
よくわかんないです。
ただそれをAIでやらせて
そこそこのものを
5割6割ぐらいのやつで
一層という状況もあることはわかります。
それは質が低い
ビジネスアイデアとか
ビジネスプランとか
もしくはマーケティングとか
そういうものだったんじゃないかなと思っています。
でも
やっぱり
人間側が
そこで偉そうに僕が質が100%
充足できるものを出し続けて
っていうことを絶対的なやつですよね。
言えるかというと
それもないだろうなと思います。
人によっては
全然ご満足いただけないケースもありますし
なんだってこともありますからね。
そこは絶対
いけるっていうのも
僕がそういう風に確信という意味で
信じているという意味では
表現として絶対いけるとか
絶対のことは使っていいと思うんですけど
本当の
絶対っていう言葉の
ものは評価ですね。
相対評価でしかないから
になってくるかなと思います。
なので
どうお客さんに届けていくか
ってことをねりねりしながら
伝えてやってますということを
言い続けてどこまでいけるかを
探っていくということになって
かなと思いました。
AIの
人間の価値
感想等ありましたら
お気軽にコメントレーター等をお願いいたします。
というわけで今回は以上となります。
四国理ラジオ大橋でした。
ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。