ちょっと昔のもの。フォークナーは結構だいぶ昔だけど、そんな感じでいきますので、まあちょっと今日はちょっと4人いるんでサクサクいきましょうか。
そうですね。まず僕が最初に紹介するのが、グレイス・ペイリーですね。1922年ニューヨーク生まれのロシアからのユダヤ系移民の過程に生まれた方で、
詩人としての活動とか始めていたんですけども、59年に今回紹介する人生のちょっとした煩いという短編集、今日はこの中の収録作を一つ紹介しようと思うんですけど、
それを紹介して、そこから最後の瞬間のすごく大きな変化と、その日の5国という3冊の短編集を出して、作家としての名声を確立されたという、アメリカ文学のちょっと伝説的存在、カリスマ的存在となっていたという方で、
2007年に84歳で亡くなられたんですけども、このグレイス・ペイリーさんの作品は村上春樹さんがすべて訳されていて、今は短編集3つ出ているんですけども、僕は去年この短編集ちょっと友達にお勧めしてもらってですね。
そういうのがあるんだ。
海外文学をすごい読んでる人にグレイス・ペイリーがすごいっていうのをですね、その人がハマっててですね。で、ちょっと気になって短編集買って読まずにいたんで、ちょうど今回いいタイミングだなというので、ちょっと読んでみることにしまして。
ちょっとその作品の入る前に、このグレイス・ペイリー、この作品に共通しているところとしては、すごく個人的なものは語りの面白さですね。この文体のところ。村上春樹さんもやはりこのグレイス・ペイリーの文体の中毒性というかですね。
そういったところは後書きで触れているんですけども、すごく見方によっては癖があるかもしれないですし、見方によってはすごくイヨモラスがあって、面白く読めるというですね。そんな方で、翻訳するのがすごく難しいみたいなんですけども、
村上春樹さんが訳していると、やっぱり結構自然に読んできてですね。結構読みやすいのかなと思いますね。この人生のちょっとした技という最初に出た短編集は。一人称の語りがすごく個性的で面白くてというところは、この短編集で共通しているところかなと思いまして、
その中で一つ、今回紹介したいなと思っているのが、変更することもできない直系というですね。ちょっとこれも変わった名前の短編なんですけども、これがすごい良かったので。他にも良かった短編、個人的に好きなのは一番最初に収録されているさよならグッドラックというですね。
グレイスペイリーさんが最初に書いたと言われている作品なんですけど、それもすごく良かったんですが、この変更することのできない直系は、これが語り手が男性で、最初にいいなと思ったさよならグッドラックは語り手女性だったんですけども、男性語り手というところで面白いところがあったりすると、この話はエアコン業者の男性が主人公で、30代半ば後半といったあたりなんですけども、
その家庭を訪問してエアコンの設置とか修理とかしているんですけども、とある家の工事に行ったときにですね、その部屋に10代の少女がいてですね。10代の少女なんですけども、18か9ぐらいかな確か。これから大学生になりますぐらいの年齢の女の子なんですけども、なかなかですね、10代なんですがちょっと大人びているところもあって、
色っぽさもあってというので、この少女が同世代とかにはあんまり関心がないタイプで、年上の男性が好きそうなタイプ。で、その女の子が男を誘うんですね。エアコンの修理に来た。で、今度いついつちょっとどこどこ行こうかっていう、ちょっとデートを約束して。で、男はその後ですね、少女と一度だけデートをするんですけども、
で、その後ですね、この家のそれで父親がもう大激怒してですね、30代の男なのになんで10代のうちの娘に手を出すんだというので、それで裁判を起こすと。それがその男にデートして、その時に性行為もしたんじゃないかというので。
ああ、なるほど。 それが誘拐とかですね、レイプとかですね、ちょっとそういったことも、そういった悪いことをしたんだろうというので。で、男は男で、ちょっとここの男の語り手の話をするとですね、めちゃめちゃ愉快な人物で、本当冗談ばっかり言うようなタイプなんですけども、ちょっと変わっているところが、本当のことがあったとして、
で、相手が、例えばこの少女の父親が、恋愛とかじゃなくて、男が誘拐して悪いことしたんだろうっていうのに対して、男は否定しないんですね。それはそうじゃないんだ、本当はこうなんだっていうのを否定せずに、男はなんて言うんですかね、この流れをそのままもう出来事が起きて、
それを周りがああだこうだっていうのを、すべてそれをするすると、受け入れるというか、なんかもうそれを見守るみたいなんですね。ちょっとそんな不思議な、なんともつかみどころのない。 他人ごとみたいな感じ、他人ごとみたいな。 そう、他人、自分のことを。
そこまでじゃないんですか。これが、味方によってはひょうひょうとしてるし、味方によっては何かちょっと変わった考えを持ってるし。 そうだよね、うんうんうんうん。 で、一応それで裁判になるんですね。で、裁判でも男は、この少女を愛していて、恋愛として付き合っていたんだっていう、恋人としてっていうですね。
そういうふうに訴えかけて、犯罪はしていないというふうに持っていくことは可能だったんですけど、そんなことは言わないと。弁護士とかから、少女とそういう関係を持ったのは何でかっていうことを問われても、その時は少女を愛していたと。でも今はそんな愛しているという気持ちはないみたいなんですね。
なんかその弁護士からしても、男性を弁護する側の弁護士からしてもちょっと戸惑うような、そんな発言をされてしまうと、全然自分のことを弁護しようとしないっていうですね。さらにですね、裁判の席では男性の男の母親も登場するんですけども、その母親もですね、例えばその今までの生まれ育った環境がこうこうこうで、そういった苦労した事情があるから配慮してほしいとかですね。
そういう訴えかけとかを弁護士とかは期待してたんですけど、全然そんなことをね、この母親も言わなくてですね、なんか結構トンチン感のことばっかり言ってですね、全然男の弁護にならないようなことを言ってていうですね、このままやったらもう男が悪いってなって、逮捕されてしまうなという流れになっていくんですけども、
ここからですね、ちょっと思わない方向にこの裁判が展開されていくっていうですね、正直これ読んでいいって、最後こうなるんだって、ちょっとびっくりするような結末を迎えるっていう。
そうなんですよ。そんな話で、これは面白いなと思ったのは、この男の一人称の視点でそれが展開されるんですけども、本当に何か表々としているというか、結構前向きな性格なのかなと。逃げようとしていないんですよね。
逮捕されそうな状況でも、自分の考え方というか哲学思想、そんなのぶれなくて、何か目の前のことに抵抗しようとしないみたいなんですね。不思議な、そんなちょっと力を持ってるなっていう。そこは不思議な魅力が感じるというところですね。
で、この作品の中で起きた出来事っていうのは、男にとってはちょっと可哀想なことかなと。女の子から誘われてデートして、その後女の子のお父さんに本当に起きたことは一体何なのかっていうのは、ちょっとやぶのなかなところはあるんですけど、逮捕されそうになるっていう。
一見するとちょっとこれは不条理なのかなと思うような出来事にあうと。読んでると不思議なのが、その出来事を不条理と思うのか、もしくはそんな出来事に遭遇したこの男、主人公のこの人物像自体がなんか不条理に思えてくるっていうですね。なんとも不思議な。そうですね。
ちょっと、すごい面白くて、ちょっと全体的に明るさがあるようなトーンの作品なんですけども。でもね、一体不条理って何なんだろうかみたいなんですね。そんなところもちょっと読めてしまうような。というので、なんか面白かったですね。
あれだね、タイトルがまずすごく村上春樹っぽいタイトルなのと、なんか話を聞いてるとね、なんか変更することもできないっていう感じだと、なんかそのままその男がこうもうナスがママになるような感じだけど、なんかそういう感じではないってことだね。なんか面白いね。
そうですよね。このタイトルの変更することができない直形っていうのは、なんか最後の方にそんな言葉が出てくるんですけども、まあでもこの確かに男を表している言葉かもしれないなと思いましたね。
ああ、そういうことか。なるほどね。面白いですね。
チャーリーっていう名前の男なんですけども、なんか読むと結構この人の中好きになりましたね。
ああ、すごい読みたくなったわ。
これなんか、ドラマ化とかしたら結構陽気な感じの、そうですね、になるかなと。このチャーリーが本当になんでしょうね、ちょっと軽いというかですね、そう、本当にお調子者なところもあるんで、基本的にはお調子者ですね。
いい話だったけど、大聖堂っていう短編集の中にもちょっと不条理な感じのやつがあるし、そもそもだいぶ最初に紹介したポールセローのワールズエンドとかも不条理だったし、
カポーティのね、ブトウノタカとかも紹介したことあるけど、なんかちょっとこう不気味さ不条理さみたいのが迫ってくるのがアメリカ文学、
アメリカの短編集の特徴だなーってちょっと勝手に思ってるところはあるんですけれども、もちろん明るい話もあると思うんだけれども、
なんとなく自分が好んで読んでるのはこのラインだなーってちょっと思ってます。で、その中でチーバーの立ち位置っていうかポジションのことをちょっと話すと、
そもそもそうだね、チーバーってどういう作家っていう話をまだしてないので、ちょっとだけ紹介すると、1912年に生まれて1982年にお亡くなりになってます。
で、アメリカを代表する短編小説の名手とされていて、ザ・ニューヨーカーに長いこと短編を発表し続けてました。
で、ちょっとね、これどっちだったか忘れちゃったけど、この後書きか、ちょっと巨大なラジオ泳ぐ人の方にちょっと手元にあるんですけど、本当は全部読んでちょっと比べて話したかったんですけど、
ちょっとその余裕がなく解説だけ思うと思ったら、これあれあのモンキーに、柴田元彦さんが責任編集しているモンキーに村上春樹と柴田さんの対談が載ったようですね。
そのチーバーに対しての。で、そこでそれがちょっと載ってまして、そこに書いてあったのか忘れたんですが、なんかニューヨーカーでしか発表したくなかったらしいんですよ、チーバーは。
結構ね、原稿料が安かったらしいんだけど、なんかニューヨーカーにこだわりつけて、全然すごく貧乏暮らしをしてたし、他の雑誌から3、4倍の原稿料出すって言われてたのに、そっちに行かなかったっていう、なんかこうなかなかこう貫きたい何かがあったんだろうなとはちょっと思う方です。
本当に数多くの短編を出してまして、ピューリッザ賞を受賞したり、全米批評家協会賞、大変利賞など受賞していますというところですね。で、村上春樹さんと柴田元彦さんの対談でもあったし、この本の解説にもあったんだけど、自分もすごく読んでて、解説とか読む前に読んでて思ったんだけど、これはですね、端的に言うと、主人公がある年代に集中してるんですよ。
40前後ぐらい、30後半から40後半ぐらいかな、に主人公の年齢が結構集中していて、やっぱりその年齢特有のですね、人生のこの変化というか、上手くいかないことと上手くいってることが乱れる感じを結構上手く描いてますね。
で、ここはどちらの解説、対談でも指摘されてたんですけれども、なんかやっぱり作家って自分の人生のフェーズいくつかあって、そこで経験したことを元に描いたりとかする。カーバーとかそうみたいなんだけど、っていう話がある一方で、モチーバーはね、もう本当にこの年代に集中して描いてるらしくて、もちろんね、少年が主人公のやつとか、若い人が主人公のやつとかもあるにはあったんだけど、圧倒的にこの辺の世代を集中して描いてると。
だからね、同じような感じ、同じような感覚を多分繰り返し描いてるんだけれども、なんか全然繰り返されてる感じがしない。なんていうのかな、一本一本が面白いなって思って。この辺の何ていうか短編の手腕っていうのはとんでもないんだろうなってちょっと思いました。
ちなみに主人公は男性の方ですか?
ほぼ男性です、男性です。女性も、女性今回いたかな、チーバー短編先週では、試点が1人称の時と3人称の時あるんですけど、3人称の時は結構女性側に引いて描かれることもあったりはしましたね。
でも基本的には男性、美しい旧かだけ女性主人公だったな、でも基本的には男性ですね。この辺の何ていうか独特のこの世代が持つ、この身体的にも精神的にも成熟して変わる瞬間みたいなのとか、喪失感みたいなものもすごく描かれていて、個人的にはすごく40前後の人にはめっちゃハマると思うので、ぜひちょっと読んでもらいたいなと思いました。
だからなんかこのちょっとね、自分の年齢的にもそのあたりなので、これはめちゃめちゃハマりましたね。前に紹介したワールズエンドの、あの中でも紹介してるけど、緑したたる島っていう短編があったんですけど、あれ私多分読んだの20代の時で、ちょうどなんか多分同じような感覚を持っていたような気がして、
それですごくワールズエンドってめちゃめちゃいい書籍なんだよって言って、みなさんにこれを紹介しましょうってあの時言ったと思うんですけど、やっぱり自分の年齢に合うものを読むっていうのは結構重要なんだなってちょっと改めて今回思ったところです。
うん、でもかといってこれがね、40代以上50代以上の人にはまらないかって言ったらそんなことないと思うし、若い人が読んでも絶対面白いと思うんだけれども、すごくこの年齢というものをちょっとぴったりな人は読んでいただきたいなと思ったところです。
で、ちょっとね具体的な作品紹介する前にもう一個言いたいのは、15編入ってるんですけどこの短編集、ほぼハッピーエンドはなかったです。 あ、そうなんだ うん、もう完全に解釈が分かれるか、いやバッドエンドでしょっていう感じでした。
で、最後びっくりする展開で終わっていくやつとかもあったりして、急にね、それこそそういうところが不条理だなって思ったんですけれども、そもそも不条理の重なりの末の大爆弾みたいな感じでもあったんですけれども、でも展開がすごくナチュラルというか
村上春樹さんはこのチーバーのその展開の仕方を水のようだって言ってたんですけど、その展開だけじゃなくてなんか文章とか何かすべてを持って物語が動いていく。でもねこれあらすじだけ読むとめちゃめちゃ急展開したように見えたりするし、感情がついていかないなって思ったりすると思うんだけれども、読んでるとそんなことないんだよね。
展開が急だなって思うことはあるんだけど、感情的にはなんかうううううってなっていくような感じで。 最初から不幸な空気感を出してるだけでもない?
出てる時もあれば徐々に高まっていく感じとかある。どんどんどんどんなんか不気味に囚われていくような感じはしますねっていう作品が多かったです。ちょっとこの辺りでピンとくる人はですね、ぜひ読んでもらいたいなと思いますね。
で、今回ちょっと私が紹介するのはその中でもですね、これ一番最後に入ってた橋の天使っていう短編をちょっとお話ししたいんですけど、その中でもですね、比較的明るく終わった話なので。 ちょっとハッピーエンドより。 そうそうそう。だったのでこの話をしたいなと思います。で、これね主人公の年齢がわかんないんだけど多分ねやっぱ40代ぐらいだと思います。
これ橋の天使っていう短編なんですが、まずですね、主人公の母親のことが描かれます。78歳の母なんですが、めちゃめちゃ元気でもうアイススケートを一人でやってるみたいな母親が描かれて、そんなに元気でしかもなんかね、痩せ細ってて、なんかちょっと不気味な感じなんですよね。
で、主人公がなんかそのアイススケートのところを歩いてると、お母さんが滑ってて、その時一緒にいた友人だか同僚が、なんか不気味なおばあちゃんが一人でアイススケートやってるぜみたいなこと言って恥ずかしくなるみたいな、そんな感じの存在で。で、まあ要は健康なんですね。お母さんはちょっと痩せ細ってはいるけれども。なんですけど、ある日ですね、飛行機が怖くて乗れなくなるっていう状態になります。
で、なんでそんな怖がるんだみたいな、なんかもう墜落するとしか考えられないみたいな感じですね、なってしまいます。で、それとは別で主人公には兄がいるんですけれども、兄が自分の、主人公マンハッタンに住んでますね。マンハッタンのマンションかなに住んでるんですけど、エレベーターで上まで上がらなきゃいけないんですね。
で、兄が着いたと連絡があって、で、下まで迎えに来てくれと言われるんで、主人公はなんかあれか、ちょっと二人だけなんか話がしたいのかなと思って、ちょっと変な覚悟を決めて下がっていくんですけど、兄はただ一緒にエレベーターを登ってもらいたかっただけという状況で、その時に兄がエレベーターを乗るのが怖いという話をしだします。
で、兄はもうこんな高いビル崩壊してしまうんじゃないかって思いながらエレベーターに乗るというね、ちょっとここが母親ともうすでに似てるんですけど、で、この二人をですね、ちょっと主人公がですね、ちょっと冷ややかな目で見てます。なんかそんな精神的な病にやられやがってみたいな感じで見てるんですけれども、彼もですね、ある時橋を渡るのが怖くてですね、発作が起きるようになります。
車に乗って橋を渡ろうとしている時に急に動機が激しくなって汗をかいてまともでいられなくなり、橋が崩れるんじゃないかって思って、もうそういう状態になって無事に渡れはするんですけれども、ちょっとそういう体にも異常が出る状況になってきます。
で、これをちょっと医者に相談していったら、もちろん精神的なものなんで、そういう診断が下されそうになるんですけれども、下されたのかな、なるんですけども、主人公はですね、もうこの精神的なものは自力で治せると、もう心と体は別物だから、もうそうやって頭に行き渡せば大丈夫だと思って、医者に通ったりとかそういうことはせずに自力で何とかしようとします。
で、発作が出たり出なかったりするんですけれども、ある日ですね、娘を学校に送るためにマンハッタンの家からワシントンブリッジという大きな橋があるんですけど、そこを渡っている途中に発作が起きました。娘に悟らないように何とか隠して送り届けたんですけれども、これ家に帰るのにまたワシントンブリッジを渡っているのはもうちょっと無理だと、もうそんなことできないと。
次ですね。紹介するのがイーリス・ウォートンになります。イーリス・ウォートンのウォートン怪談集というですね。これがあの余裕者から去年ですね。
2024年に小さな海外文学というシリーズが出て、それの第1弾で柴田本幸さん役で出た本になりまして、実はこのイーリス・ウォートンが元々20世紀前半に活躍したアメリカの作家で、
メーカーに生まれたのでニューヨークの上流階級のこととかはですね、書いていたりするんですけども、怪奇小説も書いていたというので、同じく2024年にこれもですね。
と出版社が、国書公会からビロードの耳当てというですね、イーリス・ウォートン怪談集というのが出てまして、これは中野由翔さん役で、これが5000円するんですね。
国書公会だ。
で、それ以前にもイーリス・ウォートンの幽霊話みたいな本の翻訳出てたんですけども、絶版になっていたりして、そういう意味ではですね、気軽に読めるイーリス・ウォートンの幽霊話、怪談集は余裕者から出ている小さな海外文学のシリーズのものが、まずは手軽に読めるのかなというので、
今回ちょっと手に取ったところでもありまして、というところと、あともう一つですね、このイーリス・ウォートン、代表作は無垢の時代とか、寒楽の家というのが知られているんですけども、この2025年に北唐山編集室ですね。
そうですね。去年、大地さんも2024年の海外文学ベスト5に北唐山編集室から出ている本を2冊選んだんですけど、寒楽の家を2025年に北唐山編集室さんが出版を予定されていると。
楽しみですね。
それももちろん読もうと思ってまして、イーリス王って今まで読んだことがなかったので、ちょっとハイリーとして、ちょっと読んでみたいなと思っていたので、ちょうどいい天気で今回短編を一つ読んでみました。
で、このウォートン怪談集には3つ作品が収録されているんですけど、その中で一番最初に出ているコマ遣いの呼び鈴という作品ですね。ちょっとこれを今回は紹介したいなと思います。
このコマ遣いの呼び鈴は、さっきの国書観光会のビロードの耳当てには収録されていない作品で、残り2つですね。夜の勝利とミアリパスクという作品はウォートン怪談集にもビロードの耳当てにも収録されているんですけども、
ちょっとね、ウォートン怪談集にしか収録されていないコマ遣いの呼び鈴、ちょっとこれを面白かったので紹介しようと思います。これどういう話かというとですね、まず主人公の女性、ちょっとその仕事を探し中で働いていたんですけども、ちょっと病気になって入院してしまって、
それで退院した後、ちょっとその就職発展所に通ったりして、何かいい仕事ないかなと探しているんですけど、なかなかちょっと街で見つからなくて、という時に、ちょっと顔見知りであったとあるご夫人に偶然街中で声をかけられて、
そしたらですね、ご夫人の友人の、屋敷に住んでいる奥さんですね、とあるその夫人のメイドとして働かないかと誘われます。この文章の中ではメイドという言葉は出ていないんですけど女中ですね。
で、そこの屋敷でちょっとその住み込みみたいな形で働くことになるんですけども、そこがなかなかちょっと不気味な雰囲気を醸し出している屋敷でもあって、その夫人というのがちょっと病弱な人で、ちょっと部屋の中でちょっと安静な暮らしをしていると。
寝ていたり、ちょっとしてないといけなかったりというので。で、ちょっと不思議なことがあって、この夫人が部屋から呼ぶときにこの呼び鈴があるんですけど、それは使わずに別の女中に声をかけて呼んでもらうというですね、呼び出してもらうという。
何故かそういったことをしていると。で、何で呼び鈴を使わないのかって主人公も聞いたりしたことあるんですけど、ちょっとね、はぐらかされて。はぐらかされてというかですね、なかなか。
それで主人公はちょっと不思議に思うと。何でこの夫人は呼び鈴を使わないんだろうかと。そうやって、屋敷での女中の仕事をしていって、時間も経っていってという。
あるときですね、屋敷の廊下で幽霊を見ます。で、その幽霊というのが女性の幽霊なんですけども、もともとこの屋敷で女中をしていた幽霊で、どうやらこの夫人と、この屋敷にいる夫人とすごく仲が良くて、
本当、実の姉妹のように可愛がられていいというような、そんな関係だったんじゃないかと言われている人だったと。ただ亡くなってしまったと。で、主人公というのがその後がままみたいな感じで採用されてきたと。
ですけども、実はですね、この採用されてきたっていうのが、その主人公の前にも確か4人かな、この女中として入ったんですけど、でもすぐ辞めて。で、また別の人に会ったらまたすぐ辞めて。というので、このなかなか定着しなくて。で、主人公が今働いていると。で、この屋敷には一体何があるんだろうか。
幽霊も見てしまったしというので、そんなこともあります。で、ちなみにこの館には、この夫人にはもちろん旦那さんはいるんですけども、たまにしかこの屋敷には顔を出さなくて。で、たまに姿を見たなと思ったら、結構飲んだくれていたりとかですね。
で、ちょっと短気な性格が女中の人たちから嫌われていたりとかする。そんなですね、なかなかちょっと好かれていない人物になります。で、あともう一通り重要な登場人物がいて、夫人の友人ですね。村外に住んでいる。結構身分のいい人かな、確か。
30ごろの上品な男性で。で、教養があって、趣味が読書で。夫人とその読書の趣味が合うっていうので見舞いに来て、ちょっと本を読んであげたりとか、その本の話をしたりとかで、夫人とすごく仲がいいと。で、ある時、夫人はですね、ちょっと夫がいない間に、友人のその男性の家に手紙を出してほしいと。
ちょっと主人公に頼んで。で、ちょっと急いで出て行ったりとかですね、そんな場面もあったりします。というですね、屋敷での女中の生活をしている中で、主人公の元にもう再びですね、ちょっと幽霊が現れて。その前の女中の幽霊ですね。で、主人公をある場所に案内します。
主人公が、幽霊がですね、スーッとこの屋敷の外に出て行って。で、主人公はね、追いかけるんですけど。幽霊が案内して行ったところは、どこで、そこで何が起きて、その後さらにどういう展開を迎えていくのかっていうのがですね、ちょっとこのクライマックスにかけての話になっているんですけど。
そんなですね、ちょっと女中、主人公が、屋敷に住み込みで働いてたら、そこで幽霊を見たっていうですね、そんな話ですね。
なるほど。めちゃめちゃホラーそうなんですよね。
ホラーで、しかもこの幽霊が怖い顔で、だからこっちを睨んでみたいなですね、そんな描写もあったりして、結構想像するとね、怖そうな。でも読んでるとそこまで怖さも感じないんですけども。
映像化されると結構怖そうな作品かなと思うんですけども。
そうですね、たぶんね。
結構面白いのがですね、柴田本幸さんの、あと書きとか書かれてるんですけども、アメリカ小説とイギリス小説、どっちでもやっぱり幽霊の話ってあるんですけども。
イギリスの場合ですね、幽霊が重傷を持ちやすいと。それはやっぱりイギリスには歴史もあって、古い屋敷があって、何百年前に誰それが殺されてとかですね。
そういう過去があって。っていうので、ストーリーがあって幽霊が誕生してくると。幽霊が誕生する、やっぱり因果関係みたいなものが用意されていがちだと。
一方でアメリカの幽霊は、そこまでの幽霊が誕生するまでの歴史みたいなものをなかなか持ち得ないんで。
アメリカの幽霊は、見る側の人物の内面の投影である度合いが強いと。
なるほど。
幽霊を見ましたと。幽霊の正体誰だっていう時に、イギリスだったら過去のこういう恨みがあって死んだ人物。
アメリカだったら、それはなんか幽霊を見ている側の内面の何かが現れたんじゃないかみたいなんです。
それぞれの国柄があるみたいでして、幽霊話も。
このウォートンの今回のコマ遣いの予備輪という作品も、主人公は幽霊を見るんですけども、登場人物の人間関係ですね。
その屋敷に住む夫人、旦那、この夫人の30歳前頃の男友達で、もともといた女中の幽霊。
なんかその人間関係をつなごうとするとですね、幽霊ってこういう実は過去に人間関係のいざこざがあって疲れたんじゃないかとか、
考えてしまうこともできるかもしれないけども、でも実はもっと内面的なものかもしれないなと。
それは主人公の内面的なところかもしれないですし。
なんで、なかなかこれもちょっと不思議な作品だなと思って。
単純に話は、小説として面白くて、短編として良かったんですけども、でもなんかその、この幽霊の正体誰かとかですね。
正体というか、なんで幽霊が現れたとかですね。
この幽霊が最後、主人公をあるところに案内するんですけど、それが意味しているのは何かとかですね。
そこまで、そういったところはですね、かなり想像の余地があるんじゃないかなと。
ちょっと考えたりするとですね、ちょっとそういうのを考えるのも面白いですし。
なんかその読み方、これも読み方に本当正解がないんじゃないかなと思うような。
なるほど、じゃあそういう意味では結構文学的な。
そうですね、それは思います。
やっぱり余地があるんですね。
そうか、ウォートまだ読んだことないからな。すごい気になってるし。
幽霊物とかって結構、なんかそのやっぱり正体が言いがちかなと思うんですけども。
確かに。
怖さの偏向となる。このウォートのやつは、やっぱりちょっとここも不条理な部分かなと思うんですけども、一体この幽霊何なんだっていうですね。
そこの正体を、正体というか意味というか、こう明かさずに、まあでもそれは存在しているっていうですね。
主人公の目の前にいて、あるところに案内するしっていう。
そういったところのちょっとモヤモヤが残るかもしれないけども、でもなかなかこういう形の幽霊の、なんていうんですかね。
幽霊話もあるんだなというので、なんか楽しめましたね。
いいですね。なるほど。
じゃあ、私の方でフォークナーの短編をちょっと紹介したいと思います。
フォークナーはですね、ウィリアム・フォークナーは有名なので、ちょっとサクッと紹介しますね。
フォークナーって誰よ。1897年生まれで、結構彼はですね、戦後、アメリカのミシッピ州に生まれていて、
ちょっと第一次世界大戦では英国空軍に参加して、その後ミシッピ大学で入学するが退学。職業を転々としていたと。
で、フォーシェの小説気候から始まり、響きと怒り、サンクチュアリー、八月の光など長編を発表していて、
米国をアメリカを代表する作家の一人となり、1950年にノベルベル賞を受賞していたと。
で、60年にお亡くなりになっているという作家ですね。
フォークナー自体はもうめちゃくちゃ有名なので、名前ぐらいは聞いたことあるっていう人から、もうバリバリのファンですっていう人、
多分このリスナーでもいらっしゃると思うんですけれども、そのウィリアム・フォークナーの新聴文書かれているフォークナー短編集ですね。
こちらの中から、ナヤを燃えるという作品を紹介したと思います。
で、今回なんですけど、なぜこれちょっと私ナヤを燃えるをチョイスしているかっていうと、村上春樹のナヤを焼くという短編があって、
それを原作とした映画、これ韓国の映画なんですけれども、イ・チャンドンさんが撮ったバーニングですね。
こちらをちょっと絡めてちょっと話したいなと思ってまして、そもそもいつだったかな、2年ぐらい前にもう配信終わっちゃってるかな、
アマプラだったと思うんですけど、バーニング見たんですよ。
そしたらめちゃめちゃいい映画で、村上春樹のナヤを焼く、もう私かなり好きな短編。
これもちょっと不条理系ですね、だったんで、これがこんなに、しかも短編集が2時間ぐらいの映画になってるんで、
なのに基本的には忠実に作ってるんですね。おおーと思っていて。
で、もともと村上春樹のナヤを焼くを読んだ上で、私このフォークナー短編集は10年ぐらい前に読んでいるので、
その時にナヤを燃えるを読んだ時に、これ村上春樹のナヤを焼くのインスピレーションを得た作品だと思って、ちょっと興味深く読みました。
で、その時はナヤを焼くっていうこと以外ですね、あんまり関連性は見えてなかったんですけども、ちょっと今日この辺が似てるかなみたいな話もできたらなと思ってます。
じゃあまずナヤを燃えるのですね、フォークナーのあらすじを簡単に言いますね。
これ時代設定はかなり昔ですね、1900年ぐらい前後だと思いますね、なってると思います。
で、アブナーストープスという人物がいて、この人白人なんですけど、いわゆる労働者階級というか、
誰かにあたわれて仕事をしているという形になってます。
まずですね、この人があるナヤを燃やしたという罪で、町を追放されちゃうんですね。
そのアブナーは一家を連れて次の働き口に向かうんですが、そこの主人の家に着いて行った時に、
その家の絨毯を汚してしまうんですね。
洗うように命じられるんですが、逆にその絨毯をダメにしてしまって返してしまいます。
もうそのことでですね、もう主人が激怒して責められて、労働の契約書の中に賠償のことも言えるからなという感じになるんですけれども、
そんな風にですね、言われた彼はですね、またその主人のナヤを燃やそうとしますと。
で、実はこのアブナーはですね、もう何回もこんなことを繰り返してある町を追い出されて、追い出されて、追い出されてと、
引っ越し一家で続けてました。
息子の、実はこれ主人公はそのアブナーではなくてですね、ちょっと今の話をしたらアブナーが主人公っぽく聞こえるんですけど、
彼の10歳の息子のサートリス・ストーブスという人物がいるんですね。
彼の、ほぼ彼の指定なんですけど三人称の形で語られてきますと。
サートリスはですね、ナヤをまた父が燃やそうとしているということで、
ナヤの持ち主、絨毯をダメにされた家の主人ですね、に伝えようとしていきます。
もうこれ一回そんなことをしようとすることを父親に勘づかれたから、母親に拘束されてたんですけど、
それを振り払って彼は伝えに行こうとします。でももうちょっと手遅れでというところでした。
この10歳の息子はですね、ナヤが燃えた後、自分の家から背を向けて森の中へと入っていくというシーンで終わっていきますと。
これ主題としてはおそらくいくつかあると思うんですけど、まずこの息子の成長というか、
あれですね、この父というか、もともと彼は何というか父を尊敬している、父への尊敬を捨ててはいないんですよ。
これちょっと絶妙な書き方をしてるんですけど、明らかに父の邪魔をしようとしてはいるんですけど、父への尊敬は捨ててないんですね。
このあたりもあって結構この血に縛られているというか、父親の暴力性、凶暴性みたいなのも知りつつも父に対しては一定の感情を捨てないと。
だけれども明らかに父を止めようとしたいというか、やめてほしいと思っているという状況だと思うんですね。
彼は最終的に家には戻らないという選択をして消えていくというのがこのラストなので、彼の中では一つ何か決断があってというところだと思うんですけども、そういうのがちょっと描かれている作品ですね。
個人的にはやっぱりこの暴力性がすごくて、この父親のすごく印象に残りました。改めて読んで。
この作品というか、フォークナーはこのストープス三部作っていうのがこの後あるみたいで、それ全然読んでないんで全く何もわかんないんですけど、この後に続く話があるっていうので、ちょっと解説読んで、すごい読みたいなって思いました。
確かに。
ヨーロッパ、ロシア。
そうですね。
南アフリカ。
地域柄みたいなところで、面白そうですね。とか時代とか。
そうだね、時代も結構ね左右しますね、文学には。
そうですね、そういうので一回古典とか。
確かに。
見たいですね。
結構ね、昔の作品もあるから、フォークナーとかも面白いかもしれないし、やっぱちょっとアメリカ短編を久しぶりに読んで紹介してみて、面白いなと思ったので、もっといろいろ読みたいなと思いましたね。
やっぱり今回本当たまたまですけど、読みたい短編をお互いに選んだら、やっぱり村上晴樹さん、柴田茂之さん、この二人が共通してやはり。
現れましたね。
そうですね、触れることになるので、避けては通れない。
そうだね、避けては通れない。
なんだなと思いましたね。
これポータブルフォークナーちょっと前に出たじゃないですか、4名で訳してるやつがあるんですけど、やっぱ1名は柴田茂之さんだし、ポータブルフォークナーちょっと読みたいなって、ちょっと改めて思った。
あれもね、高いんですよ、5000とか6000円すんだよ、確か。
そんなに。
河出書房だったかな。やっぱりちょっと最近いい海外文学が高いからね。
そうですね。
ちょっとポールオースターとかも去年はありましたが、多分今年もすごいドンキモン出ると思うんで、楽しみにしてるというところですが、ちょっとこの雑談始まっちゃうと止まらなくなるので、次回告して終わりましょうか。
じゃあ次回告させていただきます。次回はですね、ちょっと今回は純文学で少し昔めの作家なども扱ってみたんですけれども、真逆でですね、最新SF短編紹介会というのをちょっとやってみようかなと思ってます。ぜひお楽しみに。
番組の最後になりますが、メルマー会員募集しております。こちら無料版、有料版でございまして、無料版は毎回のエピソードが長すぎてカットした部分を音源化して配布しています。
もっと我々のエピソードが聞きたい人のためになってますので、もしよければご登録ください。
最近ではですね、これに加えて、というかなかなかカット音源が作れない時があるので、海外文学ニュースというのをですね、配信しています。
最新の新刊本の情報なんかもですね、我々が知り得た限りのものをお届けしてますので、ぜひ登録してみてください。
無料版の方はサポーター特典という形になっておりまして、我々を応援したいという方がありがたいことに一手数いらっしゃってですね、支援いただいております。
こちら月額500円で支援できますので、もし興味があれば、我々の番組を応援したいという方がいればですね、ぜひそちらもご検討ください。
どちらもですね、詳しいことは番組概要欄に記載しておりますので、ご確認ください。
番組の完成やリクエスト、またこの番組を聞いて紹介された本を読みました、読み返しましたなどございましたら、
ハッシュタグそろとみ猫たちをつけて教えていただけると大変嬉しいです。
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