1. RadiCro
  2. ゲスト:塩田京子(ニューホラ..
2023-05-09 30:00

ゲスト:塩田京子(ニューホライズンコレクティブ合同会社プロフェッショナルパートナー/「ハイタッチ」代表)「むんぱれTuesday / by DJナオエレーヌ」後編:2022年12月6日放送

前回に続き、ニューホライズンコレクティブ合同会社プロフェッショナルパートナー/「ハイタッチ」代表の塩田京子さんをゲストにお迎えしたトークをお届けします。

 

●大手広告代理店「電通」に37年間勤務していた塩田さん。主に人材育成の仕事に携わってきましたが、2020年に同社が発表した、40歳以上の社員を対象とした「ライフシフトプラットフォーム」(LSP)を利用して、新たなキャリアをスタートしました。

 

●LSPに参加した社員は、退職後に、電通が出資する会社「ニューホライズンコレクティブ」(NH)から一定の業務を個人事業主として受託し、安定報酬を得ながら、自身が始めた事業からの利益も得ることが可能になります。年々、早期・希望退職者を募る企業が増える中で発表された同制度は、高齢化社会における、多様な働き方を支援する新たな取り組みとして大きな注目を集めました。

 

●番組では、LSPで独立してからのクリエイティブな活動、NHメンバーとの協働、会社員時代から取り組んできたコミュニティやネットワークづくり、社員時代に培った経験、そして、トレードマークともいえる着物やグレイヘアについてなど、2回に分けて深掘りします。

 

●組織の中で自身の役割や居場所に悩んでいる方も多いのではないでしょうか。人生100年時代を見据えた主体的な働き方とは...?是非、聴きください!

 

■塩田京子さんの活動に関する最新情報はこちらから↓

https://www.instagram.com/kimono_kyoko_unlimited/?hl=ja

 

■番組へのリクエスト・ご意見はこちらから↓

https://www.radicro.com/request/munpare.html

 

#ライフシフト #ニューホライズンコレクティブ #lifeshift #lifeshifter #100年時代の人生戦略 #働き方 #働き方改革 #グレイヘア #シルバーヘア #kimono #サポートひろがり #戸田屋商店 #着物 #キモノ

00:25
むんぱれTuesday その日の天使
みなさん、こんばんは。ナビゲーターのナオエレーヌです。
むんぱれTuesday 第1週 その日の天使
この番組では、私が気になる様々な分野で活躍しているゲストをお迎えしています。
番組名は、小説家で放送作家であった中島良雄さんのエッセイから来ています。
日々来ているとですね、心が折れる瞬間も多々あると思いますけれども、
この番組を聞いて、新たな視点や考え方や言い方を知ることで、
リスナーの皆さんの世界観が広がって、少し心が軽くなったりする。
そんな風に、この番組が皆さんにとってのその日の天使になれたら嬉しいです。
ということで、今回はですね、前回に続いて塩田京子さんをお迎えしています。
塩田 はい、こんばんは。よろしくお願いいたします。
ナオエレーヌ こんばんは。よろしくお願いいたします。
塩田さんはですね、肩書がニューホライゾンコレクティブ合同会社プロフェッショナルパートナーということなんですけれども、
前回ではですね、このニューホライゾンコレクティブ合同会社というのがどういったものなのかというのをちょっとお話しいただきました。
私の方からかいつまんでご説明させていただきますと、
こちらはですね、2020年に電通さんが発表した人生100年時代におけるライフシフトプラットフォーム制度ということでですね、
新会社ニューホライゾンコレクティブというのを2021年に電通さんの方で設立したわけなんですけれども、
こちらの方にですね、参加を希望する電通の社員さんが1回退職した形で個人事業主となって、このニューホライゾンコレクティブと業務委託契約を結ぶと。
個人事業主になった方は、この会社から一定の業務を自宅しながらも、つまり安定した報酬を得ながらも、
個々人でこれまでやりたかったこととか、なかなか踏み出せなかった新しい事業に取り組みということが可能になるという制度ということなんですけれども、
こちらの方に手を挙げたのが塩田さんということなんですよね。
塩田さん、ハイタッチというヤグオもお持ちということなんですけれども、こちらの方、ちょっとどういった意味があるのかお話いただいてもいいですか。
03:03
個人事業主として出発するにあたり、何かヤグオっていうのをつけた方がいいのかなということでいろいろ考えてみたんですけれども、
その時に、いろいろテクノロジーとかウェブ2.0から始まって、今いくつですか。
3.0。
3.0とかね、どんどんどんどんそうやってテクノロジーが進化していってるんですけれども、
逆に私は個人事業主として、もっと人間的な触れ合いみたいなことだったり、規模とかそういうことを追うのではなくて、
もっと密にとか、大事にとか丁寧にいろいろな人たちだったりとか、物とかに関わるようなことをしてみたいなっていうので、
ハイタッチって、ハイっていう手を挙げてね、あれは日本語、英語みたいな感じだとハイタッチって言いますけど、英語で言うハイタッチっていうのがハイテクの反対みたいな感じで、
なんかね、人間的な触れ合いみたいな、そういう意味合いみたいなんですよね。そんなので、ハイタッチっていう風につけてみました。
いいネーミングですね。絶対そういうニーズはあると思います。もちろんテクノロジーが発達していく中で利便性が高まっていくところも、私たちは享受しながらもやっぱりそういった触れ合いみたいなものとか、
人間的な関わり方っていうのはやっぱり大事かなというふうに思ってますね。
で、このですね、ライフシフトプラットフォーム制度に関して、もう少し踏み込んで聞きたかったんですけども、一定の業務を受託されているというようなことなんですけども、
塩田さんがやられてるのはどんなことなんですか。
例えばなんですけど、ニューホライズン、略して今我々NHっていう風に言ってるんですけども、230人ぐらいのメンバーがいる中で、コミュニティ、いろいろなユニットっていうのがあって、
例えば、我々に対していろいろな研修というか、各種のそういう研修メニューみたいなものが提供されたりとか、
それはアカデミーっていうユニットっていうのがあって、そこにそういうのをいろいろ考えてる人たちもいたり、私はですね、今ブロックマネージャーっていう役割をいただいていて、
それはですね、どういうことかっていうと、230人のメンバーがより活性化をして、それぞれの中から、いろいろなそのコラボレーションであるとか、新しい仕事のきっかけとかが生まれるようなコミュニティづくりのお手伝いというか、そういう役割を今いただいているっていうところですね。
06:14
聞いただけでも非常に楽しそうな役割だと思ったんですけど。
具体的にどんなことやってるかっていうと、今、会社員の人でもね、コロナ禍でリモートワークになってる人が多いかと思うんですけども、我々も基本的に日本全国に、日本だけじゃないんですけども、世界のいろんなところで仕事してる人とかもいて、
そんな人たちが、やっぱり顔を合わせる機会ってなかなかないので、オンラインで2週間に、大体私の場合は、うちのグループは2週間に1回ぐらいオンラインで集まって、緊急報告をしたりとか、あとはちょっとテーマを決めて、いろんなことでディスカッションしたりとか、っていうような時間を持ってるんですね。
例えば、こないだちょっと面白かったのは、ある人が宇宙に行ってみたいと思ってますか?とかね、なんかそんなテーマだったり、最近の喜怒哀楽についてちょっと話しませんか?みたいなことだったり、何かしらテーマを決めて、
ただその会社にいた時だと、どうしてもその業務報告みたいな、売り上げの報告だったりとか、あとはその上からの上位下脱的な、いついつまでにこういう書類を提出してくれたりとかね、その手の話が多いかと思うんですけども、
今我々の場合は、ちょっとそういう役割とかだけじゃなくて、その人の人間性だったりとか、そういうことに触れられるような、ちょっとね、垣間見れるようなテーマをあえて設定して、話す機会とかを作ったりしてます。
なんかいいですね。楽しいミーティングじゃないですか。それ1時間くらいやってるんですか?
そういうのをね、普通の企業とかでも取り入れたら、すごい何ていうのかな、チームビルディングにいいかもしれないですよね。お互いの人間的な側面が見れるというか。
そうですね。だから私の場合も、ニューホライズンになって初めましてっていう人が、同じね、会社にいながらもやっぱり部署が違ったりすると、なかなか接点とかもないまま終わってしまう人とかも多いんですけども、だからニューホライズンで初めましてみたいな人がそうですね、7割ぐらいになったかな。
09:06
なので、どうしても会社員だったりすると、接点があっても、例えばなんとか部のこういう仕事をやってるなんとかさんっていうことに当然なるじゃないですか。
そうすると、なかなかその人の人間性だったりとか、本当はこういうことをやりたい人なんだみたいなことって、実は仕事のつながりがあっても触れる機会ってあんまりないと思うんですけど、その辺を今の我々は会社の従業員ではないので、
逆にそこがフラットにっていうか、こういうことをやりたいみたいな共通点でつながれるみたいなことはありますね。
いいですね。やっぱり会社員で、それぞれの立場で仕事をしていると、自分が本当にこういうことをやりたいなんて言えないですかね。
そうですね。飲み会の時とかでは言えたりするかもしれないですけど、なかなか昼間のオフィスだとなかなか今ね、言えない。雑談、リモートになっちゃうとね、雑談の機会とかもどうしてもなくなっちゃってるじゃないですか。
そうですね。確かにそうです。私でもリモートになって、ちょっと一個だけいいなと思ったのは、みんな家で受けてるから犬が出てきたりとか、子供抱えたまま話してるお父さんとかいて、
なんかこの人は人間的な側面がちょっと今会話見れて、なんか嬉しいなとかって、なんかそういうチャーミングだなとかと思ったりするんですよね。赤ちゃんがワーワー鳴いてるのを困った顔で、
あやしてるお父さんの側面が見れて、なんかちょっと人間的でいいなとか思ったりもしたんですけどね。そうか、なんかなかなか業を言いたくとはいえ楽しいですね。なんかそういう役割は。で、もう一つ、ただそのこの制度の中であるのが、これまで自分がやりたかったけどなかなか踏み出せなかった新しい需要ということで、こちらの方では今どんなことをやられてるんですかね。
たとえばなんですけれども、あの前回着物が好きでっていうお話を少しさせていただいたんですけども、
たとえばその中で人形帳の手ぬぐい屋さんとかとお知り合いになって、いろんなね、あの課題をお伺いすることもあって、たとえばなんですけれども、昔ながらの技法で抽選っていう、漢字で言うと注ぐっていう字に染めるって書くんですけれども、そういうね、昔ながらの技法があるんですけれども、
そういうその伝統技法みたいなものを染めるとですね、どうしても染めムラみたいなものができてしまったりとか、そういうその商品化できなくなってしまうものとかができてしまうこともあるんですよね。
12:16
でそれがね、なんかすごく、ちょっとした傷とかで活かせないっていうのがすごくもったいないなっていうふうに思っていて、それを何かね、活かせないかなみたいなものがあって、それをちょっと、これまたご縁をいただいた、川崎にあるね、知的障害者の施設で、
ちょっとトートバッグとか、あるいは子供用、お子さんの帽子とかね、そういうものに商品化を一緒にしていただいたり、みたいなこともやってます。やってました。
はい。その染めムラになってしまったものというのは、じゃあこれで、ちょっとアップサイクルみたいな感じなんですかね。アップサイクルですね。おっしゃる通り。もうそれまで捨てたってことなんですか。
だからその手ぬぐい屋さんも、何だろうな、捨てるに捨てれないっていうか、かといって売れないし、みたいなところもあって、何かうまく使いたいんだけども、みたいな感じではあったみたいな。
じゃあ一応残してあったんだけど、なるほどね。かなり大量になったんじゃないですか。
そうですね。いろいろあって。
じゃあこれはあれですかね、この商品っていうのは、どこに行ったら見れるんですかね。
そんなにまだたくさん作れてないんですけれども、少し私の手元にもありますし、あとは川崎の作業所さんの方でも、まだご覧いただけるかなと思います。
わかりました。お名前とか作業所さんのって言っても大丈夫なんですかね。
サポート広がりさん。
わかりました。じゃあそこでちょっと検索してみるとか。あとあれですよね、しおたさんが持っているインスタのアカウントの方でも。
アカウント名をもう一回教えていただいてもいいですか。
着物アンダーバー強固アンダーバーアンリミテッドっていう長たらしい名前ですいませんが。
そちらに行くといろんな情報がいっぱい。私としてまたしおたさんの素敵なお着物姿も見れるということで、ぜひ皆さんチェックしてみてください。
よろしくお願いします。
結構ですね、アクティブに活躍されているんですけれども、もともとどういった少女だったのかなとか、ちょっと気になってて教えていただければと思ってたんですけど。
お着物ね、今とても素敵にこなされてますけども、小さい時からよく着てたんですか。
小さい時は着物はそんなに着てなかったんですけれども、私は生まれが台東区の浅草橋っていうところで。
15:07
浅草橋は職人さんというかトン屋さんとかが周りにいっぱいあって、うちの家業は箱屋って言って、当時ハンドバッグとか帯締めとかそういうものの化粧箱っていうんですけども、
綺麗な紙を貼って、一つ一つの商品を入れるための紙の箱を作るのが家業だったんですけども、そんなんだったんですが、祖母はほぼ毎日着物着てたんですよね。
本当にその普段着としての着物ですね。
カッポ着を着けて、仕事もそれでしてるっていう感じで、だから私にとってはそんなに体操な感じでもなく、普段におばあちゃんが普段に着てるっていう感じでしたね。
着物を着始めたのはいつぐらいからですか?
そうですね、20代の時に一度着付けを習いに行ったんですけども、その後結婚して子育てっていうのでちょっと遠ざかって、改めて40の半ばぐらいで、もう一回着物を着てみたいなと思って、もう一回着付けを習いに行って、
そこからだんだん着物で出かけたりする友達ができたりとか、少しずつFacebookとかSNSとかで着物つながりの人が増えたり、みたいなところでつながりが増えてきましたね。
なるほど、何着ぐらいお持ちなんですか?
たぶん60枚くらいかな。
すごい。
着物って結局、季節ごとに素材とか仕立て方とかが違うのと、プラス場所によって、やっぱりTPOとかによって、素材とか柄みたいなもので変える必要があるので、そうすると必然的に季節×格とかっていう感じで、それぐらいにはなっちゃうんですよね。
すごいですね。そんな形でファッションとかにも非常に敏感なお仕事だと思うんですけれども、そもそも電通に入りたいって思われたのは何だったんですかね?
ちょうど私入社したの1984年なんですけれども、その少し前ぐらいから、いわゆるコピーライターブームみたいなので、糸石下里さんとかが、ちょっと年代、詳しい年代はずれるかもしれないんですけど、
18:06
セーブさんの広告で、おいしい生活とか、不思議大好きとかっていうコピーが一世を風靡した時代で、その時に、すごく広告のパワーとか、言葉の力、そういう、なんていうのかな、
例えば不思議とか、生活、その言葉自体は別に目新しくないけれども、不思議大好きって組み合わせた時のパワーだったりとか、それがすごいなって思ったんですよね。
広告ってなんか面白いなって思って、そんなので、そういう会社に入れたらいいなっていうところからですかね。
言葉の力ってさっきおっしゃってましたけど、なんかあれですか、もともと文学部だったとか、なんかこういう本をよく読む少女だったとか。
そうですね、本は割と読んでた本かもしれないですね。大学は英語科なんですけれども。
実際に入社されて、第1回目の方では37年勤務されたってすごいですよね。最初に入った会社も務め上げたってことなんですけれども、どういったお仕事に携わったんですかね、入社後は。
入社後一番最初が英語科っていうことで、前回もちらっとお話しさせていただきましたけど、海外事業室っていうところで、7年ぐらいかな、行って、その時に当時の上司が私のことを見ていて、そのままセリフを言うと、上司がね、
京子ちゃんはさ、人の世話するの好きでしょって言うんですよね。何を見てそういうふうに思ってくれたかわかんないんですけど、そういうふうに言われて、ああそうですねって、好きかもしれませんって言って。
そうしたら、研修とかをやる仕事とかどうみたいに言われて、当時いた部署では、海外の企業の合弁とかの作業の本当に事務局作業みたいな、私はそんなに難しいこととかはやれなかったので、
本当に会議の準備だったりとか、資料の準備みたいな感じの仕事をしてたんですけども、そういう仕事を見てた上司が、人の世話するの好きでしょって言われて、
そういう仕事の方がもしかしたら、自分の皮膚感覚っていうか、私だったらこういう内容とか、こういう研修の方が身につくかもとか、こういうことできたらモチベーション上がるかもみたいなことが、
21:18
よりなんか自分の感覚というか実体験として、会社に役に立っているかなみたいなふうには思ったんですよね。
それであれですか、研修のお仕事とかに出された。
そうですね、そこで上司がそういうふうに言ってくれたので、移動しました、社内で。
具体的にはどんな感じの研修をやられたんですか。
例えば一番最初に、配属に移動になって、一番最初にやったのが、新入社員研修ですね。
ちょうど、だいたい当時で200人前後の新入社員の人たちが入ったので、
そこで、最初の時はもう研修内容は決まっていたので、
アテンドしたりとか、どっかに社外に行くときに引率をしたりとかね、そういうところから始まったんですけども、
最初に配属になった部署が結構、わりと年長者が多いところだったので、
そこからしたら、逆に新入社員の人たちと接するのが、最初結構ドキドキだったんですよね。
そういう研修だったり、あとは、いろいろ資格が上がっていくときに、昇格前研修みたいなのがあって、そういう研修だったりとか、
あとは語学研修ということで、グローバル化みたいなことが叫ばれていた時代でもあったので、
そういうときに、語学研修という形で、それまでの語学研修のやり方をガラッと変えようという上司がいたときに、
そこでいろんな新しい試みとかをさせていただいたりもしましたね。
なんか手応えみたいなのあったりました?なんか、これは聞いたな、社員の文字ベースが新たなとか。
そうですね。そのときに、語学研修でやらせてもらったのが、いわゆるオーダーメイド研修みたいなものを上司がやってみようということになって、
当時の役員さん、役員のほとんどの人たちに、私がインタビューをしに行って、
その人に、例えばどんな場面で、どんなことが英語でしゃべれたらいいですか、みたいなこととか、
24:08
どんなことをしゃべりたいですか、みたいな話を聞いたりとかして、
それで、研修のメニューを、語学研修会社さんと一緒に考えたりとかしたんですよね。
そういうことだったり、あとは、いろんな部署の人たちに対しても、そういうヒアリングとかをしたんですけれども、
そのときにすごく印象的だった言葉がある人から、研修の内容を策定するためのヒアリングだったんですけれども、
彼女がね、なんかわかんないけど、すごい気持ちがすっきりしました、みたいなことを言っていて、
語学研修のメニュー策定のためのヒアリングなんだけれども、
ちょうど彼女が仕事の中で、自分の役割だったりとか、クライアントと自分がやりたいことが、
当然その仕事なのでね、中には本位ではないようなこともやる場合もきっとあったと思うので、
そんなことが、私がヒアリングをさせていただく中で、ちょっと人に話せて、なんか気持ちが軽くなりました、みたいなことを言ってもらって、
その時に、研修の仕事っていうより、私はなんかそうやって人の話を聞いたりとか、それに対して何かしらのソリューションっていうほどでもないかもしれないけども、
何かそこを手助けできるっていうようなことが、してみたいなとか、できたらいいなっていうのは思うようになりましたね。
なるほど。やっぱりそういった体験っていうのが、今やってらっしゃることにも活かされているってことですね。
そうですね。何かやっぱり繋がっているかなとは思いますね。
会社員生活ちょっと振り返って、一番苦労したなとか、大きな喜びになったなとかっていうことってあります?
そうですね。本当に大変なお仕事をしている方たくさんいらっしゃる中で、私のことなんて苦労っていうほどでは全然ないと思うんですけど、人事の中で評価の仕事をしてた時があって、
その時がですね、ちょっと自分の中では辛いなっていう時はありましたね。
どういうとこが辛かったんですか?
何だろうな。自分自身が評価っていうことが、どこまで公平にできるものなのかとか、人が人を評価するっていうことに対しての、自分の何かの納得度っていうとこなんですかね。
27:17
そこが、なかなか腹落ちできない部分みたいなのがあるっていうところですかね。
難しいですよね。本当に評価って。私も思います。
そういった体験を受けて、今まさに個人事業主として活躍されて、始まったばかりだと思うんですけれども、何か生きているうちに実現したいことってあります?
いきなりなんか難しいこと言いましたね。
すいません。
あれをやりたかったなっていうのを残したまま死ぬのは、やっぱり心残りかもしれないので、失敗してもいいから、やってみたいことはやってみられたら、見たら見たいなっていうところですかね。
ってことは、結構いろいろそういうリストに載ってるわけですかね。これやりたい、あれやりたいみたいなって。
そうですね。あとは、セレンディビティっていうか、わらしべ長者じゃないですけど、いろいろ振って、こんな人紹介したいんだけどみたいにね、言ってくださる方がいたりとか。
今日もそうですけど、こうやってね、ナオエレーヌとは、アートの学校で知り合ったわけですけど、そういう形でまた今日みたいなね、こういう機会をいただいたりっていうのも、また逆にこういうね、放送を聞いて、声かけてくださる方もいるかもしれないしっていうので、なんかね、そのわらしべ長者みたいな感じで。
公演が繋がったらいいかなと思ってます。
でもね、やっぱりそのね、幅広いネットワークによって、どんどんどんどん道を開いてきた人だなっていうふうに思いますし、なんかやっぱりこうね、人をサポートしたいっていう視点っていうのを常に持たれてるっていうのは、人もなんかある意味女性的なアプローチかなって。
男性ってやっぱり自分の手柄に従う人が多いので、なんかでもやっぱりこうサポートしたいって、私もそうなんですけどね、どちらかというと人が喜ぶ顔を見たいなっていうのがあるので、これからもですね、ぜひぜひどんどんその塩田さんらしい働き方で人生を切り開いていただければというふうに思ってます。
ありがとうございました。
2回にわたって。
楽しかったです。
どうもです。
おやすみなさい。
おやすみなさい。
30:00

コメント

スクロール