2026/01/17
サマリー
今エピソードでは、大分県の株式会社幾島煙花に焦点を当て、花火製造の歴史や地域への信頼の重要性について話されています。また、復活した大分市の花火大会やZ隊長のブログについても触れられています。
株式会社幾島煙花の歴史
おはようございます。花火鑑賞士、気象予報士の鶴岡慶子です。
この配信では、花火や天気、言葉に関することなどをお話ししています。
今日は、花火シリーズのインタビュー記事公開日です。
今回登場いただくのは、大分県の幾島煙花です。
西日本の花火屋さんとは、ほとんど縁がなかったのですが、
この花火シリーズの第1回に登場いただいた、新潟県の花火の筒メーカー、ファクトリーアートの宮島社長にご紹介いただきました。
幾島煙花は、大正2年の創業から1世紀を越えて、その技をつないできました。
九州大分の地で、花火を打ち上げるだけではなくて、
信頼される花火屋であるということを何よりも大切にしながら、その歩みを重ねてきたのです。
早い時期に音楽花火への挑戦がありました。また、電気展開への転換という大きな決断もありました。
新しい表現に挑み続ける一方で、地元に迷惑をかけないとか、事故を起こさないというような、
祖父から受け継いだ言葉を今も胸に刻み続けています。
その原点には、地域とかお客様から信頼される花火屋であり続けることというのがあります。
花火市として社長が誇りに思っていることはどんなことですかとお尋ねしますと、
やっぱり多くのお客様を一度に見ることができることだと言っていました。
地元大分で途中中断していた大分市の花火大会、久しぶりに復活した時には、
育島演歌がそれを担当することになったんですが、実はその打ち上げの時に台風の影響で1週間延期されました。
その1週間で現場を整えて開催にこぎつけたんです。
復活するっていう時に台風はないよねって感じですよね。
そんな踏んだり蹴ったりの中で多くのお客様に喜んでもらえたということで、
花火を待っていてくれたんだなぁと強く感じたそうです。
花火ってやっぱり見てもらって感動してもらって初めて価値が生まれるものなので、
単なる工業製品ではないわけですね。
打ち上がったその瞬間に、わぁ綺麗だなとか、わぁすごいなって思ってもらうだけじゃなくて、
心の中に思い出として残る花火をこれからも作り上げていきたい、作り続けていきたいというふうにおっしゃっていました。
Z隊長のブログと花火大会
そして面白いのが、育島演歌の非公式のブログがあるんです。
これを執筆しているのはZ隊長という人で、
育島演歌の社長、裕作社長が自分と雰囲気似てるからよく間違われるんですよねって言ってましたけど、
ご本人ではないということなんです。
ブログの中身は花火屋さんの裏側みたいなことを書いてるんですね。
花火業界の中では本当に有名人でして、秋田の花火屋さんもフォローしているようでした。
私は今ツイッターXについてはほぼ放置状態なんですけど、
このところフォロワーが増えてるんですね。
どうしてなんだろうと思っていたら、
このツイッターのX上でZ隊長が紹介してくれてました。
この花火シリーズのこと。
一言、花火を作る人っていう文言があって、あとリンクが貼られてたんですね。
ここ経由でいろんな方がこの花火シリーズの記事を見てくれてるんだなっていうことが分かりました。
とっても嬉しかったです。
そして今日、いよいよ育島演歌記事公開ということで、
記事の中にはZ隊長の紹介もしていますので、
そこからZ隊長のブログにも飛ぶようになっていますので、
ぜひそちらも合わせてご覧いただきたいなと思います。
大分県株式会社育島演歌の記事は今日正午公開です。
ぜひご覧ください。
この配信はアップルポッドキャスト、他各種プラットフォームでお届けしています。
リッスンではこの配信のテキスト版を公開しています。
合わせてご覧ください。
それではまた明日。
ご視聴ありがとうございました。
04:13
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