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#1577 児童文学だと思ったら地獄だった『にんじん』に心をえぐられた話
2026-06-23 09:29

#1577 児童文学だと思ったら地獄だった『にんじん』に心をえぐられた話

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今回はLISTEN企画「泣いた◯◯」に参加。人生で初めて本を読んで泣いた作品、ジュール・ルナールの『にんじん』について語ります。小学2年生だった自分は、少年の成長物語だと思って読み始めたのですが、待っていたのは想像を超える重すぎる現実でした。「最後はきっと救われる!」と信じ続けた子どもの自分と、大人になって読み返して初めて気づいた物語の真実。なぜこの作品が児童文学として読まれてきたのか。132年前の古典が今も胸をえぐる理由と、本が人を泣かせる力について語ります。



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00:00
はい、おはようございます。本日の放送は、2026年の6月23日、火曜日です。本日は、第1577回目のお話となります。
このチャンネルは、福島県郡山市在住の特撮アニメ漫画大好きオヤジのピョン吉が、日々気になったことをダラダラと話をしていくという番組です。よろしくお願いいたします。
今回は企画会です。リッスンの企画、泣いたまるまるに参加しております。
梅雨でじめじめしているので、いっそのこと涙で洗い流そうじゃないか、という企画です。
なんとも風流なのか、やけくそなのか、別妙な企画ですね。
企画してくださったのは、ひろひろしさん。面白い企画をありがとうございます。
自分の前の日の配信は、キースさんが行っているキースの声日記です。
聞くたびに涙が出るとある曲の紹介ということです。
自分感性が低いせいなのが、音楽そのものだけで泣くというのは、実は経験がないです。
映画音楽を聞いて、悲しい映画の内容を思い出して悲しくなるぐらいですね。
どんな曲を紹介してくれるのか、楽しみにしております。
そして、自分の次の日はグリーンフィルダーさん。
番組グリーンフィルダーアットリッスンで、ブワッときた本だそうです。
いいですね。ブワッとという表現。
どんな本がグリーンフィルダーさんをブワッとさせた本なのか、とても気になります。
さて、自分の人生を振り返ってみると、泣くほど影響を受けた作品というのは、実はそんなに多くありません。
ビョーク主演の映画、ダンサー・イン・ザ・ダークとか、スティーブン・キング原作の映画、ミストとかでしょうか。
自分、子供がひどい目に遭う話に弱いんですよ。
で、自分が泣いた本って何だろうと考えた時に、思い出したのが、ニンジンという小説です。
作者はフランスの作家、ジュール・ルナール。博物誌などで知られる作家です。
彼の反自伝的小説とも言われているのが、このニンジンです。
出版されたのは1894年、今から132年前に書かれた本です。つまり、超古典。
小学2年の自分は、そんなことは全然知らずに読んでいました。
世界文学全集とかに入っている、トム・ソーヤとか、小孔子、小孔女とか好きだったので、そんなつもりで読んでしまいました。
現在は著作権が切れているので、青空文庫で読むことができます。
中編小説なんですが、今の小説に慣れている人には結構読みにくいです。
自分も今読むと、うーん、文章が古い。なかなか苦戦しました。
さて、この本を読んだのは、先ほども言ったように小学2年です。
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当時の自分は、とにかく本に飢えていました。本なら何でも読む。
家の本を読み尽くして、親戚の年の離れたいとこからもらった本の中に、この人参が入っていました。
そして、自分の最大の不幸は、この本を児童文学だと思ってしまったことです。
主人公は少年。少年の目から見た日常が描かれる。
そりゃあ、小学2年なら、「よし、少年の成長物語だな!」と思うじゃないですか。
ところが全然違い。ものすごく重い。むしろこれ、子供に読ませていいのかという内容です。
主人公は人参というあだ名の少年。赤い髪とそばかすが由来らしいです。
しかも、家族全員が人参と呼ぶので、本名が出てこない。
子供の自分は、「なんで誰も名前で呼んであげないの?」と、それだけでもショックでした。
そして本を読み進めると泣ける。とにかく人参が不憫すぎる。
親にこの本はひどすぎると文句を言って泣きました。親が買ったものじゃないのに。
考えてみると、当時の自分は、母親というものは子供を無条件で愛してくれる存在だと信じていました。
母親がいない子がいるというのは頭で理解できても、母親はいる、でも愛されない。しかもなぜか嫌われている。
ここが本当に理解できませんでした。そんなことがあるのか、そして怖かった。
三人兄弟なのに、人参だけが母親からひどい扱いを受ける。兄や姉は普通、いやむしろ可愛がられている。
人参だけがずっと差別されていじめられます。この部分が子供の自分には本当にショックでした。
現在でいうところの毒親というものですね。ひどい毒親を親ガチャで引いちゃったお話なんです。
例えば、夜中にトイレに行きたいのに母親にお丸を隠されておしっこをおもらししてしまう。
おもらししたらそのおしっこをスープにして兄・姉の前で飲まされて笑い者にされる、なんて話が出てくるんです。
こんなことが本当にあるのかと、とても怖かったです。しかも家族の中に人参をすくってくれる人がいない。
父親は理解しているようで見てみるふり。兄や姉も母親側についています。
唯一の味方は離れて暮らす変わり者のおじさんだけです。母親に嫌われているおじさんなんですが、そのおじさんだけが人参をちゃんと一人の人間として扱ってくれる。
ここだけがこの本の救いでした。そして小学2年の自分はこれを児童小説だと思っているので、思いました。
大丈夫だ。最後には絶対ハッピーエンドになる。お母さんも快心する。理解してくれる。と、あの優しいおじさんが助けに来てくれるに違いないと。しかし、ない。全くない。希望が見当たらない。
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あまりのいじめに人参はすでに自殺まで考えたことがあるというセリフもあります。
怒りをぶつける相手もいない。しかも人参は優しいから人に当たることができない。だからモグラに八つ当たりして残酷なことをしてしまいます。子供ながらこれはまずいと感じたのを覚えています。
しかも人参は悪い子じゃない。むしろ頭のいい子。何でも親の言うことを聞くいい子です。なのに嫌われる。理由がわからない。
もしかして人参が勝手にそう思っているだけで実はそうではないのかなとまで思ってしまいました。それくらい理解できなかったんです。
そして今回大人になって読み返して、ああそういうことかと気づきました。人参の母親と父親の夫婦仲が冷え切っているんですね。
そして人参が父親に似ていた。だから父親への憎しみが全部人参に向かっているんです。悪いのは大人の事情。子供に全く責任はない。父親もそのことに気づいている。
だけどかばえば余計に妻の怒りが人参へ向かう。だから何もできない。どうしようもない。何ともやりきれない状況です。
人参にとっての出口はただじっと我慢して早く大きくなること。学校の寮に入ること。それしかない。
そして最後、長年ため込んだ怒りをちょっとしたことがきっかけでついに母親にぶつけます。そして母親にストライキ。もう限界だったんでしょうね。
そしてその後は、ぜひ読んでほしいと思います。この作品は当時かなり衝撃を与えたらしく、作者によって脚本にもなり舞台化もされています。
そして舞台版では人参の本名が明かされるそうです。その名前はフランソア。
フランスという国の意味あるごくありふれたお得の名前。つまり人参は特別な不幸な少年ではなく、どこにでもいる普通の子供、誰にでも起こり得る話なんだよという意味なのかもしれません。
表額2年の自分はこの本にただただ泣きました。そして大人になって今読み返すと、なんでこんな重すぎる本を日本では児童文学のふりして売ったんだと別の意味で泣きそうになります。
この本がきっかけになり、本には人を泣かせる力もあるということに気づいて、読書というのがさらに好きになりました。本当に本との出会いというのは不思議なものです。
お話が古くてわかりにくいからおすすめしませんが、もしよければ読んでいただきたいです。青空文庫で無料で読めますので。
というわけで、今回は泣いた○○というので、自分が初めて本を読んで泣いた人参の話でした。
09:06
それではまた、もしよろしければぴょん吉のオタクな話にお付き合いくださいね。本日もお聞きくださいまして誠にありがとうございました。
09:29

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