契約打ち切りの緊迫
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
本当にこの仕様変更をするなら、納期はさらに延長させてもらえますからね。
松江さんが怒った。
そ、それは困ります。
俺は焦って、松江さんをなんとか説得しようとする。
今の納期じゃ無理に決まってるでしょ。材料だって集められるかわからないのに。
上には納期はそのままでって言われてるんです。
それをこっちがそのまま飲み込むわけないでしょ。
松江さん、そんなこと言わないでくださいよ。僕を助けると思って。
松江さんは、優しい人だ。
なんだかんだ言って、俺を助けてくれるに決まっている。
どうして僕が浜田さんを助けなきゃいけないんです?
俺は一瞬、何を言われているのかわからず固まってしまった。
散々わがまま言ってこっちに迷惑かけて、自分がまともに上と交渉できないだけのくせに、
その代償をこっちに支払わせないでくださいよ。
こっちはこの仕事降りてもいいんですからね。
え?松江さんは、松江さんは優しい人だ。
俺を困らせるようなことを言わない人のはずだ。
は?それですごそご帰ってきたんですか?
部署に戻って大島さんに報告すると、いつものように詰められた。
大島さんはまだ33歳だが、すでに係長になっている。
課長になるのも時間の問題だなんて言う人もいる。
あ、いや、そういうわけでは。
相変わらず仕事ができないですね。
あなたの仕事は下請けにイエスと言わせることであって、電書バトになることではないんですよ。
はい。
もう社会人になって何年目ですか?意識低すぎるんじゃないんですか?
そんなことは。
そうやっていちいち反論するから成長しないんですよ。
ちょっとは上司の言うことを素直に聞いたらどうですか?
申し訳ありません。
とぼとぼと地席に戻ると、隣の席の野田くんが書類を突き出してきた。
すいません。この書類確認お願いしてもいいですか?
あ、うん。提出忘れないでくださいよ。
忘れないよ。なんでそんな言い方するの?
野田くんは軽蔑するような目で俺を見た。
ちょっとは自分を顧みたほうがいいっすよ。
そう言うと、野田くんは席を立った。
すっごく信頼していたのに、あんな怒り方するなんて思っても見なかった。
なんてひどい人なのかしら。洋ちゃんを困らせるようなことを言うなんて。
そうだよ。今までずっと優しくしてきたくせに、突然意地悪言うなんて性格が歪んでいるにも程があるよ。
もうそんな人のこと忘れましょう。ママが洋ちゃんの大好きなハンバーグ作ってあげたから。
え?俺今日中華の気分なんだけど。
え?そうなの?じゃあ今から作り直すから待ってて。
いいよもう。遅いし、ウーバーするよ。
ごめんなさいね。ママ、洋ちゃんの気持ち分かってあげられなくて。
本当だよ。考えればすぐ分かることでしょ。
ごめんなさい、洋ちゃん。
ウーバーで麻婆豆腐とチャーハンと餃子を頼む。
あ、しまった。ママ、クレカ貸してよ。
はいはい、これね。
ママから受け取ったクレカで決済をする。
はぁ、仕事で疲れて帰ってきたのに、飯もないなんてひどい一日だ。
は?契約打ち切り?正気で言ってるんですか?
職場の人間関係
大島さんが大きな声を出すので、フロア中が静まり返った。
この工事は市の公共事業なんですよ。そんな簡単に契約打ち切れるわけないじゃないですか。
え?条件変更?だからなんだって言うんですか?
こっちの言う通りにするのがお宅の仕事でしょうが。
大島さんの怒号を、フロア全体がカタズを飲んで見守っている。
はい?浜田に伝えた?後は弁護士を通す?
は?ちょっと!
名前を呼ばれてびっくりとする。
大島さんは受話器を置く。
浜田!
大島さんがすごい行走で俺に近寄ってくる。
てめえ!大沼建築からなんて言われた!
お、大沼?松江さんのことですか?
担当者は誰でもいいんだよ。仕様変更を伝えた際、なんて言われた!
こ、この納期ではできないと。
それで!
は、半年以上延ばせなかったら、この仕事を続けるか、本社に持ち帰って考え直すって。
なんでそれを言わなかった!
大島さんが耳元で叫んだ。
い、言おうとしたら、大島さんが話を遮ったので。
お前が言わなかったからだろうが!
で、でも!
言い訳するな!
フロアが静まり返っている。
こちらをじっと見ている男性人と、こちらを見ないようにしている女性人に分かれている。
結局どうなったの?
野田君が淡々と言った。
契約を打ち切ると言ってきた。
契約破棄ってことは、向こうは遺書料を払うつもりってことっすか?
総合的に考えて、継続は不可能。利益にならないそうだ。
つまり、遺書料を払った方が、まだ損害が少ないレベルってことっすね。
裏切りやがって!裏切りやがって!裏切りやがって!
もうちょっと冷静に考えた方がいいっすよ。
黙れ!新卒が!
いや、もう3年目なんですけど。
浜田!
痛い!
大島さんが、俺の髪を引っ張った。
どうなっているか分かっているんだろうな!
ごめんなさい!ごめんなさい!
大島さんが、俺の髪を引っ張った。
どうなってるか分かっているんだろうな!
ごめんなさい!
野田くんはため息をつくと、隣の席に普通に座り、
何事も起きていないかのごとく仕事を始めた。
それを合図に、他の人たちもそれぞれの仕事に戻っていく。
ちょっと浜田さん、結局この書類出してないじゃないですか。
野田くんは、俺のデスクから表意と書類を取ると、席を立った。
今日という今日は許さねえからな!
ごめんなさい!ごめんなさい!
まるで、俺と大島さんはこの場に存在していないかのようだった。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように、小島千尋でした。