キャリアアドバイスの重要性
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
田代さんは、行きたい業界とか、やりたい職種とか、もう決まっているのかな?
何でもいいです。
何でも?
しっかり稼げて、家から出られるなら、何でもいいです。
そう言うと、キャリアアドバイザーの人は驚いた顔をした。
少し考えた後、真剣な表情で言った。
だったらなおさら、しっかり考えて、業界も職種も絞ったほうがいい。
何でですか?
稼げるからって適性が合わなかったり、
とにかく激務の仕事について、体や心を壊して実家に戻らざるを得なくなるのは嫌でしょ?
だから、あなたみたいな人ほど、ちゃんと戦略を立てて、長く続けられる仕事を考えなくちゃダメよ。
私はてっきり、惹かれると思っていたので、面食らってしまった。
高校生にも大学生にも、あなたみたいな人は一定数いる。
私はそういう人たちに、人生を誇りに思ってもらえるようになってほしい。
社会の中でしっかり働いて、自信を持ってほしい。
キャリアアドバイザーの真剣な眼差しに、私はお母さんのことを思い出していた。
ミカには私みたいになってほしくない。
親の影響と感情
お父さんの顔色を伺って日々をやり過ごすような人生を送ってほしくない。
しっかり勉強して、しっかり働いて、自分の思うように生きていってほしい。
お母さんは、一体どんな気持ちでその言葉を言ったのだろうか。
お母さんのことを思い出して、涙が溢れてしまった。
タシロさん、大丈夫?
すいません、母のことを思い出してしまって。
お母さん?
私が働いて、お父さんから自由にしてあげようと思っていたのに。
間に合わなかった。
だったらなおさら、お母さんが心配しないように最善の道を考えましょう。
私はうつむいて涙を拭ったあと、顔を上げてキャリアアドバイザーの目を見てうなずいた。
ミカ、俺の夕飯は?
夜の十時過ぎ、お父さんが帰ってきた。
ないよ、あるわけないじゃん。
なんでだよ、子供じゃないんだからそれくらい自分でやってよ。
一家の大黒柱が帰ってきたんだぞ、少しぐらいねぎらったらどうだ。
そんなの知らない。
そんな白状な娘に育てた覚えはないぞ。
そりゃそうでしょ。私、お父さんに育ててもらった覚えないもん。
お前の学費を誰が出していると思っているんだ。
私、頼んでない。
進学すると言ったのはお前だろう。
私、産んでくれなんて頼んでない。
お父さんは驚いた顔をした。
お父さんと私がいなければ、お母さんはもっと自由で楽しい人生だった。
お父さんも私もお母さんを不幸にした。
そういう意味では私はお父さんにそっくりだわ。嫌になっちゃう。
そう言い捨てると、自分の部屋に駆け込み布団をかぶった。
ポロポロと涙がこぼれてくる。
お母さんに会いたい。お母さんに謝りたい。
お母さんに謝りたい。ごめんなさい。お母さん。
ミカ、どうした?元気ない?
ハナちゃんに急に言われて、私はハッとした。
ごめん。考え事してて。
職業選択の葛藤
ううん。てか元気なわけないよね。ごめん。私も変なこと言って。
いいのいいの。昨日ちょっとお母さんのこと考えちゃって。
そっか。そうだよね。考えないわけないよね。
せっかく一緒にご飯食べてるのにごめんね。楽しくないよね。
こんな言い方合ってるのかわからないんだけどさ。
なに?
親が死ぬってさ、人生で基本2回しかないじゃん。
まあ人によっては数は前後するかもしれないけど、基本2回でしょ?
うん。その1回目がいきなりやってきちゃったわけじゃん。
そりゃいろんなこと考えちゃうし、いつも通りってわけにはいかないよ。
ハナちゃん。
遅くなっていたキャリア面談終わったんでしょ?どうだった?
私は家を出たいから、稼げる仕事だったら何でもいいって思ってたんだけど、
アドバイザーに体や心を壊したら大変だから、ちゃんと考えた方がいいって言われた。
まともなアドバイザーじゃん。
ハナちゃんは違ったの?
なんか一般論を言われたな。やってみないと適正があるかどうかなんてわかんないんだから、
無理に絞らずいろんな職種で受けた方がいいって。
なんか全然違うこと言われてるね。
まあね。どっちも言ってることは筋が通ってはいるんだけどね。
困ったもんだね。
お前、就職はどうするんだ?
リビングでテレビを見ていたら、珍しく早く帰ってきたお父さんに言われた。
アドバイザーの人と話したり、いろいろ考えてるよ。
どうせ結婚までの腰掛けなんだから、ジムとかいなくなっても迷惑かけない仕事にしろよ。
私は驚いて振り向いた。
お父さん、それ本気で言ってるの?
本気も何も当たり前だろう。女が影響とかやられても困るんだよ。
どうせすぐいなくなっちゃうし、夜遅くまで仕事できないし。
それは、お父さんがあまりに部下に対して理解がないから見限られているだけでしょ?
それに、夜遅くまで仕事することが美徳だったのは昭和までだよ。
なんだお前、働いたことないくせに。
私、てっきりお父さんは会社で活躍してるのかと思ってた。
そっか、別にそんなわけじゃないのか。
お前、俺が働いてるところ見たことないくせに何言ってるんだ。
私、しっかり働ける仕事に就く。
長く続けられる仕事をして、一緒に働く人に、この人がいてよかったと思われる人間になる。
俺の話を聞いているのか?
お父さんのことは無視して、自分の部屋に戻った。
ワークライフバランスという意味では、いわゆる一般職のほうが確かに働きやすいと思うけど、
田代さんの生活に関しては、自分の仕事に関しては、
総合職というか、責めの仕事のほうが向いているような気がするのよね。
責めの仕事?
そう、経理とか人事とか、会社の運営を支える業務が守りの仕事。
実際に、物やサービスを売ることでお金を稼いで会社を回すのが責めの仕事。
なるほど。
どちらも大事なのよ。両方バランスよくあることで、組織というものは回る。
分かります。
例えば、有資格職とかどう?
有資格職?
いわゆる修行とか。
弁護士とかってことですか?私には無理ですよ。
そこまで難易度の高いものではなくて、行政趣旨とか、社会保険労務士とか、
忙しいは忙しいけど、突発的にスケジュールが変わるとかあまりないし、
田代さんには向いていそう。
そうですか?
多分、困っている人を放っておけないタイプだから。
そう見えますか?
ちゃんと親に歯向かえる人は強い人よ。
中川さんも何かあったんですか?
私はただ、いろんな人を見てきただけよ。
中川さんはそう言って、ふわりと笑った。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように、小島千尋でした。