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小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
将来への不安
雨だ。参議院が終わり、校舎から出ようとしたらこのざまだ。
笠原、お前笠持ってねえの?
持ってない。
バカだなあ、お前。天気予報で今日は雨だって言ってたじゃねえか。
松永、天気予報なんてチェックしてんの?えらいなあ。
で、笠は?
持ってない。
は?
持ってない。
バカはそっちじゃないか!うるせえ!行くぞ!
松永はそう言うと、パーカーのフードをかぶって走り出した。
待ってくれよ!松永!
松永の後を追って、俺も走った。
らっしゃいませー。
大学の帰りにいつも通りバイトに行った。
大学に入ってすぐに始めたこのバイトにもすっかり慣れた。
オペレーションはしょっちゅう変わるし、客にはよくわからないこと聞かれるし、面倒なこともあるけど、なんだかんだ続いている。
らっしゃいませー。
ジャージ姿の小汚いおっさんがビールをレジに置いた。
レジを操作しながら、「いや、おっさんだと思ったけど、意外に若いのか?」などと思った。
いずれにせよ、人前に出るにははばかられる小汚さだ。
292円でーす。
お払いは?
カードで。表示変わりましたらお願いします。
おっさんだかお兄さんだかわからない男がカードをかざしたが、エラー音が鳴った。
あれ?エラーっすね。もう一回やるんでお願いします。
男はもう一度カードをかざした。しかしやはりエラー音が鳴った。
すいません。調子悪いのかな?他の支払い方法ってあったりします?
あ、じゃあ現金で。すいません。ありがとうございます。
男はしばらく小銭入れを探っていたが、
すいません。小銭足りないみたいで。
あ、ほんとっすか?
これキャンセルで。なんかすいません。また出直しますわ。
そう言って店を出て行った。
その背中はなんとも重たい空気感で、
俺は怖いもの見たさに男が見えなくなるまで目で追ってしまった。
そういえば、この間バイト先に変な客が来たよ。
昼休みにとりあえず松永と食堂に来た。
変な客?
ヨレヨレのジャージ着てさ、頭もボサボサでヒゲもじゃでさ、
しかも支払いしようとしたら金がねえの。
何それ負け組じゃん。
そうなんだよ。絶対ああはなりたくないって思ってさ。
俺も別に優秀ってわけじゃないしさ、
正直将来年収1000万とかそんなの無理だろうなとは思ってるけど、
さすがにそうなる未来は見えないな。
何があったらああなるんだろうな。
俺たちが将来就職して払う税金もさ、そういう人たちに使われるのかな。
さあ、なんか不平等だよな。
真面目に働いて税金を納めるほうが損だと思わね。
ええ、そうかな。
俺はもう就職やめようかな。
就職しないでどうするんだよ。
生活保護。
バカだな。健康な若者が許されるわけないだろ。
松永の性格だと無職なんて3日で飽きるんじゃない。
確かに。好きな服も着られず、好きな髪型もできず、
好きなものも食べられない生活なんて俺には耐えられないかも。
俺たちはおとなしく就活しよう。
岩下との出会い
そうだな。
お疲れ様でーす。
バックヤードに入ると店長と知らないじいさんがいた。
どうも、新人の岩下です。よろしくお願いします。
え?
新人?
笠原くん、今日から入ってもらうことになった岩下さん。
年上だけどいろいろ教えてあげてね。
はあ。
新人の岩下さんは早速店長の研修を受けながら、一生懸命メモを取っていた。
じゃあ早速レジ打ちやってみようか。
店長がそう言ってから、最初に来た客を岩下さんがやることになった。
い、い、いらっしゃいませ。
袋いりません。
ふ、袋、はい、はい。
岩下さんはレジ袋を会計に入れた。
いや、だから、袋いらないんです。
え?袋いらない?はい、はい。
岩下さんは会計にもう一度レジ袋を入れた。
いや、だからー。
お客様、申し訳ありません。岩下さん、キャンしてください。
申し訳ありません。岩下さん、キャンセルはこっちのボタンを押してから押すんです。
はい、はい、こうして。
会計に3枚目のレジ袋が入った。
ちょっと、いい加減にしてもらえます?
岩下さんって、どうしてコンビニで働こうと思ったんですか?
どうしてですか?だって、もう働かなくてもいいご年齢では?
自分、今年で68になります。
そんなご年齢で、なぜ?
年金じゃ暮らしていけないんですよね。
そうなんですか?
自分、雇われの左官職人だったもんで、厚生年金とか入ってなくて、国民年金だけじゃどうもね。
雇われてたのに、入ってなかったんですか?
業務委託っちゅうんですか?そういう感じで。
職人って定年退職とかないですよね。
自分もまだやれるって思ってたんですけどね。
世話になってた現場監督に、弟子は取らないの?って聞かれて、
なんでですか?って聞いたら、正直、仕事の質が落ちてるよって言われて。
そんなはっきりと?
プロの世界ですからね。
自分でも、自分が塗った壁をじっくり見てみたら、
ああ、下手くそだなって思って、それでおやめに。
でも、生きていけないから、とりあえず目に入ったここに応募してみたんですけどね。
年寄りには難しいですね。
帰り道、自分がおじいさんになったところを想像してみた。
よぼよぼの俺が、若い男に怒られながらレジを打っている。
そんな風になるために、俺はこれから就職活動を始めなくてはならないのだろうか。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。