キャッシュフローの問題
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
面倒なことになった。席に戻り、部下に状況を説明しようとしたら、ちょうど田村が出勤したところだった。
福田翔司さんが、キャッシュが回らなくなったそうだ。
それは、つまり?
車歴の浅い西脇は、目をパチクリさせている。
売上の回収ができないかもしれない。
え?福田翔司さんって、今売りかけいくらくらいなんですか?
産休に入るまでは営業していただけはある。田村の方が理解しているようだ。
800万くらい。
ああ、本当に面倒なことになった。杉本さんともあろう人が、なんでそんな無茶しちゃったの?
申し訳ございません。
俺はただ、社長に頭を下げるしかなかった。謝ったって状況は変わらないんだからさ。
ひとまず福田翔司さんには、私からも久保島先生からも連絡しています。
仮に回収できたとしても、数ヶ月後とかになるわけでしょ?
その間のうちのキャッシュはどうするつもりなの?
それは、その、社長の言う通りだ。
半年後に全額回収できたとしても、来月の支払いができなければ、我が社も福田翔司と同じ道をたどることになる。
とりあえず、小野さんが融資してもらえるところを探してくれているよ。
そうですか。小野さんも忙しいのにご迷惑をおかけして。
もし何ともならなかったら、一緒にくたばりましょ。社長はそう言って、静かに微笑んだ。
仕事のやりがいと家族
ただいま。家に帰ると、両親が夕飯を食べていた。
おかえりなさい。今、たけ焼きの分温めるわね。
悪いね、おふくろ。仕事は忙しいのか?
親父がビールを飲みながら聞いてくる。
まあ、ぼちぼちだよ。
お前はいつもそれしか言わないな。
いつもぼちぼちだからね。
俺はジャケットとネクタイをひとまずソファーにかけ、テーブルにつく。
せっかくいい大学を出たのに、まさかあんな小さい会社に仕事を。
あんな小さい会社に就職するなんて。
仕方ないじゃないか、評価儀だったんだから。
正社員になれただけラッキーだったよ。
従業員三十人なんて、ちょっと風が吹けば吹き飛ぶような会社じゃないか。
俺はドキリとした。親父は何か知っているのかとすら思った。
そんなことないよ。なんだかんだ三代続いてる会社だよ。
本当なら三代も大きないい会社に就職して、今頃孫に囲まれているはずだったのに。
もうあなた、そんなことばっかり言って。
竹行がいなかったら私たちだって今頃どうなっていたかわからないんだから、やめてちょうだい。
いいんだよ、おふくろ。
そうだぞ、評価儀なんて甘えだ。
俺たちはもっと苦労したんだから。
おふくろがグラスにビールを注いでくれる。
ぐびりと飲んでも胸のモヤモヤは流れていかなかった。
評価儀世代を救えなかった時点で日本はもう終わっているんです。
俺はなんだか眠れなくてソファーで動画を見ていた。
俺たちより何十歳も若いような連中が、俺たちのことを見下したようなことを言っている。
だが、わからなくはない。
自分より不幸な人間がいるということは、人間を安心させるものなのだ。
わっ、びっくりした。
突然の人の声に驚いて振り向くと、三津博が立っていた。
三津博?
あ、兄ちゃん。
すまん、起こしたか?
起こしたか?
俺、いつもこれくらいの時間に起きるから。
あ、そうか。じゃあ逆に邪魔だったか?ごめんな。
なんで兄ちゃんが謝るの?
だって三津博の時間なのに、俺がいたら邪魔だろ?
兄ちゃんの家なんだから、好きにしなよ。
そんなこと言ったら、ここは親父の家だから、俺たち二人とも好きにする資格がなくなっちまう。
兄ちゃん、ごめんね。
何が?
だって、俺がいなければ、兄ちゃん普通に家を出て、結婚とかもしてただろ?
お前のせいじゃない。
なんでそんなに優しくするの?
別にそういうわけじゃない。
親父にだって怒っていいんだよ。
俺たち家族を支えてるのは兄ちゃんなんだから。
そんなことしたら面倒なことになるだろ?
俺、兄ちゃんが羨ましい。
俺が?
どこが?
俺も、人の目に働きたかった。
普通の人みたいに暮らしたかった。
いっぱい働いて、親父とおふくろを喜ばせたかった。
三尾は髪もひげも伸びきって、仙人みたいになっている。
親父もおふくろも三尾に会うことはないようだから、こいつは今、一体何日ぶりに人と会話をしているのだろう。
俺は別に、親父もおふくろも喜ばせてないよ。
親父は今でももっといい会社に入るべきだったとか、孫に囲まれているはずだったって言うし、
おふくろも俺のことものすごくかわいそうな息子だと思ってる。
俺は誰も幸せになんかできてない。
杉本さんって、仕事のやりがいとかってあるんですか?
業務を開始してしばらくして、仕事のやりがいとかってあるんですか?
業務を開始してしばらくして、急に西浦が何か言い出した。
どうした、急に。
今、ちょうど妹が就活中なんですけど、昨日、お姉ちゃんの仕事のやりがいって何?って聞かれたんですよ。
で、なんて答えたんだ?
それがわからなくて、お前はいつも何を考えながら仕事してるんだ?
早く帰りたいって考えながら仕事してます。
おいおい、だから絶対にミスしないし、一番効率のいいやり方でやるぞって頑張ってます。
確かに西浦はなんだかんだ言って器用だし、仕事は早い。
いいじゃないか、効率的で正確に仕事をする。それがやりがいってことだろ?
なるほど。
その時、小野さんからチャットが来た。
お疲れ様です。2ヶ月後に債務調査となる見込みとなりました。
じゃあ杉本さんのやりがいって何ですか?
西浦は納天機に聞いてくる。
やりがいなんてあるわけがない。
俺はただ、俺たち家族4人の人生を綺麗に畳むためだけに働いているのだ。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。小島千尋でした。
