結婚と人間関係の考察
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
おばちゃんはさ、なんで結婚してないの?
けんちゃん、どうしたの、急に。
教頭先生が言ってたよ、大人になったらみんな結婚するんだって。
ずいぶん頭の偏った教頭先生ね。
好きな人はいないの?
うーん、まあいるっちゃいるかな。
なんでその人と結婚しないの?
うーん、おばちゃんの好きな人はね、奥さんがいるの。
じゃあダメだね。
そう、だから付き合ってるだけ。
え?
おばちゃんは結婚とかめんどくさいし、他にも世話してくれる人がいるくらいの人でちょうどいいのよ。
どういうこと?
大人ってこと。
あ、おはようみわ。
朝?なんで?
なんでって朝だからだよ。
私、昨日、ひろみちと寝落ちしてたよ。
なんで起こしてくれなかったの?
みわはそう言うと飛び起きて、朝の支度を始めた。
俺は自分の支度と並行しながら、ひろみちを着替えさせ、ご飯を食べさせた。
じゃあ先出るから、よろしく。
みわはそう言って、寝ぼけまなこのひろみちを抱えながら出て行った。
俺はジャケットを羽織ると、カバンとゴミ袋をつかみ、玄関を出る。
おはようございます。
玄関の鍵をかけていると、同じ階の突き当たりの部屋の人から挨拶された。
おはようございます。
よく見ると、突き当たりの人もゴミ袋を持っていた。
田村さん、おはようございます。
会社に着くと、部下の松林が先に来ていた。
おはようございます。
そう言って席に着くと、同期の山口からチャットが来ていた。
今夜、飲み行かない?
俺はすぐに返事を打つ。
無理に決まってんじゃん。
すると、山口からまた返事が来る。
なんで?俺はこいつはバカかと思いながら。
奥さんと子供がいるのに急に飲んで帰るとかできないじゃん。
山口からすぐ返事が来る。
おい山口、仕事しろ。
子供なんて奥さんに任せればいいじゃん。
だんだん山口の奥さんが気の毒になってきた。
週末でよければ奥さんにスケジュール確認しとく。
それだけ返して、山口のチャットはもう無視することにした。
田村って、結婚してからほんと付き合い悪くなったよな。
三羽になんとか承諾を得て、
家族の重要性
花巾の今夜、山口と久々に飲みに来た。
当たり前だよ。お前より家族の方が大事だろ。
冷てえな、同期なのによ。
お前の方が結婚早かっただろ。娘さん、もう小学生?
そうそう、手伝いとかやってくれるし、めっちゃ助かる。
下の子は?
4歳。男の子で超甘えん坊。嫁にしかなついてねえの。
そんな猫みたいな言い方すんなよ。
それよりさ、見てよこれ。
山口はおもむろに俺にスマホを見せてきた。
誰それ。営業2課の中野さん。
は?
その写真は、山口と中野さんが密着して手をつないだ姿を、
鏡越しに撮影したものだった。
何やってんの、お前。
でさ、田村に頼みがあるんだよ。
頼み?
今度、中野さんと一泊二日で温泉行くことになってさ、
田村、アリバイ作り協力してくんない?
アリバイ?
そう、お前と出張に行ったことにしてくれよ。
いやだよそんなの。いいじゃねえか、同期だろ。
なんで同期の浮気の尻拭いしなきゃなんないんだよ。
なんだよつれねえな。
俺は他人の行動にいちいち口出すほど立派な人間じゃないけど、
だからといって肩申したりしないよ。
俺帰るわ。
俺は1万円をテーブルに出して立ち上がった。
おい、多すぎるぞ。手切れ金だよ。
俺はそう言うと店を出た。
まだ若かった頃の道子おばさんの歪んだ笑顔が脳裏に浮かんだ。
うーん、おばちゃんの好きな人はね、奥さんがいるの。
母は、自分は人妻のくせに、おばさんの不倫を怒らなかった。
むしろ固まった価値観から解放された、かっこいい女ぐらいに思っていたようだ。
そのくせ、母の友人が夫に不倫されたときは、ひどい男だと怒っていた。
母は、自分の周りの人間に対して、
母は、自分の周りの人間しか見えておらず、
その向こう側にも傷ついている人間がいるかもしれないということを考えられない人だった。
おかえり。早かったね。
家に着くと、パジャマ姿の美輪が出迎えてくれた。
ごめん、寝てた?
今、広道が寝たところ、洗い物しようかと思ってさ。
そっか、俺、やっとこうか?
いいよ、お風呂入っておいで。
うん、ありがとう。
ケンタ、なんかあった?
え?なんか、テンション低くない?
そうかな?
そのとき、美輪が俺のことをハグしてきた。
酒臭いでしょ?せっかくお風呂入ったのに汚れちゃうよ。
いいの、別に。
俺もそっと美輪を抱きしめ返す。
おかえり。
ただいま。
風呂から出ると、美輪はもう広道の横で台の字で寝ていた。
広道は広道で、マットレスの真ん中で寝ている。
俺は暗い寝室を忍び足で進み、壁と広道の間になんとか入ろうとした。
そのとき、広道がもぞもぞと動いた。
パパだ。
パパ、ちゅきー。
広道はそう言って、俺の腕に抱きついてきた。
俺はしみじみ、飲まずに帰ってくればよかったと思った。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように、
小島千尋でした。