1. 小島ちひりのプリズム劇場
  2. #029 視線に吸い込まれた人
2024-11-02 08:41

#029 視線に吸い込まれた人

そんなつもりじゃなかったのに。

脚本・出演:小島ちひり
収録・編集:三木大樹(有限会社ブリーズ)

noteに本文を掲載中。
https://note.com/child_skylark

◇小島ちひり
7歳より詩を書き始める。
大学・大学院で現代詩を中心に近現代文学を学ぶ。
2013年 戯曲を書き始める。
2016年 つきかげ座を旗揚げ。3公演全ての作・演出を手がける。
2023年 プリズム劇場を配信開始。
日常の中の感情の動きを繊細に表現することを得意とする。
現在は表現の幅を広げるべく社会に潜伏中。

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#ラジオドラマ #朗読 #物語 #シナリオ #脚本 #モノエフ朗読
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サマリー

このエピソードでは、小島ちひりの脚本によるラジオドラマが、さまざまな人間関係や感情を描写しています。特に、吉田さんとの交流を通じて、恋愛や人生についての考察が深まります。

人間関係の描写
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
おはようございます。
いつも通りインターホン越しに声をかけると、岩崎さんと安田さんの笑い声がだんだん近づいてきた。
玄関の扉がガチャリと開く。
大田さん、おはようございます。
安田さん、おはようございます。
おはよう、今日も元気そうね。
おはようございます。岩崎さんこそお元気そうですね。
私たち、今日も体調はバッチリよ。
あれ、今日息子さんは?
急ぎの仕事があるからって言っちゃったのよ。
そうだったんですね。
この姉妹のような二人組は、子ども同士が夫婦という関係だ。
安田さんの娘さんが病気で早くに亡くなってしまい、旦那さんも亡くなり、天外孤独となってしまったことを心配して、岩崎さんと息子さんが家に呼んだらしい。
普通ならうまくいかなそうに思えるが、息子さんも含め、この人たちはいつも楽しそうだ。
太田、今日何か用事ある?
帰り自宅をしていると、吉田さんが声をかけてきた。
いえ、特に何もないですけど。
お、じゃあ飲んでいくか?
いいですけど、ご家族は大丈夫なんですか?
ほら、今夏休みだろ。嫁と子どもたちは嫁の実家に行ってるんだよ。
ああ、そんな時期なんですね。夏休みなんてもうずいぶん昔の記憶で、全く意識をしていなかった。
吉田さんとターミナル駅まで行き、飲み屋に入った。
吉田さんって、うちの会社結構長いですよね。
35の時に入ったから、もう10年だね。移動もしてますよね。
最初はバイトで入ったから、家の近くだったんだけど、正社員になってからは2か所目かな。
経営が同じでも施設によって雰囲気は違うよ。
へえ、なんで介護士になったんですか?
俺、昔バンドやってたんだよ。
え、そうだったんですか?
インディーズだけど、全国ツアーとかもやってたんだぜ。
でも当時付き合ってた今の嫁が妊娠してさ、あと他のメンバーにも親が倒れたやつとかいて、
そろそろ潮時かなってなって解散してさ。
そこから介護士ですか?
俺バカだからさ、難しい仕事はできないけど体力は自信があったし、
とりあえず嫁と生まれてくる子供食わせなくちゃいけなかったから。
他のバイトに比べれば、夜勤入れば結構稼げたし。
そっか、特養の方にいたんですね。
そうそう、寝たきりの人とか見た時ショックだったもんな。
あとはやっぱりさ、初めてお世話してた方が亡くなった時は一晩中泣いたよ。
吉田さんでもそんな純粋な時期があったんですね。
今でも悲しいは悲しいんだぜ。
でもどちらかというと、お疲れ様でしたって気持ちが大きいかな。
デイサービスでは亡くなる方は少ないですけどね。
ま、いずれみんな来なくなっちまうんだけどな。
その後どんな話をしたのかはよく覚えていない。
ただ、お酒を飲みながら楽しそうに話す吉田さんの目尻のシワに、
なんとなく惹かれていたことは覚えている。
吉田さんとの交流
聞き慣れぬアラームの音で目が覚めた。
覚えのないふかふかの掛け布団から起き上がると、見知らぬホテルの一室だった。
うーん、人の声にびっくりして横を見ると、
吉田さんがアラームの鳴っているスマホを握り、音を止めた。
寝ぼけた表情でこちらを見て、「おはよう、太田。」と言った。
太田さん、どうかしました?
お昼休憩中に南野さんに言われてしまった。
え、何が?
今日、なんか元気ない気がしますけど、体調悪いんですか?
ううん、そんなことないよ。
ならいいんですけど、風邪とかやめてくださいよ。
利用者さんに移したら大変なことになるんですから。
わかってる、わかってる。
自分の様子がおかしいことは、自分でもわかっている。
でも、そんな自分をどうすることもできないまま一日が過ぎた。
就業後、帰り自宅をしていると、吉田さんが席を立ってリュックを背負った。
出口に向かう際、私の背中をバンッと叩いた。
私が驚いて飛び上がると、「じゃ、また明日。」と、いつもの笑顔を見せた。
そして、「じゃ、お疲れ様でした。」と言って事務所を出て行った。
その後の一週間は、なんとなくそわそわしていたが、
時間が経つにつれ、だんだん心のそわそわは薄れていった。
気が付けば一ヶ月が経った。
いつも通り仕事が終わり、席を立とうとした時、
「太田、帰り一杯やっていかないか?」と吉田さんが声をかけてきた。
私は一瞬考えてしまった。
「他は誰がいるんですか?」
「南野が来る予定だけど。」
私はほっとした表情を見せないように気をつけながら、
「じゃあ、ご一緒しますね。」
「私の何がいけないんですか?」
南野さんはビール二杯でベロベロになってしまった。
「うーん、なんだろうねぇ。」
「まあ、いいじゃないの。
彼氏なんていなくても今時楽しいことはいっぱいあるだろ?」
「そういうことじゃないんです。
このまま一生恋愛しないまま死ぬなんてバカみたいじゃないですか。」
「バカじゃないし、まだ若いんだからこの先チャンスなんていくらでもあるでしょ?
私の未来の彼氏はどこにいるの?」
お店を出ると南野さんはフワフワと血取り足になっていた。
「大丈夫?帰れる?」
「大丈夫、大丈夫です。」
そう言いながら南野さんは改札へ消えていった。
「大丈夫ですかね?」
「まあ、大丈夫だろう。
じゃあ私はあっちなんで、今日はここで。お疲れ様でした。」
そう言って歩き出そうとした時、吉田さんが私の手首を掴んだ。
私が驚いて振り返ると
「帰るの?」
まっすぐに私の目を見ながら吉田さんが言った。
私はその視線から逃れられる気がしなかった。
いかがでしたでしょうか?
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それではあなたの一日が素敵なものでありますように、小島千尋でした。
08:41

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