1. 小島ちひりのプリズム劇場
  2. #032 過去を反芻する人
2024-12-14 09:51

#032 過去を反芻する人

何が悪かったのか、何処で間違えたのかがわかりません。

脚本・出演:小島ちひり
収録・編集:三木大樹(有限会社ブリーズ)

noteに本文を掲載中。
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◇小島ちひり
7歳より詩を書き始める。
大学・大学院で現代詩を中心に近現代文学を学ぶ。
2013年 戯曲を書き始める。
2016年 つきかげ座を旗揚げ。3公演全ての作・演出を手がける。
2023年 プリズム劇場を配信開始。
日常の中の感情の動きを繊細に表現することを得意とする。
現在は表現の幅を広げるべく社会に潜伏中。

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#ラジオドラマ #朗読 #物語 #シナリオ #脚本 #モノエフ朗読 #小説
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サマリー

このエピソードでは、小島ちひりによるラジオドラマ「プリズム劇場」が、複雑な感情を持つ登場人物たちの物語を描いています。物語は、のりひろの過去の行動と、その影響が家族に及ぼす深い後悔を中心に展開されます。

のりひろの生活
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
夫の最後の言葉は、「もっと早く諦めさせるべきだった。」というものだった。
ただいま。
おかえりなさい。朝ごはん食べる?
軽く食べようかな。
先、シャワー浴びてくるよ。
うん、用意しておくから。
朝の9時過ぎ、のりひろはいつもこの時間に帰ってくる。
40も半ばになって夜勤なんてつらいだろうに、それでも週5日、清掃のバイトに行っている。
シャワーを浴びて、朝ごはんを食べると寝てしまう。
そのまま5時ごろに起きて、7時にはバイトに出発する。
完全に昼夜逆転した生活だ。
むしろ前はさ、昼間に稽古があったり、製作作業があったけど、今は昼はゆっくり寝ていられるから楽だよ。
のりひろはそんな風に言っていたが、だんだんやつれているようにも見える。
うーん、うーん。
寝室からうなされている声が聞こえてくる。
東京の劇団を辞めて帰ってきてから、もう3ヶ月が経とうとしている。
のりひろにお金を送るために、昼も夜も働いていたが、私はもう昼の仕事を週3回にまで減らすことができた。
体は楽になったけど、どこか釈然としない気持ちもある。
はい、伊藤でございます。
お世話になっております。弁護士の福井です。
あ、福井先生。お世話になっております。
のりひろさんは今ご在宅ですかね?
いるにはいるんですが、バイトから帰ってきて寝てしまって。
あ、そうか。夜のお仕事ですもんね。これは失礼いたしました。
だいたいいつも5時頃に起きるんですけど、先生は何時まで大丈夫ですか?
わかりました。じゃあ6時頃にこちらからかけ直しますよ。
すみません。お手数おかけします。
いえいえ。では失礼します。
のりひろは東京から帰ってくるとき、劇団のお金を盗んだらしい。
被害届が出され、のりひろは一度逮捕された。
しかし劇団側が時短に応じてくれたため、のりひろはすぐに帰ってくることができた。
家族の葛藤
盗んだ額は300万円。
私の入院費で少し使ってしまっていたため、すぐに返済することができなかったことと、
のりひろが盗んだために劇団の人たちは支払いが滞り損害が出たらしく、交渉は難航していた。
あれ?おばさん?
スーパーで買い物をしていると、不意に声をかけられた。
お久しぶりです。最近見かけないから心配してたんですよ。
久しぶり。ちょっと入院してたんだけど、もう大丈夫。
え?入院?
ちょっとね、風こじらせちゃってさ。
マジっすか?のりひろは?
実は今帰ってきていて。
え?そうだったんですか?行ってくださいよ。久しぶりに会いたいじゃないですか。
うーん、でも仕事が忙しくて。
こっちで働いてるんですか?
今はね。
ふーん。パパー。
あー、こまち。挨拶しなさい。
こんにちは。
中学生くらいの女の子が、ぺこりと頭を下げた。
この人はね、パパの同級生のお母さん。
へー。ももとじゅんは?
もうレジに行くって、置いてかれちゃうよ。
ごめんごめん。
じゃあ、おばさん。また。
西村くんと娘さんは、仲良さそうに歩いていった。
西村くんとのりひろは、同じ放送部だった。
西村くんは、東京の大学を出た後、地元の放送局に就職し、幸せそうに暮らしている。
一方、のりひろは、役者を志し東京へ出たが、目が出ることもなく、金の無心をし続け、今も深夜の清掃バイトだ。
どこで違ってしまったのだろう。
夫の声が耳元に響く。もっと早く、諦めさせるべきだった。
おかえり。
家に帰ると、のりひろが起きていた。
早いのね。まだ4時にもなってないのに。
なんか目が覚めちゃって。
さっきね、スーパーで西村くんに会ったわよ。
西村?西村ってあの西村?
その西村くん以外にどの西村くんがいるのよ。
へえ、あいつ元気なの?
元気元気。ご家族だ。買い物に来てたみたい。
こんな昼間っから?
今日はどうしたの?
こんな昼間っから?
今日は土曜日よ。
あ、そうか。そういえば福井先生から電話があったわよ。
なんて?掛け直すって。
先生も土曜まで大変だな。
お世話になってるんだからしっかりしなさいよ。
わかってるよ。
のりひろはそう言うと、ダイニングの椅子に座ってテレビをつけた。
頭のてっぺんの髪の毛がだいぶ薄くなった。
西村くんと同い年とは到底思えない。
10歳離れていると言っても疑われないだろう。
おじ家でいい?
いいよ。寝起きがそういうもんじゃないときつくて。
何おじさんみたいなこと言って。
いや45よ。立派なおじさんよ。
そうね。おじさんとおばあさんね。
なんの生産性もない二人だな。
生産性って必要なのかしら。
でもお金を稼がなきゃ生きていけないだろ。
お金を稼ぐことって生産性なの?
違うの?
例えば、趣味で絵を描いたり、音楽を作ることはお金にはならないけど何かを生み出してはいるわ。
確かに。
逆に、別に何かを生み出しているわけではないけどお金にはなっている職業もあるでしょ。
例えば?
うーん、お医者さんとか?
ああ、まあそうか。研究者は別としてね。
そうそう。だからさ、生産性ってのは別になくてもいいんじゃない?
そっか。
私たちは何も残さないまま死んでいくのかしら。
それは、俺が悪かったって言ってるの?
ううん。そういうつもりじゃ、俺が全部悪いって言いたいの?
立ち上がり、こちらを睨んでいるノリヒロの目は真っ赤で、涙が溜まっていた。
違う、そうじゃない。お母さんが悪かった。お母さんがもっとちゃんとしていれば。
支払いに迫られ、思うような収入は得られず、自由な時間もなく、後悔ばかりが先走り、ノリヒロの気持ちは追い詰められている。
夫の声が耳元でささやく。
もっと早く諦めさせるべきだった。
かといって、私に一体何ができたというのだ。
私は息子のために何をするべきだったのだろう。
私たちはこうやって、後悔しながら死ぬまで生きていかなくてはならないのだろうか。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。小島千尋でした。
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