家庭内の葛藤
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
だって、子供抱えて営業なんて無理だろう?
時短勤務になるだろうし、深夜に取引先から呼び出されたらどうするの?
俺がそう言うと、野村は、
今時夜間保育もありますし、全然大丈夫です。
野村には期待をしていた。
女だが、新卒1年目からやる気があって、成績も良かった。
俺がしっかり育てるつもりだったが、横井の野郎に取られてしまった。
でもこんなに早く妊娠してしまうなら、俺のチームにいなくて良かった。
やっぱり女はダメだ。
どんなに丁寧に仕事を教えても、子供ができたらそれで終わりだ。
かといって、子供を産まない女はガツガツしていてヒンがない。
女は家のことをしながら、パートとかしていればいいんだ。
その野村って社員はさ、妊娠してるのに結婚はしないんだと。
男に逃げられたってよ。
可愛いがないからな。やっぱり女は愛嬌だよ。そう思わないか?
リビングでビールを飲みながら、かずみに話しかける。
かずみは台所で洗い物をしていた。
だいたい横井の奴も甘ちゃんなんだよ。
あそこのチームは他の奴らもすぐ休むしさ。
男のくせに育休とった奴もいるんだよ。
おかしいよな。本人も男と結婚したオカマだしさ。
なんで専務もあんな奴を評価するんだよ。
その時、ガタッという音がした。
どうした?
痛い。かずみは頭を押さえてうずくまっていた。
なんだよ。頭痛ぐらいで大袈裟だな。
ごめんなさい。先に休みます。
おい、洗い物が残ってるぞ。
明日やるから。
かずみはそう言うと、ヨロヨロしながら寝室へ向かった。
なんだよ。一日家にいたくせに。
寝室に行くと、かずみはベッドに入っていた。
悲劇の訪れ
俺は隣のベッドに入り、すぐにまどろみに入った。
アラームを止めて起き上がる。
隣のベッドにはまだかずみが寝ている。
いつもならとっくに起きて朝食の準備をしているはずなのに、
まだ頭痛が続いているのだろうか。
おい、かずみ。
かずみに声をかけたが反応がない。
かずみ?かずみ?
かずみの肩を揺らすが起きなかった。
何かがおかしい。肩が異様に冷たい。
かずみの顔を覗き込む。半目を開いて口がぽっかり開いていた。
かずみ?
それは俺の知っているかずみではなかった。
お母さん!お母さん!
病院の廊下でミカが泣いている。
俺も頭がぼーっとしている。
もうすぐ8時だ。
修行前に会社に連絡しなくては。
誰に?こういう時は誰に俺は連絡すればいいんだ?
おはようございます。横井です。
朝早くからすまん。
朝早くからすまん。
ちょうど家を出て歩いていたとこなので、どうしました?
実は…
田代さん?
うちの奥さんが…死んだ。
葬儀屋との打ち合わせも一段落し、一旦家に帰ることになった。
ミカは泣きすぎて目が真っ赤に腫れている。
俺は頭のどこかで事実を理解している気もするし、
現実ではないような気もしていた。
疲れたからちょっと横になるね。
ミカはそう言うと部屋へ行ってしまった。
俺たちの晩飯のこととかを考えなくちゃいけない。
台所へ行くとシンクに洗い物が残っていた。
おい、かずみ。洗い物が残ってるじゃないか。
そう言って、かずみがいないことを思い出した。
俺はシンクのスポンジを手に取った。
蛇口横のカゴには色違いのポンプが三つ並んでいる。
洗剤はどれだろうか。
とりあえず一番右のポンプを押してみる。
白いクリーム状のものが出てきた。
俺はそれをスポンジになじませて食器にこすりつける。
汚れはいまいち取れない。
寄る気がどんどん失せていった。
かずみは幸せだったのかしら。
かずみの母親が葬儀場でかずみの家を見上げながら言った。
さあ、どうなんでしょう。
幸せなわけないじゃん。
ミカが間髪入れずに言った。
お父さんはいつも偉そうで家のこと何にもしてくれなくて、話も聞いてくれなくて幸せだったわけがない。
そんなことないだろう。
私ね、旦那が死んだらとっても楽になったの。
かずみの母親がとんでもないことを言い出した。
だからこんなに早く死んじゃってかわいそう。
それは遠回しに俺に死ねと言っていたのだろうか。
あれ、たしろさんもう出社していいんですか。
大丈夫、大丈夫。
横井、休んでる間こっちのチームまで見てもらって悪かったな。
いいんですよ。もっとゆっくりしてもよかったのに。
俺だけ休んでるわけにはいかないよ。
あれ、部長、おはようございます。
おお、白井、休んで悪かったな。
いいえ、全然大丈夫でしたよ。
全然?
ええ、全然大丈夫でした。
部長、おはようございます。
でも、俺がいなくて大変だったろ。
いいえ、別に。横井さんがサポートに入ってくださったので、特に問題はありませんでした。
そ、そうか。
家に帰ると、シンクにはまだ食器が残っていた。
お父さん、それぐらいやってよ。
洗剤がどれかわからないんだよ。黒いボトルだよ。
そうなのか?そんなことも知らないの?
私、やっとこうか?いいのか?
美香がスポンジを濡らし、黒いボトルから洗剤をつけた。
泡立てたスポンジを食器につけようとする。
いや、やっぱりいいよ。
え、なに?
シンクの食器がなくなると、本当にかずみがこの家からいなくなってしまう気がして、急に恐ろしくなった。
いかがでしたでしょうか?
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。