家族間のコミュニケーション
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
お姉ちゃんがね、こっちに来るんですって。
ケンタは上着を脱ぎながら、驚いた顔をした。
みちこおばちゃん?旅行で?
違うわよ。引っ越してくるの。
引っ越し?今さら?なんで?
定年退職もしたし、介護付きマンションに引っ越したいって言うから、こっちに来ればって言ったの。
なんで?面倒なことになるじゃん。
何が面倒なのよ。近くに来られたら、世話しなくちゃいけなくなるじゃん。
だって、あなた前に、みちこおばちゃんの世話はどうせ俺がするんだろって言ってたじゃない。
それは葬式とか死んだ後の世話のことだよ。介護のことは言ったつもりないよ。
何よ、白状ねえ。そりゃそうだよ。不倫に一生を捧げた女なんて大っ嫌いだよ。
私は驚いて何も言えなかった。
ケンタがそんな風に思っていたなんて、これっぽっちも知らなかった。
そんな言い方ないじゃない。お姉ちゃんの親族はもう私たちしかいないんだから。
母ちゃんは母ちゃんだから、そりゃ面倒見るさ。
でもみちこおばちゃんに世話になった覚えはないし、知ったこっちゃないね。
ケンタ。
とにかく、ミワにはおばちゃんのこと言わないでよ。
それでなくても、母ちゃんのことでナーバスになってるんだから。
そのことは私が悪かったって言ったじゃない。
母ちゃんはミワから信用をなくしたんだよ。もう一生ヒロミチに会わせたくないって言ってるよ。
なんでそうなるのよ。だから、母ちゃんはもう信用されていないんだよ。
つい先日まで、ミワさんはヒロミチちゃんを連れて時々遊びに来てくれていた。
アレルギー?卵がダメみたいで。甘やかすからそういうことになるのよ。
いや、お母さん。アレルギーはそういう問題じゃなくて。
離乳食もレトルトばっかりなんでしょ。ちゃんと手作りしなくちゃ。
私、仕事もあるので全部は無理ですよ。
仕事とヒロミチちゃんどっちが大切なの?
母親のくせに子供の世話より仕事を優先するなんてどうかしてるわ。
今の時代、何があるか分かりませんし、ケンタの稼ぎだけじゃ不可能だよ。
今の時代、何があるか分かりませんし、ケンタの稼ぎだけじゃ不安なので。
あなた、それじゃまるでケンタが全然稼げていないみたいじゃない。そんなわけないわ。
あの子は大黒柱なのよ。
お母さんってずっと専業主婦だったんでしたっけ?
そうよ。あの子のために何でもやってあげたわ。
じゃあしょうがないですね。
あ、ちょっとすいません。
ミオさんは電話に出ながらローカーへ出て行った。
その時、座布団で寝ていたヒロミチちゃんが目を覚ました。
そうだ。私は立ち上がり、冷蔵庫へ向かった。
ヒロミチちゃんが来るから作っておいたプリンを取り出した。
ちょうどいい。アレルギーなんて甘やかすからいけないのだ。
私の特製プリンだったら大丈夫に違いない。
はい、ヒロミチちゃん。
あーん。
ヒロミチちゃんは私の差し出したスプーンをパクッとくわえた。
もう一口プリンを差し出すとまたパクッと食べた。
おいしい?
ヒロミチちゃんが手を伸ばしてくる。
どうやらよっぽどおいしかったようだ。
やっぱり愛があればアレルギーなんて起きないのだ。
私はヒロミチちゃんが求めるままにプリンを与え続けた。
ごめんなさい、急に。
ミワさんが戻ってきた。
ほら、ミワさん見て。ちゃんと愛情込めた手料理なら大丈夫なのよ。
無理解の代償
何やってるんですか?
その時、ヒロミチちゃんがコホッコホッと咳をして、そのままおうとして倒れた。
全身に赤い湿疹が出ている。
救急車、救急車を呼んでください。
どうしましょう、どうしましょう。
たく、役に立たないんだから。
ミワさんは自ら100等番通報をして救急車が到着した。
卵アレルギーだって知っていたのにプリンを与えたんですか?
搬送された病院で小児科の先生に聞かれた。
なぜ、アレルギーだと知っていたのにプリンを与えたんですか?
アレルギーだと知っていたのに。
あ、甘やかすのがいけないからと思って。
甘やかす?
だって嫁は孫にレトルトばっかり与えるんです。
離乳食って食事に慣れていかなくちゃいけないのに、
添加物ばっかり取らせて、だからアレルギーになるんです。
アレルギーの原因はレトルトではありませんよ。
そんなのわからないじゃないですか。
科学を理解できないのなら、子育てに関わってはいけません。
え?
あなたはアレルギーと知ってプリンを与えた。
場合によっては障害罪になりますよ。
障害罪?
どうか、無知は罪だとご理解ください。
それ以来、ミワさんは姿を現さなくなり、
ヒロミチちゃんとは会っていない。
どうして私ばかりが責められるの?
なんでって、自分の頭で理解するつもりがないからじゃない?
そんなことないわよ。
昔から難しいことは親父に任せっぱなしで、
自分は楽な方へ楽な方へってやってたじゃん。
難しいことって何よ。
いや、俺だって今は子供がいるしさ、
毎日飯作って掃除して赤ん坊の世話するのがどれだけ大変かってわかってるよ。
でもさ、母ちゃん、例えば俺の進路相談とかでもさ、
先生にお任せします。私難しいことわからないのでって言ってたじゃん。
俺恥ずかしくて顔から火が出るかと思ったよ。
親父が入院した時も書類一枚も読まずに俺に丸投げしたじゃん。
医療費の申請とか保険の請求とかも全部俺。
やりたくないことから徹底的に逃げてきたじゃん。
それは、だって私の担当じゃないから。
なのに勝手なことはするじゃん。
体にいいって言われてペットボトルの普通の水は3万円で買ってきたり、
生命保険4件も契約してたり、架空の不動産投資に80万取られたり。
それはみんながすごくいいものだって言うから。
みちこおばちゃんも勝手にこっちに呼んだりしてさ。
だってあなたがどうせ自分が世話するんだろうって言うから。
そうやって何でもかんでも人のせいにしていい加減にしてくれよ。
だって私は悪くない。
わかったよ。
じゃあみちこおばちゃんと一緒に介護付きマンションに入りな。
そしたら俺ももうここに来なくて済むし。
けんた、何言ってるの?
俺はもう疲れたんだよ、母ちゃん。
けんたはまるで他人のように私を見ていた。
いかがでしたでしょうか。
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それではあなたの一日が素敵なものでありますように。
こじまちひりでした。