家族との対立
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
伊藤でございます。
お世話になっております。弁護士の福井です。
福井先生、お世話になっております。
のりひろさんは今、ご在宅ですかね。
いるにはいるんですが、バイトから帰ってきて寝てしまって。
あ、そうか。夜のお仕事ですもんね。これは失礼いたしました。
だいたいいつも5時ごろに起きるんですけど、先生は何時まで大丈夫ですか。
わかりました。じゃあ、6時ごろにこちらからかけ直しますよ。
すみません。お手数おかけします。
いえいえ。では、失礼します。
失礼します。
電話を切ると、パソコンのタスク一覧に、18時、伊藤さん出ると入力する。
伊藤さんは夜勤だって前も聞いたのになぜうっかりしていたのだろう。
どうかされました?
伊藤さん、夜勤だから。
ああ。
パラリーガルの成田さんはそう言うと、書類に視線を戻した。
伊藤さんの弁護依頼が来た時、こんな普通の人がどうして窃盗なんてしたのだろうと思った。
母親の入院費を払うために所属していた劇団からお金を盗んできてしまった中年の男。
逮捕され、あっさり罪を認め、残っていた分のお金はすぐに返した。
今を使ってしまった分を返済するため、深夜の清掃バイトをしているという。
真面目で善良な人だ。
そんな人でも、追い詰められれば簡単に罪を犯してしまう。
今までも貧困ゆえに万引きをした人、DVから逃れるために夫を刺してしまった人、そんな人たちを見てきた。
彼らにもし、暮らしていけるだけのお金があれば、安全を確保できる場所があれば、そんな罪は犯さなかっただろう。
つまり、秩序には余裕が必要だ。
精神的余裕、経済的余裕、時間的余裕、それさえあれば犯罪の数はぐっと減るだろう。
しかし、社会にはいつだってそんな余裕はないのだ。
おい、遅いぞ。何をしていたんだ。
何言って、仕事以外に何があるのさ。
無事、伊藤さんとも連絡がつき、あれやこれやと雑務に追われていたら、家に着いたのが21時になってしまった。
飯は?
冷蔵庫に弁当入ってたろ。レンチンして食べてって言ったじゃん。
レンチンなんぞ知らん。
電子レンジぐらい使えるでしょ。
俺がやらなくちゃいけないんだ。さっさと嫁を連れてこい。
夫についてこないなんて、俺が根性入れ直してやる。
俺ははいはいと言いながら冷蔵庫を開け、弁当を確認する。
本当はこういう時に反論しなくちゃいけないのだ。
親父がそんなんだから安里を安心して連れてこられないんだ。
親父の言っていることは間違ってる。
そう言い返してやらないと、親父はいつまでたってもこのままだ。
でも、この頑固親父が俺の言うことを聞くはずがない。
喧嘩になるのも面倒だし、そう思っていつもスルーしてしまう。
しかしスルーすればするほど、もう一度安里たちと一緒に暮らす夢はだんだん遠ざかっているような気がする。
電子レンジの音が鳴り、弁当を親父の前に出す。
なんだこれ、ハンバーグじゃないか。
おいしいよ、さっさと食べな。
ハンバーグなんて子供が食べるものだろう。
そんなことないよ、誰でも食べるよ。
こんな子供じみたもの食べられるか。
親父は拳でテーブルをドンと叩くと、腕を組んで貧乏ゆすりを始めた。
わかったよ、じゃあ親父は飯抜きな。
は?
俺は自分の部屋で食うわ。
俺がそう言って弁当を持ってダイニングを出ると、
おい、親に向かってなんて口の利き方だ、という声が聞こえた。
別にハンバーグ弁当は出しているし、本当に夕飯を食べさせなかったわけじゃない。
親父が勝手に食べなかっただけだ。
それに冷蔵庫には週3回配達してもらっている弁当が入っている。
どうしてもハンバーグが気に入らないなら、好きなものを食えばいい。
未来への不安
パパ、何食べてるの?
ん?ハンバーグだよ。スマホの画面にはコウヘイの顔がドアップで映っている。
コウヘイは何食べたの?
レンコンとたつまえも。
へえ、大人っぽいもの食べてるのな。
ねえ、パパはいつ帰ってくるの?
次は来週末かな。ちょっと時間作れそうだし。
そうじゃなくて、いつからずっとお家にいられるの?
俺は弁当を食べる手が止まった。
親父が死んだら。まさか、そんなこと言えるはずがない。
ジージは?
さあ、寝てるんじゃないかな。
パパはジージが嫌いなの?
なんで?
ママがね、パパはジージと仲が悪いから、一人でジージと暮らしてるって言ってた。
おいおい、アンリー。コウヘイになんたこと吹き込んでんだ。
でもね、僕がカケル君と仲良くするのが難しいって言ったら、
ママは近づかないようにしなって言ったよ。
世の中にはどうしても会わない人がいるから、
見解ならないように、近づかないようにするといいって。
まあ、それはそうだな。
パパはジージと二人で難しくないの?
難しい。難しいか。なるほどな。
コウヘイ、ほら、もう遅いからそれくらいにしな。
パパとお話は明日もできるから。
はーい。じゃあ、パパ、おやすみなさい。
おやすみ。また明日な。
あれ?お父さんは?
コウヘイに代わってアンリーの顔が映る。
知らない。今、部屋で寝てる。
何?喧嘩でもしたの?
喧嘩にならないわけがない。
まあ、それはそうか。ユーちゃんは偉いよ。
何が?
それでもお父さんを見捨てなかった。
呪われてるの間違いだろう。
おふくろが死んだ後、
親父は急に家族を連れて地元に帰って来いと言い出した。
それまでそんなことは言われたことなかったのに。
俺は考えあぐねて、一人で帰ることにした。
つまり、単身不妊だ。
正直、親父とコウヘイをあまり会わせたくなかった。
純粋なコウヘイが親父からどんな影響を受けるかわからない。
そう、本当に親父のことを知りたくなかった。
親父のことを知りたくなかった。
親父からどんな影響を受けるかわからない。
そう、本当に親父は呪いのようなものだ。
おい、もう行くのか。
そうだよ。俺は忙しいの。
朝、家を出ようとしたら、親父が声をかけてきた。
食べるものは冷蔵庫に弁当とパンとかもあるから好きにして。
冷や飯を食えっていうのか。
レンチンすれば温かくなるから。
お前、恥ずかしくないのか。
そう言われて足を止めて考えた。
恥ずかしいよ。家族にも見せられないような親父を持って。
なんだそれ。どういう意味だ。
願ってはいけない願いを、
今日も俺は心の底の薄汚れた箱に念入りに念入りにしている。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。