夜の生活
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
よーし、できたぞ。
私は炊飯器の蓋を開け、炊き上がったピカピカのお米の匂いを嗅いだ。
うん、いい匂いだ。
ローテーブルに乗せたおかずにはラップがかかっている。
私は大きなあくびを一つした。
時計は十二時を回った。
スマホで、しょうごとのメッセージ欄を見る。
私の、「今どこ?何時に帰るの?」というメッセージは、未読のままだ。
ただいまー。
おかえりなさい。
しょうごはローテーブルに乗ったおかずを見て、
どうしたの、これ?と言った。
夕飯、食べてないでしょ?
そう言うと、しょうごは驚いた顔をして、
食べたに決まってるだろ。稽古帰りだぞ。
飲んでくるに決まってるじゃないか。
俺、もう寝るから。
そう言うとしょうごは、シャワーも浴びず、歯も磨かず、
ズボンだけ履き替えてベッドに入った。
私はおかずを三角コーナーにして、皿を流し台に入れた。
明るくて眠れねえよ。めいも早く寝ろ。
はい。電気を消して、私はそっとお風呂場へ行った。
音に気をつけながらシャワーを浴び、歯を磨いた。
キッチンから延長コードを伸ばし、玄関でドライヤーをかけた。
ワンルームで二人暮らしは本当に気を使う。
ベッドに入る前、スマホを見ると午前一時を過ぎていた。
タイマーを六時にセットしてベッドに入る。
しょうごが寝返りを打ち、私を抱きしめる。
臭い。
しょうごの口からお酒と煙草の匂いがし、
体からは鼻の奥を攻撃してくるような過激な匂いがした。
私はもぞもぞと動き、何とかしょうごの腕から逃げ出して、床で毛布にくるまった。
ああ、そうだ。この人は十四歳年上のおっさんなのだ。
カスタマールームでの会話
はい。お電話ありがとうございます。
園田引っ越しセンターカスタマールーム、もときでございます。
その日もひたすら、知らない人と電話をした。
朝の九時から十八時まで、お客様からの問い合わせを伺い続ける。
最初は何を聞かれても答えられなかった。
マニュアルがあっても一瞬では覚えられないので、
えーと、えーと、を連発して、お客様に怒られた。
少々お待ちください、と言って、
先輩に聞いても、マニュアルに書いてある、としか言われず、
マニュアルを読み直している間に電話が切れていることも多かった。
それでも、何とか一年頑張ってきた。
めいちゃんは最近お芝居出てないの?
お弁当のキャラクターもののポテトを箸でつまみながら、川田さんが言った。
そうですね。
今は彼氏が商業部隊に呼ばれるようになって勝負時なので、私は支えようと思って。
へー、どんな役?
アンサンブルです。
アンサンブル?
なんていうか、通行人Aとか、主人公に切られて死ぬ役とか、そういうの。
ふーん、彼氏さんってめいちゃんと同世代だっけ?
いえ、35歳です。
35?結構年上?
14歳年上です。
失礼だけど、彼氏さん年収は?
え?今はバイトもしてないので、100万いくかなってくらいですかね。
じゃあ、めいちゃんが養ってるの?
今は彼が大事な時なので。
いやいやいやいやいや。
川田さんがあまりに大きな声を出すので、私はびくっとしてしまった。
35歳の男が21歳の女の子に養ってもらうなんて異常だから。
今だけですよ。稼げるようになれば、
35で切られて死んでる役者が稼げるようになるわけないでしょ?
そんなことないです。そこから売れた人だっています?
何人よ。
何人?
それは何パーセントの確率でできるの?
が、頑張ればできます。
この世はね、平等にチャンスなんてやってこないの。
どの業界だって、才能はあるけど運がなかった人が消えて、
才能はそこそこなのに運が良かった人が残ってるなんてことはザラにあるの。
だから、どんなに才能があったとしても、
ダメだった時の人生を考えとかなくちゃダメ。
めいちゃんは一生その彼氏を養う覚悟があるの?
女優やりたいんじゃないの?
私は納得がいかなかった。
普通の人生の河田さんには私たちの生き方はわからないんですよ。
私はそう言って、コンビニのおにぎりを思いっきり口に入れた。
そうね、小餅のパートおばさんに言われても腹立つよね。
河田さんは少し寂しそうな表情をしながら、
キャラクターポテトを食べて、
家に帰ると、部屋にはしょうごの脱いだ服が散乱していた。
ゴミはゴミ箱の横に落ちており、ベッドの掛け布団はぐちゃぐちゃだった。
私はしょうごと一緒にいられて幸せなの。
彼を支えるのが私の幸せなの。
そう口にしながら、むしゃくしゃしたカバンを床に叩きつけた。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。