1. 小島ちひりのプリズム劇場
  2. #018 ご機嫌に包まれる人
2024-06-01 07:05

#018 ご機嫌に包まれる人

奇遇ね、私もそんな気分。

脚本・出演:小島ちひり
収録・編集:三木大樹(有限会社ブリーズ)

noteに本文を掲載中。
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◇小島ちひり
7歳より詩を書き始める。
大学・大学院で現代詩を中心に近現代文学を学ぶ。
2013年 戯曲を書き始める。
2016年 つきかげ座を旗揚げ。3公演全ての作・演出を手がける。
2023年 プリズム劇場を配信開始。
日常の中の感情の動きを繊細に表現することを得意とする。
現在は表現の幅を広げるべく社会に潜伏中。

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#ラジオドラマ #朗読 #物語 #シナリオ #脚本
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サマリー

夫婦の絆をテーマにしたラジオドラマです。夫は妻の卒業講演を心待ちにしています。家族の一体感が描かれています。

夫のウキウキした様子
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。 プリズムを通した光のように様々な人がいることをテーマにお送りいたします。
お父さん、ほら急がないと遅刻するわよ。 今の時計を見るともう9時を回ろうとしていた。
しまった、しまった。 夫は慌てた様子で帽子をかぶる。
おかしくないかな? 大丈夫。
マナちゃんは喜んでくれるかな? それどころじゃないと思うけど。
それもそうか。
息のバスの中で、夫は明らかにウキウキとしていた。 結婚して55年。
この人はこんな感じでウキウキしていることが多かった。
ぼ、ぼくと結婚してください。 えー、どうしよっかなー。
えっ、ダメなの? うっそー、秋江はとしみつさんと結婚しまーす。
そんなノリだったものだから、母にはしこたま怒られた。 夫を立てろ、3歩後ろを歩け、一番風呂には入るな、などなど。
夫を立てて、妻が手のひらで動かすのがいい家庭だというが、
わざわざ立ててやんなきゃ人前にも出せないような男はお断りだった。 どうかしたかい?
夫が不思議そうに話しかけてきた。 いいえ、今日もいい男だなって思ってただけ。
えー、照れるなぁ。 会場に着くとホールがいくつもあって迷ってしまった。
家族の卒業講演
双葉に電話をかけてみる。 お母さん、こっちこっち。
双葉が人ごみの向こうで手を振っている。 よかった、たどり着かなかったらどうしようかと思った。
マナちゃんはいつ出るの? 夫は双葉の後ろについていきながら問いかける。
始まったらずっとよ。 ずっと?それはすごいねー。
会場の座席は千席はあるかというほど広かった。 マナちゃん、こんな立派なところでやるの?
夫は会場を見渡しながら帽子を取った。 そうよ、卒業講演なんだから気合い入ってるのよ。
マナちゃんももう大学卒業か。早いわね。 お父さん、お母さん、こっちです。
幼児さんがこちらに手招きをしている。 会場の前側の席だった。
幼児くん、いい席じゃないの? 気合い入れて取っておきました。
義理の親子だが、この二人はなんだか似ている。 マナちゃん、ソロあるの?あるらしいんですよ。
我が家の男二人がウキウキしている。 機嫌のいい男。
家族を励まし、褒めたたえ、支えてきた。 子供の行事にはすべて参加し、
鳩胸を突き出し、自慢げに家族写真に写った。 それが我が夫と娘無子だ。
会場が暗くなると、たからかにサックスのイントロが聞こえた。 イン・ザ・ムード、ビッグバンドの名曲中の名曲だ。
速いテンポをリズム体が刻み、金管楽器の柔らかい合の手が入る。 あっ、マナちゃん!
夫は小声でつぶやく。 ビッグバンドの一番後ろの段でトランペットを構えている。
茶色い髪を一つに束ね、黒いシャツを着ている。 この曲は正直何度も聴いた。
それでも聴くたびに、 ああ、この子が幸せだったら何でもいいや、と思った。
この曲みたいに世界は楽しいだけではないし、美しいだけでもない。 それでも、この瞬間だけでも、この子が幸せならそれでいい。
私にとってはそういう曲だ。 おじいちゃん、おばあちゃん、今日はありがとう。
終演後、少しだけマナに会うことができた。 夫はマナの顔を見るとエグエグと泣き始めた。
すごい良かったよ、マナちゃん。 ありがとう、おじいちゃん。
卒業したらビッグバンドは辞めちゃうの? 趣味で続けられたらいいなぁと思ってるけど、
仕事がどれぐらい忙しくなるかまだわからないから。 そっか、そうね。
マナや双葉たちと別れ、バスに乗った。 夫はまだウキウキとしている。
途中のバス停で、大きな花束を持った女性が乗ってきた。 別れの季節だね。
夫はボソッと言った。 時間ってのは不思議だね。
アキエちゃんとはもうずいぶん長く一緒にいる気がするし、 ほんの一瞬だった気もする。
もうすぐ60年になるわよ。 そんなに経つかい?
ええ、そうよ。 すごいね。
まあね。 俺は一瞬たりともアキエちゃんと一緒にいるのに飽きたことがないよ。
え? 私は一瞬考えた。
そういえば私もだわ。 夫はケラケラと笑った。
今日も機嫌のいい男だ。 桜が咲いたら散歩に行こう。
きっとウキウキしながら桜を眺めるに違いない。 いかがでしたでしょうか。
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それではあなたの一日が素敵なものでありますように。 小島千尋でした。
07:05

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