ご本を読む好きな主人公
小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
私はご本を読むのが好きです。
峠港のバスの中では、いつも図書館で借りたご本を読んでいます。
先生は、「岩さんはいつも本をたくさん読んでえらいね。」と言います。
でも私は好きでご本を読んでいるので、どうして褒められているのかわかりませんでした。
その日もバスの中で本を読んでいました。
竜と人間が同じ世界に暮らしている物語です。
その世界では、竜の鱗に不老不死の効果があるとされていて、
弟の病気を治すため、竜を探しに行く女の子のお話です。
ご本を読んでいると、反対側の席に座っていた女の人の赤ちゃんが、フガフガと言い出しました。
そのまま赤ちゃんは、オギャーオギャーと鳴き始めました。
お母さんは一生懸命赤ちゃんをあやしましたが、鳴き止みませんでした。
後ろの方の席から男の人の声で、
チッ、うるせえな、という声が聞こえました。
赤ちゃんのお母さんは後ろをちらっと見た後、
つらそうなお顔をして赤ちゃんを一生懸命揺らしました。
すると、後ろの席からおばあちゃんくらいの年の女の人が、
お母さんのところにやってきて、
お母さん、私に抱かせてくださらない?と言いました。
お母さんは驚いているお顔をしていました。
その女の人は、
急にすみません、私、鳥谷保育園で教頭しているんです。
どこかの保育園の教頭先生はそう言うと、
そっとお母さんから赤ちゃんを受け取りました。
教頭先生は赤ちゃんを抱っこして、
元気ないい子ね、何ヶ月ですか?
お母さんはか細い声で、
3ヶ月です、と言いました。
教頭先生は、
あら、じゃあお母さん、今日は久しぶりの外出だったんじゃないですか?
と言うと、お母さんは小さくうなずきました。
大変ですよね。
でも、こんな小さな命を毎日ちゃんと守って、ご立派ですね。
と教頭先生は言いました。
お母さんはうつむいて、目を一回こすりました。
そうこうしているうちに赤ちゃんは泣き止みましたが、
教頭先生は、
かわいいからもうちょっと抱っこさせてください。
と言って、
教頭先生が降りるバス停まで赤ちゃんを抱っこしていました。
4年生の就業式の日、
その日も学校の帰りにバスの中で、
ご本を読んでいました。
本の中で女の子は、
宿屋の主人にだまされて、
旅のお金を失ったところでした。
どこかの保育園の教頭先生が、
大きな花束を持って乗ってきました。
なんだか寂しそうなお顔をしていました。
私はあんな大きな花束を見たことがなかったので、
ちょっとうらやましいと思いました。
お家に帰ってランドセルをいつもの場所に戻すと、
ソファーでご本の続きを読んでいました。
お母さんはお仕事で、
夜の9時くらいまで帰ってこないので、
このままご本を読んだり、
テレビを見たりして過ごします。
夜の8時くらいに、
玄関のインターホンが鳴りました。
モニターを見てみると、
同じマンションのおじさんが映っていました。
お母さんがいないときに、
インターホンに出てはいけないと言われているので、
そのまま放っておいていると、
玄関のドアをガンガン叩く音がしました。
ドアの向こうから、
ゆわちゃん、いるんでしょ?
今日もお留守番かな?
寂しくない?
おじさんと遊ぼうよ!
という声が聞こえました。
おじさんは毎日こうやってドアをガンガン叩きます。
無視していれば、
10分くらいで帰りますが、
毎日毎日やってきます。
あまりにうるさくて嫌になります。
その日お母さんは、
夜の10時を過ぎても帰ってきませんでした。
お腹はペコペコでしたが、
保育園の教頭先生との出会い
勝手にお家の食べ物を食べると、
お母さんが怒るので我慢しました。
気がついたらソファーで寝てしまいました。
ゆわ、起きなさい!
私がびっくりして起きると、
お母さんがいました。
もう朝になっていました。
なんでソファーなんかで寝てるの?
寝るならちゃんとベッドで寝なさい!
お母さんが帰ってくるの待ってたから、
言い訳しない!
お母さんはいつも怒っています。
だからなるべく何も言わないようにしています。
さっさと学校行きなさい!
ご飯は?
お母さん今帰ってきたんだから、
あるわけないでしょ!
お母さんがそう言うので、
私は学校に行くことにしました。
担任の朝倉先生は驚いていました。
ゆわさん、今日はもう春休みよ。
私は先生にここ数日の出来事を話しました。
先生は驚いて、
ゆわさん、お母さんのこと好き?
私は黙ってうなずきました。
先生は悲しそうなお顔で、
そっか、もしかしたら先生は
お母さんにとってひどいことをするかもしれない。
それでもどうか許して。
私はそれからしばらくして、
児童養護施設というところに行くことになりました。
施設にはたくさんの大人の人がいて、
みんなにこにこしながら挨拶してくれました。
その中で目にとまった大人の人がいました。
ゆわちゃん、こんにちは。
ボランティアのあらやなほです。
その人はどこかの保育園の教頭先生でした。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。