転職と趣味の矛盾
今回は転職は存在するのかの2回目ですね。
前回、一番…一番じゃないけど、最後お伝えしてた
好きなもの、好きこそものの上手になると言うけども
好きなものは仕事にしない方がいいという矛盾の話から
話を始めたいと思うんですが
前回こんな話してました。医療とか
そういう何か人のお助けに
助けられるような、人を支えるような仕事、あとは人と
関わることが好きだとかいうことで
っていうのは、それを高める必要はないんですけど
ただ好きな人を
好きなことで趣味的なことだったら
それはダメだと。これ何の違いなんですかね。
で、クラキの結論としては前回は
趣味的なことをやることがダメなんだ、好きかどうかじゃっていう
っていう話でしたね。
仕事の実際と好きなこと
確かに趣味を仕事にしてはいけない
っていう人もいますよね。
趣味を仕事にする問題点としては
まずは誰でもすぐわかりそうなことから言うと
嫌いになってしまう可能性がある。
クラキが思うのはね、やっぱり長い時間やりすぎて
飽きて飽きるっていう、それだけのことだと思うんですよ。
好きなことはいくらでもやればいいって言うては思いますよ。
でもね、さすがにね
1日何時間もやって、2、3週間経てばさすがに飽きますよ。
っていうのと
あとは
そうですね、だからね
クラキがいつも言ってる数学をやるのもボードゲームをやるのも
結局同じことが頭の中で起きてるのに
勉強というだけでそれは嫌なものだと思い込んでしまう
っていうのと同じで
仕事となればね、どんな好きなことでも
なんか無理やりやってる感が出てしまうわけですよ。
で、仕事以外のところでやろうとしても
うまくいかない。
でもね、今思いましたけど
プログラマーってね
大学で勉強してる人なんかも
家でもやりますし、会社でね仕事をして
どんなブラックなとこで相当忙しくても
それでも家でね
プログラミングやるわけですよ。
まあ中にはそういう人もいますね、でもね。
スポーツ選手なんかどうですかね。
まあ野球が好きで壁打ちもしてとかいないだろうね。
寮に帰ったらそこでもチームメイトとキャッチボールして
なんかまあいないでしょうね。
まあそれやるとしても
それは好きでやるというよりは
能力向上のためでしょう。
まあそういう風になっちゃいますよね最初は。
好きでもね。
結局趣味でやるのが
仕事で他の喜びを知ってしまって
いい成績を取る手段になってしまうとか
そういう問題もあるでしょうね。
でも好きこそものの上手なのだから
長い時間やればいいだろうとも思うし
すでに得意なんだし。
クラキュアはね、その趣味かどうか以前に
それが本当に好きなのであれば
趣味なんかいらないと思うんですよね。
まあ仕事を趣味にしたとしても
仕事が結果的にそれがもう
ライフワークになって好きなものであるとしても
家に帰ってもそれやったらねその分だけ
好きこそものの上手なあれだし
だし本当にそれが好きなのであれば
一日中それやってていいと思うんですよ。
ただここで問題になってくるのは
やっぱり頭の切り替えというか休息というか
簡単なことで言うとどんだけ
立ってているのが好きでも
一日中立つとやっぱり疲れますよね。
座ってる時間がないとやっぱり疲れますよね。
どんだけ歩くのが好きでもね。
だから一日中歩いてたら
それは次の日はたぶん歩けないですよね。
やっぱり続けるっていう意味で言うと
人との関わりとバランス
そういう気持ちの切り替えも必要だろうし
休息も必要だろうし
単純に別のことをやるっていうのもそうだし
まあ楽なことをして気分転換分かる
っていうのもそうだろうし。
ということは逆算すると
好きなことを仕事にしてしまったら
さっき言った飽きるっていうのもそうだし
気分転換はできなくなるわけですよ。
だからでもそれとね
好きなものでない方がいいのかというのとは
また別の話だと思うんですよね。
気分転換できれば何でもいいんですよ。
だから仕事も好きなことだし
趣味も好きなことがいいんだけど
これは倉木の持論なんだけど
生物学的なメカニズムから言ってね
仕事も趣味もどっちも充実って難しいですよ。
どっちかはつれんだけど
でもその分どっちかは楽しいっていうのが
自然な流れですよね。
そういうリズムができていくわけですから。
倉木は以前ね
嫌いなことを仕事にするっていうのも
それも一つの違いだと思って
趣味がね、面白く感じるし
仕事が楽しければね
趣味なんていらなくなるなんてこともあるし
だから倉木は受験中ね
心理考えたり勉強するのが
勉強法を考えるのが好きだったんで
それで充実してたんで
別に音楽聴ければ
あとは別に趣味なんていらない感じだったんですよ。
それが一番の理想かもしれないですね。
ただ
趣味がないことが理想と言っていいのか
っていう問題はありますよね。
でも本当に何かを極めたいのであれば
絶対好きこそものの上手になるので
趣味だとか趣味じゃないとかは
もうどうでもよくて
その一点をね
見つめてやればいいんですよ。
例えば一郎みたいに
野球をひたすら続けるみたいに
で、いいと思うんですよ。
でも今日の話そもそもあれでしたね。
医者とかになって人を救ってことをしたい
でもそれは使命感に近いですよね。
趣味というよりはね。
でも何か人と関わる仕事をしたいから
っていうのはね
みんな賛成すると思うんですよ。
でも趣味となればちょっと違うだろうと。
だからこれは
日本人が真面目な好きなところもあると思うし
別に趣味的な要素はあっていいと思うし
大学でもそうなんですよ。
趣味的な学部はね
割と牽引されがちなんですよね。
別にやりたいことやればいいっていう風な人もいるだろうし
そうやって真面目な人もいるだろうし
仕事も同じことですね。
あと人を救うっていうのは
多少抽象的な感じがありますよね。
かといってじゃあ
モータースポーツを見るのが好きだという人は
特に何が好きかって言われても
具体的に
言ってけば言えるだろうけど
特にこれっていう感じがないっていう意味では
同じことですよね。
なんとなくこの雰囲気が好きだっていう
逆にこっちの方が抽象的なんじゃないかと思うぐらい
抽象的っていうか漠然としてますよね。
別に他のものでもいいんだけど
モータースポーツの中この感じがいいみたいな
だから条件が揃ってるっていうのもあるのかな
スリルがあって
でも他のスポーツではいけない理由が何かあって
だから婚約者決めるのと同じことですよね。
そういう意味ではね。
つまりさっきの医者だろうが
趣味だろうが同じことなんですよ。
だとすれば
趣味でいいとも言いたいところですが
さっき言ったように
実際に
それを既に趣味として持ってやってる人は
それを趣味でなくなる可能性があるし
裏の部分が見えてしまったり
してしまうわけだし
でも人を救いたいっていう人は
趣味ではなかなかそれができなかったり
でもボランティアでできるか
何だってそうなんですよね
別にお金もらうだけがあれじゃないから
お金もやる方法ってあるだろうし
今なんてネットでね
エージェント見つけて
そういうサイトもあるしね
便利屋さんじゃないけど
誰でもできますからね
ランサーズとかでもそうだし
需要があれば
例えば今の話でいくと
人を救うとかもできるわけだし
でも人を救うとなると
趣味にはなりづらいのかな
お金をもらってなんぼだっていう感覚
だから
どうせ仕事をするんならば
人を救うのがいいのかなとか
そういう感じなのかな
でも人と関わるのが好きな人は
普段から人と関わって
人は仕事で人と関わると
あとは家では
人と関わらなくなるから
結局仕事で人と関わらなくても
その分
普段は人と関わるっていう風になって
結局バランス取るようにできてると思うんですよ
だからね
どっちが正解っていうわけでもないと思いますね
どうせバランス取るんだから
それでは下っ気