何でかというと、完全なものはなくても、今の例で言うと目的地はなくても、
でも少しでもそこに向かって近づければ幸せじゃないか。
完全ではなくても、完全に近いものに出会えれば、そういうものはあればいいんじゃないかと思うじゃないですか。
でも考えてみてください。
例えばブラジルが目的地ならね、徐々に徐々に近づくことができるかもしれない。
完全でなくても。
そこに向かうことができるかもしれない。
でもね、目的地ではないんですよ。
だったらね、近づくことすらできないじゃないですか。
完全なものはないんだからね。
完全に少しでも近づくって無理じゃないですか。
完全ではないけれども、完全に近いものを求めたってそんなものないでしょ。
ってことは、どんな自分の心情が変わろうと、
船で彷徨っていることに他ならないんですね。残念ながら。
ただその彷徨っているという感覚なのか、どうか変えられると思うんですよ。
人生というのも、そもそもどっかに別に向かっているわけじゃないと考えればいいわけですから。
それを勘違いして、人生意味があるんだ、どっかに向かっているんだと信じてしまうと苦しむことになりますね。
それがどういう人かというと、神を求める人。
真相信頼を求める人。
自分探しに出る人。
運命の人を探す人なんですよ。そんなもの存在しないってことですね。
自分探しに出る人っていうのは、自分の奥に本質があると思って、
表面的な自分に囚われないで、本質の自分を探し求めに行ってるんだろうけど、
最近話しているように、諸法無我という教えで仏陀は自分なんてものはないって言ってるし、しかも、
今回言いたいのは、自分というものを求めて、完全な何か自分というものを探そうと思っても、
その原因を見ることができたとしても、そんな本質なんて存在しないってことですね。
そんなのは不安ですよね。自分の本質なんてないのかと。
自分の奥にはね、これが自分だみたいなものがあると思ってたのに、ないとなれば、
この自分って何なのか分かんない。
誰でもないこの唯一無二な自分だと思ってたのに、何なのか分かんない。
自分の中に足ついて生きることはできないですよね。
まあ、なれるしかないですね、それに。
今までそうやって生きてきたから、これからは完全なものなんてないんだと、
いうことを受け入れて生きていくしかないんですよ。
この生き方って最初は辛いですけどね、でも、ある意味ね、その真実は分かってるわけだから、ある意味強いんですよ。
だからそうやって神を追い求めたり、まあなんか宗教に従ってるのってあんまりイメージじゃないかもしれないけど、
単なるイメージじゃなくて、だけの話じゃなくて、やっぱり弱い生き方なんですね、やっぱり。
弱いって言ったら、人として低劣だとかいうことじゃなくて、やっぱり心が折れやすい生き方ではあるんですよ。
すごい固くなりにね、何かを信じてる状態ってね、弦が切れてしまうような心理状態なんですね。
それよりもしなやかにしてたほうが切れないし、いい音色を生み出すことができるわけです。
でも完全なものはないって、イメージつかないですよね。なかなか最初は分かんないと思いますよ。
一朝一夕ね、理解できるものでないし、クラキももちろん分かってないし。
でも完全なものを求めてる人もいるけど、まあ大変謙虚な人とかは完全でなくてもね、
まあそれに近づければいいと思っているだろうけど、残念ながら近づくことさえはできないんですね。
その発想実はおかしいんですね、やっぱり。
でも近づいてる気になりますよね。
残念ながら神がいないってことは、それに匹敵するような存在も実はいないってことですね。
これも残念ですね。
この完全なものに近づくことすらできないってね、なかなか分かりにくいと思うんですよ。
完全なものなんてないから、それを目指すことすらできないってなかなか分かんない感覚ですよね。
だって人生生きてたら、毎日必死にみんな何かに向かって生きてると思うんじゃないですか。
何にもない何かに向かってたから生きてるんですね。
この人生、まあともあるしながらでもね、どっかに向かってるイメージじゃないですか。
そうやって生き久しく、どっかに向かって、でも軌道修正して、でもまたどっかに向かって、
でも最終的に人生どっかに到着点があって、止まりしてでもたどり着ければいいと思うじゃないですか。
残念ながら、どっかに向かってると思い込むことができても、そんなものはないんですね。
それでもまあ人間ちゃんと生きられると思うんじゃないですか。いやそうなんですよ。勘違いしながら生きてるんですよ。
で、そこでじゃあ、真相真理ってものをね、探し出したらそれはそれで違うよって話ね。今回の話は。
残念ながらそんなものにたどり着かないよって。だから、そこまで深くね、真相真理なんか求めなければ、そこまでは問題にならないんだけど、
でも人間いつどうなるかわかんないから、そういうものを求めてしまうことであるでしょって話ね。
まあその時に今回の話を思い出してもらえればと思います。それでは次回。