発達障害と鬱
今回は、発達障害あるあるの話なんですけど、今回はまあ、鬱のことですね。 クラキが鬱になったような話をしていこうと思うんですが
発達障害者で鬱になった人に共通すると思うんですけど 鬱であってもですね
逆に鬱だからこそと言ってもいいかもしれない こういうことは続けられてるんだけど、脳の
負担にならないこと、負荷が少ないもの であればできるし続くんですね
YouTubeを見るとかラジオを聴くとか でああいうこういうSNS系って結構ね
かなりいいのが出てきたりするから次々と見てしまう。で、いいものが出てくるとドパミンの刺激が得られる
すると鬱でも
とても癒しになったり救われたりするわけですね でもこれがね命取りになれかねないんですよね
そう鬱になりましたねこういうことをすると
どうか依存症みたいになりましたしすぐ依存症になるから発達障害って
感覚過敏だからなんですかね ADHDだと
逆に偏頭体が暴れ働かなくてちょっとやそっとではドパミンの刺激ってないんだけど 頭を見るだけでも依存症になったりするんですよ
あと自閉症スペクトラムで自閉症自分が閉じるって 書けますからね
自分の体に閉じこもって 見たのかまあそんな話を次にしたいんですが
僕ら家幼少期ですね 自分の体に閉じこもってるなんて自覚ないですよ
家庭でいてもそうだし 幼稚園にいるときは自分の体に閉じこもっていたかもしれないけど
でも実際は安全基地であるはずの家庭で一番閉じこもったのかなと思うんですよ
なぜそう思うかというと 家が安心できる場所じゃなかった
で
これはねまあ親の 親が
この家庭が機能不全家庭だったというのも 最近話しましたがそれでは理由というよりも
あまりにも感覚過敏すぎて
大人関係においてもそうだし とにかく
親のうちの親は特に
というか人間ってものがね 全く理解できない
予測不能のものでしかないわけですよ だから自閉症と全く同じですよやっぱり科学にも
で自分やっぱり人間って自分の
内側の世界に閉じこもっていれば安心できると学ぶわけですね子供流れにね では次の話ですが
その前にじゃあどうしてたかというとやっぱり一人で ミニカーをずっと見つめて遊んだり
自分のなんか基地みたいのを部屋に作ってそこにいたり そんなことはせずとも
哲学的思考の重要性
自分の遊びってのは常に自分の内側に閉じこもって遊びなのかなーってね ちょっと最近気づきました
では次ですが 常災を得れば幸せ者になれる 悪災を得れば哲学者になれるっていう
ソクラテスの言葉だっけなちょっと忘れたけど そんな言葉あるんですけどこれ聞いたことないですかね
学生時代も倉木が聞いたことあるし 誰か先生が言ってたんですけど
先生の誰かが言ってたんですけど
うちの親 エピソード聞いてもらったらわかると思うんですけど まあひどい親なんで
一言でひどいと済ませれないほどひどいんで
そうすると しかもですよ
悩み多い 性格というか
運の悪い倉木ですから 考える癖が
ついてしまうんですね あと迷う癖悩む癖も
悩むことも多くてそこから転じて考える癖ができて 物事をうがった目で見ざるを得なくて
で哲学者みたいになるこれ発達が障害者で哲学的な思考をする人
哲学にハマる人って結構多いんですよ 哲学者を読んでる人も多いだろうし哲学家に行く人も多いだろうし
それではこんなところで それでは明日っけ