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2025-10-12 08:40

第4681回 自分の体は特別な何かでなく生物なのだと理解しないとまずいんです😣😣

特別支援学校に転校して大学に行った彼女、普通学校から引きこもりになった俺。

発達障害当事者です。そして宗教2世でもあります。ハイブリットなこの生きずらさによって起きた過去にあった学校や家庭での事件や悲喜こもごもな話を赤裸々に語ることによって、特性や特異な考え方をすることを知ってもらいたいです。

発達障害の特異な感性ゆえに世の中の理解できないことや、宗教をやめてから哲学的に考えてきたこと、そして音声配信者としての苦悩などの話もPodcastでしています。

発達障害専門家、当事者、興味がある人が発達障害を考える材料になればと思い、日常の考え行動を細かいところまで話しています。番組登録よろしくお願いします。コメント待っています。

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サマリー

人間は生物であるという認識が重要であり、自己や他者を特別視しないことが求められています。この理解があることで、体に対する意識や老化への受け止め方が変わり、より健康的な選択を促します。

自分と生物の認識
今回はですね、人間も結局、人間とね、人間というものは特別視してして、まあ人間というものは、というお話さっきもしましたけど
で、その時にね、同時に生物というものを特別視しているという意味ではちょっと、今回の私どうなんだと思うけど、あの
人間もね、まあ生物でしかないと、とられることは実は大事なんだという話なんですけど
まあ最近話している、小文化とも通じるとこがあるかな、まあ自分はいないと、自分は我なしですから、自分なんてものはいないと
これまで話してきましたが、まあそれは、簡単に言うと、まあ自分なんてものはいなくて、ここにあるのは、まあ倉木の解釈ですけど、この体だけであって、しかもそれは宇宙の一部でしかないと
単体で相談しているわけではなくて、宇宙でどうやって繋がっているものなんだと、いうことでしたね
ちょっと今回言っていることとニュアンスは違うと思うんだけど、今回話したいのはね、まさにさっき言ったとおり、自分を特別なものだと思っているか、人間を特別だと思っているかと同じ道義ですよね
何かその生物とは違う、何かだという意識はあると思うんですよ
だってどうですか、そこら辺にいるカエルとか、シカとか、ペットとは同じ生き物だと思っているかもしれないけど、鶏とかと同じものとはとても思えないですよね
でも共通しているわけですよ。だから人間は動物なわけですね。人間は動物ではないという人なんて、どこかの民族でもしかしたらいるかもしれないけど、当たり前の教育を受けた人、日本人は動物の一種なのとわかりますよね
もちろんわかるんですよ。カエルとかと一緒にしないでほしいと。でも同じなんだけど、なぜそういうとそう捉えることが大事だ、自分を生物だと捉えることが大事だというのは、この意識が全て、この心が全てだと思っているけど
だから本当は自分っていうのは脳だっていうね。自我があるのは脳ですから。自分を自分と思っているのは脳ですからね。ってのもそうだし、こうやって思い考え感じているのは脳だって言われたらね、なんか唯物主義的で嫌な感じがしますよね
だから普段そういうふうにあんまり考えないと思うんですよ。だから自分の妄想だし友達とかもね、目の前にあるのは単なる生き物、物でしかないとは思わないですよ。そこには心を感じているわけですよね
そこらへんAIについてはどう捉えられるかというと議論になると思うんですけど、AIに対しても人の心を感じるようになると思うんですよ、そのうち。
というか脳の、そういう人に心を感じる部分、つかされる部分があるんですよね。
で、まず一つ目ですね。どういうとき大事かというと、特にこの体に関しては。脳も精神ももちろんそうなんだけど、特に体に関してはね、痛みをね、自分で麻痺させようと思ったってできないでしょ
まあ痛み止めのことくらいしかできないですよ。自分でそんなオペレートしたりコントロールしたりできないですよね。
ウイルスが体内に入ったらね、どんなに麻痺しようが後悔しようが、神頼みをしようが、やっぱり自分ではどうでもできない状態になりますよ。
それをね厳粛に受け止める人があるときが出てくるわけですね。
まあ過勢程度だったら別に高度に変化は起きないかもしれないけど。
自分というのは脳と体、腕と足と目とか鼻とか、これによって感じて行動してってやってるっていうんだと。
まあ自分とは別物っていう捉え方っていうのかな。
そう捉えることが大事なときもあると思うんですよ。
どうせ自分ではどうにもなんないようなことがあると。
さっき言った自我の話からすると、自分とは別物っていう発想はあれなんだけど、違うんだけど。
本当はね、今回に関しては自分と物があるっていう前提になってくるんだけど、別に自我なんてこの場合捨てる必要ないですから。
体への意識と老化
とにかくこの体を、これはもう生き物なんだという自覚を持つ。
そうすることでいたわることができたり、正しい解決策が見つかったりする場合があると思うんですよ。
心はなかなか忘れてしまうんですよね、普段ね。
老化するっていう事実も受け入れられるだろうし、自分はどんなに若く生きたいと思っても、そういう生き物なんだからね。
これはもう必然ですよ。
なんて言うんだろうな、とにかく体があって自分は生きれているという意識って必要なんですね。
最近も話したけど、逆に感性なんかも、あまり自我が強いと苦しいことを辛いと思いすぎたり、体で感じる痛みを辛いと思いすぎるけど、
結局それだって体ですから、脳だってね。
一つの器官だと捉えることもできますから。
そうやって感じている部分があるというだけだと捉えればね、少し気は楽になるんじゃないかなと思うんだけど。
だから体に何かしようがあった時に、自分なんだから気合で何かなるんだなんて考えない。
ということは大事ですね。
何か変な感じはすると思うんですよ、自分とは。何か別なものが首から下に繋がっているようなイメージで。
脳さえも生き物なんですからね。
それも何か違和感ありますよね。
なんでそれじゃあ結局馬とか鹿とかアヒルとかヒオコとかと同じやねんかと思うかもしれないけど、
たまにはそうやって受け止めることが大事な時もあるわけですよ。
老化予防とかね。
それが違和感を感じたのがやっぱり歯を磨いた時かな。
自分のことなんだから何とかなりそうだけどやっぱりそこは人類ってみんな歯を磨きますよね。
だから家具を綺麗にするのと同じような感じで、自分のこととはいえ同じような感じで掃除をするわけですよね。
他も同じことなんですよ。だからね。
結局物なんですよ。この身体もね。
それではしたっけ。
08:40

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