今回は、吉野弘さんの『詩集 陽を浴びて』。
吉野さんは、日常の些細なことを詩にしてくれています。
こういう作品を読むと、日常をより丁寧に、より慈しんで過ごせる感覚になっていきます。
サマリー
このエピソードでは、吉野弘の詩『車窓から』と『緑濃い峠の』の朗読と解説が行われ、日常の景色を切り取る詩の美しさが語られています。特に、電車や自然との関わりが描かれ、親への感謝の気持ちが表現されています。また、詩集『陽を浴びて』からの朗読を通じて、人間の成長や成熟、その過程での雲の象徴的な意味が探求され、詩が持つ深い感情や解釈の多様性についても考察されています。
詩の朗読と解説
ちょっとあとね、どうしようかな。3編だけ紹介させてもらえません?
ぜひ、お願いします。
次、車窓からっていうので、この作品もいいんですよ。
ちょっと、読んでみますね。
車窓から ある朝の電車の窓を流れる夏
色めく夏 近くを駆ける畑と林
遠くを歩む畑と林と雲
者皆 横に流れる中
畑の人の身のこなしは盾
土を相手に身を曲げる
そらすしゃがむ踏む
地にいて天をいただくものが
身体に備えているしなやかな盾の軸
私の体もまた天地の軸を示すように動くのだと
そのように動く体が私にもあるのだったと
身に覚えのあることが新たによみがえる朝
体を最後に横たえるまで動く体を動かして
しばし地上にいるのが私だと
ふいに私が透けて見える朝
という作品でございます。
自然との関わり
こんなに縦軸と横軸でこういう世界を描けるってどういうことですか?
どういうことなんですか?
はぁーすごいなぁ
地にいて天をいただくものが
身体に備えているしなやかな盾の軸
私の体もまた天地の軸を示すように動くのだと
そのように動く体が私にもあるのだったと
身に覚えのあることが新たによみがえる朝
体を最後に横たえるまで動く体を動かして
しばし地上にいるのが私だと
ふいに私が透けて見える朝
僕は自分の両親を思い出しちゃいます
畑仕事を一生懸命やってるんでね
うちの両親を本当に尊敬してて
毎日毎日ね
体を全て使い切って倒れるかのごとく寝に入る人たちなんですよ
もう夕方ぐらいになるともうそろそろ体力の限界が来てて
うちのお母さんなんかもねもうご飯食べるのもしんどいみたいな
もう疲れてね
お風呂入ってちょっと回復させて
で最後の一仕事洗い物とかして
バタンって倒れるかのごとく寝ていくんですけどね
これぐらい人間って命を燃やすことができんだなーって
なんか親を見てると感じるんですよ
なんかじゅんさんによって語られるそのお父さんお母さんの姿
音楽ラジオでも結構時々話をすると思うんですけど
それにいつも私は感動します
そういう眼差しをね
息子が向けてくれている
その様
本当に胸を打つ
そうですね
僕の死の生まれた原点ですねそこがね
なんかすごいなこれもなんか
ある朝電車の窓を流れている車窓から
こんな作品が生まれてくるか
なんかこのやっぱりこの作品に
じゅんさんの今のお話を掛け合わせることで
より利き手として私たちはすごく豊かさを
もらってるなーってすごい思います
ついにセットなぐらい
ああ贅沢だ
吉野さんすごい平易な言葉なんですけどでもなんか美しいんだよな
この地にいて天をいただくものが体に備えている
しなやかな縦の軸
ここからいいですよね
すっごい美しい
なんか聖書を思わせる感覚がある自分の中で
美しいな
じゃああと2つ
えっとね
次のページだな
緑濃い峠の
読んでいきますね
緑濃い峠の
緑にも染まらず
私の乗った赤い電車が
林を貫き走り続けた
あの時風を纏った電車に煽られ
のけぞりたわみ
羽裏を返し
激しく揉まれていた
路線際の木立
伸びすぎた梢は電車に弾かれ
ピシピシ鳴っていた
あの風景がなぜ今も
私の目に焼き付いているのだろう
赤い美しい電車に
すげなく跳ねつけられているのに
それをさえ待ち焦がれていたかのように
おどけてかぶりを振り
歓声をあげて揺れていた子達
毎日つれなく走り去るだけの電車
その電車から何度邪剣にされても
電車が好きだという身振りを隠さない子達
一度電車というものを見に来て
きれいな電車に一目ぼれ
そのまま路線沿いに住み着いてしまった
とでもいうような世間離れのした子達
その子達が電車に見せた正直な求愛
彼ら付いていた死についた
目に見えない
激しい身の揉みを
少し気恥ずかしけなおどけを
あんな一方的な愛もあると知った
小さな旅の一日という作品です
本当だ。本当だね。本当だ。本当に確かに住みついてるみたいなもんですよ。もう、電車見に行きたい、行きたいって言って。
ちょっと窓道夫さんと結構なんか近しいな。なんか窓道夫さんもこういう詩をたくさん書くんだよな。
なんかね、植物になって、そして植物になりきったかのように入ったり見たりっていうね、
すごく可愛く素朴で純粋な作品。
なんかいいんだよなぁ。
おっぱたちのね、ワーイみたいな感じっていうか、電車に喜んでいる方々がね。
そう、来た来たーっつって。
わかるよな、これ。なんかすごい。
電車がそれに応えるではなく、対比で鉄の塊として、システムとして動いてるみたいな、
無機質さみたいな感じも、世界観として、いいですよね。
いいですよね。
なんか電車もハイタッチして通っていくとかそういうわけではなく、
なんかあくまでも、なんていうのかな、大人側というか、なんか無機質で際立ってくる。
いや確かにちょっとえりさんが言った子達が子供たちに聞こえるってこれすごいな。
これほんとでもそのまんま子供、小鉄の子、こんな感じだからな。
ね、ほんとに。
ほんとに正直な旧愛。激しい身のもみを、少し気恥かしげなおどけを、あんな一方的な愛もあると知った。
息子に対して思いますよ、ほんと。こんな電車好きなのかって。
そうそう。
なんかね、うちの子中2だから今、鉄を取ったの。
社会体験じゃなくて、なんていうんだっけ、職場体験みたいなのがプログラムがあるんですよ、授業で。
JRにね、晴れて、お世話になって1週間行ってきたんですよね。
で、ほら子供の頃から憧れてた、ガラスのこっち側から見てた運転席とか、それがやっぱりこの中で、
電車側、JRの一部として、自分がそっち側に回れる、またとない体験をしてきて。
最高ですね。
最高ですよ。だから、ほら、鉄柏とかね、鉄道博物館とかで味わえる、それとはまたもう一緒のリアルな現場を体感してきて、ほんとに楽しかったみたいで。
だから日々、今日はこんなことやった、今日はこんなことやったっていうのを伝えてくれて。
じゃあ、やっぱりなんか、そっちの世界に、中2だから、進路とかもね、考えたときに、やっぱりいろんなハードルがあって、なんていうのかな、そこはすごく無機質なんですよ、やっぱり。
そこに到達して、その夢の世界に自分が一人となるには、すごく無機質なハードルがたくさんあるんだなっていうのに直面しててね、なんかね、すごい、今の詩はすごい、なんていうのかな、
海に迫るというか、
なるほど。
詩の朗読と解釈
そういう親心でどうしてもね、味わっちゃう。
なるほどな。
なかなかの学歴社会みたいですから。
そうか、そうか。
まあね、いろんな楽しみ方っていうか、いろんな電車との遊び方っていうのがね、あると思うから。
でも、なんかいいですね、ちょっと切ない感じもあって。
じゃあ最後いきますかね。
ある高さっていう作品ですね。
じゃあ読んでいきます。
ある高さ、山々の谷合いから、しきりに雲が沸き、ある高さを目指す、自らにふさわしいと思う高さまで来ると、そこに留まる。
なぜか、それ以上の高さにはならない。
同じような雲が、同じような高さに留まり、見渡す限りの、しんしんとした雲海になる。
私が雲海を苛立たずに眺めたのは、若い時ではない。少し歳をとってからだ。という作品です。
人間の成長と成熟
なるほど。これあれだな。ちょっと、こんなこと言ったら吉野さんに大変失礼なんですけど、
最後の文章は取った方がいい気がするな。
私が雲海を苛立たずに眺めたのは、若い時ではない。年をとってからだ。
これなくていいかな。なくて、同じような高さに留まり、見渡す限りの、しんしんとした雲海になる。
これ、すごいいいな。
吉野さんは何を受け取ってるんですか。
これなんかいろんなことを感じちゃいますね。
例えば、この雲が高みを目指す、そしてあるところで留まる。
自らにふさわしいと思う高さまで来ると、そこで留まると。
だから、身長みたいなものとかがね、例えばわかりやすくはあり、それぞれのふさわしい高さで留まる。
でも人間は、いや俺もっとこう身長がいいとか、なんか思ったりもする。
でも実際見渡す限り、それぞれの高さで、深々とした雲海になっている美しさがあるっていう。
そういうふうにも読めるし、もうちょっと違う読み方は、この高さっていうのが、背の高さというよりかは、
人間のこの成熟的な感覚もしてくるっていうか。
そこを誰もが望んで向かっていってるっていう感じ。
とか、いやもっと違う読み方もなんかあるな。
人間って天を目指す傾向があるのかっていう感じもしてくる。
なんかここに、だからやっぱ、人間を見るんですね、なんかね。
この雲の動きにね。
なんか、自分が見たいな、最後のとっていい自分のところにやっぱり触れちゃうんですけど。
なんか、若い頃は天井知らずでね、力、気力、なんていうの、ガッツみたいな。
いける、いけるところまでいけるみたいな。
そういう希望もあり、夢もあり、体力もあり、みたいな。
だから雲海の位置にイライラするみたいな。
なるほどな、そうか。
なんだろうけど、だんだん樽を知るじゃないけど、
畑みたいな自分、こんな自分もいいじゃないか、みたいな境地に人生の午後になると、差し掛かると、そういう境地なのかな、みたいな。
確かにな。
そう思うと、これ最後の行、大事ですね。
若いときは苛立っちゃうんだけども、ってことなんだよね。
なんか、吉野さんを吉野さんから占めていることが、その最後の一番なのかな。
確かに。いいですね。
ということで、ほんと30編あるうち今日12編まで、半分ぐらい読んでいました。
ちょっと吉野さんファンになっちゃったな。
吉野さんいいですね、ほんとね。
たまんないですね。
めっちゃいい。
近所の吉野さん。
いいな。
私は初めて、今日初めて出会ったので、めっちゃ感謝です。
よかったです。
なんかどれが一番心に残ったとかありますか。
それは選ぶの難しいな、どれだろう。
選ばなくてもいいのかもしれない、ちょっと自分で問いながら。
ちょっと選べないですね。
選ばなくていいね。
やっぱ刺繍いいですね。
またちょっとやっていきましょう、刺繍。
すごく心の豊かさをもらえますね。
僕もなんか、よかったです。思いがけなかった。
こんなにここで扱うことによって、受け取るものが増えたことに喜んでます、ちょっと僕も。
よかった。
じゃあ次回ですね。
はい、やりましょう。ありがとうございました。
ありがとうございました。
21:14
コメント
スクロール