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2024-09-19 19:36

S2E16 寄生生物の力を借りる

脳の中に治療薬を運ぶのは困難です。特にタンパク質のような大きな分子は血液脳関門があるので入っていきません。トキソプラズマという寄生生物の能力を使って、これを実現した研究について話します。


https://www.nature.com/articles/s41564-024-01750-6

https://theconversation.com/a-common-parasite-could-one-day-deliver-drugs-to-the-brain-how-scientists-are-turning-toxoplasma-gondii-from-foe-into-friend-235928


サマリー

人間の体は多くの分子から成り立っており、特定のタンパク質が欠乏すると病気が発生することがあります。最近、テルアビブ大学の研究者が寄生生物トキソプラズマを利用して、脳内に必要なタンパク質を導入する新しい方法を提案しています。トキソプラズマを用いた実験により、特定のタンパク質が神経細胞に送られる可能性が示されており、人間の治療に応用できる可能性があります。しかし、感染による健康リスクや免疫反応の問題も残されており、今後の研究が必要です。

タンパク質と病気の関係
普段、そんなことあんまり考えないんですけど、私たち人間の体っていうのは、たくさんの分子からできていて、それらがちゃんと働いてくれているから、人間として生きていられるわけなんです。
でもって、そういった分子の機能に異常があれば、どっか体がおかしくなって、それが病気っていう状態なんです。
これがわかりやすいのが、遺伝病です。
人間は2万個くらいの遺伝子を持っていて、それをもとに2万種類のタンパク質ができてきて、それぞれのタンパク質が機能を持っているわけなんです。
でも、単一遺伝子病では、遺伝子に変異が入ることによって、特定の一つのタンパク質が異常になって、その結果病気になるわけです。
例えば、キンジストロフィーっていう病気があるんですけど、この病気では筋肉の構造や筋肉の収縮に必要なタンパク質に異常があって、その結果筋力低下っていう症状が出るんです。
ということは、正常なタンパク質を投与して補ってやれば病気が治るのではっていうシンプルな考えが浮かぶわけなんです。
でも、タンパク質みたいな大きな分子を必要な場所に送り込むっていうのは非常に難しいんです。
タンパク質は胃で消化されてしまうので、飲み薬として内服するっていうことはできません。
血液に注射で投与すれば、血管内で作用したり、脳細血管から染み出していって、特定の臓器に作用するっていうことはできます。
抗体薬っていうのがすでに実用化されているんですけれども、タンパク質である抗体を注射すると、特定の分子に結合して作用するっていう薬で、
ガンや自己免疫疾患なんかに使われているんです。
でも、これらの薬でもタンパク質が細胞の中に入っていっているわけではなくて、細胞の外で抗体が働いているんです。
だから抗体の標的が細胞の外であるものを選んで、こういった薬になっているんです。
それはなぜかというと、タンパク質みたいな大きな分子は細胞の膜を簡単には通過できないんですね。
だから細胞の中にタンパク質を補うっていうのは非常に難しいんです。
さらに言うと、外から送り込むのが特に難しい場所があって、それが脳なんです。
脳と血管の間には血液脳関門っていう構造があるんですね。
脳の脳細血管は細胞で覆われていて、血液の中の分子、特にタンパク質みたいな大きい分子は、それを超えて脳の中には入っていけないんです。
すでに使われている精神疾患の薬っていうのは小さな分子のものが主で、そういうものであれば脳の中に入っていって作用することができるんです。
でもタンパク質は血液脳関門を超えることができないんです。
直接脳の中に注射するっていう方法もあるんですけど、そうやって注射して脳の中に入れたとしても、神経細胞の中に入るためには、さらに細胞膜を超えないといけないわけなんです。
というわけで、何かの病気で脳の神経細胞で特定のタンパク質の機能が足りないっていう時に、それを単純に補ってやるっていうことは普通にはできないっていうことになります。
タンパク質を科学的に改変して狙った場所に届けるような技術が開発途上なんですけど、効率が悪かったりとか小さなタンパク質でしかできないなんていう制約があります。
トキソプラズマの特性
で、全く別の方法でウイルスを使って導入するっていう方法があります。
これはウイルスのDNAに目的のタンパク質の遺伝子を入れて、ウイルスが感染するとその細胞でタンパク質が作られるっていうもので、一部臨床応用もされています。
でもこれも、あまり大きなタンパク質の遺伝子はウイルスのゲノムに入りきらないっていう問題がありますし、ウイルスが血液・脳関門を効率よく通過はしないので、直接脳や脊髄に注射しないといけないっていう障壁があります。
なので、もっと簡便にタンパク質を脳内に導入する方法があれば医学上有益なんですが、今のところ難しいというわけです。
でも最近、通常は人に有害なある病原体を使って、タンパク質の脳への導入を実現したっていう研究があったので、今日はそれを紹介します。
ポッドサイエンティストへようこそ、佐藤です。
今日紹介するのは、テルアビブ大学のシャハール・ブラハラによる研究で、2024年7月にネイチャーマイクロバイオロジーに発表されたものです。
この研究で注目したのがトキソプラズマっていう寄生生物です。
この生物は単細胞の微生物で、繁殖のための主要な場所っていうのは猫の腸なんですけど、その他の多くの動物に感染することができます。
人でもトキソプラズマの感染は非常に多くて、全体の3分の1の人が感染の経験があると推計されています。
でも、健康な人は感染しても大きな影響はなくて、何の症状もないか、感染の直後に軽いインフルエンザのような症状を示す程度なんです。
ですが、免疫力が低下している人とか、免疫がまだ発達していない胎児では重症になることがあります。
妊婦が生肉を避けるように言われたり、猫に気をつけるように言われたりするのはこのためです。
トキソプラズマを含む肉を食べたりして人間が感染をすると、トキソプラズマは腸から細胞の中に入り込んで増殖します。
そして増えると細胞から出て、また別の細胞の中で増えるというのを繰り返して、いろいろな組織に広がっていきます。
このトキソプラズマは血液脳関門を超えることもできて、脳の神経細胞にも入っていくんです。
通常は人の免疫細胞が働き出してトキソプラズマを排除していくんですが、脳には免疫細胞もあまり入っていけないので、脳にはこの病原体が残り続けるんです。
こういうふうに脳の中に残っているトキソプラズマが動物の行動を変えるみたいな話もあって、
ネズミはトキソプラズマに感染すると、もともとは怖がっていた猫の臭いを恐れなくなって、猫に食べられやすくなるという研究があります。
それからまだはっきりしてはいないんですが、人間でもトキソプラズマによって行動が変わってリスクをとるようになるというような話もあるんです。
研究の実験と成果
さて、このトキソプラズマなんですが、分泌のための器官というのを持っていて、トキソプラズマの中から神経細胞へタンパク質を送り出しているんです。
この研究ではこの性質に目をつけたわけです。
つまり、トキソプラズマは腸から感染して血液脳幹紋を超えて脳の中に入っていく能力を持っているわけですね。
しかも脳の中に残り続けて神経細胞にタンパク質を送り込み続けるわけです。
だから、トキソプラズマの遺伝子を改変して、トキソプラズマに何か役に立つタンパク質を作らせれば、それを神経細胞の中に送り込むことができるのではないかと考えたわけです。
それで、この研究ではこの実現に向けて実験を行っていきます。
まず、送り込ませるタンパク質ですが、いろいろなタンパク質でこの方法がうまくいくことを示したいわけなので、ここでは何種類ものタンパク質を試しています。
病気に関係するものもやっていて、レッド症候群という神経発達障害があるんですけれども、これは主にMECP2というタンパク質の遺伝子の異常で起きることが知られています。
それで、このMECP2のタンパク質でも試しています。
では、どのような戦略でこれらのタンパク質を神経細胞に送り込ませたかです。
すでにトキソプラズマから動物の神経細胞に分泌されるとわかっているタンパク質があるんですね。
ここでは分泌経路の違う2種類のタンパク質を使っていて、トキソフィリンというのとGRA16というものです。
これらのタンパク質はトキソプラズマで作られて神経細胞まで移動するわけなんですね。
だからこれらのタンパク質と人間のタンパク質がくっついたもの、つながったものを作らせれば、この融合タンパク質はトキソプラズマから神経細胞に移動していくだろうと考えたわけです。
それでこの分泌されるタンパク質とMECP2みたいな人のタンパク質の遺伝子をつなげた遺伝子を作って、それをトキソプラズマに導入して遺伝子が改変されたトキソプラズマを作成しました。
トキソプラズマの実験
まずこのトキソプラズマをバイオ細胞に感染させる実験をしていて、トキソプラズマからこの融合タンパク質がバイオ細胞に入っていて、しかもタンパク質としての機能を維持しているということを確認しています。
さらに今度はマウスをトキソプラズマに感染させるという実験も行っています。
マウスは通常腹空内注射、お腹に注射するというのをやるのが多いんですけど、この方法でトキソプラズマを注射して、しばらく経った後に解剖をして、体のどこにトキソプラズマがいるのかというのを調べました。
その結果、主に脳の神経細胞にトキソプラズマは存在しているということがまず分かりました。
さらに神経細胞の中にこの融合タンパク質が存在するということも確認されたんです。
しかもこの感染は長期間続くということも示していて、感染させてから3ヶ月後でもトキソプラズマは脳の中に存在していたということでした。
というわけで、自分の興味あるタンパク質を作る遺伝子を入れたトキソプラズマを作って、これを抹消の組織、脳の外に入れてやると、トキソプラズマが血液・脳関門を超えて脳まで行って、神経細胞に到達して、そこにこのタンパク質を送り込ませるということが示されたわけです。
もちろん、ここではマウスに感染させているという限界はあるわけです。
でも、MECP2という病気に関係あるタンパク質を導入していて、レッド症候群の人ではこのタンパク質が足りなくて病気になっているわけですから、この手法でこのタンパク質を導入してやれば治療につながる可能性というのを示しているわけです。
そして、これは一例であって、この方法では原理的にはどんなタンパク質でも導入することができますし、一度に複数の種類のタンパク質を導入することも可能であるということも示しています。
なので、これまでの手法ではアクセスの難しかった神経細胞にタンパク質を送り込むことができるので、大きな可能性を秘めた手法であると言えるわけです。
ただし、人での実現にはまだまだ長い道のりがありますし、この手法の懸念される点についても議論されています。
まず、トキソプラズマは病原体なわけです。
多くの人では症状がないわけなんですが、それでも何らかの方法で病原性の低い種類のものを作る必要があります。
それから、ずっと感染したままの状態になるのは都合のいい面もあるんですけれども、感染したトキソプラズマを除去する方法もあった方がいいわけで、そういった方法の開発も必要になります。
また、これは別の微生物学者から指摘されていたことなんですが、すでに多くの人、全体の3分の1程度がトキソプラズマに感染している、もしくは感染歴があるということなんです。
ということは、これらの人はトキソプラズマに対する抗体を持っていて、治療用のトキソプラズマを感染させても、すぐに人の免疫で排除されてしまう可能性があります。
ですので、感染させるトキソプラズマに何かしらの遺伝的な改変をして、これらの点について対応できる都合のいい株を作ることが必要になるかもしれません。
研究の課題
というわけで、まだ課題はあるわけなんですが、人に健康被害をもたらす悪者である病原生物が、今の人間の技術では困難なことをする能力を持っていて、それを逆に病気の治療に使おうという目の付けどころの面白い研究だったのではないでしょうか。
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今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後までお付き合いありがとうございました。
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