【おしゃべりな理科】
おしゃべりな理科。この番組は、本来、小学校理科の授業や教科書についておしゃべりしていくラジオですが、今回は休み時間という端休み的な回になります。
休み時間では、理科や授業をちょっと離れて、学校や教員生活についてテーマを設定しておしゃべりしていきます。
休み時間、今回はゲスト回になります。
ゲスト回、楽しいよ。
今日は、筑波大学附属小学校の辻先生の教室からお届けしているんですけれども、ビデオポテキャスト動画とその様子が見れますので、ぜひご確認いただきたいんですけれども、
早速、ゲストを紹介しています。
筑波大学附属小学校で家庭科を教えられている横山みどり先生です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
やりました。
初の多教科の先生。
教科の先生、初めてです。
そうですよね。
本当ですか。
社会?
社会のポッドキャストの活用の文脈で出ていただいた。
教科で話すのは初めてですね。
横山先生、簡単に自己紹介。
はじめまして。家庭科担当しています横山みどりです。
家庭科のことでちょっと言いますと、家庭科は教えたことがない人はあまり気にしない教科だと思うんですけども、
5年生、6年生にしかない教科で、一応決まっている時間数としては、5年生が60時間、6年生が55時間という、音楽図工よりちょっと多いぐらいの、
でも何かやろうとするとちょっと足りなくなっちゃうような、そういう教科です。よろしくお願いします。
僕、家庭科唯一教えたことがない。
ないんだ。
全教科の中で。
ありそうでない。
教えたことがない。横浜市は専科がガチッと、しかも講師の先生とかじゃなくて、専科がバシッと。
家庭科専科として?
そうじゃない学校に行っても、なぜか僕は理科を持っているので、どうしても家庭科を教えるという機会がなくて。
だからね、家庭科の先生結構リスペクトしてるんだよね。教えられないから。
ほら、包丁の扱いとかね。
あとは、僕からすると包丁と同等に怖いミシン。
針が上から落ちていく。クツクツクツってね。そういうものとか。
たくさん子供たちが、まだほら、ちょっとやんちゃとは言わないけど、まだほら、ちょっとおぼつかない子たちに対しても、それを教えるっていうのは、
自分もだから、自分が習っている時も、ちょっとおっかなびっくりやってた記憶があるので、
なんかね、それを教えられるっていうのは結構リスペクトが高いですね。
大変だったもん。やっぱりミシンとかすごい絡まるし、先生先生って呼ばれるんだよ。
だから回数多いよね。先生先生回数が。
分かります。
なんかでも楽しかったイメージはすごいありますけど、子供目線だと。やっぱり調理実習?
調理実習のイメージがすごく強いし、ボタンとか一応今でもつけられるのは、絶対あれはやったからだと思うんですよ。
そうなんだ。
一応ね、針で弾とか作れたりする。体が覚えてるみたいなのがあって、それは絶対に小学校の時とかに家庭科やったからだな、みたいなことは思ってはいるんですけど。
やっぱりね、ものづくりが多いよね。だから作る系が、理科からすると少ない。少なくないけど、理科よりもずいぶん多い。
この家庭科、横山先生はもともと家庭科を専門でやられてたんですが、公立の小学校では?
公立の小学校でもずっと新卒以来家庭科で、もともと大学も家庭科だったので、家庭科の免許で中学校の先生になるつもりだったんですけど、
なぜか最初が小学校でスタートしたら、今までずっと最後まで家庭科になったという、すごい偶然ですけど。
じゃあ免許自体は家庭科の免許?
はい。小学校持ってますけど、でも家庭科の免許も持っていて、子供の時から好きだったんですよね。そういう塗ったりとか。
もともと親が家庭科の先生だったっていうのもあるんですけど。
そうなんですね。
母が、いやーちょっと鬼ぐらいだと思うんですけど。
そうなんですね。なるほど。
なんとなくそういうのは身近だったりして。
なるほど。面白い。
家庭科というのは、それこそ調理実習とか裁縫っていうのがイメージとして強いんですけど、他にもいろいろありますよね。
イメージとしてそれがあって、だから楽しかった思い出とか楽しそうって言ってくれるのはすごくいいことだという前提で言うと、実はそれよりもいろいろありまして、
例えば内容で言うと家族家庭生活っていうところがあって、どの題材にも絡んだりすることもあるんですけども、時間の使い方であるとか、家の仕事であるとか、
あとはどの題材でも家族と関わったり、自分の成長を実感するなんていうところも一分野としてあり、さらにお金の使い方とか、
お小遣い帳的な?
そうです。それもありますし、物の使い方とか、あと今お金を使うといってもトラブルもちょっと増えてきたりしたこともあるので、
今回の学習指導会から売買契約、お買い物は契約だよみたいな。
それはね、僕は横山先生の授業とか話から知ってるけど、それすごいよね。契約だ。
でも契約でもなかなかすごい契約で、契約って言うと一見、印押すとか契約書とかいう感じになるじゃないですか。
でも売買契約についてはこれくださいっていう申し出と、向こうが了承っていうのがだいたいレジを打ち始めるとか、
了承それ?
了承です。
面白い。
例えば今セルフレジだと、
誰が了承してるの?
売り切れる人が一人いるけど、そこでも自分でレジがピッピッてでき始めるので向こうは売るよみたいなことですよね。
了承が機械がやり始めたってこと?
もうそこで成立なんですよ。
そうなん?
そうなんです。
教科書にもちょこっとクイズが載ってたりするんですけど、
例えば本屋さんで本買おうとしても、お金を払うところでもなく、物を受け取るところでもなく、
この本くださいって言ってOKピッてやってるとこで成立なので、
ピで成立してるんですか?
ピで成立してるんです。
このなんていうんだっけ、なんとかポスを持った瞬間?
持ってピッぐらいで。
ピでぐらいで。
そこなんですね。お金払った時じゃないんですか?
ないんです。
なので本当にびっくりなんですけど、お金を払わなくても物を受け取らなくても成立する契約なんですね。
いりませんはそこで言わなきゃいけないんだ。
そうなんです。
ただ、だけどそれとやっぱり教科書には、なんて教科書会社のこれで言うのはなんなんですけど、
もちろん、だけど、だから勝手に物は返せませんよとかで教科書はきれいに終わってるんですけど、
じゃあみんなの暮らしってこんな感じ?って言うと、いやちょっと違いますみたいな。
で、どんなことが違うって言って、いつも私が子供たちに話すのが、パン屋さんの例っていうのを話すんですけども。
この話聞きたかったの、俺。
本当ですか?
引き出そうと思って、パンの話してくださいって言おうと思ったら。
知ってます?
知ってますよね。
子供と、ちっちゃい子供と、お母さんがパン屋さんに行きましたと。
で、このパンがいいねってトレーに載せました。
で、載せてこれくださいってお母さんがレジに出しました。
で、一個一個きれいにビニール入れてくれますよね、今ね。
入れています。
つまりもうこれくださいと売りますの了承は終わっています。
で、その時、小さい子供がまだピッてしてないパンを手を伸ばして落としてしまいました。
触っちゃってね。
床に落ちちゃいました。
どうなりますか?っていうことなんですよね。
これがまた。
で、そのちょっとこの前に実際の授業では、中学校のウェブ教材から、主役は羊なんですけども、羊さんが素敵なバッグが見つかったから、
でもちょっと今お金がないから取っておいてっていうことをする。
で、だけど取りに行く前にもっと素敵なバッグが見つけたから、やめちゃった。
でもそしたら電話がかかってきて、やめられないって言われちゃった。どうなる?っていうクイズをウェブ教材のクイズで出すんですよ。
中学校のウェブ教材に前あったやつで、で、子供たちは教科書にもバッチリ習っているから、
その選択肢が結構あるんですけど、判子を押してないからやめられるとかいろいろあるんですけど、
最後に一旦買うと言った以上買うしかないっていうところでほぼほぼ全員手がそれ上がりますよね。
だって売買契約はもうこれくださいいいですよで成立するって散々言われてるから。
なるほど。
そうすると違うんですよそれが。
状態が違うんですね。
なんで違うと思います?
なんで?
取っておいてだから。
ちなみにヒントは羊は中学生です。
未成年だから。
そういうこと?
そうなんです。
未成年者契約の取り消しっていうのがあって、
18歳ですよね今だとね。
18歳未満だと条件なしでやめられると。
それにもちょっと条件があって、免許偽造とか悪いことしすぎるとダメなんですけど、
羊この場合は親も知ってますぐらいしか嘘ついてないんで認められるっていうのがなんですよ。
そうなると?
そうなるとやめられるわけです。
キャンセルできるのか。
それでそのパンの話に戻ると、じゃあパン買ったの誰?って言うとママなので未成年者じゃないんですよ。
そうですよね。
がしかし手を伸ばしたのは子供だけど。
子供だけどお金払うのはママなので。
そういう契約か。
未成年者契約の取り消しは適用されない。
そしてもう売買契約が成立している。
もうここでめっちゃ盛り上がるんですよ。
ごめんなさい家庭科でいいですか?司法試験?
法律ってものがただそれは教科書に載ってないんですよ。
そこまでは消費者トラブルについての詳しいことは中学校なので載ってないのも当たり前なんだけれども。
中学校でやるんだもんね。
でも私としては自分に関係がある法律のことを知らずしていいのかっていう気持ちがあり、そのことをちょっと話すんですね。
もちろん子供たちはちゃんとお勉強した後なので、まずはいやそれはもうパン落ちたの持って帰ってお金払うべきでしょみたいな。
そうやってもう売買契約成立してるじゃない。
で、買ったのはお母さんなんだからさって言ったらその通りみたいな。
じゃあみんなこれで絶対そうだねって言うと、いやちょっと実は違う経験があるとか。
ちょっと自分の生活と比べ始める子がいるんですよ。
例えばマクドナルドって言っちゃっていいんですか?
そう言って落としちゃったと。
そしたらどうなったって言ったら、まずかけられた言葉はお怪我はありませんか。
そして新しいハンバーガーとかジュースを持ってきてくれた。
そうなんだ。
でもそういう方が多い気がしますね。
そういうのがバンバン出るんですよ。
そこでその授業はちょっとお家の人にもこのパンの話してみてっていう風にして終わるんですね。
家帰ってきていろいろ聞くと、またいろんな親の昔の経験とかの情報も集まってくるわけですよ。
で、そのお家でお店やってたり会社やってたりするような人で、
その売る側としての寄り添っているような意見も聞こえてくるような人。
本当にいろいろ出てきて、先週盛り上がったけど聞いてきてどう?とか言うと、
違う意見がありますみたいな感じになるんですよね。
盛り上がるな。
実はこれ実際に子どもが取ってきたやつなんですけども、
自分の親はレストランでお水、ただのお水のグラスを割っちゃったと。
そしたらそのグラスのお金も取られ、掃除もさせられたっていうママもいる。
すごい似てますね。
だってまだ契約も何もしてない。売買でもない。
ただお水ですからね。
でもそういう人もいた。
一方、ちょっと前の大阪万博の前の大阪万博で、
ホットドッグを売る会社のお家にあった人、おじいちゃんとかお父さんがその会社に。
すごい、いにしえ系。
何だっけな、江太郎だか松太郎だかなんとか太郎。
もしホットドッグを落とした子どもがいたらどうしますかっておじいちゃんとパパに聞いたら、
もちろん新しいのあげるよって。
またうちのホットドッグのファンになってくれるかもしれないからって言いました。
全く買ってもいない水で、掃除までしたママと。
水くれって言ってないのにね。
そうですよね。
確かに契約してない。
契約どころじゃない話。
理科だったら俺ら怒られるやつだもんね。
拾わせて。
そこでもちろん答えはないんですけども。
答えはない。
そこまでやったところで、もっと知りたいことないのって子どもに言って、そこからが課題が作られる、ここからなんですよ。
ここからなんですか。
そこまでは基本的な教科書にあることは勉強したんですけど、
そこで教科書だけで課題設定なんてできるはずもないというか、全く問題意識も芽生えてないわけですよね。
ここまでの流れで面白いのが目をつけてくるところがまた子どもに違うんですよ。
例えばパン屋の話の時も最初の時から立場が違うんじゃないみたいな。
パン屋の店員さんがバイトの場合と店長の場合では権限が違うんじゃないか。
これは経済学。
何なんでしょうね。
エコノミックな感じする。
そうなんですね。
そういうことを考える子もいるんですよ。
それって違うのかなって当たり前でしょ先生みたいな感じで。
バイトさんってそういう時答えちゃいけないって決まってるの?
それとも優しいバイトさんなのかそうじゃないかなって言ったら、
わかんないとか言って優しければっていう子もいるし、
そういうのマニュアルとかいいじゃないとか言って。
マニュアルね。
確かにね。
同じことは大学生とかに言うとバイトしてる子が多いんで、マニュアルありますみたいになるんだけど、
子供は分からないから。
分かんないね。
マニュアルってあるのかなってそこに興味持つ子もいるんですよ。
調べたくなる。
さらにおじいちゃんはあげるよって言ったって言うと、
お店の側はどんな気持ちなのって。
最初に話す時にパン屋さんはパンを食べてもらいたくてね、
おいしいパンを食べてもらいたくてパン屋さんになった人もいるから、
やっぱり新しいパンをあげると思うとか小学生は本当に素晴らしいって感じですよね。
っていう子もいて、お店の側の気持ちに興味を持つ子もいるんですよ。
法律とか言って法律に興味を持つ子もいるんですよ。
例外とかもやったり。
お金にも興味持つそう。
リスクとかも。
あの、利率。
1個のパンでいくら儲かるか。
どれくらいなら落とせるかって。
そこのグループは駄菓子屋について調べてます。
1個のお金が少ないじゃないですか。
なんかちょっとパン屋にさらにちょっと考えてるんじゃないかっていうのを。
この後どういう活動になってくるんですか。
この後はそれぞれが、一応その時はグループで課題的なものをざっくり決め、
その中でもちょっと興味が分かれたらそれぞれでもいいよっていう感じで、
全体に発表するときには、みんなでまとまっての結論でもいいし、
こういうことについてそれぞれが調べたよって言って発表してもいいよっていうの。
発表の仕方も任せて。
ちょっとその時間を2時間ぐらい取ったり、もちろん宿題にはしないんですけど、
発表するために自分の地域のお店に取材に行ったりとか、
あとスタバとか行った子は、初めは普通のお店のスタバだと対応できかねますみたいな。
これももしかしてマニュアルかみたいなことになり、
その子はメールでスタバの本社っていうんですか、
お客様窓口みたいなところにメールを打って、
素晴らしい対応をしていただき、ちゃんと向こうの広報みたいな方とやり取りをさせてもらって。
すごいな、スタバすごいな。
神対応。
その子は本当にそれが嬉しかったみたいで、
その子とも発表したんですよ。
初めお店に行ったらこういう対応だったけれども、
オンラインで聞いたらこういうことだった。
今思えばお店は忙しいのに、
そういうことを聞いて本当に私が考えがなかったみたいなことを。
スタバ越えじゃない?
結局そのスタバはもちろん新しいのにしますと。
それはとてもお客様を大事にするという、なんとかかんとかいいこと言ってくれてそれ言ったんですよ。
この子が私が素晴らしいなと思ったのが、
よかったねって本当に対応してくれてありがたかったねって言ったら、
今日絶対報告のメールをするって言ったんですよ。
そのスタバに?
スタバに。
発表しました。
オンラインでね。
多分その特定かわからないんですけど、
やり取りが始まって。
やり取りが向こうが同じ方かなんかが対応してくれてたのかもしれなくて、
その子にその人に報告をするって言った。
例えば取材してしっぱなしじゃなくて、
自分たちがこういうことがわかったとか、
こういう話し合いができたっていうことを、
またそのもとに報告したいって思うようなね、
学習発表会になれたことはすごくよかったなっていう風に。
もちろんそれは私の力ではなく、
子どもたちがそこまでどういう風に課題解決というか、
考えたことを交流するとこまで持ってったかっていうところになるんですけれども、
その時はこういう風にしなきゃいけないんだなって、
偶然になったとはいえ、
ちょっと私もこういうのが発表の仕方とか、
子どもがその地域とかにお世話になったり、
企業にお世話になって学びを深めるっていうことでは、
結果、お礼なんだなっていう風に思ったんですよね。
またそれを強制するとね、学びじゃなくなっちゃうんですけど。
自然と出た思いですね。
その契約っていう、それは何年生?
詳しくは何年生?
5年生でもいい。
教科書的には5年生なんですけど、
でも6年でやる。
そこまで私持ってきたいので、
ちょっと5年だと難しいところがあるんですよね。
入れ替えて6年でやることもあります。
これでも、今聞いてた人はこれ面白いって言ってやる人もいるかも。
そうですね。やっぱりその、何ていうか、
掃除とかもありますけど、
いろいろ多様ですね。
ちょっと葛藤場面が素晴らしい。
その石川さんが毎日、
例えばなんだろうな、
そんな仕事ないけど、
パンにバター塗るみたいな、
ずっとパンにバター塗ってるみたいな、
単純作業をしているお仕事の人って、
いい悪いじゃなくて、
毎日の満足度が低いと。
低いらしいんですよ。
あなたは幸せですかとか、そういうことについて。
なのに、その仕事をしている人の中でも、
毎日が幸せっていうグループがあるみたいな。
なんだと思う?とか言われて、
なんでしょうねって言ったら、
それが後になって2つ目を知ったんですけど、
そのとき自炊している人だったんですよ。
毎日パンにバター塗って、
そんな仕事本当にないんですけど、
同じことをやり続ける仕事。
同じことを何も考えなくてもできるような仕事をしている人で、
そういう人って毎日に、
満足度が低い人たちでも、
自炊していると結構高いんだよねみたいな。
後日、もう2つ目を知ったんですけど、
植物を育てている人。
ちょっと理科に近づいてきました。
でもね、今のすごいね。
食事を作る人が満足度が高いってね。
そのときもちろん石川さんは、
そこで話は終わったんですよ。
私は食事で、
自炊でちょっと家庭がいけんじゃない?
ウェルビーイングとか思ったんですけど、
でも結構その話ってじわじわきて私に。
もう石川さんと全然関係ないときになってから、
その2つを本当に思い出すんですよね。
やっぱり、
うまくいかないことがあったり、
やり直しができたり、
うまくいって嬉しかったり、
うまくいかなくてやり直して、
その結果がまた見られて、
それでもうまくいかなくてももう1回できたり、
っていうことができるのが共通点かなって、
個人的には思ってるんですよね。
それが満足度が高いってなると、
さっきの将来、
いろんなことが身につく家庭科だけれども、
やっぱりそれをさせてるんじゃないかなって思うんですよね。
だからそれをさせてるんだけども、
それを子どもたちに意識させなかったら、
やっぱり子どもたちは気づけないと思うんですよ。
手順を教えるんじゃないんだね。
だからすぐにできないけども、
できなかったからそりゃいいことだったねっていう。
例えばミシンに上糸をかけて、
下糸をセットして、下糸を吊るとかいうのをやって、
ちょっとみんなが覚えられるために、
タイムトライやるとか私やるんですよ。
用意ドンとか言って。
早くやりたいが目標になると、
できるかできないかはもうやれる前提になるんですよ。
子どもたちにとって。
だからもう全員でできるようになるんですよ。
その時に、
今日なんかすごく時間がかかったとかある人いる?とか言うと、
針に糸がなかなか通りませんでしたみたいな。
ってことを言うと、
そっかって言って、
なんかコツ試した?って言ったら、
これはやってみたけどと。
そうすると、
じゃあなんかアドバイスできる人いる?
今日なんか針に糸がスッと通った人います?
って言うと手が上がるわけですよ。
今出たコツ以外になんかやってんの?って言うと、
実はとか言って。
もうなんかあまりに痛くないんですけど、
しぶしぶ言った感じで、
針の向こう側に指をピッと当てると、
針の穴のところが肌色になって、
穴がよく分かる。
なんとかしこい!
それさ!とか言って、
なんなら手縫いにもできるかもね、
みんなできるかもしれませんみたいな。
これ今すごいちょっと技じゃない?とか言って、
次やってみようとか言って。
もう1回とか2回目やると、
どうだった?って言うと、
できました。
学び!学び!
教えたほうも嬉しい。
それが私が最初に超細かい、
そういうの毎年やってたら、
そういう私のコツのストックはあるわけですよ。
最初から言っちゃうこともできますよね。
こうやったら早くできるよっていう。
でも求めなければ、
もうそれ出さないんです。
終わったままで終わったりもするんですよ。
必要感はないから。
ただ、そんなのは別に将来ミシン使う子も、
そんなにいないかもしれないし、
使ったとしても、
いくらでもそんなコツもあるわけですよ。
ネットにもっと、
あと一回投資使ってもいいわけだし。
だけど、その時にある子が、
自信満々に発見しましたみたいなことで、
いうことに価値があり、
それをやってみることに価値があり、
そこでそのクラス全体が、
たとえスムーズにいった子もいたとしても、
超ダメな子がいたとしても、
みんなが試行錯誤の中に入れるっていうのは、
今の求められている、
私が勝手に求めている家庭化なんですよね。
それはすごく多分大きくて、
どんな情報が溢れていても、
やっぱり生活を楽しく過ごす、
ハッピーに過ごすっていうことで、
それが楽しいから子供は、
そこを楽しみたくてわざわざ、
めんどくさいことしてる人、
世の中いっぱいいるじゃないですか。
そうですね。
DIYとかって全部そうですよね。
そういうことになる。
DIY。
だから自炊もある意味、
究極のDIYって言えば。
本当にそう思います。
食事なんてね、
それこそどこででも買えるし、
運んでもくれるし。
くれるしっていう中で、
だけど自分でコントロールできる部分みたいなものを、
そうなんですよ。
作っておくっていうようなことでも、
あるのかなというふうに。
大人になってそういう部分がない人って、
なんとなく余白がないというか、
辛くなっちゃうこともあると思うんですよ。
だからミシン別に将来使う使わないってことは関係ないっていうのが、
だから普通だとそこでモチベーション、
いやこんなの必要ないじゃん。
こんなことやったってしょうがないじゃんっていう子もいるような気がするんだけど、
いやそうじゃないっていうので、
そこにどうやって巻き込んでいくかみたいなところは結構、
まあでも理科も、
理科とかありますか?
どう思います?
栽培とかそういうのかもいいですか?
栽培、まあでもあんまりコントロールっていうイメージは、
理科だとないのかなっていう気はしますけど、
実験なんかでもそうだよね。やってみてさ、
まあそれこそ、こうやったらうまくいくよってコツをたくさん先生が知ってたとして、
これやりなあれやりなって言われて、
指示的にやられた方が楽しいのかって言われたときに、
そんな楽しくないよね。
そうだよね。
だからついついね、うまくいくように、
いい結果が出るように何でもかんでもやっぱりやってあげたいっていう気持ちに、
あと時間的な制約もあるから、
やりがちだけどね。
そうやりがちですよね。
そうですよね。
そこはどうですかね?
いやだからやっぱり自分が理科だったら予想してみたいな、
自分でこういうふうにやったらわかるんじゃないかっていう計画立てて、
実際に確かめてみる、
それがまあ結果として思うような結果にならないこともあるかもしれないけど、
そういうところやっぱり似てるのかな。
自分がこういうものを作りたいとか、
こういう思いのもとをやってみて、
それがうまくいかないが大事なんじゃなくて。
そうですよね。
だから目的はそこにないっていうか、
子供もわかってるじゃないですか。
だってもうみんな知ってることじゃないですか。
理科の現象なんて絶対わかってることを調べるんだけど、
だけどある意味乗っかれるか乗っかれないかっていうのは結構面白いし、
まあでもわかってるけどでも微妙に違ったりするから、
そのあたりどうですかね。
わかってるけどそのわかってる周りにあるわからないこともわかってくるし、
だからさらにわかりたくなるし、
それをやろうとするとまたわからないとわかるがまたはっきりしてきて、
円柱状に広がっていくっていうよりは同じところをぐるぐるやりながら、
わかってるわかってないがこう区分けされてはっきりしていくみたいなところが理科っぽいけど、
家庭科の場合は今聞いてると、
共通点はもうほぼあるとして、
新しいものを作ろうとするから、
作っていくうちにまた新しいことを思いつくような気がする。
確かにそうですね。
もっとこうしてみたいとか。
だから同じことをやり、料理なんかそうじゃないですか。
味変とかね。
あとちょっとこれかけたらどうなるんだろうとかね。
試行錯誤がすごいプラスアルファにどんどん働いていく。
ゴールってどこなんですか?
技能的な部分もあったりするじゃないですか。
でも必ずしもやっぱりできるようになること自体が目的じゃないのかなみたいなところも、
イメージは違いますね。
自分のイメージは何とか切りができるようになるとか、
そっちのイメージの方が家庭科って強いんですけど、
アイロンができるとかね。
今横山先生の話聞いてるとそういうことでもないっていうことですか?
ゴールにも関係するんですけど、
理科と家庭科も共通している部分があると思うんですけど、
例が正しくないかもしれないんですけど、
何か生き物を飼うとかいうときに、そこは試行錯誤して、
いい部分と良くない部分があると思うんですよ。
そうですね、生き物だし。
うちの学校で朝顔じゃない?
鉢がバラバラに置いてあるのを見て、勝手に感激してて、
普通の学校だと番号順に並んだりしてると思うんですよ。
PCとここから並べなさい、間開けちゃいけませんみたいな。
ただもしあれが、私勝手な解釈なんですけど、
どこに置いたら一番生育がいいかみたいなことを考えて置いてるとしたら、
それってその子の試しじゃないですか。
私のはすぐに土がカラカラで何とかとか、
伸びが何とか、それはありだけど、
でも同じことをメダカで、どこまで水が少ないととかなっちゃうと、
良くない。家庭科も同じで、
試行錯誤が難しいのは、危険が及んじゃいけないってなるんですよ。
決めちゃってる部分なんですよ。
包丁はこうやって運びなさいとか、
ミシンでこれはやっちゃいけませんとか、
それが結構量が多いんですよ。
安全指導がね。
火も使うし。
その量が多いところで、もしかしたらパニック先生とかは、
それでいっぱいいっぱいですと。
それでキットの教材でバック作って、
もうそれ以上何も入りませんっていう。
そうか、だからやっちゃいけないことをしっかり守らせるっていうことで精一杯になっちゃう。
だけど、もしそのパンの話とか、
さっきの話とかでちょっと面白いなって思ってくれる担任の先生がいたとしたら、
その安全指導ばっちりはもちろん、
キットを完成させることがもちろん優先な中に、
ちょっと子どもたちが考えたり選んだり、
ちょっと気持ちが揺さぶられるような題材が、
1個でも2個でもあるといいなってすごく思ったりするんですよね。
そういうことがあるから、安全は絶対っていう前提で、
さっきの話に戻るとゴールっていうのは、
私はその感覚、素晴らしい感覚を身につけることだと思うんですね。
それはそこまでの学習やいろんな基礎基本が土台にある。
これもよく言ってるんですけども、
例えば炒め物を作ろうっていう時に学校ではこんな材料で作って、
塩の分量も材料の例えば1%って決まってましたとかいうことを知ってたとしても、
今日はちょっとハム使いたいなみたいな。
その材料自体に塩分が入っているものっていっぱいあるじゃないですか。
ツナもちょっと、それだけでも塩。
だってこれ、例えば4人分でどれだけ作ればいいかなとか、
この材料だったらどんぐらい塩と胡椒すればいいかなって、
感覚が身につくのがゴールです。
今日は例えば何着ていこうかなっていう時に、
ただ暑いだけじゃなくて、これだけなんとか線に乗るときは、
あそこの電車いつも寒いのよねみたいな。
だからちょっとすぐ脱げるものにしていこうとか、
今日は夕方から会食があって、
なんとかさんに偉い人に会うからちょっとこれじゃねって決めるとか。
いろんなことを総合して判断できる感覚こそが、
私が勝手に家庭科での最終ゴールです。
それはたぶん小学校だけじゃ見られないけども、
でもそれは一人一人に絶対必要なものだし、
絶対に小学校のときの学習は活かされているような気が勝手にしているので、
そこがゴールですかね。
感覚をゴールって。
なんかね、僕が思ったのは、
感覚、それ面白いなと思って聞いてるんだけど、
感覚でありつつ、感覚をロールするっていうか、
次の感覚を作る前提の感覚なんじゃないかと。
確かに。また失敗しちゃうこともありますもん。
それで発展していく前提の、だから感覚っていい言葉だなと思って。
で、出来上がって終わりじゃなくて、
その感覚って磨くとかっていい言葉があるけど、
でもその磨くっていうと、どんどんなんとなく光り続ける気がするけど、
見直すことも必要でね。
なんかその、自分の年齢もあるし、自分の身長もあるし、
自分ができることが広がることも狭まることもあるから、
それに対応するっていうか、感覚と対応ってすごく似てるなと思って。
なんかそれをいつもストップさせないことが家庭科の感覚って言葉の中にすごく含まれてるなと思って。
すごくいい感じです。
さらに言うと、その感覚の中にやっぱり相手を思う心みたいなものがプラスされるべきだよなって思うんですね。
小学校の学習でも、例えば誰々のためにみたいなことで、
教科書にはないんですが、あんまり詳しく載ってないんですが、
お弁当作りみたいなのをさせたこともあるんですよ。
その時には、例えばお父さんは休み時間が、お弁当食べる時間がこれしかないから、
例えば食べやすくするためにこういうふうにしとくとか、
なんかその相手のことを考えて、こうしたらいいだろうっていう感覚。
その感覚の中に本当に人を思うとか、
みんながまた笑顔になれるようなことを、だからこうしたいっていうのが自然にできたら、
本当に素敵だなって思うんですよね。
ちょっと見届けられないぐらい遠い話なんですけど。
TPOって簡単に言うけどね、そんなに相手の状況に、自分の状況もあるけど、
相手の状況も含めたTPOとTPOのつながりみたいなのの感覚は面白い。
関わらないとやっぱりそういうのって磨かれていかない。
そうね、人と関わっていく中でね。
だからその友達とのさっきの関わり合いもそうだけど、
そうやって自分の感覚とその人の感覚との違いとかさ。
違っていいところもあればね、違っちゃいけないところもあればね。
それは両方、家庭間の時間に限らずだけどね。
そこは対面でみんなで教室に集まったり、家庭科室に集まったり、理科室に集まったりするからできる。
学校で学ぶ意義っていうか。
より強い。
本当そうですよね。
一人でももちろんそういうことは、活動自体はできるけれども。
そうなんですよ。
テクニカルな部分はさっき横浜先生も言ったけど、できるもんね。動画でもなんでも。
確かに今ね、教科書にもQRコードついてるし、キットとかもね、それこそ失敗。
キットって結構難しいですよね。理科でもそうなんだけど、工夫の余地を作るのが結構難しいみたいな。
だってうまく活かせるためのものじゃないですか。
今キットすごいですよ。
なんかもう、一回ちょっと他の理由があって、見本いくつかもらったことがあるんですけど、端から何センチに線を引くとかいうことがあって。
教科書にはこうやって物差しを使いますとか書いてあるにもかかわらず、その幅になってるやつでさらに紙が取れて、線がこういう同じ感覚で引ける便利蒸気みたいな名前もしっかりついてるやつがついてて。
なんか私が必要があってやってたら、先生これ便利すぎませんかみたいな。
こんなの授業じゃ使わないよみたいな。いや使いましょうよみたいな。これ最高じゃないですかみたいな。
面白い面白い。
っていうぐらい人をダメにする。
でもこれね、ジャパンぽいね。日本ぽい。
どこまで突き詰める。
親切すぎると。
相手もおもんぱかって作るのよ。
だから学びどころ。よく理科でも言うけど。
理科でもありそうですよね。そういう便利。
めちゃくちゃある。
親切すぎる。
分からせたいのか、学ばせたいのか。
あとは成功させたいのか。だから失敗させたくないんですよ。
本当は失敗の中に価値がある。
それはね、自分なんか言っちゃダメ。自分現場に立ったら人間がそんなこと言っちゃいけない。
市販用の、例えば理科の実験の市販用のキットで、みんなで買うとおまけでついてくる。わざと先生が失敗できる道具があれば。
ちょっと上行くみたいな。おかしいなみたいな。
それいいのにな。勝手に買ってもそういうことなんだな。
だから多分何も家で持って帰ってもできるんじゃない?できるようにしてあるでしょ、きっと。
そうですよね。
なんかそれも日本っぽいんだよね。物作りを基調としてる日本の精神はそこにあるんだけど、
親切心ですね。
親切心ね。
子供はどう学ぶかを考えたときに、その足し引きは僕らに任されてるのかもしれない。
コイル巻くのめっちゃ難しいじゃんみたいな。
10数えて20数えたら次いくつ分かんなくなっちゃうみたいな。
それがすごく時間がかかるとかっていうのはよくわかるんだけど、時間がかかることに価値があるかもしれないじゃないですか。
そうだから間違うことにもね。
だからこれがなあ、機嫌はダメ。
微妙な差があるよね。
でもなんかやっぱり、コイルを巻くっていうこと自体には、その操作自体には問題解決はまたちょっと違うような気がするから本質じゃないんじゃないかみたいな、
そういうふうに、その辺ですよね。
目的とは違うんですね。
目的とはちょっと違ったりするから。
家庭科も全部さっき言ったみたいな劇的な話し合いをもちろんやってるわけでもなく時間数もあるので、理科も同じだと思うんですけど、
その辺のメリハリを教科書使って、ここはこんなふうに膨らませられるよみたいなことをやっていかなきゃいけないんだろうなって思って、会議とかでも話してるつもりなんですけど、
ちょっとシーンとしちゃうときとかも。
教科書も同じじゃない。
より見栄え、見栄えというか、見栄えってそっちじゃなくて、分かるためにバシッと見せたいっていうものもあるし。
審査員の方も学生さんの方も全国の先生ができるから、もちろんこれが大正解なんですけど、ただこれと何かを比べるといいよみたいなことも同時に発信していかなきゃいけないんだろうなって。
マニュアルじゃないよっていうね。
マニュアルとは違う。
ただこのね、いろいろな切り方って載ってるんですけど、調理実習これめっちゃ勉強になると思いながら。
でもね、家庭学会のは、それはさっき横浜先生も言ったけど、いつかは自動になるかもしれない。
それも含めてね。
そのテクニカルな部分は過ぎ去るっていうか、使わなくなっていく。もちろんそれはならなくていいとは言わないんだけど。
その辺りとのせめぎ合いが一番大きい教科じゃない?他の教科にないと思うよ。このぐらい発展が目覚ましい電子レンジとかよ、IHとかよ。
潜ってる人は本当に潜るっていうか、本当に両極端で、いろんなものを手作りした人とかもいるじゃないですか。
味噌もなんとかも。
そっちね。
つけてますみたいな。
いますいます。
だから、とにかく手をかけることに喜びを感じる。大人は誰でもあると思うんですけど、そっちに行く人もいれば、効率よく自動調理機とかのAC部分とか。
でもどっちの人にもやっぱり教科書があるからこそ、刺さるって思いたいなって思いますね。
真ん中はそこにちゃんと教科書があってね。
真ん中だと思うんですよ。
面白い。
新しい家庭、これは東京書籍の家庭科の教科書で、言い忘れたんですけど、横山先生は編集委員をお願いしてるということで、表紙には私が作るみんなで作る明日を作る。
明日を作る。いいじゃないですか。
かっこいい。作るってやっぱり作るんですよ。
そうなんですよね。そう思った。
作るんですよ。
作るってことなんだな。
理科で言うなら工学的な学びですよ。作り手の学びですよ。
そうですよね。
物だけじゃないものが作れるということですね。
時間とか。
なるほど。時間も心もね。
気持ちとか、そうですね。関わりも作れるし。
めちゃくちゃ面白いな。
じゃあもう作る家にしちゃう?
やめて、やめて。ちょっと危ない。
今、中学校が技術家庭が分かれて、ちょっと技術にやられすぎて。
小学校の家庭科もちょっとね、あんまり変なこと言うと。
そういうことね。面白い。でも今ちょっとホットな部分を見ましたね。一瞬ね。
楽しかったな。
楽しかった。またぜひ来てください。
ありがとうございます。
ありがとうございました。なんかね、すごいファンがもう尽きそう。
家庭科ファン増やしてください。
受けたくなっちゃいましたね。
受けたくなりましたよね。
もう家庭科。
もうちょい。あれだ。質問も募集しちゃいます。
ぜひぜひ。
横山先生にこれ聞きたい。
家庭科のね。
僕らでも。
悩んでる先生いるかもしれないですよね、今。だからね、なかなかそういうところまで行けないっていう先生とかも。
あやさんから来ると思います。
あやさんから。
ということで。
本日は筑波大学附属小学校の横山先生をゲストにお招きして、休み時間をお届けしました。
横山先生ありがとうございました。
ありがとうございました。
この番組では皆さんからのお便りを募集しています。
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また、休み時間で取り上げてほしいテーマがありましたら、ぜひお寄せください。
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横山先生の質問もよろしくお願いします。
お待ちしてます。
質問来たらまた出ていいかな。
ありがとうございます。
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この番組は東京書籍の提供でお送りしました。
それでは皆さんまた次回。
さようなら。
ありがとうございました。
ありがとうございました。