AI時代の到来
みなさんこんにちは、おかべです。 もと公務員でオンライン秘書をしています。
この放送は、私のオンライン秘書の仕事や、日頃思うことなどを配信しています。 今日の放送は、
AIの時代だからこそ、愛なのかも、という話をしたいと思います。
AIの時代ということで、今は本当にいろんなAIが出ていて、
いろいろ検索したりとか、何かを作ったり、画像を作ったり、音楽を作ったりとか、いろんなことができる時代になってきていて、
本当にAIがいろんな生活に入り込んできているなというふうに思います。
何かあれば、これまではGoogleで検索するとかでしたけど、 最近は本当に私もAIで検索した方が早いなというふうにも思って、
頻繁にAIを使っているんですけど、
そういう中で、例えば、
子供の育て方だったり、子供と喧嘩をしたけどどうすればいいかとか、そういうのもAIで聞いたりとか、
そういうのもテレビで見たりするんですけど、そういうのを見ていて、自分の中でちょっと違和感があって、
子供って人間なわけで、それをAIがその子供との付き合い方的なところを何かしら答えを出してくれて、
さもそれが正解のような感じで、聞いた人は受け取っていくっていうのをテレビで見ていて、
人ってどこに行ったんだろうっていうふうにちょっと思ってしまって、
別にそれが悪いわけではないんですけど、AIの答えって、おそらく何かしらネットとかどこかで載っている情報を集約して答えを出しているんだと思うんですけど、
だから一般的な答えが出てくるのかなというふうに思います。
なので結果として無難な対応になって、かもなく不可もなく、参考にはなるのかなというふうに思います。
だから例えばその子供が何か反抗的な感じであれば、その子に対して少しあまり火に油を注がずに、
やんわりとなだめるような、そんな感じの対応をしたりとか、
あとは全然違う楽しさを求めて、
そんな感じのやり取りをしてみてはとか、そんな感じの回答だったような気もするんですけど、テレビで見ていて。
それを実践したとして、それが万人の子供に受けるかというと、そうでもないんだろうなって思うんですよね。
結局子供への育て方の悩みとか、反抗期に対応するのが難しいとか、そういう状態だったとして、
その時に何かしらの解決策が欲しくてAIに聞いたとして、それを実践したとして、
もちろんそれでうまくいけばOKだし、そうじゃないこともあると思うんですよね。
そうじゃない時にどうするんだろうっていうふうにちょっと考えたんですけど、そうじゃない時ってまたAIに何かしら聞いて動くのかなっていうふうには思うんですけど、
それはもちろんいいと思うんですけど、
でもそれって目の前に生身の人間の子供がいるわけで、
もうその人とやり合えばいいんじゃないっていうふうに私は思ってしまって、
私の子供はまだ反抗期、多少反抗期入ってきてる気がするんですけど、そこまで反抗してる感じはないんですけど、
でもやっぱり何かしらの長女であれば、彼女の思い、いろんな思うようにいかないだったり、こうしたいだったり、
でもどうしていいかわからないだったり、日々感情が何かしら動いているわけで、
そこに達成する私の感情もあるわけで、その時の感情をお互いぶつけ合って、何かしらぶつかればそこで起きる何か反応というか事象があって、
この子はこういうところでちょっと傷つくんだなとか、ここで怒るんだなとか、そういうのを常に喋って知ることで、それが一つの情報として、
AIもそうかもしれないけど、自分にも蓄積されていくと思うんですよね。
そういうのを取っ払って、AIに聞いて答えを一発出すっていう、そういうような流れが今のこのAI時代は起きるのかなと思うんですけど、
でも私としては古い人間だからなのか、やっぱりその人と向き合って、すごく遠回りをしてでも、その人間と人間のぶつかりの中でその人の個性が見つかったり、
多少ぶつかる以上イラついたりするんでしょうけど、でもそのイラついた中の出てくる愛情だったり、愛情が故の裏返しで出てくる言葉、ちょっときついことを言ってしまったって思っても、
でもそれが結果愛情から出てくる言葉だったりとか、そういうのってやっぱり生身で人間で接してみないとわからないものなんじゃないかなって思うし、
そういう経過が苦手だったりしたくないっていう人もいるのかもしれないんですけど、いきなり良い関係に行けるかっていうと、やっぱりそこは難しいわけで、
反抗期も必要だからこそあるわけだと思うし、反抗期に逆に反抗しないほうが私は不安になるし、だからそういうAIという効率化だったり、本当に合理性だったり、機能的なところがすごく良いと思うんですけど、
でも、だからこそ、本当に人間にしかできない愛情の、愛で繋がることとか、愛を持って思いを伝える、それで多少ぶつかっても、それが愛情の中でぶつかってるっていう、そこがやっぱり人間にしか経験できないことだなって思うし、
愛の重要性
それを逆に飛ばしてしまうと、これから先その関係ってもっと薄くなっていっちゃうのかなって思うし、それこそ相手が何を考えているのかわからないとか、その先にはまたこの前話した不祥事の話が起きてしまったりとか、そういうところにも繋がっていくのかなって思っていて、
結局、話していくと、やっぱり愛は大事だよねっていうところに私はいつもなってしまうんですけど、
何かしら愛を持って伝える、それがたとえ関係性を崩したとしても、愛情のある中での関係性の崩れであれば、いつかそれが戻ってきたりとか、相手がそれに気づいて何かしらアクションしてくれたりとかっていうのがあるだろうし、
何かこんなこと言っちゃったなーとか、何か相手はちょっと怒ってるかなーとか、申し訳ないなーっていう思いの中でまたギクシャクして生活したりするのも、それもまた愛なんじゃないかなって思うんですよね。
それって結局一人ではできないことだし、一人でAIと喋ってるのも今は時代としてできますけど、でもやっぱり人間社会で家族もそうだし会社もそうだし、
いろんな人とつながったり、いろんな人を見たり、見たとしても見えてない部分をまた見るためにも、そこに重要なのって愛じゃないかなーっていうふうに思うんですよね。
だからそういった愛を持って接することで、本当にゆくゆくは、家族もそうですけど、話した不祥事だってもしかしたら少し減るかもしれないし、
それこそ風通しの良い職場なんてよく言いますけど、あれって風通しが良くないから言うわけじゃないですか。
だから風通しを良くしたいんだったら、やっぱり何かしらの策を狙わなきゃいけないし、だったらやっぱり愛を持って人を見てあげることで、
今日なんかちょっと顔色が良くないなーとか、声のトーンが低いなーとか、そこに気づくのも愛だと思うし、
それが何かこの仕事がいつ終わるのかっていう、そこだけ追いかけているんだったら、風通しは多分良くならないでしょうし、
だからこそみんなが風通しを良くしましょうって言うんだろうし、それを言ってる時点で風通しが良くないわけで、
もうちょっと愛を持って人と接するっていうのがあっていいんじゃないかなーなんていうふうに私は思います。
それに付随してAIもうまく活用して、進んでいくっていうふうな関係性が築けたらいいんじゃないかななんて思って、今日はお話をしてみました。
ということで今日のお話は以上となります。最後まで聞いていただきましてありがとうございました。