おちつきクラシック 〜クラシック音楽プロデューサーの谷中イチローです。
KANERIN クラシック音楽素人のKANERINです。 この番組は、クラシック音楽の良さがさっぱりわからない私KANERINが、業界の獣賃谷中ちゃんこと谷中イチロー先生に、いろいろ教わりたいなという
番組です。
はい。
KANERIN 今回、雑談会です。
今日のテーマは、雑談ということで。
KANERIN そうですね。
はいはいはい。
KANERIN と言いながら、この間、なんだかんだといろいろKANERINともやってきたし、収録もそうだし、ちょっとこの間実はリアルイベントでも一緒に、僕の主催イベントに、非公開なんでね、中身は
ちょっと後で説明するけど。
非公開イベントだったんですね。
KANERIN そうですね、非公開ですね。誰も知らないと思う。
あ、そうなんだ。
KANERIN だから、それをKANERINがどう感じたかというのも聞きたいのと、あとはこの間に音楽に対する何か聞き方とかがいろいろやってきてるんで、
本当の最初の中間取りまとめもしてもいいかなとかも思うので、その辺をゆるゆると話せたらなと思ってます。
じゃあまず早速ですね、この間私、柳川一郎がですね、ある面で柳川一郎になって初主催イベントをやりまして。
あ、そうだったんだ。
KANERIN そうだね、主催って意味ではそうかもしれない。クラシック音楽のもちろんイベントなんだけど、それに加えて一応ダンス的な要素と、
あと指揮者の人にも参加してもらって、で様々音楽好きな人やら音楽素人のKANERINやら、いろんな人集まってもらって、
音楽テーマに集まっていろいろやったよっていうイベントでした。ワークショップって言われるようなね、体動かしたり、みんなで話したり。
ワークショップって言うんですね。
KANERIN そうですね、参加型のあるいはクリエイティブな想像的な要素がある、要するに受け身じゃない参加者自体が何か作り上げていくものを一般にワークショップって言ったりするんですけどね。
なるほど。
KANERIN どうでした?
初めて参加しましたよ、ああいうの。
KANERIN なるほど、そうっすよね。最初はさすがに挙動ってた。
なんか場違い感あるな。そこに来てる人たちがどういう人なのかもよくわからないんで。
KANERIN 確かに。
少なくとも普段から音楽に親しんでる人たちだろうなっていう。
KANERIN なあまあなるほどね。
なるほどね。なんか音楽に合わせて踊りますみたいなこと言ってたから。
KANERIN うんうん。
なんかハードル高えなあと思いながら。どんなことやるんだろうっていうので参加して。楽しかったですけどね。
KANERIN ああ本当?
うん。だからそれも全く知らない曲1曲なんとかっていう曲、曲名忘れちゃったけど。
KANERIN 忘れちゃうよね。
うん。聞いたことない曲だったし、あんまりこう盛り上がらないなみたいな曲だったんで。最初じゃあまず曲聴きましょうの時僕寝てたし。
笑って思ったんだけど。まあ3時間4時間ぐらいかけてさ。
KANERIN 結構やったよね。
うん。みんなで振り付けを考えてたんだよね。
KANERIN うんうん。要するにそういうことだよね。
この部分はどうやって踊るみたいな。
KANERIN うんうん。
でそれやってたからもうこの1個知ってる曲になったもんね。
KANERIN おおー。めっちゃ嬉しい感想。
もう踊りが浮かぶもん。っていうかなんかあの時わちゃわちゃみんなでやったなの記憶だけになったんでその曲。それにしか聞こえなくなったんですから僕は。
KANERIN なるほど。いいのか悪いのかちょっと今微妙な気持ちになった。エピソード記憶か。
だからなんか平坦などこを聞いていいのかよくわかんない曲ではなくなった。
KANERIN なるほどね。
こういうふうに体を動く感じになったんですね。
KANERIN めっちゃでもこれもさだから実を言うとあの場に10人ぐらい純粋な参加者5、6人なのかな。いたけど割とその曲知ってる人多かったと思うね。
ああそうなの。
KANERIN 実際には。
有名な曲ですか。
何の曲とか言っていいの?
KANERIN 実際あのパブリックドメインの曲欄でブラームス、ヨハネス・ブラームスっていう作曲家の公共曲第1番の第1楽章のさらに提示部っていう最初のまとまりのところまでを何回も聞いたり。
KANERIN それでさっきKANERIN言ったようにそう曲名がねいかついよね。いかついのよ。
これなんかここで流せないんですかねそれを。
KANERIN ああ全然。
流せそうな曲あったら当てときますか。
KANERIN そうだね。全然流せると思いますよ。これはある。探せると思う。じゃあぜひ。
じゃあなんか練習でここにうっすら後ろで流しつつみたいな感じかな。
KANERIN そうですね。
有名な曲なんですよね。僕は全然知らなかった。
KANERIN 有名なんだけどだからすごくいい題材なのは有名なんだけどとっつきは全然良くないんですよ。
ああ寝ちゃうぐらいだからね僕はね。
KANERIN だからみんな知ってたと思うけどあ知ってる知ってるこの曲だよねこうってみんなノリノリで歌いながらイエイっていう感じじゃなかったじゃないですか。
結構みんななんか楽譜が出てきたけど追えないとかなんかああ今なんだっけみたいな結構ねだから捕まえづらい部分があるのと。
希少転結がよくわかんない。
KANERIN わかりにくい。
ずっと木みたいな。希少転結の木で木のままみたいな。
KANERIN うまいこと言うんだよなこういうとこでさ。正しいこと言っちゃうんだよな。
まさにねでも最初に聞きましょうの時に寝ちゃったんだけど最初からねこの今ちょっと流れてたら是非ちょっと聞いてもらいたいんだけど知らない人も。
KANERIN またちょっとねyoutubeとかで聞いといて欲しいけどなんかこの美女と野獣のおどろおどろした感じの不穏な空気の中。
美女の方が野獣の城に入ってってこれからどうなるのかなみたいな。始まりじゃないですかそれ。
なんかいろいろ希少転結あってなんか最後じゃじゃーんみたいな感じかと思いきやずっとどうなるのかどうなるのかどうなるのかのまま10分ぐらい過ぎるみたいな。
長ぇなこれいつまでやるんだって寝ちゃった。
そういう曲なんすよ。
KANERIN びっくりしました。
解説書いてもそう書きます。
KANERIN つまりだからそれがブラームスのある種の因質さとしつこさ。
わざとなんですね。
KANERIN わざとじゃなくてそういう人なんだと思う。
そういう性格なんだ作風というか。
KANERIN だけどそういう作風なんだけどそれがクラシックの世界ではある意味でメインストリームっていうか王道っていうか一番ポピュラーな作品でもあったりするわけ。
ブラームスのやつはってこと?
KANERIN あの作品自体がまさにあの作品自体がクラシックの中では10本の指ぐらいには入る有名で人気のある曲でもあるんですよ。
へえ。
KANERIN 意外でしょ。
うん意外ですね。
KANERIN ある意味でキャッチーじゃないでしょ。
うんうん。
KANERIN それどころか。
全然なんか聞いたことないし初心者からしたら。
KANERIN 暗いししつこいし長いし。でもある面ではそれがすごいクラシックらしいとも言えるのよね。
ああそうなんだ。
KANERIN だいたいイメージってそうじゃんクラシックのイメージ。暗くて長くてしつこくて。
ああそうそう長いし眠いしみたいな。
KANERIN 寝よくないし寝ちゃダメだしみたいな。
寝ちゃう。
KANERIN だからこそ。
あの時当てられなくてよかったもんね。寝てましたとかって。
KANERIN でもだからこそさ、それを解きほぐす価値もあると思うんですよね。
うんうん。
KANERIN つまりアクティブじゃないわけじゃないですか。なんかこう心というか耳というか。作品に対してもうシャッター下ろしちゃうわけじゃん。眠いってことは。
でもそれをそうじゃなくて音楽と一緒にこう一緒に行くっていうかな時間を過ごすためにはなんか工夫が必要だよねっていうんで今回体を動かすワークを
まあそれを得意にしている人たちそれを専門にしている人たちと一緒に作った。
ダンサーさん?
KANERIN 厳密にダンサーとは自分では言ってないんだけど体を動かすこと。僕は身体表現者と呼んでんだけど。
身体表現者。
KANERIN ダンサーって言葉が割とねなんか前のエピソードではベリーダンスとかさ。ダンサー。
ちょっと妖艶な。
KANERIN ダンサーってちょっとなんか下手するとなんか職なんていうんだろうなちょっと職種としてはなんだろうみたいなちょっとどうだろうみたいな。
やっぱ踊る人って世界の大きな流れで言うとあんまり高貴な人たちは踊らないというか。
なるほどちょっとお金がなくてみたいな。
KANERIN どうしても踊りの専門家ってなった時に歴史的にはいろんな扱いを受けてきてるわけよねそのベリーダンスも。
なるほどちょっとなんだろうアングラな感じってこと?
KANERIN ちょっと下手すると。
夜の女じゃないけど。
KANERIN うんなんか踊り子って言ったらもっとそういう感じね。踊り子さんって言うともはやさなんかチップもらえそうなニュアンス出てくる。
ショーフみたいな。
KANERIN まあまあだから言ってみればね。
そういうジャンルってこと?歴史的にはね。
KANERIN そうそうそう。でそれがダンサーとか踊り子って言葉には下手するとニュアンスが乗っかりかねないので、
ダンサーとは私は言いたくないっていう人が一定数いるのかなって僕は思ってて。
そういう人はなんて言うんですか?
KANERIN だから結構難しくて、踊る者っていう僕の中にあるダンサーさんはある方は、私は踊る者ですっていう。
怪しい。怪しい。
KANERIN その怪しさをあえて一定出していくのもあるし、で僕はそれをもうちょっと文学的じゃなくて、ちょっと交渉ない方すれば身体で表現する人で身体表現者みたいな。
なるほどね。なんかちょっと現代アーティスティックな。
KANERIN そうそうそう。そっちそっち。
かっこいい感じ。アーティストって感じ。
KANERIN そう、まあアーティストなんですよね。
アーティスト感出るね。表現者っていうとね。
KANERIN でも振り付けがあってそれを言われた通り踊るっていうニュアンスがちょっとダンサーっていう言葉にはあって、想像的で自分を表現する手段だっていうなんか強い自分じゃなくて、なんか踊らさ
れてるみたいなニュアンスがでたらあんまり良くないなとは。
普通ダンサーっていうとなんか歌手の後ろのバックダンサーみたいなイメージ。
KANERIN なんかそういうイメージあるよね。振り付けがあって。
あれはもう振り付けが決まってるんですか?
KANERIN 決まってますね。ほとんど。ほとんどの場合は決まってないとぶつかっちゃうからね。隣の人と。
割とじゃあそれは表現者っていうよりは、なんていうんだろう。クリエイターに近いというか。アーティストっていうよりクリエイターみたいな。
KANERIN だからちょっとある職人的な部分があって、つまり技術を必要とするけど、オリジナリティとか作るっていうものは厳密に言うとあるんだけど。
あるんだけど、それが最優先ではないというか、技術的な高さとか正確さとか、あるいは要求通りにやることとか、
だからちょっとデザイナーと例えばアーティストの違いって、デザイナーもちろんクリエイティブな仕事だけど、基本的にオーダーをどう答えるか。そっちじゃないですか。
指示、指令があって指示があってオーダーがあってそれになるべく答えようっていうのがデザイナーだから、そっちに近いんじゃないかなとはあんまり失礼なこと言ってるかもしれないけど。
要望をちゃんと満たす。 まずはそれだよね。
クライアントワークみたいな。 ある種。
そういう要素がついに。それに対してベートベンが特に、ベートベン以降の芸術家がそうであるように、自分をどう表現するか。
そのための踊りでありそのための音楽でありそのための演奏でありみたいなのが、いわゆるアーティスト像としてはやっぱり一般的であって、
ちょっと職人とは違うみたいな。脱職人みたいなところが多分あるんですよね。だから現代の表現者たちは。
自分でこうクリエイティブな発想をして自由に踊るっていうことですか。
そうですね。自分自身が自分の表現を作り上げて。
自分で感じたものを表現するっていうことですね。
そうそうそうそう。そういう感じそういう感じ。
っていう人たちだったってことね。この間一緒にやったの。
どっちかって言えばそっちだね。即興性を重んじたりとか自分の感性を重要視する。
ましてや僕らがやったことは決められた振付をやるっていうんじゃなくて、
みんながまさに一人一人が表現者になろう、クリエイターになろう、アーティストになろうっていう発想で、
音に対してどういう動きが合うかなみたいなことをみんなで考えたりしたわけだよね。
なるほどね。
面白かったですよね結構ね。
面白かったっすね。
あの、まあなんていうか、すごく真面目にやってたんですよみんな。
なんかなんだろうな、要は何やってたかっていうと、フレーズを分解してさ、
じゃあこの似たようなフレーズが何回も出てくるから、
このズンチャンズンチャンズンチャンのフレーズのところは振付をじゃあ次考えましょうみたいな。
なんかこれは、こうなんか混ぜてるみたいな感じだよねとか、なんかファーってやってる感じだよねとか、
なんかちょっとこの重々しい感じもありつつ上の方に行く感じだよねとか、
いろんなありとあらゆるいろんな表現、メタファーを用いながら、
自分の頭の中のものをみんなに喋って、だから体だったらこうやって表現するのがいいんじゃないかみたいなことを、
みんなバンバンバンバンやってて。
あの、まず、なんか恥ずかしいなっていうのがまず僕は。
分かる分かる、そうね。
恥ずかしさを1ミリも出さずに。
アジャコージャアジャコージャってやってる人たちが何人かいて、すげえなっていう。
なるほど。
なんか喋るより先に体動いてる人とかいます?
はいはいはいはい。
ああ、すげえみたいな。
それはアーティストなんですよね。
表現してんですね。
アーティストは動いちゃうのよね。
動いちゃうんだって。
だから、もしかしたら僕、カネリンアーティスト疑惑とか、あるいはカネリンアーティスト計画とか、
いろんなものがもしかしたら今後立ち上がるかもしれないと思う中で、
今のところ、何を置いても、誰に止められても、
まず中心に自分の表現があり、自分がやりたいことがあるっていうのが伝統的なアーティストの在り方なんですよ。
さっきの話と一緒のこと言ってるけど。
だから恥ずかしいとかないのよ。
なるほど。
まず。
なるほど、なるほど。
そう。俺はこう感じたよ。どうだ、みたいな。
それがアーティスト像としてはすごい。
だからアーティストっぽい人が結構いたから、
それをちょっと垣間見たのではないかなという。
そうですね。生きてる世界は違うなと思ったんですね。
すごくそれを持って、
なんかざっくり言うと右脳で生きてる人と左脳で生きてる人たちの世界観。
右脳の集団なんだなみたいな。
そうね。
ところに左脳の常識で普段生きてる僕が入り込んでしまったみたいな感じがしてて。
あーっていろいろ思ったんですね。
なるほどね。
なんか生きてる世界が同じようで違う人たちがいるんだなっていう。
少数派なのかなこっちはって思いながら。
いや、全然少数派じゃないと思うね。むしろ多数派だと思いますよ。
少数派っていうか、僕が多数派で、
あーそうそうそうそう。そっちが少数派。
踊る人たちが少数派なのかなって。でもね、いいなと思ったんですけどね。
なんかね、まあ少数派って言ってもいいし、
でもたぶん経験によって、たぶん3回ぐらい経験すれば、
たぶんカネリが率先して、こうじゃね?とか言ってると思うんだよね。
だからたぶんまだその、なんていうかな、ああいうクリエイティブな場と言ってもいいけど、
それに対する体制というか、慣れがないだけの話で。
お作法を知らないというか。
うん。作法、まあ作法って言ってもいいかもね。脳のモードみたいな。脳みその。
勝手に作法で縛ってんのはこっちじゃないですか、たぶん。
そうね。
そうそうそう。
いろんな常識みたいな。
うんうん。
これいらないんだ、みたいなのが。
そう、ワークショップの。
解除されていく感じかな。
そう、まさにその常識とか、なんか恥ずかしいもそうだし、
いろんな日常縛られてる感覚を1回キャンセルしましょう、みたいな要素がワークショップにはあると思う。
いやすごいっすよ。
うん。
いやもう空気の違いを感じましたからね。
うん。
なるほどね。
そうかもね。
確かに確かにね。
ああ、いろんなブロックかかってると思って。
いいじゃないですか。だからさ、僕一時期さ、カネレン会った時に、
最近僕踊るのが面白いんだよねって言ってて、
踊るってやっぱりその、能的であるし、身体的であるし、
やっぱ先に動く的な話なんですよ、今の文脈で言うと。
体が。
体が動いてなんぼみたいな。
うんうん。
体が先に動いて考えるみたいな。
うんうん。
だからこれって脳の違うモード?
普段のビジネスモードと違うチャンネルBというか、
だからそれ持っとくと、いろんなものを考える、
特に想像的なアイディアとかいろんなものを考える時に、
こっちのチャンネル使えるっていうのは意外と大きいんですよね。
うんうん。
目的でワークショップをやったり経験する人も多いと思う。むしろ。
まさにカネリンが感じた違うモード、普通の常人とは違う、
感性とか直感重視のモードを学ぶ場としては、
それはそれで有効なんじゃないかなと思うけどね。
右脳モードを取り入れに行ってるんですかみんな。
それはね、あると思いますね。
右脳同士もなんかを取り入れに行ってんだ。
またさらに磨こうみたいな。
左脳の人がそこに右脳モードになりたくていくパターンってあるの?
あると思うし、今企業とかでアート取り入れ用がすごく多いのは、
基本的な構図はそうなんですよ。
だって企業の中で直感で行こうよとか言ったらぶん殴られるわけじゃないですか。
そうっすね。
ね、プレゼン直感ですみたいな。
この商品のズバリポイントはなんとなく良さげですみたいな。
直感で良くないですか。ダメなんですかね、それは。
いや、直感は必要なんですよ、絶対。
直感に反することは大体外れてるから。
直感が先にあって、後から論理で組み立てるみたいな。
僕はそれが理想だと思ってるし。
組み立てなきゃダメなんすか、一応。
どうだろうね。
他のまま直感するじゃダメなのか。
もうAIとかがやってくれんじゃない?
AIこう思うから適当に考えてプレゼンしといてみたいな。
うーん、その、でも直感とか一番重要な最初の一行みたいな
思いつきとか閃きは必要じゃないですか、多分。
そうね。
多分ね。だからそれ以上のことは部下がやってくれたり、部下のいる人は。
その、下請けがやってくれたり、AIがやってくれたり、色々するんじゃないかな。
僕もそう思ってるんですよ。まず直感があって、それをやりたいがために論理を組み立てて、
周りを説得するなり自分を腹落ちさせるだけであって、本来いらないんすよ、それ。そんなの。
別に直感でそれやるだけなんで。いちいち説明コストかけさせんなよ、UNO側にみたいな。
佐野のやつ勝手にやってろみたいな。感覚じゃないですか。
その通り。
そこのコスト邪魔だなあって思いますね。
それってでもさ、かなり昔からそうだったの?
昔からかわかんないけど、僕は資料とか作ったことないですね。
ああ。
今でもそうですけど、僕なんか資料作ってとか言われたりしてますけど、一切全く作らないし、
なるほど。
作ったら作ったらなんか色々言われるのがうざくて、そこどうでもいいんでみたいな。
確かに。
考えるな感じろみたいな感じがあるけど、でもなんかその大多数のビジネスの世界の左脳で回ってる人たちに理解をさせて、
自分のやりたいことをやるためには、一応のお作法として必要なものなんですかねっていうのはあるけどさ、
そうね、なんかその色々ロジカルに考えて考えて出す答えがここなんですじゃないですか。
すごい無駄な気がしちゃって。
僕だからその仕事でまさに直感的だったりあとは身体フィジカルなことをやってると思ってるんだけど、
どうしてもそういう言語が、だからカネリは全然仕事もしかしたらやってきてることは違うけど、
なんとなく話が通じるのはもしかしたらその感覚を大事にしてるし磨こうとしてるし、
まずはインスピレーションありきでしょ、直感ありきでしょって思ってるから、たぶん通じるものがあるのかなって今思ったけどね。
そうですね、その警察の刑事の時の仕事ですら僕直感だと思ってて、
結局どうしてもやらなきゃいけない事件とかはあるけど、あとは言ってみりゃ裁量なわけですよ。
どの事件をやるかみたいなのって選ぶし、これはまあええやって言うのと、ええやって言うとあれだけど、
どれをやってやるかみたいなのって感性だと思ってて、やりたいからやるんですよね。
やりたいからどうしてもこいつを逮捕したいから、めちゃめちゃいろんなことを勉強していろんな角度でせめてこいつを逮捕できるような材料を揃えるっていう、
今思うのはそうだったなと思って、やりたいがあって組み立てるんですよね。
それで犯例とかめっちゃ調べて何とかしていける道を探って、この道でこいつパクりますって言って、前例ないけどいけますみたいなの持っていくみたいな。
めっちゃクリエイティブだ。
クリエイティブだよね。僕結構ね、めちゃめちゃ勉強してたんですよ。
まあそれはなんか若くして承認していくと経験が足りないからもう圧倒的な知識で黙らせるしかないと思ってたんで。
もういじめられるんで、そんな若い承認していくと。っていうのもあったし、それはでも結果あるんで。
自分はその、なんか誰もやったことないみたいなのとか、マニアックなやつとかをやるのが好きだったんですよ。
それ以外あんま面白くなくて。
クリエイティブでか。
面白いとか面白くないとかっていうと語弊があるけど。
わかるわかる。
でも、やっぱこんなのでこれいけますみたいな。こんな事例あるかないかわかりませんけどちょっとやってみたいんですみたいなのが結構ワクワクするじゃないですか。
面白いね。ベンチャーというかさ、起業家精神みたいなところが刑事の時代からあったんやね。
あったのかもね。浮いてましたね。浮きまくってたね。
面白い。
でもやっぱそうなんだろうなーと思ってこれがやりたいって思ったから、やれるロジックを後から組み立てるパターン多かったなーって思ってて。
だからなんかそこの説明コストにかけることを全くちょっと本質的じゃないなとか思ってしまって。
その点さ、僕らの業界ってほとんどそっちの人見ていただいたようにね、インスピレーションだったり直感だったりっていうことを重視してる人たちばっかりだから、
めちゃめちゃ回転早いなと思ったっすね。
早いのよ。
余計なことしてるものがないからもう脳内でシナプスがパンパンパンパンのパーンであれだよねあれですみたいな。
アーティストの会話ね。
言語化とかいちいちしてないからみたいな。
そう、してらんないし感じられないんだったらいいですみたいな。
直感って早いのよねまず圧倒的に。
僕だから直感もロジカルに説明できると思ってる派なんだけど、直感とは何かは何もなんていうの、カルトじゃないオカルトじゃないと思っている派なんだけど。
大六感みたいな感じじゃなくて。
そうそうそう、霊的なスピリチュアルなっていうんじゃなくて、人間のまだ説明しきれないような能力であり可能性であり、すごい最短でゴールにたどり着くようなのって、でも経験的にはそういう能力っていろ
んな面であったりするじゃないですか。
僕それの一つの典型的はまさに警察絡みなんだけど、僕この話大昔かねにしたかもしれないけど、見当たり捜査ってあるじゃないですか。
見当たり捜査、はいはい。
これまさに100人、200人、300人いる人の中で探してる犯人をあいつがあそこにいるって見つけるようなタイプの能力って人間には必ずあるんだけど。
そうですね、見当たり捜査ってあの致命手配犯とかの顔を覚えて、街中とかそういう競馬場とかそういう奴らがいそうなところにこうひたすら人の顔を見て、あいつだって。
見つける人よね。
見つける専門の捜査官とかもいるぐらいの見当たり捜査って言うんですよね。
だから警察はさ、そういう普通の人はあんまり発揮できないけど、そういう特殊、一見特殊な、でも人間には備わってる直感的な情報を取る能力があるって、それは認めてるわけよね。
警察ですら。
だから一人ずつ見てくっていうよりなんかこうパッて視界に映ってる中で、その脳が見えてるから、あいつとここ一緒だみたいなのを感じる能力があるってこと?
そういうことね。僕の理解というか僕の感覚だと、人間ってまず視界に入ったものは一旦全部記憶してるらしいんですよね。
あーなるほどね。
視界の中に入った。ただしほとんど必要ないから全部、ほとんど捨ててるんですよ。
はいはいはい。
でも逆に言えば1000人パッて見ても、1000人は一回頭が自動的にコピーしてるんですよ。スキャンしてるんですよ。
はいはい。
でもそのスキャンデータを使わないで捨ててるっていうだけの話。でもそういう能力のある人はスキャンしたデータをちゃんとスキャンしたものの中で必要なデータを取り出せるっていう能力がある。あるいは慣
れている。
それは能力、もともとの能力っていうのとあと慣れもあると思う。
慣れもあると思うね。
訓練して開発できるもんなんだ。
ある程度できると思いますよ。得意不得意はあるんですよ。
なるほどね。見当たり捜査ってそういう能力の開発をした人たちがやってんだ。
そうじゃないかな。
一人ずつ見てくんじゃないんだね。
一人ずつ見たら追いつかないですよね。
追いつかないよね。パーッと見てよく見つかんなみたいな。
僕だから100人ぐらいだったら割と知り合い見つけられるタイプなんですよ。
ああそういうの、伊豆に行ってましたね。
そうそうそう。大昔行ってたでしょ。
見当たり捜査員になったらいいんじゃないの?
能力を鍛えたい。でもそれは実は理由があって、
オーケストラって大体80人とか100人とかいるわけですよ。
毎日その人たちのリハーサルをスタッフとしてある時期毎日見てたのね。
そうすると100人が常に司会に入ってるけど、
その中のたった一人がなんか調子悪そうだなとか困ってるなとか怒ってるなとか、
そういうのを誰か一人を注目するんじゃなくて、
100人の顔同時に見て、なんか違和感を感じたら見つけるっていう訓練を知らず知らずしてたのね。
なるほどね。そういう訓練になってたんだ。
訓練をいつの間にかしてたっぽくて。
でも元々そういうのが得意だっていうのもあったと思うんだけど、
東京とかでそれこそ本当に100人向こうから来る時に、
わりと知り合い見つけるなってことに自分で気づいたんですよね。
すご。わーって見てて、あ、ここにいるみたいな。
ぼーっと見てると、なんか視覚の中じゃなくて頭の中で、
いるよってなんかひらめきみたいのが発火するんですよ。
なるほど。脳が見てるから、そこがチリチリって反応してんの。
そう。知ってる人ってさ、0.01秒ぐらいでさ、
あ、久しぶりってなるじゃないですか。会った時に。10年ぶりとかでもだいたい。
そういうのが向こうから来る人たちの中で、あ、久しぶりっていう回路がピカって光る感じ。
へー。そっち見たら、いた。
なんか今の中に俺知ってる人いるみたいな感じで。
あいつがいるまでは行かないんだ。
いやいや、あいつがいるも、その時に光った時に、
え、これって誰だろうって考えると、分かったりするみたいな。
分かんないけどその能力今あるから。
その感じが。
そう。でもね、だからなんとなく見当たりそうさって分かるし、
それって直感と、なんか普通の認識能力との間ぐらいだと思うんですよね。
それをもっと極めていくと多分、もっとすごい直感が。
直感というものは、そういう、なんだろう、はっきり認識できないけど、
人間の能力として、今の私、視覚だし、あと何?匂いとか耳とか?肌とか?そういう互感?
まさしく。
で、認識できてないなんか、でも感じているものがある。
思い出してほしいのはさ、かなりこの辺だと第1回でやったけど、
聞き取れている音、聞き取れていない音ってあったじゃないですか。
あったっけ?
あったじゃん。なんか隠れ…ゴリラの話よ。
ゴリラ探しやったじゃないですか。
ゴリラ探しね。なんか注目すれば聞こえるんだけど。
で、ゴリラを全く最初から最後まで気づかない人もいるし、
ゴリラがいるって気づいたら今度はゴリラを積極的に捕まえに行った結果、
いつでもゴリラが捕まえられるゴリラキャッチャーもいるわけだ。
で、それってある種認識能力が開発されているわけですよね。
なるほど。開発できるんだ。
できるんですよ。
その知らない曲でもゴリラを捕まえやすくなるってこと?
ゴリラを捕まえるという一般的な行動はやればやるほど強化されてくるから。
ゴリラを捕まえるって何でしたっけ?
忘れてた。ちょっと待って。
何でしたっけ?
カネリンが言ったじゃん。
ちゃんとね。リスナーさんもちょっとついてこないかなと思って。
リスナーより。
言いましょう。カネリンが言ってくれたのは、
なんかみんながボールをパス回ししてたらってやつだよね。
そうそう。YouTubeの動画でさ、
この5、6人ぐらいの大人がバスケットボールをパスしている回数を数えてくださいっていう。
これちょっとネタバレになっちゃうけど、まあもうネタバレ1話で済んでるからね。
で、必死に数えてるんだけど。
で、映像が終わってさ、今あの真ん中をゴリラの着ぐるみの男が歩いてきましたけど気づきましたか?みたいな。
あっ着ぐるみだったんだ。
みたいな感じ。
うんうん、オッケーオッケー。
全然気づかなかったけどって。
もう一回見てくださいって言うと、途中でなんかゴリラの男出てきて、
で、みんなパスしてる中入ってきてわじゃわじゃやって、で通り過ぎていくんですよ。
え、これ本当に一緒の映像?って巻き戻してみて、本当にこんなのやってるんですよ。
全く気づかないんですよね、最初。
でも気づいたらもう何回見たってゴリラは見えるんだけど。
面白いね。
それが面白い現象だなっていうのがあったから、
ああ、でそれでクラシックの話とどう通ずるんでしたっけそれが。
僕がその時に言ったのは、クラシック、特にその大人数で、
まあクラシックって音が結構多いんですよ、同時にたくさんの音が鳴ってる。
ああ、そうですね。
50人になったら50個音が鳴ってる。
そうそうそう、ましてオーケストラだと本当に音の数が多いんだけど、
基本的にはそんなたくさんの音を人間って認識できないから、
割と一番目立つメロディだけを聞いてるパターンが、まあ多いでしょうと。
はいはいはい。
でカネリンは、それよりはちょっと実は何て言うかな、トレーニングされて、
何でだろうモーツァルト嫌ってほど聞いてきた経験があったから、
実は低い方の音、高音に対して伴奏っていうか低音がどう動いてるかは、
割と認識できてるんですよね。
はいはい。
でももう一個あるよっていう話をしたんですよ。
おお。
上と下の間の真ん中辺で動いてたり、全体の中を支えてる、
実はここにラスボスいるよ、クラシックではこの内製とか、
裏に一見隠れてるやつが全体を支配してたりするよ、みたいなヒントをお出しして、
それ見つけてみてって言ったら見事に、あれ、こんなとこにこんなパートいるみたいに、
それってまさにゴリラ、今までいたのに気づかなかった、
ゴリラを見つけていく作業だよねみたいな話だって。
なるほど。
じゃあゴリラ探すかみたいなことで、キーワードで。
そうかそうか。そういう、なんだろう、脇役みたいな楽器があるんですよっていうことか。
注目しないと聞こえなかったりしちゃうんだ。
そう、注目しないと存在に気づかないんだけど、めちゃくちゃ実は重要だったり。
そうかそうか。なくなってみて初めて気づいたりとか。
そう。
ああ。
今のすごい、でもゴリラの話って面白いのは、誰もが言われたら気づくし、気づいたら永遠にわかるじゃないですか。
でも言われない限りわかんないし、ってことはないのと一緒、気づかない人には、
それってすごく、例えば見当たりとかいろんなことと通ずるような気がするのね。
なるほどね。今のってモーツァルトのアイネク?
アイネクライネの時と、あともう一個聞いたよね、モーツァルトの。
そうそうそう。
それをキーワードにじゃあ次の曲もゴリラ探そうぜみたいにしたら、
ちゃんと見つけてくれてすげー嬉しかったのよ。
ああ、そっかそっか。見つけたんだ俺。記憶ないわ。
そっか、俺今日また一つカネリンのことわかったわ。
何何?
忘れちゃうんだね。
すぐ忘れる。過去を振り返らない。
じゃあ今回振り返りかえながらあんま意味ないってことだね。
いやちょっと記憶を思い出されながら。
よかった記憶強化できて。だからなんか直感が意味ないって思ってる人って、
ゴリラなんていないって思ってる人だろうなって思うわけ。
なるほど。
でもいるんだよゴリラはその中に。
ああそっかそっか。見えてないだけで。
見えてないだけで。
あるんだよ。
うん。なんかそういうことと、そのぐらい直感ってある人には当然あるんだけど、
ない人からするとゴリラなんかいないでしょって話となんとなく似てるなと思って。
でもアートとか芸術とかクリエイティブなものを作るときにはゴリラがいるかもしれないっていう視点はすごく重要なんですよ。
ああゴリラがいるかもしれない。つまりそれはなんだ。
ゴリラがいるかもしれないっていうのは自分たちが気づかないより重要な要素が誰もが気づいてないけど奥に隠れてたり、
でもそれを知ることで全体が全然違って見えてくるような鍵みたいなものがあったり。
じゃあ一見全然認識できてないけど何か認識逃ししている重要なものがあるんじゃないかって探しに行くのが大事?
おっしゃる。
でおっしゃる通りでそれがあのワークショップの場でも起きてたのはみんなその鍵を見つけに探しに行ってたわけ。
そんな壮大な話だった。鍵を探してたのかみんな。
この音楽を体に移す時に何が重要な要素、一番重要なこの音楽におけるゴリラは何かみたいなことを探してたんじゃないかなって僕は評価してるけどね。
なるほど。だからそれをダンスというか体で表現をするってこと?
あの場では音を動きにしようっていう。で音を動きにする上でじゃあ音楽の何を聞き取ればいいんだっていうさことじゃないですか。
そうねなんかいろんな鳴ってるしねいろいろな。どこに注目するのか。低いとこのどんどんどんなのかピロンピロンなのかみたいな。
この今の鳴っているあたりフレーズなり音楽の中で一番大事な重要なプライオリティの高いものは何かを見つけるゲームだったと僕は思ってるんですよね。
なるほどね。そうなんだ。
そう。だから直感的だしみんな擦り合わせていくんだけど最終的にはああなるほど確かにそうだよねってある程度は歩み寄れるっていうか合意できるのはそういうことなんじゃないかなって思ってて。
なるほど。
それを見つけるゲームだからみんな早受け。いやこっちじゃない?いやこの要素のほうが大事なんじゃない?っていうことを多分やり合ってたんじゃないかなって思う。
それってすごい直感的な作業。直感の擦り合わせというか直感の精度を上げるというか。
めちゃめちゃすごいことやってんだな。
意外とね。
なるほどね。
その右脳の常識からいくと左脳か。何を遊んでんねんっていうその話ですよね。だからなんか会社でそういう研修しましょうみたいなのを何を遊んでんねんみたいなふうに思われると同じような。
そう思われるんですよ。
なんかそれってさ最近ちょっと文脈違うけどあのビジュアル進化っていう話を耳にしたのよ。
あるね。
今なんだそのイメージで物事を考える人?図形とかなのかっていうイメージでさ。言語じゃなくて。それと似たような話なんですか?
あの共通点はあると思う。
言語で思考をするとかっていう人はビジネスの場でも当然そうだし、いわゆる左脳みたいなイメージで今言ってるんだけど。
わかるよ。
その踊りたりとかっていうのは完全にイメージの。いちいち言語化しねえから何やってんのか外から見てわかんないけど言語を話者からしたら説明してくんないと何もわかんないじゃん。何が起きてんのかもわかん
ないじゃん。
でもすごいことやってんだよねって。そのビジュアル進化の中ではすごいことをレイヤーの高いこと。
それはなんかビジネスの場で言ったらなんかわかんないけど、すごい難しい戦略会議みたいなのでいろいろわちゃわちゃやってるのに等しいようなレベル感のことをやってんのかなっていう。
それが左脳の人からしたら遊んでるようにしか見えないっていう感じなのかな。
まさしくそうかなと思うし、カネリンがいやいや直感でしょとさっき言ってたじゃん。一方でさっきの話題の中ではカネリンはどっちかっていうと直感を信奉する。
左脳主義だというふうに言ってたけど実はいや説明ってのはさ後付けでしょ。本当はいらないんじゃないのっていうのもまさに右脳的だし直感的。
それを信じてるわけだよね、肩や。そういう直感や説明なんて本当はいらないっていうのも信じてるから面白いなと思って、右脳左脳。
そうですね。僕が左脳的だなって思うとこなんかあるっすか?恥ずかしいみたいなとこ。
いやいや、カネリンが左脳的だと思うところ。左脳的、左脳話者からするとって自分を言ってたよ。左脳人間からするとみたいな。
自分はちょっとどっちかよくわかんないんだよね。 面白い。それはすごく面白いと思ってて。
ちょっとこの間仲間うちとちょっと喋ってたときに、ビジュアル進化の話が出たときに、俺ってどっちかなって、いやいや、完全に言語、言語進化でしょって言われたのよ。
俺ってビジュアル進化かなって言ったら、いやそんなわけないでしょ、完全に言語ですよって言われたんですよ。
なるほどね。 えー、そうなのかなと思って。
だとしたら、その切り分けはビジュアルか言語かっていう、なんか二者卓一じゃないっていうことだっけ。
それ二者卓一でも構わないんだけど、それと直感的であるかすごく構築的であるかっていうのは、こういう話だと思うんだよね。
ビジュアル進化の中にも、もしかしたら構築的なビジュアル進化もいるし、言語、かなりは言語っていうのが自分の中の最も重要な多分パーツとしてあるし、表現手段今のところ言語じゃないですか。
まあもちろんその服とかいろんなものが表現なんだけど、たぶん自分は言葉を使うものだ、踊るものだって言ったように話すもの、語るものだと。
でも語るのが、すごく構築的にすごく論理的に組み立てて組み立てて組み立てていく人もいれば、直感ドリブンな人もいるわけだ。
直感ドリブン。 インスピレーションがあって、それを言語に落としていくタイプの人もいるわけだよね。
だからなんかビジュアルかアンチビジュアルかっていう2極でなんだ違うのかって思う人は全然なくて。
そこはまた別の軸の話なのか。 おっしゃる通り。だから僕も結構ペラペラペラペラ喋るけど、基本的に構築的ではなくて、
やっぱりカネヤンと似てるんだけど、インスピレーションをどうしたら言語に落とせるかって考えている。人に伝えるには言語がいるから。
この営み、このポッドキャスト自体がまさに自分のインスピレーションや直感やこうだと思っていることを、
人に分かる言葉に変えるにはどうすればいいかという営みだと思うから。
そうっすね。 そこの点において多分カネヤンとは本質的なとこがすごく通ずるんじゃないかと思うけどね。
言語化みたいな話か。 そう、言語化っていうのは言語じゃないものを言語化するわけでしょ。
そうだよね、イメージとかね、感覚とかね。 でも言語しかないっていうか、言語主義者は言語化じゃないのよ。言語なんだよ。
え、何が?言語主義者? 言語が全てだっていう人は、言語化っていうのはバケルだから、
全部言語だもんね。 そうそうそう、最初からコンピューターが01化っていうのはないわけだ。01出てきてから。
そうだね。だからそれってあれだよね、完全に言語化能力を鍛えるみたいな文脈って、
今この世界が言語で考える人たちが有利なようにできてるから、そうじゃない人たちがすげえ不利で、
だからそうじゃないビジュアル進化の人たちは言語化する能力を鍛えましょうみたいなこと言われてて、すげえムカつく世界なんだろうな。
ああ、それは面白いね。でもそうだと思う。それはやっぱり言語化っていうよりは、言語だけを信じている人。
言語だけを信じている。 言語信者みたいな、言語で表現できることが全てであって、
言語化できないものを我々は文章文章と言語に落とそうとしてんだけど、
そもそも言語で言えることが全部でしょっていう人たちとは全然やっぱりちょっと違うと僕は思うわけ。
つまり言語で言えないことがいっぱいあるよねっていう感じ? そうそうそう。それを前提とするか、
だから要するにゴリラはいる、まさにゴリラなんですよ。言語の人たちはゴリラいないってことなの。
自分たちが見えないものはないって話なわけ。見えないことはないんだって話なわけ。
言語になっていることを過信しているみたいな。なんかあの科学の話とちょっとまた似てますよね、関係性。
とても似てる。うん、とても。 科学で説明できないことはもう全部オカルトっていうか嘘ですみたいなの。
まあ解決できないだけで、後から解明されて科学になっていくかもしれないけど、いっぱいあるじゃん多分。
そういうことと似てますよね。 基本的な構造は全く同じで、結局言語化っていうのは、なんかそう面白い、これは最近動画とかでさ、
最先端の物理学者とかに言わせると、数学っていうか数式っていうのは言語だよっていうわけなんですよ。
数学は言語。 数式とか、数学ってぐわーって長いさ、式を書くじゃないですか、数式。あれって言語なんですよっていうわけ。
でもそれって確かにそうで、何かを表現するための手段であって、一個一個が何かを示している記号であるっていう意味では、それが言葉であっても言語であっても。
なるほど、別に数字であっても。 そうそうそう。だからこそ裏を返せばAIは言語でのやり取りができるのは、言語自体がある種数学、数式的に分析可能だからAIが多分わかるんでしょ。
僕よくわかんないけど。 そういうこと。そういうことなんですか。
ロジックでは、ロジックで考えるとね、わかんないんだけど。だからそこに大きな、数式を信じる人と言語を信じる人は多少、多少違いでも本質的なのは同じで、説明可能じゃないものはないし、存在しないっていう
感じ、まさに。
何かしらの言葉なり記号なりで、記号って言えばわかりやすい。 そうだね、記号だよね。
記号なり言葉なりで説明ができないものは認めません、みたいなね。 ないのと一緒、ないですっていう話。
でもどっちかっていうと直感だったり、あるいはクリエイティブな、今世の中にないものを作り出すタイプの人たちっていうのは、そこに行間っていうか記号化できない何かがある、今記号化されてないものが
あるっていう前提に立って、だから作るんだよね、ないもの。
されてないし、頑張ってしても劣化しちゃうし、正しく伝わらないし、みたいなことだよね。なんか、無理やり言語化して解像度落とすみたいな。
そう、そこが僕、例えば僕はそういう仕事、つまり音楽を語らなきゃいけないっていう仕事の宿命で、あるいは芸術を言語化するっていうことの、そもそもの矛盾はあると思ってんだけど。
なるほど。そもそも、だから説明して感じるんじゃなくて、感じてくださいみたいなとこってことね。
そうなの。
でももう、作能モードになってる人にはもう説明がないと聞けません、みたいな。美術館と一緒ですよ、なんかね。説明を見ないと何も感じられない人。説明いらねえっていう感じに行く人みたいな。
だからそこでうまいことバランスよく言えば、直感で右脳でもわかりましょうね。でも作能でロジカルに情報としても分かろうね。
そうすると両脳生きるからよくね、みたいなのがすごく合理的な考え方かなとは一旦思うかな。直感だけで言っちゃうやつはやっぱり人と共有できない恐れがあるし、
作能の人はちょっとつまんないっていうかな。広がりがないみたいな。
そう、なんか右脳的、作能的って生まれながらの特性あるのかもしんないけど、僕もそうだと思うんだけど、なんか長年の教育というか常識の補佐法にこうやられちゃってて、思い込みが激しいかもしんない。
そうだと思いますよ。だからワークショップとか繰り返しになるけど、絵を描くことそのものもそうかもしれないし、アート的な表現とかクリエーション作り出すこととか、そういう答えのないことに取り組む。
しかも一生懸命。
うん、一生懸命したね。会社の戦略会議みたいな一生懸命さでしたよね。 そうそうそう。あれがまさに右脳のトレーニングと言っても過言じゃないんじゃないかっていうのが僕の説明ですかね。
でなんかこれをね、多分リスナー目線というか、大多数のビジネスマン目線で言うと、それが何の役に立つんですかっていう話だと思うのよ。何か役に立つんですか?
すごくメタに大きな体操なことを言えば、まさに今の直感的感性的な、僕は芸術が面白い、音楽って面白いよねって思うのは、かたや直感的でフィジカルなんだけど、かたや説明可能でロジカルなんですよ。
ちょっと待って、もう一回言って。 ごめんなさい、言葉が多かった。つまり右脳的なのと左脳的なのが両立してるし、両方必要なのが芸術とかグラフィック音楽、まあ音楽全般。
両立してるんですね。 だから僕一生懸命説明したりもしてるじゃない。これはねこういう構造でこうなって。
でもそれだけ言ってるわけじゃなくて、そっからインスピレーションを得てこういうふうにも聞けるよねとか、そこにはなんかこう、行間みたいなものがあったりすると。
だから直感的で説明しきれない部分と、ちゃんと理屈があって説明できる部分の両方があるのが、芸術に触れる面白さっていうか、芸術をやる良さだと僕は思ってて。
だから別にその音楽を一生懸命踊ることそのものがゴールじゃなくて、例えば例えて言うならば音っていうもの、音楽っていう構造物と自分の体をどう使うかって一見関係ないとも思えるものを、
結合していく作業をやることで脳が鍛えられるって話なんですよ。脳の基礎的な。
今イメージ脳の方ですね。イメージ脳の方が鍛えられる。
右脳と左脳の多分ブリッジが鍛えられる可能性が高いんじゃない。
ブリッジ。
脳幹っていうやつね。
それが鍛えると何か役に立つんですか。
なんかいいですか。
いいよ。
役に立つんですかみたいな疑問絶対わかると思うんですよ。役に立つならやりますけど、役に立たないことにうつつ抜かしてる暇ないんですみたいな。わかります?
教養としてのなんとかっていう本のブームを感じる。
わかるわかるわかる。
教養としてのクラシック音楽みたいな。なんだそれみたいな。
なんだそれって言ってんじゃん。
ブームあるじゃないですか。気持ちもわかるし。
そうだね。
なんかそういうものじゃないのかもしれないけど。
なんかそういうものじゃねえんだよってことならそう言ってほしいし。
でもこれをやったらこんな風に役に立つっていう面もあるんですよみたいな何かがあるんだったらそれも教えてほしいなと思って。
そうだね。あると思いますよ。あると思います。
ある。
あると思います。
なきゃなんかそれは遊びでしょみたいな。
その答えは一つね、今のような答えを求める議論において、
芸術、右脳的な働きを重視してやりがちなことは、
メタファーで捉えるっていうこと自体があるんですよ。
メタファーで捉える。
メタファーで捉えたりメタファーで説明したりする。
僕結構例え話をすると思うんだけど。
例え話ですか?
メタファーっていうのはそうそう例え話っていうのが一番近いと思う。
分かりやすいと思うんだけど。
メタファーを使うっていうのは結構芸術のすごいよくある手段というか。
例え話で解説するってこと?
例え話を用いて相手との間に何か共感、理解できるようなアプローチをするっていうのかな。
直接的な説明じゃなくて、
ある収録会で音楽倍速で聞いていいの?っていう質問に対して、
ラーメンにお湯入れたら親父に殴られるよねっていうのは、
ラーメンにおけるスープの濃さを音楽の音楽的な良さっていうことと置き換えた。
メタファーなんですよ、それがね。
誰にも分かりやすいような例えに。
まあ言わばそうそうそう。
音楽のテンポを変えちゃいけない理由をこうだからと説明するのは非常にロジカルな話だけど、
理屈だよね。
例えば周波数がこうなるとか。
音楽理論的な話とか。
心理学的にとか、あるいは聴覚の耳の仕組みがねっていう説明も可能なのだろうと。
そうねそうね、そういう説明を求めてたのよ僕は。
でも僕そういう説明しないの。
しなかった、不満です。
ラーメンにお湯入れねえだろっていうのが一番早い。
それは音楽はラーメンじゃねえだろっていう反論なんですよ。
音楽はラーメンなんだよ。
両方必要なんじゃない?
両方必要。
だからそれは例えてみるならラーメンにお湯を入れるようなもんだよと。
でももうちょっと詳しく言うとこの周波数がどうで、心理学がどうで、こうだからダメなんだって。
僕はどっちかっていうとそっちが欲しいんですけどね。
ラーメンじゃねえだろって。
説明好きなんじゃん。
どっちなんだよ。いらねえって言ったじゃんさっき。
いやそれは欲しいですよね。
僕が自分が説明するのはやだけど。
ずるいやん。
それはなんか理解をしたいみたいな。
それは多分、なんで理解したいんだろうな。
やっぱりなんか理解したいよね。
理解しないと腹落ちしないみたいな。
でもそれなんか裏から理解したいんだけど僕は常にね、正面じゃなくて。
逆に言うと音楽以外は早回ししてもいいっていう理屈なわけじゃないですか。
そうだね。
それなんでだと思う?
どうして音楽以外のことは早回ししても許容される、それが決して間違いじゃないって言える理由はなんですか?
こういうトーク番組的なやつだと、喋っている文字情報がコンテンツだと思ってるからですよね。
そうですね。
だから何だったら文字起こししたやつ読んでもいいんじゃねえのぐらい感じですよ要は。
でも意外とそれやると頭入ってこないから、しょうがねえから早回しみるかみたいな。
でもそれが答えじゃない?今全くその通りなんですよ。
つまり文字起こしでいいじゃん。でも文字起こし入ってこないっておっしゃったじゃないですか。
入ってこないですね。
音楽はそのテンポで聴くと入ってくるように設計されてるんですよ。
設計がね。
もっと言えば演奏者はまさに自分が弾いてるこのテンポであれば、この音量とか音の一つ一つの音の切り方とかっていうのを
音響心理学みたいなことを本能的に使いながら音の連続を音楽として聴くっていうのは基本的には記憶と密接につながってて。
記憶。
記憶。前の音がこうだったということを前提に次の音を聴くから初めてそこに関係性が生まれるのであって。
今まで明るかったのが暗くなったぞみたいなのとか。場面が変わったなみたいな。
例えばそう。そういう話をずっと聞いて、構造どうでした?最初こう始まってそれがこうなったようになってっていうふうに記憶をベースにして変化したりしてるわけじゃないですか。
それが初めて音楽なわけですよね。
ロジカルに言えばそれが記憶がなくなっちゃうぐらいゆっくりに例えば分かりやすいのは倍速で言うとなんとなく人間って倍にしても分かるって思うけど、
じゃあ4分の1のスピードで聞いたら人の話って聞けると思いますか?きついよねまず。
勝ったるい。
勝ったるいでしょ。
早く喋るよって。戦場カメラマンかよって。
戦場カメラマン。
なんか有名な人いたよね。ゆっくり喋る人。
で、まずだから遅くするのはなしだっていうのは分かるじゃないですか。その意味では。話変わっちゃうわけですよ。
そうなね。それはなんか現代人がせっかちだからじゃん。
それはあると思うし、じゃあ早くするのはいいのかっていう問いに対しては、確かに遅くするよりは早い方がマシだと思います。
でも早くしてもあまり問題がないのは、言葉っていうのが一応それなりに明確に何を示すかっていうのがだいたい決まってるから。
早くてもね。それはだから情報としての価値みたいな。
情報としての揺らぎなさみたいな。
大きい。
だから文字起こしても究極いいじゃんって言ったのはまさにそうじゃん。
だってそれはどういうゆっくり読むか早く読むか分かんないものでも、基本的なものは一緒でしょって信じてるわけだよね、カネリが。
情報を得るため、そういう情報を得るために聞いてるんでしょうがあるからね。
それあなたの怖い色でリラックスするために聞いてるわけじゃないみたいな。
でも実際には違うよね、多分。カネリンの番組を見る人が、全員カネリンの出してくる情報をいかに正確にキャッチするかっていう思いでは聞いてないと思うんだよ。
なるほどね。
そこにはカネリンの声のトーンとか語り口とか、間とか、そういうある抑揚とか、ここはでかい声で言ったなみたいなこととか。
はいはいはい。
今言ったような要素って全部音楽的な要素なんですよ。
間とかね、抑揚ね。
間、抑揚、ボリューム。
それが全部確かに崩れるよね。
そう、あるフレーズ。
こっからここまでで意味が繋がってんだなーって。口頭点も丸もないもしさ、文字起こしだったらさ、わけ分かんないじゃん。
日本語は壊れるじゃん。
でもスピード、テンポを変えるっていうのは下手すると、ここで間取ってたのに間がなくなっちゃったりするわけだよ。
そうだよね。
ほんと結構だから、1.5倍とかにして僕も人の番組聞くことあるけど、2倍とか。一生懸命言ってることを脳内に流し込んでいくみたいな感じだもん。
喋ってる内容をインプットしていくみたいな。その人の欲望とかどうでもいい。
だからそれは情報だけ欲しい人の振る舞いだよね。
で、音楽はどっちかっていうと、情報はいらないんですよ。
情報はいらない。
ドだったな、ソだったな、ファだったな、とかはいらないんですよ、極端に言うと。
はいはいはい。
でも、カネリが喋ってる時に大事にしているかもしれない、あるいは本能的にやってる間とかフレーズとか欲望とか感情の入れ方とか、ここを強調するとかっていう要素だけでほとんど成立してるのが音楽だから。
なるほどね。
そうか、だからもうこの言葉が全然意味のない赤さだな。
そうそうそうそう。
豆腐でほにゃららピーナッツ、ぷにゃーんみたいなことだね。
そうなんですよ。本当にそうなんだよ。だから大変なわけよ音楽って。
本当にそうなのか。
本当にそう、しかもピーナッツでも豆腐でもないんですよ。
あ、そうかそうか。ピーナッツとか豆腐っていうのも情報だったから。
そうそうそうそう。情報ゼロ、情報ゼロだから。
なんか無意味な言葉を紡ごうと思ったけど難しかった。
できないよね。演劇でそういうメソッドあるらしいけど、意味のあること言っちゃいけないとかっていうのは。
難しいなそれ。
でね、まさにそれが今までいろいろ経験してきたことが生きるんだけど、しかしながら一個も意味のある、一個も意味のわかる言葉言ってないのに、
これ朝っぽいなとか、これ誰か死んだなとか、これなんか逃げてんな、忍び込んで逃げてんなっていうのがわかってたりするわけじゃん。
確かに。
それってさ。
喋ってない、説明してないのに、感じさせたいものを相手の頭に思い浮かべさせてるっていう。
じゃあプレゼン、例えばね、会話プレゼン、あるいはコミュニケーションするときに逆のことも言えるわけ。文字は言っていいけど欲望ゼロ、スピードはずっと同じ、間も開けちゃいけません。
おはようございます。今日はいい天気ですね。それではこれから一日よろしくお願いします。ところで明日の仕事はこうであでって言ったら。
箱切り抜いて拡散しようか。
ぶん殴りたくなるじゃないですか。
やばいっすね。
これが音楽がない世界なんですよ。
それ音楽なんだ。
音楽的なエッセンス。
そうか。
だから音楽。
よくさ、ビジネスマン向けの喋り方とかプレゼンの仕方講座みたいなのあるじゃん。
あるいは音楽的な話ってこと?
音楽的な要素も一部使ってる。
音楽的な要素は絶対に使ってるっていうべきかな。
だから僕はその違うジャンル、今の話ってすごく音楽と違うものを結びつける。
例えば音楽と今会話だよね。
会話。
あれは音楽とこれが体の動かし方でもいいかもしれないし。
橋渡しする時に音楽の最も必要なっていうか音楽を構成してる一番大事な基本的な要素ってなんだろうって考えるわけですよ。
それが抑えとかないと違うジャンルといった時になくなっちゃうな音楽が。
で、音楽において一番重要な要素は僕は今言ったようなことなんじゃないかなって思ってたりするんです、実は。
今言ったようなことって何?
つまり抑揚であったり、どういう風に言葉を紡ぐフレーズであったり、どこに重きを置くかっていうアクセントの問題であったり。
はいはい。
じゃあ抑揚激しかったり、音楽的要素が高い方がいいの?
伝わりやすいんじゃない?
だってなかったらないことをやったじゃん、僕さっき。
音楽的要素ゼロで会話すると、さっきの昔の出来損ないのコンピューターみたいになるわけだ。
そうですね、棒読み満になる。
棒読み満になる。じゃあちょっと営業プレゼンで今回棒読みで行ってみますわって言って、多分15秒後に帰るって言われるよね。
音楽か。
じゃあこのポッドキャストもだいぶ音楽的要素いるね、じゃあ。
ありますよ。
抑揚つければいいの?
あるじゃん。
あのさ、これさ、みたいな。うねうねくにょくにょみたいな。おねえみたいな感じになってから。
それは悪趣味っていうね。
音楽的に。
でも音楽でもそういう表現しちゃう人がいるわけ、つまり。
過剰に、じゃあやればいいんでしょ。全部極端にやればいいんでしょっていうのは、今度はそれはあらゆる要素が程よくなきゃいけないっていう大原則があるんですよ。
適量でっていうのがあるんですよ。
そっかそっか。やりすぎてもおかしくなる。
そう、表現って相手にとって必要十分な量を超えた場合にはやりすぎだし、それを下回ると足りないしなんですよ。
うわークリエイティブだ。
そのさじ加減を知るっていうのも、芸術的な感覚を知る上ではすごく重要なことなんじゃないかなって思うし。
それがちょっとビジネス寄りになると演出みたいなことになるの?
ビジネス寄りが演出になるか。演出っていうのは、自分の持ってる感覚を人を通じてやらせるっていう要素がすごい強いと思うのね。
なるほど、監督が演者を通じてやらせる。
その時に発生するのは、自分のイマジネーションを伝えるという行為が必要なわけだ。自分でやらないから。
監督が演者に伝えるってこと?
おっしゃる通り。
ってことは、そこの間のコミュニケーションの能力がすごい重要になってくるわけだよね。
意外と監督能力高くないと。
意外じゃないよ。
監督なんてさ、メガホン持ってああやれって言ってるだけかと思ってたよ。
一番ね、会社の中で一番ある意味芸術家的でクリエイティブじゃなきゃいけないのは、僕は経営者のトップだと思うんですよね。
一番なんか程遠そうだけど。ロジカル言語家マンみたいな。
言語家なんか誰でもやってくれるじゃん。
ミッションビジョンバリューなの、なんだろうって。
だって大体社長の挨拶、社長考えないじゃん。
ああ、そっかそっか。そうだね。
社長に大事なのは、上がってくる全ての情報を集約した上で、右、左っていうことかなって、僕は一つのやり方があるよね。
でもそれって最終的にはまさにカネリンが言った直感であり、まだ今はないことを決断するわけじゃん、経営っていうのは常に。
未来予測したりとか。きっとこの株上がるとかさ、例えばね。株は別に経営じゃないにしても。
それってすごく、なんだろうな、すでに言語化されてない、すでに言語化されてはいないけど、それを読み取る力であったり。
ある種、俺は直感的だなというのを超えたら超能力的だなって。
だから僕たまにカネリンを、なんか超能力者なんじゃないのとかっていうのは、
それは直感をどんどん磨いていくと、ちょっと常人ではわかんないことがわかるレベルにいく。
でもそのぐらいの人並み外れた観察力とか推理力とか、例えば見当たりそうさとかにも現れるような、
そういう頭抜けた普通の感覚では何言ってるかわかんないんだけどっていうレベルの能力がないと、
未来予測とか膨大な情報の中から本当に必要なものを見極めて何かを判断するなんてことはできないじゃないですか。
できるならいらないもん、社長が。
だからAIに置き換われない。なぜならもう直感クリエイティブだからみたいな。
まあAIに置き換えられないかどうかっていうのは僕は別に、実を言うと案外カネリンよりも、
AIの可能性を否定してなかったりするかもしれないけど、意外とね。
だけど一般的にはAIさんをちょっと横に置いとくと、今言ったようなことを総合すると、
まさにアート芸術に触れたりそれに取り組む理由っていうのは、
一つはそういう人間が文字レベルでは捉えきれないような精度の情報とか、まだ言語がされてないところとか、
あるいは言語の外にあるそういういろんなニュアンスとか、それから人間はどういうインスピレーションを受けるのかっていう感覚とか、
いろんなそういう非言語領域のことを認識する能力とか、あるいは伝える能力とかを鍛えることはできるんじゃないかなと思うし、
それはビジネスで役に立たないんじゃないのっていうのは、いやプレゼンボー読みだったら伝わんないでしょ。
じゃあ相手の非認知能力とか非言語能力に訴えかけて納得説得させるツールがもしあったら、
それビジネスで役に立たないって言えるますか?
なるほどな。 例えばね、営業一つ取ったってプレゼンってわかりやすいのよ。
プレゼンってすごくある意味でアーティストっぽいじゃない? そうなんだ。
すごくそう思う。 これもプレゼンすかね、これも。
まあこれもプレゼンなのかもしれないですね。 ヤンヤちゃんがいつもやってくれてるのもプレゼンか。
プレゼンだよね。 僕の場合は、僕の場合でも一方的なプレゼンはそんなに好きじゃなくて、
インタラクションだから相互にこうやってコミュニケーションしながら、相手の感覚をくすぐったり揺さぶったりしながら、
なんかドーナツを口に当てたり、それドーナツ?
これ握る役力鍛えるドーナツみたいなやつ。
さっきからめっちゃ気になってたんです、それ。この人ドーナツ持って何してんだろうって。
ちょっとね、ビデオだとね、手をふにふに動かしてたいタイプなんで。黙って喋ってらんない。
いやまあ、だからそういうことよ。だいたいわかったでしょ。がんばって言語化したんだけど。
いやだからいかに言語だけの世界の中に生きてると狭い世界かみたいなことを、
この間のそのワークショップですごく直感的に感じたわけよ。
で僕の口から出てきた第一声が、この人たち何をこんな一生懸命遊んでんだみたいな。そういう感想だったんですよ。
何を一生懸命遊んでんだって、いいフレーズあんでくるよね。
いや世界の違いを感じたので、そういうのいいんじゃないの?ぜひぜひだからこういうさ、これ聞いてる人とかもさ、そういうの言ってみてほしいです。
なんならね、ヤナちゃんがちょこちょこやるならさ、リスナーさんも参加できるようにしてまえるといいかもね。
いいね。カネリンが、カネリン視点がそういう時に必要で、僕ら下手するとその宇宙語をわかる人たちの都度になっちゃうわけだ。
ああそうだ、テレパシーで辻複してますね。
テレパシーで辻複してるからいらないみたいな。
そうっすね。
でもそれは危険で、やっぱりそれがなんだかわかんないけどなんか面白いっていう今カネリンが立ってるポジションだとすれば、
その人たちとも手をつなぎたいし、もっと言えばそんなのバカじゃないのっていう人たちともちょっとは手をつなぎたいと思うんだよね。そうそうそう。
そんなのバカじゃないのっていう人たちをちょっと、ああいいかもって思わせたいんですか?
いや。
そんなことない?
あのね、あんまりそこにそんなに意味があると実は思ってなくて。
あれどういうことそれ。
これは結構ね、そのアートに関わる人間が陥りがちなんだけど、自分がいいと思ってるものは人もいいと思うっていう語尾があるんですよね、人間って。バイアスだよね。
勘違い。
だから。
語尾。
語尾があるんですよ。
バイアスってこと?語尾って。
まあバイアスでもいいんじゃないですかね。
ちょっと間違ってる思い込みみたいなね。
さすがです。それは結構根強いものがあって、ましてや直感的であるものほどそういう思い込みに陥りやすいんですよ。
っていうのは説明ができないことの方がむしろ一度信じちゃうと厄介なんですよ。
なるほど。
例えば人を好きになる場合に説明可能な理由で、10個の理由で私はあなたを好きですよっていう恋愛があるとするじゃないですか。
はいはい。好きなところ10個。
10個。
お金持ち、顔がいい、高身長。
そうそうそう。でそれが、要するにあなたの好きなところ10個はいいんだけど、この10点においてあなたを好意対象と認めますっていう恋愛があったとするじゃないですか。
10個があるから好きですみたいな。
そうそうそう。評価ポイントは10個みたいな。コンクールとかプレゼンの評価みたいな。
でもそれってその10個が全部なくなったら恋愛対象じゃなくなるってことでしょ。理屈で言えば。
そうね。
でもそれって困らない。それってそういうものじゃないんじゃないかって僕は思ったりするんですよ。
だってそれがなくなっても気持ちは別じゃないっていうことですか。
もうちょっともしかしたら好きとか好意とか心地よいって、もうちょっと理由をはっきりさせられないものなんじゃないかと思うんですよ。僕はね。
うん。
うん。わかる?
なるほどね。何だって?
飽きてるやん。
ちょっと変顔してたら話入ってこなくなっちゃった。すみません。
アーティストか。
何でしたっけ?
何の話だか俺もわかんなくなってきたね。
もう1時間20分経ってますからね。
なんか長いな今日。
結構深い話ですもんね。
金井がさ、すごい掘ってくるからさ、一生懸命。
深い話だよこれ。なんかずっと毎回気になってることだし。
確かにね。でも本質ない気がする。
自分がどっち側なのかよくわからんし。
両方思ってそうで。
両方思ってるのが一番いいんじゃない?
いいのかな?
あ、ていうか両方思ってる人が必要だと僕は思っている。
ブリッジ役みたいな?
うん。
両方思ってなかったらここには立てないのはあるかもね。
そう、そうなのよ。
アーティストとこういう話しても最初の30秒ぐらいしか聞いてもらえないから。
あー。
意味ないと思ってるから。
何が意味ない?
こういうやりとりが。
その言語化みたいな。
言語化が。
何それみたいな。
そうそう。で、超バリバリ言語の人たちは意味ないと思ってるからこういうやりとりが。
言語化の人が?
超言語化っていうか超言語の人たちからすると、この会話自体が意味のないことを喋ってるって思うんだと思うんだよ。
言語化の人たちも?
言語化っていうか言語の人たちね。
なんでなんで。
言語は、言語で示せるものが世界のすべてだと仮に思ってる人がいるとすれば、我々は一生懸命今言語にならないことをどうやったら伝わるかなって一生懸命頑張ってるわけだ。
言語にならないことを言語化して。
そうそうそう。言語化をまさに。
言語の人たちに伝えようと頑張ってんのに。
だけど言語の人からすると、言語にならないものはないんだから、そんなこと必要もないし意味もないし価値もないから何言ってんのお前って。
直感だろうな。
なっちゃうよね。そうそうそうそう。
オカルトかよみたいな。
オカルトだよね。オカルトだ。
オカルト。
思い出した。
はい。
無理辞しない方がいいって話なんですよ。
何が何が。
無理辞しない方がいいって話をしてたんだ。
無理辞?何が何?
つまりアーティストは自分のいいものを勝手に誰もがいいと、私は全てって思いがちだから。
だからつい音楽は誰にとっても素晴らしいもので良きものだから、分かんねえやつがダメなんだとか、全ての人は分かるべきだとか思いがちなんだけど、
僕はそれが別に音楽じゃないビジュアルアートの人もいるし、
演技、言語、同じ言語でも言語を使ったアートもあるんですよ。
言語のアートって何?
例えば。
落語とか?
落語も下手するとうまくすると、
歌とか。
歌も言語使うよね。だけどもっと言えば演劇ですよ。
演劇?
演劇。
言語を使ったアートなんだ。台詞があるから?
台詞があるから。
台詞があるから。
台詞があるからっていうわけじゃないんだけど、
演劇台詞なくてもいけんじゃん。
演劇台詞ないと演劇にはならないかな。
音がなくても音楽って言えるグレーゾーンですね。
もっと言えばポエムですよね。詩。
ポエム?
詩的な表現。詩はアートですよね。
詩的な表現って何?
詩のような、詩みたいなもの。
詩がね、もうよく分かんないんですよ。そもそも。
じゃあ今度詩をやろう。
よくあるじゃないですか、またポエミ投稿みたいなSNSでさ。
ちょっと情緒的なことを書くことをポエムだねみたいな。
それが間違ってたけどね。情緒的なことを。
それ詩ですかそれ。
詩じゃないと思う。
君がいなくなった朝、僕は目玉焼きを焼いたみたいな。分かる?
声はいいよね。
ちょっと、声だけかこれは。
声はよかった。
内容なんかさ、あるじゃん。ちょっとなんか寂しさを表現するみたいなさ。
いうことを書くと、ポエム書いてるみたいにちょっと弥生される。
歌の歌詞は基本的に詩だから、ポエム用ね。
詩とか書いてみたいな。
どっちやねん。
たまにインスタグラムのストーリーズとかでちょっとポエムっぽいこと書いたりします。
やってんじゃん。
それは詩なの?
それはアートだよ、アート。
でも詩が嫌いな人にさ、詩を書けとかさ、詩を分かれっていうのは不毛だと思わない?
あんまりそうだね。
うざくない?
嫌いって、嫌いな人いるの?
いるいる。
嫌いっていうかもうそこまでいってないんじゃない?
俺今んとこそば好きじゃない?もう。
ああそうなの。
じゃあ君がいなくなった朝に目玉焼きとかいっても。
ぶっ飛ばしたくなるね。
なんでや。そっちの人じゃないの?
え?だから言ってんじゃん。
全部の右脳的だったら、感覚的だったら全部いいっていうことじゃないんですよ。
じゃないんだ。
むしろ感覚的なもの。
今、ポエム書けなきゃダメだって言われるのかと思った。逆だった。
むしろ感覚的なことだからこそ、自分の感性とか自分の能力とかがよりフィットするジャンルでいかないと
苦手な分野でアート的なものを一生懸命やるっていうのは苦痛でしかない。
なるほどな。絵が苦手なら絵やらんでいいし、音楽やらんでいいと。
ザッツイットですよ。
ポエムが好きならポエムやればいいし。
でもそれが許されないのが、これは結構匿名で良かった案件だけど、
学校教育でみんなの前でリコーダー無理矢理吹かされて恥ずかしみを帯びて、一生もうそんなことやりたくないっていうことがあったりする。
でもリコーダーが好きでしょうがない人は人前で吹くの、僕も割と好きだったから人前で吹くの楽しくてしょうがねえ、非言語コミュニケーションみたいになってるけど、
それが嫌で嫌でしょうがない人を無理矢理吊るしあげるのは絶対嫌いになるじゃないですか。
嫌いになるよね。
なってんの原理ね。
それをちょっとやらしたら好きになるだろうみたいなのでやらしてんのかな。
いやそれは教養であり授業の一環だから。
授業でやらなきゃいけないからやってるってことか。
そう、だから嫌いになるね。
選択できればいいのかな。
選択できればいいとは思う。
リコーダー、いろんな楽器で音が嫌だったらえ、あとは何?
原理選択性のところはあるじゃない。
あるの?
中学高校とかで、ましてや私立とかだと結構選んでやらなくてもいいしやってもいいしみたいな。
それがいいんだ。
それでいいと僕は思ってますよ。
うん。
じゃあヤナちゃんはさ、クラシック音楽を広めたい人なんだろうけどさ、
嫌いな人はやらんでいいんじゃない?みたいな感じだもん。
うん。
みんな好きになるはずだみたいなのない?
ない。
ないんだ。
じゃあ僕はこの番組の果てに、僕は音楽が嫌いだということが分かりましたみたいな結論ある?
嫌いじゃない、ないと思うよ。
あり得るってこと?寂しすぎるじゃん。
僕はこれはなんか、このセッション終えたらすごくクラシック音楽が好きになるって期待してんだけど、真逆の結論あり得るみたいな。
いやない。
怖いね。
それはないし、嫌いだったらこの番組始めないし、
毎回一生懸命真剣に音楽聴かないと思うよ。
どうなんすか、だから俺がすっげえ真面目だからそうやってるわけで。
そっか。
で、やっぱりいろいろ真面目に取り組んでみた結果、好きじゃないことが分かってしまいましたっていう真面目な結論。
でもさ、なんかその、高校生の恋愛みたいのもいいんじゃない?
うん、どういうこと?高校生の恋愛。
あるじゃん、そういう文脈。
あるんだ。
ある、聞いたことあるよ。あなたとのことを一生考えれば考えるほど私たちは別れたほうがいいみたいな。
結構ロジカルに考えちゃってみたいな。
そうそうそう。
感覚でいけよみたいな。
そうそう感覚でいけよなんすよ。
そう、感覚でいっからこそリズムで押し切らないほうがいいんですよ。
うーん。
脳が動かなくなるのが一番問題なんじゃないかなと僕は思うよね。
ははは、その日頃のビジネスロジカル脳に慣れてしまいすぎて。
そっちのほうがわかりやすいのよね。それはわかりやすくするための作能だからさ。
だけどクリエイティブじゃないんですよ。わかってることだけをわかってるように言い続けることって基本的には後ろ向きなっていうか保守的なというか。
守り。
守りなんです、まさしく。
危なくないじゃん、安全第一みたいな。危ういんですよ、逆に言うと直感だったり、道なき道を行くっていうことは極めて危ういし不安だから恥ずかしいし、ためらうし。
カネリンがワークショップに来た時にこれ俺行って大丈夫なんかあって若干思うじゃないですか。不安でしょ。
俺ここにいていいのかなって。
でもクリエイティブであるってことはその不安を楽しむということでもあると僕は思ってますけどね。
なんかちょこちょこ自分が心の中で思ったけど、そのワークショップの時に。
あ、これこういう。
ああ、あったんだね。
あったけど言わなくて。
だよね。
言われて、あ、俺の思ってたやつ。
正直それはね、後悔してる。
ああいう時に複雑な気持ちになる。でもなんかそれって、うーん、自分の中に自信がないんだろうな。
でもその時すごい思ったのはあの場で、やっぱりそのオピニオンリードする人というか、この人が言うから通った意見なんだろうなとか、
こういうテンション感でガーって、声の大きい人の意見が通るみたいな、いわゆるそのビジネスマンの会議の中での文脈と同じような力学があるなって思った。
ボソボソって多分俺が同じこと言っても通わないんだろうけど、こっちの人がワーって言ったら通るんだろうなみたいな気持ちも。
分かる分かる。言ってる意味も分かるし、そうは言ってもクリエーションの場だからって無限の時間とリソースがあるわけじゃないから、
どうしてもここはまとめとこうみたいなことがないわけじゃない。
はいはいはい。無限に考え続けられないから、まあ落としどころここでみたいな。
一応のゴールがあるから、よしもうこれだけで最後まであと3時間同じことを考え続けようっていう風にする方がいいのかは、
でもファシリテーションの結局はね、それはね、よしよし、ファシリテーション次第なんですよ。
小さき声を拾って、お、それ面白いじゃん。どうなるどうなのって言って、みんなどう思う?
あ、いいじゃんいいじゃん。あ、君ありがとういいアイデア。ってなるとちょっと自信になったり、あ、いいんだ。
俺こういう提案していいんだってなったりするのが、ナイスファシリテーションなんですよ。
なるほどね。
ナイスファシリテーションなの、やっぱり。声の大きいやつばっかり拾って、あ、そうだよね、あ、そうだよねってなるのは、バッドファシリテーションだから、
まあファシリは、あの、従前ではなかったかなとは思う。誰がファシリするかがちょっとあの場は結構曖昧で、あったことも含めて。
なるほどね。
だからそのワークショップとして上出来だったとは全然僕は思ってないんですよ。でもエッセンスはすごい詰まってたと思うんだよね。
いや、むしろなんかそうやってバッドファシリっておっしゃったけど、だからこそそういうふうに思えたからね。
ナイスファシリでうまく転がされてたらさ。
確かに。
そういう感覚はなかったかもしれないから。
いいこと。
ちょっと燃やるみたいな。燃やるってわけじゃないけど、あ、なんか似たようなこと、似たようなものもあるんだなってことですね。
なるほどね。
その世界と。
面白い面白い。
こんなんサラリーマンの会議と一緒やんけみたいな。
やっぱ人間は人間だなみたいなこと思ったから。
そうそうそう。
なんかちょっとそういう共通点も見出しさえしながらしてたから。
だから裏を返せば、そういう場での知見は別にビジネスミーティングで使えるわけですよ。
そうっすね。
うん。
そうよな。
だから役に立つのよ。
ちょっと踊ってみてみたいな。
そう。
みんなーって。
笑
みんなーみたいなこう体動かしたりするといいかもね。
心で?
そうそうそうそう。
体動かして。
でもプレッシャー上手い人はジェスチャーも上手く使ってるのよ。
そっかそっか。
うん。
そっかそっか。
それを身体性が高いという言い方をしたりするんだけど。
そういう人は意外とそういうワークショップとか行ってんのかな。
ワークショップ以前に、
やってんのかな。
コミュニケーションってただ言葉並べるだけじゃないよねみたいなことか。
その通りですね。
表情とか身体身振り手振りでみんな自分の話聞いてくれるしみたいなのが
幼い頃からの成功体験みたいなのがあるんかね。
だからその代表選手は演劇だったりするんですよ。
演劇。
演劇は言葉も使う、ジェスチャーも使う。
なんなら歌も歌ったりするし踊りも踊ったりする。
確かに。
そんな表現力っていうのが要求されるから、
演劇ができる人は、演劇やってる人っていうのは結構総合的な表現力が強いよね。
ちょっと閃いてきたな。
来た。
これやっぱり座ったまま喋ってちゃダメだね、ポッドキャスト。
気づいた。
うーん。
それね。
歩かないとね。
歩きながら撮ろう。
そうだよね。
でもさ、これもまた知識的なところでさ、あるじゃん、散歩しながらミーティングみたいな。
あるあるある。
こうなに、足動かしてるとさ、脳に血流が行って、頭が働くみたいな。一緒だよね。
それは、そうそうそう。
医学的な検知ともう一つは、まあ医学的なんだけど全部、脳の中のいかに多くの部分をアクティブにするかっていうことが最終的なアウトプットにつながるんですよ、結構。
じゃあやっぱりこの揉み揉み、手動かしをしてるの。
全然、めっちゃいい。
やんないと。
めっちゃいいですよ。
立ったほうがいいですか?
変顔はまあわかんないけど。
変顔。
だから何役立つのっていうのに端的に答えるとすれば、脳と脳の両方使えたほうが強くねって話なんですよ。
はいはい。
アウトプット上がらね、みたいな話なんですよ。
イメージ的に上がりそう。
そういうふうにできている脳はできているようですよ。
総合的な発火の面積とか容積っていうか、そういう部分がよりたくさん発火する。
だから芸術家って基本的に間違ってどんどん脳のいろんな部位が誘爆みたいに発火しちゃうタイプの人が結構多いっていう印象があるんですよ。
間違って。
それこそ、強感覚って言葉あるじゃないですか。
強感覚。
強感覚わかりますよね、きっと。
なんだろう、なんかあれだよね。
言葉と数字とか、色と何がしとか、本来違う部分になってる仕事を間違ってこっちのインプットされるとこっち出てきちゃうとか、そういうのを強感覚って言うんですよ。
あれか、音楽聞いたら色が見えるみたいな。
さすが、知ってるやん。で、アーティストってそういう人多いんですよ。で、ちょっと思い出してほしいんだけど、音という聴覚に依存した現象をどう動いたらいいかなっていうこと自体が、強感覚をトレーニ
ングしてるんですよ。と思わない?
なるほど。
そうかそうか。
本来繋がってないところを繋げる、なんかブリッジみたいな。
そうそうそう、感覚機関のブリッジなんですよ。
シナプス。
そう。で、それをいっぱいやってるとどうなるかっていうと、あるインプットに対して、例えばある文章を読んだことに対して、身体を司る部分がおはようってなったり、音楽の部分がなったり。
じゃあもう常に喋りながらクネクネ動く人になっちゃうってこと?
ダンサーってそうよね。やっぱり。そうそうそう、いわばそう。なっちゃうかどうかは別として、少なくとも脳内ではそれが起きてる。
はぁ、それ繋がったほうがいいの?
繋がったほうが、結果脳の出力が上がるって話だよね。
ああ、そうか。いろんなとこが連動して発火しまくって。そうか。で、それはやっぱ使えば使うほどきたわるよねっていうのはシナプスみたいな感じなのか?
使わなければ、逆に言うと必要ないならこの通回路切りますよっていうのが人間の自然な省略か、省エネ。
なるほどね。
省エネなんですよ、人間。
なるほどね。なんとなく脳の全体を使っていろいろ繋げたほうが、なんかアウトプット良くなるんじゃないのかしらみたいな気はするね。
気はするでしょ。実際そうなんですよ。
それはまあ、落ち着き脳科学をやってもらえれば、僕はその番組を聞きたいけど。
落ち着き脳科学ちょっと、我こそはという人、ご連絡ください。いいっすね。
落ち着き脳科学、僕脳科学の本、読むのは少なくとも大好きで、特に芸術と関わる本とかも結構いい本があって、そこでやっぱ共感覚の話とかもそこ出てくるんですよね。
なんかおすすめの本とか概要欄に入れとこうよ。
いますよ。
なんかパッと出てきますか?
もちろん。その話なんか、金井がうちに来たときにしたような気がするけど、
うん。
あのインドのね、ちょっとね、ラマ、
インドのね、謎の書籍。
脳科学者、ラマ・チャンドランっていうね、あの世界的な、脳科学やってる人間に聞いてもその人はとんでもない人だよ、すごい人だよって聞いたから間違いないんだけど、ラマ・チャンドランっていう人が。
ラマ・チャンドラン。
うん。脳の中の幽霊っていうのと脳の中の天使っていう、少なくともこの2冊は僕はすごく感銘を受けた脳科学と芸術とか、いろんなものを掛け算して理解する、すげえ面白い名著だと。
これAmazonとかで買えるんだね。
買えると思う。
じゃあリンクを貼っておきましょう。
そうですね。
これ何?難しいの?
難しい。
うわあ、写真家難しい。
どっちがいいの?まず1冊だったら。
先が幽霊ですね、出版が。
脳の中の幽霊。
これを読めばいいの?
それは何かっていうと共感覚っていうものについてかなり脳でどういうことが起きてるとか、そういうことを教えてくれる本なんだよね。
おすすめですか。
めっちゃ面白い。
変なやばい本じゃないの?
全然やばくない。
ああ、やばくない。
ケインやる脳科学者だから。
ああ、そうなんだ。
ちょっとなんかオカルティな話じゃなくて。
ノンオカルティですね。
科学の話なんだ。
だから幽霊っていうある種オカルト的なものを脳科学的にちゃんと説明するっていう。
まさにさ、僕らが今やってるのは直感とかアートとか表現という曖昧なものと、言語を橋渡しようとしているのと、ちょっと綴るものがあるんじゃないですかね。
なるほど。
ちょっと読んでみようかな、読んでみようかな。
読んでほしい。
概要欄に入れておきますね。
結構僕の知恵袋に、いまだに、読んだのだいぶ前だけど、15年くらい前だけど、12、3年前だけど、いまだに僕のなんか考えるストックとしてはめっちゃ重要なものになってます。
結構本読むんだね、ヤンヤンちゃん。
いや、たくさんは読まないですね。読めないし、時間もないし。だけど。
あれか、結構お気に入りの本をずっと読んでるみたいな。
それは意外とあるかも。一度読んだ本をあまりにも面白いから何回か読むっていうのはあるし、でも本当に大事な本ってたくさんあるけど、自分にとって大事な本っていうのがたくさんあるわけじゃないかな。
だから楽しかったら読めばいいと思うんですよ、さっきの話じゃないけど。
まあね。
うん、これはいい本だから読め。でも俺には入ってこない。だったら必要ないんだと思う、僕はね。
なんかタイミングもあるもんね。
めちゃめちゃある、めちゃめちゃある。
その時自分の欲してるものじゃないと読めないみたいなね。
そう。
読む気になんないもんね。
そうなんですよ。直感大事っす。
ありがとうございます。
なんかいろいろ話したけど、なんかが伝わったらラッキーみたいな。
今回も1時間40分ぐらいになってます。
なんか今日は、今回そういう縛り?
やっぱり語りたいものが溢れてくるんだろうな。
なんですかね。話しすぎちゃったな。
セッションだからなと思ってますよ、僕これ。
うん。
そう、またこの話も改めてしたいけど。
はいはいはい。
なんか僕の対談、ポッドキャストコンテンツって、セッションっていうのを音楽で言うと、
どっち行くか分からんし、どこで終わるのかも分からんみたいな感じだね。
お互いが終わろっかっていう時は終わるって。
いや、いっぱい。
感覚ですね、今んとこね。
面白いね。
そういうアプローチ以外で作るもの、
今回の話で言うと、合理的なロジカルな作法で、時間決めて台本進行決めてっていうものにあんまり魅力を感じないんですよね。
それはすごい賛同しますね。
ある程度のガードレールと枠組みは必要だと思うんだけど。
うん。
毎回驚きとドキドキとを胸に秘めて収録に臨めるわけですよ。
これはね、本当にそれだけで僕勝ちなんで。
大変よ。
プレッシャーすごいよ。
プレッシャー。
滑れないからさ。
まあ困ったら雑談会ってことね。
いやでも鍛えられますよ。
滑らないですよ。
滑らせません。
謎の宣言。
滑らせませんよ、僕が。
選挙運動みたいな。滑らせませんって。
勝ちますみたいな。
そんなとこですかね、今日は。
そうですね。うーん、よく喋った。
もしかして落ち着きました?今日はどうでした?
落ち着きたかって言われるとあれなんだけど。
一応そういう台本。
でも最近の悩みを打ち明けられてよかったですね。
ね、語れれば尽きないですよね。
僕もまだまだ腕を上げなきゃいかんなと、改めて思いましたよ。
はいはい、お願いします。
うん、頑張りますよ。
じゃあまあ今日はこのぐらいということで、
番組公式ハッシュタグはシャープ落ち着きクラシック。
ひらがなで落ち着き、カタカナでクラシックです。
番組の感想はXなどSNSでハッシュタグをつけて書き込んでください。
今回の話良かったな落ち着いたなという人は星5つのレビューをお願いいたします。
アップルとスポーティファイ両方つけられますのでよろしくお願いします。
あと番組お便り募集しておりますので、概要欄の方にリンクがありますのでそちらから、
なんだろうな、今回の感想もそうだし、質問とかいただけたらちょっとそれも拝見して、
番組の中でご紹介できるやつもあるかもしれないしって感じですかね。
お待ちしております。
それではまた一週間、落ち着いて過ごしていきましょう。
疲れてんね。
違う最後合図出ないからさ。
ああそうか。
出れねえよと思って今。
さよならって言われたからさ。
合わせようとしてくれたね。
合わせようとは一応。
疲れ切っちゃったのかと思った。
違う違う。
それもね若干音楽的にはそういう表現もあるかもしれない。
いろいろ可能性をなんかね感じますよ。
可能性?なんの?
わかんないけど。
この番組の?
なんかこういう話を飲み屋でしてるのとは違う可能性を感じますよね。
広がりを生むというかね。
シラフでしかも人前を前提に大真面目に思ってることを言うっていうリスクを取るっていうことが、
自分にとってすごく意味あるかもしれないなと。
よくこういう話するんですよ。
ああ飲み屋で。
オフだったり。
飲み屋ではあんましないかな意外とね。
酔っ払ったらこんな話に寝ちゃうじゃん。
あまり真面目な話にはなんないですよね。
テンションが妙に上がっちゃった時とかに、どうなんでしょうみたいな時に、
いやちょっと俺こう思うんだけどどうかなみたいな。
何言ってるかわかんないけど面白かったですみたいな、そういうパターン。
いいっすね。だから楽屋裏トークみたいなものを引っ張り出してる感覚なのかな。
楽屋裏では絶対しないですね。
楽屋裏じゃなくて。
何だろうね。何裏なんだろうね。わかんない。
屋根裏。
屋根裏かもね。屋根裏かもしんない。
こういう話もするんだ。業界じゃない人とってこと?
業界じゃない人の方が。
っていうかそれこそこういう話をして面白がりそうな人とか聞きたいという変わった人たちとは話をするかな。
なるほど。
話さないと自分も落ち着かないっていうかまとまんないですよね。
でも今今日面白かったのはまとまりそうになるとだいたいカネリンがまとまらないように巧みにひっくり返してくれるから、
それってより大きな、より説得力のある、よりなんかこう高次なまとめができないといけなくなるから、すげえ鍛えられてるなっていう。
そうですかね。なんか賢くまとめられちゃうの嫌なんで。
そうなんだろうね。上手いこと言う。
分かったような気分になるけどさあみたいな。
それがカネリン流の対話術のもしかしたら一つの特徴かもしれない。
だから本来でいうとずっと終わんないんで、どこかで妥協して終わりをつけてかないと僕の番組終わんないのかもしれないですね。
だから長くなるのかもしれない。
ちなみにそのやり方はソクラテスあたりからのあれですね。
僕ソクラテスの子孫ですかね。
ソクラテス。
そのやり方っていうのはどういうところですか。
対話を通じて、永遠とそれはこうなのかとかそれに対していやそうじゃないとかっていう対話を通じて知恵を高め合うみたいなのが哲学の世界のたぶんすごい古き良きというか、
対話、なんて言ったっけな、俺もちょっと詳しくないですけど、
ソクラテスあたりの対話を通じて、それとドイツ音楽の、それが弁償法っていうやつにもつながってるんですね。
聞いたことある。弁償法。
弁償法。市長Aと市長Bがあるときに、AとBが戦って結果Cになるみたいな。
Cっていうのは必ずしも新しいものっていう意味じゃなくて、それを乗り越えてもう一個上のランクに行くよねみたいな。
だからその衝突っていうか、
説中案みたいなこと?
説中案だとすごいちっちゃくなるんだけど。
違うの?ちんけな話になっちゃった。
だから僕が言った結論をカネリンがそうじゃなくねみたいなデモさあっていうことによって、
そのデモを解決する、さらに説得力のあるというか、さらにより正しいらしいことを考えなきゃいけなくなるわけですよ。
本質的に近づくみたいな。
より本質的で普遍的で、確かにそうだねっていうものに行かないといけなくなるハードルを上げ続ける。
あと5センチ、あと5センチって上げられ続けるみたいな。
なるほど。
ちなみにそれはドイツの音楽で言うと古典派のソナタ形式と言われる形式と実は結びついてたりもするんですよ。
古典派ソナタ形式。
モーツァルトとか、まあ違うんだけど、モーツァルトの作品はアイネ・クライナー・ハウト・ムージックもシンフォニーも基本的にはソナタ形式という構文、形式、フォームを持っている楽章が必ずあるんだ
けど、
それはまさにAとBが出てきて議論した上で結論が和解するみたいな。
それってさっき言った弁償法のロジックがベースにあったりする。
和解するみたいな何?そういうストーリーがあるってこと?音楽に?
和法、ストーリー、そうそうそうそう構造、構造の話。
構造的にそういうストーリーだってなってんだ。
そうなんですよ。
AとBが戦ってCになるみたいな。
簡単に言うとね、戦うかどうかは別として。
弁償法、これ。
そう、弁償法はまさにそういうようなすっげえ雑に言えば。
じゃあ僕のポッドキャストは弁償法やってんすか、これ。
結構そうかもね。
ほー。
まあ弁償法かどうかわかんないけど、とにかく対話を通じて相手からもっといいものを引き出そうとしているみたいなところがあるんじゃない。
なるほどね。だって納得できないもんね。なんかうまいことちょろまかそうとしてんなみたいな。
ちょろまかそうとはしてない。
あるじゃないですか。なんかもうめんどくさくなって適当なとこで納めようとしてんぞみたいな。
丸めこもうみたいなね。だから僕はさ、メタファーでさ、なんとか乗り切ろうと思ってんのにさ。
ラーメン。
ラーメンにお湯じゃねえ。
全然納得いかないもん、ラーメンのメタファー。ラーメンじゃねえよって。
めっちゃ本質をついてんだけどさ。
いやそうなのかもしれないけど、そういうことが聞きたいじゃないよみたいな。別にそういうことじゃないんですよみたいな。
確かにね。全部メタファーで会話したらあんまり言語化する意味がないもんね。
そうね。
はい、わかったよ。頑張りますよ。
じゃあアフタートークも盛り上がってしまいましたね。
また1時間40分かかっちゃう。
いやでも質問しがいがあるもん、ヤンヤンちゃんはさ。
そうっすか。
僕からしたらもうクラシックのことは何でも知ってんじゃないのぐらいの方だし。
全然だけどね。
世界は上には上がいて世界は広いのかもしれないけど。
もちろんもちろん。
でも遠慮なく質問できることはあるよね。
あなたこれ知らないと大丈夫?みたいなプレッシャーで何でも質問できるっていうか。
あなた専門家ですよね?みたいな。
質問されるのは好きなんですよね、たぶん。
なるほど。嫌いな人いるよね。
質問いるいるいる。は?みたいな。
嫌だなみたいな。
結構嫌いな人いるかもね。
そういう質問さ、みたいな。やめてくれる?みたいな。
そういう場じゃねえから、みたいな。
はいはいはいはい。
でまた萎縮しちゃうんで。
質問好き。なるほど。
それでまた萎縮しちゃうんで。質問を否定するみたいな。
有名な言葉があって、アメリカで、アメリカって特に教育で質問しろ、質問しろ。
おお。なんか5たす?は10みたいな。
わかんないけど。
なんか日本の教育だと、
あーそうだね。そうそうそうそう。
5たす5が何ですか?みたいな。
うん。
なんか虫食いの場所が違う?みたいな。
それ面白いね。脳の使い方が違う。で、その中で有名な質問があって。
はいはい。
あの、くだらない質問っていうのはあるんですか?みたいな質問があって。
ほー。それがくだらない質問だ、みたいな。
で、結論はあるって話。
あるんだ。どういうのが。
それはだから、あのー、なんていうんだろう。
どういうのがくだらない質問なんですか?
わかんない。
それがくだらない。なんだろうな、そのなんか、答えを深めない質問がくだらないのかな。
あ、そうだね。
視点を変えたり。
確かにね。
深めたりしない質問。
なんか揚げ足取りとか。
そのラーメンは醤油ラーメンですか?
そうそうそう、そういうのうざいよね。
それも大事かもしんないね、でも。別の視点みたいな。
それはくだらないか、もしくはアーティストだね。アーティスト目線。
だから質問する方が結構怖いよね。なんか大学の授業とかでもさ。
確かに。
大学の授業じゃなくても、それワークショップでもさ、こんなこと聞いていいのかなみたいな。
本当に日本人って質問とか意見言うっていうのがさ、苦手だもんね。
苦手だよ。怖いもんなんか。
合ってんのかなみたいな。
それこそ今度アウェイでさ、ワークショップ行った時にさ、なんかこんなこと聞いていいのかなみたいな。あるもんね。
悪い質問なんてないんですよ。分かんないけど。
いやー、でも良かったな。ちょっとワークショップみたいなのもまたあれしたいし、リスナーさんにもなんか体験してもらってさ。
本当?嬉しいな、それは。
意見欲しいよね。どう思った?
確かに。ぼっこぼこにされたりしてね。マジでいいねと。
めっちゃディスられてほしいっちみたいな。やめて、そういう人来ないで。そういう人は来なくていいです。優しい人来てください。
そうだね。優しくしてね。いやでも刺激的でした。
なんかでもでもでもなんか良かったですって言わなきゃいけない空気みたいなのはなんか別に違うじゃん。
そりゃそうだよ。
よく思わなかったんですけど、っていう有効的コミュニケーションとってほしいよね。
生産的っていうか建設的っていうかポジティブだね。否定しても別にいいんだけど。
喧嘩じゃなくて。
そう。そうなんですよ。
何がいいか分かんなかったんですけどね。
質問してほしいよねむしろ。何であそこでああいう風な進め方、何であそこでああいう意見が出てああいう風にしたんだろうっていう。
だから疑問を持つってすげえ重要なことで、質問することも重要だけどそれ以前にまず疑問を持たないと考えないじゃないですか人間って。
そうだね。疑問持たないと質問できないからね。いかにか無限に喋ってっちゃうんでまたやりましょう。
ありがとうございました。お疲れさんでした。
おつおつ。
おやすみなさい。