「ふつうの先生の、ふつうじゃない話を聴いていく番組」 ホストは、高知の現役教員で「会いに行けるセンセイ」という活動をする「のざたん」
第10回は、前回話した「学校の外に居場所を持つ」という話への、自分自身のツッコミから始まります。——外を見にいくって言ったけど、それ、良さそうなもの=キラキラを探しにいくことになってないか? きっかけは、生徒が研究者やNPOに絞られていない質問メールを大量に送り、受け手が疲弊してしまう「探究公害」と呼ばれる現象。生徒を責める話ではありません。なぜ生徒はいきなり専門家に向かうのか——その問いを、先生自身に返してみます。 正解のない時代だと言われながら、正解を探す癖だけが残っている。キラキラした「良さそう」を追いかけるより、わたしが何に引っかかっているか、目の前の具体的なひとりの困りごとに向き合う。その一撃でいいんだ、という話です。
▼ この回で話したこと
・前回の「外に居場所を持つ」への自己ツッコミ:外を見にいくことが、キラキラ探しになっていないか ・入り口としての「探究公害」——生徒がいきなり専門家に向かうのはなぜか
・その問いを先生自身に返す:生徒が立派なものに向かうのは、先生自身が正解と成果に追われているから。これは自戒として語る ・正解のない時代だと言いながら、正しいやり方を探し続けている。第5〜7回の「そもそも」「引き出す」ともつながる
・正解を追いかけるのを手放す。これは諦めじゃなく、引き算
・「良さそう」を手放すと残るのは、自分が何に引っかかっているか、という一次情報
・「会いに行けるセンセイ」の起点は、ある保護者の「学校の先生と気軽に相談できないんですかね」という一言だった。大きな主語じゃなく、目の前のひとりから始まったから、続けてこられた
・リスナーへの問い:「誰もが」のために何かする前に、今いちばん気になっている目の前のひとりは、誰ですか
🎙 Voicy「学びのセカンドオピニオン」 → https://voicy.jp/channel/3708
📝 note(ゆとり教育者マガジン) → https://note.com/nozkoh
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サマリー
本放送では、「学校の外に居場所を持つ」という前回のテーマに対し、それが「キラキラした良いもの探し」になっていないかという自己ツッコミから始まります。生徒が専門家へ一方的に質問メールを送る「探究公害」を入り口に、なぜ生徒が立派なものへ向かうのか、その背景には教員自身が「正解」や「成果」に追われているのではないかと問いかけます。正解のない時代にあえて「正解探し」をやめ、自分が何に引っかかっているかという一次情報や、目の前の具体的な困りごとに向き合うことの重要性を説きます。これは、ホストである「のざたん」が「会いに行けるセンセイ」という活動を始めた原体験にも繋がっており、大きなビジョンではなく、目の前のひとりの声から始まったからこそ続けられたと語ります。リスナーに対し、誰もがのためではなく、今一番気になっている目の前のひとりに向き合うことから始めることを提案しています。