「ふつうの先生の、ふつうじゃない話を聴いていく番組」 ホストは、高知の現役教員で「会いに行けるセンセイ」という活動をする「のざたん」
第11回は、前回の「わたし起点の、一撃でいい」の続きです。一撃でいい、という話をしていると、特に学校の先生と話しているときに、また別のストップをかけるやつが出てきます。——「どうせやるなら、ちゃんとやらなきゃ」。 準備を始めたまま、準備運動のままずっと過ぎていく。完璧に仕上がるまで出せない。しかも厄介なことに、自分がそうしていると、子どもたちにも同じことを言ってしまう。「その状態でやるの?」と。 そうじゃなくて、粗くていいからまず出してみる。今回は、生成AIに毎日の予定をカレンダーに入れてもらう、という本当に小さな試しを実例に、小さく始めたからこそ気づけたこと、そして「想定してみて、ズレているぐらいがちょうどいい」という話をしています。
▼ この回で話したこと ・前回の「一撃でいい」の先にある、もうひとつのストップ——「どうせやるなら、ちゃんとやらなきゃ」 ・完璧主義は自分の中で止まらない。自分がやっていると、子どもにも「その状態でやるの?」と言ってしまう ・仕組みから作ろうとせず、まず出してみる。生成AIに予定をカレンダーに入れてもらう、を毎日繰り返した ・小さく始めたから気づけたこと。「フォーマットだけ決めておけば、ちゃんと入れてくれる」——やる前には分からなかった ・効率が良くなると余裕が出て、頭の中がすっきりする。予定が見えるようになると、抜けにも気づけるようになる ・頭の中にあるものが外に出て置けるようになると、解像度が上がり、肩の力が抜ける。形が見えると「ああでもない、こうでもない」が言いやすくなる ・授業づくりも同じ。慎重になって時間をかけがちだけど、ゴールの想定はしたうえで、想定外が起こることを受け入れる ・ある教育者の言葉——一生懸命に準備して、こう育ってほしいと落とし込んで、結果まったく違うことが起こるぐらいが一番いい ・想定していたからこそ、ズレが分かる。「あれ?」となれる。うまくいかなかった、ではなく「思っていたのと違うことが起きるものなんだな」 ・完璧に仕上げてから出すのは、思考回数を減らしている。回数を回すほど、本当に届けたい場所への別の道が見えてくる ・想定どおりに進むのは気持ちいいけれど、想定の範囲の中でしか終わらない。窮屈になる ・我が子も同じ。想像どおりにしようとすると、親は強制し、子どもは萎縮していく ・どうせズレる。「思いどおりにいかない」ではなく「想定外が起きている、これが正常なのだ」と受け取る ・何も考えずに行き当たりばったりでやるのとは違う。想定はしていい。そのほうが気づきにつながる ・ズレたら「そこまで思いが至っていなかったんだな」ぐらいの、緩やかな気持ちで。それくらいのゆとりでいい
🎙 Voicy「学びのセカンドオピニオン」 → https://voicy.jp/channel/3708
📝 note(ゆとり教育者マガジン) → https://note.com/nozkoh
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
完璧主義は「どうせやるならちゃんとやらなきゃ」という思考を生み、準備段階で止まってしまうことがあります。この完璧主義は子供にも影響を与えかねません。本放送では、生成AIに日々の予定をカレンダー入力してもらうという小さな試みを例に、まず「粗くても出してみる」ことの重要性を説きます。小さく始めることで効率が上がり、頭の中が整理され、肩の力が抜けるといった気づきが得られます。授業作りや子育てにおいても、完璧を目指すのではなく、想定外のズレを受け入れ、試行錯誤を繰り返すことが大切だと語ります。