映画の概要と主人公の紹介
こんにちは、のらじおのmuroです。
こんにちは、かえです。
最近、最近ってちょっと前だね。ちょっと前に、僕がある映画を見まして、
それが、なんていうのかな、すごくいい映画だったのもあるし、
すごく、なんていうのかな、僕にとってちょっと難しい映画だったんですよね。
で、それについて、ちょっとかえちゃんと話したいなと思って、
で、最近その映画がAmazonの、Amazonプライムでみんな今見れる、追加課金なしで見れるようになってるんだよね、多分ね。
なってるから、ちょっと見ていただいて、観測会しましょうっていう感じになったんですけど、
山中陽子監督のナミビアの砂漠です。
で、ナミビアの砂漠は、主人公は、あんのことという映画で主演をやった、かわいゆみさんですね。
まあ、なんていうのかな、あらすじの話をしましょうか。
あんまりあらすじ、あれですけどね。
関係ない。
関係ないけどあらすじ、ざっくり。
ちょっとざっくり、話のアウトラインだけの話をすると、21歳の主人公、カナという女の子がいて、かわいゆみさんがやられている役なんですけど、
このカナは、なんかフリーターみたいな生活を、ブラブラした生活をしてるんですよね。
で、どうやら、二中ハーフなんだけど、親との関係もあんまり良くなくて、おそらく彼氏のところに転がり込んで同棲していると。
で、その彼氏っていうのが、なんかよくわからない、すごく甘々な彼氏なんですよね。
カナを何にもできない人みたいな感じに扱って、何でもかんでもしてあげるっていう感じの彼氏なんだけど、
カナには、そいつがね、ホンダっていう彼氏かな。で、ホンダっていう彼氏がいるんだけど、
カナにはホンダのほかに、ハヤシっていうクリエイティブ職をやっていて、プチブルジョア家庭出身の東京ハイカルチャーインテリって感じの別の彼氏がいて、
で、このホンダとハヤシとの二重の恋愛生活みたいなのをやってるんだけど、
ハヤシからホンダと別れて一緒に住みたいって言われて、で、ホンダには失敗を言わずに突然失踪するという形で、
ハヤシと共同生活を始めるみたいな。で、一番初めはハヤシとウキウキワクワクみたいな共同生活だったんだけど、
ハヤシの私物の中に子供の妊婦のエコー写真を見つけたことから、だんだんカナがイラつくようになっていって、
で、そのなんていうかな、ハヤシとかなりフィジカルな暴力を伴った喧嘩みたいなものをするみたいな状態になりつつ、
ホンダが職場に待ち受けていたりとかして、で、ホンダが自分のところに戻ってきてほしいみたいな話をするんだけれども、
嘘をついて、またそこからホンダの方が発狂しちゃうから逃げ出すみたいなところがあったりとか、
そういう二人の男との無茶苦茶な関係みたいなものの中で話が進んでいくみたいな、
そういうふうなのが、僕の考えるあの映画のあらすじっていう感じ。
カナの内面的な葛藤
たぶん、見る人によって何を撮るかっていうので、あれがどういう映画なのかっていう考え方がすごい違うと思いましたね。
そうね。で、なんで僕がかえちゃんに見てほしいと思ったかっていうと、僕が知る限り、あの映画の話をした人は全員、かなは自分だって言ったんですよ。
僕は全然かなのこと自分だって思わなかったんですよね。
で、確かに、ナイビアの砂漠を僕に勧めてくれた方は、ナイビアの映画を見た後に、僕の感情としてはちょっと落ち込んだんですよね。
で、落ち込んだから、ちょっと落ち込みましたって感想のメールを出したら、その人から、むろこしさんはかなが好きそうだと思いましたって言われて、その通りですって返事したんですよ。
たぶん僕、かなみたいな、かながちょっとエキセントリックなところがあるというか、そういう人がたぶん僕好きなんだけど、かなが作中ずっと退屈してたり、けだるそうだったり、イラついてたりするんだけど、なんていうか、あんまり僕はなぜ彼女がそうなったのかがわからないんですよね。
僕にとっては。で、ずっとわかんねえなって思ってたんだけど、その映画を見た他の人たちはみんなかなのことはわかる。で、その人たちは僕がかなみたいな女性が好きなんだとはわかってるんだけど、僕だけがわからないと思って、僕だけがわからないって思いました。
正確には、その話をした女性の、何かと話をしたんだけど、そのうちの一人に女性がいて、その女性の恋人っていうのがいて、で、その女性の恋人は男性なんだけど、その男性の恋人はかなのことはバカ女だみたいな話をして、何もかもあいつのせいだみたいな感想だったらしいんですよ。
で、僕は全然そうは思わなかったんだけど、何にもかなのせいじゃないとは思ったんだけど、それで周りの人間は悪いって思ったんだけど、いずれにせよかなのことをよくわからないと思ったのは、そいつと僕だけで、あとはみんな、私はかなのことがわかるって言われたんだけど、じゃあ、かなのことがわかるっていうのはどういうことなのかっていうのが、僕にはわからなくて。
ぜひ、かえちゃんに見てほしいな。
うわ、すっごい長いプレッシャーかけましたね。
あと、もう一つ、なんでそう思ったかっていうと、ナビアノ砂漠の感想を話した人の一人に、かながああいうふうな振る舞いをしたのは、こういう原因があるんじゃないか、こういう原因、ああいう原因があるんじゃないかみたいな話をしたんですよね。
だから、たとえば父親との関係がダメだったんじゃないかとか、過去の恋愛でこういう経験があったんじゃないかみたいな。でも映画の中ではそれが語られないから、それがよくわからないまんま彼女の怒りみたいなものが、よくわからないまんまあの映画っていうのは終わったよなみたいな感想を言ったら、それがわからないといけないわけって言われて。
うん、それ言ってる意味わかる。
で、僕は、なんていうのかな、ちょっとずれた例えなんだけど、この僕のわかってなさを解く公式は、ここにあるんだみたいなとっかかりはあるんだけど、よく、でもなんか、体感としてはあんまわかんねえんだよなみたいな感じを得たんですよね、あの映画。
私が、私がわかっているかどうかは、私にはわからないですけど、でも、私、映画館で見たかったけど、見れるとこなかったから、大阪まで行かないと、たぶん見れるとこなかったから、見れなくて。
単館系の映画であったからですね。
最近、スナワプラ出てから、先週かな、先々週かな、見たんですけど、予告は見れたから、予告は、あの、映画館でやってる時、やってるぐらいの時期に見て、
で、エキセントリックな感じだったから、なんか、はちゃめちゃな女の子の、はちゃめちゃな映画なのかなって、思ってたんですよ。
で、見てみたら、うわ、全部わかる、全部が何言ってるかがわかる、ってなっちゃった。
全然、わけわかんないとこがない、みたいな感じ。
なるほど。僕は何もわからなかったからね。だから、あの、映画に出てくる本田や林が、ああなることがよくわかるというか、彼らも、かなが何が起こってるか、何もわかってなかったじゃないですか。
かな 彼らには何もわかってなかった。
やっぱ、典型的な男性なんだろうなって、僕は思った。彼女をイラつかせる何かみたいなのが、僕の方にあるんだって思った。
かな の描写もそうだけど、あの映画がすごく、とても緻密に、前編において、とても有弁であったと思いました。かなだけじゃなくて。
表現がというか、とても語りかけてくるように。それが、かなの状態とかを説明してたというか、なと思った。
それが、だから、言語の説明じゃなくて、状況とか、空気感で、今何が起こっているという感じで。
で、私の感想を言ったらいいですか?
うん。ぜひ聞かせてください。
かな 流れていくストーリーっていうのは、さっき説明してもらったストーリーなんだけど、
すごく最初から最後まで繰り返し繰り返し、表現された要素が3つあるなと思ったんですよ。
それは1つ目が、かなはとてもコミュニケーションが苦手で、他人とうまく環境を築けなくて、
かといって、一人で自律的に何かができるということもなく、そういうわけで、恋人同士、恋愛関係というか人間関係にとても依存するタイプの人であるということが、繰り返し繰り返し説明されてたと思うんですけど、いろんな。
ほんだにもそうだし、誰だっけ?はやし。はやしにもそうだけど、っていうのが1つ目で、もう1つは、かながというか、女性であるかなが、常にルッキズムとジャッジメントと女性別姿の中にさらされて生きているという描写がすごくあった。
そうですね。
そして、そのことに、でも嫌気があったし、すごく気がついている、そのことに敏感に、かなが気がついている。
3つ目が、そのように、1つ目に言ったように、コミュニケーションが苦手で恋人に依存してしまうという性質で、異性愛者なのに、その2番目の、常に女性としてのジャッジメントやルッキズムや別姿にさらされて、男性に嫌悪感があることに折り合いがつかない。
問題がつかない人間関係の中で、かながどうしようとしているかというと、自分に優位性があるということを確認しようとし続ける、というのがあったかなと思うんですけど。
なるほど。
優位性があるというか、対等、あなたより私は下ではないというのを主張する、というポイントがあったなと思う。
はいはいはい。
でも、それは別に何の解決にもなってないから、めちゃくちゃになっちゃうんだけど。
はいはいはい。
でも、そういうわけで、かながわがなぜあのようになってしまうのかというのは、気持ちはよくわかるっていう感じだった。
主要なシーンの解説
これは全体としての感想なんですけど。
はいはいはい。
特に、ほんだとはやしとの決意的な場面っていうのがどっちもあって。
はいはいはい。
ほんだで、二股をおうかしてたんだけど、遊んで楽しくやってたんだけど、かなが。
はやしに、次会うときは恋人と別れたかなに会いたいって言われるんですよね。
うん。
ほんだは知らないくて、はやしは彼氏と同棲してること知って、承知で付き合ってたんだけど、
でも、それでもいいと言っていたけど、やっぱり自分とだけ恋人関係を結んでほしいから、
次会うときは、同棲を解消してきてほしいってお願いするんですよね、かなに。
かなは分かったって言うんだけど、たぶんね、すぐ迷ってたと思うんですよね。
そのときに、たまたの道の間に立って、どっちに行こうかなみたいな場面があって、
片方の道に行ったら行き止まりになっちゃって、
で、戻って元の道に行ったら、首相から帰ってきて、ほんだがいてっていう描写があったから、
私は、この子どっちでもよさそうで、くじみたいにして、
とりあえず、ほんだのほうを選ぶことにしたのかなって思ってた。
これは、この後の場面だけど、かなにとって恋人と別れるっていうのは、別れを同意させることじゃなくて、そこから去ることだから、
迷いがなかったら、ていうか、林のところに行くんだったら、迷う人はないんです。
出て行けばいいだけだから。
あの時点で迷ってたってことは、かなにとっては、どっちでもよかった。
なるほどね。ほんだでも、林でもよかったんだね。
どっちでもいいけど、別れてって言われちゃったけど、どうしようかな、みたいな。ちょっとめんどくさいな、ぐらい。
で、出張から帰ってきた、北海、札幌の出張から帰ってきたほんだに、
ススキノの風俗に行ったということを告白される、聞いてもないのに。
フリとして、札幌に出張に行くねって言って、ほんだがいなくなるんだよね。
出張に行ったから、危機として林で遊びに行くんだよね。
で、その場所で別れてほしいって言われて、戻ってきたら、ほんだが意気消沈していて、
出張行く前に、ススキノの風俗に連れて行かれたらどうする、みたいな話を二人でしていて、
いやいや、絶対断るから、みたいなことを、ほんだがいなくなる。
それも別に、カナはほとんど何も聞いてないのに、
すげえ、俺は絶対行かねえんだ、みたいなことを宣言していて、
で、帰ってきたら泣きながら、断れなくて行きました、みたいなことを言っていて。
で、その時のカナの、なんていうのかな、すごい笑顔だなと思った。
あのシーン、たぶん笑ってたっていうか、笑いを押し殺してたというか。
そうそうそうそう、そうだった。
だからね、私、あの場面、最初の風俗行ったっていう時点では、
大して怒ってないっていうか、それによって去るつもりもあんましなかったと思うんですよね。
なんかその、この人だから優位性を取ること、みたいなのを、
自分の言うことを男に聞かせることで、たぶんいいと思ってる人だから、
風俗行ってしまったって言って、
あの罪悪感に苛まれてる状態のホンダって、あんまし嫌いじゃないと思うんですよね。
でもね、目の色が変わる瞬間があるんですよ。
っていうのが、ホンダが、でも立たなかったからできなかったって言うんですよ。
で、それに、その時に、ギロッとなって、目が。
で、あって、失礼だろって言うんですよ。
そうね、その通りだね。
カナとホンダの関係
でも、それって、たぶん、私は、その失礼だろって言うの、
立たなかったことが相手に失礼って言ってるんじゃない。
はいはいはい。
あの場面こそ、カナの男性への嫌悪感、
女性としての男性一般に対する嫌悪感の現れた場面だと思うんですけど、
あれは、ホンダが何をしたかっていうのを、カナが見てる。
ホンダが何をしたかと言うと、
風俗で働いてる女性に、自分は性的書をどう覚えなかった。
はい。
ということによって、カナが特別だと言っている。
はいはいはい。
それがムカつくっていう場面。
えーっと、どういうこと?
あの、これたぶん、ここはね、自信あるとそうじゃないかなと、
はいはいはい。
私は結構、これは正しく読めてるんじゃないかなと思うんですけど、
はいはいはいはい。
違ったら、悪いけど、自信持っていますけど。
はいはいはい。
あの、どういうことかと言うと、
罪を告白して、自分の罪、
ホンダの罪の話をしてるわけじゃない?今。
はいはいはいはい。
まあ、それは約束を破ったということだと思うんですけど、
ちゃんと、行かないって言ってたのに、行ったって。
それを告白した。
この時点では、カナとの約束を破った罪についての告白をしてるじゃないですか。
はいはいはい、そうですね。
その罪を告白するものと、罪を咎めるものっていう、
はいはいはい。
会話ですよね。
そこで、ホンダが何をしたかと言うと、ある意味話をすり替えて、
怒ったことを、別の女性を落としめることによって、
カナを持ち上げようとしてる。
そうですね。
だから、そこに女性ヒエラルキーみたいなものを突然持ち出して、
私はこの人に対して、
なるほどね。
心臓を覚えなかった。
それはあなたが特別だから。
そんな話してないし、
はいはいはいはいはい。
全く関係のない、私の見ず知らずの女性を、
私を持ち上げて、自分の罪を許してもらうために、
落としめる。
これが失礼だろうと言ってる。
はいはいはいはいはい。
ここで、カナは別れを決めたと思う。
なるほどね。
意味が分かった。
意味が分かった。
それは、分かった。分かった。
だから、やっぱ分かってなかったんだ、僕。
これはね、おそらくこれで合ってると思う。
なるほどね。
だから、それが分かんないと、
さっきまでヘラヘラしてんって言ったのに、
突然切れたじゃんってなると思うんですけど、
そう。
私も、この生きてきた37年の中に、
状況は違うけど、同じ意味で失礼でしょって言葉を使ったことがある。
たぶん、結構みんな使ったことあると思う。
そういうこと言われたことある人多いと思う。
なるほどね。
それはまあ、分かんないわけだと思った。
僕は、かえちゃんの言ったポイントで、
カナが怒ったのは分かったんだ。
でも、ホンダはそれもよく分かってなかったじゃん。
分かってない。ホンダは分かった。
だから、ぽいなこいつと思ってたんだけど、
意味分かった。
なるほどね。意味分かった。
で、同じことが林にも起きた。
それはどのポイントで?
カナが写真、エコー写真を出して、
そっからイライラしてた、ずっと。
でも、たぶん、自分と付き合う前の話だし、
イラつくけど、保留してたと思うんですよ。
林との葛藤
とりあえず撮っとくかと思って保留してた。
で、ホンダに待ち伏せされた人といろいろ会った後に、
帰ってきて、そっからまた喧嘩みたいになったときに、
写真を持ち出したんですよ。
発見して隠してたエコー写真を出した。
で、「これ何?」って言って。
見たら分かんじゃん、みたいに言われて。
で、「これ、何これ?」って、いろいろ聞いたら、
忘れたっていう。
はい、忘れたって言いましたね。
この忘れたが、
トリガー、トリガーなんですね。
で、この場面では、妊娠というものが、
とても女性にとって負担であり、
情報的に損をすること。
だけど、二人がの原因で起きてることじゃないけど、
それに対して、忘れたと言ったことに対して、
でもたぶんね、林的には嫉妬だと捉えたんだと思うんですよね。
このカナの写真持ち出しを、前の女に対する嫉妬だというふうに捉えて、
前の女のことなんか忘れたという意味で、忘れたと言ったと思う。
そうだね。僕もそのように捉えました。
うん。妊娠のことを忘れたんじゃない。
そのような関係であった前の彼女のことは、忘れたという意味で、忘れたと言った。
そうですね。
それを、カナはこんなに重大なことを忘れるって、どういうことっていう。
うん。
女性にとって、妊娠するということがどういうことか分かっているのかという、
罪をつけている、いった場面だと思うんですね。
あの場面、カナは。
そうですね。
そこで、この、女性、異性愛者でありつつ、
逃れられない女性のルッキズム、ジャッジメント、女性別視を抱えながら、
男性に剣を持ったまま、この人と関係するというときに、そこにスイッチングが入る場面だと。
はいはいはいはい。
あそこから、暴力が過激になっていく。
はいはいはい、そうですね。
で、あの過激になる暴力は、これはちょっと分かんない。
私がこう見たっていう話なんですけど、
はい。
なんだろう、もう拭いきれないというか、説得するにも、罪を休断するにも話の通じない、
はい。
男女のジェンダー感というか、
はいはいはい。
思った相手と、暴力は平等にやれるからだと思うんです。
あー。
殴り合いは平等。
うん。
あのようなコミュニケーションになったということだと思うんです。
うん。
殴り合いの激しい喧嘩というのは、
うん。
あの、同じ方法でやりあえる方法でコミュニケーションする。
それで私はお前に勝つというやつだと思うんです。
はいはいはいはい。
それがあそこから始まったから、
はい。
そう思いました。
なるほどね。
でも、お前意味わかんないもん、みたいにずっと言われてるんだけど、
うん。
やるしかない、みたいな。
お前も言っても、話が、同じ言葉をしゃべらないんだから、パナと。
うん。
殴ってわからせるしかない。
殴るという方法しか、共通の言語を持たないっていう話。
あー、なるほどね。
なるほどね。
お前、何わかんねえって、お前がわかんねえから殴ってるんだっていう話。
そうそうそうそうそうそう。
お前の物分かりが良ければ、殴らなくていいんだよねっていう話になるってことだよね。
これがでも、なんかその、カナが、
うん。
ホンダがしていたみたいに、
うん。
何でも自分の世話をさせる。
はいはいはいはい。
みたいな、ケアをさせるっていうのが、
うん。
それだけ見ると、確かにされている方が優位っぽいんだけど、
うん。
ケアの支配性みたいなもの、すごい出てたと思うんですよ。
あの、
はいはいはい、出てましたね。
ヤマサラ砂漠は。
うん。
ホンダは、めちゃくちゃ支配的に振る舞うんだよね。
本人その自覚ないけど、
うん。
権力と支配のダイナミクス
すげぇ支配的なんだよね。
あの、カナが何でもさせてるようだけど、
うん。
そうじゃなくて、カナが何にもできない人間だというふうに、
うん。
扱われてる。
そうだね。
これすごい微妙なとこっていうか、
うん。
すごい面白いなと思う。この映画のすごい、
はいはいはい。
確かにこれは言葉ではちょっと説明できない部分で、
すごいなと思ったんですけど、
うんうん。
自覚無人なんだけど、支配されてるのはカナなんですよね。
ホンダとの関係では、結局。
そうですね。
みたいな。
うん。
これがすごいドキッとしたのが、
うん。
ホンダが、
うん。
カナにしょっちゅう水飲むって聞くんですよ。
うん。
それがドキッとした、私がしたのは、
喋れない子供に、
うん。
への、声かけ頻発度、ナンバーワンだと思ってたんですよ。
お茶飲む、水飲むって。
あー、はいはいはい。
私、子育てしてるとき、
はいはい。
すごい、喋りだしたぐらい、
喋りだしてしばらくしたぐらいに、
ハッとしたことがあって、
はいはいはい。
これ、このまま気づき続けたら、
はいはい。
あの、喉が渇いたという状態がわからない人間になってしまうぞって思った。
はいはいはいはいはいはいはいはい。
で、
はい。
ふわっと思ったんですよね。
だから、かき回りして、
お茶飲む、水飲むって聞き続けたらやばいと思ってやめたことがあるんですよ。
これさ、
うん。
田舎の老夫婦ん家とか行くとそうだよね。
うん。
奥さんがずっと、そのじいさんに、
あれを飲むか、これを食べるか、
あれをするか、これをするかみたいな、ずっと聞いてんだよね。
うんうん。
で、じいさんは、あーとか、うーとか言うんだよね。
うん。
それだな、だから、それをやり続けると、
うん。
自分では何にもできなくなっちゃう。
自分では何にもできなくなっちゃうわけで。
自分の欲望すらわからない人間になろうってことだよね。
うんうんうんうん。
で、ドキッとしたけど、これ、でもたまたまかなって最初は思ってて、
はいはいはいはい。
本壇の場面見てるとき。
はいはいはい。
かなが階段から落ちて怪我して、
はいはいはい。
次の日起きて、一発目に林がペットボトルがって差し出して、水飲むって聞くんですよ。
はいはいはい。
これ絶対意識的だと思って、すげーと思った。
あー。
やっぱりそうだと思って。
はいはいはいはい。
かなが大怪我して、
うん。
まあ、不可抗力でっていうか、
それはどうしようもない状況になっちゃったからだけど、
このようにして、今無能力者になったんだって。
はいはいはいはい。
で、林も今それを認めて、水飲むって聞いたんだって、すげーと思った。
はいはいはいはいはい。
なるほどね。
水飲むっていうのがすごい、この人何もできないっていう認めたんだな、今この男たちがかなをっていう感じだった。
はいはいはいはいはい。
なるほどねー。
で、そういうのがうまくいかないから、ずっとかながイライラしてるかもしれない。
はいはい。
全然何もうまくいかないから、
まあやり方が悪いっていうか、
不毛な方法を取ってるから、どこにも行かないとそうなっちゃうんだけど、
かなおちょの葛藤も、うまくいかないはがゆさもわかるなっていう感じで、
どうしようもなさみたいな。
うん。
ですね。
なるほどねー。
あと、林のホームパーティーみたいな、グロホームパーティーしたけど。
林んちが金持ちなんだよね。
で、林んちが金持ちだから、林がかなと付き合い始めた、同棲始めたんで、
たぶん親族にかなを披露するみたいな名目で、親族が集まったキャンプにかなを連れて行くんだよね。
で、お父さんお母さんいて、いとこたちがいてみたいな。
で、全員たぶん東京のブルジョアなんだよね。
で、そこでかなが、なんかあんまりうまくやれないみたいな。
で、お母さんがずっとジャッジしてる、たぶん自覚なくずっとかなをジャッジしてる。
で、手が高いとか顔がちっちゃいとかきれいとか言って、
近くにいた妊娠してる女性を呼んで、並んで立たせて、どっちが背が高いとか言ってみたりとか。
で、そのあと、お母さん中国の人とか言って。
で、大学、学生のときは日本にいたみたいにかなが言ったら、
じゃあ優秀なのねって言うのとか、
映画のテーマと心理描写
なんかもうすごい、中国人、日本に来るということが、中国から日本に来るということが優秀みたいなのってすごい格差つけて、
ジャッジしてるみたいなのとか、もう怒涛のジャッジメント大会ですごかった。
すごかったね。
でも、林は何にも気がついてない。何ならほったらかして一人にさせて、全然その。
一人で発発してたもんね、あいつらなんか。
そうそう、ほったらかしだし、なんやこいつっていう感じ。
だったけど、すごかったです。
すごかったね。あれはすごかった。
あれ、あのあと、なんか林ともともと付き合っとったっぽい女の人が来て、
その妊娠している女の人と、かなの3人で喋らされるみたいな。
うんうん。
で、その場面で、私もかなっていう人でしょ。
そうそうそうそう。
で、それと最初、お母さんに性比べさせられた、
妊娠している女の人と、かなの3人がちょっと挨拶するみたいな場面のとき、
あの、ピンと合ってないぼやーってしてるバックの人たち全員こっち見てるのめっちゃ怖かった。
へー、気づかなかった。
全員、動きが止まって、表情は見えないけど、みんなこっち向いてるのがわかるんですよ。
はいはいはいはい。
あー、こわ!って思って、みんな。
で、それがたぶん、かなの真理っていうか、みんな私たちと比べてるみたいなことかなと思って、こえーって思った。
あれ、やだったね。
うん、やだった。
あれ、やだったな。
なるほどねー。
すごい。
だいぶわかってきたな。
だいぶわかってきた。
うん。僕があの映画を見たときに、持った感想っていうのは、僕はわかってないって思ったんだよね。
うんうん。
から、その、なんていうかな、わかってないということを認めるしかないと思ったんだ、あの映画。
あー。
うん。つまり、僕が例えば独力で、今、かえちゃんの説明を聞いたから、かえちゃんの説明を聞くと、なんとなくその、想像可能な領域に入ってきたんだけど、
うんうんうんうん。
もし僕がかえちゃんと話をせずに、あの映画を自分で理解しようとしたら、やべえと思ったんだよね、たぶんね。
うんうん。
たぶん、わけのわからないことを僕は言い出すだろうなと思って。
うん。
うん。
から、その、わかってなさを認める以外に、あの映画の感想を言えんなって、僕思ったんだよね。
あの、例えば、虎に翼とか、私たちは夢中恋愛がしたいとかみたいな、人に何かを、経験がない人に、わからせるタイプの創作物があると思うんですけど、
うん。
ナビビアの砂漠は、たぶんそうじゃなくて、
はい。
どっちかっていうと、経験がある、かなの持った感想を持ったことがある人にしかわからない作りになってるんじゃないかと思うんですよ。
なるほどね。
何か啓蒙というか、その、わからせようという映画ではなくて、ありのままを、というか、かなのから見た世界として、できるだけ、その、世界を切り抜いたときに、
はいはいはい。
それを見て、何が起こってるかわかる人っていうのは、同じ世界を見たことある人だけなんじゃないかと思う。
なるほどね。
あれ、いきなり見て、同じ感想かな、みたいに、似たような立場とか、似たような状況とかで、
うん。
似たような経験がない人に、あの映画で何かをわからそうとするのは、ちょっと難しいから、というか、それは全然、そのために作ってない。
カウンセリングの重要性
うん。
彼女から見た世界、そのまま切り取っただけ。
なるほどね。
それで、その、わかれるんじゃないかと思います。
そこで何が起きてるか、察しがつく人と全くわからない、みたいな。
あのさ、ちょっと映画の中の時間軸進むんだけど、
うん。
えっと、かなはあまりにも、何にもうまくいかないんで、
うん。
えっと、カウンセリングを受けに行くんだよね。
うんうんうん。
で、カウンセリングを受けて行った後、病名がつかないって言われて、
うん。
でもこんなにうまくいかないんだけど、本当に病名つきませんかって聞いて、つかないって言われるんだよね。
で、それでもカウンセラーと話、カウンセラーのところに行って、
うん。
で、それは自分のことを知りたいからだと。
うんうんうん。
で、自分のことを知るために、そのカウンセラーの、その女性のカウンセラーと一緒に散歩したり休日出かけたりすることは可能かって聞いて、
うんうん。
で、それ職業上できませんって言われるシーンがあり、
うん。
で、その次のシーンとして、
うん。
えっと、そもそもその林と喧嘩している時に、
うん。
隣の部屋から英会話の音源が聞こえてくるんだよね。
うんうんうん。
で、隣の部屋に、えっと、なんていうかな、まあおそらく20代後半ぐらいの女性が住んでいて、
うんうんうん。
で、その人が、えっと、林と喧嘩を始めると英会話の音源を聞き始めるっていう、
うんうんうん。
う、描写が入ってて、
うんうんうん。
で、そのカウンセリングの描写の後、
うん。
なんか、林との喧嘩中に、
うん。
帰り状態みたいな感じになって、そのかなりの精神世界の描写が始まって、
うんうんうん。
で、その精神世界の描写の中で、隣の部屋のお姉さんとキャンプファイアをするっていう、
うんうんうん。
シーンが入ってきて、で、その後、その現実の世界に戻ってくるんだけど、
うんうんうん。
戻ってきた現実の世界の部屋って、
うんうんうん。
人間関係の再構築
あの、合わせ鏡っていうか、その、
鏡状になって全部変わってるんだよね。
反対。
反対になってるんだよね。
うん。
で、その反対になった部屋で、えっと、ホンダが作ってくれたハンバーグを、
うん。
えっと、林と一緒に食べるっていう、
うんうんうん。
シーンがあって、その間に、かなに、
うん。
あの、お母さんから電話がかかってくるんだよね。
中国のね。
中国のお母さんから、フェイスタイムみたいなのが。
うんうん。
で、その中国の親戚一同が集まってて、みんなかなを見て、で、中国語でずっと話しかけてくるんだけど、
日本で生まれ育ってるから、中国語あんま分かんないんだよね。
うんうん。
から、その、ずっとそのティンプートンっていう、その分かりませんっていうのをティンプートン、ティンプートンって言って、
で、電話を切った後、林にティンプートンってどういう意味って言って、分かりませんっていう意味って言って、林がそれを聞いて笑うっていう、そのラストシーンがあるんだけど、
うんうん。
僕が感想を聞いた人の一人が、
うんうん。
あの映画はハッピーエンドだと。
うんうん。
で、なぜなら、医療につながって、
うんうん。
カウンセラーと関係を築けたっていうのと、
あと、その、隣のお姉さんと仲良くなって、
うんうん。
その、人間関係に踏み出すということをやったと。
うんうん。
で、もう一つは、家族と連絡を取ることによって、家族関係が回復したっていう感想を言ったんだよね。
うん。
で、僕は、え、そうなんかなって思ったんよ。
私はそうじゃないと思った。
カウンセラーには拒絶されてるし、隣のお姉さんとの会話も精神に正解の中で起きていて、
うんうん。
で、最後のティンプートンっていうのは、結局家族との関係っていうのも彼女にとっては全くわからない。
うん。
だからずっとティンプートンって言ってるんだと。
だから家族関係は全然回復したみたいな表彰じゃないって僕は思ったんだけど、
うんうん。
その、なんていうかな、その辺はかあちゃんはどういうふうに見ましたか。
私がその流れで思ったのは全然違くて、
うん。
私が感じたままに言いますから、
うん、はい。
これもうわかんないですけど、
まず、その、カウンセラーの人と話して、
うん。
あ、ちょっと、ちょっと、前後が、ちょっと自信ないとこあるけど、
はい。
っていう場面あった。
カウンセラーの人には、そういうこと的に会うことはできないって言われた。
まあ、そりゃあそうだと思う。
はい。
その、その中で、箱庭療法をやってる。
そうですね。
あの砂場、箱の中に砂入ってて、
うん。
私たまたまちょっと、たまたま見る、何しか前に別のところでそれについて詳しく見たから、
うん。
あ、すぐ、あ、これ箱庭療法じゃん、この間のやつじゃんと思ったんだけど、
あの中、自由に遊んでいいんですよね。
うん。
砂が入ってて、そこに木を植えたり、
うん。
なんか橋を渡したり、石並べたり、人形置いたりして、
うん。
とにかく、好きに砂遊びしていいっていう、
はい。
それ両方、両方。
そうですね。治療法、治療法なんですよね。
治療法の一種のやつをやってて、
でで、こうやって、カナが真ん中に木を植えたとこから、
うん。
パーって森になって、
うん。
そこにカナが座ってるっていう、
うん。
そこに隣の家のお姉さんが、「やっぱりあなただ。」みたいに来て、
うんうん。
焚火を囲んで、
うん。
なんともない話をするっていう、
そうね。
なんていうの、なんか、何の意味も特にない会話を楽しむみたいな場面になる、
うん。
っていう場面と、
うん。
バーってまた林と喧嘩してるときに、
うん。
それがこうズームアウトっていうか、
うん。
こう絵が引いて、
うん。
携帯の画面でそれを見てるカナが、ルームランナーで走ってるっていう、
そうね。
画面になる。それがその帰りの場面。
うん。
で、そのうち巻き戻したり、先進めたりとかして、
うん。
飽きたらルームランナーから降りて、階段登っていくみたいな、
うん。
そこでなんか戦争みたいな音聞こえたり、なんかいろんな音聞こえて、
うん。
っていう場面から、部屋のまた喧嘩、
うん。
もうなんかトクミ屋みたいな喧嘩のシーンになって、
うん。
もう疲れ果てて、2人が疲れ果てて、
うん。
ハンバーグ食べるっていう、
うんうん。
シーン。
なんか、そっからの流れ全部、なんか距離の話をしてるって私は思って、
はいはいはいはい。
距離感の話。
はいはいはいはい。
箱庭の中から広がった、私もまだ精神世界の話だったんですけど、
はいはい。
実際に隣のお姉さんと仲良くなったんじゃなくて、
うん。
自分に、このないもの、自分が何を癒すかということについて考えている。
うんうんうんうん。
で、それが、この、カナは今までとても相手に介入し、介入される関係だった。
そうね。
共依存。
うんうん。
奪い合うみたいな、
うんうん。
お互い奪い合い、上に立ったり、
うん。
人間関係しかしてこなかった。
うんうん。
彼女が癒されるっていうか、その、満たされるには、
うん。
あれぐらいの距離感の、
はいはいはい。
何の取り留めもない。
で、相手も隣の人っていう、なんか、
うんうん。
お互い、あんまし関係ないみたいな。
うん。利害関係のないね。
利害関係もないし、お互いのこともよく知らない。
相手が誰なのかもよく知らない。
うんうん。
相手と、さきびりの横に座って、ゆっくり、
うん。
何の意味もない会話をするっていう、場面だと思うんですけど、
そうね。
うん。
っていう穏やかな時間っていう、
はい。
描写だった。
それはなんか、人の距離感を表してるのかなって私は思った。
なるほどね。
内容にしろ、相手との関係性にしろ、
はいはいはい。
はいはいはい。
みたいな。で、そういう精神世界の箱庭の中の話。
で、そのルームランナーの中、
ルームランナーが走って喧嘩してる場面を見るっていうのも、
っていうのと、
うん。
ナミビアの砂漠の景色
あの、ナミビアの砂漠でキリンがオアシスの水を飲むっていう場面がこう、対比なのかなと思うんですけど。
あ、そう。ナミビアの砂漠っていうタイトル自体は、
カナが時間があるとずっとナミビアの砂漠にあるライブビューを見てるんだよね。
で、その水場にカメラが仕掛けてあって、
そこにいろいろな野生動物が来て、水を飲むっていうのをカナはずっと飽きもせず見てるんだよね。
で、それがナミビアの砂漠なんだよね。
で、ナミビアの砂漠って、すごい遠くて、
はい。
自分と関係なくて、
はい。
っていう場所の時間だけ共有してるっていうか、ライブ映像じゃない?
そうですね。
で、この携帯の画面と見てる人っていうのが、その距離感の表現かなと思って、
ルームランナーで走ってる自分と喧嘩してる自分みたいな、その、の距離みたいなの、あれが出るのかなっていう、その、
実際喧嘩してる自分と、そういう俯瞰してみる自分みたいな、距離感の表現かなと思った。
コミュニケーションの難しさ
で、さらに、この中国からかかってきた電話の画面と、カナたちも、その対比の、3つ目の対比っていうか、彼らと私たち。
で、何言ってるかわかんないけど、みんなすごい嬉しそうなんですよね。
そうね。
いやー、みたいな、いやー、あんたかんたなー、みたいに言ってて、
みんなすげー楽しそうなんだよね。
で、カナ、私が見た感覚では、前編として、カナがちゃんと、幸せそうに笑顔で挨拶できてるのは、あそこだけだと思うんですよ。
そうね。
だから、あの、距離感。
はいはいはいはい。
で、この人たち何言ってるかもわかんない。
はいはいはい。
さっきのお姉さんは、内容はなかったけど、まあ意味わかるんだけど、今度は言ってる意味もわかんない。
はいはいはいはい。
で、でもカナも、ニーハオー、ニーハオーって手振ってニコニコして、
で、時々、ティンフルトン、ティンフルトン、わかんない、わかんない、わかんない、みたいに言って、
で、そのうち、わーって盛り上がってるうちに、ブチって切れる。
そうですね。
で、何て言ってたのって、ティンフルトンってどういう意味?って、わかんないって。
で、わかんないって言って、早くし笑って、
で、カナはハンバーグ食べながら、うんうんってうなずく、みたいな。
で、私は、まあ私の感想ですけど、
はいはいはい。
だから、わかんない。
私の捉えた、捉え方は、相手のことが理解できるとか、自分は相手のことがわかっていると思うからダメなんじゃない?
はいはいはいはい。
砂漠でも、中国でも、隣でも、関係なく、人間の距離感、これに侵入しようとしたり、奪ったりしようとするから、うまくいかないんで、
相手がわからないものとして、わからないものだと認めることが必要っていうことが、わかったといううなずきかなと思った。
ラーメンに向かって笑う、カナとっていう。
なるほどね。
で、だからその、カウンセリングからこっちは、カナの癒しが癒されていくとか、改善していく。
そういう意味では、ハッピーエンドかと思いました。
良い方向に理解が進んでいくという描写かと思った。
そうね。なるほどね。
なるほどな。
理解というものが、ある種の支配的な思考性を持っているもんね。
ホンダが車でここに来て、戻ってきて欲しいみたいに泣いているときに、
俺はカナの気持ちがわかるってすごい言うんですよ。
そうね。
それが何ていうか、不思議っていうか、それを受けて、そういうことかなと思った。
これ、誰が言ってたのかちょっと忘れちゃったし、もしかしたら僕が考えたことなのかもしれないんだけど、
もしかしたら誰かの考えたことで、もしかしたら僕が考えたことなんだけど、
文化人類学においては、異文化理解みたいな話をされがちなんだと。
大学とか行政機関とか企業から、異文化理解ができるようになるためのスキルセットみたいなのがお期待されがちなんだけど、
でも第一なのは、異文化理解をするというところではなくて、
他者の他者性というか、わからなさみたいなものを引き受けるということが必要なんだっていう話を誰かがしていたような気がして、
異文化理解という話をしたときに、僕たちは異文化理解を通して他者を完全に理解できると思いがちなんだけど、
そんなことはなく、わからなさが増大するにすぎないんだけれども、
むしろそのわからなさが増大するということを引き受けないと、わけのわからない他者というものとは一緒におられないんだっていう話だったなと思って。
確かに、カナがそれに気づくという映画なんだね、あれはね。
私はそうかと思いました。
なるほどね。
今までカナの葛藤とか、うまくいかなさ、人間関係でうまくいかなさ、相手から奪われる関係しか気づけないものの、
絵の一つの答えじゃない、答えじゃないけど、突破口っていうか、それがわからないんだ、私たちはということを。
だから、携帯で中国とのやりとりの中から、ティンプートンという言葉をピックアップしたんだと思った。
そうね。
わからないって。
そうね。
あ、わからないんだと。
こういうわからないことを、認めなければいけないということを、ゲットしたかったと思った。
そうね。
おっしゃるとおりだね。
おっしゃるとおりだね。
だから、僕があの映画に描かれていない部分から、カナの怒りを読み解こうとしたの、みたいなのが、まさにそれなんだよね。
理解への道
その理解による支配をしようとしている。
その、だなと思った。
で、それが林的態度であり、本田的態度であるわけだよね。
まさに、相手を理解したということにすることによって、相手の主体性みたいなものの幅みたいなものをすごく狭めようとして、操作可能な状況に置いておくことにして、ある種の見かけ上の平穏を作り出そう、みたいなことだな、みたいな思いましたね。
でも、それが行われているのを見ているカナっていうのは、そこに自分の存在感ないことがわかるから、イライラする、みたいな。
だから怒ってんだね。
勝手に女性ヒアルキー、上位者だとしたりとか、関係ないでしょ、みたいなのが、この人は嫉妬しているんだというふうに取り扱われるとか、
そうじゃない、今、私とあなたの話をしているということがわかってもらえない。
私とあなたのやり取りをするために、とっ組み合いをする、みたいなことかな、と。
そうですよね。暴力って、他者の他者性みたいなのを認めざるを得ない水平ですからね。
言語によるコミュニケーションって、全然通じてなくても、なんとなくわかったよねっていう感じを生み出せちゃうけど、
その怒りとか、暴力みたいなものって、相手との通じてなさみたいなものを認めるしかないですからね。
実際今殴られているわけだから。
そうですね、おっしゃる通りだなと思いましたね。
それが不毛だから、よくはないんだけど、不毛だからどこにも行き着かなかったんだけど、結局その暴力では。
理解の地平にどうせ到達できないですかね。
理解し合えないということはお互い確認できても。
それ、こういうことかなと思いました。
言えばでしたね。
で、このラジオではね、たぶん言ってないけど、
むろこしさん同誌集3人とか、いろいろ追っている人だったら聞いたことあるかもしれないけど、
むろこしさんが、相手をコミュニケーション可能な他者だと認めることみたいに、
え、あってる?
あいとは、相手をコミュニケーション可能な相手だと見出すことである。
見出すことであるって言ってて、私はそれはとりあえず保留してたんですよ。
はい。
なるほどと思ったけど、ちょっと私にはちょっとしっくりこないなと思ったから、
で、ナミビアの砂漠のラストを見て、
あ、私的には、あいというのは、相手が理解不可能なものだということを自分が認めて、
それでも幸せに組みしようとすることだと思った。
はいはいはい。
それが、話の通じない中国人の相手に、にこやかに手を振るということかと思ったという感じでした。
なるほどね。
それは、やっぱり出発点が違うというか、
僕がなんでこのように思うかっていうと、
僕はあんまりコミュニケーションが成り立ったなって思ったことがないわけね。
だから、分かり合えたなみたいな。
で、あの、めちゃくちゃ傲慢な話をすると、
僕の感覚としては、どうやら僕は相手の言っていることを理解しているが、
相手は僕の言っていることを理解していないなっていう局面があるわけだよね。
うんうん。
で、その時に、なんていうのかな、
相手と自分みたいなものの分かり合いなさみたいなものは前提としてあるんだけれども、
そこで相手がバカであると思ったりとか、
この人はコミュニケーションというのは前提的に不可能なのだから、
もうしょうがないと思ってしまうと、
なんていうかな、他人といるっていうことがもうできないわけだよね。
うんうんうん。
そうすると、この場をお互いのものとして持つためには、
その、本来的には分かり合えないかもしれないんだが、
これが分かり合うためのコミュニケーションが可能だと、
相手がそのような存在だと思うしかないと思っていて、
で、だから、
かなの理解とは逆方向から来てるっていうか、
かなは多分、我々は理解可能なはずだと思ってたわけだよ。
ああ、そうか。出発点が逆。
そうそうそうそう。
お互いが理解可能だから、
その、ホンダとの生活のように極限までお互いを差し出し合えば、
もっと、いずれ理解可能なんじゃないかみたいな、多分あったんじゃないかなと思っていて、
それは林との密月関係のところでもそうだと思うんですよ。
極限までお互いの、お互いの境界がわからなくなるまで、
自我を浸透させ合うみたいなことによって、
いずれ共通の認識みたいな、
分かり合えるっていうところに到達できるんじゃないかっていう感覚が多分あったんじゃないかなと思っていて、
で、林は本能的にそれを避けたわけだよね。
避けてました。
お互いの境界が分かり合えないみたいなの嫌なんだよね、みたいな。
怖いっつってたもんね。
から、
まあ多分それにもびっくりしたと思うんだよね、かなはね。
他に一体どういう分かり合うという方法があるんだろうっていう。
で、その距離感を持つっていうのは、その分かり合いなさっていうのをもう受け入れることによって、
コミュニケーションによってどうにかすることを目指すっていう話だと思うけど、
だから僕あまり言ってることが違うとは思わないかったね、今の話を聞いて。
逆側から来てるね。
逆側から同じ方向に向かってる。
そうそうそうそう。
そうか。私はかなと同じ道を辿ってたからな。
だからやっぱり理解可能だった。不可能だったね、かなのこと。
わかるわかる。20代ぐらいって相当早いみたいな感じ。
ずっと何に怒ってんのかなっていう感じ。
でもこういう感じで僕も怒られてきたんだよなと思って。
僕はその林とか本田とかを見て、ずっと違うって思ってたわけだよね。
気づくのが遅いみたいな。
なんていうかな、それは踏むよ、踏むよみたいな。
踏むはやっぱり。
そうそうそうそう。
地雷原を歩く神兵を見てるみたいな感じで。
もっと慎重に歩いてくださいみたいな。
そういうのをずっと思ってたんだけど。
でもそれは本質的には僕がかな的な人をずっとわかってない。
僕はその理解っていうのをずっと諦めてきたんだけど。
でも映画を見るみたいなことを、とか小説を見るみたいなことを多分僕が訓練してしまったために。
映画としてナミビアの砂漠を見ると、やっぱり分析しようとしちゃうみたいな。
かなをもうキャラクターとして分析しようとしちゃうみたいなことをやったなと思ってて。
これはおそらく、リアルの人間関係だと僕たぶんやっちゃってるんだと思うんだよね。
でもその不可能性みたいなものを、あの映画を見て突きつけられたんだけど。
でも一体何が不可能だったのかがマジで全くわからなかったんで。
かえちゃんにもお願いして見てもらったって感じ。
いやーいい映画だった。
いい映画だったねー。
一緒に同棲が決まった足でタトゥー掘りに行くじゃないですか。
で、かなは鼻ピアスを開けて、はやしはタトゥーを入れるんですよね。
かなの描いた絵かなんかを、タトゥーを入れるんだけど、
そのタトゥーを入れているはやしを見て、かなが鼻血をたれーって流すんだよね。
僕はあの映画を見て、鼻ピアス開けたからだなと思ったんだけど、
お感想を聞いた人から、いやー違うと。あれは興奮してんだと。
男に自分のマークみたいなのを刻印するということに、完全に興奮してて鼻血が出てるっていう話を聞いて、
なるほどねーって思ったんだよね。
何にもわかってない、僕は。
あと、かなが嘘をつくとき、みんなしゃべり方が同じなのが面白かった。
ゆかちゃん、なんて言ってた?なんか泣いてたー、みたいな。
あと、それは本田に忠説したって言うときも、そのしゃべり方だったし、
仕事クビになったー、もそうだった。
だから、面白い。
嘘ってわかるようにして。
嘘が嘘ってわかるようにする方法、いろいろあると思うんですけど、映画の中で。
矛盾を表現して出すとか、違うっていうやつを出すとか。
言い方だけでやるの、めっちゃ面白いなーって。
なるほどねー。
最初はちゃんと、いつかちゃんに会ってくるって言った先に林がいたりして、
あー、さっきの嘘だったんだ、みたいなので、見てる方に経験を積み重ねさせて、
こういうしゃべり方をするときは嘘です、みたいなのを覚えさせて、
最終的にしゃべり方変えるだけで、みんなが嘘って言ってるってわかるの、めっちゃ面白い。
面白いなー。
僕、なんか気づかなくって、この山中監督特集みたいなのをやってたのがあんま見れなくて、
そのデビュー作のアミコっていうやつだけ見たんだけど、
あ、そんなんやってたんですか?
そうそうそう、東京で。
映画館で?
映画館で。
あー、映画館。
で、なんていうのかな、アミコからも同じ感想を得たんだよね。
アミコももしかしたらかえちゃん見たら面白いかもしんない。
完全オリジナルストーリーですか?
完全オリジナルストーリーですね。
で、アミコを見て、山中陽子天才だって思った人が、その後プッシュしていろんな映画作るようになったみたいなんですよね。
はい、なんですよね。僕もうち詳しくないんですけど。
私あんまりその単館映画あんまり見たことないんですけど、
特に最近のやつないし、全然ないんですけど、
すごい新鮮でした、アミピアノ作楽。
なんか音楽の入れ方とかも面白かったし、
なんか、すごいなんか、見たことない感じだった。
そうだね。面白かったですね。
かわいぎみさんいいですよね。やっぱりすごいですね。
いいね。
そのコア色ひとつひとつの表現がすごい。
わざとらしくないけど、めっちゃわかりやすいみたいな感じがすごい。
いい映画でした。
はい、という感じですかね。
はい。
はい、それではまたお会いしましょう。ごきげんよう。
ごきげんよう。