1. 佐々木正悟の自由連想
  2. 本当の欲求不満にただ耐える
本当の欲求不満にただ耐える
2026-09-09 42:36

本当の欲求不満にただ耐える

答えを探すのではなく考え抜く。
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00:05
おはようございます。 佐々木正悟の自由連想をお届けします。
今日は何時なんですかね? 9月9日水曜日の7時42分。
ついに早くなりました。 まあ学校が本格的化していて、とても厳しくまたなるなと。
夏休みも結構いろいろあったので、ちょっと楽じゃなかった気がします。
私もこれと3ヶ月セッションと解消しましたが、
やって生きていければなぁと思うんですが、なかなかそういうわけにもいかないようなので、
いろいろありますからねやっぱりね、でもものすごく自分にとって納得感が高いというのが楽だってことは全くないんだけど、
稼げるってことも、まあその食っていけるなみたいなのはあるけど、でも今のようにでなければ食っていけないとするとならですね、
60後半になっても同じようにできるかというと、やや疑わしいなとは思うわけですよ。
まあそこまで考える必要はまだまだ全然ないんですけど、60代後半になるって言うと、あと10年以上かかるし、そもそも3ヶ月チャレンジから始めて、まだ3年ですから。
川山陽もいいところなので、そこまで考える必要はないんですけど、そうは言ってもですね、
ここにもっともっとコミットするためには自分には何が足りないんだろうなというような考えをするようになりまして、
まあ、何なのかな、座禅とかするとかそういうことになっちゃうのかなっていう、思いつかないんですよね、別に筋トレとかでは全くないわけですよ、これは。
必要な何かがですね、まあ美音読むとかしてるんだけど、でもそれはいいんですけど、どっちかっていうとそれはまあいいんですけどね、
ちょっとそれだけではないような気も、だからこれやってるわけですけど、これもね、でもその、
これをやることが何かプラスになってんだろうなとは思うんですよ、でも、何がこれが3ヶ月セッションチャレンジに私にとってそんなに有効作用って言ったらいいんですかね、
してるのかとなると、まあそれは本当精神不適っていろんな意味でそういうところありますけど、何が有効作用してるんですかね、みたいなのが
最近こう久しぶりにストレイチーのですね論文を、まあ割と通しで読んでみてですね、
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その、変容性弱気解釈とか、まんまじゃんっていう説明そのものじゃんって、だけど変容性弱気解釈とかって言うけど、
いや、そうだと思うんですよ、でも、それは結果じゃないのかなやっぱりって思うんですよね、
これを変容性弱気解釈というのである、それだからその解釈をしたら結局変容が起きたっていうことを反対から言ってるだけじゃないですかっていう感じが、どれほどそこにですね、その専門性があり、
いや、すごい考えているのはよくわかるんだけど、でも、事前に変容性弱気解釈がどれだかわかんないのに、
後から、そうだったんですって言ってみたところで、そこにどれほどのこの場合意味があるのだろうかというですね、
僕には消去法って感じの方が強いんですよね、こう、ああでもなかった、こうでもなかった、そうでもなかった、これだった、なんでなのかわかんないけど、
後になるとなんかよくわかる気がするみたいな感じでしかなくて、それが変容性弱気解釈だったんだっていう、
まあ、ケチをつけているわけでもないんですよ、何を言わんとしているのかはわかるんですけどね、転移もそこに絡んでいるし、
だいたいそのすごい初期の、かなりストレッチってなったら早い方の人だと思うんですけど、既に出揃ってる感がすごいなと、もちろん出てないのありますよ、コンテナとか全然ないし、
PSとDも、なんかそれらしい話がいっぱい出てくるんですけど、そういう、もっと洗練されていますしね、今はね、陰性転移も、なんかちょっと、陰性と陽性の議論の中で、何かこう、混濁したものを感じ、なくはない、偉そうなこと言ってますけどね、
でも、でもやっぱり、ここまでこの時代ですでに出揃ってる感があるのもすごいよなっていう感じですよね、
なんか、あの、昔の野球見てるみたいな感じで、プロ野球、結局自分より上手いから上手いんだけど、でも、明らかに昔だよねって感じはするわけですよね、
あの、それこそONの時代の野球とかを見ても、確かにすごいんだけど、でもすごいに決まってるんだけど、でも、やっぱ昔の野球は昔の野球だよね、今だったらこうはやってないよねっていう感じもするじゃないですか、まあするわけですよ、野球長らく見てると、
こういうことからしても、やっぱり精神分析って進歩してるんだなーっていうのも感じて、それはそれで、まあ励まされるとも言えるんですけれども、昔の人たち頑張ったよねとも言えるわけで、これはどの世界でもそうだでしょうけどね、
で、まあその、今日はもう、3ヶ月セッションは引き続きよろしくお願いします。9月全部ね、予約取れるようにしてみましたから、
あの、もうちょっとこう気楽にお使いいただけるとありがたいんですけど、多分今そういう、なんていうのかな、状況にないんでしょうね、またなんか考えなきゃいけないなとは思ってるんですけど、
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なんかこう、スムーズにことが運ばないと言いますか、もっと、もっともっとこう自分で動いていくっていう、でもそれってなんかこう、なんか余計なことを知りすぎた感じがありますね、なんかアクティングアウトっぽくて嫌だなみたいなのがちょっと、
あるわけですよ、やっぱりですね、まあまあいろいろあります。
で、えーとですね、なんだろうなぁ、そうそう、あの、この話がしたわけでは全くないんですけど、Xでなんか、やたら話題になってるじゃないですか、あの問い詰める元奥様、あれ書いた人が、果たして元旦那でないというって書いてる人いましたけどね、Xでね、ありとあらゆる可能性探られちゃいますよね、まあでも、
あのね、増田ですからね、はてな、あの、なんだっけ、えーと、特命掲示板ですから、あの、それをなんで増田って言うのかっていうのもまだ完全な答えはないんですよね、あの、とにかく、えーと、特命掲示板ですが、まあ問い詰めちゃうわけですよね、あの、いや、ごめん忘れたんだって言ったら、なんで忘れたの、みたいなこと言って、いやごめん、謝って、謝ってほしいわけじゃないの、理由を聞いてるの、みたいな、
いや、理由を聞いて、ないよね、それはって思いますが、あの、思い出せなかったから、思い出せなかったから、あの、忘れたに決まってるじゃん、なんで思い出せなかったの、みたいな、そういうやつですよね、まあちょっと、あの、怖いというか、つらいそうだなというか、しんどそうだなというか、めんどくさそうだなというか、まあちょっとコントみたいだなと、肌から見るとつい思ってしまいますが、
あの、忘れたとか遅刻したというのはまだしも、まあ全然まだしもではないのですが、あの中に、えーと、なんで怒ってるのっていうのが確かに近いか、このまんまだったかがあるんですよね、いや怒ってないけど、でも、あの、私は違って感じるんだけど、どうして私が違って感じるの、みたいなそういう、これはすごいなと思ったわけですよね、いやあなたが違って感じるのは遠いです、ですから、
遠いの可能性がありますよねと、もちろんそれは怒りを隠しているのかもしれませんから、わかりませんけれども、つまり、相手が怒っているように、つまり、自分の違和感の理由を相手に問い垂らすっていう、しかもあそこまで徹底的に問い詰めるという、これはやっぱり、あの、欲求不満態勢の問題だと思うんですよ、で、
ここで、まあ少なからず、あの書き方だとご本人も私の性格が悪かったみたいに、私はそうは思わないんですよ、あれだと元夫の人が大変だというのと、元夫の人が逆気で、割としてないところが、まあそういう人選ばれているのかもしれないけど、あの偉いじゃないかってよく思ったわけで、偉いっていうのも偉そうですけど、それこそ、まあでもすごいよく我慢されているというか、頑張ってるなって思うわけですよ、
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私はいう頑張りにこそ価値があると思うんですけれどもね、あの、結局それは愛じゃないかって思うところがありますから、愛じゃないって言われればそうかもしれないし、愛があれじゃ困るって言われるとそうかもしれないけど、そこについて考える必要ってあんまりないと思うんですよね、愛は一般論じゃないんで、あの二人の問題なんで、だからあれ、そうそう、いろんなところをちょっと思ったわけですよ、だからこの話してるんだけど、した言ってるほどしたいわけじゃないんですけどね、
まず確実に言えそうなこと、確実に抑えられるところとして、あの取り詰めてる人は現実見当はしっかりしてますよね、あの要するに精神病水準ではないということですよ、こういうところを見ちゃうのがもう一つのなんていうのか、それがお前の悪いバイアスなんだと言われればそうかもしれませんけど、まあああいう話ですから、ごく普通の話としては誰も読まないじゃないですか、ごく普通の夫婦関係でよくあるよとか思わないですよね、
なかなかエグい関係になっていますねって感じはしますよね、だからこういう見方をするのもそれはそれでありなんじゃないかと思うんですが、要するに問い詰めるんじゃなくて、まず現実見当は妥当であると、ご夫婦とも現実見当はついているという感じがします、
明らかにその非現実的だったり妄想だったり妄想的なところがあるにせよ幻覚だったりする部分は何もないように見えますね、まずここは一つの安心材料という言い方おかしいんですけれども、抑えておいていい点だとは思うわけですよ、
そこからの累衰に近いんですけど、この奥様の性格が悪いとは私は思わないなと思ったのは、これは二者関係における出来事だから、本来我々は目にすることがないわけですよ、奥様のそういう場面、もちろんあれだけの問い詰め癖を持っている人だから、会社とかでもついついどんどん問い詰めちゃうみたいなことは起こるかもしれないけど、そこに現実見当が効いてくるはずで、
例えば相手が社長でも同じように問い詰めるかとか、大勢の人がいる前でも同じように誰かを問い詰めるかっていうことは見ておくところかなとは思うわけですよ、夫婦ってのは密室の二者関係ですから、要するに母子関係ですから、私というか対象関係論的とか精神力動的に言うところの母子関係ですから、当然対抗がそこで起きているはずであって、夫婦共にね、
だから対抗が起きているときに問い詰めるのと、交渉の面前でも問い詰めちゃうのとでは意味が全く、三者関係の中での問い詰めと二者関係の中での問い詰めは意味が全く違うので、精神病水準に対抗しがちな条件が揃ってる夫婦関係ってのはまさにそういう関係ですから、恋愛関係も同じですよね、あの人はその後に恋愛関係のことも書かれてましたけど、
あれを外に出すということは、ある意味セックスを外に出して見せているようなところがないわけじゃないので、それはちょっと言い過ぎかもしれないけど、でも対抗しているときの自分の様子を性格の悪さという理由には多分ならないと思うんですよ。
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まあでもここを言いたいわけでは別に全然ないんですね。私が何と言っても着目したいのは、この欲求不満体制の問題をどのように対処するかというのは、人によって様々なんですけれども、そこが特別ひどいとか優れてないとか、この人の問題点だっていうのは、そういう観点は対象関係論とか、精神分析では決して取ることのない観点なわけですよね。
もちろん問い詰められた方が辛いというのはそれはそれとしてあるから、そっちのケアはそれはそれとして必要だし大切だと思うんですけど、問い詰めてしまっているのは、現実見当がついている密室である二者関係である対抗が起きている欲求不満体制が、おそらくこの条件が揃ったときの欲求不満に対する脆弱性をご本人が持っている、それはしょうがないですよね。
私たちはみんな持っているわけですからね。私たちは二者関係水準、二者関係に入った母子関係における二歳児水準っていうのを、これは対象関係論の一つのイデオロギーかもしれないし、私が信じているだけかもしれませんけど、私は二歳児の、二歳児の心っていうのかな、精神病部分を、人は決して卒業はしえないと思っていますし、私自身は全く卒業していないですし、
私はそれを卒業した人は見たことがないので、私は人間関係の固有力が狭い人間ではあるかもしれないが、親兄弟、恩師、その他を含め、どれほど人格的に立派だなと思える人であっても、この人は働き者だとか、気真面目だとか、人ができているとか、体制が強いとか、寛容だとか、いろいろありますが、だからといって精神病部分が全くないんです。
完全にそういう脆弱さは克服されている人っていうのは、僕はまだ一度も会ったことがない。
必ずその人なりの、そういう部分というのは、もう見え隠れする、ちょっと深くつけば必ず出てくるものであって、そういう意味では、あの女性が特別なわけでは全くない。
一定の条件さえ揃えば、我々みんな、あれは一つの防衛の形であって、みんなが同じようになるわけで、みんなが取り詰め出すわけではないですけれども、人によっては黙りこくってしまうかもしれないですし、人によっては取り乱して泣いちゃうかもしれませんし、人によっては、なんだろうな、いきなり恋愛感情に囚われるかもしれないですし、様々ですよね。
それは、現実検討が効いているかどうかは大事だけれども、つまりそういう風なものが、ここで完全に出てしまったらまずいっていうことが、分かる分からないが大事かもしれないけど、でもだからといって、完全に抑え込めるっていうようなものではさらさらない。
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例えば私は、肌を描くわけですよ。今は描かなくなったけど、それは克服したっていうのとはまたちょっと違うけれども、肌を描くわけです。
それは人前でも描くわけですよ。ただ、人前で描くときは、人前で描くなりの描き方はしてましたよね。
人のいないところでは猛烈に描くわけですよ。
人のいないところの描き方をビデオで撮って、マスダみたいなもので流せばみんなギョッとしますよ、それはね、当然。
そういうもんですよね。それと問い詰め、それが問い詰めになって出る人もいれば、肌をむさぼるように描くっていうのはまさにいい表現だと僕は思うんですけど、描く人もいると。
ただそれは、その人の精神病部分がないとか、その人によっては修行によって克服したとか、そういうふうにはなり得ないと思うわけですね。
で、それはですね、特に欲求不満態勢というべき。なぜかというと、持ちこたえられないから。持ちこたえる気がそもそも起きてない。
僕はよく初動って言うわけですけど、あの女性がまさに問い詰めるときの初動がそうだっていう。初動は僕はベクトルの向きだっていう。
なんかわけわかんないこと言ってるように聞こえると思うんですけど、ちょっとこう自分の相手がなんか不機嫌そうだっていうときに、ちょっとそれを自分の心に置いておくっていうのが、はなはだ辛くなるっていうケースだと思う。
相手がちょっと不満そうな、相手がちょっと、だから女なんですよね、遅刻も。結局遅刻するってことは私のことを捨てようとしてるんでしょうっていうことになってるわけですよ。
なってるんだけど、それを否認しちゃうわけですね。いやそんな馬鹿馬鹿しい考え方捨てようと。だから聞いてみようみたいになって、心の中にそれを置いておくっていうのは、置いておく。
その可能性について思いを巡らすということが恐ろしいわけですね。だからある種の見捨てられ不安みたいな言葉になってるんですけれども、それもどうかと思うんだよな。
だって見捨てられることは不安じゃないですか。自分が一番好きな人に捨てられるっていうことを心よいと思う人はいないじゃないですか。だから見捨てられ不安っていうのは、何の説明になってるんだかがわからんと思う。
そうじゃないだろうと思うんですよね。そうじゃなくて、やっぱり欲求不満態勢が効かない部分が人にはあると。だからここで赤ちゃんにしてみればですね、何の見通しもないのにお腹が空いたとは思わないわけですよね。
飢餓で恐ろしいことになってるわけですよ。でもものすごくお腹が空いたにしましょう。だから泣くわけじゃないですか。つまり何の態勢もないわけですよ。ここでちょっと我慢してみようとは赤ちゃんは絶対思わない。なぜかというと、ここでちょっと我慢して、この時にしかもらえないミルクがもらえずに自分が死んでしまったらどうするのかっていう恐怖に苛まれるから。
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それは周りから見ると馬鹿げているかもしれないが赤ちゃんはこの世の経験が全くないわけですから。私たちはこの種の部分、この種の心の記憶というものを克服しきって生きてるわけじゃないはずなんですよ。
だってそのようなものは克服されなかったじゃないですか。赤ちゃんはもちろん何度も何度も何度も何らかの形で手当てをされているうちに、そういうことはどうやら起きないらしいというか、そんなことは思わないんだけど、いつしか違うフェーズに慣れていくわけですよね。
しかし、それはもともとあった可能性の恐怖について、何か言語的に否定されたわけでも、なんか算数の証明みたいに、数学の証明みたいに、あなたは飢えません。なぜならこうこうこうであるから、これは必然的に飢えないのですみたいなことを、そもそも言語が理解できない赤ちゃんにはわかんないわけですよね。
結局それは置き去りになってるわけですよ、その恐怖は。そのような恐怖は絶対体験したことがあるはずで、我々はみんな。しかもそれを置き去りにしてきているはずで。
したがって、ミステレファンというか、ミステレファンじゃないんだけど、そういう欲求不満を満たすことができない、これをミフォーアっていう、ミフォーアな考えとかってビヨンは言うわけですけど、これは科学だよね。
私、科学部に入ってたぐらいの科学オタクみたいなところあったんで、ミフォーアって言葉の使い方がなんか納得がいかなくて、この概念が頭になかなか入ってこないんですよね。
よくあるじゃないですか、フォーア死亡さんとかいうやつ、ああいうやつが有機化学ではすごく意味を成してくるんだけど、そのフォーア死亡さんのフォーアと、この満たされた考えのフォーアの使い方はすごく違う気がするっていうのが気になっていて、なんかよくわからなかったんですけど、
あれは考えられてない考えとか、心に住みかを見出せていない思考とかそういうやつなんですけど、要するにそれについて真剣に考えるのが怖すぎて嫌だってこと。
人によってこれはすごい違うんですよ。例えば、歯医者に行って歯に穴が開けられるのはあまりにも怖すぎて想像するのも嫌だって言ってる人がいっぱいいるわけじゃないですか。
そういう人はいざとなった時に、歯医者に行くことを可能な限り回避しようとしますよね。これが未法和な考えなんですよ。
あの女性にとっては、自分を他人が不快がっているのではないか、特に親密な関係にある人が自分を不快がってるのではないかと一瞬でも思いを巡らせるのはあまりにも怖いんですよ。
だから代わりに行動に打って出るわけですね。そうではないというふうに自分を納得させてほしいというところに脅迫的になって、脅してるように見えるかもしれないけど強く迫ってるわけですよ、自分の心が。
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私が不愉快、私は本来的に不愉快な存在ではないんだということを納得させてくれと、彼女は多分私が読む限り前編その話をしてるんで読み様によってはですね。
だから約束を忘れるということは、なんで忘れたのか、なぜ覚えておけなかったのかと問うてるように聞こえますけれども、そうじゃなくて私と会いたくなかったのではないかという不安が心をよぎるとゾッとして、
ゼロ歳の赤ちゃんが自分このまま放置されて死ぬんじゃないか恐怖とオーバーラップするレベルでゾッとするから、その考え方は捨てて、絶対相手は自分をそんなに迷惑がってないんだということにして、であるならばそのことを相手に証明してほしいと。
理にかなってないわけじゃないんですよね。本当にあなたは私といたいということを私に分かるように説明しろと。ただしその質問がなぜ忘れたのになってるから、相手はそこに行き着かないわけですよね。なぜ忘れたのかって問われても、いやなんで忘れたんだっけって人は考えちゃうじゃないですか。
そうするとあなたと本当にいたいんだっていうことの証明をしようみたいに思考が進まないですよね。だからああいうふうに大量の問いと答えになってない答えがずっと巡るみたいなことが起きて、この世に問い詰められてはつらいみたいな話になるんだけど、そういうことではないような感じを受けたわけですよ。
欲求不満体制のこれは問題で、で我々はみんな欲求不満体制の問題を抱えているわけです。人によってその欲求不満がどこにあるのかっていうのは、例えば顔痛くないように治療してほしいんだけどっていう欲求不満かもしれないし、他になんだろうな、まあそれこそお腹が空くのは嫌なんだけどっていう欲求不満を持ってる人は実はいっぱいいるんですよね。
あるいは私といつも会ってほしいっていう欲求不満なのかもしれないし、欲求不満体制が効かない部分っていうのは様々なわけですよ。ただ大抵は、だから私最初に言ったように、現実検討がついている。その欲求不満をここで持ち出すのはまずいとか、この欲求不満を何とか抑え込まないと虫歯が悪化するとか、これは現実検討なんですよ。
いやもう虫歯なんか、あの虫歯で歯全部なくなってもいいから、歯医者に行かないってなったらかなり精神病状態に近いってこと。現実検討が効いてないからですね。自分の欲求不満を優先させた挙句、自分の現実を完全に、かなりの部分、侵食とか言い方するんですが、打ち壊しにしてもいいんだみたいになるのが危険だっていうか、精神病水準に近づいているっていう言い方をするはずなんだと思うんですよね。
で、例えば、それはもう他人にはわかんないんですよ。で、その人にはすごく深刻なんですよ。だから私は、人の、あの、昔ありましたよね、人のセックスを笑うなみたいな、人のライフハックを笑うなみたいな、訳あってそういうのを切実にやっているわけで、あの、なんか私のこの、彼氏に見捨てられる不安はとても恐ろしいけど、歯医者なんて別になんてことないじゃないのっていうのはダメなわけですよ。
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いやそれは、みんなおんなじなんですよ。それがものすごい大変だという。最近ですね、つい昨日だ、うちの父がですね、あのー、いや生後さーとか言い出して、お前イカメラ飲んだことあるかって、この問いね、何回か聞いてるんですよね。私聞かれるたびに意味不明だと思ってたんですよ。いやイカメラなら、もう何回も飲んでるよみたいな。えー?とかって言うんですよ。
で、父はどうもイカメラというものをかなり誤解していて、もう80、80になるまでにイカメラ一回も飲んだことないんだけど、ないらしいんですけどね。あのー、でもイカメラを飲むと、なんかこう、胃が壊れるみたいな。で、挙句の果てには胃の治療をするために、えーっと、切開されるみたいな、そういうもの。イカメラ、そうそう、だから昨日聞いて、え?と思ったんですけど、いやイカメラっていうのは胃の切除とセットなんだよみたいな。いやいやそんな、そんな事実はないしみたいな。
これはだから誤信念ってやつなんだけど、これやっぱりイカメラを飲むということの欲求不満体制は全くないんですよね。欲求不満って言われるとここではピンとこないと思うんですけど、恐怖でしょうって言われるんだと思うんですけど、恐怖ってことはですね、まだ何もされてない段階からの恐怖ってことは、自分の身は誰にも手を触れられず、平穏無事であってほしいという強い願望があるわけですよ。
だからもう切開とかされるのがすごい嫌だとも言えるわけだとは思うんですね。機械とかに触れられるのも嫌なんでしょうね。もうだからそれについて考えられないわけですよね。考えられないから、なんかどこから拾ってきたような昔テレビで見たような奇妙なものを適当に組み合わせて、まあベータ要素と言うべきだと思うんですけど、だからもう本当に昭和時代のなんか白黒に近い時代のテレビでイカメラの恐怖みたいなやってたんですよ、そういうの。平気で。
そういうのを見ちゃって、そういうのを自分の妄想みたいなものと組み合わせて、イカメラ飲むということは人体を改造されてこの世の終わりだみたいな、もう全く現実的じゃないじゃないですか。完全に妄想そのものみたいな感じじゃないですか。
でも父にとってはそうなんですよ。だからお前イカメラを飲んで水蔵を切られた奴がいるんだよみたいな。いやそれは水蔵に病気があったんでしょうみたいなんだけど、父の中ではそうはなってない。イカメラを飲むと水蔵を切られるみたいになっちゃってるから、だからイカメラ飲めないわけですよ。でもそのイカメラXで医者が指定してきたんだよ、本当にひどい医者でしたみたいな、もうイカメラ飲ませるからひどい医者なんですよ。理論が転倒してるわけですよね。
なぜひどいのかとかはないわけですよね。イカメラを飲ませるからなんですよ。
こういうふうに欲求不満体制というものは人によって全くどのように防衛するかの仕方、どこに行くとその人は対抗が急速に進むのか、人によって全く違うので、私はしょうがないんで、今は急激に明日にもイカメラ飲まなきゃなんないわけじゃないから、
27:21
またその延期してもらえばみたいな、この様子じゃ絶対明後日とかじゃいかねえなって思ったってこともあるんだけど、これとその二者関係だってことなんですよね。
父はこういうことを人に絶対言わないんですよ。私にしか言わない。私のことをいい母親だと思ってるわけですけど、つまりその二者関係になった時に、4歳児くらいじゃないですか、その志向は。
普段は80歳のじいさんで、それもすげえ志向が成熟してるとは言えないんだけど、やっぱ坊主やってて60年以上坊主やってた人間ですから、それなりに浄土的なもの、情緒的なものとかそういうものについては成熟してる部分はたくさんあるわけですよ。
でも全く、だから未法和っていうべきなんでしょうね。未法和な関連というものがあって、そういうものに急速に振り回され始めると歯止めが効かなくなるわけですよね。だからもうなんか一歩間違えたあれはイカメラを飲むってことがUFOに連れ去られてて、宇宙人に人体改造されるぐらいな恐怖になっちゃってるから、
これはちょっと実際にはこの人絶対どうせ漁ってじゃいかないなって思ったんで、こういうのって時が変わると変わるんですよねやっぱりね。体の不調が続いてそっちが怖くなって精密検査してほしいみたいになってくると急に現実的になってくるっていうことは起こるんで、まあ今元気ですよねまだね全然。
多分その喫緊でイカメラ飲んだところで何も見えては来ないだろうというふうに思ったので、ちょっと延期してもらえないよっていう感じでめっちゃ元気になるんですよ。さっきまではなんか今日は何も食べに行く気しねーなーみたいなこと言ってたんだけど、なんかイカメラ延期って決めた瞬間にでは寿司食いに行こうみたいになるわけですよ。
これはやっぱり人間の精神病水準ってやつなんだろうな、精神病部分ってやつなんだろうなって思うんですよね。欲求不満体制が効かない場所で何らかの不安をそこに差し込まれてしまうとやっぱりこの不安をパッと否認する以外、そして否認した上でよくわからない信念について述べ始めるっていうことにしかならないわけですよね私たちは。
ここを性格の問題にしてみたり、何かを改善する話にしても無駄なんだと思うんですよね。やっぱりそういうことでは時々、だからこの延期ってめちゃくちゃ小手先だけど、効いたことは効いてるわけですよね。
延期するといった瞬間に一気に年齢が戻るわけですよね。ある意味4歳児からまた80歳に急激に戻るわけですよ。記憶ですから。記憶って4つの頃の記憶とか覚えてるものがあれば思い出せるじゃないですか。記憶って一瞬じゃないですか。
30:12
記憶を辿るっていうのかなこの場合も思い出すみたいな感じでそれをまたやめれば元に戻るから一瞬なわけですよね。
で、このですね、最近そのミホーワな考えを精神分析的体験という松本松木邦三さんのリオンの宇宙っていう本ちょっと読んでみたいんですけれども、問いは答えを不幸にする。答えは問いを不幸にする。だからこれなんですよね。答えは問いを不幸にするんですよ。
で、その話は非常にですね、書かれている通りで本当この人言ってるようになるよなって。それは見出された事実ではなく私たちの思考の無意識の投影にすぎません。全くそうだと思うんですよね。だってそうじゃないですか。
父が言っていたあのイカメラを飲むと水像切られるみたいなこれは完全に無意識の投影にすぎないわけですよ。見出された真実とかじゃ全然ないんでこれは実によく起こりやすいことだと書いていて、これで問題をなんかね解決した気になっていけてしまう時が多々あるわけですよね。
で、その時に読んでいる文献や書物の中にある魅惑的な考えをあるいはスーパービジョンでスーパーバイザーが語ったアイデアを直ちに間近なセッションでのクライアントの発言に私たちはそのまま結びつけてしまいました。本当ですね。なんかもうゾッとしますよね。絶対俺これやってるわっていうか本当に申し訳ないところなんですけど、でもこれやっちゃうんですよね。やっぱりね。よく起こりがちだっていう。
やるじゃないですか。続き読んでみますね。
えっと、あるいは最近注目されている疾病、これもう本当こういう圧が世の中かかってるんじゃないかって気がする。最近注目されている疾病、例えば発達障害、僧侶性障害、新型などに容易く当てはめてしまう。もう現実に世の中でこれめちゃくちゃ行われてますよね。
あっきり言ってしまえば正規の医療でも普通に行われてますよね。
ああそれは発達特性ですねとかっていうやつですよ。
つまり答えはという不幸にするわけですよ。
なんて言うんだろう。こうある現象に対して真剣に考え抜くわからない状態で相当引っ張っていくっていうのって、あるなんていうのかな人間に非常に難しいんですよね。
社会が圧かけるぐらいだから早く答え出せみたいな。答え出して診察始めて薬出せみたいになってるわけですよね。
だからあなたはB型だから血液型みたいなのとかいくらでもあるわけですよ。
単なるマッチングになってるわけですよね。答えをマッチさせてるに過ぎない。考えてないわけですよ。
33:04
あなたはなぜ遅刻をしてきたのなわけですよ。
これによって早く安心したいから早く答えが欲しいと。
そこのところに欲求不満態勢が効かないわけなんだけれども、欲求不満態勢を効かせるとずっと考えてなきゃならないわけですね。
それがもったいないって言い方するんだけどそれが辛いしそういうことをしても無駄な感じがするんですよ。
答えを考えてわかる気がしないんですよ。
だから発達特性とか新しくADDでは物足りないのでASDみたいな話を付け加えることによって何らかのマッチされている用意されてきた形っていうのかな概念ですよね。
ここに書いてあることってこのまんま世の中的だし私的だし人間的だと思うんですよね。
浮かび上がっているのを待ちきれず請求に答えを出そうとしてしまうとき私たちが潜在的に課題評価している前概念を選択された事実の代わりに見出してしまうのです。
めっちゃそうだよねっていう感じになります。
そう言っては怒られるかもしれませんけどやっぱりさっきも言いましたけど血液型占いをはじめとして何でもそうですよね。
これはこうですって書いてあるものは全部そうだって私は思うんですよ。精神分析の概念だって平気でこれPSですよねみたいなやつですよ。
そうじゃないわけじゃないんだけど意味がないんですよねそれをやっても。
ある状況に対して名前を付けると分かった気になるっていうのはこれなんですよね。
だから課題評価している前概念なんですよ。
でこれを選択された事実の代わりに見出す。
本当にそういう感じが私も何度も何度もこのミスをセッションでもやってるしタスク習得のセミナーとか質問とかでこればっかりだなっていう感じがするぐらいこれをやってるんですよね。
だからなんで忘れたのなわけですよ。
なんで負けたのもそうですよ。
全部そうですよ。
考えるのが辛いやつを考えられないときつまり見放話の考えを捨てて何かこう課題評価された前概念ってやつを引っ張ってくるわけですよ。
でこれをやめない限り何にもこれをやめるのが精神分析ぐらいだから消去法って思うんだけどこれをやりたくなる。
これも違うそれも違う助言は違うし当てはめも違うし診断名を付けるのも違うしこうやってことごとく消去していくと黙らざるを得ないみたいなところに置き去りに追い込まれる。
36:06
そしてあの女性もやってましたよね。黙っちゃうんだみたいな。
あなたはその状態で寝られるんだ。
寝ることも許さないし黙ることも許さないし中では泣くことも許してなかったんですよ。
これらはすべてもちろんその許さないという言い方をするから恐ろしい感じがするんですけどそうじゃないんですよね。
あれは許さないのではなくて答えが欲しいわけですね。
その答えは自分を安心させてほしいわけですよ。コンテインにしてほしいってことなんですよ。
これが容易じゃない条件が揃ってしまってるわけです。
だってあなたがコンテインにしてくれないことに恐怖を覚えましたっていうことをこれを自覚したくないっていうわけですから。
でも求めてるのはコンテインなので。
だから難しく感じられるというか難しいわけですよね。
でも我々はみんなこうだっていう多少の認識があるとですね。
若干この課題の解決に近づける気がする。
みんなこうだと欲求不満態勢が効かないところは絶対誰にでもあるし
そこでは同じようになってしまう。問い詰めるわけではなくても
必ず現実検討をかけて第三者とか公然の中では
なんていうのかな?じゃないんですよね。
でもこれも重要じゃないんですよ。
重要なのは真実を見出すみたいな。
結局その単に我慢して心に置くとかですらないと思うんですよね。
なぜ見捨てられ…まずやっぱここまでは行き着く必要がある。
見捨てられ不満。
なぜこの欲求を不満なままにさせておけないのか。これですよね。
そこにあるんですよ。やっぱり。
私はこれを3ヶ月チャレンジと3ヶ月セッションで理解したんですよね。
なぜ自分はこの欲求の不満に耐えられないのかということへの
その人が知っている答えはやはりあるんですよね。
自分自身ではこの問いに行き着けない可能性は大きいし
自分自身ではこの答えが見出せない可能性もなくはないんだけど
これを精神分析ではやる。
この問いは即座に忘れ去られたり
抑圧されたり無意識に追いやられたりするので
これをさせないためというか
無意識にその人の中では排除されるかもしれないが
精神分析家がそれを引き受け、持っておく。
つまり精神分析家に排出するということは
排出した人にとっては無意識になるかもしれないけど
問いそのものは消滅しないで済むわけですよ。
39:02
これが心を使うと、他人の心を使うということであって
おそらく精神分析家、心理カウンセリングでも
私も同じだと思うし、私自身も同じだと思う
3ヶ月セッションも同じだと思いますけど
これをするのが仕事だなというふうに
ある意味ではメモになることなんですよね、きっと。
これは植物的な例えでしかありませんけど
メモになること、つまり排除
その人がその未法和なままにしておくしかないが
未法和なままになっていることにも耐え難いという
未法和な考えを精神分析家というコンテナです
容器ですよね、引き出しでもいいですよ
そこに入れておくと
で、その時が来るまで
その時とは何だというのもありますが
その時が来るまでそこに保管しておいてもらって
その時が来たら開けてもらうと
そういう作業なんだと思いますね
だから欲求不満体制というのが
やっぱり僕には今のところはですけどね
もっといい概念があるのかもしれないが
メラニクラインは不安とそれを称したんでしょうけど
私は欲求不満体制と
欲求不満体制というと何かこう
何か違う感じもするんですよ
もっと深刻な事態のような気もするんで
っていうこともある
でも苦痛に持ちこたえるっていうのはですね
それはそれで何か違うような気がするんですよ
欲動論なのか外省論なのかって話になりがちなんだけど
どっち、てか両方やっぱり統合的なモデルなんですよね
自分のモデルだし
やっぱりそうだと思うんですよ
飢餓は現実だし
飢餓を欲動論と捉えるのはおかしい気がするんです
お腹が空いたというのは現実じゃないですか
まして赤ちゃんは自分のお腹だって認識すらないから
それを外からやってくるんで
それは言うならば現実に遭遇しているわけですよね
私は別にそれが親密な人が自分を不快に思っているのも
同じだと思うんですよ
現実なのか投影なのか欲動なのかっていう問いで
ぐるぐる回っていてもしょうがないと思うんですよね
そうじゃなくて
この欲求不満が私にはあるという認識ができるのかどうかと
できないからこそ精神分析が始まるわけだけど
できないんだったらなぜなのかを考えられるかどうなのかっていう
いずれも無理ですっていうか無理なんですよね
だから分析家がその問いを預かるわけですよ
預かるのは代わりに答えを出すんではないんですよね
答えはこの預かるというプロセスを含めて
2者で出していくより他仕方がなくて
この時に答え探しをしないことなんですよね
42:02
ここもまた消去法だと思うんですよ
これらは全て初動の動きに僕はかかってるっていう
初動って言い方はなんか変な気がするんで
欲求不満と同じで何かがもうちょっと違う
でも僕は初動って言いたくなるんですよね
あのコンパスなんですよ
最初ほらN向かないじゃないですか
くるくる回ってるじゃないですか
あの感じなんですよね
初動が大事だという感じがする
まだコンパスが動いてる間に
歩き始めると道に迷うんですよみたいな
そんな感じです
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