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えっとですね、あの、なんかね、すごく腹が立つとか、怒ってしまう時ってどんな時ですかね。
私はなんか、押しつけられたり、決めつけられたり、自分のことをジャッジされる時なんですよね。
良くも悪くも。それがすごい嫌みたいで、それをしてくるのは、まあ親ぐらいしかいないんですけど、今。
親はこうした方がいいんちゃうか、とか、これはダメ、あれはダメ、そして、なんか私がすること、私が話す人のことを、その人大丈夫なの、と疑い、不安になる、とか。
たまにするんですけど、だいぶマシにはなったんですけど、あってね、深く話すと、長く話すと、それが出ちゃうんですよ。
で、なんか私は、こう自分が今やっていることを、大丈夫かって言われるのが、すごく腹が立つんですよね。
で、何かこう失敗をしたりしても、なんか出会いにしてもね、変な人と出会うことも、嫌な人と出会うことも、私を傷つける人と出会うこともあるんですよ。
それを分かってて、それこそが自分への気づきというか、そこから気づくことが大きいと分かっているので、
もう、自信しかない私の人生に、口出しされたくないんですよ。
で、またきつく言っちゃって、不安とか心配とかしないでって、前から言ってるよねって言って、
なんで言うのって、すごく嫌って言ってるのにって。
例えば、私が楽しく話をしようとしているのに、母と、こんなことがあってねって、こんな人と出会って、こんな話をして、その人大丈夫って、すごい失礼じゃないですかね。
私が信頼して話をしている人に対して、その人大丈夫って、一体何を、
まあ、なんかテレビとか見てて、ニュースとか見てて、怖い事件があるからなって、どっから持ってくんねんって言う。
で、もうその癖は治らないんだろうけれども、歳いってるので、それでもやっぱり腹が立つわけなんですよ。
それは別だから、他人だから、別の世界の人だから、私にそれを持ってこないでと。
前から嫌って言ってるよねって、また切れちゃったんです、私。
また、分かってるって言って。
で、またそれちょっと言いやになったんですけど、
で、ちょっと、まあとりあえずその場はね、丸く収めたんですけども、帰ってからもやっぱり、なんで私こんな激しく怒ってしまうんだろうと思ったんですね。
で、ここから気づくことって、やっぱり正直に本音をぶつけて、言い合うっていうことをするのは、親であり子であるんですけど、
いったい私、こんなに、なんでこんなに怒ってるんだろう?
っていうのが、自分が良ければそれでいいじゃないですか。自分が信じてやれば、母が何と言おうが。
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母に分からせようとしてるんですね、私。
そうなんや、と思って。
分からせようとしている。
あー、すごいですね、これも。
無理ですね、これは。
でね、あの、無理やろって自分に言い聞かせたんです、私。
母に分からせようとする。
まあ、世の中はね、自分で作っていくものやとか、私はこれだけ自信があるとか、整えてきたとか、説明しても潜在意識のこととか、分かんないわけじゃないですか。
昭和を生きてきて、事件がある、怖いことがある、気をつけてなって、言っちゃうのはしょうがないんでしょうか。
でしょうか。
私の親なら、私のことを信じてよと思うんですけど、
うーん、でもまあ他人にはね、うちの娘はしっかりしてるから大丈夫やって言ってるらしいんですけど、
もっと信じてほしいっていうか、もっとこう、
あ、これ私求めてるんですかね、親に。
っていうのに気づいて、
母のお母さんですね、私のおばあちゃん、祖母が、ものすごいきつい人だったんですよ。
それはもう昭和初期なので、文言は厳しい。
男の子からもらうラブレターはビリビリに破くとか、
なんでビリビリに破かれなあかんのって言ったら、
全てが疑いなんですね。変な男寄ってきたらビリビリにする。
もう、すごいもう、押しつけと自分のエゴの塊みたいな。
で、その時代はそれが普通やったとか言って、そんな。
まあまあそんな話をしててね、ちょっとお盆なんでおばあちゃんの話とかをしてたんですけど、
うわあ、もう絶対おばあちゃんみたいな親嫌やなあって、
毎日喧嘩ばっかりになるなあって言って、笑ってたんですけど、
時代もありますね。笑
ほんでそのね、昭和からきてずっと平成と今令和ですけど、
時代の流れがそれぞれ個人を大事にする。
で、こう自由な時代になりましたね。
ほんまに私みたいな人間が、ほんまに今の時代でよかったと思います。
昭和なんか無理も押さえつける。
なんか肩書きとか、数字重視の思い。
思い込みの世界。
思い思い時代。
ああもう、よかった。
昭和の人間ですけど、すごく苦手で昭和の考え方がね、
私はもう今を生きてるので、
そういう話をしててね。
そんな親に育てられたんだったらもう変わらないなって諦めたんですよ。
そこで聞いて。
母がずっと押さえつけられてね、育ってきた。
祖母に。
怒られて怒られて何一つ尊重されてなかった。
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でですよ、ちょっとこっからなんですけど、
ものすごく怖いおばあちゃんがあったから、
ダメでしょって。
こうしなさい、ああしなさい。親の言う通りしてたらいいのよって言われて、
まあまあ経済的には不自由なく暮らせてた。
学校もちゃんと行かせてもらった。
ご飯も食べさせてもらって。
ただ厳しいだけでね、ちゃんと恵まれてたんですよ。
けれども意思は尊重してもらえなかった。
これやりたいと言ってもダメ、危ない。
旅行にも行くな。
あの友達とは付き合うな。
そんな男と付き合うな。
もうすごかったらしいんですよね。
で、母は結構言う通りにしてきたんですよ。
なんかお見合いして結婚したみたいなね。
結局、お見合いして結婚して失敗しとるやないかーいって言って。
まあ今は笑ってるんですけど。
まあ母は今年老いて言うのは一言。
親に反発してでも好きなことをしてきたらよかったって言うんですよ。
ちょっと思います?これ。
じゃあ、言ったんですよ。
じゃあ私がずっと反発してるの正解やなって言ったんですよ。
みんなもう黙ってましたけど。
だからね、親が言うからできないとかもう言い訳にしかならないですよ。
私はちょっときつすぎますけど、親にすごい言うので
心配とかしんといて、私の力を奪わんといてとか
昔から言ってたんで
私はね、どんな男性と付き合おうが
親がもうダメとか
その男は不良だからダメとか
ようが振り切って
男性を選んできましたね。
親がダメって言うからとか
そんな言ったこともなく
ちょっとこう派手な友達がいたら
あの子はお母さんも派手だし
なんか不良だから付き合ってはダメとか
言われましたけど
一切聞かなかったんですよね。
親の言うことを。
やっぱり昭和の時代って親の言うこと聞かない子は悪い子みたいな
レーテルを張られてましたけど
ねえ
だから何っていうか
若い時に親に反発しても
自分の意思を通しても
多少憎たらしくても反発しても反抗しても
でも自分の道を行くっていうのは
私はやっぱりそれで良かったのかなと思うんですよ。
で、今歳を取って
親も歳を取った時に
親孝行してるので
やっぱり子は冷蔵庫買えないといったら買って
なんか
こたつも買って
テレビも買いました。
で、親はありがとうって
家族ありがとう
本当に感謝してるって言うんですよ。
私はこの人生で良かったなと思ってるんですよ。
この親子関係はね。
で、あの
今言われるのは
強いて言えば憎たらしいと
気が強すぎるなって言われるんですけど
まあ、でも答えとしては
これだけ気が強くないと
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ここまでやってこれなかったっていうのは
答えなんですよね。
そんなね、かわいくね
お母さんありがとう
心配してくれて嬉しい
っていうような
女だったら
死んでた。
無理でしたね。
まあ、憎たらしいかもしれないし
気も強いかもしれません。
恐ろしく強いです。
でも
いまだに親に
そんな心配とかして私の力奪わないでくれる?
ってきついことを言います。
それでも
やっぱり
仕方がない。
これも直らないのであれば
母が私を心配するのも
直らないんですね。
で、私はこうやっぱり
気づいたのは分からせようとしているのかな
っていうね
それはやめましょうかね。
親は親
私は私なんですね。
ここまで来たし
勝手に心配している
勝手に
思い込んでいることは
母の人生なので
いいかなと思わないとだめですね。
いちいち怒ってたらね。
それは他人さんにしても
なんかちょっと
あれ?ってイラってことを言われても
分からせようとしては
だめですね。
私その癖があるんだなって気づいたんですよ。
やっぱりこうなんか
自分があるというか
心が強いので
ちょっとこう
なんか言われると
言い返したくなったり
なんか
分からせようとしているとかあるのかな
それに気づいた
ってことですね。
それはちょっと違いますよね。
他人を変えようとか
分からせようというのは
違うよって自分でも言ってたのに
私はやっぱり
親に対してしようとしたんですね。
変えようと
でもまあ母なりにすごい変わったんですよ。
ものすごく丸くなって
そうやってこう
感謝の気持ちを言うようになり
自分の人生を楽しんで
生きているので
もうそれで十分やないか
って自分に問いかけたんですよ。
十分やろって
あんな言い合ってね
すごい喧嘩しても
添えになるようなことも
反発してしまったけど
今はご飯食べてちょっと言い合って
ごめんごめん言い過ぎたわ
じゃあまたご飯食べようなっていう
関係になれたし
本当に距離感ですね。
母とこの距離感も大事で
一緒に住むのは無理やな
って話になったんですよ。
そうやなーって
そこは気が合いました。
別で暮らして元気なうちはね
たまに月一回ランチを食べる
楽しく話す
美味しかったなって
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バイバイ元気でね
ありがとう
この距離感がもういいねって話したんですよ。
たまに電話をする
たまに会ってランチする
この距離感です。
母と子の
そしてですね
友達関係もそうですね
距離感が命やね
近づきすぎたらダメ
もう入りすぎたらダメ
弱さを見せすぎても
何とかしてあげよう
と思ってもダメ
分からせようっていうのも
ダメっていうかねきつすぎる
うんきつすぎて結構
それがね帰ってきて自分に
自分がしんどくなるのかな
って
結局自分なので
自分がしんどくなるようなことは
しないでおこうと思いました
結局この考えに至るまで
結構ぐるぐると
イライラしたり怒ったり
色々湧いてきたんですよね
うーん
そう
あの件もそうか
ある人からね
久しぶりに連絡があって
その人と話した時に
やっぱり私
この人変わったんやろうなって
良くなったんやろうなって思っても
変わってなかったんですよ
やっぱり昔のままで
変わりたくないんでしょうね
私は変わりたくて
自分の嫌なところを変えたくて
反省して
頑張ってやってるじゃないですか
心の筋トレ
学ぶ
自分を整えるってことをやっている
人間であり
でも同じ
何年か経っても
他人の相手は
その友人ですけど
全然変わってなかったんです
あーってまたショックを受けてるんですよ
変わってない
なんでーって思うけど
他人の人生なんですよね
ものすごくショックで
言ってることがまたグダグダなことを
言ってまして
あーそっかって
変わってないねって
悪いけど私
もう
連絡しないでおくわ
って言いましたね
はい
言いました
そっかーそうやってこう
さよならするしかないんですよね
他人を変えてまで
私を別らせようだなって
そんなめちゃめちゃ傲慢ですからね
だから自然にこう生きて
流れるように生きて
出会うべく人は
自然な形で出会うので
まあそういう方もいるのでね今
今日今からちょっとかずやくんが来て
話すので
かずやくんはうまくね
自然な形でずっと一緒にやってるので
ありがたいなと思います
わざわざ福岡からね
京都に来て
いろいろ仕事の話とか
最近の気づきの話をするので
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ありがたいなと思います
そこでこう
かずやくんは
私のことを
変えてやろうとか
こうした方がいいよ
とか言わないし
あのー
そう
2年前はね本当にぐだぐだで
私もね不安があったりしてましたけど
結構感情的なとこがあったんですけど
まあ
整えてね
ちょっとこう落ち着いた今
かずやくんが言うには
昔のかずこさんは
すごく接しづらかったと
すぐ怒るし
私も心を緩やした人にはすぐ怒っちゃうんですよね
まあ母とか
かずやくんぐらいですけど
なんかすぐ感情的になるし
思い込みが激しいし
接しづらかったと言われたんですよ
ごめんなと思いましたけど
でもなんか
そういうかずこさんも人間らしくて
僕は嫌いではなかったですよ
母みたいな言い方をされて
今言ってて気づいた
それが尊重か
そっか
だから私も母のことは
心配性なんやなと
そういう昭和の時代を生きてきて
仕方ないなって
尊重することが
大事なのか
そっか
なんかよくも悪くも
他人の言動を見て
気づくことなんですね
そっか
だって他人にね
変えられようとしたら
嫌ですもんね
かずこに分からせてやるとか言って
いろいろ言われたら
嫌ですもんね
だったら人にしてはいけない
ですよね
母なら分かってくれる
とか思ってたのか
なんか期待してたのかな
とかとかとか
いろいろ湧いてくるんですけど
こんなように
出来事が起こったら
今まで学んできたことを
自分の生活に
取り込んでいくのがすごい大事かなと
ただ知識だけを
入れてるだけでは
全然自分の生き方が変わらなくても
意味がないので
何のために学んでるんだと
いろいろやってきて
だから私は痛いんです
結構こうやって
気づくことは
でも
ねえ
痛い思いをして
自分にもこんなところが
あったんだなまだまだ
って気づくことで
それが成長なんですかね
やっぱ長年のことがあるんで
親子関係とかはね
自分の性格とか
それはねちょっと焦らず
まず気づくっていうのが大事なんですかね
そこからすぐに直す
とかはできないから
ここからどうしていこうかなって
ゆっくりと焦らずに
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やっぱり
自分を大事にするって
そういうことなのかもしれないですね
自分の弱さとか愚かさに
気づく
素直になる
隠そうとしたり無理したりしないってことですね
こうやって発信できてるってことは
ちゃんと
気づけたんでしょうかね
完璧じゃなくてもいいんだよ
大人になりきれなくてもいいんだよ
って
自分に
言ってあげることなんですかね
はい
ということで
ちょっとこう
感情が揺り動いたけど
気づいて
また整えていった
というお話でした
ありがとうございました