で、
とはいえ、一応この番組なんで、
タスクシュートというものについてチラッとお話しして、まあ認定トレーナーさんになりましょうねって話をするので、タスクシュートをはじめに聞きますという人はあまりいないと思うんですけども、タスクシュートというのはですね、私が大橋哲夫さんという人に無理を言ってお願いし、使わせてもらったタイムマネジメントとタスク管理を同時にできるツールなんですよ。
そもそも、当時それを知っている人はほとんどいなかったわけで、2006、7年くらいですよね、8年くらいかもしれないな、今からだいたい17、8年前になるのかも、15年以上は前ですね、になってしまうんですが、その頃に大橋さんに僕が無理を言って使わせてもらったExcelベースのですね、タイムマネジメントとタスク管理ができるツールでして、
私はこれのおかげでですね、タイムマネジメントの何たるかというものを、タイムマネジメントの何たるかって、実は全然タイムマネジメントと関係ないという、これもですね、なんか精神分析やってるとすごいそうなることって多いなと思うんですけど、精神分析とは何の関係もないですけどね、本当にタイムマネジメントというのはタイムマネジメントとは何の関係もないんだなということを、僕は知ったツールだったんですね。
時間なんて全然管理しなくていいんじゃんということを知ったツールだったわけですよ。
てか時間なんてどうやったって管理できないんだなと知ったと言ってもいいんですよね。
時間を管理するっていうのは、タスクシュードを使ってると感じることなんだけど、海の中にこう、竿を突っ込んで、枠を作って、この枠の中の水だけで今日は頑張ろうねと思うようなもんなんですね。
何のこっちゃよくわかんないですけど、僕の中ではまさにそういう感じになったんですよ。
プールの中でもいいですよ。プールにはロープとか引くじゃないですか。
ここからここまでが今日ねみたいに、そして水を管理してる気になってるというね、これが僕の考えるところのタイムマネジメント。
なんかここに関する誤解が解けるみたいな感じなんですよ。
ここの線を、プールのコースロープを引っ張ってるだけなのに、やばい時間が足りなくなるっていうのは、ここの水が使えなくなるみたいな感じで、
いやあなたが勝手に移動してるだけだからっていう、そういう感じなんですよね。
これを逆に考えてしまうっていうことなんだと思うんですよね。
そこに水はあるんだけど、自分が動いていくのにある場所の水が使えなくなって焦るみたいな、そういうニュアンスなんですよ。
時間がなくなるというのは。時間はなくならないだろうっていう感じ。
あなたがある意味日付を移動していくに過ぎないよね。
しかもその移動は、ある意味自分がしてることだから、自分が好きにして留まることはできないんですけども、流れるプールに出ますよね。
留まるのは無理なんですよ。流れるプールは頑張れば留まれそうですけど、時間に関しては使わぬところとかないんで、無理なんですよね。
だけどそれは水がなくなるってことではないからっていう、そういう感じですね。
ですから地球が動かなくなれば1日とかないわけで、そうは言ってもしょうがないんですけどね。地球は動いてるんで止めるわけにいかないんです。
で、そういうわけで、このようなツールを使う。
だけどタスク管理ツールでもあるんで、タスクシュートですね。
タスクを並べるんですよ、一応ね。この時間帯にこれらのタスクができたらいいなと。
できなかったら移動させればいいだけなんですよ。
なんかこれもね、回転寿司みたいなもんで、別に取れなかったからといって、すげー絶望的な気分になる必要は全くないです。
どうせまた予布日に流れてくるから、それでいい話のはずなんですけれども、これがなかなか理解できないと。
だからタスクシュートにいて、トレーナーさんに私が、私がですからこれは、他の理事はですね、先ほど申し上げたタスクシュートというものを作った大橋哲夫さんと、
今、タスクシュートクラウドを使って、事実上タスクシュート協会もJ松崎株式会社というところでもバリバリと動かしてもらっている、エンジンですね、我々のエンジン部分であるJ松崎さんと、この2人が理事であれば、私はいらないんですけど、
私も第一ユーザーということで、理事の末席になんとなく添え物的に置かれてるわけですけど、それが私なんですが、この3人で理事というものを一応やっている協会でして、
この協会でタスクシュートを広めていくために、実動としてですね、実際に広めてくださっているのが現在認定トレーナーさんと、まあこれは広めるだけではなく、いわゆる教える、教育係的な、やっぱりじゃないですけどね、教育を広める、伝える、教える、疑問に答える、要するに全てですね、
実質的に全てを、3人の理事はほとんどそういう、3人だけで動いてると、めちゃくちゃ非効率的なんで、それを長い間やってたのが現状、実際なんですけどね、20年ぐらいそういう体制だったんですけど、3人だけで頑張るみたいな、よくわかんない体制。
僕ら多分、世の中に疎かったって、Jさん若すぎたのと、大橋さん疎くはないんだけど、あんまり表に出たがらない、家に引っ込んでたいタイプなんで、僕だけがしゃかり気になって広めてたんですけど、広まらないですよね、そんなことやってても。
だから、そういう非効率的な体制を改めまして、タスクシュート協会というのを作って、まだ認定トレーナーさんの募集が3回目というね、0.5とか0とかあるんですけれども、実質3回目という、まだ始まったばっかりです。
僕としてはどういう方面で広めていっていただければいいと思っているかというと、今言ったような意味で、時間というものはなくなるはずがないので、ここのところをタスクシュートで実感されたことを言語化するのは容易ではないんですけど、でもここを言葉に直して、その方の言葉で語っていただいていければいいのではないだろうかと思っています。
あとの2つあります。これもどっちかというと注意事項みたいな話になっちゃうんですけど、タスクシュートとはこういう使い方をするのは避けた方がいいという使い方が2通りありまして、この2通りを認定トレーナーさん全ての方にこれを伝えろっていうのは私の市場に近いところがあるんで、そんなことは言えませんけど、私としてはここを伝えてほしいなという2点があって、1点目が、これを使って脅迫的になるのはやめましょうと。
脅迫というのは強く迫るやつです。反復脅迫と言ったりする脅迫なんですよ。これをですね、やめましょうということですね。脅迫を避ける。つまり、簡単に言うと完璧主義に近いところがあるんですけれども、タスクシュートを使っているとすぐに気がつくことがあります。
リピートというか回転寿司と言った通り、同じことの繰り返しになっていくんですよ。この同じことの繰り返しの中で少しずつ少しずつ何かを進めていくと驚くほどですね、物事がうまく進んでいくように感じられるんですね。
例えばガーデニングとか何でもいいんですけど、本当にああいうのって毎日少しずつやっていくとですね、きれいになっていくことがあるんで、これがね、いいと思われてしまうんですよね。別にこれは悪いわけじゃないんだけど、これのためだけにタスクシュートを使っていくとですね、やがて当人が息苦しくなり、行き詰まっていき、一歩間違うと、
何らか独特の機能不全、当然なんですけど、心理臨床的に照らし合わせると当然なんですけども、そういうことが起こります。これはですね、脅迫というものの性質をよく理解していくといいんですが、そもそもタスクシュート協会でそういうことをやる会じゃないんでね、脅迫とは何なのか。
先日、精神分析的心理療法課、要するに公認心理師で臨床心理師でもある山崎孝明さんがイベントのところで、そうかライフハッカーというのは脅迫的になるっていうのが面白いっていうふうにおっしゃっていて、なぜなら脅迫というのは、その人の攻撃性に対する防衛だから。これはですね、全く臨床化的なものの見方なんですよね。ライフハッカーは絶対そういう見方しませんよね。
チェックリスト、なぜあなたはチェックリストを作らないのかなって本もありますが、ああいうのはライフハッカー的発想なんですけどね。そういうふうに考えるんですよ。チェックリストを作るのは、もう仕事の常識だろうぐらいになってるんですよ。でもそれは心理臨床の世界から見ると、攻撃性の防衛だってことになるわけですね。
攻撃というものはですね、特に防衛するような攻撃。自分の攻撃性、アグレッシブな部分。人につい怒っちゃう、怒鳴っちゃう。怒鳴らないまでもイライラしてしまう。一歩間違うと人間関係を壊しかねない。あるいは、これも結局防衛なんですけれども、私がいると迷惑でしょうっていうようなことを言って、そういうふうにおっしゃる方って世の中いっぱいいるじゃないですか。とか言って、その場から立ち去ると。
それはある意味仕事をしたくないってことでもあるかもしれないんだけれども、ある種攻撃性の現れなんですよね。ここにこのままいると、私はイライラしてこいつらにブチ切れるなみたいなそういうのをチラッとでも思うと、もうその場にいるのはやばいだろうってことが、一歩間違うと本当にやばいことになりかねないじゃないですか。だからそういうので防衛していくわけですよ。
で、なんでそれとチェックリストが関係あるのか。露呈するってどういうことなんだろうっていうのをですね、パッと考えてみてほしいです。露呈する。何かが露呈してしまうわけですね。例えば不作為って言葉があるんですけど、不作為つまり何もしないでいたらお前らどうなると思ってんだみたいな。あるじゃないですか、そういうのって。
なんかこうなんていうのかな、ちょっと意地悪なサボタージュみたいなやつですよね。特になんか超優秀な人が時々それやりたがるわけですよ。なぜならば超優秀な人は俺ばっかり仕事させられてるっていう、ある種の迫害妄想を持ちやすいからなんですね。優秀だからしょうがないんだけども、だってそうじゃないですか。野球とかサッカーとか見てるとつくつくわかるじゃないですか。
大谷翔平に全部やってほしいじゃないですか。あんまり弱小チームでそれが起こると本当に弱くなるんだけど、あるんですよね、そういうことってやっぱり。大谷翔平さんはそれによってものすごい賞賛されるしものすごい年収にもなるから、絶対迫害的にならない。あれで迫害的になるとすぐ選手ってダメになっちゃうと思うんですよね。
ボールだってそうですけど、サッカーだって、バスケだってそうですけど、上手い人に上手い人にボール回すじゃないですか。なんで俺ばっかりシュートさせられてんのとかって思わないでしょ、マイケル・ジョーダンみたいな人って古いですけど。
つまりこの迫害妄想を持つということは、その人が露呈するんです。その人のバルネラビリティっていうんですかね、弱さっていうか脆弱性みたいなものがやっぱりだらっと出てきてしまう。しょうがないですよ、それはね。恨み事の一つや二つはあるじゃないですか。
誰だって怪我とかすれば痛いし、レクされたくもなると思うわけですよ。それはしょうがないんだけど、そこを防ぐために脅迫的になるわけですよね。防ぐということはつまり攻撃性っていうものがそこに潜んでるわけですよ。防ぐってことは信用ならんって思ってるわけじゃないですか。
みんながみんなじゃなくて、そういうことをお願いできる認定トレーナーさんが一人でも多くいらっしゃるといいなというのが私のモチベーションの一つですね。この2つ、まずは時間に関するイリュージョンを取り払う。時間はなくなりやしない。
時間というのは寿命を縮めていくことだみたいな。縮めもしなければ削りもしないだろうって思うんですよ。寿命なんて知らないんだから自分の。時間というものを何にどう使おうと、そんなものはその人たちの勝手ですよね。勝手にそれと寿命を絡めないことですよ。
なんかこう、プール全体の水とかね、海全体の水が水の限界量だみたいに思ったところで泳いでるときには意味ないじゃないですか。寿命もについて考えるっていうそれほど人生が常に楽しいことも連続ならばそれはそれでいいとは思うんですけどね。
そうじゃなきゃ残念じゃないですか。あらゆる時間が楽しいんだったら時間が惜しいっていうのもしょうがないと思うんですけど、なんか時間が基本的に辛い時間になってるのに時間だけをやたら惜しがるっていうのはどうかと思うんですよ。お金を惜しがる方が僕はよっぽどマシだと思うんですよね。お金使えば楽しいことできるっていうかおいしいもの食べるとかできますんで。
お金使ってて辛いのにそのお金をけじるっていうのって微妙に変じゃないですか。時間ではこういうことを我々は割としょっちゅうやってますから、早く時間過ぎないかなって思ってるくせに時間をもったいない。それはもったいないと思うんですよね。
この2つ。だから時間は豊富にあります。使いきれないだけあります。もう1つは脅迫的にならないようにしましょう。リピートが目立ってくるんでね。脅迫的になってしまうんだけど、なりたくなるんだけど、そこはちょっとこらえましょう。そしてそのことを伝えていけるようになりましょう。
タスクジョー使わなくたって世の中の人に脅迫的な人は山ほどいますから。脅迫的なものをとにかく避けるっていうことを伝える。それが認定トレーナーさんに僕がお願いしたい。もう1個あります。このわずか30分の字に3つやろうっていうのに土台無理があるんだよ。もう1個あります。
もう1個は、毎日のリピート以外のことをやるという。これもですね、後ほど軽く心理印象的に言うことは言いますけど、毎日のリピート以外のことをやろうと過剰に思わないでもらいたいということです。
てか、過剰に思わないでも欲しいということを伝えてほしい。認定トレーナーさんにお願いするって。つまり、毎日リピートだ。残念だっていうこの感じを持ってしまって、新しいプロジェクトをやろうと。僕はこれはですね、これもまた反復脅迫なんだけど、僕はこれは最近突き止めてみたんですよ。
突き止めてみたっていうのは、僕は別にそういうことをほとんど興味持たなくなってたんだけど、しかしこの発想多いなと。でも全員じゃないなってことに気づいたんですよね。みんながみんなこう思ってない。この反復ではいけないって思っている人の中にトラウマというものに囚われている人がいらっしゃる。
トラウマは反復脅迫というものを呼ぶんですよ。だから同じことの繰り返しということに耐えがたいという感じを持ってしまう。現実には同じことの繰り返しではないんですけどね。同じ意味付けの繰り返しなんですよ。だってトラウマってそういうことじゃないですか。
例えば、親が自分に暴言を吐くと。親が吐いている言葉は毎度毎度違うんですよ。それに対して暴言という、どうしても意味をつけるしかない。だって暴言だから。だけどアホだって言われたのとバカだって言われたのは違うわけですよ。
同じ意味をつけるから同じことになるのであって、これは何かちょっと奇弁みたいなように聞かれるかもしれないんですけど、外傷的な体験をした人が似たような体験に同じ意味をつけるというのはですね、臨床的にはごくごく当然のことなんですよ。何のためにそれをするのか。同じようなことの繰り返しに自分はあっているという認識が何のためにあるのかというと、
2つありまして、1つはそういう目に遭うというのを最初は予防したいと思う。これはありますね。だから例えば依存なんかもそうなんだけど、二度と酒には手を出さないみたいなのは、自分が酒で痛い目を見ている、それを何回も見たっていう経験を警戒しているわけ。
だからさっきのと似てるんですけれども、ちょっと違うのは、我々は食事を繰り返さないわけにはいかない。ガーデニングをやっている人は雑草、草取りも繰り返さなければならない。これはトラウマとは違うんです。だけどもトラウマというものは私たちの意識の中で繰り返されてしまいがちなんですよ。ものすごく。
だから例えばパチンコばっかりやっていて痛い目に遭ったっていう記憶を持っている人は、やっぱりパチンコ屋の前を通るたびにトラウマというものを反復しますよね。いくらかはね。
で、これを防衛したくなる。やっぱりこれを、ここから身を守りたくなる。その時に私たちはちょっとトラウマ的なことが日常の中に散りばめられていたりすると、それらからやっぱり逃れたいので、新しいことへと自分たちを駆り立てるってことが起きるんですよ。
これは私は観察的な体験なんですけどね。小さいトラウマを持っている人はどうしても新規プロジェクトというものにものすごく、これは新規プロジェクトに携わっている人がみんなトラウマにとらわれてるんですって話ではないですよ。逆は絶対考える必要ないですよ。
新規プロジェクトをやってるんだったら、それはだっていろんな理由があるじゃないですか。会社が求めるとか、実際人が好きだとか、新しいもの好きだとか、なんでもいいんですよ、そういうの。そうではなく、トラウマから逃れるということが、考えてみると思い当てる節がいっぱいあるという場合、そういう人がですね、特に新規プロジェクトが今携わってるとか進んでるとかではなくて、新規プロジェクトというものをいつもいつもやろうとしていて全然やってないみたいなことが起きていたら、
これは念頭に置く価値があります。これをこういう言い方になるんですよ、タスク集でやってると。リピートばっかりやって時間の使い方上手くなったんだけど、新しいことができないんです。これは新しいことができないのがリピートばっかりやらされているからではなくて、その人が何かトラウマ性の反復というものに生活が絡めどられてしまっていて、新しいことをしなきゃしなきゃと思ってるんだけど、そういう脅迫を持っていてしかもできないという状況なんです。