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おはようございます。ライフハック時代の精神分析、第1337回をお送りします。
4月6日月曜日、9時32分です。
まあ、そろそろですね。そろそろだいたい、暖かくなってきたっていうか、唐突に暑くなってきた気がしまして、
そろそろ、春休みも終わり、またこの番組が通常モードに戻れるはずなんですが、
その前に考えてみると、思い出したんですけど、ここが暑くなる問題があるんだよな。
ネッククーラーでなんとかしのごうと思っております。
お知らせですが、3ヶ月チャレンジの来期ですね。
あまりこれから聞く方とかには直接関係のないことかもしれませんけど、
刷新を試みております。
今日その話をメインテーマでもしたいと思うんですけど、
要は品界を変えようという考え方でして、
ちょっとですね、これどうするか相当考えているんですけれども、
値段ギリギリ下げておきたいっていう、これはある種の精神分析に対するアンチテーゼなのだろうかって思うんですけど、
そうではないんですけどね。
でも値段ギリギリまで抑えておきたいというのがある一方で、
一方で3チャレだけで食っていきたいっていうのがあるんで、
そうすると倍額ぐらいにしないとどうにもならなくなるんですけど、
そうはできないし、
なんとか値段を堪えたまましかし頻度を上げるってどうなのよっていうのがですね、
私の中で猛烈な悩みになっているんですよね。
ほとんどここのところの悩みってこれに尽きるんじゃないかな。
でも多分金額がほぼ変わらず頻度だけは上げるという方向に向かっていくだろうと。
これが刷新なんですね。
ただこれ聞いていて初めて入られるという方には、
私週1回以外は何もオススメしてないんですね。
実際そういういきなり週3回から始まるとかいう方は、
精神分析ってどうやってるんだろうな。
わかんないんですけど、
それについては今後の検討課題だなと思ってるんですけど、
現段階ではまだそこは踏み切れないなと。
その週1回は値段も頻度も何も変わらないから、
結局来期からの刷新というものは、
これを聞いて入るかどうかをもし検討されている方がいらっしゃった場合には、
あまり意味がない議論なんですね。
残念ながら。
でも聞いていただければと思うんですけどね。
本当にこれは体験してようやくわかってきたことなんですよ。
あわせて名称は3ヶ月チャレンジのままなんですけど、
新規の方の場合は、
これはもう精神分析的ビジネスコンサルでよくあろうと思ったんですけど、
継続している方は、
これはもう僕の中でというか名前変えるだけなんで意味全くないんですけど、
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精神分析的個人コンサルでいいかなって思うようになったんですね。
それの刷新に何か意味あるのかというと、
あまりないですが、
僕の中での整理の付け方ですね。
こういうことが大事ではないんでしょうけど、
私の中では少々意味がありまして、
より精神分析というものへの私なりの理解が進んだ結果、
こうなっていくんですよね。
CBTとの兼ね合いもあるんですけど、
今後私はCBTというものについて語っていき、
啓蒙ってことは私は非常に好きじゃないので嫌いなので、
なんで人を啓蒙ってあれはいかんと思うんですよね。
何をもって啓だと言ってるんだっていう、
私のいつものこだわりでして、
これは単に私が父親が嫌いってだけなのかも。
実際に嫌いじゃないですよ、別にね。
とんじきなじいさんだなと最近は思うんですけど、
別に嫌いではないんですよね。
それはそれとして、エリプス嫌いなわけですね。
なんで啓蒙活動する気はさらっさらないんですけど、
そんな言われもないしね。
ただCBTというものについては、
やっぱりもっともっと知られていかなければいけないと。
現在の公認心理思惑が、
そのように言うと批判されるのかもしれませんけど、
私は精神力動がやはり大幅に駆逐された、
少なくとも昭和を生きた人間としては、
昭和だって私生まれて48年だから昭和も生きたと言っていいと思うんですが、
平成は○○生きましたからね。
それで十分な気がしてきた。
平成生きたんだからもう人生OKじゃんって感じがしましたが今。
とにかくそれらの時代を生きた人間としては、
精神力動が正規の心理良好から駆逐されたは、
さすがにちょっと被害妄想気味かなと思うんですけど、
ほぼ駆逐されたと言っていいレベルじゃないかと思うんですね。
この枠の中で精神力動をやるというのが、
そもそも現実的なんだろうかっていうのを最近私は、
それは余計なお世話なんですけど、
でも受け部側の人は知っておいて叱るべきだという、
少なくともお任せしますって言って、
結構美容院とかでお任せしますって言ったら
いい感じにしてくれるとは限らないと思うんですよ、髪の毛だって。
心に関してまだ私は言うほど心理カウンセリングのところで
お任せしますって言ったら全ていいようになるなんてことは、
全然起きないような気がしているんですね。
何流儀であったにせよ。
だからやっぱりいいことだとは思いませんが、
受ける側のリテラシーって求められてしまうと思うんで、
その際CBTは抜きにしては語れないと思うんですよ。
事実上、事実上ですよ。
事実上のホルムズ海峡風さだっけ。
事実上、みんなじゃないんだけど、
でもやっぱり正規の臨床は、心理臨床はCBTなんですよ。
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ほぼイコールと言ってもいいレベルに入ってきてると思うんですね。
そうなってきているのにCBTって何なんでしょうっていう状態なんですよ、
我々は残念ながら。
分かっているような気がしてますけど、そんなことはないと思うんですよね。
私はCBTを、最初は結局、私はどこまで言ってもこういう人間で、
CBT的ライフハックだったわけですよ、結局。
意識の上では。完全にそうだったんです、実はね。
あからさまには絶対にならないように。
いろんな方面との無駄な摩擦が起きるだけなんで、
そんなことを語ったところで。
でも私は、本はビジネス書はですね、
コロナとグッドバイブスが入ってくる直前までは、
やっぱりCBT的ライフハックだったんですよ。
これが一変したんですよ。
精神分析に流れたんですね、一気に。
グッドバイブスという強力なフックを使ってっていうか、
クッション入り、いきなり精神分析になってるわけですよ。
精神分析的ライフハックではないですよ。
ライフハックから精神分析になってしまってるわけですよ。
私の頭の中身はですね、価値観というのかな、方針としてですね。
精神分析やるって話ではないんですが、
精神分析、しか精神分析という概念を取り込まないと、
どうにもならなくなるなっていう感じ。
私自身についてね、そういう風になったわけです。
そういう流れの中に今私がいますので、
とはいえ世の中でカウンセリング受けるとなれば、
やっぱCBTは抜きには勝たれない。
こういう言い方は絶対妥当だと思う。
CBT抜きではカウンセリングはもう今の時代、勝たれない。
CBTを避けるって言うんだって、
避けるためにはCBTが何であるかを知っておく必要があるし、
簡単には避けられないみたいなところがあります。
なんていうのかな、これはな。
あれですよね。
ラーメン食べに行って、ある種のラーメンを、
ラーメン屋に適当に入ると必ずそれ系ラーメン食べることになるよ、
ここら辺ではみたいな、そういう話ですよ、はっきり言って。
ラーメンって銘打ってるけど、ある種のラーメンは絶対食べ、
それを食べたければ頑張って探しましょうみたいな、
そういう状態に入ってます。
良くも悪くもですよ。
好きな人にはいいんじゃないですかねっていうことですよね。
はい、というわけでですね。
何の話だかよくわかんなくなってきましたが、
3カ月チャレンジは内部は刷新されていくんですが、
ここで聞いている方にとっては、
13期も14期もあまり変わらないかもしれませんということではあります。
ただじわりじわりと精神分析に寄っていっていて、
1期の頃から考えてみると、
1期の頃も精神分析でやるぞみたいに鼻息荒くしてたんだけど、
実際は遥かに今の方が僕の頭の中が精神分析化してるという、
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精神分析化するって変だけど、そういうことなんですね。
口で何を言っていようと、
もう頭の中がそうなってるっていうことが大事なんですよ、結構ね。
それは週1回というのは極めて難しいことなんだということも
合わせて理解しつつあるわけですよ。
ただ最初は週1回でやります。
というのはやっぱり最初からカウチを使うわけでも、
具体的空間を、物理的空間を共有するわけでもないのに、
週3回とか、これが今日言いたいことなんですけど、
いきなり導入してしまうことには、
かなりお互いに差し障りがあるということなんですね。
私CBTはやらないんで、
仮に週刊か仮にタスクシュートだとしても、
私はもうベースの頭の中は精神分析なんですよ。
CBTっぽい話になってるじゃんっていう人はいるでしょ、そりゃ。
特にタスクシュートの話なんかしてるときは。
でもそれはっぽい話になってるだけで、
CBTをやろうとかやるつもりは全くないんですよ。
全くないんですよ。
あくまでも力道をやってるんですよ。
やってるっていうか意識はしている。
だから頭のフォーカスは力道にのみ集中していて、
ただやりとりはCBTライクになっているってことはあり得ると思います。
これも私CBTじゃないよ、そんなの。
っていう専門家の方に言われればもちろんそうです。
それでいいんです。
別にCBTやってもいないのに、
やってるふりっぽいことをやってるんですと
主張したいわけではないんで、
私がやってるのはタスクシュートであって、
ライフハックであって、仕事術であって、
ただその時の意識のフォーカスは、
私は精神力道に当たっていますということですね。
という3カ月チャレンジの第1期は、
従って力道の話はレクチャーでは出すんですけど、
前面に出ないかもしれない。
なんだけどその方がいいのかもしれない。
良くも悪くもなんですが、
精神分析が中心に中核に私の口からは出ないかもしれませんが、
やりとりの中では精神分析的なビジネスコンサルですと、
そういうことになります。
なので初回無料でお試しいただきます。50分。
気に入っていただいたら4月中にあと3回やって、
またあとで値段改定しておきますけれども、
もうちょっと下げようかなと思ってます。
この値段で4回で打ち切ることもできます。
4月で打ち切ることもできます。
5月に入っても別にいいんです。
5、6、7というふうに3ヶ月チャレンジにやる場合は、
そのままそのお金も充当いただけます。
最終的にだから3チャレにお支払いいただくお金は、
結局は75,000円でプラス税で済みますということです。
その前に無料を受けようと、お試しの4回受けようと、
総額では75,000円プラス税で14期を今から受けていただくことはできます。
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そういうご理解いただければいいかなと思っています。
では本題にこの話の流れの続きなんですけどね。
要は精神分析というのは結論、私の感覚では、
週4回以上をもってしないとできないという感じがするようになりました。
分析家の人がそうじゃないと言われれば、
おそらくそっちが正しいです。
私結局精神分析やってないから。
ただ私の感覚では乏しい経験からして、
週1回の場合には分析的な雰囲気が起こる方もいれば起こらない方もいるんだけど、
それは起こらない方がいいってことでもあるんですけれども、
何にしても週4回とかと週1回では全く違うんですね。
これは藤山直樹さんの論そのまんまなんで、
藤山直樹さんの本読んでいただければいいんですけど、
買うにしても高いって話もあると思うし、
それを買ってまで理解したいという話ではないということもあると思いますので、
私の理解範疇でここでざっくりとしゃべります。
つまり週4回というのはですね、
週の7回のうちの半分以上を特定の人とのある種家族的な関係に入っていくんですよ。
もっとも私がやってるのはオンラインだから、
果たしてそれが家族関係と言えるのかって言えるのかもしれませんけど、
でも今は家族と遠距離でLINE通話でやりとりとか、
なんならビデオ通話でやりとりとかされてたりするじゃないですか。
LINEハックの人ってすごくて、
大きめのタブレットを鏡のように置いて、
そこにお互いの姿がいつも映るように、
だからどんなに距離が離れていても部屋の中にいるみたいな感じっていうものを再現するっていうやり方を
すでにやってる人がいらっしゃるんですよ。
私の知ってる人の中にもいるんですよ、そういう人が。
まあそれがどんな心理的な影響を及ぼすのか知りませんが、
とにかくそういうことが今は技術的にはやろうと思えばできるわけですよね。
家族的な雰囲気ってなんだよっていう、
まあくつろぎとかリラックスとか、
全く逆だっていう人もいらっしゃって様々だと思うんですけど、
そのすべてを含めてですね、
要は脳科学的に言っちゃいますと、
右脳だけでもやり取りが効く相手とのやり取りって感じなんですね。
右脳だけでもやり取りが効くのであって、
右脳だけでやり取りしてますっていうわけじゃないですよ。
子供のやり取りは当然あるだろうけれども、
右脳だけでもある程度のやり取りができちゃう相手を
私は家族的というふうに考えるように今はなりました。
で、これが週少なくとも4回のセッションを持つと、
私のように精神分析という意味では、
ど素人でも多分必ず絶対起きるわけです。
全然その人と話している時の感覚は、
家族との会話に驚くほど近づきます。
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自分の中でも。
それはやり取りが変わらないんですよ。
左脳でやってるやり取りは、言語的なやり取りは。
言語水準での言葉でのやり取りは変わらないんですが、
非言語水準でのやり取りが実際に起きていて、
例えば顔の表情の受け止め方とかが
抜群に変わるんですね。
で、何よりも違うなと思うのが、
私、これを認識するために
実はノートを取ってるんだってことが分かってきたんです。
ノートを取るのは、その人の話を整理をするためではないんですよね。
多分そうだろうと思ってたことがあって、
精神分析においては、ノートって実は取る気がしなくなるのではないだろうかってのがあったんですよ。
って言いますのも、
多くの人はですね、人の話をメモしていると、
私の話を大事に思ってくれてるんだって思う人もいるのかもしれないけれども、
しかしですね、
そんなことが果たして、
人を会話中喜ばせるっていうことがあり得るだろうかってよく思ったんです。
っていうのは、よく奥さんとかに
あなたは私の話全然聞いてないじゃないとかって怒られるんだけど、
だからメモ取っとけって言われたことは一回もないんですよ。
で、メモ取んないじゃないですか、夫婦の会話で。
取る人はいるかもしれない、ライフハックの人とかだと。
でも私だって取らないんですよ。
奥さんと話をしていて、よく話題が尽きるとか、
会話の話っていつも変な方向に行くんですよね。
コミュニケーション能力みたいな、雑談力とか。
よく売れるんですけど、エレベーターの中での30秒の立ち話とか。
そんなものをつけてどうするんだろうってよく思うんだけど、
会社って大変だなって思いますけどね。
まあ、それはともかく。
奥さんとの会話で沈黙が入ったからって、
いや、それを沈黙ってそもそも言わないじゃないですか。
家族仲が良ければ余計ですよね。
娘が目の前にいて、飯食ってると。
ああ、沈黙が気まずいって。
私は思わないですね、別に。
親との関係でも、そんなことは思わなかった。
ただそれは家庭、家庭によって事情は違うと思うんで、
様々だと思うんですけど、
でもメモは取らないじゃないですか。
多分ね、娘の話とかメモ取ります?
なんかあれですよ、学校行事が何時にあるとか、
そういう話をしてる時とかは別として、
取らないと思うんですよね。
なぜ取らないのかというと、
別に忘れてもいいからですよね。
しかしおそらく繰り返されたことは忘れないであろうと。
逆はよくありますよね。
私、歳とってきたんだなって本当に思うのは、
娘に、その話5回目だよみたいに言われるんですよ。
本当に言われるんですよ。
1回目だとはさすがに思ってないんだけど、
5回もしてるかこの話っていう。
回数を、回数の記憶がすでに残ってるということは、
数えてはいなくても数えられてしまってるってことですよね。
若いってこういうことなんだなって思うんですよね。
そんなこと、僕もう全然できないですもう。
この話何回か聞いたなみたいなのがあっても、
5回目だって、あれ正確なんですよ多分ね。
恐ろしいなって思うんですよ。
だから10代、10代半ばの記憶力ってすさまじいんだなって思うんですよね。
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私なんかは全然そうはいかない。
で、これが必要なんですよ。
何が言いたいかというと、
結局メモを取ってるのは左脳なんですよね。
しかし記憶してるのは右脳だったりするわけですよ。
何が言いたいかというと、
右脳というのは、ある条件を作り出す、
そのなんていうのかな、
まあ上道道でもなんでもいいんですけど、
ある条件を作り出すために、
すでに、なんつうんですかね。
補足しておくって感じなんですよね。
やりとり、やりとりというか、
その現実を補足しておくって感じなんですよ。
つまり、例えば私は今ポッドキャストやってんなっていうのは、
右脳の処理なんですよ。
で、私は今洗面所にいるのはもう右脳の処理なんですよ。
いちいち考えなくたって、
今考えたから、その後に飛びましたよ。
洗面所にいるって言おうみたいなのが出ました。
意識上で。
でも意識下で、その話はもう済んでるから、
ぱっと思い出せるんですよ。
んーなんだっけ、ここどこだっけってなってしまったら、
結構やばいじゃないですか。
でもホテルとかではそういうことが起きますよね。
ぱっと目を覚ましたとき、
あれは今、なんで自分今ここにいるんだっけみたいな、
その海外旅行とか行ってもですね、
そういうことって疲れてると特に、
しばしば僕なんかは起きてたんです。
若くっても起きてたんですよ。
あれはだから、右脳の処理が追いつかないと、
あれが起きるってことなんですよね。
将来、高齢になれば、
家でもあれが起きちゃうんでしょうね。
残念ながら、それはしょうがない。
だから、この人誰だっけみたいな、
会話中普通は考えないじゃないですか。
何も考える必要ないじゃないですか。
この処理が圧倒的に週4回の人とは進む。
週1回の人とは、どうしてもメモを取りたくなる。
あ、この話大事だな、覚えておこうみたいに。
でも週4回の人との間にメモを取ってると、
これは私がタスクシューターだから分かることなんですけど、
ただ上書きしてなぞってるだけになってくるんですよ。
この漢字が発生するかしないかの差を生み出すんですよ。
週1回の方の場合、絶対に、
あ、この情報大事だからメモっておこう。
つまり、心ではそれをまだ記憶しきれてないことを、
紙に記憶されました。
これは意味がありますって感じがするんですね。
ところが週4回の人とやってるときは、
それは起きない。
紙にメモを同じようにしていても、
全く意味なんて言えばいいんだろう。
ただただなぞっているみたいな。
だから、あるタイミングで面白いことが起きるんですよね。
週4回の人のメモがびっしりになる。
どれが大事でどれが大事じゃないかの区別がつかないから、
全部ただメモってるわけですよ。
そしてノートがいっぱいになっていく。
でも全く意味はない。
でも週1回の人は要点をメモしちゃうんですね。
この要点のメモっていうのが、
明らかに間違ってるんですよ。
それは要点になってないんですよね。
どうでもいい情報を必死にメモしていて、
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要点は落ちてるんですよ。
無意識化に入っちゃってるんですね。
これを私は精神分析と言うんだって、
最近思うようになったって話が通じにくいなって
今喋ってて思いました。
通じにくくても通じやすくても、
こういうことは絶対あるはずだとは思います。
で、週2、1回のときに要点をメモるのは、
それはそれでいいんですけども、
それはそれでいいし、
そういうやり方をしていけばいいんです。
けれども、それはあくまでも、
精神分析とは違う何かをやってるんですよね。
どんなに力動的にやってるつもりでいたとしても、
違うことをやってるんです。
で、藤山直樹さんが、
これもう棒点までつけて太字にまでなってたけど、
果たしてだからと言って、
それで話が通じるんだろうかっていう、
分析家同士なら通じるんでしょうね。
だからあの本は誰に向かって書かれてるのかな、
と思いながらいつも私は重宝して読んでいて、
こういう本が出てきてくれるのはありがたい。
本ってですね、よく読者ターゲットとか言うんですけど、
そうじゃないだろうって思うんですよね。
読者ターゲット外の人が読むから本は面白いんですけどね。
もちろんあの本は精神分析家の専門家同士が読むための本なんですよ。
体としてはですね。
そしてその外の人はターゲット外なんですよ。
でもその周辺の人間がいるんですよ。
どっちつかずな人間、私のような。
これが読者だと思うんですけどね、本はね。
だってあれ、専門家が読めば読む前からほとんどわかってる話なんですよ。
非専門家が読むとほとんどの場合、1行目から意味がよくわかんないんですよ。
習慣のためのものじゃないかと思うんですよね、本はね。
で、週に1回の場合何が起きるかというと、
毎回休暇明けであり、毎回が休暇前なのである。
つまり、あ、久しぶりですね、で始まっちゃうんですよ。
これが精神分析では怖いんですよね。
結局さっきも言いましたけど、家族関係というのはそういう風じゃないですか。
奥さんと会ったら、いや久しぶりだねってならないじゃないですか。
毎朝毎朝会ってるわけですよ。
これが家族関係なんですよね。
で、ところが週に1回の場合、あ、6日ぶりなんですよね、始まった時は。
そして終わる頃には、また6日さようならですね、なんですよ。
これがいけないという風に水山さんは言ってるわけですね。
定義とか、えーと何でもいいんですけど、
精神分析で振りかざされていると言った人がいるんでそう言いますけど、
専門的な、権威的な用語というものはすべて、
一歩間違うと6日やっていたことを前提に使ってる言葉なんですね。
だから家族じゃない人間同士の間にあたかも家族みたいなことが起きますよと。
家族間というのはある種、近親相関的関係にあるんですよ、最初から。
だってお母さんと赤ちゃんは裸の付き合いがあったでしょ、1回ぐらいは絶対に。
タイナリーから出てきてるしね、そもそもね。
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もうほとんどオカルトみたいな人間関係なんですよね。
これに類似したものが家族間外で起きますよと。
一歩間違うと不倫だよねって話なんだけど、
まあでもそういうようなところがあるわけですよ。
で、そういうようなところある用語に対してまさか不倫というわけにいかないから、
転移と言ったりする。非常に誤解を招く表現だけど、
でも藤山直樹さん同じようなこと言ってたからよしとしましょう。
だから転移ということを言ったりする。
同営同逸かと言ってみたりする。
赤ちゃんがダダをこねる。
ようにカウンセリングが赤ちゃんのプレイルームになってしまっては、
言葉の上では困るので、
で、糞便を投げつけるという。
全然変わんないじゃないですかっていう感じもしますけどね。
うんちを投げつけるという。
それをちょっとかっこよく同営同逸かと言ってみたりする。
うんち投げつけられると相手もうんち臭くなりますからね。
同営されたら同営に同一化していくんですよ。
特にそういう物質的にやってしまうとそういうことが物質的に起きちゃうわけですよね。
だからうんち投げつけますっていうのは流石にあまりにもあまりなので、
糞便とかも今はあまりにもあまりだとされてきたので、
同営同逸かと言ってよく分かんなくなっていくわけですが、
よく分かるように言うと今みたいになっちゃうわけですよ。
だから近親相関願望とか、虚勢不安とか、チンチン切りますよとか、
そういう話ばっかりなわけですよね。
だって二王子プレイだとそういうことになって生きかねないわけですよね。
実際に相互やっぱり週一回でも起きちゃうんだけど、
多分あれ週一回だと思うんですけどね。
毎度毎度成人の女性がですよ、着てはお漏らししていくと。
それを替えのパンツ買ってきて拭いてビニール袋に入れて、
そのうち替えのパンツもビニール袋も常備するようになってしまったみたいな
そういう話が出てくるんだけど、そういうことですよね。
そりゃ週に一回でも起きるんですね。やっぱりね。
本当に週に一回で起きてるのか知らないですけどね。
偽装はありますからね、ああいう話の中にはね。
ただ、この話を読んでいくと、週5、6あたりを前提にしてる。
フロイトあたりは。特にフロイトは週6だったはずなんで。
6を前提にして作った概念が1に適用できるのかって話を
藤山さんは繰り返し繰り返し、多分あれほどしつこくおっしゃってるな、
藤山さんぐらいのような気もするんですよね。
他にもいるかもしれないけど、週一回って本が出てるのはそういうことなんですが。
5でもいいじゃんって話になり、土日休みですね。
4でもいいんじゃないって話になって、どうなのかって話はあるんですよ、これ実は。
金土日休みにするとかなんだと思う。
つながってるんですよ、4日間は。
月、火、水、金とかじゃないですよ。
月、火、水、木、金土日が休み。
この供給と剥奪って言い方するんですけど、
要は赤ちゃんがおっぱいもらってますって時がセッションがある時。
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おっぱいから離されてうわーって泣いてる時、あれがセッションがない時。
というリズムがいるっていう話をしてるんですね。
こうやって供給される安心感と供給がない寂しさっていうものが
心の奥底の一番深層のところにベーシックにあって、
だからベーシックが損傷されてると規定欠損っていったりするんですが、
この規定が作られているっていう前提の上でないと
何事も人間の人生は高い生活とかはうまくいきませんよっていうような
考え方がベーシックにあるわけですね。
それを作り直すっていうのか、焼き直しするみたいな感じなんですね。
作り直すっていうんではない気がする。
僕もちょっと誤解してた時があったんですけど、
作り直す面もあると思うんだけど、
作り直すというよりはこういうことを再開してみると、
そこでどんなまずそうなことがありそうだったのかが
なんとなく見えてきますっていうことなんです。
これが見えてくるためには最低週4はいるだろうって話があるわけですよ。
週1の場合何が起きるか、ちょっとミルクを出したらすぐ引き離し、
その引き離されてる時間がやたらと長いみたいなことが起きちゃうと。
藤本さんここでいろんな問題提起されてるんだけど、
例えば久しぶりですね、また久しぶりになりますねっていうこの事態もよくないし、
しかもこれだとやっぱり何をやってるのかがわからないだけでなく、
そんなに心の底までそこでさらけ出してしまって、
6日も放置されてるって状態が続くとつらいんで、
お互いがそのことを警戒してしまって、
お互いが深入りしないようにするんではなかろうかっていうことを言ってるんですね。
どんだけ深入りするんだよっていう話もあると思うんです。
週1回毎週毎週1年もあっていれば結局深入りするじゃないですか。
それでも警戒しあって深入りしないっていうならどんだけなんだよってこともあるのかもしれないけど、
そうすると表面的に進んじゃうんで、
そもそもそのことに耐えなきゃなんだかなるんですよ今度は。
6日も受入されなくても俺大丈夫だからっていう態度、つまり大人な態度ですよね。
この態度を誇示したまま何週も何週も続けていると何が起きるかっていうと、
俺ここに来て何やってんだろうなってことになるわけですよ。
中断しやすくなる。
で、そうするとそのことに気づかないようなカウンセラーはあれですから、
気づいちゃうわけですよね、カウンセラーも。
そこで変な操作を始めちゃうんじゃないだろうかってことなんですよ。
あえて人工的に店員に踏み込んでいくみたいなことが起きちゃったりするんではなかろうかと。
そうすると精神分析的な概念っていうのは、
自然と週に5日も6日もあっていれば店員みたいなこと起きるし、
謹慎相談願望みたいなことも起きて当たり前なのに、
つまり特に何か意識せずともそういうことが勝手に起きていっちゃう。
これは私のさっきのメモの話からして確実に起きるんですけれども、
多分どんな素人でも起きるんですけれども、
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だから結婚生活始まると人と人の関係が怪しくなっていくのは、
あんなに仲が良かったはずのに一緒に生活してみたら喧嘩ばっかりっていうのは、
そういうことが起きるからですよね。
別に精神分析化であろうとなかろうと起きるからですよね。
起きないんですよ、週1回だとなかなか。
起きないために本音を喋ってるのかもしれないけど、
それはあくまでも言語水準における本音でしかなくて、
非言語水準における本当に悩んでいるこっちの、
でもなんで悩んでるのかを言語化できないこの悩みみたいなものが、
一向に前に出されないまま何週も何週も進行していくと、
何やってるんだろうねってことになって、
はいおしまいにしましょうってことになるわけです。
特にお金と時間をかけてきているクライアントさんはそう思うわけですよ。
つまり藤山さんは大概の場合初心者っていうのか、
心理臨床を始めたばっかりの精神力動的だったっていう前提でね、
心理臨床を始めてばっかりの人ほど週1回の患者さんしか持たないけど、
こっちの方が難易度高いですよっていう話をしてるわけです。
週4回だったらば天意とか一生懸命考えなくて、
これ天意だなっていうようなことが起きちゃうし、
一生懸命考えなくても東洋ドイツ化も進行していっちゃうから、
まずそのある意味教科書通りの現象を扱っていけば済むのに、
週1回だとそれ自体がなかなか起きなかったり、
起きても一瞬垣間見えただけで消えてしまうので、
それを何か捉えることこそがプロの仕事だみたいな話になりかねないじゃないですか。
それは実はやろうとしていることに難しさがあるんですと、
昨日たまたまダーウィンが来たっていうNHKの番組で、
ミーシャさんっていう歌う人ですよね。
ダーウィンが来たのテーマソング歌ってる方なんですけど、
いい歌だなって思いながら聴いてたんですが、
ミーシャさんがなんか山猫、津島山猫かなんか見つけるみたいな。
で、あれがまさにそういう我々のようなですね、
諸学者とか素人が置かれている立場だなと。
普段やりつけてないことをたまにやって結果を出すって難しいじゃないですか。
週に1回で垣間見える定員もあると思うんだけど、
垣間見える定員を見つけようとしなくったって、
4回やってれば勝手に定員が、
定員で埋め尽くされていくんだから、
見たくなくたって見えるわけですよね。
そういうふうに動物を見つけるみたいなので、
動物学者の方がある意味楽なことやってるわけですよね。
生活が動物を観察することになっている人からした時の動物を見つけるのと、
生活はソングを歌う人たちがたまたま一生懸命何かに同行して、
その時に山猫見つける方が難しくなるじゃないですか。
これはよくある現象のような気がするんです。
つまり素人にとっての方がより難しいことをやらされてしまうという。
目を皿のようにするとか、
名人流みたいなことをむしろ要求されちゃうってことが起きるんですよ。
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本当はそんなに難しいことをやらなくていいはずなのにプロだったら、
これをノンプロみたいな人がやった時の方がむしろ難しいことをやることになるんだってことって、
なんか世の中にはよくあるねじれのような気がするんですね。
心理紹介は思いっきりそうなってますよというのを、
藤山さんは言ってるわけです。
ただしこれは精神分析をするっていう前提の場合の話ですけどね。
精神分析、的心理療法をするっていう前提の話ですけど。
で、そんなけじゃないんですよ。
そんなけじゃないんですよ。
もう一つはそもそもこれが一番重大な問題だと思うんですけど、
この家族感みたいな感じを持つための聞き道がどこにもないってことなんですね。
つまり、1日って終わって後は休暇っていうこのパターンだと、
1日目は最終日なわけですよね。
1日目と、つまり初日と最終日はせめて別れていてほしい。
だから藤山さんは節中案的に、節中案になってないんですけど値段2倍かかるんで、
週2にしろって言うんですよね。
月間みたいな感じ。
そうすると少なくとも出会った日と別れの日は別々の日に、
出会った日に別れるっていうのが一番良くないっていうか、
それだと出会いと別れというものを体験する暇もないって言ってるわけですよね。
つまり、授乳と離乳のリズムそのものが存在してないんだと。
口つけたと思ったら離されるみたいな、そういうことになっちゃうじゃないですか。
それでは授乳の体験とそれを剥奪されるって言うんですけど、
要するにおっぱいから離される辛さというものを味わう暇もないから、
そっちがメインテーマにならないでしょうっていう話をされてますね。
それはきっとそうだなって思います。
かなりの部分そうだなと思います。
ただ私はこれを週2で賄うのはそれこそプロの仕事だって思うんですよ、ある意味。
週3しかないって思ったんですよね。
1日は出会いでも別れでもない日がやっぱりいる。
この感じで結局何を言うかというとですね、
その日のうちになんとかしなくていい日って必要だってことなんですよね。
じゃあ明日にしましょうってやつ。
1日しかないと週2、1日しかないとじゃあ明日も減ったくれもないんですよ、
じゃあ来週にしましょうになっちゃうわけですよ。
これが辛いわけですよ。
でも2日だとしても1日目にじゃあ今日これを扱い切るのは厳しいから明日にしましょうなんだけど、
明日は終わっちゃう日じゃないですか。
要するにあれですよね、1泊2日ですよね。
週1ってのは0泊1日なんですよ。
だから宿泊旅行になってないんですよね。
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だから2日にしましょうっていうのは正しいと思うんです。
つまり0泊対3泊4日はダメ、違うな。
0泊対3泊4日か、3泊4日だとよりは1泊2日と3泊4日の方がよっぽど似てると言ったわけですよ。
週1と週2は全然違うって言ってるんですよね。
週2ならば少なくとも1泊旅行になってるから宿泊旅行になるわけですよ。
精神分析は藤山直樹さんに寄せると宿泊旅行だってことなんですよ。
できれば4泊5日にしろって言ってるわけですよ彼は。
4泊5日が理想的だが無理だっちゃうならせめて1泊2日にしろと。
日帰り旅行は宿泊旅行じゃないですよっていう話なんですね。
で私は2泊3日だって思ったんですよ。
1泊2日って旅行してる方はみんな、いや1泊旅行はみんなしたことありますよね。
あれってなんか行きました帰りますじゃないですか。
行きました帰りますじゃないですか。
1日丸々旅行の日って1日もないじゃないですか。
車中泊とかを使えば別なんでしょうけど。
だからそういう難しいことが始まるわけですよね。
難しいじゃないですか弾丸ライナーみたいなやつって。
あれは旅行のすっごく旅行のプロじゃないですか。
時間をきっちり詰めてここで団子を食ってここで土産買ってみたいな。
きちぎりぎりぎりってやってなんとか体験しきる。
これが弾丸ライナーのやることですよね。
旅行初心者ならば何か獲るべきなんですよ。
旅行を満喫したければ。
ダラダラしてなんかわけわかんないところでお土産買っちゃって。
でもその後お土産のことは忘れて空港でいきなり買ってみたいな。
そういう無計画かつドシロード丸出しみたいなことをしても楽しめるのは長い旅行なんですよね結局。
このこと多分藤山さんがおっしゃってるんだと思うんですよね。
日帰りで旅行を満喫するのは旅行の初心者でやることじゃなかろうと。
そういうことですよね。日帰りで沖縄旅行とかね。
朝早く行って夜の飛行機で帰ってくるみたいな。
その間に海にも入るんだみたいな。
そういうのは沖縄慣れした人がやることですよね。
どっちかというと。
多分そういうことなんだと思うんですね。
だから4泊5日が理想的だっていうのは非常によくわかる気がするんだけど。
せめて1泊2日にしろっていうのは。
私はその教えに。教えっていうのかな。
その読書体験に従ってサンチュラをそういう設計にしてみたんだけど。
1泊2日厳しいわっていう。
3日には3日なりのややこしさって本当あって。
3日って本当廃止しようと思ってたんだけど。
いやいや3日だなって思ったんですよね。
ただしいきなりはお勧めしない。結局そうなんですよ。
いきなりはお勧めできないんですよ。
最初は日帰り旅行ですらないんですよね。
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最初はお出かけなんですよね。
でもお出かけはお出かけでありじゃないですか。
お出かけはつまんないってわけじゃないじゃないですか。
ディズニーランドは1泊もしなくったっていいじゃないですか。
別に首都圏に住んでれば。
つまりそういうものと精神分析は本質的には違うものであって。
ただ私は言うならば宿泊旅行の精神というものを意識しながら
お出かけというものをコーディネートしますっていう仕事なんだなと。
週に1回の場合はですね。
それでは成果が出ないって話ではないんですよ。
特に最初のうちは。
最初のうちはそれでもやれることはいろいろあると思うんです。
インテークってそういうもんだと思うし。
だからといって3ヶ月間インテークやりますって話じゃないですよ。
3ヶ月間で一定の成果を出さなきゃいけないとは私も思うんです。
お出かけはお出かけのやり方があると思うんですよね。
宿泊しない前提で。
宿泊する前提でお出かけしちゃいけないということですよね。
なんか荷物いっぱい持ってきたけど
今日はどこにも泊まらないで帰るよみたいな。
そういう風にならないようにしましょうみたいな話だなと。
だからCBT導入って話になるんだろうなと思うんだけど
僕はそこもちょっと避けたいんですよね。
この辺はもうその人その人のやり方っていうのは
ここから先の話になってくるだろうと思います。
私は3ヶ月チャレンジは
当然日帰り旅行の人が大半になります今後も。
そうは思ってます。
ただし宿泊旅行の考え方を導入した日帰り旅行
なんかよくわかんないな。
でもそういうものであり
3泊4泊というのをやっぱり打ち出していこうと。
ただお値段を何とか抑えねばいけない。
少なくともそれでもやっぱり3ヶ月
この場合私は継続の人にのみ向けて
3日以上っていうのを提供していきたいと思う。
2日っての本当ですね。
なんかこう特殊すぎる感じがやっぱ別の意味ですよね。
1泊2日ってなんか特殊じゃないですか。
宿泊に違いはないんだけど丸1日旅行には使えないみたいな
そういうまさにあんな感じなんですよね。
あんな感じになりやすいんです。
でもそれは宿泊旅行なんで日帰りとははっきり違うっていうのは
藤山さんがおっしゃる通りなんですけど
2泊3日だなっていうね。
考えてみるとだって子供の時って日帰り旅行って家に寄るか
やっぱり私は宿泊旅行
しかも普通2泊3日にしてあげないと
子供って疲れちゃうじゃないですか。
あの感じを精神分析的心理療法という世界では
ずっとやっちゃってるんではないだろうかって感じがします。
弾丸ライナーをやっちゃってるんじゃないだろうかっていう。
それは弾丸ライナーは旅行にならないってことはないじゃないですか。
ハワイに弾丸ライナーすれば
それなりにテレビとかで見たことしかないですけれども
それなりに満喫できることあると思うんですよね。
ただそれはひどく詳しくないと難しいですよね。
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下手すると飛行機に乗って友帰りしてるだけになってしまいますよね。
出張旅行みたいになっちゃいますよね。
出張旅行だって意味がないってことはないと思うんですけど
なんか違う意味を見出さなければいけないような気だけは確かにしますよね。