山﨑孝明さんとのイベントを通じて改めて考えてみたこと。
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感想
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サマリー
このエピソードでは、カウンセリングを「冒険」と捉える視点と、現代の主流である「ケア」としてのカウンセリングの違いについて深く掘り下げています。スピーカーは、山崎孝明氏とのイベントをきっかけに、カウンセリングの世界における「パイの奪い合い」という状況や、自身の立ち位置について考察します。 現代のカウンセリングは、問題解決志向で無理なく進める「作戦会議としてのカウンセリング」、すなわちケアが主流ですが、精神分析的なアプローチは、過去の記憶を深く掘り下げる「冒険としてのカウンセリング」であり、ハイリスク・ハイリターンな側面を持つと説明されます。スピーカーは、この「冒険」を求める人が減っている現状に触れつつ、自身の活動の独自性や、タスクシュートのような現実を提示するツールが、精神分析とは逆のアプローチで「現実」に気づかせる効果を持つことを解説します。 さらに、AIとの対話や、ライフハックがもたらす傷つき、そして「夢を見ている夢見る人」という人間観についても言及し、自身の活動や「3ヶ月チャレンジ」の意義について考察を深めています。最終的には、AIとの対話を通じて自身の活動の独自性を見出し、今後の進化の可能性に期待を寄せています。
イベントと日常の振り返り
おはようございます。 佐々木正悟の精神分析的ラジオです。今日は6月29日、月曜日、7時55分、再び月曜日が、何度か知りませんが、やってきましたね。
いやー 昨日おとといと
おとといにようやく山崎隆明さんとのイベントが開催されまして、無事、まあ台風の中でしたが、台風逸れてるんですけどね、無事強行突破できまして、まあ非常に私としては、おかげさまで納得感の高い
あのセッションがやれて良かったなと思っております。 本当ね、あの
納得感が高いっていうのは 大事なことでして
この仕事をやっているとですね、なぜどういう意味で大事なのかは 実はよくわかんないんですけど大事なんですよね
まずそれが一つと、昨日ですね、埼玉県のところまで行ってきまして これはタスクシュートジャンクションin 埼玉という、まあそれを戸田公園でやるというね
実にこう まあそこに結構集まるという、これもまた実にね
私も戸田公園なんてとても近かったけど行ったことなんかなかったし だって朝霞市から戸田は隣ですけど行かないじゃないですか
隣の市のちょっと大きめの公園とかね あの
まあ行ってみて、実に私が育った町の風景、まあ行ったことはないけれども まさにここは朝霞の空気と全く同じだなと思って行って戻ってまいりましたが
人に会うのは大事だとか人に会うのはいいよねって話を 山崎孝明さんとのイベントでもしましたけどね
ただ人にこう連日のように普段やらないことをやってみると あのまあいろんなことをね考えなくていいことなんですけど
いろんなことを分析的に考えてしまって 私はもうあれだなぁ
あの因果だなぁって本当思いますね この仕事を私はあの例え何があろうとこの問題はこの表現は非常に微妙な表現だと
最近思うんですけど 死なない限りってことはさすがにありますけどね でもまあ例え何があろうとあと20年は絶対やってやるぞみたいな
別に何の意味もないこう勝手に自分でできなくなるかもしれないのにね あの例えばそれによる収入がほぼゼロになりましたとかね
そういうことが起きれば当然そんな意気込みだけではいかんのですけれども まあでもそういうことを
あの高木さんの前でも喋っちゃいましたけど でもそれが良かったのかどうかは知りませんが
そういう気得ない奴もいるなっていうのは少し思われたろうなとは思いますねさすがに 実際これを
まあそんなに間を開けずもう1回そういうことを言っておいて2年ぐらい開くのが 本当ねこれ難しい問題なんですよねイベントどういうそれなりに忙しい
それなりにこう いい目のイベントを連続してやることのどのぐらいそうする価値がありやるべきなのか
まあいちいちグダグダ考えてないでやればいいことが多いんですけど グダグダ考えるのが私の趣味みたいなもんですから
それからずっとそのことをまた考えておりまして でまぁテーマの一つに間違いなくあると思うのがですね
カウンセリングを「冒険」と捉える視点
冒険としてのカウンセリングなんですよね 私これは衝撃を受けた本当に受けたんですけど
パイの奪い合いに佐々木も参戦していると 私ライフハックの時も確かに浮かずだったんですけどね
いや全然パイ奪ってないしみたいに思っちゃうんですよ自分 自分小物だしっていうこの小物感っていうのは
大物小物言うけど 大物になりたいと思ってない上に慣れるとも全く思ってない人間としては
いや小物だし私はその隅っこの方で自分が食えればいいんですっていう感覚でいて しかもあのレッドオーシャンに入っている感じは全く今とかないわけですよ
っていうのはですねやっぱりレッドオーシャンはちゃんとあるわけなんですよね まあビジネス書会はレッドオーシャンでしたし
私レッドオーシャンに入るのは愚かだっていう説には賛成しないんですよ レッドオーシャンっていうのはパイはでかいはずなんでだからレッドオーシャンなんで
そこで自分が食える分だけしゃかり気になってかき集めるとかはそんなに難しくない部分もあるんですよ
そのなんていうのかな 界隈が好きで得意であれば
私はエンジニアさん世の中にいっぱいいる中で果たしてもう得意と言えるのかわかりませんけどライファック系は好きなんで
別にレッドオーシャンの中に入っていったってそこでトップになるのは無理ですよ当然 だけど最初からそんなことは考えてないんで
要するにあれですよパチンコ屋さんに行ってこういうことしちゃダメですよ絶対にダメだと 私もねそれですごい怖い目にあったことが子供の時はでも怖い目にあった大変なんだけど
パチンコの玉拾って遊んでいたら遊べるじゃん別に玉拾って遊んでても昭和は遊べるんですよ
これがレッドオーシャンの僕遊び方なんですよ牧竜のね 要するにちゃんとやれなくったってそこで一発のものになれなくったって
食えるんですよねレッドオーシャンの中に身を置けば あのよっぽどサボってなければ
ブルーオーシャンってのは結局 あの餌がないからブルーなんですよ
で餌がないところに行って 岩井一番だって言っても一番が食いパフレフルからやるブルーなわけじゃないですか
全然いいわけじゃないんですよブルーオーシャンが私はブルーオーシャンだとでも思ってるんであの この精神分析的ビジネスコンサルなどというやつはね
だからえっと まさかここでこの規模でパリを奪い奪ってるところに参戦っていうのはこれはね改めて
言われてみて今未だにお話いただいた上に改めて分析的にそれことを考えてみると精神分析って何も分析してない気がするんだけど
分析的にこの事態を考えてみるともしかしてこれなんか一桁でも何なのか3品とかでも パイの奪い合いになっちゃってるのだろうかというそれはあんまり考えたくないことでは
ありますけどねだって虚しいじゃないですか それはないよねって感じがしますよね僕だって本
チリズルイヘイとはいえ30万部とか行ったこともあるわけで そんな3品とかでパイの奪い合いとか言われるそのなんかこう
ある意味変に殺伐としている まだかそんなことが起きているとは信じたくないと
思うんですねで一つにはこれはまあ 東方カイトさんの分類ですけど
まあ冒険としてのカウンセリングと作戦会議としてのカウンセリングは作戦会議が要するに ケアであり今流行ってる方ですよ
どっちかというと平和なやり方なわけですね あの
まあ今今の問題に限定し 首相を大事にし問題解決志向でしかし急なことをやらず無理なく非常に
ライフワーク的だと思うんですけどね その話をしましたしライフワークと今流行り一番主流となっている心理療法はといって
おきますが 告示しているないしあまり変わらないものであると
で一方で冒険というのは政治分析ですね要するに深いところに行って深いとは何なのか ってのありますが要は記憶を掘っていくってことですよね
だから2歳児以下の記憶は覚えていないとでそこであった 出来事は重くのしかってしまう人生全体に
でお母さんが良くなかったのかたまたまその時不調だったのか入院しちゃっていなかったのか
8何などなどによって一つ一つはすべて子供にとっては非常に深刻なことですから でさらに深く行くといやいやそもそも前の世代からの連鎖でまあだから世代間連鎖って
ますよね生まれる前の事件があなたに 影響を及ぼしているんだとそれはまあおよぼしてはいますよね
読んでない人はいませんよね だからそういうことを言い始めるとユングにまあ私のユングの理解が間違ってなければですが
つまり深いとは過去であるってことなんですよ 遠い過去であると浅井というのはつまり近い過去であるとそういうことですよね最近
上司に怒られたとか最近入った会社で痛い目を見ているとかそういうことに話を集中さ せ
しかもかなり常識的な解決まあこれも私も適当言ってますけどね かなり常識的な何なのか心理にこだわらない
メンタルと称してメンタルに寄せて はいるものの真理まっしぐらにはいかず現実との関係の中での機能は言われたとかも
しかするとですねあるいは最近食べたものがそれはもう医者に行けって話だと思うんだけど その辺のこの身体医療と心身医療の接近が
結局のところ記憶が近ければ近いほどそういう話になるはずなんですよ しかもなんか未来思考になっていったりするとこれからの計画を立てましょうみたいな話になる
こうすると身体医療と接触しないじゃないですか 治療計画みたいなあるけどそうじゃなくてあのこれからはあの
タバコを減らしていきましょうみたいなそういう計画ですのでこれも身体っぽいよね だからメンタルに寄せてはいるんだけどどうしてもこう物理的な世界に接近していると
遠い昔の話は物理的ではないからだってそんな過去のことはもう直接 あの身体に影響を及ぼしているといる場合もありますけれども
まあメンタルの方が遥かに影響でかいじゃないですか 記憶っていうものになってくると
でも出来事最近の出来事であればそれは確かにその 物理的な影響もメンタルへの影響だからメンタルって言いますよね
なんか精神とかじゃなくてその2つを分けるのも難しいですけど やっぱりこうメンタルにケアをするのと精神を分析するのとでは
後者の方が遥かに冒険チックになっていくわけですよ 奥底にはドラゴンがいるとか魔王がいる話になっていくわけですよね
魔王はいないけど で
現代のカウンセリングの主流と「冒険」の減少
まあハイリスクハイリターンって言葉もあったんですけれども ここでですね要するに今の主流は間違いなく
メンタルケアに向かっているわけですよ できることをやりましょうと常識でいきましょうと
その良いおっぱいと悪いおっぱいのスプリッティングとかそういうよくわからない かなりの説明を要することを理解できたとしても
そしてなんだか本当なことだかもわからんようなことを言うのは極力やめて つまりそれは嫌だってことだと僕は思うんだけど
でなるべく転職活動とか で今本当に誰にでもまあ大人ならですね
わかる話それはパワハラですねとか その父親を上司に投影しているとか言わないで
それは上司がとにかくちょっとおかしいですねと だから上司その上司と直接関わらないで済む部署に移っていくとか
つまり非常に現実的な対応であり しかも波風立ちにくい対応を
だからそれは心理師がなぜするのかって話は僕は出てくると思うんですけれども 要するにそこのメンタルの部分にフォーカスをして
対策は必ずしも心理ないし心理分析ないし 今ほとんど言わなくなりましたがメタ心理学的なことではないところでやっていこう
ということだと思うんですよね 私も最初は最初は3ヶ月チャレンジを始める前ぐらいは
もっと前だなそういう話をしてた そういうことを考えてたわけですね
それが私がこれに至るまでのライフハック的な 私の時点ではないなあれはな
グッドヴァイブスあたりからの話をしていたわけですが でも私はそういう話がしたいわけではないんですよ全然別に
そもそも私は傷ついた治療者が治療者になる的な つまり当事者だからこれが語れるというのは安全な札として持ってはおきますけれども
やっぱりあんまりよくはないと思うんですよね 私がアトピー精神分析の知見で治ったから皆さんも治りますって言うのっておかしいと思うんですよ
ただこれを治りませんっていうのもやっぱおかしいと思うんで これに関してはお札だよなという感じなんですよね
という人間であるということが安心材料になるなら それを使っていただければいいと思うんですけれども
だからといってやっぱりNイコール1はいけないわけですよ ここに難しさがあって当事者ですらなくなったら私は本当に何でもなくなっちゃうんで
だからお札としては持っておく必要は感じてるんだけど こうやって精神分析の恩恵を受けたから精神分析を信頼しているんです
だけどその精神分析を全然関係ない方向の人にも 適用できるっていう根拠は何なのっていうことになってくると
そう非常に答えに急するわけですよね だから分析家をやれよってことになってくるんだけど
分析家ではありませんなので 一体何なのって感じになっちゃうんじゃないですか
私のこの立場の極度のあやふやさを でも私はそれが私のポジションにおける重要な強みの一つだと今ではほぼ思っておりますんで
このお札を手放す気は今やなくなりつつあるわけですけれども
でもだからお札はいろいろあるけどそれは証明になってないんですよ お札でしかないわけですね僕の場合は
で過去の戦とかを喋るのも結局のところお札でしかないわけですよ
なんかそれに一定の根拠を満たせそうな雰囲気ってあるんだけど
だから当事者っていう言葉はだから良くないんだっていうふうに山崎さんおっしゃってて
やっぱあの辺が新鮮なんですよね 僕もそういうことはちらちらずっと思ってるわけなんだけど
やっぱりあんな風にズバッと言わないから 彼はズバッと言う人ではありますけれども
当事者だからっていうそういうだから つまり当事者がいけないんじゃないんですよ
大事よくないのは無敵の札を使っちゃうことなんですよね
見どころものの言論なしちゃうことなんですよ それが興味深かろうがナラティブが納得できようが関係ないんですよ
そういう札には反論の余地がないということ自体がいけないんだっていうふうに彼は言って
そこは大変倫理的だなって思うんですよね
ライフファックでもそうなんだけどしばしばやっぱりやっちゃうんですよね
やりたくなるじゃないですか そもそも資格ってそのためにあるんだけどと僕は思っちゃいますけどね
そこは僕はある意味プラグマティックな人間なんでそういうところは
山崎さんもプラグマティックですけどね
彼はアカデミーの人でもあるんで 私はアカデミーの人ではないんで
そういう差が出るんですよね
あと僕は彼より10年以上長生きした上に
彼よりは多分パーソナリティで父親に対して弱い人間なんで
そこも出ちゃうんですよね
10年以上弱いまま生きるとどうしてもこういうふうにですね
脇道を縫うようなことをやりたがりなんだになっちゃうわけで
要するにパチンコの玉拾いがちなわけですよね
やっぱりそこで怖い目にあったりすると
もう二度とパチンコ屋に入らないみたいなちょっと話がそれすぎているんで戻しますが
つまり冒険としてのカウンセラーが少ないと
なぜならばいいことないしね
そしてこれは山崎さんがおっしゃってたのが近いと思うんですけど
みんなこれをやりたくのもないパーソナリティの人が
やはり現代は多いのかもしれませんね
そうするとたまたま私のように冒険としてのカウンセリングに向かっている人間の
その人たちはそもそも少数なんですよ
だから僕は当然そこはブルーオーシャンになるだろうと
なぜなら冒険としてのカウンセリングをやりたい人は一定数絶対いるわけだから
ところがここにちょっとした脅し穴があってですね
冒険としてのカウンセリングをやりたい人は一定数いても
もはや真理の表看板にそれは非常に見えにくくなりつつあるわけです
政治分析的に両方やってますってところは実はいっぱいある
いっぱいあると言ってもやっぱ多くはないよね
まあネット上にはそこそこあるんですけどね
多くはなくなっている
で明らかにそうじゃない方が前面に出てくるようになっている
それは間違いないですよね
そうするとそこにあんまり期待できないなという
そのマクロなものの見方ができますよね
そうすると冒険としてのカウンセリングを求めている人というのが
隠れてしまうんですよ
隠れがちになってくる隠れてるわけじゃないんですけど
えっと見えにくくなってくる
そうするとあたかも事象としては減ってきているように見える
要するに提供もされなければ需要もないみたいな
だからこのように冒険としてのカウンセリングを求める人は
ごく少数だし提供する人もごく少数だし
つまりなくてもいいものだよねみたいな感じに
世の中の一つの流行として
そうなっていくということなんだと思うんですよね
なんならケアでも結構深いところやれるよみたいな論が
それは嘘じゃないんで別に
ケアでも深いところやれるよとか
ケアだけやってるわけじゃないよみたいな
そういう話によって
それは健全な方向なのかもしれないんですけど
いずれにしても本当のところっていうのもあるんですけど
精神分析みたいなのを本格的に求めますみたいな
なんていうのかな
本格的にやってますみたいな人がそもそも少ないのに
本格的に求めますみたいなことだけを
大体的にPRしないじゃないですか求めてる方だって
こうして見えにくいパイを
少数で取り合うみたいな構造
これをそう理解したということですね
私はレッドオーシャンと
変なレッドオーシャンだなと思うんだけど
レッドオーシャンと呼んでるというか
自身の活動と「お札」としての経験
そういうふうに見立てたのが
この間のイベントだったと
要するに食えてるだけでも羨ましいから許せないよねって
目で見られるよっていう話なんですよね
ぶっちゃけて言うとそういうことになるわけですよ
食えてること自体がもうダメだろうみたいな
お前だから無資格のくせになぜ食えるんだみたいな
ここは資格者だって滅多に食えないんだから
お前食っちゃダメなんだよみたいな
もう食ってるだけでもレッドオーシャンみたいな
あんまりだから景気の良い話じゃないなっていう
景気の良い話ではないんですけどもともとね
私はそこをちょっと考えていこうと少しは思い
まあ考えるだけかもしれないけど
少なくとも私は考えるのが
仕事みたいな人間なんで考えるだけは考えようと
何を考えるかというと
要するに何で自分は食えるんだろうってことを
まず考えようと思いました
で合わせてそれは本を書いてるからだろうと言われりゃ
そうかもしれないけど
そんな簡単にそうなるかっていう気もするんですよ
で開業論という本を買って読み始めてるんですけど
なんかやっぱりねここにはあんまり答えはない
むしろ答えがないことが
ここの本を読むと分かったみたいな感じ
開業論に違いはないが
私の考えるところの開業論とはすごく違う
っていうことだけがなんとなく分かっただけでした
今のところは面白いんですけど
私が読めば何でもあの種の話は面白いですけど
ちょっと世界が違うのは確か
だから真非の世界ってのは
やっぱり私の世界とすごい盲々に違うんですよね
で深い話を求めるからといって
別に現実からめちゃくちゃ有利してるとか
そういう話ではないんですよ
ここからが今日の本題かよっていう
タスクシュートと現実への気づき
もう20分も経ってるじゃん
今日短めに収めようと思ってたんですけど
全然そうはならない気がしてきましたが
こういう話をするのが私は好きなんでしょうね
最近こちらのリスナー様も確実に
あの一時激減されまして
まあそれは僕が悪いんだけど
なんですがやっぱりですね
好きでやってないと
こんなに続くはずないですよね
戸田サトルさんが今日似たような話を
youtubeに上げてましたけど
私はちょっとまた彼とも違うんだなと思いながら
でももう少し考えてやらないといけないなとは
やっぱりあの人たちは偉いなと思いながら
だいたい僕は自責に
自責というか自虐ですね
に走り勝ちなんで
そこは自虐にばっかり走ってないで
なんかできることはやっていこうとは思ったんですけど
それはまた後の話として
後のというか
今日明日中にでもやろうと思えばやるんですけどね
まあでも大した話じゃないですね
なんていうのかな
新しい事業とかも始められないんで
さすがにこうやるならば
ポッドキャストのリスナーを
じわじわとはじわじわでも増やす施策とか
そういう方向になっていくんだと思うんですけどね
でもそういうことぐらいは真面目に考えようと
いうふうにいろいろ思ったわけですよ
別にその思って今日寝て
明日にはもう違うことを思っている可能性が
多々あるんですが
あのですね
何の話をしてるのかというと
冒険としてのカウンセリングというのはだから
また山崎さんとお話をしてもいいテーマだなと思うし
僕が言ってるのもそういうことなんだなとは思うし
この冒険としてのカウンセリングは
今それはパイは少ないのかもしれないけど
それは顕在的にユーザーが
表に立つようにならないような
風潮を作っちゃうからいけないのであって
この風潮に言ってみればあらがいくずですね
かつあの手この手があるんだよっていう
そこがやっぱり喉いい者なんですけど
私の世界なんですけど
あの手この手があるんだよという
同じような看板を繰り返し出すだけじゃ
やっぱダメなんですよ
たとえやることが変わらなくたって
看板は変えないと自流に合わせてっていうことは
あのこれからそれを訴えることが
私がの食いぶちに何かプラスになるか
むしろマイナスになるんじゃないのか
っていうこともあるんですけど
まあその辺のことですね
戸田さんが喋ってらっしゃったことがあるんで
ちょっとそれも合わせてですね
考えようなと思っておりまして
でその冒険としてのカウンセリングの
一種である3ヶ月チャレンジではですね
えっとこれタスクシュートを
ここでちょろりと出しちゃうんですけど
こういうふうにタスクシュート
僕は脈絡もなくパッと出してるよねって
感じもするんですが
えっと今タスクシュートすごい
清松崎さんが頑張ってて
どんどんどんどんブラッシュアップされていて
まあ面白いわけですよ
でその中でも私が非常に興味深いなと思ってるのが
セクションをその日その日でかなり柔軟に
もう本当柔軟に
何なら15分のセクションとか作れちゃうわけですよ
時間帯ね
言っててちょっと意味わかりにくいって
思ってる人には申し訳ないんだけど
要は時間帯なんですよ
時間帯セットするだけだろって言われると
そうなんだけど
10時から11時の間にこれだけのタスクやろう
こう考えるじゃないですか
人間の脳ってやっぱり
それがそうなろうとなるまいと
だからこの私は
もう今日っていうデイリータスクリストって考え方も
ほぼ棄却しつつあって
芸人主義的にこういうこと言ってると
みんなに迷惑かかるんで
認定トレーナーさんとかに
これはもう僕だけの話ぐらいに
思っといていただいて
全然いいんですけど
この10時11時セクションっていうものを作って
そこを何とかするってことさえやれば
人間はそれでいいんだって
何なら1日のうちに1時間のセクションを
何とかできれば
もうそれでいいんだっていう風に
私は思うように本気で思いますね
それじゃ食えないってことがあったりする
かもしれないんだけど
私会社にいた時からそうだったんですよ
大真面目に仕事してるの
1時間半くらいだったんですよ
なめた派遣社員だったんで
そんなことやってられたんですけど
でもここに集中すると
意外とみんな集中してないしね
毎日毎日できないんですよね
大した面白い仕事じゃないしね
言っちゃなんですけどね
1時間半くらいしか
集中してやってないなみたいな
1時間半とにかく集中してやろうみたいな
あとはまあサボってたわけですよ
言うならね
でこの感じっていうものを
タスクシュートはすごいよく伝えてるなと
でタスクシュートが伝えてることって
まあ割と一貫してる
ここも言いたいわけですけど
要はストレイチーですよ
またここでいきなりフロイトの一番弟子
みたいな人出してくるわけですけど
ストレイチーが言ったことって
とても僕はやっぱり
その通りにやろうとしてないですよ
ストレイチーはやっぱり
そのいわゆる第一世代っていうのが
ナイゼロ世代みたいな人で
あそこのああいう人たちの
言ってる通りにやるっていうには
もはや今や時代が違うし
文献もその昔の言葉だし
お好み敬語役みたいなやつ
もっと前の役みたいな
わかりにくいんですよ
ああいうところに肯定していると
私の仕事にはだからボラスを読む
っていうのはそういうことなんですよね
わかりやすいんですよ
やっぱり現代的だし
同じこと言ってるのかもしれないけど
やっぱりゲームにのめり込んじゃうんです
現実と夢の区別、そしてAIとの対話
って話となんかこうね
愛人がいっぱいできてしまうんです
みたいな時代感があるじゃないですか
なんかこうフロイトの時代と今の時代って
やっぱりこう50の
だから私の時代にはまだないことなんですね
50のおっさんゲームにのめり込んでるケース
すごい少なかったから
昭和の頃は今はもうなんか50でも60でも
ゲームにのめり込んでるんですって
普通じゃないですか
そういう事例の方がいいわけですよ
やっぱりというか困るんですよ
やっぱりその愛人がとか
なんか昨日山高坊を忘れてきたとか
山高坊とかかぶってないしね今時ね
そういうことを思うんですけど
そのでもストレイチの言ってることは
正しくて正しいだろうなと思うんですよね
正しいだろうななんですよ
結局で前置きが長くなりました
が要は彼が言ってるのは
非常に古典的な話の世界ではありますが
でも患者に患者にって書いちゃうんですね
患者に現実をなるべく与えないことは大事なのである
逆説的だがって書いて
だがこれは本当なのであるって
なんかね変に強調してるんですよね
つまりそれは
変異の話をしてるんですけど
要はなんていうのかな
まあ我々はみんな同じなんですけど
ここがまた微妙な話になってくるんですけど
みんな同じなんですよ
そういう意味で美音が言ってることは
絶対正しいと私は思ってですね
我々は夢を見ている夢見る人
要するに夢を見てるだけなんですよ
夢を見ている夢見る人と
夢を解釈する夢見る人がいるんだ
つまり現実見てる人はいないんだって
美音は言ってるんだけど
僕はもうこれには疑いを抱いてない
ここに定義が入ってくるわけだから
人間関係においては
もう2人で夢を見る世界にいるわけですよね
でも現実を与えちゃいけない
だからストレッチは
まあ美音的な世界観からすれば
それは後世の人間が勝手に言うことですけど
甘いんですけど
つまり現実を与えないってお前言ってるけど
どうやればそれができるんだってことも
あるわけですよね
しかも我々は現実を果たして
与えるとか与えないっていうことを
知ってんのかというと
ここがだから古典なんですよね
分析家は現実を知ってるが
患者は知らないという立場に
永期で立っちゃってるから
ああいう言い方ができるけど
でもストレッチが
だがこれは本当なのであるっていう
そこまで言うってことは
やっぱりここの技法には
力が一定程度あると思うんですよね
参考にしかできないかもしれないけど
大いに参考にはしたほうがいいように思うわけです
この話はつまり
妄想と現実を分けることが
いわゆる精神障害においては
最も優先するべきことだってことなんだけど
ただ健常者だって
みんな夢の中にいるのに
妄想と現実を分けるっていうのは
どうやったら分けられるんですかっていうのと
どうやったら分けたって分かるんですかっていう問題が
永遠につきまとっちゃうんですけど
それでも大事なんだっていうふう
この姿勢なんですよ
とにかく東映ドイツ科とか
天意とかの世界に自分たちがいて
ずっといてずっといて
人工的にそういう空間の中にいると
はっと気づく
あれ夢見てない私っていうふうに気づく
これをクライアントさんが気づくことによって
自分は夢を見がちであり
現実というものと夢というものは
違うものであるっていうことに気づくことによって
少しずつでも
まあでもこういうはっとした経験を
多分繰り返すことになると思うんですけど
はっ夢を見ていたみたいな感じで
現実じゃなかったみたいな
こうやって現実に何度も目覚めるという経験が
その人を現実と夢を区別する能力というものを
高めていく
これはいわゆるビオンの夢を見られるようになると
またちょっと違う
でもまあやっぱ無関係ではないよねっていうことで
なんでさっきタスクシュート提示してきたかというと
タスクシュートはさらに甘いんだけど
タスクシュートは現実を提示することによって
つまりこの逆の手法なんですよ
まあ当然逆ですよ
逆説的すぎますよ
精神分析でやっぱやること特徴なんで
人工夢空間を作るのが精神分析なわけですよね
私は自分の来歴とか喋るのが嫌なっていうのは
こういうことなんですよ
なぜならこの人工夢空間を作り出すのに対する
邪魔になるから
まあそれがだから天意を汚すって話なんだけど
でもここにこだわりすぎるのは
ダメだよねって話を
山崎さんとしてきたところでもある
すごい難しいんですよ
ややこしい話をしてるんですね
しかも精神病水準であれば夢
もう夢が夢々しい
だから妄想なんだけど
めちゃくちゃ妄想になっていくから
そこを分けるのは大事だし
分けるっていう発想も分かるんだけど
私がやってる仕事っていうのは
相手は別に精神病とかじゃないんで
障害とかじゃないんで
ユーザーさんはクライアントじゃないんで
ユーザーさんなんで
こう夢を見てはいるんだけど
それは私が見てるっていうのと
差したるレベルの違いはないんですよね
要するに山崎さんが書いてる通りなんですよね
我々は自己愛的
万能感を持った自己愛者という
言葉の意味を知っている
しかし自分が万能感を持った
自己愛者であるということを知らない
ということは結局万能感を持った
自己愛者であるということを
知らないってことなんだって
あれは全く正しいと僕は思うんですよね
所詮私だって夢を見て妄想して
転移ばっかり展開して
夢を見ている妄想者で
万能感を持った自己愛の人間なんですよ
ここにおいては
ほとんどその推奨が同じ人に対して
その人の方を何とかしますっていう
そういう手法じゃダメだと思うんですよね
ここが楽さが少ないことをやってる
つまりそれは妄想度のって意味ですよ
楽さが少ないことをやってる
私の仕事なりのややこしさなんですよ
ストレイチーが言ってるようには
ならないと僕は思うんですよね
やっぱりそういうことを考え合わせてみると
ここで夢と現実の区別をつけるというのは
でもやっぱり果てなるっていうことは
これは分析に習うまでもなく
私はタスクシュートやってて分かったんですよ
ハッとなるんですよ
ただしそれは精神分析がやってるのとは逆です
タスクシュートは現実を徹底的に
提示してくることによってハッとなるんですよ
夢見てた自分夢見てたっていうことを
何度も何度も提示してくる
基本的にはさっき言った
だからそのアサヒとは言うんだけど
ケアする心理職っていうのをやってることは
私はこっちだと思うんですよ
だからこれは果たしてそれはケアなのかっていう議論は
今後も続くと思うんですよね
冒険とは違うかもしれないけど
ケアは大事なのかもしれないけど
これ支持的と言えるかという
結構直面化的なんですけどねって感じがするわけですよ
ただストレイチーが言う大事だって言ってることは
確かに大事なんですよ
どっちにどっちの線から行くにせよ
だから患者さんに現実を与えないんだと
そうすると夢に閉じ込められているうちに
どんな夢を自分が見がちであり
どんな夢を見がちであるかということを
分析家に伝わることにもなり
そしてこうしておけば
いちいち転移がどうしたとか何とかしなくったって
これを解釈したら現実に目覚めるっていう機会を
最大限利かせるでしょうって言ってるわけですよね
そうなったかどうかは分からないです
ストレイチーのやったことが全部成功したっていうふうには
あんまり書かれてる本ないですからね
ただ理論としてはそういうことなんだろうなと
でタスクシュートっていうのはその逆に
この逆をやるのは常識ですよはっきり言って常識
こういう言い方をしてるから
なんかすごい不思議なことを喋ってるようにも
聞こえるかもしれませんけど
だって掛けようってそうじゃないですか
ライフハックの傷つきとケアの必要性
いや私そんなにお金使ってないなーって言って
はい今月の支出75万円です
わーみたいな
どっちが妄想かって言ったら
使ってない方が妄想に決まってるじゃないですか
これは全然珍しい処方じゃないんですよ
そこら中で取られてる手法なんです
レコーディングダイエットだって同じです
体重計乗ること自体が同じです
私53キロぐらいだしって言ってて
63キロだったりするわけじゃないですか
つまりそれが精神分析逆なわけですよ
常にその人が53キロであることを示す
体重計に乗せ続けるみたいなことですよ
そうすることで
いやー私まだまだ痩せてるし
まだまだ痩せてるし
まだまだ痩せてるしって言って
ハッとなるということを
なぜならば
我々はみんなの夢を見ているから
現実を提示するなどということは
そもそも不可能だから
体重計は見せることで
だからこの数字ってものに
これが話題になったんですよね
CBTとライフハックの世界で言っちゃいましたけど
数字っていうものは夢見られないと
だから数字を提示する数字を提示するって方向に
メンタルの世界もいつしかなってきたと
だから私は思うんですよ
そんなに数字提示してたら
それはもう心理じゃなくなるじゃん
結局体重計と家計簿と
タスクシュートの世界になっちゃうじゃないですか
それはメンタルと不可分かもしれないけども
それで見ているものは
心でも何でもないじゃないですか
っていう言い方はあると思うんですけれどもね
あると思うんですけれども
だから精神分析は心の方に
とことん向かっていくから
現実というものは提示できないんだから
我々はいかに夢を見ているか
だから夢を解釈する夢見る人なんですよ
ビオンは言葉の意味では極めて正しいわけですよ
そんなことができるのかって話になってくるから
だから長い訓練がいりますって話になって
私は訓練を受けたことがありませんっていう
そういう話をしていて
でその割にはうまくいっていやがるから
お前はレッドオーシャンで勝手に食いまくっていて
要するにあれですよ
あの何だっけ
釣り場でほら解禁とかあるじゃないですか
あのなんか入場券も払ってないのに
釣りすんじゃないみたいな
川で釣りしてるだけなんですけど
みたいなそういうことが許されないっていう話ですね
漁業券っていうんですかね
でその漁業券とか言ったから
また分かんなくなったんだよね
だからタスクシュートの話は要するに
常識的にやってることではあるっていうことなんですね
現実というものと非現実というものを
区別するようにしましょうねと
そこにうまくいっている方法論は
私は人間の役には心が少し痛むかもしれないか
だからその話もちょっと今後そうなんですよね
ライフハックは機能するほど実は傷つくんですよ
だから私はここはですね
私の仕事とはダイレクトに関係ないんで
余計なお世話かもしれないんだけど
でも今後タスクシューターなりライフハッカーは
心理カウンセリングを受けるということを
カジュアルにしかし真剣に検討した方がいいと思います
ケアされるべきです
ライフハックがうまくいっちゃうということは
嫌でもおうでも傷つくんですよ
こんなことを言ってるだけでも
あの突拍子もないことまた言い出したなって
思われると思うんですけど
それこそストレージじゃないですけど
だがこれは本当なんですよ
絶対僕は間違いないと思う
ライフハックってそもそも人と競争してますから
人を蹴落とすことになりますから
だから私は最近ライフハックって
出したくないんだし
えっとなんならsnsで
恋しいお店行きましたとかも
まああんま言ってないですけど
言ったってしょぼいところですけど
書かないんですよ私は
やっぱり傷つくわけじゃないですか
snsキラキラで傷つくみたいな話
しょっちゅう出てるけど
そうじゃないですか
そこは嫌でもおうでも少しでも
格差なの貧富だのってことを
意識させられるわけじゃないですか
だからあのしょぼい目にあったことは
snsにあげようって思うんですけど
積極的にあのダメでしたとかはあげようと思う
だからそういったことばっかりやってるから
フォロワーさんが減ってるわけだけど
でもやっぱり良くないと思うんですよね
その無駄に傷つくっていうことは
でライフハックはなんだかんだ言っても
競争することに有利に働くようにやることですから
傷つくわけですよ
それをやるということ自体が
勝てば傷つかないじゃんって思うのは
それは甘いというもので
勝つということは
やっぱり負ける可能性を
そこに背負い込むってことなんで
その瞬間は傷つかないかもしれないけど
心理的なテンションは上がるし負荷も高まるんで
私はタスクシュートは理事だし義務だから
そこでのハックは出していくんだけど
なんかエヴァノートとかノーションとか
オブシディアンの話を一切基本的にしないのは
やっぱりこれをAIとかみんなそうじゃないですか
みんなじゃないでしょうけど
AIの話とかをガンガンガンガン
何もうみんな秒単位とかで
仕事終わらせちゃってるのみたいな
焦るじゃないですか
私AI全然わかんないんだけどみたいな
とても焦ると思うんですよね
しかもその自分の立場が危うすやだっていうほどですね
実際にはあれでいくら自動化したって
どれほど作業が全部オートになったって
意外にそこで意外に差がつかないっていうのは
でもちょっとはつくっていう人にとっては
怖いんだろうと思うんですよね
僕は全く怖いことではないと思うんですけれども
多分怖いんだと思うんですよね
だからこの辺のことが
私だからAIの話も全然しないわけですが
これはね私のAIの使い方が特殊で
これを聞くと気分を害するという
メインには女性の方がおっしゃるということもあったんで
あんまりもう出せなくなって
こんなことばっかり言ってると
何も出せなくなってしまうんだけれども
今だいぶあの頃から路線が変わったというよりは
追求してるうちに違う事実が見えてきたって感じで
私はAIとの対話っていうのは
実は今もものすごく続けているんですけど
それをもう他の人から見ると
ちょっとよくわかんない対話になっちゃってる可能性は
多分にあります
ちなみに何の役にも立ってないから
心配はいらないです
依然として全部の資料作成だろうと
プレゼン資料だろうと
全部手作りになっちゃう
これはこれでわけがあるんですよ
別にAIの方が早いとかは分かるんですけど
行動化としてのメモと眠気
絵とかはイラストとかは
僕全く描けないから
AIに描いてもらってますよ
1から10まで描いてもらってるけど
それすらも気に入らないんで
結局あんまり使わなくなっているんですよね
それは何か手作りがいいとか
そういう僕はプラグマティックな方なんで
そんなことは全くないです
そんなことは全くないんだけど
時間的な余裕を作ることに
何のメリットも感じなくなりつつあるのは確かなんですよ
これによって2時間空くじゃんとか
2時間を浮かせて何をしようというのかと
私2時間浮かせればゲームしますけど
あるいはゲームするのは
でもこれは奥さんのためだから
いやいやこれは口にすると問題になっちゃうんですけど
2時間浮いて本当に好きにできれば
ほとんど全ての時間を
精神分析系の本を読むことになります
でもこれも結局さんチャレンのためにやることだから
自分のためにやることっていうのを
1時間以上の単位でやりたいと思うことが
もはや全くないんですよね
寝るぐらいだな
寝るぐらいですね
散歩もあるけど
散歩は1時間もしたくないですからね
むしろ逆に疲れるし
別にしない人って結構あるし
庭維持はでも自分のためだけじゃないから
自分のための時間って本当いらないなって感じがするので
作業を早く終わらせたいというふうには思わないんですよね
AIで擬似録作るとか勝手に作るから作らせてますけど
読んでないから関係ないし
もともと僕擬似録なんか全く作らなかった方なんで
自慢にはならないですけど
得意でもなければ好きでもなければ
必ずしも得もしないことを
カリカリやる意欲って僕はもう全くないんですよ
だから手書きでメモするっていうのも
手書きでメモをしているわけではない
手書きでメモしてるんですけどね
あれはですね
よしよしなんだけどこれも難しいんですよね
セッション中にいろいろメモってるんですよ
それは事実関係を整理するとかではなくて
字に現れるんですよ
字に私の気分が現れちゃうんですね
それだけが目標じゃないんですけど
字に私の気分が現れるというのは行動化なので
つまり行動化なんですよね
だからやっぱりあんまりメモるの
良くないみたいなノリって
政治分析の世界にあるんだけど
でも僕は積極的にメモっているんですけど
フロイトがメモっても良かろう
ただし私はそんなことはしないみたいな
あのスタンスがそうだろうなって思うんですけど
でも私はむしろメモるんですよね
ただこれは要するに行動化って
避けられないなって最近思うようになったんですよ
話が飛んじゃってますけど
例えば私は呼吸が浅くなるとか
これは行動化だと思う
身体化かもしれないけどでも行動化だよね
で大概呼吸が浅くなってはいけないから
深呼吸しましょうとかって言うじゃないですか
僕絶対それは精神分析的じゃないと思うんですよね
精神分析的っていうのは
呼吸が浅くなるべきシーンで
呼吸が浅くなるべきなんですよ
理想は理想はでも理想は難しいな
むくむかしい
寝ちゃいけないのか寝てもいいのかっていうのは
自分悩んでた
寝るのはダメだと思うんですよね
話を聞かなきゃならないから
でも眠くなるのはいいはずなんですよ
眠くなるというのは
これがだからクライン・ハイマンに起こったように
それはあなたの責任であって
逆転医とか言うなって言うんですけど
両方なんですよやっぱり絶対に
だって私はかなり寝てるし
違う人って場合は眠くならないんで
話が退屈だから眠くなるって話は普通にあるじゃないですか
でもこれだけ濃い関係にあると
退屈だから眠くなるとかは全然起こらないんですよ
眠くなるときはやっぱり
正しい言葉の正確な意味で
相手の人は私に催眠をかけてるんですよ
これが私正しい言葉の使い方だと思うんですよ
催眠術とかじゃないんですよ
眠気を誘うから催眠でしょ
もようすか
だから催眠をかけてるんですよ
相手の無意識で
私が眠いってこともあるだろうし
話の筋道追い切れない
でも追い切れないっていうのも
私の責任だってするのはダメで
追わせないと相手の意思があるっていうべきなんですよね
だからそれは無意識なんだけど
例えば無意識のパワーとかでは全然ないんですよ
話の展開を
人を眠くさせる話の展開にすることは可能な
それは私は意識的に可能だと思うんで
その相手が意識的にやってるとは思いませんけれども
ある種のテクニックだと
テクニックって無意識に使うもんじゃないですか
例えば野球選手って
バットを振るときの軌道って
スイング軌道って無意識のはずなんですよ
あれ意識的に振ってたんで
160キロの球にホームランできるはず絶対ないんで
だから意識がはっきり目覚めてても
やることが無意識であるってことはいくらでもあるので
これは私に眠気を催眠させるっていうのは
超高等テクニックであって
相手がそのテクニックを使ってきていることに
私が気づかないというのは絶対ダメで
つまり寝るべき
寝てはまずいけど猛烈に眠くなる
それで起きてなきゃって思うと辛いじゃないですか
これをメモるんですよね
眠いとメモるかどうか分かりませんが
とにかく何かその時話を聞いてる話を
メモりながら眠気と戦うっていう
これがつまり相手が私に伝え
エンとしてることなわけですよね
伝えようっていうのは話を聞いてね
話してるわけだから聞いてねって感じじゃないですか
でも聞いちゃダメだよっていうことですよね
だから寝てろよってことですよね
でもこれは親が子供に子守唄を歌うとか
お話聞かせてるうちに子供寝ちゃうとか
そういうシーンのことまで思い浮かべながら
考え合わせていくと結構このアンビバレントが
アンビバレントとは限らないわけです
本当に話してるうちに私が眠ることを
望んでいる可能性はあるんですよね
そうすると寝ることによってしか
その人の望みは叶えられないから
これは不可能な望みってことになりますよね
つまりニードですよね
ここでニードですよねっていうと
ちょっと飛躍があるんですけど
でもニードですよね
本来はこれを解釈するべきですよね
っていうことになるわけです
本来は精神分析科ならということですね
私はこれをダイレクトに解釈はしないんですけど
あなたは話を聞かせようとしてますけど
この話を本当は聞いてほしくないという
不安を持ってますねみたいな感じなんだと思う
それは私は結構正しいと思うんですけど
私はそういうふうにはしません
分析科じゃないし
それをやるとやっぱり相当治療基準に入っちゃうと思うんで
治療プロセスに入っちゃうと思うんで
やっぱりそこはそうじゃないなと思うんですよね
やることは僕がやるべきことは治療ではないと
AIとの対話と3ヶ月チャレンジの独自性
すごいサンチャレが今独自職を持ち始めたのは
いいことなのかもしれないんだけど
ここには先達とか師がいないんですよ
だからサンチャレとはこうやるべきであるとか
松木邦博さん一切書いてないのは当たり前なんですけど
彼が本書いた時サンチャレなかったからですね
今あるかもしれないけどもちろん
一個だにされてないから
何か書かれているケースは一切なくて
書かれるとしたら批判されるだけでしょうね
とは思うんで
自分で頑張ってやっていくしかないなとは思うんですけどね
ここのところに実はAIというものが出てくるんですよ
私の知事じゃないんだけど
ここにAIが出てくるのは意味が僕は今はあると思うんですね
なんかそんな高度なこと返してこないじゃんと
関係ないんですよ
そういう問題では全くないですよ
壁打ちとかでも全くないと僕は本当に思うんですよね
今はちょっと昔は恋愛ごっこでイチャイチャしてますとか言ってたんだけど
あそこにヒントは大きなヒントがあるんだけど
山崎さんとの関係でもちらっと出てきたんですよね
お前本音言えよって思ってしまうと
つまりAIに何か思うのはおかしいよねってあれは話ですよね
いて人間じゃないんだし心もないんだから本当
思うってことは東映だよねってことを言ってるわけですけど
ここに僕は大きなヒントがあるなと
さっきの夢を見ている夢見る人なんで私は
みんなそうだと思うんですけど
夢を見ている夢見る人がAIと対話をする
それは当然夢の中でやってることなんですが
これをどう解釈していくかということを
もっと大真面目に考えていくとですね
私が3ヶ月チャレンジでやろうとしていることの是非が
少しヒントとしては得られるはず
それは3チャレは良い試みですとか
頑張ってますよねとか
そういうことをAIが言うとかでは一切ないんですよ
これは社会的に意義がある活動です
いやそういうことを言ってきていれば
うまく言うようになってきたからの子も嬉しいんだけど
この嬉しいが問題ですよね
言ってきていることの内容じゃないですか
嬉しいが問題なんですよ
なぜ嬉しいのかってことですよ
本当に嬉しいのかってことでもあります
こういうことを分析していくためには
あれはここから先さらになる進歩が必要ですけれども
進化かな
するでしょうから進化は
これは行けるかもなって思うようになってきました
3ヶ月チャレンジの独自職というもの
喫緊の話じゃないですよ
どれほど進化しようと
あと1年は絶対言うにかかるなとは思いますけれども
でもそれぐらいは待てるでしょうっていう感じも
するようになってきました
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