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心は時空間を備えているべき存在である。
2026-06-26 42:28

心は時空間を備えているべき存在である。

私たちは実はいつも寸断されている。しかし、その寸断の事実に気づきたくもなければ、受け入れる気もあまりない。
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00:06
おはようございます。 佐々木正悟の精神分析的ラジオをお届けします。
6月26日金曜日、7時55分です。 いよいよ明日なんですが、
2つ台風が来てますね。 7号、8号、いずれも直撃で、すごい滅多にないような気もするんですけどね、こんなことはね。
呪われているという言葉は、僕は絶対使いたくないと思ってるんですけど、 全く意味のない言葉だと思うので、松木くんひろさんが何かとストレスという言葉には全く意味がないっていうのをね、
断るごとに入れてくるフレーズなんですけど、僕も呪いという言葉には全く意味がないと思うんですよね。
で、えーっと、
まあそれは、それとして、 その私が呪われてるんじゃないかぐらいに思うのが、今日の明日の2つの台風で、
間撃を縫っていくっていうのが現在の方針なんですけど、 台風の進路とほとんど同じ進路を通る電車に乗るっていう
ことなので、止まるということが起きますと、 新幹線かなぁ
と思ってるんだけど、新幹線はあの程度じゃ流石に止まらないでほしいですよねっては思うんですよね。
大型じゃないですからね、流石に6月ですし、もう速度も上がっていくでしょうしね、明日となってくると。
はい、で、えーとにかくやるんで、やることは何としてでもやろうと思っているんで、
ここはもう意志力とやる気の問題だと思うんで、 あのー
それで押し切ろうとは思ってはおります。 まあでも電車が動かなくなっちゃったらね、どうしようもないんで、そこはもう
事前のオンラインにしちゃうというですね、 だったらもうオンラインにしちゃえばいい話なんで本当にね、
そこを無理してオフラインでやろうと思っているからこそ悩んでるわけですが、
はい、ということで、あのーやる気だけには満ちておりますんで、
お申し込みはどしどし20名様にも乗りましたし、 まあ今日、大々的に最終告知をとうとう頑張って、頑張ろうと思っておりますが、よろしくお願いしたいと思います。
もうこの番組をですね、いいねをくださっている皆様のは、 だいたいいつも同じようにいいねをくださっていて、大変ありがたい限りなんですが、
ありがたい限りなんですよ。それでこう、とにかく、
ね、数とか、
収益とか、完全に度外視していきたいと、だってもう1000回くらいいいねつけている方、さすがにいらっしゃるかはわかんないですけど、
それに近いぐらい500回とかいいねくださっている方もいらっしゃるんですよ、きっと。 いやもうなんか、それで十分じゃんって思うわけですね。
まあそりゃ、結局、反省とかな、今のところは、もうインフルエンス、数とお金しか、指標がはっきりしたものがないんで、
03:05
どうしてもそれをね、何をお前はやっているんだと、最近松木くにひろさんも精神分析について、何をいつまでもグズグズやっているんだと、
いう非難を向けられている、まあそれは答えがあると思うんですけど、あの、
まあでもわかりますよね、やっぱりね、自流に乗ってないことをやり続けるというのは、
こう長い目で見るとなかなか骨が折れるものなのではありますね。いや結局お前いらないからって、ほぼ毎日言われているような気分になりますから、
あの、なかなか考え、常にこれについて考え続けていかないと、あの急にある日突然来ちゃダメなんですよね。
毎日毎日少しずつこう、心が削られるとか言うじゃないですか、やっぱ削られるんだったら本当にですね、削られる心はものじゃないんで、削られるというのはメタファーですが、
削られるんだとしたら、やっぱり毎日削りに戦っていかないとダメだと思うんですよ。削られっぱなしできたらいかんと思うんですね、そしたら暴発しちゃうと思うんですよ。
削られるんだったら本当にですね、やっぱりそこを固めていかないといけないと思うんですよね。
削られたらこう修復するという、これを1万日繰り返せば何か考えられることが出てくると思うんですよね。
1万時間やれば削られては修復するという作業を1万時間やれば、マルコムグラックドウェルだったっけ?忘れましたが、1万時間やれば天才になれるみたいじゃないですか。
だから削られる対策を1万時間やれば削られる対策の天才になれるわけですよ。知らないですけど、そういう風な気分でやっていこうと思っております。
この話が今日の話に少し関係がある気がするんですよね。まだ何も考えてないんですよ。
あの時空間というものの重要性だなと。時空間って何なんだろうなと。
物理学でどう言ってるかは知りませんけど、宇宙物理学的な世界かな。どう言ってるのかわかんないですけど、時間に関してはちょっと読んでみて、なるほどなぁと思ったことがあるんですよ。
あるんですが、時空間ってセットなんですよね。物理的にはですね。おそらくセットなんですよね。動かない空間って言い方がそもそも空間があるみたいな言い方だなって感じになるんですけど。
ただ、心の空間みたいなことを言った時に、不在論が一番私には理解はできたんですよね。
ビヨンと藤山さんのほうの借りても、やっぱりキーワードとなるのはノーブレストですよね。ノーブレスト。ないちぶさ。
ないちぶさっていうのは、ないちぶさっていうようなものが、あるいはおっぱいがなくてつらいよっていう話とは違うんですよ。
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たぶん。私の理解している限りでは、幼児はおっぱいということを知りませんけど、生まれて初めてのってことね。知りませんけど、知ってるんですよ。
藤山直樹さん的に言うと、あんまり私はこなれた理由じゃないと思いますが、ボールペンには吸いつかないっていう、あれに近い実験を私も娘でちょっとさせてもらったことがあって、
確かにある種の無機物には吸いつかない。で、おっぱいには吸いつく。だから、指でも吸いついちゃいますけどね。だから、知らなくはないんですよね。
タブララサじゃないんですよ。タブララサは説明しませんよ。タブララサじゃないってことなんですよ。
僕、タブララサ論争は、タブララサはさすがにないだろうって思うんですよね。目があるんだから、やっぱり物を見るっていうことについて何も知らないってことはないんじゃないだろうかと。
何も知らないんですけど。前概念とかって言うんですよね。
とにかく、生まれながらに知っている。知っていることにはなりませんが、知っていることがありますということで、おっぱいは知ってますと。
ただし、彼が知っている、彼彼女が知っているおっぱいに遭遇することはできないんですよね。残念ながら。お気の毒ですがってことですよね。
だってそういうものはこの世にないからですよね。前概念としてのおっぱいはこの世にないじゃないですか。リアルなおっぱいしかないじゃないですか。ここですよね。
で、リアルなおっぱいというものは全て前概念としてのおっぱいとは何らかの形で違うんで、ここにノーブレストが出現しちゃうわけですよね。
これじゃないっていうことなんですよね。残念ながらあなたがこれだと思っているものはこの世にないんで、これだと思ってないこれで何とか我慢してくださいっていうところから不在論が始まるわけですけど、ノーブレストに遭遇してしまう。
それがメータ要素であるっていうことから全てが始まる。だから、ウェニコットが心配したのか知らないんですけど、パーフェクトマザーって最初からも絶対いないわけですよ。
パーフェクトマザーには遭遇できないんですよ、我々は。なぜならパーフェクトマザーというのは概念だからですね。実際に遭遇するのはリアルだから。リアルなものは概念じゃないから、パーフェクトマザーに遭遇することはないから心配はいらないわけですよね。最初に必ず悲劇は発生するみたいな話言うならばですね。
その割には全然満足そうに飲んでたりするんで、これはやっぱり所詮は理論なんですけどね、はっきり言って。とは思うんですよ。そんなに厳密じゃないっていう言い方をしたらそれはそうなんですけど、そういう話じゃないですよね。原理的にパーフェクトではない。必ずズレはそこに生じていて。
問題なのはノーブレストというのはリアルなおっぱいのことを指してるんで、ノーブレストというのは強さがないわけじゃないんですよ。あるんだけど違う、これじゃないっていうのに遭遇しちゃうということですね。
この段階では、クラインとかマスキーとかの言うことを信用するならばなんですが、心の空間というものは存在しない。我々心の空間というものをメタファーとしてにせよ意識してるじゃないですか。つまり心が空っぽだとかって言うじゃないですか。
09:15
あるいは頭を空っぽにするという、頭空っぽになったら脳みそなくなっちゃいますけど、頭を空っぽにするっていう、この話が多分私さっきしたかったんですね。ニードですね。GTDですよ。ライフハックでもおなじみなんですよ。書き出して頭を空っぽにしましょうって言うじゃないですか。
これは、つまり思考はものじゃないだろうっていうことなんですよね。ライフハックの世界では、思考はものじゃないんだろうっていうことなんですよね。
ややもすると思考がもの化するんですよね。実際にそうだと思ってる人はいないと思いますよ。メモっているからって、自分の、でもさ、メモを取って頭の負担を減らしましょうって平気で言うじゃないですか。最近は臨床心理師さんすらそんなこと、本人心理師さんすらそういうこと本人平気で書いてるけど、私あれ毎回実は読むたびにそんなはずないだろうって思うんですよね。書いたらそれが頭から消えるかというと、私はそうは思わないですね。書いたって消えないですよね。
で、私は最近はもうメモらないっていうか、メモんないわけじゃないんだけど、メモを取っとかないんで、流行ってるじゃないですか。オブシリアンとかね。使わなくはないですよ、もちろんね。でもほとんど遊びですよ。遊びってのはどういう意味かっていうのもあるんだけど、とりあえずとにかく別にそれを後で活用しようとかなんとかそういうことを思ってるわけじゃないし、頭の負担を減らそうとか思ってるわけじゃない。全部覚えておこうと思ってます。
ただし無意識におけばいいと思っているんですけどもね。こういう時に勝手に出てくればいいはずなんですよ。で、ここをなんか達人みたいに言うっていうのを僕は常にこう反対の旗を振りたいんですよね。達人とかじゃないはずだと思うんですよ。
私ね、母と口論したということがもうそれこそ1万回は絶対あるわけですが、10万回はあると思うなあ。1万回はあるということにしておこう。10万回とかないぞみたいなことを後で計算して出してくるっていう人からDMとかもらうとめんどくさいんで、1万回はあったと思います。
めちゃくちゃ口が立つんですよね。喧嘩になるとね。言い淀むくせにですね、普段はね。めちゃくちゃ喧嘩になるとですね、絶対勝てないレベルでうまく仕立てられるんですよ。そして私は泣かされると。
で、これなんですけど、この人が今耳が遠くなって話が全く噛み合わないというかもはや噛み合わせる方法がわからなくてものすごい困ってるんだけど、このことは非常に深い関係があるなあと僕は思っていて気の毒で何とかしてやりたくて何か戸田悟さんの補聴器とかを見つけるんですけど、補聴器を全くつけたがらないと。
12:19
で、またこの非常に不思議なですね、もう手の施しようがねえなっていう、なんか全く意味のない会話になっちゃうんですよね。100意味がないんですよ。聞こえてないから。聞こえてない人が聞こえてないことを承知の上で聞く気がなくする会話という会話をどう成立させたものかというね。昔の面影はあるけど、面影はいっぱいあるけど、面影しかねえですよ。うちの母は今や。
あの子を弁説豊かに丸口を巻き仕立てていた母はどこに行ったんだっていうですね。どこにも行ってないんだけどね。これがまた非常に。どこにって今私言ったじゃないですか。まさに心の空間ですよね。心は空間意識があるわけですよ。
私最初、最近心の空間というのはアルファ要素なのかと思ったんだけど、違う気がするんですよね。やっぱりアルファ要素を出現させる、置いておく、そういうファンクションを持っているのが心の空間であり、それは心の時空間ですよね。置いておくってことは置いた瞬間になくなっちゃったりしないってことは、心の時空間ですよね。
だから心は機能を持ってるわけですよね。時空間機能を。時空間が果たすべき機能を持ってるんですよね。だから、あいにくと非常に、このタイミングなんですけど、運が良くないと、心に空間があるにもかかわらず、この場合ですね、時空間になりきれないんですよね。
半時空間みたいな、もう説明に何もなってないんだけど、半時空間なんだよって感じなんだけど、時間の流れが今一つな感じの、その機能として完全に備わってない感じの心の空間は、心の時空間が果たすべき機能を、何らかの形で機能不全になっている。心の空間はその場合にもあるし、機能するはずなんだけど、機能しきれないみたいな。
だから、心が空っぽになるって必ずしも悪い意味ばっかりじゃないじゃないですか。だけど非常に悪い意味の場合もありますよね。なんかこう、本当に心が空虚になってしまった。あの人がいなくなってから心が空虚になってしまったみたいな。
この場合の空虚は空虚だから、空虚だから空間はあるんだけど、空間としての機能が果たされてないって感じの空間になっちゃってますよね。空虚な心に物を、なんか充実した物を置くことは不可能じゃないですか。だから空間があるのに物が置けないみたいな、そういう非常に不思議な空間。時空間になれば物は置かれると思うんですよ。
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ところが、単なる空間、三次元的な瞬間的なスペースは、なんか置いたんだけど消えるみたいなね。だからそこは物を入れておくことができるはずなのに、入れておくことができないというようなことが起きる気がするんですね。起きる気がしたんですね、最近。いろいろあって。
で、私に起きたんですよ、端的に言うと。そういうことがあるんだっていう。この時私はあれ?って思ったんですよ。心というのはやっぱり、だからやっぱり心がコンテナーだっていうのは、単なる空間であるって言ってるじゃないですかね。アルファ機能を持ってるって言ってるんですよね。アルファ機能を果たすべきであるぐらいな感じなんですよね。果たされない空間になってしまうと、これがつまり母親メタファーに非常に接近していくんですけど、
果たすことのできない心の空間というものは、非常に空虚な心の空間になってしまうんだっていうことを、最近、えらくいろいろ考えたんですよね。だから不在論を読み直してるわけなんですけれども、結局これが一番ちゃんと書いてあるのは不在論なんで、この辺が藤山直樹さんはパッとノーブレストに遭遇するみたいなことをパッと書くだけじゃないんだけど、
違う、なんかちょっとね、そういう、ある種のワンステップワンステップで行ってくれる人ではないですよね。パッと行くんですよね、藤山直樹さんっていう人は。ノーブレストと遭遇するんだって書かれると、あ、なるほどっていうところはボールペンには吸い付かないんです。ノーブレストに遭遇するんですっていう、この書き方だと、こう、パッとわかる瞬間があって、そこが素晴らしいんだけど、でもなんかこうですね、ステップバイステップで行かないとわかんないような話は、
なかなかあの人の本を読んでいてもわかんないっていう、まあ結局それがわかると何になるんだって言われると非常に困るんだけど、例えばそれがわかることによって今私の心に浮かんでることはですね、例えばですよ、GTDの話で、心を空っぽにするんだ、頭を空っぽにするんだ、迷宮止水の境地なんだみたいな、それはすごい飛躍をめちゃくちゃ感じるわけですけど、
心に空間ができたからって、いきなり迷宮止水いけないですからって、そういうことを言いたくなりますが、デイビッド・アレンとかに、それはそれとしてもですね、タスクシュートとかを私もいきなりそっちに行くのかと思われるでしょうが、タスクシュートとかをやってるわけですね。
タスクシュートやっていて、ここに時間の概念があるわけですよ。ですが、時間の概念というものは概念なんで、所詮はアルファ要素なんで少なくとも、アルファ要素以上に心に入ってるものなんで、外在しないんですよ。わかります?時間の概念みたいなのって外在してないはずなんですよ。
時空間はあるんでしょうよ。物理学的にも。でもそれは、時計で示されているようなアレとは、たぶん相当かけ離れているものなんだと思うんですよね。
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で、この時間の概念で、連続性というものだけかだけではないか、連続性というものが非常に重要で、この連続性というものに関わるところで、社会では非常に時間というものについて、超自我的と言いますか、自我的と言いますか、必死に頑張ってる部分があるわけですよ。
何が偉大かというと、私たちはミニコットじゃないんですけど、ゴーイング・オブ・ビーングを大人になったとしてもですね、繋いでますよ、そりゃ。名前をつけて、だけど名前を名乗るって結構やらされるじゃないですか。なんかね、伝わってる気がしない、こんな言い方では。
でも私最近、妹がね、肉親が非常に難しい状態なんで、ちょっと興奮してしまった、すいません。妹が非常に難しい状態なんで、あっち行ってはこっち行っては名乗るっていうね、作業を繰り返してるんですよ。
私はサザキー○○の兄のサザキーショウゴと申すもので、実はそちらには近くに住んでおらず、うんたらかんたらって。お役所って担当がすぐ変わるんで、これをやらないと、非常にいろいろ後々面倒くさいことにどんどんなっていくんで、これ自体がやや面倒くさいですけど、常にこれをやっているんですよね。
ここにあるのは連続性っていうものの概念なんですよ。引き継ぎっていうのはそもそも連続性ってものの概念じゃないですか。連続性を維持しようとしているわけじゃないですか。この連続性が不連続になると非常に良くないんですね。
Going on Beingっていうのは最初に人間がどうやって連続性を獲得するのかというか、どっちかというとやっぱりユニコットが問題にしてたのは、彼は臨床家だから、なぜ連続性が寸断されてしまうのかについて盛んに彼は考えてたと思うんですけど、そこは美音が一気に話を進めたと思うんですよね。コンテイナーで連続させるんだよっていうこれですよね。
だからコンテイナーそのものが連続性を持っていないようでは、母親ね、話が非常に始まらないわけですよ。母親がコンテイナーというのはつまり、もうおおむねコンテナーなんて言っちゃってるから空間って感じがするんだけど、あれやっぱり時空間なんですよね。こういう忘れそうだけど、だからメモなんですけどね。だからメモしてちゃダメなんですよ。やっぱりこういうのは無意識に叩き込まないと。コンテナーは時空間だと思うんですよ。
ここに置いておくことによってその置かれたものがなくなっちゃったり沈んじゃったり消えちゃったりないものにされちゃったりしちゃいかんわけですよ。ここにあるものはちゃんとここになきゃいけないわけですよ。ということは時空間があるってことじゃないですか。
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単なる時空間ですよ。スペースなんですよ。普通に机の上に置いておいたものは腐ったりはするかもしれないけどなくならないじゃないですか。冷蔵庫の中に入れておいたものは誰かが食べちゃったりするかもしれないけど、基本なくならないじゃないですか。冷凍庫っていうのはまさに時空間じゃないですか。同じ状態を保存しておくわけでしょ。あれは瞬間的な存在だったら意味が全くないわけですよね。
だからその保管庫ってものは保管庫としての機能ってものを最低でも携えてるはずで、もちろんアルファ要素に代謝するとか変換する機能は非常に重大ですけど、最低でも保管庫としての機能ってものを持ってないといかんわけですよ。
だから不在とかダメなわけですよ。さっきまであったはずなんだけどないねみたいなそういうことは許されないというか、そういうものであってはならないと言いますか。そういう感じなんですよね。
ビヨンは一気にここをやったなって感じがするんですね。Going on beingなんだけど、そんなたどたどしい説明じゃないんですよね。思考を考えるっていう表現を取るんだけど彼は思考は思考内容ですね。冷蔵庫に入れるものですよ。考えるというのは冷蔵庫がすることですよ。
だからこの組み合わせを使うことによって作ることによって概念上考え出すことによってホールディングでいいじゃんって思われるかもしれないけど、そうなんだけどでもやっぱりビヨンは一歩先を行ってる感じがするんだよね。変形をしたとしてもですよ。
つまり赤ちゃんが泣いてます。あなたはおっぱいが欲しいのねお腹が空いているのねと言っておっぱいを出す連続性があるじゃないですか。やってることには変化がついているのに連続性がそこにあるじゃないですか。それがあるべき姿なんですよっていうことなんですよね。もちろん逆説ですよここにあるのは。
外してそうじゃないことをやっちまうから人は心を悩ませるっていうことを心を砕かねばならなくなる。まあお母さんは心を砕くべきなんですけどとにかく悩ませるわけですよね。大きな石がドーンと入ってきて放置みたいになってしまうと悩まないじゃないですか。悩まないと連続性が途切れるわけですよ。
さっきまでお母さんいたはずですけどみたいなのとか急にお母さんが忙しいから授乳ストップしましたみたいなそういうことになりがちですけれども人間の世の中というのはそういうことばっかりやってるとウェニコット流入と対象化してトラウマになりますみたいな話もあるしベータ要素がアルファ要素に変換されずに未消化のまま残りましたみたいな話もなるしつまり連続性が途絶えるわけですよ。
物自体の世界には連続性というものが担保されないと言いますかつまり命っていうのは生きながらなきゃならないからですね。やっぱりこう生きながら得るということは自我が連続しているということなんですよ。この問題あらゆるところにあるじゃないですか。最近ではちょっと痛ましい事件が痛ましい事件だと覚えてるから痛ましい事件がパッと出てくっちゃうんだけど本当は痛ましい事件じゃない方がいいですよね。でも痛ましい事件が多いんで事件というやつはね。
24:13
だから子供は本当に学校に行ったのかここに連続性を問われるわけですよ。これはなんていうのかな人の親になるとわかるんですけどわかるはずなんですけど本当にこの連続性が途絶える時の恐怖っていうものは全然ないって人はそれがいないと思うんですよね。なかなかね。
今思い出したんですがコリン・ウィルソンっていうイギリスの作家がいてですね。犯罪心理学者みたいな人。あの人も野々医者なんですけど完全にね。正規の人たちには全くなぜか受け入れられなかったという振る舞いの問題も少々あったと思うんだけど。
とにかく娘さんが4歳か3歳くらいの時にウィルソンややこれはちょっと無責任だろうと思うんだけど古本彼大好きだから古本屋に行った時ママどこって言ってきてママを呼びさして自分は本屋に戻ったと。
そしたらそのせいぜいゴロゴロだっていう話のような本人に僕聞いたことがあるんですよ。でさりどこなのって言われたら君と一緒にいるんじゃないよと答えた時にパニックになるみたいなこういう話ですよね。これには連続性ってものが非常にわかりやすい形で示されてますよね。
ウィルソンは神秘研究家みたいな人でもあるんで一生懸命というか探してもほどなくして見つかった途端に世界がきらめき出すわけですよ。彼の表現を使うならばね。つまり彼はそこでは止まらないですよね。
これは娘が見つかったから当然だろうではなくてさっきまで知覚が無視していたものを拾い始めるということを心がやり始めたんだと彼は説明するわけですね。私はこの説明は大変理にかなっていると思うんですよ。
普段からそんなにこう世界がとても美しい状態をばっかり見ていると多分世界の美しさで心が圧倒されていくんで我々はウィルソンはそうあるべきだって言ってるんだけどある程度そうなのかもしれないけどやっぱり心から違う世界から美しさを占め出していくっていうことも作業としてあるわけですよ。
ちょっと貧しい世界に住むことになるんだけど人間社会というのはそういう面があるんだと思うんですよね。だからしょうがないっていうのはちょっとさすがに残念かもしれないんだけどいややしょうがないかなっていうのはちょっとあると思うんですね。
この話はでも今はその神秘的な話をしたりじゃなくて人間というのは連続性というものを維持するということがつまり生きながられることに直結するんだという信念のもと多分社会形成をしていると思うんですよね。
27:02
だから逆説的なんですけどここもあくまでもビオンも逆説的だしミニコットも逆説だって彼らはトラウマの研究をしたわけですから結局はでも私もそうなんですよ私はトラウマの研究をしているわけじゃないけどタスクシュートってそうなんですよ。
大事なのはずっと記録つけててどうするのとか記録めんどくさいじゃんとか記録は本当はいらないんですとか言うけど逆なんですよ。ここをやっぱり強調しなきゃいけない。ぜひぜひ思い出してほしいんですよ。
我々が仕事ができなくなるときはですねそれが病理が深いとか健常だとか神経症水準だとかに関わらず何らかの形で我々が連続性を手放しているか見失っているときなんですよ。さっきのサリーはどこなの状態なんですよ。
私が我々の連続性というのはこれはアルファ機能、絶えうまざるアルファ機能の発揮によって過労死で維持されている類のものに過ぎず、それこそその肉体の連続性とか自我の連続性ぐらいはさすがに多くの多くのといってもいろいろ語弊があるがまあそれでもマジョリティにおいて維持はされている。
でもそこまでなんですよせいぜい。我々の連続性というものは対象関係の連続性などというものは向上的なものではないですから対象向上性という言葉がカンバーグ化の言葉にあるんですけどそれは大事ですがいい対象との治療同盟みたいな話ですよね。
かかりつけの先生選ぶじゃないですか。あれと同じですよ。だからいい対象とのいい関係を維持し続けたほうが人生うまくいくんだってそれはそうなんだけどでもですね健常な人だってはっきり言ってすぐそれ見失ってると思うんですよね。それはタスクシュートやると一発でわかるはずなんです。
ここでなんかここを逆に捉えちゃいけないんですよね。ああタスクシュートってめんどくさいよねとかそうじゃないですよ。対象向上性なんてなんて言えばいいのかな。現況の産物なんですよ言うなら私それは非常によくわかる気がするんです。
比較的私はそれも40過ぎてからですけど30代後半ぐらいから40代ぐらいからだよね。対象向上性がようやく確保できるようになってきたけどそういうふうにできてないですよ。なんかねそういうふうにできているかのように信じているからタスクシュートなんて続きませんとか。
私は何とかだから集中力維持できませんとか過集中しちゃうんですとかそういうことをおっしゃるんですよ。そうじゃないです逆なんですよ当たり前なんですよそんなことは。連続的であるというものを担保する何物も別にないですよ。何物も別にないからタスクシュートに私は担保させてるんですよある程度。
30:09
タスクシュートは連続してるから私は不連続だけどこっちが大事なんですよ。私は連続してるんだぐらいに思ってるから連続が途切れますとか集中できないんですとかいう変なことが訴えられ始めるんですよ。そこにさらに精神病理みたいな障害みたいなものを投入されてくると何も言えなくなっちゃうじゃないですか。なんか世の中の人は連続していていいですよね私は無理なんですみたいなそうじゃないですよ誰も連続なんかしてないんですよ。
いかに連続させるために我々がこんなに苦労しているというのかっていうことで。それも赤ん坊の頃から今に至るまでなんですよ。昔そうじゃない生育歴を持っていたから余計範囲が大きいですっていうような言い方はまだありだとしてもじゃあずっと連続性が保てた人なんて世の中にいるのかっていうとそれはまさにパーフェクトマザーだなって思うんですよ。いないと思うんですよそんな人は。
これはタスクシュートをまめまめしくきっちりつけていくと必ずわかることなんです。いるはずがない絶対おかしいと思うんですよね。おかしいというか無理だと思う。こんなにも我々は不連続な存在なんだということに気づくためのあれはツールなんであって逆じゃないんですよ。これをやっとけば連続性ある保証されるんでしょう。もっと楽にやらせてよっていうことになっちゃうのかもしれないけどそんなことできるはずないんですよ。
子供は私も高校時代そうだったという認識があるんですけどほぼ訳もなく学校をサボりますからね。ほぼ訳もなく。私はすごいいい子ちゃんだということになっていたし都内有名私立中学でもまあまあ名の知れた方の学校に行っていたけれどももうそいつらとつるんで東京ドームに行って受験勉強中ね。
で、親にしこたま怒られるみたいなことを連日繰り返すぐらいに不連続な人間だったんですよ。そんな奴は山ほどいました。もちろんめちゃくちゃ連続性のあるそんな学校で解禁書とか取る奴もいたけどまあ変わってますよそれはそれで。
それは親のそういう万力のように締め付けてますよそういうこの親って害してめっちゃ厳しい。うちはその意味ではほぼ法人主義みたいな家だったんで本人じゃないんだけど口うるさいんだけどでもそういう家から見れば本人主義みたいなこの辺難しいんですよねすごくね。
あのみんな我々はみんな状態というかこうノーマルの基準みたいなのがあるというふうにどうしてもこう脳が誤解するんで何かそういう連続したあるべき連続性の世界みたいなものを見ちゃってるんですけどそれは明らかに幻想でそんなことは絶対できないことなんですよ。
人間はそういうふうには全く作られていないなと。でこれをギリギリ担保しようとしているのが最大級のものが心というコンテナなんですね。時空間という機能を備えた場合の心というコンテナがあれが機能を発揮してくれて初めて私たちは二次的な連続性というものを獲得することができる感じがするんですね。
33:21
でもそれは幻想の一種であってあの幻覚だと言いませんか幻想の一種であってだから私は心がアルファ機能アルファ要素なんだろうかとついつい思っちゃったんですけどそうではないんだなやっぱりこれはつまり心には何でも入れられるじゃないですか。
無限のスペースがあるわけです。そして無限のスペースがあるということは無限の時間があるわけです。というのはまさに機能なんですよ。どんな現実と遭遇してもちゃんと機能を果たしますよ。ここに無限というものが出てくるじゃないですか。意味わかります可能性としての無限性ですよね。
あらゆる現実に対応できるということはつまり無限の可能性を秘めているっていう表現にぴったりだと思うんですね。何を見ても何かが見えるじゃないですか。何か言ってる意味がよくわかんないですけど何を聞いても何かが聞こえるじゃないですか。聞こえる限りにおいてはですけどそこに擬似性があるんですけど実はね聞こえない音ってあるんで本当は見えない光もあるんでですが我々はそれに気づきませんよね。
そして無限の広さがありますよね。そうですよね心にここであの減りがありますとかないじゃないですか。心にはものじゃないから。つまりその場合の無限というのは実は対応力のこと対応力対応可能性のことを言ってると思うんですよね。
だから心が壊れるようなβ要素への遭遇というものは非常に問題があるしそもそもところが心が一見したところこの原理的には無限の可能性と無限の時間性とがあるんだけど実際にはそうではないのでここにすべての人の心には実は脆弱性が同時にあるのでバルナビリティだっけあるんで
それをなんとかしなきゃなんないわけですね。特に無意識って問題がここに無意識って問題が多分あるんだと。もっともα機能そのものは意識してやれることでは一切ないのでほとんど無意識なんですけど
とにかくそういうふうにだからα要素というのも苦痛なんですよ。β要素とは違うけどα要素もやっぱり苦痛なんですよ。ここにも逆説があるわけです。
すべてに逆説があるわけですよ。こういうものの見方の中にはですね。反対なんですよ。順調にいった場合の原理だけが語られているとなんかさも恵まれたものがあるようなんだけど
具体的に生きてみるとなかなかそうはいかないですよね。腰は痛いわ、仕事に集中できないわということで連続性は常に寸断されよう寸断されようとしているわけですね。
36:07
だからなんていうのかな、β要素っぽいものみたいな心に引っかかっている心配事をことごとく書き出してすっきりしましょうみたいなそういうのはいくらかはない。全くないとは言いませんよ。
でもそれはなんて言えばいいんですかね。何ら連続性に担保してないというかそもそもその心は最初から時空間を備えていることが前提になっちゃってる。
そしていや大抵の人そうでしょう。そうかもしれない。でも大抵の人がそうであることを前提にする仕事術ってのは僕はそこまで言うとストイックすぎるか。
でも私はやっぱり美容院やウィニコット側に立ってものを見た方がいいと思うんですよね。逆に見るべきだと思う。
その機能が果たせないときの仕事術の方が仕事術らしいと思うんですよね。その機能が果たせるときの仕事術っていうのはその機能果たせるんだったらさっきも言いましたけど心は無限の可能性持ってるわけですから。
だってですね。レシートここにあります。これは経費です。所定の表計算にそんな面倒くさいことしませんよ今は。AIが全部やってくれるけど。
だとしてもですよ。そんな面倒くさいって今言いましたけどここに何か赤い印がついてます。これは経費になるかどうかわかんないから何とかに問い合わせしましょうっていう。これが面倒くさいって言うでしょ。
でもこれができないかっていうとできるじゃないですか。これは心にレシートを入れることはできるでしょう。レシートの表彰ですけどね。そこを心の中で簡単な計算することもできるでしょう。それが経費になるかどうかを問い合わせることもできるじゃないですか。
できないっていうんであればこれやっぱり心が時空間としての機能を発揮し損ねるような事態がそこに発生し始めてるわけですよね。だから逆説なんですよ。これは簡単な話のはずなんだけど簡単ではないわけです。
簡単ではないというのは心が時空間を持ちアルファ機能を発揮するというのは実は非常に寸断されやすいという。だって母親の心も結局は人間の心ですから。そして全ての母親がおそらく規定欠損という言い方をバリントはしましたけれども。
規定欠損でも何でもいいんですけど、いわばこのコンテイナーとして日々が入ってるんですよ。日々が。みんな入ってるんですよ。お互いに入ったもの同士でこれをやるんだから。そして元々原理的に生物は生き延びるという意味において連続してますけれども、連続性の意識って多分すごい薄いと思うんですよ。ほとんどの生き物において。
チンパンジーとかややマシかもしれないが、大概の生き物は目高とかですからね。多分連続性全然持ってないですよ。個体としては連続してるかもしれないけど、俺は連続したなんとかさんだぜって思ってる生き物一匹もいないじゃん。人間だけじゃないですか。すっごい頑張ってると思うんですよね。
39:10
すっごい頑張ってこのGoing On Beingを意識の上でも保とうとしている。でもそれは現実には穴だらけでものすごく頻繁に寸断されている。薬は飲み忘れるし、やってた仕事のことは忘れるし、絶対今日やるべきことも全部やらずに夕方を迎えるし、
さっきまで大好きだったというか、さっきまで非常に信用できる上司だと思ってた人がもう会社辞めるしかないと、次の瞬間ぐらいには思うし、夜は朝早く起きようと思うし、朝は夜は早く寝ようと思うし、常に寸断されて全然連続してない。
でも心のスペースと心の時間というものを使ってこれを連続させようとしているんだけど、その心はしばしば空虚な空間になっちゃっていて、そこにものは置けません。スペースだけはありますが、みたいなそういうことになっちゃうし、機能を全然しなくなるわけですよね。
だからというのも変なんですけど、だから、例えば私のタスクシュートには、佐々木は今、佐々木翔吾の精神分析的ラジオの収録をしてますね。こういうことなんですよ。
タスクシュートはここに心もなければ、実際には時間の概念すらあんな時間ばっかり持ってるんだけど、知らないんですけど、しかし人がこれを見ると何かを連続させなきゃっていう意識を戻してくるっていうことが起きるんです。もちろんそこには無理がありますよ。
この無理がしかし、社会で生きていく上では、やや残念ながら確実に必要なんで、その一つの補助としてこれをやりましょうと。しかしその前にまず、我々は寸断され続けているということに気づかなければ始まらない。
しかもそれを受け入れないとどうしようもない。ただこれは大変受け入れ難い場合がある。確かに。この寸断を受け入れるということは、なみなみならぬ苦痛な問題を意識することになる場合が少なからずあるんですよ。
私も最近結構それはあるんだなということに今更ながら気づいてみて、だから私はある意味3ヶ月チャレンジというものを、つまりタスクシュートに記録をすることが苦痛であるというのは面倒くさいという意味ではないんですよ。我々は事故の寸断に気づきたくないんです。
しかしこれに気づかないことには寸断に気づかなかったら連続させようという意志は生まれないじゃないですか。生まれっこないじゃないですか。したがってこれを何とかしたい。その場合寸断にまず気づくところ、気づくというよりも寸断に気づくということに持ちこたえるということがそもそも第一にできるようにできるようにというか、まずそこを検討してみなければならない。
42:08
ということで3ヶ月チャレンジどうでしょうっていうPRには全くなってないなと今更やっぱり改めて思い知るわけですけど、これをうまいこと訴えていくしかないなと今思いました。
42:28

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