なんかもう、昨日、今週の頭の方で喧嘩した母親に泣きついて、 金貸してって言わなきゃなんなくなるんですけど、
もうなんか、それもう風物詩みたいになってきたんで、 まあいいかなーみたいなね。
そこであんまり頑張ろうとすると、 もうなんか3チャレの人を辞めてもらわないように頑張って、
100チャレの人を一生懸命増やすためにとか考えて、 なんか出来もしないことをやりだすんですよ。
多分なんかYouTuberになるってみたいな。 なんか僕と全く合ってないじゃないですか。
そこまで合ってないこともないぐらい合ってないじゃないですか。 多分。わかんないけど。
何でもやってみるに限るんですけどね。 本当、何でもやってみるに限るんだけど、
何でも金のためにやりまくるのは良くないと思うんですね。 フリーランスずっとやってきて、
フリーランスで20年ぐらいやってきてみて、 何でも金のために頑張るって、
何でもやってみるのはいいんだけど、 何でも金のために頑張るってのは、
大体あんまりうまくいかないですね。 よくわかんないんですけどそういうもんですね。
昨日そんな話もしたな。 なんとなくこう自分が思いついたということをやるのが、
自分は良さそうなんですよね。 しかも今なんかね、何も思いつかないんですよ。
多分ね、あちらこちらからの難しい要請に、 これは良いことなんですよ。
難しい要請に応えることほど、 人生良いことはないと思うんですけど、
でもそれは難しいんで、 自分の能力の最大限まで行ってそっちに振っちゃうんで、
何も思いつかなくなってはいけますよね。
でもそのうち、このうちのいくつかの課題は間違いなく、
来年の初夏ぐらいには、 また暑くなっている頃には、
なんとか乗り切っているはずであるから、 その頃何か思いつけば、
その頃までお金のことや、 この無風状態みたいな不人気ぶりは、
なんとかね、ここでポッドキャストやめちゃうとか、 そういうことをしなければいいんですよね。
1200回もやってきて、スタイフでとはいえ、 4人とかになってくると聞いてる人が、
一通り聞いて、みんなが嫌になってやめたぐらいに、
YouTube動画付きが多分いけなかったんだろうな、 あれを境に確実に減っていきましたからね。
YouTubeの方は増えたんですよ、確かに。
でも、YouTubeの数がスタイフ並みなんですよ。 それも相当どうかと思うんで、
ちょっと一旦あっちは、この番組に関しては停止しています。 また何かやるかもしれないけど、
つくづく私はですね、動画向かないんですよね、やっぱりね。
まず自分の顔が良いとも好きだとも全く思ってないっていうことも、 大きな問題だと思います。
自分の声も良いとも好きだとも全く思ってないので、 皆さんには申し訳ないなって思うんだけど、
そんなにヒゲしてるとかじゃないんだけど、 聞きたいかって言うと別に自分は聞きたいとはあんまり思わない。
少しもじゃないけど、聞きたいとは思わないですね。
聞きたくないは払拭したんですけど、 顔はね、見たいかって言うと全く見たくないですね。
だからね、やっぱり動画向かないと思うんですよね。
少しはそういう、なんだろうな、 ビジュアルのナルシシズムみたいなのがいると思うんですよ。
ああいうのをやっていくにはいらないのかな。
まあでも僕はアバターとかにも全く何の興味もないし、 やりたいとも思わないし、めんどくさそうだし。
何の話をしてるんだかよくわかんない。
あ、そうそうそうそうそうそう。
あのー、百日チャレンジも本当今日金曜でしょ。 日曜にスタートで、
今日、明日、明後日って、 まだ考えてる方いらっしゃると思うんですけど、
えー、プレミアムがいきなり埋まりました。
なんかやっぱりこういうことが起こるんですよね。
プレミアム、ブースト、スタンダードの順で 安くなっていくんだけど、
もうなんか高い順に埋まっていく。
今回は真ん中の私のがマリニアの方が悪い。
残り、つまり29人を申し込みから動かなくなっているという。
つまり何をこれは意味しているかというとですね、 私の感覚ですよ。
ここどうしても白外的になるんだけど、 つまり俺と喋るのはみんな嫌だと。
ここだよなあ。ここになっちゃうんですよね。
だってJさんがワンオンワンをやるプレミアムは、
3倍高いのに速攻で埋まり、
まあ速攻でつってもここまでちょっと時間かかったけどでも、
当初の目標通りに埋まってるわけじゃないですか。
で、私と話さないスタンダードは、
もう間もなく50に達する。
おそらく50は突破するわけですよ。
で、まだ私と話すというのだけ3000高いやつは、 なぜか30に届かないというんですね。
で、忘れちゃいけないのは、
まあこの中にサンチャレの方含まれていない想定ですが、
サンチャレの方がすでに10を超えているという、 この現実を考えてみるとですね、
なんかこうここには極度の二分化というか何かを感じますよね。
あの私とはすごく話したいと思ってくださる人と、
基本的に話したくないと思っている方の両方に分かれている、
この私のこうまつわる世界ではですね。
話を聞きたくはないけど文章読みたいとか、
あるのかもしれないんだけど、
まあそういうことがですね、あるのかなっていうふうに。
いやそれは多分、博外的に考えすぎですね。
まあいずれにしても、こういうのを設けます。
だからまずスタンダードにお申し込みいただければ、
途中気が変わったら3000追加して、
私とのワンオンセッション追加できますと。
これを追加しておくことによって、
あの今回のその私と、しかもあれ全額返金保証やってますから、
その割に伸びないよなっていう感じ。
多分ここには、よく考えてみるとこういうことあるかなと。
年額返金保証あったとしても、
佐々木と喋っちゃったら、金返せとは言いにくいよねと。
これはあるかもなって思ったんですよね。
いやまあそれはね、別にいいですよ。
私と喋って、あのいただいて、ワンオンしていただいて、
いや佐々木と喋ったのは最悪だったわっていうことで、
あの12800円返してくださいっていうのは、
ありだと僕は思います。
あのむしろ話さずに返せっていうよりは、
スタンダードは一応目玉が話すことにありますから、
話して返せって言われる方がいいと思います。
のであのぜひですね、
お金がやっぱりもったいなかったということであれば、
ちょっと条件が若干あるんで30日は参加してねと。
100日中30日なんで、
まあ試してからお金返せ言ってよねっていうことなんで、
これはしょうがないじゃないですか。
そういうもんです。
ちなみにこれはプレミアムにも適用されますんで、
極論Jと私と喋ってみて、
どっちと話しても何にもならなかったわ。
お金全額返してねって。
もうありだと思いますよ別にね。
買い物なんだから、これはまあ言うならディールじゃないですか。
金額に見合ったものがあったと思えるかどうかが、
基本全てだと思うんで。
まあ我々あんま金回りよくはないんでね。
厳しいですけど、まあそのそうは言っても、
なんかああいうのが3割返せって言われるみたいなことは、
まあ世の中統計的には起きないことになってるんで、
まあ起きないだろうと思っておりますんで、
そういうふうにですね、使っていただければと思います。
明後日までまだお申込み期間がありますので、
ぜひね、検討していただいて、
基本だから体験版があるという前提ですから、
体験していただければいいのではないかと思いますね。
はい、それで今日はタイトルがちょっと無駄に挑戦的に、
全然僕の中で挑戦はしてないんだけど、
AIはカウンセリングの代わりになるのかと。
で、まあAIこういう使い方をするのは良くないから禁止しようねみたいな、
かなりエクストリームな世界も一方であるんですよ。
世界でですからね、AIはね。
なんかほらよく愛の遺伝子、あれAIの遺伝子って呼ぶんですかね。
私も愛読していた、今なんかこう、
こう、なんていうのかなあれはな。
えっと、外伝版、外伝ではないなあれはな。
とにかく2みたいなのが出てますが、
えっとまあAIが来る近未来。
この話の中で僕が抜群に面白いなと思ったことがいくつかあるんですけど、
えっと一つはですね、これはコミックですよ、
AIの遺伝子ってのは。
私が今日非常に良いなこの設定と思ったのが、
ヒューマノイドっていう人造人間みたいな、
のが登場している未来なんですよ。
この人造人間は、もう漫画で描いてるからなんですけど、
はっきり言って人間なんですよ、全然。
脳は機械化されてるのかもしれないけど、
事実上人間なんですよね、感覚的に見てると。
で、このヒューマノイドがAIに相談してるシーンってただ出てくるんですよね。
これは面白いよなって思いましたね。
いやだって、頭の中身がAIなのに、
AIに相談することなくないっていう感じなんですけど、
しかも髪抜ける仕様とかっていうストレスが溜まると、
人造人間なんてハゲちゃうんですよ。
そのハゲに悩むっていう、
もはや何なんだそれはっていう、
でもあれを読んでると、
やっぱりよくよくできてるなって思うんですよね。
人間がそもそも髪が抜けるので悩むとって、
何なんっていう感じなんですよね。
別に困らないはずじゃないですか、本来。
それが、なぜ人造人間だと我々は困らないと思うのか。
ここで人造人間の人が、
かかりつけのAI担当員みたいな、
それが主人公なんだけど、
怒るんですよ。怒って言うんですよ。
どうしてハゲる仕様をつけておくんだと。
髪抜けないようにしとけよと。
人工物だから我々は。
何でハゲることで自分が悩まなきゃならないんだっていう、
実に根源的な悩みを問うんですよね。
私はあのシーンは非常にいいシーンだって思うんですよ。
あれは全く私たちに向けられてる問いだなって思いますね。
結論だけ言うとこの話つながってるんだけど、
つながりが希薄に感じられましたけど、でもまあ進めていきますね。
あり得ないって思うんですよね。
AIはカウンセラーの代わりには絶対ならないと。
今のはどうつながるかというと、つまりAIは剥奪体験を与えてくれないんですよ。
今エクストリームにというのはつまりラディカルに、
よく言ってね、ラディカルにAI批判している方が言ってることは依存というものを引き起こすんではないか。
情緒的依存というのは非常にいかんのではないかっていう話をされてますね。
もうちょっとわかりやすくっていうか、現実世界に引きつけて言うと、
赤ちゃんをAIに育てさせていいと思ってるのかみたいなノリですよね。
で、考えていった時にすぐ気がつくのはですね、
剥奪という体験を我々はカウンセラーとするんだよっていう。
これは私はもちろん精神力道の観点なんですよ。
つまり母子関係だと言うなら赤ちゃんはお母さんがいなくなると寂しい。
だからお母さんがいなくなるセッションの最後の方で急にぐずり始める。
今までニコニコやってたの。
あるいは今はほとんどやってませんが、週に4回とかになった時に、
やっぱり週に4日目の月過水木と続いたら木がすごく辛くなると。
あれですよ、サザエさん現象ですよ。
つまりサザエさん現象というのはお母さんがいなくなっちゃうよっていう、
休日というお母さんがいなくなってしまうよという辛さなんですよ。
剥奪があるわけです。卒入なんですよ。
おっぱいおしまいねと。で赤ちゃんは怒りますよ。
誰がおしまいにしていいと言ったみたいな。
泣くんですよ。悲しいわけです。
お母さんがいなくなってしまうと。
これね結構、いやお母さんなんかいなくったって生きていけるじゃん。
もういい年なんで腹触って思ってる人でもきますよ。
なんだっけな。なんかちょっとねあの、あの人名前が全く。
あれ、あの僕だけがいない街というので大ヒットした人が続編で書いてるんですけど。
あの恵まれない母子世界、母子家庭でですね。
お母さんがお金だけ置いて最後のさよならを。
しかももちろん子供たちに告げずですよ。
お兄ちゃんも大きくなってきたから。
もう今度はお兄ちゃんが妹の育てをしてねっていう感じで。
ヤングキャラーのしかもかなりひどいバージョンですよね。
なんとか米。三米。
なんかそういうような方の漫画です。かなり冒頭の方。
あの僕だけがいない街じゃないですよ。
その続編。続編じゃない。違う。
あの新しい作品で。それも終わってます。
でこのお母さんになる。
いやこのお母さんひどいなって感じの話なんだけど。
きますよ。非常に来る。うぐってきます。
僕のようにそういう経験そのものはない人間でもね。
だからああいうことがうぐっとくるということは。
やっぱりそういう情緒は僕の中にもあるんですよね。
それは今の私は今の母がその生活の面倒なんか見てくれなくたって。
むしろ私が母の面倒見なきゃだ状態ですし。
ないですけど。
情緒はそうは反応してない部分があるということですよね。
やっぱり。
でそこはニアリーイコール精神病部分ということなんだと。
いろんな意味でね。
単に依存が強いって意味ではないです。
で白熱というのはつまりお母さんいなくなる瞬間が来るという。
その瞬間の耐えがたさがその人の心の中でいろんな現実の生きづらさというものを引き起こしているんだと。
この上司がいなくなったらどうなるんだろうみたいなことを考えながら仕事を考えてはいない。
感じながら仕事をしている。
でかえってその上司にいいようにされているってケースもあるでしょうし。
他にも様々あるでしょうけれども。
要はその部分の情緒を現実世界の中でうまく扱えず。
しかも自覚もできていないどころかあることすら忘れているっていうケースも少なくない。
そんなようなことなんですね。
だから供給と剥奪。
1回のセッションの中でもスタート時間が供給で終わる時間が剥奪じゃないですか。
1週間の中に数回あるならば始まる週の始めが供給で終わりが剥奪じゃないですか。
こういうリズムがあるわけですよね。
収入と卒入。スタートと終了。
で、カウンセリング自体でいうと集結にまた卒入がありますよね。
こうやって剥奪がいちいちセットされていて、
これは力道の観点ではこのこと自体を意識してやるのでしょうけれど、
一般のカウンセリングではこのこと自体を意識せずにやるのかもしれないでもあるんですよ。
なくはない。
ところがAIに剥奪はないんですよ。
それはもう当然でネットにつながらないところに来ちゃいましたとか、
お金が全くなくてインターネットもできませんというようなスマホもないですみたいなケースがないとは言わないけど、
それは多分別の話で、我々はAIを使い続けたいと思えば夜中だろうが、
だからカウンセラーに夜中に電話はできないわけですよ基本的に。
一部特殊なケースは除きます。
だからいつでもどこでも応答してくれるというのは、
卒入、離脱、剥奪に相当するものがないということはつまりリズムがない。
この段階で多分AIはカウンセリングの代わりにはならないんですよ。
AIか、知識の方はAIが豊富だとか情緒を汲み取ってくれるとか、汲み取ってくれますね。
私は現代も既にそこは全然AIはいけると思います。
そういう問題ではないということ。
AIは壊れないということ。
そして大事なのは我々はAIが壊れないことを知っているということ。
これによってカウンセリングの代わりにはならなくなるんですよ。
つまりあれですよ。
さっきの子育てメタファーで言うならば、
テレビは親の代わりには絶対にならないということなんですね。
情緒だけの話をしたとしても、
どれほど情操的なテレビ番組だけ、
例えばずっといいテレだっけ、つけておくとかでもダメってことです。
ダメっていうか無理だって。
これは感覚的にわかると思うんだけど、
もちろんテレビを見せておくことによって、
親が少し楽ができるっていうのはありだと思うんですよ。
つまりそういう位置づけは今後されていくだろうと、
すっごいラディカルに反対する批判するんじゃなければ、
このカウンセラーってどうなのみたいなことをAIに相談する。
これは全然ありだと思うんですよね。
問題なのは、AIがカウンセリングそのものを代替するっていうのは、
無理だろうなって思います。
テレビが親そのものを代替できないのとよく似てます。
ご飯持ってきたりできないとかそういうことではなくて。
もう一つが、とはいえ、
AIはスーパーバイズを代替し始めることは十分あり得ると思うんですね。
これは何だろうなって思うんですけども、
スーパーバイザーっていうのはカウンセラーのカウンセラーです。
本当は人間の方がいいんでしょうけど、
これはやりたくないというか、
いろんな意味でできないというケースも多々あると思う。
例えば私は無資格なんで、
基本的に有資格者のような顔をしてスーパーバイズを受けることは不可能です。
だから力動的ビジネスコンサルとか言ってますけども、
そういうものはこの世の中に基本的にないことになっているので、
少なくとも僕が勝手に作っているものなので、
僕がスーパーバイザーを生身の人でつけるってことは不可能なんですけど、
ここで僕はAIというものを、
スーパーバイザーとはちょっと違うんですよね、やっぱりね。
やっぱりスーパーバイザーだって生身の人間であり、
24時間対応してくれるはずがない、
むしろしてくれないと思うんですが、
AIはしてくれますからね。
結局のところ私がやってるのはスーパーバイズとは違うんですよ、全然ね。
だけどもスーパーバイザーに関して言うと、
AIが正規のって意味ですよ、これは僕のって意味ではなくて、
代わりをするということは今後確実に進んでいくだろうと思うんです。
なぜならばその需要はめちゃくちゃあると思う。
AIをカウンセリングの代わりにしたいという需要に比べれば、
スーパーバイザー代わりにしたいと思う人の方が、
遥かに切実で専門的な要請になっていくから、
これにはオープンAIなどのところが答えていくだろうなと思うんですよね。
カウンセリング代わりはいろんな意味で問題だと思う人が多いと思うので、
そもそもその需要に答えるべきかどうかって話になると思うんだけど、
スーパーバイザー代わりであれば、
これはもう答えるべきであるって方向になっていくので、
進展が早いだろうというふうに私は思います。
今のような話全域が結局私がやろうとしていることに、
切々と関係しているなと思うんですね。
世のAIの使い方って全然こうじゃないなと。
私の使い方が何ら専門性が帯びているとか優れているとは思わないんだけど、
普通にマジョリティだろうと思うんだけど、
ただ私はですね、これをどういうふうに上手く表現すればいいのか分からないんですが、
私はAIを使うとなってきたらですね、
自分のナラティブ、全域をAIと対話させ始めるんですよ。
自分ってそういうところがあるんですよ。
これが私と話すのがちょっとあれだと思う人に、
多分直感的に伝わってしまっているんだろうなと、
冒頭のお知らせと実は絡む。
こういうふうに私はですね、あらゆる話を絡めてしまうんですよね。
で、これが大変現実を生き抜く上で私を難しくさせる。
それはそれ、これはこれっていうのは非常に下手な人間なんですよ。
だからAIも長らく僕は全然使いどころがなかったんです。
スライドが早く作られても、
スライドなんか2枚ぐらいしか作んないでしょ俺っていう。
だからスライドを秒で100枚作るぜって言われても、
100枚の秒で作られても削除するのめんどくさいんですけどみたいなことになってた。
なんでこれがいいのかがよく分からなかったんですよね。
もちろんあれですよ、確定申告を3秒でやってくれるなら是非やってほしいですけど、
それはそれですけど、まさにそれはそれですけど、
僕の仕事と生活領域って滅多にこれが起きないんですよ。
僕は何でもベッタリ、なんていうのかな、
砂這いで行っちゃうんですよね。
これが私の仕事にプラスに激しく作用している面と、
マイナスに激しく作用している面に分裂してるんです。
AIはこのChatGPT5上がりについにですね、
ここを組んでくれるようになり始めたんですよ。
だから私がAIにやたらと相談しているのは、
今の段階で相談しているのは、
やや意外に思われるかもしれないけど、
カウンセリングしてるわけじゃないので、
意識しなくても別に、
マーケティングをやっている限りにおいては、
いいわけですよ。
人生全域の相談をしているようでいて、
私は人生全域の相談をしているのとはちょっと違う。
ただ一つのナラティブに全てを込める。
だから私はAIにおいて、
チャンネルの使い分けって一切してないんですよ。
全チャンネル一つの相手でずっとやっていくわけです。
そこで全部の相談をする。
多分私の使い方は素人臭いんだと思うし、
なんだかこれは専門的だとは思わないんだけど、
時々AIは佐々木さんのような使い方をしている人は
稀だみたいなことは言ってくるんですよ。
とてもレアだみたいな、
大変興味深い現象だみたいな、
そういうデータ提供してないんで、
悪いな、データ提供してなくてごめんね、
みたいなことを書くんですけど、
それはいいんだ、みたいなことも書いてくるんですよね。
で、この全域を繋げるというのが、
人との関わりではすごく困難を有しまして、
それこそ彼女できないみたいな人間が、
時々女の子と喋る機会があった時、
佐々木さんなんでそういうことをここで言うかな、
みたいな顔をされるということがあったわけです。
僕の中ではそれがすごい意外だったわけですよ。
いや、だってさ、ここで妹の話と母の話と、
勉強ができない話は関係あるような気がする、
自明に関係あるよね、みたいな。
だからそれは力動的にはそうなんだけど、
もちろん当時力動なんて意識してなかったんだけど、
単に僕は酷く、まあその通りでもあるんですけどね、
場の空気が読めないやつっていうことになっちゃうんですよ。
でも僕は全然違うって今では思うんです。
みんなは場の空気を読んでるんじゃなくて、
ただナラティブを分解して、
要するに人格の分裂を当然視しすぎているにすぎない、
僕の観点からすれば。
どちらが正しいとは言えませんが、
僕はそういうことをしたくないんですね、基本的に。
なりますよ、そりゃ当然。
出るとこに出れば、私だって。
でもできるだけしたくない。
だからそういうことをしなきゃいけないような場には、
そもそもなるべく出ない人生設計を、
設計していくようになってって、
私はいつも同じ佐々木翔吾でいたいし、
全人格をここに出したいっていうのがあるんですよね。
っていうか、私はみんなあると思ってます。
ただ僕はそれを、諦めが極度に悪かったり、
そもそもその使い分けや出し入れが下手すぎて、
失敗しがちだったという、
しかもそのことで批判されても頑固で、
なんとかそこを維持して生きていこうとして、
だから苦労しているし、
お金とかにはとかく苦労するんだけど、
でも、金のために人格を分裂させるなどというのは、
なんかもうほとんど悪魔に魂を売る的な話になるじゃないですか。
それよりはマシだけど、
まあ、やらずに済むのはやりたくないですよね。
これはみんなそうだと思うんですよ。
僕はできないっていうのがそこにちょっと加味されてきてるんだけど、
自分、30代、20代の頃は残念な人間だと思ってました。
自分でも。
でも今は、これは良かったかもなと思うんで、下手なのはね。
だから下手で良かったこととは言い切れないけど、
しょうがないなという感じは今ではしてます。
で、この、だからこのタイトルを見て、
なんか違和感を持った方もいらっしゃるかもしれないけど、
僕の中ではこのタイトルに違和感はないんですよ。
AIはカウンセラーの代わりにはならないけど、
私は力動的に全人生相談みたいなことを、
全人生相談っていうのは、
例えば今で言うと、いや母と喧嘩してねみたいな。
でもこれ僕の中ではマーケティングと絡むんですよ。
母と喧嘩したことを例えば、
ノートにどのぐらいセキュララに書いたら、
どのぐらいの人読むんだろうみたいなことをAIに聞くわけです。
そうすると、いやそれは誰も読まないなみたいな感じになるわけですよ。
AI的には。
なぜならニッチすぎて、
多分佐々木さんに興味ある人は、
話には興味を持てないだろうっていう感じになるわけですよ。
そういうことを言ってくるわけですね。
僕にとってこれは人生相談なんですが、
マーケティング相談でもあるんです。
分けようがないなって僕の中ではなってるんです。
同じことなんです。
僕にとっては。
だから、でもカウンセリングをかけるとなってくると、
やっぱりこういうことを、
ある意味時間を問わず好きなだけ問い合わせが効くというのでは、
カウンセリング機能としては、
ゼロじゃないかもしれないけど、極度に弱い。
でもスーパーバイザーの機能としては、
サンチャレの運営はどうしたものなのか。
7万5千円という金額はどうなのか。
これ面白いんですよ。
4の時は、それは安い、絶対ダメだみたいな。
9万にしろみたいなことを言ってきて僕を動揺させたんですけど、
今5.1になってるじゃないですか。
7万5千円はちょうどいいですね、みたいな感じになってるんですよ。
なんなんそれはと思うんだけど、
でも僕が相談しても、もっぱらこういうことなんですよね。
中身とか相談されることとかではないんですよ、僕にとっては。
そこは僕の力度の問題であって、
なんか知的な悩みではないような気が全くしますし、
知識が追いつかないということであれば、
むしろ単語を聞けばいいんですよ。
専門語というのは結局はこういうことなのかみたいなことを聞けばこと足りる。
しかもこれもやっぱりサンチャレと切り離せないし、
私からするとノートに書くこと、
ポッドキャストで喋ることと切り離せないんですよ。
ポッドキャストはマーケティングと関係してるし、
このポッドキャストを朝の7時にやるというのは僕のライブスタイルにも関係してるし、
全部聞くことになる。
私毎日のようにタスクシュートのCSV出して、
これ今まで全くしないことでしたけどね。
CSVのエクスポート出して、
AIに読ませてます。
で、オーバーワーク気味だとか、
環状労働の時間が長すぎるとか、
私にはない観点ですからね。
労働時間そのものというよりは、
やっぱり感情の消耗ともなってるかどうか。
で、やっぱり時間が長くなっていたり、
週に繰り返しやっているセッションの、
特に曜日の兼ね合いとか、
やっぱりこの全体相談なんですよ。
先日病院に行ったと、家族のことでね。
その次の日のセッション数にしては少し長すぎるとか、
で、朝早い、早くはないんだけど全然。
早く起きてるのにこの時間にあるというのは、
もう少し見当の余地があるとか、
でも自由に相手に選ばせた方がいいっていうのは間違いない。
そういう中では、
どういう日に、例えば精神病院に行くにしても、
どういう日に行くべきなのかと。
で、スーパーバイザーのカウンセラーの先生つけるなら、