おはようございます。 佐々木正悟のライフハックからの精神分析第1294回をお送りします。
12月12日金曜日、8時1分です。 もっと早くね、これ始められそうなものだったんですけど、気がつくとこんな時間になってしまって、ちょっと
我ながらあれなんですけれども、なんかこう 不思議なんですけど、まあそういうこともあるよなぁと思いながら、8時過ぎてるなこれって思ってます。
いよいよですね、明日タスクシュード総決算あります。 2025ですね。実は昔、大橋哲夫さんと2人でですね、タスクシュード総決算
じゃなくてスピードハック総決算というのをやってたんですよ。 名称でいうとこれの後継みたいなところもあるんですけど、スピードハック総決算は僕と大橋さんの中でですね、
ここで伝えられないことはないぐらい伝え切ろうみたいなのを2人で企画してやって、割と盛況だったんですよね。
60名ぐらいいらしてた時代もあったような気がしますね。 もう10年ぐらい前の話なんですけどね。
まあこれの決して後継ではないんですけど、全くやってることが違う気がするんで、でもまあタスクシュード総決算は
協会もあって認定さんもたくさんいらして、それなりの規模でやっております。 だからまあやっぱちょっと違うものではあるんですけど、オンラインもすごい駆使してますし、
あの私と大橋さんがやってた時は、もちろんオンラインはあったに決まってるんだけど、オンラインで中継するなどというのをですね、2人だけだったってことももちろんあるんだけど、
中継するなどということをまだ大規模にやれるような時代では全然なかったんですね。そういうのをそんなに受け入れられていたわけでもないし、やっぱ今に比べれば
スマホの回線とかはもうとてもとても貧弱だったんで、やっぱり時代の違いですね。これはねしょうがない。
今後ますますオンラインとか発展していくんでしょうし、それこそねVRみたいな意外とそういうのって実現しないけど、
そこにいて自分も参加しているような感じがするみたいなアップルビジョンが目指しているような話なんでしょうけど、できるようになるのかもしれないですけどね。
はい、まあそういうわけでそれは明日なので、今日私たちは、私はもう今日ホテル取ってあるんで、そっちのホテルに泊まって準備に。
僕ホテル泊まりとかって実はすごいダメなんですよ。家にいたいっていうタイプの人間、特に寝るのは絶対家で寝たいみたいな人間で、
なんかこうあるんでしょうけどね、ホテルに行って寝るっていうのは非常にこう疲れる。
2泊もするとなると本当に、でも住んでる場所がほぼ静岡の方が東京よりは全然近い場所に住んじゃっていますんで、
ちょっとね、朝から銀座に行くとか本当めちゃくちゃ大変なことになっちゃうんで、もう7時出発みたいになってしまうんでね、困るんでそれは避けるようにしました。
ということで、今回は、今回も一応銀座の方に、割と都内高いんでね、ホテルがね、非常にこううぐうとなってるわけですけれども、しょうがないので、
今年もやりますんで、ぜひ皆様も今からでもご参加いただけますのでよろしくお願いします。
それでは1294回か。
この矛盾は週1回矛盾とものすごくよく似てるなと思うんですよね。週1回っていうのは実は難度が高いんだっていう問題があるんですよ。難度が高いのに一番安いメニューになっちゃってるわけですよ。だって週1回だから。
それは週4回より安くなるのは当たり前じゃないですか。だけど週1回の方が難しいっていう現実がどっかにあるんですよね。きっとね。だから週1回で難しいことをしないっていうこと。なのにもかかわらずそこで適応度は高められるっていうことにチャレンジしなければならないんですよね。そこに週1回の独自性ってあるような気がする。
拡周でもいいんだけどこれも拡周となってくると本当に難易度なんかウルトラいいみたいになってしまうんでちょっとそこは別のことを考えなければいけない。もしやるならね。一旦僕は週拡周っていうメニューを廃止にしてるんですけどね。無理だって思うようになったんでやっぱりすごい難しいっていうのが分かってきたんで。
それは何種のかな。適応度とか重症度とかいう問題じゃなくて拡2週に1回っていうのは何かこう説明できないですね。あれがどう行われているのかをむしろ知りたい。文献を読みたい。文献読んでもわかんないから本当は横で見てたいんだけど横で見ることは許されないから。
だからこの心理臨床って本当に名人芸みたいになっていくんでしょうね。どうしたってそこは密室なんで人前では話せないようなことをやっぱりお互いにね人前で話せないようなことを喋っちゃうからやっぱりどれほどオブザーバーが勉強のため勉強のため言ってても絶対違う時代が進行すると思うんですよ。
まあそういうの全くないわけじゃないみたいなんですけどね。その研修生みたいな私の場合当然そういうことはできないですけど横で見てます。これ絶対違うものになるよなっていう感じがしますけどね。わかんないですけど意外となんとかなるのかもしれませんけどね。
カップルセラピーってあるじゃないですか。夫妻カウンセラーみたいな。あれも私なんかこう別々にやる方がまだマシなのではっていう。それ柔度の問題とかとは全く違う問題なんじゃないかと思うんですよね。
だって二者関係が三者関係になるわけじゃないですか。どうしたってどんなに気をつけてたって三角関係と母子関係は違うんですよ。その違いがどうなるのかわかんないじゃないですか結局。
てか三角関係になるに決まってるじゃんって僕なんて思っちゃうんですよ。人間できてないからかもしれないけど。だからそうすると三角関係は二者関係よりも神経症水準だからいけるんですって。そんなのは嘘だって思うんですよね私だったらね。
それは社外で働いていて言葉が伝わっていていきなりこうなんだろうな東映ドイツか満載でやってるわけじゃない人なんだからいけるだろうっていうのはいけるだろうって思うんだけど。
だけどそこに抜き出しの三角関係3人がそこにいる三角関係みたいなのができちゃったら家族でもないのに2人うち2人は家族かもしれないけど私あのやっぱりこのカップルセラピーの実際の本を読んでみていやこれ絶対こうなるよなんて思う。
なんかやばい二者関係が3人がそこに揃ってやってるみたいにしか見えないんですよね。あいの見ると。だからこれ適応度が高いとかいう話じゃなくなってしまわないですかっていう感じがしますのでそういうことはしませんけどね。しかもオンラインでするのやるとか恐ろしいなって感じがするんで。
だってそれって一歩間違うとですよ。適応度が3人とも超高かったとしても極めて高い社会的に非常にきちんとしてる人だとしてもその前提でこの話するのおかしいなって今思ったんだけど一応その少なくとも言葉は通じるわけじゃないですか。いきなりブチ切れたりしないという前提でですね。
愛人その愛人関係にある人その例えば家族、伴侶3人で話し合いましょうってなんかやっぱ修羅派感があるじゃないですか。もう一人そこに弁護士とか欲しくなりますよね。三角関係を3人でやるということはそういうことですよね。
適応度だけで測れるはずないと思うし、そのようなものをそもそも適応度という概念で語ることに意味ないような気がします。話がちょっとそれまくっておりますが、これの得意技ですけどね。
私が思うようになったのはやっぱりこうある特注ですよね。だから特注なのに安くしちゃうのかってのそこが問題なんですよね。
でも特注、特注って何を言ってるかというと手相が明快であり、週に1回で良くて、力度は見るけど力度を中心にはいじらず、基本短期集中、3ヶ月で3ヶ月を短期と呼ばないかもわからないが、私は3ヶ月は短期だと思いますので3ヶ月自体は。
短期集中で特定の手相を解決するのに総力を上げるっていうか、そこにフォーカスをし続ける。私これは今までは大変まずいと思ってたんですね。
それって結局それだけになってしまうから、どうしてもその周辺の問題というものが疎かになりやすいと言いますか、上昇的な課題っていうのが基本スルーされてしまうであろうと。
ただ、ここに適応ってものを持ってくる。だからここでですね、やっぱりあまり上昇的な課題は扱えないんですよ。どんなに手相、フォーカスだとしても私の考えではですけど、私の力量ではでもいいですけど、やっぱりここはまず適応を目指すっていうですね。
適応を目指すために短期集中、しかも適応を目指す肝というか、これがやっぱりアセスメントみたいになっちゃうんですよね。そこが難しいと思います。
適応を目指すことがこの2人の組み合わせでちゃんとやれるのかということが前提に立って適応してる人は別にいいわけじゃないですか。でも適応全然できないっていう場合にこれを目指すのはおかしいわけじゃないですか。
例えば、なんとかいけてるんだけど、このままでは会社に行かれなくなるっていうテーマで、まずは会社に行けるように普通に行けるようになるっていうテーマをポスト化していきますよね。だけどそれを一応ビジネス心理として扱うっていうことですよ。
だからこういうときタスク集団の話が早いっていうのは私の感覚なんですけど、ここで何度か最近言っている生活に手こ入れするっていう方に集中する。でも情緒がっつりやらないとそれ無理だよねっていう話を一旦は気に置き、だからですね、情緒がっつり入っちゃった後でそういう話に戻すっていうのは私は無理があると思うんですよ。
初対面の人から、今でいうところのサンチュライのワンワンセッションみたいなところから、はじめましてみたいなところから、まずここに手を当てて、あんまり深いとか、みんなこれを深いって言うじゃないですか。情緒の話とか、過去に遡るとか、これが深いんですけど、深いっていうのはどうかなって最近思うんですよね。
これに先進点ですかね。深い浅いあるかっていう、なんか表面的で浅いって言うんだけど、そんなことはないと思うんですよ。ただ、さっきのだから私からするとランチセットとフルコースは違うっていう話であって、フルコースは深いのかっていうと、深い部分はあると思いますけど、そういうことでもないんだ。
ランチセットって表面的で浅いかって言うと、別にそんなことはないような気もするんですよね。目指すものが違う。下下が表面的なわけじゃないじゃないですか。でも下下と内下は違いますよね。それとなんかちょっと似ていると言えば似ている気がするんですよね。
深線の問題よりもやっぱり場所が違うというか、狙いが違う感じがします。で、この狙いは2つ3つあるのは別に構わないというふうに最近、だからそれが今はあまりにもそのいわゆるこう、主流がCBDすぎるということなんですよね。CBDが精神分析みたいになるから、両方やってるなんか変な感じがある意味するんですよ。
これが精神分析かPOSとかだったら全然だいぶまともな感じがするじゃないですか。精神分析あるいは精神分析的心理療法をうちではやりますみたいな。これはつまりどういうことかというと、うちはラーメンかチャーハンを出しますみたいな。あるいはラーメンセットか酢豚出します。
まともな感じがするじゃないですか。これがですね、えーとなんとなくなんですけど、これは比喩だからね。あのご容赦くださいって感じなんだけど、これがうちではカレーライスか寿司を出しますだとなんかおかしいじゃないですか。別にいいと思うんですよ。
だって私、重症だったからしましたけど、アトピーの勉強って絶対気が進みませんでしたもん。自分がアトピーであるときにアトピーの勉強するのって気が進まないんですよ。医療の限界みたいなの、別に知りたくないじゃないですか。それってお前の病気は治んないぞっていうのを活字で追うことになりますからね。
でもこれ松木くによろさんが書いてたんですけど、医者になってみていかに不治の病が多いかにショックを受けたと書いてたんですよ。でもそういうそれが現実なんであれば受け入れるほかこれはないだろうと思った。つまり治せる病気なんて多くはないんだってことですよね。病気全体の割合として見ればってことですよね。
でもそれは医者がそれを知るってことはすごい大事なことじゃないですか。医者さんがそれを知ってるということは非常に大事なことですよね。でも我々は医療が進んだ国に住んでるから特になんでしょうけど、もう医学万能感あるじゃないですか。どんな病気になっても魔法の杖一つで治るぐらいなよほどの難病でない限りぐらいに思ってるじゃないですか。別は。ほとんど治せる病気なんかないんだみたいに思ってないじゃないですか。
その中でできることをするみたいな。だから最初から抑鬱ポジションですよね。ある意味では。でもそれはすごい大事なことだと思うんですよ。ものすごく大事なことだと僕は思うんですね。
よーく考えてみると、だってギャートルズの時代から人類は生きてきて、基本的にはそういう世界に生きてるわけじゃないですか。基本的には不治の病になるという前提で生きてるっていう、どっちかというと我々逆に思ってる。健康であるのが常識ぐらいに思ってるけど、そうではないっていう現実が専門家の方では実は共有されてるわけですよね。
心理臨床なんてある種マシテア感があって、わかんないですけど私はそこは専門的な勉強をしましたってわけじゃないかな。でも多分それに近いかそれよりも難しい状況にあって不思議な世界ではないと思うわけですよね。
だからそこで不安になるのは当然で、だから伴奏者っていうものに一定の意味が出てくるような気がするわけですね。
これも3ヶ月チャレンジ、3年やってきてようやくわかるようになってきたので、最初からそういうのやれよって言われても無理で、最初は全然これに今に比べれば何もわかってなかったような気がするんで、それでやってきたにしては、あの頃だからすごいサーカスだよなあれじゃっていう感じが。
じゃあ今はサーカスじゃないのかというと今はサーカスですが、当時は全くサーカスだと思わずサーカスやってましたぐらいな感じ。今はサーカスやってる気がしてサーカスやってますみたいな感じ。結局やってること変わんないですけど、そういう違いは少し感じます。
でもですね、じゃあそれは正規ならそうじゃないのかというと、これも最近成田さんの本読んで思うことなんですけど、正規もサーカスなんじゃないのっていう。サーカスの仕方は習ったかもしれないけど、綱を渡ってることに違いはないのではなかろうかというですね。
もちろん落ちないじゃないですか。サーカスやってる人っていうのは綱を渡ってたって素人とは違うんでそこは。でもそこまで技量の差と結果の差は同じじゃないと思うんですよね。技量には差はあるにしても落ちるときは落ちるじゃないですか。サーカスだって。落ちないことが確定してるわけではないわけで。
そういう、だからこれは悲観的に述べてますけどね。もっと楽観的な部分も多分にあると思うんですよ。特に私はその伴奏した上での精神科に通院の伴奏みたいなのはそんなに綱渡りじゃないと思う。
常識的にやれることと常識的に考えられることは一定の知識があればそんなに違いがあるとはさすがに思わない。ビジネス支援ですからねこれだって。ビジネスにビジネスパーソンがそれをやっていても別に何ら不思議はないと思いますし。
だってやっぱ保険効かないんですから3ヶ月チャレンジなんて。保険が効いたところで全額負担なんてありえないわけじゃん。でも保険なんか効かないんですから。何らかの形で適応はされてるわけですよ。最初っから。完全不適応なんだということは考えられないで。
いつも思うんですがこの言葉もすごくあやふやで。だって私なんか自分が適応的かっていうと疑わしいと思いますもん。会社に勤められない人間ですからね。いつもこれも思うんですよ。参加者さんの方が適応度は絶対高い。
だけど適応度とその場合何を意味するのかというと組織に集合でいけるかどうかで多分に測ってる部分が大きい。どんなに無理をされていたとしてもですよね。だって私無理してでもできなかったわけだから。これもいつもそう思うんですよ。ちゃんとした人が何かこう勲会を出すことによって人々が救われるというそういうモデルはもうファンタジーでしかないと思うんですね。
ただ一個で。でもだからといって単なる壁打ちの壁になってればいいってはずはないからやっぱり何かはちゃんとできなきゃいけないんだろうなとは思うんですよね。でこの何かが癖物だし本当にこれの何かが癖物なんですよ。
で今メニューを増やすって言ったってそのメニューはなぜそのメニューをどういう根拠でどういうインフォームドコンセントの世界ですよね。でもインフォームドコンセントは無理ですみたいなことをいろいろな方が心理臨床じゃなくても本当は無理なんだよみたいなことをあのボソッとっていうのか知りませんが活字にして藤原直樹さんなんかは借りている。お医者さんですからねもともとね。
そっかーって思うんですよね。結局打ちまくってあるよなっていうね暴露じゃないですけどね。
今日は悲観的な話が多いんだけどでも私は今結構楽観的に物事を進めようとしてるんでなぜ口をつく言葉が悲観的なことばかりになってるのかなっていう感じはするんですよね。
やっぱり私は3ヶ月チャレンジを拡充したいんだなっていうのはもう明快にあります。で明らかに求められているものの一端にはこうそれをCBTって言うんだって言われると思うんですけど僕は違うと思ってるんですよね。その違いがうまく説明できてないんですよ。
CBTがいいとか悪いとか言ってるわけじゃないんですよ。違う気がするんですよ。ブリーフセラピーとかと。だってそれ名乗ればどうせ怒られるしもちろん名乗れないししかも僕は内心では似て見える部分が仮にあるものになったとしても絶対違うって思うんですよね。もちろんポストではない。ポストでもない。そうじゃなくてでも短期集中でまず適応を適応というものがなされている人の適応を支援する。