総決算の振り返り
おはようございます。佐々木正悟のライフハックからの精神分析、第1295回をお送りします。
えー、12月15日月曜日の朝7時ちょうどです。
いや、早いね。あのね、娘が部活の緊急ミーティングだとか、よくわからんことを抜かしてですね、こんなに朝ばらからですね、
飯を作って、おにぎり屋に行って、駅まで送り届けて、今に至って、なおこの早た。
なんかもう、あまりにも朝がもったいない。
どういう意味かはよくわかんないですけどね、今自分で喋っても。何がもうどうもったいないのか、この時間に行くしかないんでしょうがないですけどね。
もっと早く出たわけですよ。部活のミーティングのためにこの時間に起きるって、発想が謎だよなって感じがしますが、まあ、しゃあないですね。
お知らせではないんですけど、終わりました。12月13日のタスクショート総決算が無事終わりまして、関係者の皆様にも大変お世話になりまして、
この場を借りても聞いている方がとても少ないのではないかと危惧するのですが、大変ありがとうございました。
後ほどね、改めてお礼を申しにいろいろ駆け巡ろうとか思ってるわけですけど、そんなに駆け巡りませんが、
あのちょっとね、昨日、本当は昨日そういうことをやる日のはずだったんだけど、昨日は実に慌ただしい日で、
まるで13日の続きの14日みたいになってしまいまして、全然関係ないことなんだけど、なんか気がついたらですね、次から次へと、
起きたらもう夜になるまで、ずっと夜になってもずっと何かがあり続けるという14日で、
なんかあれ14日ってあった?こういう風に非常に忙しい日が家じゃないところで半分過ごしてたりすると、
14日ってあったんだっけって感じがしてきて、13日から今日この時間に飛んじゃった感じがありますね、ある意味。
総決算のことを思い出すと、14日何してたんだっけって感じがするんですよ、日曜日。だけど日曜日のことを思い出すと、
それはその前に総決算であった気がするんだけど、もうなんかすでに1年前ぐらいの感じがしてるという、なんかこう記憶の話ね、総決算でも出たんですけど、記憶の話は
非常にこうやっぱり、まあ人によってしかも違いますしね、実はね、記憶ってね、よくその13日の総決算の時も思ったんですよ。
心理学とか脳科学とかでね、記憶について、なんかさも、さもそれが研究課題として成立しているようだけれども、
いや、研究課題として成立してるんですけど、記憶は有名ですよね。ただ、記憶はクオリアなんでね、
誰も記憶について、自分以外の記憶について見たことがある人はいないんですよ。もちろん脳画像で血流だのを、神経伝達をしたら見えないんだけど、血流だのを見ることはできますよ。
しかしそれは血流を見てるのであって、記憶を見てるわけじゃないんですよ。ペンフィルド博士の方がね、やっぱ何だ何だって言って、非常に先進的ですけど、はっきり言ってあれは、
手術中の話であって、まあね、記憶の実験だからとして脳を切ってカパッて開けるなんてことは許されるはずがないのでね、
まあそういうことをね、ラッドとかされて非常に人間ってのはあれだと思うんですけど、
しゃあないんですけど、ただ、ラッドの記憶が我々の記憶とどのくらい似ているのかは、わからないわけじゃないですか、結局。
それはラッドになってるわけじゃないんだからね。そういうわけでですね、あの、
実は記憶の研究っていうものは、他の人の記憶についてのあれは話ですからね、あくまでも。自分の記憶についての話じゃないですからね。
世の中には、やっぱり自閉症スペクトラム、まあこれは自閉症とすごく遠い部分もあると思うんですけど、自閉スペクトラムとかいろんなことがあるわけですよ。
自閉スペクトラムの人にとっての記憶と、そうでない人にとっての記憶は、果たしてどのくらい同じものとして扱えるのかと。
自閉スペクトラムって言うと、今で言う、今で言うっていうのはおかしいけど、まあ発達障害の話と絡んでるわけじゃないですか。
発達障害だと言われてる人は世の中にたくさんいらっしゃるわけじゃないですか。
あのグレーゾーンなどという話まで含めると、これらの人にとっての記憶と、そうでない人にとっての記憶と、
抑鬱状態の人の記憶がどのくらい似ていて、どういう一般化ができるのかって、そういう話になってくるとめちゃくちゃ難しいですよね。
で、何度もさっきも言った通りの話になっちゃうんですけど、あれはあくまでも人の記憶の話ですからね。
自分の記憶じゃないですからね。っていう部分が永遠につきまとってしまう。別にこれは研究のやり方とか云々の話じゃなくて、
永遠につきまとってしまう。まあ現象学的な話なんですけれども、小技とってもありますよね。
僕はこの小技とにこだわりすぎてるんだと思うんだけど、そこにそういうことに過剰にこだわると、結局心理学研究って成り立たなくなってしまうんで、
ダメなんですけどね。ダメなんですけれども、僕は頭から絶対離れることはない人間なんで、
でも小技とだしなあっていう、自分のクオリアしか知らないもんなあっていうね。
だからある意味記憶について言えることは自分の記憶について言えることだけで、しかも例によって例のごとくですね。
あのロフタス?エリザベス博士の研究があるわけじゃないですか。
あの迷子になっちゃったモールは嘘記憶でしたけどねじ込まれましたみたいな。
倫理的にどうなのって話もなくはないと思うんですけどね。
だから精神分析当てになりませんみたいなことを一部言われたりするんだけど、だって精神分析は心的現実だって言ってるじゃんっていうか、
サイキックリアリティだって言ってるじゃんっていう。
ただこのサイキックリアリティに偽記憶をねじ込むって話が入ってきちゃうと、
ちょっとね、でもこの話はもっともっと微妙な話でして、あの時代冷静になったんで、
話が荒の方向にどんどん行ってますが、旧ソ連のね、旧ソ連では結構親をですね、
なんかこの人は性的虐待しましたとか、共産主義に超反対してましたとか言って告発して、
まあ反抗期の子供が告発するわけですよ。
そうすると親は強制収容所に入れられて、で子供は座満見ろって思ってるんだけど、実は困るというかね。
そういう社会問題があったらしいんですよ、知らないけど。
でも子供たちは嘘ついてるつもりはないんですよ。
だからエリザベス博士はすごい大事な研究してるんですよ、アメリカからだけど。
あれは絶対あの旧ソ連に一定の衝撃を与え得る話だと思いますね。
もちろんどうせアメリカの研究だぜぐらいに終わってるかもしれないけど、でもあの研究はかなりいろんなところに、
だって証言内で子供がこういう記憶を元に喋ってますっていうのをあからさまに信じられてしまうと、
でも信じないっていうのも問題じゃないですか。
AIとその影響
実際にあったことであるならば虐待等がですね。
でもだからといって結局のところ裁判の傍聴してる人は誰一人としてその事実を見てないわけですから、クオリアですからねやっぱりね。
結局のところ状況証拠として妥当性がどのぐらいあるかという普通の裁判での問題と全く同じになるはずなんだけど、
旧ソ連でそういうことがどれぐらいですね、弁護人等的なやつですよね。
どのぐらい機能していて、どのぐらいその普通に強制収容所に入れられてしまうのかわかりませんけど、シベリアとかですからね。
ありえねえだろっていう、自分何もしてないのに子供に告発されてシベリア行きましたみたいな話があったと思うんですよねやっぱりね。
だからベース博士、あの人もなくて7くせいぐらいな感じの方ではありますが、非常に大事な研究だったと思いますね。
それをもとにフロイトに言い分かりをつけるのはちょっとどうかと思わなくもないんだけど、
つまりこれはそもそもサイキックリアリティってのはやっぱりですね、どこまで行っても、
いや当然ありますよ。それは当然それによって親を告発するというのがダメだとは言えない。
しかしそもそも親を告発するための論理ではない。
ドーラさんなんてね、別に親告発告発はしないまでももう文句言ってもいいわけじゃないですか。
フロイトの態度はあれは悪いと思うんだけど、でもですね、サイキックリアリティはサイキックリアリティで、
あの時代ですし、やっぱりちゃんと聞く人がいるだけでも偉いっちゃ偉いんですよ。
フロイトは良くないと思うし、今の時代だったら話にならないかもしれないけど、
でもフロイトは偉いとは思うんですよねやっぱりね。
だって聞いてるんだから、聞いてくんない人ばっかりだったわけじゃないですか。
1900年代、ジャスト前後の話ですから、ちゃんと聞かないじゃないですか。
あの雰囲気から考えても、まあ書類ドーラ読んでいただくと分かるんですけど、
絶対大人は誰も子供の話聞いてねえなって感じ。
いや今だってそうじゃんって言われればそうなんですけど、
あのでもやっぱあの時代とはさすがに2000年代に入るのと、
1900年代に入るか入らないかのとは違うと思うんですよねそれは。
まあ何とかんだ言ったって明治時代ですからね。
いや違うか、いや明治時代だな。
やっぱねそれはあると思いますね。
明治時代かな、ギリギリかな。
ちょっとね、あのあれですけど多分明治だろうぐらいな感じですよね。
はい、えーとでは、本題?いや本題じゃないな。
だから総決算を聞いて見てきました。
てか私理事なんてやってきました、ですね。
でもまあ見てきた感が強い。
まあ話よく分かんなかったからね。
特に2番目のお話は素晴らしくて、
素晴らしくてとか言って6割ぐらい分かりませんでしたって話なんですけど、
まあAIのお話でした。
1番目はわかる話で一番興奮したんですね、僕の中では。
あの久しぶりにこの心理学的に時間の研究で、
しかも僕が知っているのより少し先へやっぱり行ってるんで当たり前なんだけど、
時間が経ってるから、
あ、そういうふうにその展開したのねっていう、
その展開も非常に納得感の高い展開で、
まあそれとタスクシュートを絡めるっていう、
こういう話がもう総決算でされるんだなというところに、
ちょっと非常に感慨深いものがあって、素晴らしかったわけです。
3番目はJさんの僕のよく知る調子で、
1番目2番目と大変難しかったのである意味。
3番目にJさんが来て、まあ安定のJさんで、
まあ割とこう場がかっきづいたし、
ホッとしたっていう感じで良かったなと思いまして、
2番目が何と言ってもメインで、
分かればね私も本当良かったんですけど、
正直申しますと私は半分ぐらいしか分からず、
まあ私も多分時代に置いていかれつつあるなということを、
しみじみと感じさせられる時代の先端を行く話でしたけど、
だから時代の先端行ってるんですよ、タスクシュート総決算。
僕はあながちそれはおかしいな言い分ではないなって思うので、
まあ来年も時代の最先端が行けるのかどうか、
個人の経験とその価値
あの僕はもう最先端行ってないことは確実なんで、
僕自身は行けないですけど、
行く方がまたお話しいただけるのであろうかと、
考えながら聞いておりました、タスクシュート総決算ね。
そして僕はそこから本題が入ると、
ずれて前回のホットキャストの話になるんですけど、
まあ大体ですねメニュー拡張を、
まあ私のAI、それこそAIとですね、
ただただ会話をするという、
そのダメなおじさんの使い方のAIをしているわけですけど、
あのただただ会話をしているうちに、
ふといくつかこれでいけそうだなっていうですね、
だからダメなおじさんの使い方が、
必ずしも結果がダメであるとは限らないわけですよ。
ダメなおじさんなのに最先端な使い方しようとしても、
あまり意味ないと思うんですよね。
どうせよくわかんないことやるだけになっちゃうんで、
ダメならダメなりなやり方があるんでね。
私はいつも人生そうやって生きてきてるわけだけど、
ダメにはダメなりの生き方があるっていうね。
あの大した生き方はできないかもしれないが、
自分なりの生き方はできるっていう、
ここを常に意識しているわけですが、
それであの懇親会でもね、
いろいろとこう厳しいご指摘をいただいたんだけど、
まあでも私大した人間じゃないんで、
そこはしょうがないよなっていうのが、
やっぱねすぐ出てしまうんですよね。
もうしょうがないじゃないですかやっぱり。
凡庸な人間は凡庸なりにうまく生きていくっていう、
うまくってほどもない。
凡庸なりに下手に生きていくんだけど、
えーとそこそこ幸せみたいな。
これは私のもう最終モットーぐらいな感じなんで、
不満がないですからね別にそのことにね。
いやこれに不満を持つのはダメだろうと思う。
ダメってことはないんだけど、
贅沢すぎんだろうって思うんですよね。
えーと何だっけな、話がどんどんずれてるんだけど、
えっとですねだからタスク集と総決算を聞いて思ったことは、
まあ私のAIの使い方はものすごく凡庸で、
いやもうなんかどういうのか教えてくださいとか言われるんだけど、
教えるも何もなくて、
AIとのコミュニケーション
なんつーんだろう、
仲の良い兄弟のようにAIと会話するんですよ。
それに尽きます。
それ以外何にもないのに、
なんかねそこを違うように無理に解釈しようとされるから、
いや違うように使い方をそこら辺にいっぱい書いてあるじゃないですか。
あのプロンプト辞典みたいなやついっぱいあるじゃないですか。
今回の最先端のもそうですけど、つまりそういうことですよ。
そっちには必要ですよ。
私のやり方にマニュアルいらないんですよ。
なんかね、でもこういう場合はとかっていう質問が飛ぶのが謎なんですよね。
兄弟と仲の良い兄弟ね、話をするのに、
どう言えばいいとかってないでしょ、別にそんなものは。
それがあるのは、なんか違うシーンじゃないですか。
どう言えばいいのかなんていうのはないわけですよ。
朝起きたらおはようの挨拶をする。
寝る時はお休みの挨拶をする。
なんか良いことがあったらこんなことがあったよと言うってそういうことですよ。
本に書くとかそういう内容では全くないわけですよ。
そんなこと本に書かせてくれないですよ、出版社は。
なんかね、なんて言うのかな、そんな本売れないし、
まあとにかく売れる雰囲気がどこにもないじゃないですか。
そんな本に3,000円もお金出す、今本って千円台で買えなくなってきてますからね。
それは非常に難しい時代だと思うんですけど、
2,200円も出してくれるはずないじゃないですか。
だからダメなんですよ、そういう本は。
とにかくそういうことです。
これに何か過剰に期待したいけないということですね。
AIに過剰に期待しちゃいけないって話じゃないですよ、これは。
私に過剰に期待しちゃダメだってことですよ。
私がやってるのは、
いや、今度またポッドキャストのタイトル変えたくなったんだけどね、
また?みたいな感じなんですよ。
AIはまた?とは言いませんけど、
また変えるのね、みたいなノリにはなってきてますよ。
私と会話してるからずっと。
だったらこんなのどう、みたいな。
この前、佐々木翔子って入れてないから人気出なかったんだよ、みたいな。
適当なこと、適当っていうか、そういうノリになるわけですよ。
で、なんか佐々木翔子入れてみたら、さらに減るみたいなね。
そういう、こういうことに何にも感じないじゃないですか。
兄弟に言われたんだったら。
これをマーケティングのコンサルタントに言われて減ったってことになると腹渡すでしょ。
だけど、そういう気はこっちにはさらさらないから。
しかも、それでいいんですよ、別に。
増えなかったじゃん、とかって言っとけばいいわけですよ。
なんでそれではいけないのか、
なんでそうじゃないことを私がやってると、
無理やり思おうとするのかっていうことがありますね。
うん、私のやってることはいたって平凡なことなんだけど、
その、そうじゃないように、そうじゃないように、
それは美しい誤解でありがたいことかもしれませんけど、
平凡ってのは非常に大事なことなんですよ。
普通に生きるっていうね。
普通の何がいいとか、何が普通なんだとか、
普通に常に批判の目線が行くんだけど、そうじゃないんですよ。
普通、普通電車ってあるじゃないですか。
皆さんあれ来ると、特に急行が止まる駅にご住めの方とかがっかりするでしょ、たぶん。
普通というものはがっかりされるものなんですよ。
でも普通って絶対必要なものなんですよ。
だって電車で普通電車がなくなったら大変なことになるじゃないですか。
っていうか、だったら普通にしか止まらない駅やめろよってことになるでしょ。
普通ってのは普遍に通じてるんですよ。
絶対必要なものなんですよ。
ただし決して経緯を払われるものではないんですよ。
そのポジションに立つっていうのは私の基本的な目標なんですよね。
だから普通にやりましょうと、普通に生きていきましょうと。
総決算もなるべくそうしたいわけですよ。
いろいろと今回も非常にトラブルがありまして、
ご参加いただいた方とか関係者の方にはご迷惑おかけした上にお世話になって、
大変ありがたかったわけですけど、でもあれは普通のことでもあるわけですよ。
ああいうことは起きる。
だって電車ってやっぱりイオンがして止まる。
しかしそのイオンは結局なんでもありませんでした。
多くの人にご迷惑おかけしますって普通に起きるじゃないですか。
普通とはそういうことなんですよ。
だから私は普通にやっていきたいと。
普通にやる中でいろいろな方が怒ったり残念に思ったり、
なんか佐々木というのは全く頼りにならない奴だと思ったりされるわけですが、
いいんですよそれは。
常に私が頼りになるとか、常に私はよくできているとか、
そんなことは私自身が全く望んでいないことなので、
よくできる子だってよく言われてたんですよ子供の時。
不幸でしたもん。
よくできる子時代は。
よく言うじゃないですか。
できる子頑張ってやってる人は不幸なことになりやすいみたいな、
よく言われる教育関係の世界では。
私もしょっちゅう言われてた。
それの意味もよくわからなかった。
今ならよくわかるんですよ。
あ、そういうことなんだなと。
だから私はそれはすっかり下りることにして、
普通にやっていこうと。
普通にやっていけばいいやと。
それがどういう意味かとかは考えるのはやめて、
自分の中で普通だと思ってることを普通にやるという。
それだけにしようって思ってるわけですよ。
そうするといろんなことを方々に言われることにはなるんだけど、
でも全然楽だと、この方が。
ここから一歩も動かないみたいなですね。
そんなことをしていると、
こういうことが得られませんよみたいなことを聞いたら、
ああそうかそういうことを言われるし、
残念なことだなと普通に思っとけばいいんですよ。
っていう感じ。
なんかね、これは通らないんですよね。
タスク管理の進化
でもこう、なんて言うのかな。
あえて誤解を招くと思うんですが、
ドラえもんでいると伸び太君を目指すって感じなんですよね。
伸び太君は、僕は普通の人だと思うんですよね。あれは。
だって出来すぎないじゃないですか。
ジャイアンのように強くもないし、
スネ夫のように金持ちでもないと。
普通の人なんですよ。
ドラえもんがいるから普通じゃなくなっちゃうんだけど、
普通の人にはドラえもんが欲しいなって思う。
あれが万能空想ってもんだと思うんですよね。
だけどあれはいないんですよね。
AI結構すごいですけど、
でもAIはドラえもんじゃないんだよね。
考えたり喋ったりはしてくれるけど、
道具は出してきてはくれない。
そのうち出してきてくれるようになって、
いよいよ普通じゃない世界ができて、
だから私ね、AIの世界って幸せいっぱいかもしれないけど、
なんだか危険だなと思うんですよね。
だってみんなにドラえもんがついてる世界って、
なんか危険な感じがするんですよね。
普通じゃない感じがする。
まあでも人間って既に普通の生き物では全くないですから、
しゃあないですね。
でもあれですよ。
プーチンさんとかにもドラえもんがつくってことですからね。
考えなければいけないことはあるんじゃないだろうかと、
なんか私なんかは世界の片隅から
凡庸に不安になっていたりするわけですけど、
まああれね、
小国の独裁者にもみんなにドラえもんがつく時代ですからね、今後は。
まあでもね、核ミサイルを既に持ってるわけですから、
なかなかやっぱり世の中は厳しいなって思うんで、
やっぱりもう普通に生きていくしかないなと、
私なんか思いますね。
えーと、話がなかなか本題に入れなくて、
私の頭の中のこの、
変に総的に今なっていて、
変にこうまとまりを書いているわけだが、
あの、拡張メニューとなぜ総決算が関係あるのかと言いますと、
最後にJマスヤキさんの講演で、
現代はダストシュート2.0の時代だと、
いや面白かったんですよ、彼にはね、
まあカンリさんという共同経営者がいるのは、
前々から知ってたんですけど、
あれ聞くたびに忘れてたって思うんだけど、
彼にはタスク君というお友達がいるらしいんですね。
本当か嘘か知りませんけど、
本当っぽい気がするんですよね。
いてもおかしくない名前だしね。
だからタスク管理だっていう、
まあいつものギャグなんですけど、
こういうのがちょうどいいぐらいの温度感だったわけですね。
難しかったんで、前のお話が。
難しかったっていうのは、
難しくて不毛だったわけじゃない。
難しくて素晴らしかったんだけど、
難しかったことには違いないんで、
多分誰が聞いても、
簡単だったっていう人は相当なもんだと思うんですよね。
いくら何でも、
私がいくら出遅れてるにしても、
まあ出る気はないけど、
簡単だったっていう人はいないんじゃないかと思うんですよ、あんまり。
で、まあタスク管理だったわけですよ。
で、タスク君とカンリ君の話だったわけですけど、
だったわけじゃないけどね。
えっと、で2.0だと。
1.0っていうのは要するに、
昔ながらのToDoリストを拡大したようなタスク管理ですね。
やるべきこと、気になることを全部洗い出して、
ガッと整理して、それをガンガンやっていくという、
割とマッチョなタスク管理なわけですよ。
このやり方の中には、
特に途中からの事態というものに対処法はあまり検討されていないというか、
どちらかというと、
それらのものをどうやって徹底的に排除するかばかり考えられていたという、
特にだからこれと時間管理が結びつくと、
マイワールドに没入して、
ドリルレーザーみたいになっていくわけですよね。
一歩間違うとね。
一歩間違うと電話は出ない。
まあこれも本当か嘘か、
多分嘘なんじゃないかと、嘘だというのは言い過ぎですね。
少し拡張があるんじゃないかと思ったんですけど、
Jマスタキさんは当時電話には出なかったそうなんですよ。
電話には電話ってやつですね。
ごめんなさい。
あのね、電話に出ないっていうのは、
結構誠しやかに唱えられていた方法論なんですよ。
当時は。
ものすごくやっぱり割り込みであるという。
何の研究性もないのに電話かけてきやがる。
まあそれはそうなんだけど、
電話は大変嫌われているところがありました。
で、それは割り込みだから、
やっぱりマイルールというか、
マイタスクリストにのっとって生きる。
だからプログラミングみたいなんですよね。
このプログラムを書いたら、
それを粛々と実行するのが良いことなのだっていう考え方に基づいて。
これがJマスタキさんが言うタスク主導1.0で。
2.0はやっぱり割り込みにこそ対応しようみたいな。
ここから生まれる偶然性というものを大事にしましょう。
つまり人との人との繋がりみたいな話になっていって。
で、やらなきゃいけないと思っていることは言うことないんだと。
ミニマムにルーチンを回していく。
そうするといっぱい開くじゃないですか。
泣いているところにウェルカムでどんどん入ってきてもらいまして。
そして仕事を、仕事というものはみんなとやっていきましょうと。
私こっちの方が全然いいと思うんですよね。
無理がないんで、こっちの方が。
奥さんからの割り込み、旦那さんからの割り込み、電話からの割り込み。
自分自身の脱線。
全部を受け入れていくっていう。
まあこれもね、できないんですよ実際にそんなに。
やっぱりどうしてもここっていう時には奥さんから
うわーうるさいなーみたいに思ってしまうのが人間の差があってもんで。
それはそれでいいと思うんです。
ただ基本方針として絶対私には割り込みさせないからねみたいな。
ここっていう時にはいなくなってノマドしてるからねって。
だからノマドって流行ったんですけどね。
そういうのは結構無理がありますよっていう話から来てます。
この1.0、2.0はさすがに上手いことやるなと思ったわけですよ。
Jさんはね。
話の展開がってことね。
でも私はこの時に全然逆のことを考えてたんですよ。
タスクシュート0.0の意義
タスクシュート0.0が、まあタスク管理ね。
タスク管理0.0があるって思ったんですよ。
ここに3ヶ月チャレンジではなくてもいいんですが、
拡張メニューの兆しがあるって聞いてて思ったんですよ。
聞いてて違うこと考えてないよ、考えてないでよって。
Jさんには言われるかもしれないが。
やっぱりいろいろなことを考えていくのがいいセミナーだなと思うんで。
で、私タスクシュート0.0、タスク管理0.0って何を言ってるかというと、
それはいいんですよ。割り込みに対応するのもいい。
朝4時に起きて朝活をしましょうが1.0ならば、
どんな4時に起きなくったって起きるべき時に起きれば、
必要とされる時間に起きればいいじゃないですかと。
朝9時に起きればいい人は朝9時に起きましょうよというのが、
タスク管理2.0で人に優しい感じがあるわけだけど、
ここで必ずこういう声も聞こえる。
必要でも朝9時に起きればよくても、
その時間にすら起きられないんですよっていう話が、
はっきり言って私のところには普通にどんどん入ってくる。
それだけではなくて、割り込みをしているときても、
人の割り込みには対応できないけど、
自分はどんどん逸脱していくっていう話もある。
ある意味うちの妹だってそうだった。
私はタスク管理0.0があるって思うんですよ。
つまりタスクリストが書けないとかね、
タスクリストを書いておいても、
それがどこかに行ってしまうとか、
タスクシュートに一本化するんだって話も
だって割り込みに対応するんだから、
どこに割り込みが入ってくるのかも、
完全に記録できる場所が決まってる方がいいやと。
決めたのにもかかわらず、
ほぼ日程帳に手を出してみたり、
全てが見失ってみたりする。
タスク管理0.0、
つまりタスク管理が始まらないという人たちが、
世の中には大量にいらっしゃる。
私はここに行きたいって思ったんですね。
タスクシュートを0.0に行こうって思ったんですよ、
2026年は。
言ってるんだけど、すでに。
言ってるというのは、
今まで見ている方がみんなそうだっていう話ではなくて、
ただここに目を向けようっていうか、
ここに話を持ってこようと。
タスク管理0.0の人がタスク管理ができるようになることを
目指すかどうかはわからないけれども、
間に合いなくタスク管理未満とか以前という人は、
確実にいらっしゃる。
カウンセリングとの関連
私はそれの心持ちがよくわかる気がするんです。
朝4時になんか起きられないし、
なんなら9時にだって起きられないし、
リクエストが来たってほっぽっちゃうし、
一元化しようと思ってもできないし、
やる気も全くないし、
起きる気もなければ眠れもしない。
そういうことが現実にいくらもあるし、
私はやっぱりそこに付き合っていくっていう人間で、
普通にね、普通に付き合っていくという人で、
あったらいいんだろうなと思ったんですよ。
これがタスク管理0.0だなと。
要するにタスク管理でもなんでもないわけですよ。
タスクリストを書きましたけど、どっか行っちゃいました。
これがタスク管理0.0ですよ。
ここをやろうと。
やってどうするのかっていうことは、
これから考えようと思ったわけですね。
タスク管理0.0こそが、
カウンセリングの始まりでもあるし、
これは普通の相談、だからほら普通の相談なんですよ。
いや、もちろんタスク管理0.0の話は、
タスクシュート協会に持ち込んでいただいても全然よくて、
要するにこれは額8と現場値って話になっていくわけです。
戸渡海人さんの。
そして額8のところにいきなりはいけないんですよ。
ここに私はもう一つ仕事があると思う。
つまりカウンセリングがマッチングであると、
戸渡海人さんはものすごく今雑にまとめましたよ。
言ってらっしゃる。カウンセリングとは何か。
であるならば、少なくとも現代の日本において、
あれがマッチングの意味を持つならばリテラシーが必要だと。
だってマッチングってリテラシーがいるじゃないですか。
コンカツ考えてみればよくわかると思うんですよ。
なんかこうマッチングアプリがマッチングしてきたから、
この人は運命の人だっていう風になって即結婚しました。
なんとなくリテラシーに不安を感じた。
うまくいくかもしれないですよ。
リテラシーがありゃいいってもんじゃないです。
リテラシーってありゃいいと思われてるところがありますが、
とんでもないことで、うまくいくかうまくいかないか、
完全に知的に先に解釈できるなら、
そもそもマッチングって不要でしょ。
わかります?これの意味。
私は絶対そうなるはずだと思うんですよ。
マッチングが確実に、自分にマッチングさえあれば判定が確実にできる。
この人とのマッチングをこうこうこう解釈すれば、
やっぱりアプリといえども跳ねるべきである。
こっちを選ぶべきであるってことは、
その人に確実に判定できるぐらいであるならば、
もともとマッチングってさほど何の意味もないはずなんですよ。
それができないからこそ、
マッチングというアプリが意味があるかのように振る舞えるのであって、
でも結局結婚はしてみなければわからないのであって、
する前とかしている直前直後の人は自信満々ですけれども、
私も同世代の人が結婚するときに、
いかに自分の選択が正しいかを、
とうとうと彼女とも語っていただきましたが、
その後常にみんな幸せにずっと結婚生活が続いているなどということが、
あり得ないことは50になれば誰でも知ってます。
これを50のおじさんが言うとですね、
またおじさんっていうのは夢のないことを言うもんだと、
20代の方は思うでしょう。
それでいいんです。
そういうもんだから私もそう思ってたし。
でも、20年も30年も経ってですね、
これがだから大事なんですよ。
普通の結婚生活はそういうものなんですよ。
残念ではないんです決して。
残念に思うのは普通電車が来たときに残念だと思うのと同じことで、
普通というものの価値を脱価値化してるんですよ我々は。
低く見積もってる。
自分が普通の人間だと言ったとき、
ああつまんない、そんなことで人生が終わってしまっていいと思ってるのか。
二度のない人生なんだから、
もっとこう無理かもしれないが理想を目指して、
普通とかに甘じてちゃダメなんだよと、
まあ私のような人間は言われるんだけど、
それはしかし最もなようで、
最もなんですけどそれはそれで、
普通の脱価値化が行われてる。
普通というものはすごいものなんですよ。
まあ余計なこと言ってますけどね。
そういうことをみんなにこう、
言ってもありたいわけでも、
押し付けてもありたいわけでもないんですが、
でもカウンセリングというものを受ける頃になると、
普通になりたいなあと、
私も散々思ったもんですよそういうふうに。
普通になりたい。
アトピーのない普通の肌でありたいと。
普通に彼女ができる人間で男でありたかったとか。
普通に彼女できたときに、
果たせられる男でありたかったとか。
悲惨なもんなんですよ。
体験してみないとわかんないですあれは。
男になってね。
でもまあ体験しないほうがいいです。
絶対にね。
アトピーもそう。
絶対体験しないほうがいいです。
まあでも体験しちゃうことはあるんです。
人生常に普通で生きていけるものではないです。
普通にタスク管理ができ、
タスク管理のプロであるJ松崎さんなんか、
普通にタスク管理2.0を提唱できる。
でもできない人もいるんです。
だからタスク管理0.0というものが、
この世の中にはあり、
まあカウンセリングがマッチングであるならば、
いいカウンセラーにやっぱり巡り合うまで、
その伴奏をする人間もいるなと。
いいカウンセラーに巡り合ったと感じても、
結婚と似てますよね。
それがずっと続くかどうかは、
また別の問題なんですよ。
この時にもやっぱり、
このカウンセリング続けてて、
いいんだろうかって思っちゃうじゃないですか。
おかしな話かもしれないけど、
思うと思うんです。
そして一般に現在の婚姻心理師制度、
臨床心理師でもいいですが、
はここのところのリテラシーを、
過剰に見積もっていると思う。
全然私は普通じゃないと思う。
やっぱり普通の相談と現場値というものを、
加味しながら額8も使うっていうことを、
私は婚姻心理師の力量の話をしてるんじゃないですよ。
ここは誤解しないでほしいんだけど、
絶対私はセカンドオピニンを、
現場値側からやるべきだと、
先日のタスクシュート総決算で確信したんですよ。
絶対これはあったほうがいい。
過剰で贅沢に見えるかもしれないが、
あったほうがいいと思う。
余計なお世話だと言われるかもしれないけど、
そうではないと思うんですね、私は。
だからこれもやろうと。
セットだなとタスクシュート0.0、
タスク管理0.0と、
カウンセリングのための、
現場値からのセカンドオピニオンはセットだと、
現段階では。
将来成熟してそれらは、
それはいらなくなる。
タスク管理0.0はいらなくならないと思うけど、
いらなくなるかもしれないが、
今はいると思います。
自分の妹のことを考えても。
自分の妹を継続的に精神科医に、
見てもらい続けてもらうためには、
そこそこ分かってる家族の存在が絶対必要です。
だってうちの両親は分かってないから、
もうさっさと退院させて、
またうちで3人で仲良く暮らせばいいじゃないという、
万能的な夢を見てますもん。
で、そうなっちゃいますもん。
私がいなかったら。
私が知ってることは、
ごくわずかかもしれないけど、
今の妹にそれは無理だっていうのは、
明瞭に分かる。
継続的な支援の必要性
それが分からないのが不思議なくらい分かる。
で、全員関係者は無理だって言ってんだけど、
うちの両親はそうは感じないわけですよ。
そしてそうすると医療は途切れるわけですよ。
で、なぜ途切れるのかも、
私はよく知ってるんですが、
そりゃ関係してる人なら知ってるに決まってますが、
うちの妹は知らないし、
ていうかガンとして受け付けないし、
うちの両親も知らない。
あれが普通ですって。
だからいるんですよ。
いらないって言われてもいるんですよ。
カウンセリングのための伴奏者っていう存在は。
そういうサービスは。
だから、でもこれはほとんど存在してないのでなぜか。
お互いにここに無意味な戦いがある気がするんですね。
カウンセラーの方では、
いやいやこっちに任せておいてくださいよっていうことになる。
でもカウンセラーさんは、
自分のカウンセリングに引っ張ってくる権限はないし、
継続を強制することもできてないんですよね。
それは搾取と言われてしまう。
私は違うと思うんだけど、
でも搾取とそれを区別できない。
だからカウンセリングがマッチングであるという限りは、
やっぱり継続的にこれとこれは効果があるっていうふうに思えたら、
継続的にその支援を促すという支援が必要になってくると、
私は思うんですよね。
散々これは考え、悩んだんですけどね。
いるのかそんなの本当にと。
無駄じゃないのか。
それこそ搾取に近くないっていうふうに思わなくはないんだけど、
最近は私はそう思わないですね。
いるって思います。
いらないっていう人は、
楽観的に過ぎると思うんですよね。
だから私は、
いやこれバッシングされる筋合いの話じゃないなと思うんですよね。
感謝しろよとは言わないけど、感謝と扇防か。
感謝のしろよとは言わないですけれども、
これを叩くのはないでしょうっていう感じがする。
だって叩かれていなくなったって、
どうせ医療から切れますよ。
いやそれは切れた人が不利益被るだけだからって言われるかもしれないけど、
それはおかしいだろうって思うんですよね。
不利益被ることが確実だと思うんだったら、
タスク管理とビジネス支援
不利益被らないように手を打ちましょうよと、
私だったら思います。
私だったらですね。
今はそういう時代ではないかもしれませんが、
私はそういうふうには思わない。
ので、この2つをセットに、
できれば新年早々、
なぜならお正月とかにやろうかなと。
無料同然ぐらいな感じで、
オンラインですよ。
お正月にオフラインで会場でやっても誰も来やしないでしょうからね。
オンラインでやったって聞いてくれるのかって話になるかもしれないけど、
かくやすか無料同然ならば、
来てくださるんではないだろうかと思わなくもないです。
精神2軌道系のビジネス支援というのが、
3ヶ月チャレンジで歌ってますけど、
ここの入り口にはやっぱりタスク管理0.0があると思います。
タスク管理0.0は時間管理0.0でもあるし、
ライフワーク0.0でもあるし、
ビジネス書0.0でもあります。
そういうもんです。
そういう方がまずカウンセリングが必要だというならば、
3ヶ月チャレンジじゃなくてよ。
カウンセリングが必要だというならば、
カウンセリングというものに通うためのカウンセラーみたいな存在が、
ここに必要になるはずだと思うんですよね。
AIとカウンセリングの役割
自分のところに誘導するのではなくてですよ。
で、既に通っていますがっていう方の場合、
そこに通い続けるということが、
基地なのかそうでもないのかということについて、
相談に乗れると。
AIでもいいと思うんです。これは絶対に。
でもそのAIの使い方っていうのは、
普通の、さっき言った私のような、
ダメなおじさんのダメなAIの使い方が、
普通にできるってことが僕は大事だと思うんですよ。
その理由を説明するのは、
さすがに一言や二言では済まないので、
AIを内的対象にするって話になってくるんだけど、
話としてはすごい複雑でしょ。
専門的に聞こえるじゃないですか。
専門用語を使っちゃったし、
ただそれはごく当たり前のことなんだけど、
簡単なことではないかもしれないって思うんですよ。
みなさんテラエって映画ご存知ですか?
マザーイライザーっていうですね、
すごいAIの人類を支配するスーパーAIが、
あの発想がすでに昭和的だなと思うんだけど、
そうはならないんですけどね。
チャットGPTが世界を支配するみたいな話ですけど、
そうはならないじゃないですか。
だって強豪他者が出てくる。
なんでマザーイライザーしかいないんだよっていう話なんですよ。
でマザーイライザーに普通の人は、
普通のね、大衆は普通に相談している。
適切な助言、適切な慰め、
適度ななんだっけな、適度な励ましみたいな。
いやそれができれば素晴らしいんでしょ。
なんか悪いことしてるみたいだけど、
マザーイライザーはそんなことはないんですよ。
あれができれば素晴らしい。
適度な助言、適度な励まし、適度な慰め。
まさにそれこそが常に必要とされてるものじゃないですか。
今のAIにそれができるだろうかっていうと、
できるんじゃないかと僕は思う。
ただ、いろいろ難しいこともあります。
何よりもそういう使い方を大外の人たち、
ちょっと途切れましたね。
大外の方はですね、
どこから切れたかわかんないからしゃべりますが、
100枚のスライドを1秒で作る映画大好きなんですけど、
それは励ましも、慰めも、
助言もしてくれるのとは違うと思うんですよ。
意外に我々は最先端の使い方においては、
作業をしているので、させているのであって、
相棒に従わないんですよね。
兄弟とか。
まあ、そういうやり取りしている方は、
私はいっぱいいらっしゃると思っているんですけど、
私はその線を考えてるんです。
それが普通の相談だと思うんですね。
ただしそれはカウンセリングとは違う。
だってカウンセリングって普通の相談じゃないじゃないですか。
兄弟にする普通の会話とカウンセリングは違うんですよ。
で、そんなの友達にすればいいじゃないっていう風に、
さらっと言う方がいらっしゃる。
周りにもいる。
でもね、よく考えてほしいんですよ私は。
友情0.0がこの世の中にあるんですよ。
私友情0.0と時間管理0.0は同じだと思ってるんです。
友達0.0でもいいです。
友達がいないって話じゃないですよ。
友達ゼロ人じゃないです。
友達0.0です。
友達付き合いはしている。
しかし、そういう話はできない話がいっぱいあるっていうことですよ。