1. ライフハック時代の精神分析
  2. 「転移性恋愛」は納得しやすい..
2026-02-18 46:23

「転移性恋愛」は納得しやすい【1319】

なぜ触れてはダメなのか?
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/658790a07376b3f9361fc70f
00:05
おはようございます。ライフハック時代の精神分析、第1319回をお送りします。
7月10日…なんで7月?2月18日、水曜日、7時41分です。
あの、ついに、ようやく、完全に、元の時間帯が復旧し…復旧なのか、これは。
かつ、時間…なんかこう、日差しの感じも、最もありがちな時間に…
7時ってこういう感じよね、っていう時間にだんだんなってきて、もうちょっと違うんですけどね、あとでもう3月に入ればそんな感じになりますよね。
いやー、もうなんかこう、すっかり定番の感じになっておりますが、だから何?っていうわけじゃ何もないんですけどね。
まあ、またぼちぼちやっていこうと思っているわけですね。
で、最近はもうお知らせとかも全然なく、平穏無事に…
まあ、こういう平穏無事が良くないような気もするんですけど、平穏無事はいいんだけどね。
サービスが伸びなくなってくるのって、こういうプラ等みたいなのに入っていく感じと、僕の中では近いんですよね。
でもなんかこう、精神分析って世の中のどこでどう行われてるのかさっぱりわかんないじゃないですか。
精神分析のシンポジウムとかいったものは行われてるけど、別に精神分析どこでやってるんだろうね一体っていうぐらいじゃないですか。
ひっそりとね。それが良いんだと藤山直樹さんとかおっしゃってますけど、
それは良いんでしょうけど、だから広まる理由何もないよねっていう感じもする。
ライフハックにしても、トラ犬とかもやってましたけど、タスクカフェとか。
タスクカフェは流星を誇ったことがあまりないんですけど、
我々やっぱりいわゆるフリーランスでややうさん臭い商売をしている人間はですね、
ぶち上げるっていうのは、好きでやってるわけじゃないんですよ、はっきり言えば。
ぶち上げなきゃと思ってるんですよ。
常にイベント来ましたみたいなノリでやらないと、人なんて絶対来やしないんで。
本当にやりましたけど、開催してみたら参加者一人でびっくりです、大赤字ですってことは本当に怒るんで。
普通に本とかがベストセラーとか言われてたりした時ですらですね。
だから人なんか来ないんですよ、はっきり言って。来ないじゃないですか。来るわけないですよね。
だって僕が喋るだけですよ。僕が喋るだけで、そんなこう100人も200人も人間がですね、
なんか12時に集合だから、12時に電車乗って、お金払って、食事もして、着替えもして、女性だったらお化粧もして、来ないっすよ。
03:08
普通に考えれば。僕だったらまずいかないですよ。
元々のことがない限りに戸畑海人さんとか行きましたけど、行ったからって人生変わんないじゃないですか。
はっきり言って別にね。楽しかったなとは思いますけどね。
別にサインとか、僕はサインとかもらいに行かないですし、めんどくさくてなんで。
だからもうほんとね、人をトークで呼べる人って凄まじいわけで、無理なんでそんなことは。
だからイベントぶち上げるわけですね。
イベントもぶち上げないで、どこかの世の中でひっそり行われてることに、
お金を払ってその人と話をしに行くというのは、もうなんか大変な業務だと思うんですね。
大変な無理のある発想だと思うんです。
ですよ。
だから、ここが今日の多分本題になるんですけど、だから極端に言うと風俗化宗教になるんですよ。
私はカウンセリングの最大の敵は床屋だと思っているんですが、敵ではなくライバルね。
ほんとね、この辺のことについてすごい考えられてない気がするんですよね。
なんかカウンセラーの敵は自傷カウンセラーであるみたいな。
自傷カウンセラーなんかが敵であるうちは絶対にうまくいかないだろうなって、
僕なんかさっきも言いましたけど、人なんか来ないですからね。
有名人のトークだとしても。
有名人の1対1で4000円でやるっていうならかなり殺到するかもしれませんけど、
例えば適当に誰でも名前をあげちゃえば、今でいうと高市さんとかね。
高市さんが1時間話してくれます、4000円です。
それだったらもう捌ききれないほど人来ちゃいますけど。
普通の人が握手会とかよくわかんないですけど、
そういうもので人が呼べるかっていうとやっぱりそれは大変なことだと思うんですね。
で、それでも握手できるわけじゃないですか。
触れるっていうことですよね。
だから施術は結構いける可能性があるんですよ。
だから僕は風俗っていうもの。
風俗っていうのは多分僕は性行為をしなくても成り立つところのラインって結構あるだろうなって思うんですよね。
でも話だけってなってくると、
まあいわゆるキャバクラってありますけどね。
僕行ったことないんですけど。
あれはでもお酒が入るんですよね。
お酒を売ってるんですよね結構ね。
まあだから結局のところ物ってものが開在してくるという話なんですよね。
これは物を開在させたいんではなくて、
物はどんなものでも思考性というか依存性というか、
だから僕は紙っていうのは素晴らしいと思う。
06:01
伸びるから絶対に。
勝手に伸びてしまうというそういう依存性とかがいらないんですよね。
歯医者もやっぱり素晴らしいですよね。
歯って絶対悪くなるんで。
かえがきかないんで。
だから歯医者さんに匹敵することのできるカウンセラーさんは、
すごいんだろうなってやっぱ思うんですよね。
でもそれは定期的に心の状態が苦しくなるってこととやっぱり関係があるんですよね。
僕はそれはですね、
最近これは今の時代ではなかなか難しいんですけど、
それとブルジョア児であったことは関係があるなって思うようになってきました。
今で言えば高収入っていうのは一つ考えどころだなと。
カウンセリングを福祉か何かのように捉えている間は厳しいと思うんですよね。
それは大きな大きな間違いだと僕は思う。
金を稼ぐことによる心が病んでいくっていう事態について、
軽く考えすぎてるんですよね。
お金が稼げないから辛いだろうっていう。
それは辛いですよもちろん当然。
お金が稼げないというのはこういう物質主義の世界では辛いですが、
でもそれは物質的な苦痛になっていくはずなんですよ。
まず持って。
やっぱり僕も、僕なんかフリーランスなんで収支が安定しませんから、
お金がある時に崩す調子とお金がない時に崩す調子はやっぱり違うんですよね。
その間にある微妙なカップルカウンセリングってあるじゃないですか。
僕あれは非常にお金が解決し得る問題なんではないか。
カップルカウンセリングが本当にメンタルなんだろうかっていう。
要するにそれが難しいって考え方もあるんですけど、
僕は世のカップルカウンセリングが引き受けている部分のいくらかは、
二人でレストランに行ったらそのお金で意外と解決しちゃうかもなっていうのは
思わなくはないんですよね。
やっぱり二人で行くことができる段階ですでに何か違う気がするんですよ。
一人でしか行けないからカップルカウンセラーなんじゃないかと。
ある意味非常に言葉の矛盾なんですけど。
でも恋愛相談というものがこの世の中にありまして、
男性の場合特にそうなんですけど、
彼女ができませんをそこに持ち込むと思うんですね。
しかし彼女ができませんという相談をそもそも恋愛相談に持ち込むって
おかしな話だと思うんですよ。
二人での問題を持ち込むべきところに、
そもそも二人になってない段階での問題を持ち込むとして、
それ話を聞いてうまくいくのかなっていう問題があると思うんですよね。
だからそこで聞くべき話は僕は彼女ができませんからスタートするとしても、
結果としては僕はそれは母子問題に流れていくしかないだろうというか、
そっちの方を探していくしかなくなるんではなかろうかっていう、
09:01
僕自身がそうでしたね。
僕は結局それは母子問題ですらなかったなと今思うと、
母子問題ですらない問題ってないんですけど、
人間の最初の問題は母子関係からくるはずなんで、
人間関係ってそれが最初の人間関係なんで。
確かに母子関係だったんですけど、
僕の場合は母子関係であったことは確かだが、
母というのは、私の母は非常に至ってありきたりの人ですから、
ありきたりの人と引き起こす問題はありきたりに決まってますから、
私がやっぱり自分のことをありきたりだと思えてなかったところの問題だから、
つまりそれはナルシシズムの問題だなって思うんですね、今ではね。
話がちょっとずれ始めているんですけど、少し戻しまして、
私は今、昔ですね、結構そんな大昔じゃないけど、
ノートに書いたぐらいの昔、
ノートあんまり真面目に書いてませんからね、今ね。
ノートにレズ風俗の永田神さんの漫画を引用して、
私はあの漫画、非常に本質ついているとよく思うんですよ。
レズ風俗に行ってしまうんですよね、寂しすぎる。
非常にそれは理にかなった行動だと僕はよく思うんです。
それはつまり、自分が幼かった頃のお母さんに抱っこされたいっていう感情と、
今、成人になった時の自分の性欲とが合流してしまいましたっていう話だから、
そこに行って解きほぐせるとは思えないんだけど、
合流したまんま扱われちゃいますから。
でもそれは天意じゃないですか、要するに。
僕それ、投影っていうのはおかしいと思うんですよ。
母親をレズ風俗上に投影してるって言い方はおかしいと思うんですよね。
むしろ対抗した自分の状態と成人になった自分の状態が合流したところに、
そのなんていうのか、エナクメントって僕はこの場合正しくないと思うんですが、
しかもそれ無意識なんだけど無意識じゃないじゃないですか。
100%無意識ではないですよね。
実は永田神さん途中で書いてますよね。
母という概念に抱かれたいと。
はっきり気づいてるじゃないですか。
はっきり気づいている。
少なくとも全意識に置かれているものを無意識って言っちゃダメな気がするんですよ。
で、私はレズ風俗上の人は本音でどう思ってるかとかは分かりませんけど、
私なんかにはそういう話って全然わかんないから。
ただ、多分それは逆転意っていうべきじゃないと思うんですよ。
なぜならばレズ風俗上の人は、
多分この人は赤ちゃんプレイみたいなものを求めてるんだろうなって気づいちゃってる気がするんですよね。
気づいてるってことは、
昨日も、昨日言ったのか。
昨日言ったか分かんないですけど、
美音が言ったように逆転意は使えない。
なぜなら逆転意というのは無意識だからってことになるわけですよね。
逆転意は無意識じゃなきゃおかしいわけですよね、定義上。
そうすると、これは何なんだろうな。
12:01
定義的な状況に違いはないんだけど、
これは何なんだろうなって思うんですよね。
ただ、一つ重要な問題が抜け落ちてる気がするんですよね。
寂しすぎてレズ風俗に行きましたっていうことは、
寂しさというものすごくネガティブなものが、
この場合寂しさというのはギリギリの表現であって、
本当はもっと何かこう、
こういう言い方をすると失礼かもしれないが、悲惨なものだと思うんですよね。
寂しさというようなものよりも、
ちなみに永田神さんのお母さんを見てると、
寂しいのはわかるが、
だからといってあのお母さんがすごく子供を放置したとか、
そんなことはないように思うんですね。
ごく一般的な育て方をしたと思うんですよ。
ただし、永田さんの心的現実の中ではそうではないんですよね。
そこには何か多分やっぱり、
ここであれなんですよね、ミニコットの言う、
この場合の失敗はおかしい気がするんですね。
ホールディングの供給不良か、あるいはホールディングによる供給不全。
つまり、抱っこされたいという時に腕がないみたいな。
もちろん腕はあるんですよ。
ただそういう感じっていうものが、
なんていうのかな、
何かをうまくできなかったっていうことなんだと思うんです。
で、これはわからないんですよ。
当事者でもわからないのにまして、当事者以外の人間がわからないんですよね。
ただ、永田さんのって深刻でしたから。
なぜかというと、もうカウンセリングに行って、
そんなのいいからハグしてくれっていう、
そういう切実な悲しみが、
悲しみっていうのかな、やっぱ寂しさがあったわけですよね。
あの漫画を読む限り。
で、それって定位性恋愛ですよね。
ここで多くの人がフロイト嫌うんだなって、
私は最近わかってきたんですよね。
ハグしてほしい時に定位性恋愛ですって言われるのは、
何かこう、無駄なことをやってる感じがするんだと思う。
そうそう、そんな気がするんですね。
不毛なことをやってる気がするんだと思う。
だからユングは本当に恋愛しちゃったんですよ。
求められてくるから、強く。
もう一つ言うと、これは僕の余計なことですね。
余計なことを言うと、
フロイトよりユングの方が男として絶対魅力的だったから、
っていうことはあると思うんですね。
だから私はフロイトはやっぱり、
いろんな意味で天才だったんだなって思うんですよ。
男としての魅力が、もう一つ足りないところを含めて、
やっぱり天才的だったなと。
本当に精神分析家として、
ふさわしい人だったんだろうなって思うんです。
ユングかっこよすぎる気がするんですよね。
あれだとモテちゃうよねっていう感じが、
特にヨーロッパの上流階級の人にはモテちゃいそうだなっていう。
15:00
これやっぱり話を難しくしますよね。
よほど頑張らないとっていう部分が、
一個余計なものが増えてしまう気がするんですよね。
フロイトが早々に精神分析学会の初代会長をユングにしたのも、
やっぱり風貌の押し出しの良さですよね。
あれでスイス人と来てますからね。
スイスって男尊女卑で超有名な国じゃないですか。
国民解平だし。
やっぱりあの辺がすごく、
ユングにとってはアドバンテージないなって感じがするんですよね。
私の観点からすると。
余計なことなんですけどね。
非常にでも、
フリーだなとは思いますね。
ああいうのって。
やっぱり恋愛がそこにあれば成就するように見える。
一切の問題はそれは、
ユングと一緒にどっか行ってしまえば、
事態は解決するように見える。
精神分析ルームとかじゃなくて、
カフェで喋ればいいじゃんって感じがするわけですよ。
特に永田上さんみたいな問題は、
寂しいんだから、
カウンセラーに話を聞いてほしいんじゃなくて、
カウンセラーとデートがしたいわけじゃないですか。
なんなら夜の営みも一緒にしたいわけじゃないですか。
ここで営みって言葉が、
精神分析という営みっていうタイトルがあったわけですけど、
分析は営みじゃないよなというふうに、
永田さんは後ほど考え直すらしいんですけど、
夜のは営みだったとしてもですね、
つまりもっと能動的ではないはずだっていうふうに、
だんだんやっぱりウィニフォットに接近してる気がするんですよね。
営みという言葉すらダメなんだっていう、
あの感じがですね。
ミツバチの営みとかって言うわけですよね。
ミツバチは巣の経営とかしますからね。
動物でも営みはするっていうところで、
営みっていい言葉で、
私は自分のこの3ヶ月チャレンジは、
営みのコンサルっていうふうに本当は言いたいんですよね。
ビジネスコンサルじゃなくて、
営みコンサルって言いたい。
ここのところで精神分析よりも、
やっぱり積極的すぎるって言われると、
妥当だって思うんですよそれは。
積極的すぎて精神分析ではないっていう感じは、
私は今では持ってるんですよね。
だから寂しすぎてレズ風俗行きましたっていうのは、
すごくですね、
カウンセリングを彼女は経由してますから、
ここのところでやっぱり、
なんて言うんですかね、
失敗してるんですよね。
この失敗が精神分析じゃないから、
そんなことはましてウィニコッティアンじゃないんだから、
って言われればその通りですけど、
私はこの失敗がやっぱり取り上げられなかったのは、
なぜなんだろう。
それがどういう学科であるかによって、
わかんないんで何も書いてないんでね。
だけどカウンセリングに行ったんだから、
やっぱりそこでそんなのいいからハグしてくれっていう、
これですよね。
これが失敗なんで、
この失敗をなぜその時には、
18:01
多分持ちこたえられなかったっていうこともあるでしょうし、
取り上げられなかったのかもしれないし、
そもそもそういうことをする流派ではないと言われれば、
それまでなんですが、
それこそやっぱり転移じゃないですか。
本当に小さいコマなんだけど、
間違いなくここで転移が起きたはずなのにっていう感じって、
どこかに感じられてしまうわけですよね。
もちろん私がそうだし、
全ての転移に気づけるとか、
そんなことはないし、
まして扱えるとは限らないし、
長田さんが1回しか来なかったのかもしれないし、
そもそもそこは1回しか来ない、
そういうカウンセリングもあるんで、
ところなのかもしれないし、
それはわからないんですけれども、
どうしようもないことなんですけど、
でもよくよく考えてみると、
風俗っていうのも繰り返しいくという保証のないところですよね。
だから1回で一定の答えを出さなきゃならないですよね。
ちなみにこの風俗と類比してるのはダメなんじゃないかって言われるかもしれないですけど、
私は非常にこの辺ですね、
区別はしなきゃならないですよ、絶対に。
だって触っちゃダメなんでカウンセリングは。
でもやっぱりこのミニコットっていう人について考え始めると、
美容もそうなんだけど、
ホールディングって言っちゃってますからね。
ホールディング、コンテーニング、包み込む、抱える、支える、
まあ支えるじゃないな、抱えるだな。
抱えると言っておきながら、
物理的には手を出しませんってすごい話じゃないですか。
まさにカウンセリングじゃないですか。
だから僕はここでオーバーラップする部分、
私これがあんまり多くの人に真剣に受け取られないことを非常に残念に思うんですが、
ビジネスコンサルであるサンチャレとカウンセリングはどこに線があるのかっていうのを
ものすごく真剣に考えてる気がするんです。
ここ3年は常にそれについて考えてきてるなと。
私は一緒になって本を読むことによって一定の効果が出るはずだっていう、
まあこれは間違ってるかもしれませんよ。
セルフカウンセリング的考え方を取ってるわけですよ。
なぜセルフカウンセリングを人にノーサービス受けなきゃなんないんだって言われると、
まさにそこが考えどころなんだけど、
これについて考えることがサンチャレだぐらいに思っておりますんで、
それが解釈に変わる唯一の、しかもビジネスコンサルといった時にしかできないやり方なんだって、
つまりもっと受動的でなければできないってことになってくると、
やっぱり精神病世界に突入していくしかなくなるんで、
もちろんその世界に突入することも射程に入れたいんですけど、
ただやっぱりアセスメントできない、治療もできないっていう枠組みの中では、
ギリギリ攻められるところの反県については考えておかなきゃいけないとは思うんですよね。
何を言ってるか多分わかりにくいと思うんですよ。
ただ、例えば風俗とカウンセリングの切り分けはどこにあるのかっていうこと、
21:02
もちろん触る触らないで簡単に区別はついちゃうんですけれども、
でも心が癒されちゃうわけじゃないですか。
簡単にコメントいただいたんですよ。レイズ風俗のやつでですね。
風俗に行ってこういう問題を解決するんじゃなくて、やっぱりカウンセリングしないとダメだよねっていう。
それはその通りなんですけど、私はこのコメント見たとき、
やっぱりこの問題については人は真剣に考えてはくれないなっていうことについて、
残念に思ったんですよね。僕としてはね。
非常にこの件を逆に捉えられてしまう。
そうじゃなくてすごい近いところに来ちゃうんだっていうことの方が問題で、
区別することが簡単であるっていう観点を取るのは避けたいわけですよ。
これは独立っていう問題とやっぱりすごい関係が、自立って言った方がいいんですかね。
自立というのはやっぱり、接触障害以来、ヒステリーもそうですけど、
精神分析の中核的な問題だと思うんですね。
私は母子一体という、母子一体ではないにせよ、
記憶の中に母親対象がはっきりあるという段階、
さらにその前は人間は存在すらしておらず生きてるんですよ、赤ちゃんは。
Going on beingは主体がなく、ただ環境としての母親とそこの中で息づいている存在、
子宮内の赤ちゃんみたいなことを考えればいいわけですが、
人間の心の中核には主体というものが一人きりでは存在しない以上、
自立する時に一人で自立するっていう場合、
メンタルではないはずなんですよね、そこで自立してるのは。
あくまでも身体のことを言ってるんだと思うんですよ。
身体は一人でやっていけるかもしれないが、
メンタルは一人ではやってないんですよね。
一人でやっていける人がいたとしてもですね。
私は無理だというのが自分の結論なんですよ。
このことが無理だと母と私というのが中核にあり、
私だけを心の中に想定してかかると、
私はアトピーになってしまうんですね。
これを直した時に、直ったんですが、
直った時に母子一体であるんだ、
その母が好きとか嫌いは関係ないんだっていうことがわかったわけですね。
これを母の愛情みたいに言っちゃいがちなんですけど、
それは射程を長くすればそうだと思います。
しかし私は射程を今短く短く考えているので、
母が愛とかではなく、
怒りだろうと、母の攻撃だろうと、
母に対する依存だろうと、そんなことは関係なくて、
問題なのは中核の記憶から母を消してしまったら、
私も消えてしまうということ。
それが問題なんですよ。
問題というか、それが怖ってことなんだと思うんですね。
だから寂しくて風俗に行っても、
問題はどうしても解決はし得ないと私は思うんですけれども、
24:00
でも寂しくて行くという行動は合理的なんだと思うんですね。
結果としては、それでは最終問題は解決しないかもしれないが、
でもそこに行くのは自然であろうと思うんですよ。
同じことがカウンセリングにも言えるわけで、
そうするとやっぱり両者はオーバーラップしているわけで、
どこがオーバーラップしているかが大事であって、
どこで切り分けるかは、違いがあるのはもう明快じゃないですか。
問題なのはなぜ違うのかをはっきり言えるようになろうよということ。
それを言えるようになったときに、
カウンセリングとは何をやっているのかが、
少しは言えるようになっているんじゃなかろうかって思うんですよね。
ハグしてくれって言ってる人が、ハグはしてもらえない。
なんだけれども、それによって問題が解決すると言うんであれば、
どうしてなのかが言えなきゃダメだと、
ハグをしてくれるサービスはあるわけなんですから。
これをさらにややこしくするのが壺押しですよ、僕が思うに。
壺押しは重要なライバルだと思うんですけどね。
だっていわゆるトラウマにおけるタッピング療法、TFTとか言うんでしたっけね。
あとアイムーブメント。
いずれも身体接触や身体の駆動みたいなものを目指していくわけじゃないですか。
心の病に対して。
一方で整体とか行くとわかるんですけど、
心が癒されるじゃないですか。
気持ちよくなったわって言って、
何が良くなったのかわかんないわけですよ。
あれ医療行為じゃないですからね。
壺押しマッサージとかやってもらって、
肩こりがなくなってすごく気持ちよくなったって言ってんだけども、
でもそれは身体的に何かが治ったというよりは、
心の問題だったりするわけですよね。
しばしばね。
そうなってきた時にタッピングと壺押しは、
何にどう効いてどう違うのかっていうことが、
風俗の問題とはまた別に、
かなりシリアスな問題としてそこにあるはずなんですよね。
私はこの切り分けについて真剣に考えることは、
めちゃくちゃカウンセリングにとっては重要だと。
一般的にそう思われてないかもしれないけど、
私は絶対そうだと思うんで。
ここについて常に考えるだけは考えてる。
ただ私は壺押しについては何も知らないし、
これについて勉強する余裕はもはやないので、
ミニコットを読むわけですよ。
できれば原著を読みたいと今は思ってるわけですね。
ビヨンとミニコットは、クラインもですけど、
フロイトは一応原著はほぼ読んでるとは思うんで、
日本語でですよ。
ドイツ語で読む気はないです。
英語で読む気もあんまりない。
日本語はいろいろ問題があるとはいえ、
やっぱり早いですからね、理解が。
もともとの言葉が例えば
ワーキングスルーは徹底操作に訳されてるとかは、
知っとけばいい話であって、
そういうのはいっぱいあるんだけど、
いっぱい知っとけばいい話であって、
だからナルシシズムはナルキッソス症だっていうのも、
山崎孝明さんもおっしゃってましたけど、
ちなみに山崎孝明さんがその、
まあいいや。
だからですね、
27:00
この風俗というのは触れるという問題、
で、触れちゃダメだという問題。
触れないのにホールディングとかコンテーニングができるんだという話。
で、問題として扱ってるのは失敗の方なんですよ、つまり。
だから触れないでもいいんですよ、ある意味では。
成功しちゃいけないってことなんですよ。
セックスじゃないですよ。サクセスです。
サクセスしてはいけないんだと思うんですね。
サクセスするからユングになってしまうわけですよ。
で、それでいいと思うからみんなフロイトが嫌いなんですよ。
まどろっこしいし意味不明だし、
気持ち悪いことばっかり言ってるし、
ここがすごい大事なんですよ。
気持ち悪いことを言うのはダメだが、
真に愛し合った人たちがセックスするのはいいことなんですよ。
と私たちは思いたがってるんですよ。
多分。
だからフロイトのようなのが一番嫌がられるんですよね。
セックスもしないのに嫌らしいことだけはいっぱい言うっていう風に受け止められるんですよ。
そしてそれはとても無駄なことだって感じがするんですよ。
これがとても無駄なことだという風に思われている間は、
これをやる意味って多分ものすごく乏しいだろうと。
しかし、おそらく切実になればなるほど、
これはとても無駄なことだっていう感じを与えるはずなんですよね。
つまり、一番精神分析に向いている人は、
常にそこで精神分析を徹底的に批判しているっていう事態が、
まさにビオンのところで起きてるわけですよ。
聞くに耐えないっていう状態に、
あのビオンが聞くに耐えない、
今すぐここから出て行きたくなるっていう、
大抵の人は耐えられない感じがちょっとあるんですよね。
でも私はそれじゃ全然ダメだと思うんですよ。
クライアントさんはもっともっとずっと苦しいはずなんだから、
やっぱりカウンセリングやる人は、
いやもうそんな自分に対する、
自分の罪悪感をとことん刺激するような悪行憎患と、
しかもそれが人に聞かれると、
お前何やってんだってことで、
精神分析のスーパーバイザーとか上司みたいな人から、
ガリガリ批判されると、
あの細澤ひとしさん、細澤じんさんか、
帰りの電車でいつも藤山直樹を殺してやりたいと思った、
みたいなこと書いてましたけど、
本当にそれぐらい攻め立てられると思うんですよね。
だから、でもそんなのヘッチャラなはずなんですよ。
だってクライアントさんは、
それを事例って生きてるわけじゃないですか。
そのスーパー街立の所詮は、
もう誰もが自分たちでは分かっている通りの、
格好の話なんですよ。
嫌なら辞めれば済む話なんですよ。
病気ってのは嫌でも辞められないんでね。
アトピーってそうだったんですよ、私。
これがやっぱなんといったってあれだよなんて、
嫌でも辞められないんですよ。
嫌ならもう辞命じゃないですか。
だから、転移性恋愛ってすごい分かりやすいのが、
謎だって僕はやってる。
ここからスタートしなきゃやっぱダメかもなっていうのは、
最近すごく考えるんですね。
転移性恋愛、つまり、
30:01
ユン君みたいに格好いい男のカウンセラーが、
貴婦人の悩みをコンコンと、
うちの夫がもう浮気をずっとしていて、
もう食事もどうどう通りませんってことになって、
来ると。
で、ここを陽性転移でスタートする。
当たり前ですよね。
必ずしも当たり前じゃないのかもしれないと、
最近思ってるんですよね。
学校の先生の中には、
逆のテクニックを使う人っていっぱいいますもんね。
生徒を最初にビシビシと脅しておいて、
陰性転移ですよね、あれはね。
陰性転移でスタートする。
ただ、私なんかはありきたりの人間なんで、
やっぱり陽性転移でスタートしちゃうわけですよ。
で、ここからすでにボタンの掛け違いが始まってるわけですよね。
昨日そういう話をグループセッションでさせてもらったんですけど、
どう考えたって陽性転移で始めるのが普通だと思うんですよ。
どうしましたかと。
なるべく穏やかに、なるべく丁寧に、
なるべく普通の人として、
できればよりベターな人として接する。
しかし、しかしですね。
例えばヨングがそうやって優しく接すると、
たちまち問題の解決に向かってしまいますよね。
さっきのあの、そんなのいいからハグしてくれの世界にすぐ入っちゃいますよね。
陽性転移だと転移性恋愛が即実行される恐れが出てきますよね。最初から。
これが僕は謎だと思ってたんですよ。考えてみると。
人々は転移って言っても理解しないのに、私もそうですが、
転移性恋愛って言うとすぐ理解できちゃうんですよね。
なんでなんだろうなって思うんですよ。
なぜなのか。ヨングのところに綺麗な女の人がいて、セックスしちゃいました。
ああ、そうか。なるほどね。それはダメなことだけど、そういうこと起きるよねってなるじゃないですか。
これ、どう考えても転移性恋愛って一瞬で理解されてるってことですよね。
あの、永田神さんのやつだって、みんながみんなじゃないでしょうけど、
すごい優しそうな女の人が現れて、上手い感じでハグしてくれたら、
永田さんは素晴らしい体験だったんできっと思うでしょう。
これも陽性転移による転移性恋愛だと思うんです。
で、私はそれではダメだと思うけど、なんでそれでダメなのかについて答えるのは難しく。
で、そういうことって起きるよね。だって密室だもんっていうふうに言われると。
しかもそれが民間の療法ですってことになると、
じゃあそれといわゆる風俗はどう違うんですかって。
僕はこれは答えられないと思うんですよね。
でも答えなきゃいけない気がするんですよ。
で、なんでこれについて人々は真剣に考えないのかということを考えているわけですね。
誰もこれについて真面目に考えている気がしないなという。
タッピングと中国の壺押しはどう違うのか。
しかも中国の壺押しはメンタルにも効くような雰囲気でいるから。
そしてそれらとカウンセリングは何が違うのか。
なぜタッピングはしてよく壺押しをしてはカウンセラーはダメなのか。
なぜなんですかね。
僕これ納得のいく説明一度も読んだほどがないですよね。
結構大量に読んでますからね。この種のものは。
33:00
一回もないですね。まだ納得のいくものは。
脳がとかは話にならないと思うんですよ。
なぜ壺は脳に機能していないって言い切れるのか。
絶対僕は壺だって脳に何らかの信号を送っていると思いますからね。
それが効いているかどうかは知りませんけど。
だから壺だろうとお球だろうと張り球だろうと。
それは脳にだって信号が行っているに決まっているじゃないですか。
それで眠れるようになりました。
というのと睡眠導入剤で眠れるようになりました。
なぜ違うのかと。
全く同じ基礎である可能性は規定できないと思うんですよ。
科学的にですよ。
こういう風になってみたときに、もちろん全部違うんですよ。
壺とタッピングは違うはずだし、タッピングと触れることは違うし、
したがって風俗とカウンセリングは違いますが、
なぜなのかというのは、
なぜそれがメンタルに効くけど、
それでは治療とは言えないと言えるのかと。
例えば精神分析であればそれが言えるのかと。
精神分析は一番その辺のことについて、
実はうるさく細かくしつこく追求してるんで、
だから僕は一番これしか信用ならないと思っているわけなんだけれども、
奇跡が起きないからね、あれはね。
一番そのギリギリの線で来てるのが
陰性治療反応っていうやつで、
私はしかしそれは陰性治療反応っていうのは
すごい重要な概念だと思いますが、
やっぱり陰性転移というところでまとめた方が
包括的な概念だと言えるのではないだろうかという、
包括的だとわかりにくくなっちゃうんですけどね。
でも陰性転移がないとなってしまうと、
やっぱり陽性転移一変等で行ってしまうと、
できればそうしたいんですよ、カウンセラーはみんな。
そりゃクライアントさんとの関係がものすごくこじれましたって、
それを喜ぶ人は誰もいないんですよ。
しかし、話がここでさっきの
誰も好きで病気になってる人はいないんですよ。
だから、やめられるものならやめたいと思ってるわけじゃないですか。
陰性転移ってまさにそういう状態なんですよね。
やめられるものなら、このクライアントとこのカウンセリングの
この関係はもう解消したいって思うはずなんですよ。
ここに至って、確かにその人の苦しみというものが
カウンセラーは理解しつつあるわけじゃないですか。
陽性転移やってる限りは理解しつつはないわけじゃないですか。
で、もちろん流派があって様々なんで
もっと解決志向なんだって言われれば、それまでなんですよ。
それを言えばでもユングの解決策ではなぜいけなかったのかっていうことに
人倫だけの問題なのかそれはっていう
それは結局のところ、モラルの話にゃのっていう話になっちゃうわけですよ。
モラルの話なんですけど、ある意味では。
だからその綺麗な女の人が夫が毎晩どっか行っちゃうんですと言って泣いてますと。
36:02
で、ユングが非常に優しくそれを聞いてますと。
そのうちいい仲になっちゃいました。
で、問題は解決した気がするわけですよ。
ここが大事ですよ。
モラルはハザードされてるかもしれないがそれでは
問題は解決されてるかもしれない。
なぜ問題が解決されていてそれでダメなんだと
モラルの話を一旦外に置くとすればね。
それでいいじゃんと。
で、現に今の時代というか昔からそうですが
問題が解決することが大事なんだよっていうスタンス
それを言うならば短期の方がいいに決まってますし
短期力動がありますね。
で、例えばタバコを吸うとかお酒を飲むとかも
それをやめるということが問題の解決ですよね。
だから永田さんはもしかするとハグされれば
それで納得したのかもしれないですし
ツボを押されて肩こりが取れれば
心の癒しにもなるのかもしれないんですよ。
しかしダメだと言うならば
どうしてなのかっていう話になると思うんですよね。
で、私はビジネスコンサル言ってるんで
問題解決志向じゃないのかお前はっていうと
違うんですよ、さんちゃればっていうことになるわけですよ。
問題は解決できないという気はなくて
できると思ったらその話に持ってくるんだけど
でもこれまでですね
まさにこれこそ問題解決的な話だ
だからそれを持ってこられたからその話をしようっていうので
これはなんか自分で自分の営業をもがいしてるような気になってきた。
でもそれでまあまあ良かったなと思えたのは
だいたい全体の1割ぐらいなんですよね。
なかったわけじゃないです。
資金繰りの話に終始するっていう話をしたこともなくはなかったです。
しかしつまりそれはほとんどメンタルの話はしてないってことですね。
でもメンタルの話は冒頭いきなりボンと出て
それがある程度そういうことね、なるほどねっていうところからは
ほとんど資金繰りの話をしてましたってことはあって
しかもそれは僕は資金繰りなんて全然ダメそうなんだけど
一定の落とし所に落とせました。
ただし3ヶ月で終わりましたけどね。
でこの種のことになってきて
まあいいんですけどいいんですけど
ていうかいいですよ。
要請転移に終わるしねこれなら。
つまり問題解決志向と要請転移ってすごい深い関係にあるんですよ。
私はあれを後から検討してみると
あえて精神分析的に考えると
あああれは要請転移だったんだって考えれば
こと足りるなって思ったんですよ。
そしてやっぱり事後性だなと。
やってる当時はこれはビジネスコンサルだから
メンタルのことに深入りしなくても良いという
そういう例があってもいいよねと
僕は原理主義的なところがあるんで
何でも一応言葉で説明できるようにしておかないと
落ち着かないですね。
でもまあ相手の方がそれを求めていて
自分は一定の程度求めに応じていて
39:00
他の人の方がいいんじゃないかってなったにせよ
比較的安いですからねそういう意味では。
ファイナンシャルプランナーとか
あの実業的な話になってくると実は高いんで
上手くいくならそれでいいじゃないですか
とだけ思ってたんですよ。
やってる時は確かに。
でも後から考えてみると
あああれは要請転移だったんだな
っていうことが分かるんですよね。
結局無意識ってすごいっていうことなんですよ。
やってる時は無意識の話なんか
一切ここには出てきてないんだと思ったんだけど
終わってみればほぼほぼ無意識の
開罪化にあったと考えていいようにも思える話だったんですね。
でもそんなに幸せな事例はほとんどなくて
やっぱり陰性治療観音というべきなのか
陰性転移と言いたいところですが
起きるに決まってるわけですよ。
だってユングはあそこでもしデートに応じない
相手との交際にも応じないってなったら
絶対にあのヒステリーの問題は事実上
事実上っていうのかな
脱価値化が猛烈に起き
ユングは全然役に立たないっていうことにされるはず
ここで陰性転移が起きるはず
なぜならば相手の人は悩んできてるのであって
不安を持ってるからであって
ミニコット流に言うと解体の不安にすら
近づく可能性が十分あるわけですよね。
自分がずっと幼い時
最早期においてホールディングされませんでしたと
ホールディングしたのはなんか上流階級ですからね
お手伝いさんだったんですけど
そのお手伝いさんはなんか66
抱っこしようという機能もない人でした
っていうことはあり得ることなわけじゃないですか
それがつまり陽性転移から転移性恋愛に
簡単に展開してしまって
ヒステリー反応というものを
わかんないんですよ結局そんなことは
わかるわけじゃない
これを全部ただ私は
ありきたりな物語を今
適当に口喋ってるに過ぎないんで
ただそれはホールディングの失敗っていう概念を
ここで提案していくことに比べると
恋愛という形で解決するのは
しばしばセックスで解決しちゃうのは
解決としては一時した感じがするんだろうけど
結局強烈な不安というのは
その後もう絶対に展開されますよね
それは展開されますよね
だって結局それは
いわゆる愛人関係なわけだから
ユングはいつ心変わりするんだろう
っていうことに今度はなりますよね
しかもユングは他の女の人たちの患者さんもいる
っていう話がそこにはありますよね
しかも奥様までいるって話もそこにありますよね
こうして同じ事態が展開してますよね
つまり他の人たちと自分を比較するっていう
ヒステリーにはありがちな三角関係が
三角も四角も五角もありますよね
その場合自分の中にある
つまりあれですよ
やりたくてやってるわけじゃないわけですよ
嫉妬なんてまさにそうですよね
42:00
したくてするものではないですよね
やめられないっていうことが問題なわけですよね
それがそのまんま
それが治療関係が終わってしまって
恋愛関係になっちゃったら
やめられないものをやめるっていうことは
恋愛をやめるってことになりますよね
だからこの問題は最初に戻るはずなんですよね
つまり反復されてますよね
そうして他のカウンセリングに行かないといけないんですよ
そこまで反復されていますよね
こういう形をとってしまえば
だから陰性値陰性転移は絶対に欠かせないことに
この場合やっぱなるわけですよね
陰性転移がそこに出現するということは
出現するということを
最初に陽性転移をかぶせてしまうということは
つまり恐れてるってことじゃないですか
陰性転移そのものを
どっちがなのかは知りませんが
でも普通に考えればそうじゃないですか
小学生で怖い先生って言われる人に
クラス外で当たりたい子っていないじゃないですか
少なくとも私はそんな怖い先生とか超嫌だったんで
怖い先生のやってることって今思うと
非常にテクニカルな陰性転移だと思うんですよ
なんかねいたんですよ
私も運悪く当たったことがあるのに
なんか殴る蹴るの暴行
殴る蹴るの指導って昔グッドワイプスで
倉園圭佐さんが書いていて
私大笑いしたんですけど
いるんですよね確かに昭和の時代には
殴る蹴るの指導っていうものしかしない人
何かっていうといきなり蹴るんですよその先生は
僕蹴られたことはないんですけど
マジで蹴るんですよどうなるとかがないんですよ
怒るも注意するもないいきなり蹴るんですよ
これが陰性転移なんですよ結局は
めっちゃビビるじゃないですか当然子供ですから
小学校3,4年生とかですからね
子供飛んで飛んだ子がドアに撃突して
ドア外れてバターンとかになって
ちょっとした騒ぎになったことがあったんですよ
それはちょっと教育委員会のほうまで上がって
その先生結局3年で飛ばされちゃうんですけど
そういうことがあったんですけど
陰性転移っていうよりはテクニックっていうよりは
抑えがただ効かなかっただけなのかもしれないけど
陰性転移状況はそこには完全に再現されますよ
要するに悪いお父さんとして
その先生をみんなが扱うようになります
そうすると何が起きるかというとめちゃくちゃクラスだと
簡単に統制されるようにはなります
死因としてますそのクラスは私のクラスがそうだった
私のクラスってビクビクしてただけの子供でしたけどね
そういうことになるわけです
ただ私はその先生に好かれてたわけですよ
もちろんその先生は私に優しくしてくれるとかはないんだけど
好かれてはいたわけですよ
だって蹴られなかったから
つまり蹴られてる子って決まってるわけですよね
全ての子は自分が蹴られることを恐れてるし
イメージしてるんだけど
その先生は女の子は蹴ってないですけどね
女の子もみんなとても静かになっちゃうわけですけれども
つまり陰性転移がずっと起きてるわけですけど
子供は不安でいっぱいなわけですよね
私も不安でいっぱいでした
45:00
不安でいっぱいだというのがこの場合まさに正しいわけですよ
一見したところ優しい先生という
少なくとも普通の先生のところに行ったって
子供は結局みんな不安なわけじゃないですか
それによってさまざまな動きを見せますよね
子供らしい動きを
人によってはその先生を不安から試すわけですよね
この先生はどのぐらいからかっても本気では起こらないんだろうとか
いろいろ試すわけですよね
それはつまり本当の顔とかいうやつを子供心なりに
みんな意識してるわけじゃないですか
本当の顔になるものはないんですけど
だってその先生の蹴ってばかり言うのが真の姿だとは
子供は実は誰も思ってなかったわけですよ
あの先生は実際頭の回る子とか
そういうややおませさんな子は言ってましたもん
あの先生奥さんとかも蹴るのかなって
蹴るわけがないよねって子供は思ってるわけですよ
つまりプライベートで本音の顔が
あのまんまだとは思ってないわけですよね
本質が出るという時に全てそれがネガティブであるって
考えるのは一つの強い
それこそ天意というか投影であって
実際には本質的なものというものは
なんだか本人もよくわかってないはずなんですよ
だからあれは私は大変テクニカルにも見えてたわけです
ビクビクもしてましたけどね
46:23

コメント

スクロール