今日は2人で何の話をしたらいいでしょうかね。
そうですね。
ちょっとゆくゆくは中身的な話もしていこうと思ってるんですけども、
その前に思ったこととして、今大変盛況と言いますか、
はい、非常にお陰様で、これはほとんど100%新井さんのお陰なんですが、
全くそんなことはないです。
すごい良かったなって思いましたね。
いや、ちょっとびっくりしておりますところですね。
僕としては非常にこんなに違うものなんだぐらいな感じを抱いて、
あと10日ある状況で、すでに会場は残り1名という、
もう会場変えられないんでね、ここはもうあと1名様で押していくしかないんですけれどもね。
これ聞いて埋まるんじゃないかと僕は思っておりますが。
動画枠みたいなのっていうのは上限あるんですか?
一応形式上上限設けないっていう選択ができないから設けてはおりますが、
別に動画枠とかは1000とかにしても全然大丈夫なんで、
動画枠およびオンライン枠は上限は設けません。
実質的には設けません。
いっぱいになったら増やしますんで問題ないですね。
さすがにいっぱいはならないなって感じはしてますけどね。
なんか私この回がすごい面白いなって思うのは、
いわゆる精神分析の話のすごくガチなバージョンと言いますか、
世の中に動画が出てたり本が出てたりしてると思うんですけども、
それはこういうセミナーサイズになって、
一般の人も大変ウェルカムな感じで開催されるって結構レアなんじゃないかと思いまして。
そうですね、そうかもしれない。
少なくともよく見かけるものではないですね。
探し込まないと多分ヒットしないでしょうね。
それはそういうふうに思いますね。
ヒットするとしてもね。
私のポッドキャストを聞き始めた時も、
やっぱり他に全然聞いたこともなかったんですよ。
精神分析をやってる方っていうのが。
それこそ分析家の方とかはそんなにやってないですよね。
そんなにやってないですね。そもそも多くないですしね。
あと精神分析の人はそもそも多くないだけでなく、
最近年齢が僕よりは下かもしれないけど結構僕付近にあって、
ポッドキャストを配信しようという発想はあんまり持ってらっしゃらないかもしれないというのがありますね。
あとはあまりにも精神分析家って本業としてやられてる方が少なすぎて、
多分めちゃくちゃ忙しい可能性があって、
こんなことを無料でやってるという気にならないと思うんですよね。
そんな暇あったら寝てたいぐらいなノリだと思わなくはないですね。
それが正崎さんのポッドキャストをどんどん聞いていくっていうのも一つの手だとは思いますけど、
こうして3時間のパッケージになってるってなると、
来てもらったらいいんじゃないかなと思いますよね。
ぜひそれはぜひ聞いていただけると、
世の中にはこんな世界もあるんだというふうに思っていただけるかもしれない。
僕ちょっとその第1回、前回の佐々木さんのゲストに呼んでいただいた時の流れでしゃべっちゃったんで、
自己紹介的なことをすっかり忘れていたんですけど。
差し支えのない範囲でお願いします。
今日もですね、当日も佐々木さんのポッドキャストリスナーの代表であり、
代表として参加したいということと、
あとそれから自分自身もですね、精神分析的心理療法というのを、
週4とか週5じゃなくて、週1のやつを2年ほど受けていますので、
そういう体験者として何か専門家の山崎さんがいて、
佐々木さんは専門家?
でも僕からすると専門家なんですよね。
いやいや、専門じゃないから。
難しい。
それを来た人寄りの視点で聞いていくみたいなことができたらと思っています。
それはもう、そういう方法というのか、そういうアプローチがそもそもなかなか難しいので、
そもそもだってですね、精神分析的心理療法と今この名称も非常に曰くつきな名称ではあるけれども、
これを受けている人だって、もちろん精神分析を受けている人に比べればだいぶ多いんですけど、
そうは言っても多くはないでしょうからね。
山崎さんも精神分析的心理療法科でもいらっしゃるんですけど、
あえてこの名称を語らなければならないというようなことだって、
世の中にはあまり知られていることじゃないだろうなとは思いますし、
そういう意味ではなかなかレアな回なんですよね、この回はね。
精神分析的心理療法科と、それを受けていらっしゃる方と、
精神分析に過剰にのめり込んでいる人間で、
それはビジネス著作家をやってもいいという、
そういうノリで、そういう手入れですね、やる回。
で、何を喋ったらいいのかってことですよね。
ちなみに僕は山崎さんの分析を受けているわけではないということですね。
そうですね。
何を聞いていきましょうかね。
これを聞きに来る方は、ある程度カウンセリング全般の話を聞きたいとかですね、
認知行動療法の話をがっつり聞きたいっていうよりかは、
なんかもういつもの精神分析の話が始まるのかなっていう感じで来るんじゃないかと思ってるんですけどね。
まあ、僕多分なんですけど、
私はもちろん認知行動療法は全然、今のも特に、
2000何年以降かな、第三世代とか言われることもあったり、
ACTと言われることもあったりする、あの辺も全然わからない世界だし、
それについて突っ込んで話をするとは無理だし、
今のお話からして新井さんも、
興味の中心がそこにはないってことは確かだと思うんですよね。
山崎さんも、なるべく幅広くっていう活動をされていらっしゃる、
そこもちょっとレアなんですけど、
でもご自身は間違いなく精神分析、精神力道の、
そういう方面の人ですし、
実際、支持されている藤山直樹さんは精神分析家でいらっしゃいますからね。
だから精神分析に大いによるというか、
ほぼその話しか出ないと言っても、
言い過ぎではないぐらいの、そういうセミナーにはなると思います。
セミナーなのか、それっていうのはありますけどね。
今日か昨日か最近のポッドキャストで、
精神分析の話を自分ごととして読んでなかったみたいな話があったじゃないですか。
あれ不思議だったんだけど、確かにそうだったなって、
後から思うと確実にそうだったなって。
なんかこれってすごい起きてる気がしまして、
もちろんですね、そういう専門書的なものに関してもあると思うんですけど、
もっと言うと、私たちって高校の倫理の授業で、
フロイトが無意識読みつくみたいな、
ジガー、超ジガーみたいな、
ヨングガーっていう話出てくるじゃないですか。
で、例えばですけど、インターネットとかで調べると、
抑圧とか出てきたりするじゃないですか。
っていう理論のようなものと、
実際の精神分析、あるいは的心理療法の中で起きてるものと、
なんて言うんですかね、
どういうことを期待して精神分析が好きになっていくのかみたいなのが、
それぞれみんなずれてるような気がするんですよ。
みんな一体どうなのかが想像もつかないっていうのが本当のところですね。
精神分析って言葉と、今出たフロイトとヨングという名前を知らない人って、
ほぼいないと思うんですよ。
人文系の大卒出ていて、
いやフロイトって聞いたことないですって、
多分ほとんど皆無に近いんじゃないかと思うんですよね。
一方で、そんなに有名だけどフロイトって、さっき倫理っておっしゃってましたけど、
フロイトがちゃんと出てくる科目って何なんだって考えると、
心理学には出てくる気はするんですけど、
いやまあでもどうなんだろうなっていう感じになっちゃう。
このビッグネームぶりとその実体の知られてなさと、
実体を知るにはそもそもどうしたらいいのかといった話と、
もうなんかこう、
なんつうんですかね、
この辺のところをなんとなく漠然と山崎さんに、
過去2回のイベントでも聞いてみたんだけど、
いまいちなんかこう、噛み合ったところに行かないんですよね、そもそも話がね。
ただこれだけは言えると僕は思ってるんですけど、
多くの人、どのくらいとかは分からないですけど、
少なからの人は精神分析というものをそもそも心理カウンセリングだと思ってないだろうなっていう気すらします。
絶対そう。
精神分析って心理カウンセリングなんですけれども、
それ以外の何者でもないんだけど、
多分精神分析ってなんかこう、
なんだというふうに思われてる気がしないですね。
僕、その、なんて言うんですか、
友達とか、
友達には一人言ってるんですけど、
同僚とかには言ってないんですよ。
別に今メンタルがすごく辛いとか仕事休んでるとかではないんで、
普通に仕事行ってるんで、
ここで精神分析受けてるみたいなことを言うと、
なんて言うんですかね、
心の人間ドッグ受けてるみたいな、
あるいはその、
あらい君精神病なの?みたいな、
全くあらぬ方向に話をするので、
でもかといってそれを、
いやいやこういうものがありましてって言うと、
なんか今度はすっぴ系として認定されそうな気もして、
そうなんですよね。
非常に肩身が狭いんですよね。
肩身が狭いというか、
精神分析ってなんだと思われてるのかがそもそも、
そもそもさっきのあらいさんの話と同じですけど、
想像がつきにくいんだよねっていう、
だからあれ、
まず精神病の人が受けに行くって発想が、
今のようになるんですけど、
でも一方で精神病の人って精神科に行くじゃないですか。
これも多分日本では、
もしかすると結構曖昧に認識されてるかもですけど、
精神科と精神分析って、
はっきり言って全然違うじゃないですか。
全く異なる、
精神分析やる人は医者じゃないですしね。
じゃあ一体あれは何をやってるんだっていうか、
そもそもそこはどこにあるんだみたいな、
そういう、それこそスピ系、
だから一本は違うと知る人ぞ知る、
ある種の占いの世界みたいな、
それとも全く違うんだけど、
これは何度も何度も話題にしてるんですけど、どうしてなんですかね。
これは難しい問いですよね。
これっていかにでも言うことはできると思うんですよ、本当に。
例えばですね、
佐々木さんには全然響かないけど、聞いてる人には響くのかなっていう話で言いますと、
やっぱり僕は精神分析受けてから収入は上がってますね。
なるほど。
でもそれは響く響かないは別として大変面白いなと思いました。
なるほどね。
でもこれは別に収入上げるために受けてるわけじゃないですよ。
これは今、何ていうか、わざと悪い人みたいに言ってるだけ。
そんな風にも聞こえなかったけど。
例えばですけど、僕は精神分析受けるようになってから、
寝る薬飲んでるんですよね、睡眠導入剤というものですけど、
飲む量はやっぱりすごく減りましたね。
すごいよな、本当にそれは何て言うんだろう。
何度聞いても、僕の中でまだなぜなのかはわからないままなんですよね。
そういうことは起こりうるとはもう、
ほぼ100%起こりうるだろうなとは思うんですよ。
でもなぜなのかって考えると、なぜなのかは相変らずよくわかってない。
またそれも新井さんと同じで、以下用にも言えるんですけど、
ただ言ってるだけみたいになっちゃうと言いますかね。
そうなんですよね。
例えば頭痛薬も、3年、2年くらい前までは年間に360回くらいは飲んでたんですけど、
ほとんど毎日ですね。
ほとんど毎日飲んでましたね。
けど、もう今、ほんと飲んでないんですね。
すごいよな。それも分析受けて以来?
でもね、これやっぱりわからないですよね。
何が原因なのかって本当に。
だって別に、確かに眠れないっていう話とか、頭痛いっていう話とか、
例えばですけど、自分の怒りっていうものをテーマにする回もあるんで、
それらが効いたのかもしれないとか、
仕事の人間関係を話すこともあるんで、それが効いたのかもしれないとか、
言いようはいくらでもあるんですけど。
想像するにそれらに対する何らかの、
的確な何かが答えられたことはおそらくないですよね。
ないですね。難しいですよね、非常に。
ただやっぱり一つ言えるのは、僕もともとライブハック大好きみたいな存在だったんで、
まずカウンセリングそのものにすごい懐疑的だったんですよ。
当然そうですよね。
自分の気持ちを何か話したり、あるいは分かってもらったりすることによって、
状況は改善してないわけだから、
その時間を使って状況を改善させるべきでは、みたいな思考だったんですよね。
それはもう至って現代的にはむしろ適切だと思いますよね。
そうですよね。
やっぱりこれは自分の業界のせいかもわからないんですけども、
IT業界にいるんですが、仕組みで解決みたいなのがすごい好きなんですよ、私の周りの人って。
じゃなきゃそこにいられない気もしますね。
ですけど、やっぱり精神分析の中では全くそうじゃない考え方をずっとするんで、
なんて言ったらいいんですかね。
これもやっぱり予想行きの言葉になっちゃうんですけど、
普段使わない考え方の筋肉のようなものが鍛えられるという感じはします。
難しいですね、それ。
そうですね。少なくとも仕組みはないし、仕組みがないってわけじゃないんだけど、
仕組みで解決はしない。そもそも解決はしないですもんね、あれはね。
そういう意味ですと佐々木さんも、
佐々木さんの3カ月チャレンジの中で、分析をしているわけではないけど、積極的に参照してるじゃないですか。
基本姿勢として積極的に参照するということだけですからね。
そこはやっぱり多分、僕と同じで違う角度からだけど、
精神分析的なものに何か効果のようなものを感じてるってことなんですかね。
いやもうそれは、これ以上効果を感じるものは実質ほぼないという時ぐらいなので、
僕にしてみるとですよね、僕にしてみると。
僕はだって結局、30年来苦しんだアトピーは、
直接治る契機にはどちらかというといわゆる自己啓発で、倉園圭造さんとお話しする中で、
割とそれは怪しさいっぱいになってしまいますけど、ピタリと治った。口でして。
このピタリと治ったが癖もので、怖くなるんで、また治るんじゃないのかって思いますよね。
こういう治り方だった。だから私は、なぜ治ったのかを知りたかったんですよね。
倉園さんのグッドバイブスというような自己啓発では治ったんだけど、
私はそこで不安に駆られるようになって、なぜ治ったのかを教えてくれたのは、僕からすると精神分析なんですよね。
何も教えちゃくないんだけどね。
でも僕が自分で一番納得のいくことが書いてあったのは、分析の本の中なんですよね。
そういうものですね。僕にとって精神分析という。
あとやっぱり妻との関係も、これやっぱりアトピーに比べると一筋縄ではいかなくて、
阿良さんさっき喧嘩されたっておっしゃいましたけど、僕も未だに喧嘩しちゃうんですけど、
グッドバイブスみたいな世界だと、喧嘩とかしなくなりそうなもんなんだけど、
仲は良くなるけど、喧嘩しなくなんかならないんですよ、僕なんかは。減りはしましたけどね。
だからこれはピタリとってわけにいかなかったんですよね。
それは阿良さんと同じで、やっぱり僕からしても、阿良さんと全く同じじゃないけど、
僕からしても、僕に問題があり、妻にないとは言いませんが、僕に問題があり、
なんとかしたいというふうに僕は考えてしまう。
この発想そのものにそもそも問題があるというか、問題はないんだけど、
この発想そのものにも、やっぱり分け入っていかなければいけないということは、
僕はやっぱり精神分析で理解しました。
精神分析とは本当に僕にとってはそういうものなんですよね。
僕、アトピーがそうだったように心身症にハマりやすい人間なんですよね。
ライフハックが大好きというよりは、僕はどっちかというとこっちの方が問題で、
心の状態を体に反映させがち、あるいは心の状態をすぐ行動化、
つまり行動化とか身体化をすぐやりがち。
僕にとってライフハックというのは、つまり行動化の一種だったんですけれども、
この先送りみたいな比較的そんな神経症水準だとしても、
なんてことない単位のない、接触障害と比べても全然単位のないこの問題ですら手が出せないようではどうしようもなくて、
これが精神分析で少なくとも説明がつくんだっていうだけでも僕の中では大きくて、
本当に大真面目に向き合えれば、だから冒頭の話に戻るんだけど、
自分ごととして精神分析が理解されれば、僕は先送りなんてなんとかなると思いますね。
この話に僕の中ではつながってるんですけど、
つながるかわからないまま話し始めるんですが、
今野佐々木さんのその話を聞いてて思ったのが、
精神分析受けると心に平穏が訪れるのかっていう話なんですけれども、
僕は別に平穏にはなってないんですよ。
僕というか僕のイメージしていた平穏っていうのは何があっても同時ず、
常におほゆみを浮かべていて、
仏像みたいなやつ?
でもこれは諸行無常だから仕方ないんだよみたいな感じをイメージしていたんですよ。
なるほど。
でもどっちかというと、ライフハック的な対処の方がそれに近い。
なるほど。
例えば僕が今出張が結構あるんですけど、
出張するときに割り箸をもらい忘れることがあるんで、
登山用の箸とかスプーンとかフォークを持ち歩いてるんですね。
なるほど。
非常にライフハック的だと思います。
これすると非常に平穏になるんですよ。
おほゆみを浮かべてられるわけですかね。
この漢字ってちょっとジゾイドっぽいというか、
そうね。なんだろうな。
この逆を目指してるような気がするんですよね、精神分析って。
割り箸もらい損ねちゃった。ちくしょう!みたいな。
嫌なことだったら普通に怒ればいいさ。怒ったって死にはしないみたいな。
そうですね。そういうところありますよね。
なんて言うんですかね。
精神分析以外のもので、
佐々木さんがやはりこれはどうしても対処できない、
精神分析によって解決できるものだっていう感覚。
それはまさに僕も感じるところではあるんですが、
同時に今ある悩みが全部消えて、
すごく心が平和になるみたいなものではないっていうことも非常に興味深いと感じますね。
だからその線では多分無理なんだと思うんですよね。
今ある悩みを消し去るような考え方なり行動の仕方なりなんなりっていうものでは無理なんだと思うんですよね。
今の話、今のはちょっと脅迫っぽい話が出てきたんで、
やっぱり僕はライハッカーそこに行き着くと思うんだけど、
ついでに出しちゃうんですけれども、
これ当日は絵付きで出そうと思ったんですけどね。
藤山…ん? 藤本雅瑠っていう、
村上ハルキさんと一緒に村上ラジオっていうのの冊子をつけていた漫画家さんがもう亡くなっちゃったんですけどね。
彼が描いている非常に面白い夢見心地っていう、
タイトルからしてもそういう漫画なんだけど、
名石部の漫画なんですよ。
その中で、
柔度に近い、おそらく柔度の脅迫神経症の主人公の熊みたいな、
全部動物なんで彼の登場人物は、漫画で出てくるんですけど、
飛行機の中で一生懸命、
なんていうのかな、ハンディカムの動画を見るんですよ。
で、そのハンディカムの動画に映ってるのは、
はい、この通り、灯を閉めました。
はい、この通り、ガスコンロのモド線は消しました。
というのを動画に収めてあって、
それがもうダーッとリスト化されていて、
ガスコンロ1、ガスコンロ2、ガスコンロ3で書いてあって、
非常になんていうのか、
よくできたリストにも見えるし、
非常に病的なリストにも見えるんだけれども、
で、この通り消しましたから、安心して旅をお続け。
まあ旅行に出てるわけですよ。
飛行機の上でこれを何度も見ては、
さっき新井さんがおっしゃってたように、
安心するわけですよね、彼は。
いいだろう、もう何回見てるのよ、
連れの女の人に言われるんだけど、
いいだろう、見れば安心するんだからって答えるわけですよ。
でも、しばらく経つとまた見たくなるわけですよね。
これが僕はやっぱり、
ライフハックと脅迫症ってものがすごい、
なんだかこう、近接要因になっていて、
なってるってことがちゃんと描かれてるなというのが一つ思うのですが、
彼はその飛行機の中で夢を、
うとうとし始めて夢を見始めるんですね。
その夢というのが、
小人さんがガスコンロに火をつけているという夢なんですよ。
で、その夢の中で小人さんがですね、
いい加減妄想から目を覚ませって言うんですよね。
これがね、もう僕はものすごく精神分析的だと思って、
当日もうちょっと絵付きでこのお話を出そうと思ってるんですけどね。
このアプローチを取らないと、
この種の問題は本当は解決しないと、
本当はわかんないけどね、
薬とか行動とか認知とか、解決させる方法があるのかもしれないけど、
僕はこのアプローチしか解決させる方法がないような日が、
少なくとも一番真っ当なのはこのアプローチだと思っているので、
精神分析っていうのはこれを教えてくれたんですよね。
こういう激しくいろいろなものを現実に耕作させて理解している人間みたいなやり方をしていると、
こういうこと起きちゃうと思うんですよね。
僕さんとやり取り、やり合っている中で、
急にお母さんへの感情だったり、
急に友達への感情だったりみたいなのが、
瞬間的にエナクトされるというのか、
フラッシュされるっていうのか、
そのせいであらぬ方向に感情的に飛び火してっていう、
そういうことによって何かが作り出されるみたいな。
それを捉えきれないけど、
それについて再度言及してみることによって、
まだ安心ですかね。
ここからありきたりになるんですけどね。
観点が変わるってことですかね。
やっぱり精神分析とか的療法の中で起きる話っていうのが、
日常生活ではほぼないっていうのがポイントな気がしますよね。
最近3ヶ月チャレンジの人と相次いで言及したテーマなんだけど、
何なんですかね。
ほとんど言及している内容は日常生活のことばっかりじゃないですか。
そうですね。日常生活しか言及しないですもんね。
なんでこれは日常生活の非常に非日常的な何かなの。
ですよね、でもね。
なんていうのかな。
しっくりくる表現がなんとも難しいんですけど、
はしたないと言いますか。
それに類する言葉も出ました。
例えばですね、僕が妻に対して元彼女の影を投影してしまうみたいで、
やっぱり社会通伝と言いますか。
的になんかそのよろしくないですよね。
なるほど。影っぽさが出てきてしまうと言いますかね。
なんかね、人前でする話じゃないみたいな表現をどなたかがとってましたね。
そうですね。やっぱり親がどうのとかも、
男女みたいな部分は大丈夫だとしても、やっぱり結構話しにくくはなりますよね。
ましてそれを男女に絡め始めたりした日にはね。確かにそうですよね。
そうか、なんかこう独特のえぐみというか生臭さみたいなものがついて回り始めるから、
余計そうでなくても今やマイノリティな世界なのに余計関わりたくなさみたいなものが現れるのかもですよね。
なんかそういう話って漫画とかでも結構話が進んだりして、
主人公が危機的な状況に陥ったり、これからもう主人公負けちゃうのかなみたいな、
あるいは敵がこれからこの敵も負けるのかなみたいなタイミングの感動的な盤シーンとしてちょっと触れられるじゃないですか。
なるほど、そうですね。
感極まってるから話せることみたいな。
なるほどなー。そうだね、確かにな。
それを当たり前のような顔していつもいつも喋っているから特殊な空間になっていくんですね、たぶんね。
平常心では話せない話題なのかなって気がします。
本来はということですよね。
あの時俺は本当は寂しかったんだみたいな。
確かに。
感極まってないと難しい。
確かに。それはいいポイントだわ。
確かに。毎朝毎朝それに近いことをやってるもんな私はな。
だからいつもなんか頭が少しおかしい人間みたいになっちゃってるんだなって思うことはあるんですよね。
思うことはある。
でもそうしないと精神分析、だからなんですよ、逆に。
たぶん今のは大きなヒントがありまして、三カ月チャレンジがもし何かの役に立ってるとすると、
やっぱりそれにそれ、そっちへそっちへと促す装置だからなんだと思いますね。
精神分析について言及する、しかも臨床例があればそれもしばしば遠慮してくるということをやってると、
嫌でもそういう気分というかそういう方向に頭が向かうようになっていくはずなので、
その時間を増やしていく、そしてかなり大真面目に取り扱うということを繰り返すことで、
たぶん今までは視点を当てもしなかったところを見ていくっていう感じにはなるんですよね。
でも当然そういうことは実は、このぐらいにしておきますけど、やってるんですよ私たちきっと。
その先日今日ポッドキャストで喋ったのはそういう話だったんですけど、
ストレスでお腹の調子がおかしくなるとかって普通に言うわけじゃないですか。
オカルトではないんだから、そういうことがあるならば、やっぱりストレスで記憶を飛ばすとか、
ストレスでジンマシンができるとかいうことはあっておかしくないわけで、
だから僕はそこが不思議なんですけど、自分のジンマシンもアドピーも絶対新陰性ではないって勝手に思い込んでいて、
なんであれほどカワイハイを読んでいた、意味は何だったんだろうって思うぐらい、
必ず皮膚科と内科に頑張っていって、塗り薬で絶対治せるとは思ってなかったくせに、
その方法以外は何にもアプローチしなかったんですよね。
必ず物質的な方向だったんですよね。温泉も含めてそうですよね。
そうですよね。やっぱり、現代を生きてて、物質的なアプローチが根本的に不足することって、
結構少ないんじゃないかって思うんですよ。
そうね、確かに。
やっぱり頭が痛いでもお腹が痛いでも、よく眠れないでも、
YouTubeなりGoogleなりの検索窓に入れれば、まず物質的なアプローチが出るじゃないですか。
そうですね。
寝る1時間前からブルーライトはカットして、1時間半前にお風呂に入ってみたいな。
だから、そういう対応が不要ってことは全くない必要だと思うんですけど、
そこはみんな多かれ少なかれやっているし、
多くやってますよね。
多すぎるほどやっている。
やっているし、逆にそれは知ってるんだけどやってないみたいなバージョンっていうのは、
今回のセミナーのタイトルにあるように、やっぱりそれはやるべきだってことを頭でわかってても、
なんかそれを先送りにしちゃうみたいな。
やっぱりそういう気持ちの問題が本当はあるはずなんだけど、
そっちはもうゼロってことにしておいて、
もう体100%で頑張る。
でも気持ちの問題もあるかもよっていうところですよね。
そうだし、なんだけど、ここが僕はなんかある種の、
ハードルを問わなきゃならないポイントのような気がちょっとしてるってことですね。
これが多分当日どっかで話題になるはずだとは思ってますね。
僕もハードル飛んだ気がするんですよ。
何しろアメリカで心理学までやってきたんだから、
心因などというのは珍しくもなんでもないはずだったのに、
僕は結局心因ってのを多分信じてなかったんですよね。
だからフロイトのヒステリー研究なんて何回も読んだのに、
多分信じてないで読んだんですよね。
そういう読み方をしてたんだと思うんですよね。
単に難しいってだけだったら、そんなに難しい話はしてなかったんで、あそこではね。
気持ちをゼロってことにして、いないつもりでゼロってことにしてたんで。
気持ちの問題なんだっていうことを受け入れ始めるっていうのは、
割とそんなに簡単なことじゃないんじゃないかなって感じはしてます。
確かに。
仕事でミスして怒られるのが辛いみたいなのも、
僕はそれで新卒のとき仕事辞めてるんですけど、
めちゃめちゃチェックリスト作ったんですよね。
そうですよね。
この性格からさせると思うんですけど、
でもやっぱりな、それはもちろん必要なことなんですけれども、
しかもミスは減ったと思うんですよね。
減りましたね、実際にね。
でもやっぱり何て言うんですかね、
佐々木さん何かでもおっしゃってましたけど、
ミスが減ったからといって、ミスが怖くなくなるかっていうとそんなことないので、
苦しさは残り続けるんですよね。
しかももしかすると増えるんですよね。
増えますよね。
僕はちょっと長くなっているんだけれども、
ちょっと名を聞いていきたいんですけど、
そのとき新井さんは自分が例えばHSPだとか、
そういうふうに思うというアプローチは考えなかったんですか?
HSPね。
HSPは、
多分考えましたね。
なるほど。
そうですね、僕は受けたのは結構経った後に、
そのウェディスは受けてるんですよね。
カーズとかカーリドっていうのでADHDなんじゃないか、
みたいなのは受けてるんですけども、
HSPは思ったは思ったはずなんです、当時。
どうし、
自己診断みたいなのはしたかもしれないけど、
結局仕事辞めたらすぐ元気になったし、