3カ月チャレンジという名前は名前ですけど、
ポッドキャストですか?
ポッドキャストは変わってないですよね、名前が。
ポッドキャストは3カ月チャレンジではないんですけれども。
そうですね、3カ月チャレンジの最初の方からの参加者と話してて、
もっとウェイティングリストができるぐらいに人が集まってもいいよねっていう話はよくしてて。
そうであるといいんですけどね、そういうことはまだ起こってないですね。
起こってないですね。
で、私自身もこういうことってよくあって、こういうことがよくあるっていうのは、
例えば、私、大橋さんと佐々木さんがいろいろセミナーをやってた頃、
それこそ2007年、8年?
だいぶ前ですよね。
だいぶ初期ですよね。
17、8年前ということで、それより前は僕アメリカとかにいてるんですって。
ああ、そうですよね。
で、その時にも、セミナーの候補を見て、地方にいるんで、
これはいかねばと思って、もうすごい人がごった返してんのかなと思って行ってみると、
5人とか。
そうそうそう、そんなもん。
7人とか。
でも7人はいい方ですからね。
すごく複雑な思いをしてて、
うわあ、なんだこんないい。
受けてもすごく満足で、こんないいのに参加者はあれなんだなと思っていることが。
PRの仕方の問題もあるかもしれませんが。
そうですね。だからPRなんだろうなとは思うんですよね。
で、この3ヶ月前にもまさにそうで、私もだから初期の方からいるんですけれども、
これはいかねばと思って行ったんですけど。
っていう感じなので。
最初に4人とか5人とかでまさに同じような人数ですよね。
そうですね。
それこそ違うものの。
そうでしたね。
だからそこもちょっとなんか考えたいなというか、
どうしてなのかなっていうのはずっと思ってたところなんですね。
先ほど佐藤さんがおっしゃってくださった大橋さんっていうのはタスクシュートオリジナルで、
発案者でもある、僕からすると発明に近いんですが、
大橋哲夫さんと私がおそらくやっていたタスクカフェとか。
もうちょっと前かもしれなくて、名称がなんだったかよくわかんないような名前のもので、
それもやっぱり佐藤さんすごい初期の頃に参加していただいているわけなんですよ。
たぶん2007年より前って事実上存在してないんじゃないかと思うんで。
そうですね。だいぶ初期だったんだろうなとは思うんですけど、
ライフハックっていうのが流行ってたこともあって。
これから流行ろうとしてたぐらいの時期。
そうですね。
あとちょっと思いとしてはもう一つあって、
私はどちらかというと精神分析に興味があって、
これに参加したっていうところが半分ぐらいあるんですけど、
どうなんですかね。意外に参加者の方で、割合はさておき、
精神分析に全く興味がないっていう人はいないと思うんですけど。
いや、実はいるんです。
実はいるんです。
その割合は、割合というのは精神分析への興味がすごくあるって方は、
私が思ってたよりは少ないかなと思ってて。
3、4割ってところですかね。割合というほど人数が多いってわけじゃないんで。
3、4割というのは3、4人ってことになっちゃうんですけど、
大体そのくらいかなと思いますね。
で、例えば最近だとシラスとか、そういうリベラルアーツっていうか、
現代思想だったり、難しいことを考えるサービスというか、
考えるサービスじゃないな、そういう人たちが集まるコミュニティですよね。
はい。そういうものの本を書く著者さんとかが集まったり、
登壇してお話されたりしていますよね。シラスとかケンランとかですね。
そうですね。盛り上がってるじゃないですか。
あれは盛り上がってる。でもあれやっぱ仕掛けが正しいんでしょうね。
いや、でも私から見ると、私から見るとってなんかちょっとあれですけど、
だいぶ精神分析の、要は後期の方の人の話、例えばビヨンとかの話っていうのは、
すごく現代思想に負けずとも劣らないというか。
ただ僕が喋ってるだけですからね、ある意味ここではね。
しかも原論とかシラスとか他もそうなんだけど、
やっぱりそこで第一線張ってる人に限りなく近い人も、
僕から行くのは遠畑海斗さんと山崎孝明さんのばっかりなんですけど。
そうですね。本書いてる人みたいな人が。
本書いてる人だし、その道の専門家だし、
割と有名な、またそういう方を呼びするってなると本当に大変なんですよね。
確かに。そういうバリューというかいいとこがあるんですよね。
でも議論したい人にとっては、やっぱり議論できそうなコミュニティっていうのはやっぱ魅力的だと思うんですけど。
なるほど。
で、佐々木さんはポッドキャストの中ですごく精神分析の話題をされてて。
9割方それですね。
それでずっと固定客もいるわけ、固定客というか。
いらっしゃると思います。
いるわけじゃないですか。
多分600回から1000回ぐらいまではほぼその内容になりつつあるんだろうな。
ここ500回ぐらいは多分そういう内容だと思うんですよね。
それで100名の方は聞いていらっしゃると、どういう聞き方であるにせよですね。聞いてはいらっしゃると。
だとしたら潜在顧客というか、精神分析が好きでその議論をしたいっていう人もいるんじゃなかろうかっていうのが。
半数だとしても50人ぐらいは、でも確かにそのぐらいはいらっしゃる可能性はあって。
なんかそういう予感は感じられる時があったりしますか。
そのぐらいはいらっしゃらないというか、3カ月チャレンジが現在の一応ビジネスとして、僕のビジネスの少なくとも40%ぐらいはもう占めるようになってきて、
こうはなれないだろうなとは思うんですよね。
さっき里さんがおっしゃったようなところに至るにはまだだいぶありますが、少なくとも3名とか4名とかそういう状況は脱したかなみたいなところはちょっと感じますね。
だからそうすると、そういう潜在的な人に向けて、まさに私は言いたいというか、いいですよっていうことを伝えたいなっていうのはありますね。
3カ月チャレンジは基本的に何なんだろうなこれは。
仕事術とかライフワークでは手が当たらないところに手を当てようとして、僕が行き着いたのが精神分析だったという対象関係論だったという、
もうちょっと言うと松木邦博さんに限りなく近づいていったというのが現実で、その過程の中で起きた出来事について余さず喋るみたいな場に、
そのコミュニティとしてはですね、お一方お一方はその方がお持ち込みくださるお悩み相談に近い内容で、ビジネス中心のお悩み相談に近い内容なんですけどね、というのをやっております。
だから個人セッションが週に1回と、グループセッションが週に1回と、そのグループセッションでそういうことを語ろうと思えば、いくらでも語れますっていう、そういうコミュニティですね。
そうですよね。私もそういう意味では本当、ある意味、すごく想定された参加者だったのかなって、今聞いてて思ったんですけど。
心工法術ライフハックに興味があり、精神分析にも興味がある人みたいな。
そうですね。しかも、そのライフハックである程度の効率化はできてるんだけれども、その頭打ちを感じてるというか、頭打ちを感じてたり、そのGTDとかだと、週次レビューができませんみたいな。
具体的なやつですよね。
その方法論にまつわる具体的なつまづきというか、その限界があるんですよね。
そうですよね。そういうあるあるのつまづき。タスクシュートでもありますよね、そういうのが。
記録が残らないとかね。
なかなか全部取れませんみたいな。
気がつくとやってませんとかね。
なんかその、たぶん旗から見たら結構効率化も進んでるし、できるとこはできてる。だが、本人が必要以上に思ってたり、できてないみたいな。
っていう、なんか感じなのかなって今、私自身はそう、まさにそうだったんですね。
ですので、そういう人は本当にちょうどいいんじゃないか。
ライフハックで行き詰まるというか、ライフハックではケアしきれないというのは、僕が想定するのは3通り一応。
ライフハックでも仕事実施でもビジネス書でもいいんですけど、
一つはそのメソッドそのものに、今言ったような内在化する無理めな要求がある。
例えばGTDでいうと、洗い出したやつ全部やるみたいな、あるいは週に1回全部レビューするとか、そこに無理めな要求があるから、
普通そこで、たぶんあれはなんか違うことをやってるんだと思うんだけど、伝わりきらないんですよね。
オリジナルで考えた人と書いてあることが、そんなにずれはないんだろうけど、
普通にはそれは無理だっていうことが書いちゃってあるから、そもそもそれをやりきれないっていう。
やりきれる方法論って実は滅多にないというのも一つの問題としてありますよね。
もう一つが、ライフハックはやっていて、一応できるところには大体手が打ってあるんだけど、
なんか幸せじゃないとか、タスクは全部毎日、タスクシュート的に言うとリピートタスクは全部終わってるんだけど、
なんか家庭内はギスギスしているし、子供は言うこと聞かないし、その辺タスクとは関係ないところで辛いとか、そういうこと。
これも実はセミナーとかで、繰り返し質問は受けるけど、質問に対する答えはすごくすれ違ったものになりやすいということですね。
まさにそこってワンオンワンが生きるっていうか、個別対応じゃないと手が当てられないところになっていくと思うんですよね。
そうですね。そんなことについて全部については書いていけないですからね。
お子さんが言うことを聞かない場合はとかって関係ない話をすることになっちゃいます。
あとは、そもそも実はライフハックを始めようという心理状態にないという。
例えば朝起きられないとか、あるいはリストが書いてあるけどどのリストも一切やる気がしないとか、そもそもリストを作る気がしないとか。
その辺になってくるとGDDであれタスクシュードであれ、一番の前提条件、そもそも朝起きることを前提にしちゃってるんで、仕事に行くとかいうことを前提にしちゃってる。
それはもうエリプス問題みたいなところになっていくわけですよね。
そんなふうにはどの本にも普通、最近は特にですけど書いてないので、どちらかというと規律性不対称とか。
病名が書いてある。
HSPとかそういうことになっているので、そうするとですね、またその人のためのタスク管理術みたいな本が出てきてみたりして。
僕からすると、それはそれ自体は別に不誠実なわけでも悪意があるわけでもないんだけど、
でも根本的には辛さが増しかねないと思うので、個別手当の方が、個別にお話を伺った方がいいだろうなという感じはします。
絶対それはそうだと思うんですよね。
例えば脱線してしまうっていう話も、よく佐々木さんがファン座を見るみたいな話を。
露骨でわかりやすい方がいいと思いました。
脱線するとか言ってコーヒー飲むとかだと小綺麗なんだけど、多分意味がわかんないと思って私はですね。
だからそういう呼び水があるので、例えば私もそういう相談、要は出す、いやできないんですよって話ではなくて、
ちょっと突っ込んだ話ができますよね。
何で脱線してるというか。
私は一つだからサンチャレの気づきとしては、私は今までは脱線っていう大きな抽象度だったんですけど、
だからその、佐々木さんよくね、いやもうファンザ見るんだったらファンザ見るってパスコマに入れてボタン押すんですみたいな。
そうすると、何で僕がああいうことを何かこう無理矢理でも言うかというと、そうすると嫌だと思うと思うんですよ人はね。
で、アダルトをビデオを見るってこれから開始時刻を押すとか非常に嫌だと思うんです。
そうですよね。
嫌だということをやるときって人はですね、やっぱりこうすごく、用語みたいですけど偽るんですよね。自分の中で。
これをやっていないぞって顔をしてそれをやりつつ、それをやっていない時間にこうしてしまうっていうこと、そういうことしかやれないやり方でやるっていうものっていくつかあるはずなんですよ。
そのうちの一つだと思うんですよね。こうお菓子を食べましたけど食べてないことにしたいみたいな。
まあ否認に近い表現ですけれども、これをいっぱいやってるはずだからいっぱいやってる時間はあるよねっていうことで。
だから時間が足りないって人は言うときにはこの種のことがあるはずで、それが全体の2割を占めてればもう相当膨大な時間になるから。
だからといって辞めればすぐ仕事ができるっていうことは絶対ないと思うんですけれども、少なくともそういう時間は持ってるはずだっていうことには気づける。
私の場合はもうそれで満足して迎えるようになってるんですよね。
あえて我慢してやらないっていうわけではなくて、佐々木さんもそれはよくおっしゃってると思うんですけど、
これはこれをやりたかったから甘えて戻るかってなるんですよね。
この辺はね人にもよるかもしれないし、簡単にはいかないかもしれませんけれども、でもこういう手の当て方しかできないなって感じがするんですよね。
ここで本来のやるべきことなんかいくら書いてあったって望んでることがそういうこととは関係ないことだから、
仕事ができるようには多分リストアップだけではならないでしょうっていう結局それはどこかすごく根性論っぽくなってしまうような気がする。
問題なのはうっかりやりミスをするとかではないわけだから、やりたくないってことが問題なんだってやることはわかってるわけですよね。
まあそうですよね。あとは、やっぱりエリプス問題はあれですよね。
初期の悩みというか初期というか、3ヶ月チャレンジやったらまず当たるっていう感じなんですかね。
そうですね。エリプスっていうのはちょっと定義がややこしいなと思いつつも、今は特に僕は女性がこの問題で苦労されてる方多いなとは印象としてはややありませんね。
それは、なんでしょう、しっかりしないといけない的な。
昔言うとそういう長女商工軍みたいに言われたかもしれないんですけど、今はやっぱり、本日ですね、女性が総理になりましたね。
そういう問題が、問題では全然ないんですよ。問題ではないんだけど、入っていくにおいてやっぱりもともと男性社会だったみたいなところに思いっきり入っていく知的で優秀な女性が、
知的で優秀っていうのはすごく内勢力があるので、怖くなることってちょいちょいあるわけじゃないですか。
そういう時に僕はやっぱり、この問題にぶっつき当たる、男だって突き当たるんだけど、女性の場合やっぱりここが難しくなるなっていうのは、毎度毎度僕は特に知的で高度なっていうのが入っていく気がちな職業の時は、
ちょっと偏見かもしれませんけど、先にそのことは頭に置くことが増えてきてます。
でも私自身はそのあたりは逆に、あんまり、タンチャルの中でのグループワークではちょっと言ってたりするんですけど、私は怒られたことがなくて。
なんかそういうエリプスの怒られたことがないからってわけじゃないけど、あんまりそれはないんですよね。これやんなきゃいみたいな。
僕ね、男性は今時そっちじゃないなっていうか。
逆に、逆にというか。
逆って、逆ってことになっちゃうんでしょうけどね。
女性の方が僕はこれをすごい意識させられるなというのはちょっと、今は思ってやってますね。
これはただタンチャルのPRにも何もなってないような気がしてきてるんですけど、そうじゃないだろうか。
そうですね。ちょっと何かを批判したりみたいな話になりつつある。
ああ、もっといいこと言わないとですね。
いいこと言わなくてもいいんですけど。
ありました、ありました。
おかしいな。
いわゆる煙突掃除、お話療法と言いますか、自分のトラウマ的なものを思い出すことによって、それを乗り越えていくみたいなのは、すごい古典的ですけど。
一番最初の頃の本に書いてあることですよね。
すごい強力に働きますね。
で、これはやっぱり言う機会がないんですよ。
なるほどね。
こういうことって。
他で喋る理由がないってことですね。
そう、まさに理由がないんですよ。思い出して喋るって。理由がなくて。
でもトラウマ的な話なんですからね。
で、これは佐々木さんに言って気づいたところなんですけど、溺れた話ですよね。
ああ、はいはい、噴水か何か。
そうですね。お母さんと一緒にデパートに行き、デパートの隣にあった噴水を見てたら、溺れたんですね。
で、私は高校ぐらいまで泳げなくて、自分でわかんなかったんですけど、高校のなんかどっかで気づいたんですよね。
ああ、俺溺れたことあるみたいな。
そうしたらもう泳げる。
忘れてたってことですよね。
そうなんです、忘れてたんですね。
そうしたら泳げるようになったっていう。
で、それはもう高校時代の話なんで、そういうことがあると思ってたんで、
私自身はこういうトラウマを話すことで解決するみたいなのは、信じてるっていうか、そういうこともあるなと思ってたんですけど、
これを佐々木さんに話して、お母さんの話を指摘されたんですよね。
どこに行ったのか。
そう。で、はったと思ったんですよね。そうだと思って。
で、それも割と強く思ってて、強く記憶してて、デパートに行って、デパートの店員さんに呼び出しをしてもらって、
もうびしょびしょですよ、私はそこで。で、わわ泣きながら、なんか言ったんでしょうね、お母さんの名前を。とにかく。
で、まあ見せ物なわけですよね、もうみんな。優しいけど見せ物なわけですよ。
で、それもすごい記憶に残ってたなと思って。
で、やっぱトラウマって重なってるなと思ったんですよね、いろんなことが。
要は、一個のことで何か、だから、私の認知では、あ、おぼれたのを思い出したぐらいだったんですけど、
人に話すことで、もう一個あったのが気づけたんですよね。
で、それは結局、私、親に参観日に来てもらうのがすごい嫌だったんですよ。
なるほどね。
何か大衆の前で親がいるっていう状況が、すごく苦手になってて。
で、私、子供がいる、それは感じてたんですね。
で、私、子供がいるんですけど、授業参観に行けないんですよ。
なるほどね。
で、やっぱおかしいじゃないですか。自分でもわかんないんですよ。
で、奥さんが行ってくれるんで、全然、何だろう、役割分担で、私は先生との三者混乱にはずっと行ってるんですよ。
大衆がいないからね。
そうなんですよ、まさに。先生とワンオンワンなんで、全然話せるんですよね。
先生とワンオンワンっておかしいな。
まあいいや、そうなんですよね。
で、うち共働きなんで、だから三者混乱と授業参観って、大体同じぐらいの回数じゃないですか。
そうですね。
だから、何でしょう、もう通常の役割分担として、なんとなく過ぎてたんですけど、でもやっぱ私は行きたくなかったなと思って。
で、なんかやっぱ子供の授業参観に行きたくないって、ちょっとね、自分でも大丈夫かなと思ったりするんですけど。
全然違う話でしたってことですね。
そうですね。ああ、これのような気がするみたいな。
で、これにまだ続きがあって、私は基本的に上がりしょうって、そんな人よりむちゃむちゃ上がりしょうってわけではなかったんですけど、やっぱり基本的には上がりしょうで。
でもなんか全然、最近この三者連の後に上がんなくなりましたね、人前で。
なるほどね。
っていう、そのなんだろうな、やっぱ自分の資格っていうのはあるんですよね。
そのトラウマを見つけても、なんかその裏にやっぱりまだ見えてないところがあるなあというのがあって、やっぱりそれはこういう語らいというか、
そうですね。カウンセリングみたいな形じゃないと出てこないし、話すことがないですよね。
これ最後に近いと思うんですけど、時間的にですね。
ちょっとね、これ伺いたくなったんだけど、今の話の流れで最後の言葉にカウンセリングみたいなって出てきたから、
これをカウンセリングでやるべきなのではないかって世の中的には思われるかもしれないってよく思うんですけど。
その辺は佐藤さんはどういうふうに考えていますか。
一般的なカウンセリングの中でこういうことを。
そう、だからね、ハックなりそういう仕事で行き詰まるんなら、だからそこで正規のカウンセリング受ければいいんじゃないかっていう議論が出るはずだと思うんですね、私。
いや、出てると思います。だから多分会社によってはなんか奨励されてるんじゃないですかね。
そうですね。
産業員の方がいらっしゃって、今もスクールカウンセラーがあって、そういうのを割と気軽に来てください的なのはやってるので、制度としては整いつつあるんじゃないですか。
なるほど。
でもなかなかいけないですよね。いけないし、多分エディプスにまみれてるんで基本的には。
基本的には普通。
その場取り、要は学校であれ会社であれ、そういう中ですからね。なんだろう、やっぱ裏切り行為に近いと思うんですよ、そこに行くって。
なるほどね。そうか、そういうことは僕は多分会社を経営したりしたことがないから、特に。入ったこともないから、分かんないかな、分かんない部分があるんですね、多分ね。
私は一応、新卒では企業、メーカーに入って、その後独立したんで、そうですね、どっちも分かると言えば分かりますね。
やっぱ社員、うちの社員が何か産業員にかかるって言われたら、もちろん心配になりますけど、どこかやっぱりふと思いますね、それは。ふと思うというか、ああ、何か悪かったのかな、この私の何かがみたいな。
なるほどな、そうか。だからやっぱ簡単な話になかなかならないんですね。
だからやっぱ外部にあるっていうのは一つ意味があると思いますけどね。