西日本新聞ポッドキャスト
皆さんこんにちは。西日本新聞ゆるり政治考。この番組では日々長田町で取材をしている西日本新聞東京報道部の記者が、政治を少しでも身近に感じられるようなニュース解説と裏話をゆるっとしています。
収録日は今日10月の22日。暑い暑いってお母さんずっと言ってきたのに、今日ちょっともう冬みたいな。寒いです。寒いですよね。坂本さんはインナーダウン的な。
坂本は今シーズン初めてインナーの直記みたいなやつをしました。おすすめです。
意外と国会内とかの隙間風が多かったりして寒いですもんね。なので冬のような寒さの長田町で収録しておりますと。
昨日21日は女性初の高市さなえ首相が誕生するという大きな歴史の節目に我々初老記者たちも立ち会って記事をたくさん書きました。
この2週間がですね、いやもう激動すぎて、みんなちょっと顔は見えてないと思うんですけど、声ちゃんと張ってくださいね。疲れてると思うんですが。
かなり激動の日々で、大丈夫ですか平美奈さんも。
元気です。
元気そうじゃない。
なのでその激動すぎる日々をちょっと振り返りたいと思いまして、今日は記者のガヤ芸人の皆さんの思いも含めて座談会っぽくこの女性曲をお届けできればなと振り返ればなと思っていますと。
メンバー紹介しているとちょっと尺があれなので、初めて発言するときに私が少し説明して発言してもらうようにいたしますと。
皆さんよろしくお願いします。
まず岡田さん、この間の神様のお告げ通りになったと、元自民党事務局長の久米昭さんをお迎えしてお届けしている神様シリーズで、前回収録したのが9日だったんですけども、10月9日。
その時に神様がちょっと自民党と公明党の間合いが、ちょっと公明党が好きじゃないかもみたいなことを言い始めた。
年率から、長年の年率から離脱するかもしれないという予言をされています。
神様がね、もう実は公明党についていけないよという感じが強いということで、年率赤信号化というようなところで番組をお届けしたところだったんですけれども。
なんとお告げ通りになって、翌10日に公明党の斉藤代表が離脱を表明したという驚きの展開になりましたね。
取材している感じでも、抜けるかもしれないという感じはあったんですけど、とはいえ26年間一緒だったんで、大丈夫だろうという感じもあったんですか。
そうですね。小川さんは今、すみません、ちょっと説明を挟みますと、小川克也さん、平川自民党フラグのキャップをしていただいてて、去年は公明党をしっかり担当してくれたので、
これまでも自民党と少し政策を巡って、意見が違うこともあったし、そういうときはわりと公明党を強く自民党に注文するというのは、我々としても見慣れた光景。
一定、少し賊っぽく言うと喧嘩をするっていうことはあったんですけど、話はうまくまとまってきてたんですけど。
だから今回もね、言ってるだけとは言いませんが、かなり強めな発言だけれども、本当にお別れしてしまうのかっていうのは、我々はちょっと懐疑的でしたよね。
そうですね。
あれ、現公明党担当の村田直隆さん、どうでしたか。現場で取材してみて、公明党の怒りの度合いがどんどん増した感じだったんですかね。
まずね、総裁選の前、総裁選始まったあたりからですね、斉藤代表が、もし中道路線でなければ連立組めないというふうに言ってました。
で、総裁選の女性も小泉慎二郎さんが運勢と伝えられてたんで、公明党もまさかという思いがあったと思うんですけど。
そうか、高市さんになっちゃってっていう言い方は良くないけど、公明党も小泉さんだったら組みやすいよね、みたいなことは結構いろんな方が言ってましたよね。
それで総裁選終わって、高市総裁が誕生して、すぐにまた斉藤代表が、靖国神社参拝の問題とか、政治のかなる問題とかいくつか注文をつけて、それで注文をつけるんだけれども、結局は自分たちの言うことを聞いてくれと。
ということを高市さんに区切りさせるだけで、結局連立を維持するんだというふうに思ってたんですよね。
村田さん自身も思ってた。
現場で取材しても、やっぱり俗に歌舞伎をやってる。
なるほど。高市さんが公明からすると、公明党って平和の党、あとは中国とのずっと友好関係、すごく大事にしている党でもあり、高市さんの路線というのが真逆に思えるということで、それは公明党側からちゃんともっと強く言っておかないと、
もっと高市さんが元気に自分の思想心情を強められると、とてもとても無理だということを歌舞伎、演技ということです。
坂本さんも去年、坂本大司さん、平川で。
自己紹介をさせていただきました。
インナーベストを着ている坂本さん。
インナーベストをお勧めの坂本でございます。
今現在自民党を担当しておりまして、一昨年、2023年からの1年間は公明党を担当しておりました。山口なつおさんが代表をされている。
なっちゃんです。
その方の時でございます。
やっぱり皆さん、村田さんと小川さんと同じく驚きではありました。
今振り返るとですけれど、その前日に各地方の議員さん、代表者さん。
9日の夜でしたね。
9日の夜に各地方から集まった方々の意見を公明党が聞いてですね。
で、そこの話は中宮の非公開だったんですけれど、
翌日聞いたところで、取材して聞いているところでは、半分どころか7割方が連立離脱のいわゆる兵庫部、ここで縁を切れと。
もう縁を別れていいと。
という意見があったという話がちらほら漏れてきて、ちょっともしかしたらみたいのが当日になって出てきたという。
その前の夜の取材は、私が信濃町っていう公明党の本部があるところに。
公明党の本部と、あと支持母体である創価学会の拠点があるところですよね。
会合があったんです。取材に行ったんですけど、出てくる議員さん、代議員さんたちの顔が、
ものすごく固い顔で、いつも明るく対応してくれる人も、詳細は誰々に聞いて、責任者に聞いてというような回答が結構多かったので。
張り詰めた空気というか、緊張感が高まっている感が。
正直、このポッドキャストだから言えると思うんですけど、その日他社の記者と一緒に、これはもう離脱するかもしれないなということで、
一緒にちょっと飯食いながら、これは公明党、与党として最後になるかもしれないなという感じのやり取りをして、
翌朝、僕、公明の幹部に朝掛けというか、朝取材したら、こういったら抜ける与党。
それはまだ回答待ちの段階なんですよね。自民党が何て書いて…。
村田さんが言ってくれた3つ大きく、安国の問題と政治と金と、あと外国人政策だった。
特にそのこだわったのが、政治と金のところでしたよね。
自民党の裏金事件に代表されるような、ああいう不祥事で、一緒に選挙を戦う、選挙協力する公明党も引きずられるように議席を減らしたということがあって、
今残っている企業団体献金のこととか、もっと厳しく規制すべきだというのが公明党の主張で、
それをしてくださいねと斉藤さんは、ずっと高市新総裁側に投げていたという。
どうするかという、どこまで規制強化できるか、廃止は無理にしてもここまで、
公明党の言う水準までやりますっていうかどうかという回答が10日に来ると。
もうその日の朝、回答が来る前に、幹部はもう多分これは抜ける。
多分というか、もう抜けるっていうふうに言ってたんで。
背景にあるのは、記事でも何度も書いてますけど、自民党は自民党で、
企業団体献金って力の厳選的な活動量とも比例するから、絶対譲れないっていう思いが強かったですよね。
高市さんの周辺の議員とかは、やっぱりその企業団体献金をなくされると、
もうそもそも地方議員、自民党の地方議員とかも活動できなくなっちゃうし、
単にお金の金額の話じゃなくて、やっぱり自民党に頑張ってほしい、
自民党にこういう政策やってほしいっていう、期待も込めた献金なわけだから、
それ全部なくしちゃうと、党として成り立たなくなる、党が壊れてしまうっていう声があったんで、
これは多分譲れないライフでは。
企業団体献金は前も番組で取り上げましたけど、
一般国民の税金というのとは違って、自民党を応援したいという人が、
能動的に企業さんとか団体がやるものだから、ちょっと性質が違うっていうのが自民党の主張なんですよね。
税金一辺倒で政党の活動が支えられるっていうのも、どうかっていうことでしたっけ。
そうですね。税金だったら、
税金プラス企業団体献金もあって、あと党員の投資とか、
そういった幅広いところからお金を集めることによって、
税金一辺倒だったら、やっぱり政府とか国、自民党がずっと権力を持っているとは限らないので、
国とか政府に一政党が支配されてしまう。
左右される可能性があると。
ということもあり、やっぱりその善意で、形状の善意で応援してくれている人たちの寄付ですよね。
その支えで活かしながら党運営をしていきたいと。
そういう理想のもとに自民党も。
公明党はその企業団体献金もらっていないから、
いや、なくても活動できるでしょって。
その溝がすごいあるわけですね。
プラス自民党と公明党の規模の違いを言う人も、
自民党はもう北海道から沖縄までも、津々浦々、村から町から市から県からっていう、
全然母体、母数が違うんだみたいなことを自民党の人は。
でも全国に地方議員がいるっていうのは公明党も一緒ですよね。
あるある、そうですけど、人数がね。
公明党は一つの創価学会という宗教団体に、
ご指名で支援されている党なので、創価学会が強くないところは議員さんほとんどいないし、
いるところは多いし、自民党はそうはいかない。
それこそ町村。
地方の方、地方の支えっていうことを町をもともとすごく大事にしてきた党でもあるし。
村田さんは取材してて、幹部の顔つきとかさっきおばあさん紹介してくれましたけど、
どこが潮目だったかみたいなのを振り返ってみて、ぶっちゃけていただいていいですか。
やっぱ高市さんが嫌だったんじゃないみたいな、空気がすごい感じるんですけど。
現場で取材していてですね。
政治と金の、特に企業団体献金の話は、今に始まった問題ではないということですね。
長く各党で議論してきた話だったんですね。
今回参院選で出た原因が、政治と金の政治不信というふうに、
大きな原因というふうに位置づけていてというような文脈の中で、
企業団体献金の規制強化を訴えていて、
そうすると、なんでこのタイミングで主張するのかというのがまず一つあったので、
これは既に早い段階で、高市さんが総裁になった段階で、
今振り返るとですね、決めていた決断の範疇だったのかなと思う。
だから、プランAとしては小泉慎二郎さんになってほしい。
なれば今後も連立は継続というのが、既定路線でしたよね、取材している雰囲気だと。
ある程度自民の幹部も話はしているということは、後日談も含めてそういうことは言ってました。
ある程度小泉さんを想定した、新しい連立の形を考えていた。
しかも斉藤さんがいろんなインタビューで言っていますけど、
石破政権が継続でも離脱にはならなかったというような話もされていて、
小泉さんは総裁選中に、石破政権を継承するということを前提に戦われていたので、
あるし、それでもいいかって思ってたのかもしれないけどね。
もう一つは記事でも何回も言及してますけど、こうやって喧嘩をするタイミングでこれまでだったら、
パイプ役、下で水面下で話し合うお互い、両党の幹部が坂本さんからいましたけど、
高市新執行部になって、特に麻生太郎副総裁とかは公明党のことがあまりお好きじゃないと、
丸カッコ関係者されていて。
そうですね、おっしゃる通りです。麻生さんは公明党連立26年間やってましたけれど、
そのほとんどか全てかはちょっとはっきりしませんが、
最近の選挙では間違いなく公明党の推薦を自分の選挙の時には受けていません。
それでも十分勝ってきてるというのもありまして、
それと保守的な考えとかそういったところが合わないのかとかいうところもありまして、
公明嫌いとよく言われます。
言われますよね。新執行部には幹事長、裏金事件で、神様会でもお伝えしましたけど。
そうですね、幹事長代行に牛田さん、牛田光一さんが配置されて、
一番公明がすごく懸念してるというか、政治と金を解決してくれるというのに、
養殖においたことで、やっぱり一線を越えた。
話聞いてるんじゃないの?みたいな。
ちょっと私の言うこと分かってるんだよ!みたいな。
ということなので。
それでいいの?
いや、でも表向きは、公明党はたぶん人事じゃないんで。
表向きは、そうは受け取ってませんよね。
たぶんというか、いろんな公明党の方に聞くと、各党お互い内政干渉みたいなことはもちろんできないわけで、
党が期間決定した正式な人事に、おかしいだろって表向きに言うってことは、それは誤発度といいますか、
ノリを超えすぎということもあって、表向きはそれは人事のことではないですよとは言うけれども、
不満を言う人はめちゃくちゃ多くなかったですかね。
なかったですね。
なんだよ、あの人事みたいな。
なるほど。
それで怒りが沈まらず、迎えた10日に、もう一回最後、自民党がボールを投げ返す、あれは党首会談でしたっけ?
はい、党首会談でした。
党首会談で、他の幹部も同席した場面。
同席はして、幹事長がいて、その場で斉藤さんが離脱を伝えたということなんですね。
その時の印象を、お互いの説明がまた食い違っているのもあって印象的でしたけど、
高市さん側は一旦党に持ち帰らせてほしいと、一方的に離脱を告げられたと。
そうですね。でも、おめ側としては、前段から、4日に総裁に高市さんがなった時点から、そういう懸念を伝えて、
これに回答くださいっていうことは言ってたんで、全然一方的じゃないですよ。
最後までボタンが掛け違ったまま。
でも終わってしまって。
本命の受け止めっていうか、正々しさみたいな感じなんですか。それとも苦渋の決断という感じなんでしょうか。
党内でも受け止めは割れてる。
割れてる。
先ほど久保田さん言われた平和の党とかクリーンな政治。
そのあたりの、本命党独自の政策なんかがこれからやりやすくなるという声もあるので、やはり政権与党から離れることによって政策の実力。
そうですね。低下するということですね。
低下するということで、これまで以上に存在感がなくなってしまうんじゃないかという。
これまで以上にで。
最近ね。
風船がちょっと上も上がらない。
選挙でも議席を減らしてるから、党の支持率とかもちょっと上がってない。
さらに下げちゃうんじゃないかということで。
結構斉藤さんが離脱した時の会見で。
1時間半とかやってましたよね。1時間半かかなり長時間。
まさに10日に党史会談室に別れを切り出したり出てきた時の斉藤さんの顔が。
普段は優雅な姫なんですけど。
詩を毎日文字に結んでですね。肩を怒らせてるというか。
あんな厳しい斉藤徹党さんが。私も見たことないです。10年前担当しましたけど。
後の会見ではちょっとせいせいしたような。
つきものが取れたような。
その中で結構20何年間一緒にやってきたけど我慢することもいっぱいあったみたいな。
本音っぽいところは音で言ってましたけど。
かなり言ってましたね。
たぶん古川さん、野党を担当してくださっている古川大治さんが気を緩めてたと思うんですけれども。
金曜日のどたばた。本当に別れちゃったの?離脱しちゃったの?みたいなのは。
野党も結構驚きでしたよね。どうでした?
そうですね。
当日私、ごめんなさい。
石橋省の80年金塊の方で受け取りの取材は直接できてないんですけれども。
ただ野党は皆さん驚かれてたっていうのは間違いないんですけど。
一方でその後の首相指名選挙に向けてですね。
野党連立政権というのが実際できるんじゃないかっていうのがですね。
一気に機運が高まったっていうのはこれは一つ大きな変化でしたね。
それはちょっと数の説明を誰かしていただけると。
事故でですね。衆議院の会派で220議席行ってたんですよね。
総裁選の前にもですね。実は立憲民主党日本維新の会。
国民民主党の当時の野党第1党、第2党、第3党でですね。
一本会に向けた協議っていうのは実はやってたんですけれども。
事実上ほとんど話が深まらずですね。
そうですね。立憲が上込み掛けだけどスルーみたいな感じでしたね。
先ほどの事故が220あって、その先ほどの野党3党でも210にしか行かないので。
あと10がね。それ玉木さんがずっと言ってましたよね。
あと10が足りないと。それを今日3党3だったり、山田さん入れるのかと。
そんな政策が違うのにやれるのかっていうのは国民民主側も維新側もずっと言ってて。
ところが上が。
公明党さんが載ってた220からぴょいと公明党さんが抜けるから。
196人自民だけになると単純計算すると3党でまとまれば勝てるという。
公明党さんが24あった。
はい。そういうことで。
なるほど。それで一気に俺たちの時代みたいな。
という3党それぞれ立ち位置がですね。
違った。
政治的には違ってて。
鼻息が荒かったのは野党大統領の立憲民主党さんなんですけど。
国民民主党さんはもともと同じ党でですね。
いろいろちょっと憲法だったり憲法だったり安全保障だったりっていう政策の不一致でちょっと距離を取っている状況で。
それを見守ってまずはお二人がまとまったらどうですかって言ってたのは維新さんだったという。
そういう三角関係が。
ややこしい。さっき夫婦が別れたみたいなこと言ってた。
こっちは三角関係。いやいやそんなことないですよ。視聴者の皆さん。
ご回答与えたら申し訳ないです。
いわゆる野党に公明党が乗り換えるっていうことで。
全然政局が自分が変わっちゃうっていう。
特にその直前昨日あった首相指名選挙で、
かざわせって悪く言われますけどそこで過半数を取るかどうかで首相の座に行けるかどうかっていうのは法的な民主的な手続きなので、
それに向かって各党全然状況が変わったということで油断していませんか平峰さん。
平峰真由さんと維新の会議を担当していて、維新は公明の離脱の時は盛り上がってたんですか。そんなテンション高くなかった。
でもあれがなければ今の連立はなかったって後から言われる。
後からは言ってるけど、まずはさっき古川さんが言ってくれたみたいに、
まず立民と国民があんたたち兄弟政党なのにどうすんのみたいな、そっちが大きかった。
そこがまとまって誰か一人よっていう話なら乗りますけど、まとまらないんであれば自分たちはそこには乗れませんっていう議論っていうところはずっと姿勢は変わらず。
変わらずと。
法明が抜けてその後どういう話があったかっていうのは後から分かった。
後から分かった話で、その時はそれほど立民の鼻息の荒さほどはテンション高くなかった。
高くなく。
なるほど。
そういう方を見てる感じでしたよね。
そうですね。まだ自己連立政権がある頃に、少数それでも少数与党がおられて、最初は連立のパートナーとして高市さん国民民主党さんにアプローチしててですね。
それまで小泉慎二郎さんが勝ってたら維新じゃないかという前提で維新の方も動いてたんで。
かなりちょっと維新さんとしてはそこの議論から外されちゃっている状況っていうのが続いてたということですね。
なるほどいい感じに後編につなげてくれましたね。古木さんもだいぶベテランで。
でも明けなかったといえばね、その法明と自民のこの1999年から続いて、
当時坂本さんに詳しいですけど、混乱した政界をどうにか政治状況を安定させようということで、もともとかなり主義主張が違う党同士で知恵を出し合った。
それを妥協という人もいるかもしれませんけど苦労した末の連立だったし、野党自体も連れ添ったわけですよね。
26年間風雪に耐えた関係と。よく当事者同士が言うんですよね。
亡くなられた安倍晋三元首相は令和を新しい言語に決めた後は、令和っていうのは英語に訳すとbeautiful harmonyであると。
まさに自民と公明の関係もそうじゃありませんかと。
そういうふうにおっしゃったこともあって、それは公明党さんのサービスとして喜べます。
安倍晋三の時ですら、かなり安倍さんも保守的なスタンスですし、集団安全保障の整備とかをして、その時もかなり公明党は苦労したということも言っていて、