1. 西日本新聞ゆるり政治考
  2. 44|新春企画「うるさん」が語..
2026-01-13 43:02

44|新春企画「うるさん」が語る!公明党元国会対策委員長漆原さんがぶっちゃけます(前編)

日本の国政の中心地・永田町で日々取材をする西日本新聞東京支社報道部の記者たちが、政治を身近に感じてもらえるように、ゆるりとニュース解説や裏話をする番組です。

大物ゲスト!公明党元国対委員長漆原良夫さんが政界のあれこれを語ります。昨年の一大ニュースになった公明党の連立離脱の〝秘話〟から、現役時代の自公政権が安定していた理由、苦悩のエピソードも明かしてくれました。うるさん節、炸裂です。
(番組内で、漆原さんの肩書を「公明党顧問」とご紹介しましたが、顧問の任期は既に終了していました。訂正します)

◆出演:久保田かおり(MC/東京支社報道部デスク)、小川勝也(東京報道部記者/自民党担当キャップ)、坂本公司(東京報道部記者、自民党担当)、村田直隆(東京報道部記者、公明党担当)、ゲスト=公明党元国対委員長漆原良夫さん/音声編集:中富一史(販売部)

◆収録日:2026年1月7日

◆東京支社報道部
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◆西日本新聞me(7日間無料)
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#西日本新聞 #西日本新聞me #西日本新聞ポッドキャスト #西ポキャ #西日本新聞東京報道部 #政治 #首相官邸 #永田町

サマリー

公明党の元国会対策委員長である漆原吉尾さんを迎えて、新春企画が展開されます。彼は、政治キャリアや国会運営の裏話、さらには公明党の連立離脱についての見解を語る貴重な内容となっています。このエピソードでは、漆原さんが自民党の高市さんとの政治対話や、連立政権における複雑な関係について話します。特に、自民党と公明党の意見のずれや、党の内部での意見交換の重要性が強調されます。漆原さんは、自民党との関係や政治の質についても述べ、特に集団的自衛権や安保法制に関する議論において、公明党が果たした役割やその困難な過程を深く掘り下げます。また、漆原さんは政治の現状や理念について率直に語り、未来を見据えた判断の重要性を強調しています。

ウルシバラ吉尾の紹介
西日本新聞ポッドキャスト
皆さんこんにちは。西日本新聞ゆるり政治考。この番組では、日々長田町で取材をしている、西日本新聞東京報道部の記者が、政治を少しでも身近に感じられるようなニュース解説、そして裏話をゆるっとしております。
収録日は、今日、もう2026年の1月7日、うまくいくまどしが始まりました。
今年も皆さんどうぞよろしくお願いいたします。今日は、新春企画といたしまして、大物ゲストをお招きしています。引っ張るけど、その方はちょっと後ほど紹介するとして。
今年はちょっと新しいやり方をしています。我々からちょっとおなじみメンバーをご紹介します。司会はデスクの私、久保貴織と、今日メインは公明党担当の村田尚貴さん。よろしくお願いします。
自民党担当キャップで、前の公明党担当の小川克也さん。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ちょっと声が少し、皆さんも風邪が流行っているので、どうぞお気をつけください。
最後に自民党担当で、前の前の前の前の元公明党担当の坂本浩二さんにも加わっていただきます。
公明党担当3人集ということで、私も含めれば昔公明党を担当させていただいているので4人でお届けすると。
ということは大物が誰かがなんとなくお気づきの方もいらっしゃるかもしれません。
大物ゲストのご紹介。公明党の元国会対策委員長ですね。現在は弁護士としてご活躍で、さらに党の顧問でもあられます。
ウルシバラ吉尾さんです。
ようこそ。ゆるり政治講に長田町界隈ではウルさんと呼ばれてまして、ご自身のホームページでもウルさんと表記されているので、
今日は敬愛を込めてウルさんとお呼びしつつ進めたいと思います。ウルさん本日はどうもよろしくお願いいたします。
さすが、この声聞くと安心しますね。
ウルシバラさん、長田町界隈で知らない人はいないんですが、念のためというわけで、ちょっとご経歴を簡単に私の方からご紹介いたします。
1944年11月生まれ、新潟県の椿市でご誕生されて、お年は活やしますけれども、ますますお元気で。
大学卒業後に司法試験合格されて、1971年に東京弁護士会に登録されて弁護士活動をしてされるということで、長く弁護士として活躍された後、
庶民派弁護士ということで、25年間に1万件に及ぶ法律相談を受けました。丸括弧ご本人のホームページより。
1万件。この活動が元になって、1996年に衆議院議員に初当選されて、その後7期務めになられて、その中でも特筆すべきなのは、先ほど申し上げたとおり国会対策委員長。
国会運営を党の代表として取り仕切る、各党と調整したりするという国会対策委員長が8年。すごいですね。ホームページで確認すると2006年に拝命されて、2014年安倍政権の最初の頃まで8年。国会中は走り回っていらっしゃったんですね。
いやもう朝早くね。とにかく8人はもう国会中にいますからね。ボタン押すでしょ。議員が国会内にいるかどうかを示すボタンというのが国会にありまして。
そのボタンはね、私が早いか、今、石川県知事の長谷さんね。彼が国対副だったんですよ。どっちが早いかって毎日一番決めを争ってたんですよ。
長谷さんは一番押してたんですか。
長谷さんはね、朝勉強するんですよ。朝自分で時間作って勉強してるわけ。毎日一番ぐらいに来るわけ。僕は負けちゃいかんと思ってもっと早く来るわけ。
負けてもいいのか。
また早く来るわけ。こうやってね、争っていても。今は地理でね、のど地震があって大雨があってね、頑張ってらっしゃる。
そうですね。石川と新潟って近くでもありますし。
僕ら選挙区の中だからね。
そうですね。
そういう逸話もあってね。もうすぐ国会が、通常国会始まりますけれども、もう北院長は今ぐらいから大体重要法案が何になりそうかとか、いろんな省庁からレクチャーを受けたりとか、国会始まってから忙しいんじゃなくて、その前からけっこう忙しいんですね。
前から仕分けしなきゃいけないからね。
何を優先するか。
法案審査の順番をね、決めなきゃいけないわけだからね。
それをまずね、与党だけでも決められないから、野党の意見とか、野党は何を目指してるかとか。
いや、それを8年もされたという。国会の鬼と。
で、略歴としてはもうこれだけで1本番組撮れるんじゃねえか説があるので、ちょっとここら辺で問題の方に。
国会も知り尽くし、公明党も中央、だから国会対策委員長を退かれた後は中央幹事会の会長として。
中央幹事会できましたからね。
会長としても党の運営を見守られる立場、代表や。
党でいうと総務会に相当する。
最高意思決定期間ですよね。会長として2017年の最後まで見守られて引退されたということで、大物ぶりが伝わりましたでしょうか。
連立離脱の背景
具体的に、ウルさんが活躍されてた時代は、初期は違いますが、ほぼ時効連立の時代と重なるということで。
3年間は野党だったけども、99年から野党になりましたからね。
我々も時効時代をずっと取材してきたので、それに慣れてたと政治を見ちゃってたところもありますけども、
昨年驚きの展開で公明党が離脱するという、まずそこを抜きにしてはちょっと語れないんじゃないかと。
今年の政界も。
村田さんそこら辺からちょっと大物に切り込んで頑張っていきましょう。
昨年の政界の時代の一つといえば、公明党の連立離脱というのがありました。
ウルシャラさんは、この公明党の連立からの離脱について、ぶっちゃけて、いつ頃からこの離脱というのが勘付かれていたのか。
ちょっと異変みたいな。
これはね、10月4日ですよ。
10月4日。
10月4日というのは、高石さんが自民党総裁選で勝った。その日公明党に挨拶においでになった。
その時に斉藤さんが、あなたが総理総裁になられるのであれば、我々は懸念していることがありました。
3つおっしゃったよね。政治と金の問題どうお考えなのか。
安国参拝どうお考えなのか。
外国人対策どういうふうにするのか。この3つについて非常に懸念がありました。
この懸念が解消されない限りは連立を組めません。
組めませんのでその場ではっきり。
連立の前提です。
連立の前提だという言い方ですね。
それを聞いて僕はびっくりしたわけ。
要するに公明党に来ていただいたわけ。
ご挨拶の時。
我が党に挨拶に来てくれたわけになりました。
その時の海国一番の話だから。
僕は今まではずっともう受け入れる。
その日も連立行為やるんですよ。
その日にやるのが定番でしたよね。
大体お祝いムードの場合は。
連立の前提みたいな話が出てくるわけ。
なんだこれはと驚いた。
じゃあそこはウルさんが公明党さんの中のネットワークで
そういう話を斉藤さんがしたらしいと。
やってる意味だから。
ニュースで。
ニュースで出てるような言いぶりの中に
普段は言わないような強い意味がある。
連立のことは絶対言わないんですよ。
もう前提だから。
当たり前のことだから。
それを言うということはね。
しかもオープンにするということは
どういう意味を持つのかという。
僕は慌てるな斉藤さんと思ったくらいだから。
僕は慌てたくらいだからね。
その間の驚きですよ。
もう担当はいけないよと。
我慢だよと。
というふうに僕は思ったくらいだからね。
だけどもね。
考えてみると斉藤さんが
自分だけの判断で
連立の前提だみたいな話をね。
オープンにするわけがない。
普通も変なし。
令尉委員もちょっといかがなもんかと思うのね。
せっかく衆院の挨拶に来てくれたの。
自民党理大の総裁に対して。
おかえりいただいて。
別のルートでね。
正面下で実はこうなんだよっていうところを
オープンにして。
連立の前提ですよと。
というようになればね。
ただことじゃない。
というふうに。
これは斉藤さんが一言じゃなくて。
党員、議員、原宿の議員、党員、支援者
含めて総理なんだなと。
というふうに感じた。
斉藤さんがちょっと突っ走ったわけではなく
もう公明党の今の空気としてもうそうなんだと。
ニュースを見ただけでそう感じた。
そう感じた。
だって今まで僕ら一回もね今まで
僕は8年間やったけども
連立を口にしたこと一回もないのよ。
代表も幹事長もずっと一緒にやってるから分かるんだけども
政策ギリギリにとって連立を口にしたことないのよ。
それを斉藤さんが場合によって
レジにも反するような言い方で
国民の前に連立の前提みたいな話をするわけでしょ。
政界の現状と展望
これはやっぱり呼ぶことの覚悟と
あるいは呼ぶことの今まで
党員主義者と議論をしてきたこと
それが前提になってるなと思った。
あれですよ。
9月何日かに参議院選の総括やったでしょ。
その時にずっと斉藤さんが地方を回ったりして
意見聞いてんだよね。
そういうのもやっぱり頭に入ってるんだろうね。
地元の現場の声、地方議員の声、
それから党員の皆さんの心情みたいな気持ちが入ってるでしょうね。
それを前提にした話なんだろうなぁと思った。
一瞬慌てて一瞬なるほどね。
そういうことなんだろうなと思った。
昨年の秋の衆院選、
昨年の秋じゃない、もう2年前の
24年の衆院選の時からずっと自民党の政治と金の問題に
引きずられるようにして
厳しい結果になったので、それを背負ってという。
一応あの時に党の存亡の危機なんだという認識をしてるわけ。
今の現状は政治と金の問題も含めて
これを解決しないと
この問題は党の存亡の危機なんだという位置づけをしてるわけね。
そういう思いがあったんでしょうね。
でもそこから数日しないうちに
10日だから1週間。
あの急展開に。
やればやればという間に。
解消にね。
その後、高市さんと斎藤さん、西田さん含めて
結果的に3回お会いされたんですよね。
我々もですね、取材させていただく中で
まさか連日離脱という結末になるとは
正直予想してなかったもので
かなり驚きがあったんですけれども
西原さんは連日解消という結果について
勘付かれていたとはさっきおっしゃられたんですけど
どう感じたか。
後で聞いた話なんだけども
4日の日に来ていただいたわね。
で、3つの話を西田さんがしたでしょ。
それが連日の前提ですよと。
その時に高市総裁に斎藤さんが
本例の話をしたいんですと。
時間をくださいと。
いうふうに申し入れしたの。
2人で会いたいって。
だから4日の挨拶の場は別にってことですね。
挨拶終わった後で、ちょうどその日よ。
その時、話が挨拶終わって厳しいことを言った
その後で本音で話をしたいということがありました。
という話をした。
最初待ってた。
高市さん側からの連絡サイトさん待ってた。
いついつどこで会いましょうと。
うちは政治とかの問題を
少しずつ厳しく言うつもりだったんだよね。
政治対話の始まり
5日の日、高市さんに誰が会ったかというと
国民民主党の田中さんに会っている。
6日の日に待ってた。
斎藤さんが春馬さんに会っている。
これじゃねえかと。
なんだとこれはという話。
真情と邪悪となるわね。
7日の日に総理になられて。
総理になられて大臣連れて挨拶を送られた。
党本部に。
要するに役員だわな。
自民党役員連れて党本部に挨拶を送られた。
総理はまだ後ですよね。国会の総理。
役員連れて挨拶。
こういう役員になりましたと。
党と党の初会合をやるわけだよね。
終わってからね。
うちの斎藤さんと西田さんと
向こうは高市さんと
4人で1時間前に会った。
そこでうちは政治と金の問題を厳しく見てました。
という話をした。
それから今度は9日になるんだよね。
全国代表者会議。
全国代表者会議を集めて行ってました。
僕はね、9日の日に
高市さんがNHKかなんかで
テレビのニュース番組。
7月頃の番組です。
何を言うかというと
明日、10月10日の日だよね。
10月10日に斎藤さんと会うんですと
いう話をした。
何の話をするんですかと
アナウンサーに聞いたら
9日の日の全国代表者会議を集めて
いろんな意見を聞く。
その報告を受けるんですという話をしているわけです。
党の内情と議論
違うぞ、これ。
うちはトークがね、結論を出しているんだよと。
そのためにこの他の日、
全国代表者会議を集めているんだからと。
本当にこの人知っているのかなという。
ずれていたわけですね。
ただね、その時はね、
表向きの話なのかもしれないなと思った。
で、10日になった。
で、斎藤さんが
正直な話をした。
塚橋さんは
私は独裁者じゃないんだから
との意見を聞かなきゃいけないんです、皆さんの。
3日間休みがあるからね。
その3日間時間くれませんかというのを言うわけ。
何を言っているんですかと。
今まで何回も何回もこんな話をして
10日には結論を持ってきてもらうという
人認識していたわけ。
で、高江さんのそういう話でね。
全国の口の深刻さが
伝わっていない、伝わっていないなと。
これはもうあかんわと。
急に大阪弁で。
こういうふうに思った。
僕はそこまで聞いてね。
しょうがないなと。
ここまで言って。
だから整理すると4日に内密に
その挨拶のおそらく後に
斉藤さんから高池さんに
個別に時間をくださいと
本音で話をしたいという
ボールを投げているわけですよね。
でも会いたい、この日がどうかとかいう
連絡がないまま
7日になっちゃったと。
で、7日はもう。
その前にうちを外してよ。
外して国民民主党と先に会ってるわけですよね。
それでちょっとおこになって。
で、7日に会ったとはいえ
それは役員同士の会合で
いわゆる公式の会合なわけですよね。
それ終わって1時間半をやってるのかな。
4人で。
なんだけどもっと斉藤さんが思ったのは
本音の話をもう少し2人でしたいという
そういう意味だった。
もうね、7日の日に1時間半の間に
要するに公明党からの問題
非常に党の尊厳問題ぐらいに重視してますから
自民党は早くどう考えるのか
対処をどうするのか決めてくださいよと
いうふうに言ってるわけやん。
その答えがこの10日にあると思ってるわけ。
なのに高市さん側は
9日に公明党の会合もあったそうですから
まずは聞きますというスタンスで
結論を持ってこずに
独裁者になるから今は決められないという
自分で決められないと。
なるほど。
ボタンの掛け違いが2回ぐらいは少ないですね。
掛け違いとやっぱりやり合いだよね。
水面下で本音を語る。
語れる人がいなかったという。
自民党、公明党それぞれに。
高市さんが気づいてないっていうのは
そういうことを伝える人がいないってことですか?
高市さんはね、やっぱり公明党出るわけない
というふうに思ってたんだよね。
だから公明党当然ついてくるもんだ
というふうに思ってるから
プラス国民民主党に行くわけだよね。
さらに安定、少数与党だったから
当時はさらに安定させようと思って
全然違うベクトルを向いてたわけですね。
10月10日の記者会見なんか聞いてると
急に公明党の方から連立行かず言われたって
言われるでしょ。
あれだけ前提なんでしょって
言っているにも関わらずだよ。
そういう認識ということはね。
ようやうちが連立から離れるということは
気づいても思ってなかった。
感じられなかったということですね。
やむを得なかったというふうに
ウルさんも思われますか。
そこまで行ったらしょうがないな
というふうに思った。
現役の議員の皆さんとか
あるいは選挙で
膨大な活動量を行なしてくださっている
支援者の方々も
だいたいそんな雰囲気ですか。
現職の国会議員はね
それでもやっぱり連立出て
野党にならないといけないのかな
という気持ちがあるんですよ。
与党として政治をしっかりやっていくという
思いと政策実現というのがあるわけだからね。
だから連立出るということについては
いろんな考えがあったんだろうと思うけども
僕が北陸新月の自分の選挙区内の
地方議員支援者に聞くとね
さっぱりしました。
さっぱりした。
すっきりさっぱり。
すっきりさっぱり。
要するに
うちはずっとね
政界の浄化
不正は許さんという
清める意味の浄化ですね。
野党の頃からね
野党の頃ずっと自民党だとかさ
不祥事を追求してきたわけよね。
議員の党にも厳しいですもんね。
皆さんもそういう思いでいるわけ。
ところが与党になってからね
公明党の不祥事じゃない
自民党の不祥事なのにね
なぜそれを応援するんだと
弁解するんだと
必ず弁解を求められるわけよね。
友人だったら仲間だったら
そうですね。
苦しいんですよ。
ずっと苦しいんですよ。
そういう意味では
マグマみたいなね
反発マグマが
不党に達していたのかなと思う。
で、こうなったでしょ。
別れた。
で、僕が電話すると
すっきりした。
これで公明党としてね
戦いますという。
本当に地方議員までそういう。
そうなんですか。
市議さん、県議さんレベルまで。
相当不満がたまってたんでしょうね。
歴史的な視点からの振り返り
無理を強いてきたのかなという風に思って
改めて僕は申し訳ないことでしたなと思って。
ただ支援省の中でも
会社経営してるからとか
いろんな人いらっしゃるからね。
それはやっぱり政策実現という観点からどうなんだと。
あるいは平和の観点から
いったい公明党がいなくなったら
つっかえがなくなっちゃうじゃないかと
心配してたっていう
いらっしゃるけども
現実に
省を取ってくださる皆さん
動いている皆さんにはね
自民党の不祥事を
弁解しなきゃならないっていうのがね
ものすごい負担だった。
もうやめてよって。
すっきりさっぱい。
本当。
ちょっと僕はね
申し訳ないかと思いました。
そうです。
逆にウルさんもしここの
10月4日以降の
1週間ぐらいにもし幹部として
中にいたら
もうちょっと違うやり方やってます?
いやそれは分かんないね。
それは僕は現象じゃないんだから
今の執行部は
やっぱり悩んで苦しんで
出した結論だろうからね。
外にいる僕があったことっていうのは
僭越な話だよね。
それにウルさんのカウンターパートだった
二階さんとか大島さんとか
そういった方々がね
今、執行部にいるんだったら
また話が違ったでしょうけど
なかなかその
世代交代と言いますか
かなり顔ぶれが変わってる中で
どこまでできたのかっていうのは
難しい問題がありますよね。
じゃあちょっと時計の針を戻しまして
その時効時代
時効政権時代の
先ほど国対委員長で
朝一番に競うように来られてた
というのもありましたけども
やっぱりどうやってその時効の
24半世紀続いた
先ほどあった難しい
集団安全保障の
一部容認
これはメディアによって表現が
違いますけど集団自衛権か
個別的な自衛権の延長なのかって
ありますけども
ああいった法案ですとか
いくたの
本来で言うと
公明党さんの心情から
少し違う政策も
一緒にやったりして
国民のためというか
結果を政策で出すということを
やってきたわけですけど
この
どんなことを意識して
やっぱり国対委員長を務められてたとか
どういうところがやっぱり
大変だったなというのを
教えていただけますか
僕が言うときはね
時効にとっていい時代
僕はね
僕が国対委員長やったときは
頃は本当にいい時代だった
要するに時効は一緒になったけども
生まれも育ちも違う政党なんですよ
だから物事に関する感度の違いが
違ってあるわけだよね
そんな中で自民党も
うちも相手を理解しようと
相手を困らせないと
相手を理解しようという気持ちは
ものすごく強いわけ
一緒に日本の政治をやっていくんだと
相手を理解して
相手の困ることを
しないようにしようというのがね
自民党の国対委員長にもあるし
私にもあるし
だから困ったことがないんですよ
だけども
3つか4つね
すごく苦しみをした
これはやっぱりね
やっぱりこれは
政党の成り立ちからいって
その成り立ちの根源に関わるような問題が
出てきてる
それが苦しみましたね
僕はね
何回も言うようだけども
潮崎厚労大臣に話したんです
普通に連立10年くらいの時
彼が自民党の会合で
彼の会合に僕出て
四国まで行って
その時に潮崎さんがね
公明党と自民党の関係性
自民党の中に話してくる内容を
一粒の真逆という話を
してくれるわけね
一粒の真逆が発見されると
自民党はこれを全国都度裏々に
どうやって売り捌こうかと
彼も考えるんだと
これは生産者の目線なんですと
工芸と同じ真逆を見てね
副作用がないか考えるんだと
これは消費者の目線なんですと
この別途の違う政党が一緒になることによってね
政策のウィングが広がるんです
だから事項を連立によって
数の安定だけではなくて
政治の質の安定が図られるんです
というふうに
潮崎さんが言ってた
いいこと言うな
どうかそれをずらっと使って
ウルさんのホームページに
事項混雀物語というので
ウルさんが事項のあれこれだったり
人の逸話をご紹介してる中で
第三の巻として
潮崎元厚労大臣編ということで
一粒の真逆の話と
書かれています
だから自民党はやっぱり
国家大企業大都市という
統治者の目線が強いと
でも公明党は
庶民中小零細企業地方という
非統治者弱者の目線
それが一緒に補い合い
調整し合うことで
政治の質が広がり
安定するということをおっしゃっていて
僕はね
よく一緒に聞かれるのは
自民党と公明党って
水と油でしょと
なんでこんなにうまくいってるんですかと
いうふうに言われるわけ
僕はね水と油じゃないんですよと
対立関係じゃないんですと
補充の関係なんですと
足らないところを
足らざるところを補い合う関係
うちは庶民の政党ですから
庶民の感覚
自民党は薄いわけですよ
集団的自衛権の議論
でうちと一緒になれば
そこを学べるわけ
補い合えるわけね
一方うちは庶民の政党だから
国をどうするとか経済どうするとか
防衛どうするとか
設定がうといわけ
それを自民党と一緒になると言って
学べるわけ
だからお互い補い合える
というかな
いうふうになるわけ
そういう補い合う関係が
実法の関係なんだと
僕もそう思う
だけども
ギリギリ党の成り立ちから言って
これ以上
譲れない時点はあるわけよね
そこがうまくつなげていただきました
安倍晋三さんの登場ですね
ウルさんの事故
本尺物語にもあります
やっぱりウルさんの議員生活でも
最終盤の方
一番多分これが最も苦労して
公明党としてもかなり
党内議論と事故との与党協議も
すごい数やりましたよね
朝から
それを知恵を出してきたのは
集団的自衛権の使用に
2015年でしたね
ウルさんの本尺物語にも
ちゃんと安倍晋三総理編ということで
安倍さんがどういうふうな人で
さらにどういう思考を持っておられて
っていうことが書かれて
忘れもしませんと
2012年政権奪還
自民党政権からね
奪還して喜びもつかぬ
なんと安倍総理が
集団的自衛権の行使用に
おもくろみ動き出したのです
こんな大事なことを
事前の相談もなく
突然総理が言い出すので
とんでもないと怒り心頭です
と書かれてます
安倍さんが私的な諮問機関である
安保法制法に下ろす形で
憲法9条を変えて
いわゆるフルスペックの
集団的自衛権
アメリカとか
そういうNATO的なやつですよね
そういうものを可能にしようという
いわゆる線路を引こうと
必死だったと
ですがそれを
与党協議の中で
いやこれはということで
その時のつらかった経験
ウルさんが果たされた役割など
教えていただければ
本当にね
私は何もできなかったんだけども
公明党として本当にあれですよ
譲れない一線なのよね
集団的自衛権
日本の今の憲法をどう解釈してもね
安倍さんの言うように
安倍さんは現行憲法のもとでも
フルスペックの
集団的自衛権の行使ができるんだ
という考えなのよね
解釈変更の幅を
最大限広げるというようなスタンスでしたね
それをこの安保法制法という
自分の指摘諮問機関に
測るわけ
その指摘諮問機関は
全部4人乗るんじゃないですか
測るわけ
うちは今の日本の憲法で
集団的自衛権を認めると
断じてできない
政府の見解でも
政府の統一見解でもあるんだよね
日本の学者の一般的な通説でもある
かなり憲法学者も当時
反しましたもんね
うちはもう
集団的自衛権の行使用に
不可能だと
解釈で変えるのは不可能だと
いうことで
真っ向から対立するわけよね
僕はね
長い間日本の政治家
日本の学者がね
苦労して苦労して積み重ねてきたものをね
安倍さん個人の趣味によって
変更されてたのかと思って
内心を
せっかく日本が
何十年かけて英史を絞って
集団的自衛権は
行使しないんだと
裁判所も
それから学者も
政府もそう言ってきたのも
安倍さんの美しい日本国
日本国家
美しい国
第一次政権の時はそう言ってましたね
そんな考え方でね
憲法解釈
変更されてたまらなくなってるのは僕のね
腹の底からあの時イカッたのよ
それは
そこまで強い言葉じゃないにせよ
2回元幹事長とか
大島元議長とか
主任議長とか
親しい自民党議員にはやっぱり言っていたんですか
やっぱり公明党は
無理だと
自民党とこの問題で
安保法制法の結論が出るでしょ
安保法制法の結論はもちろん
安保法制法にOKと出るわけで
そこからうちと議論が始まるわけよね
うちは断然認められない
ということで
大変なことになるわけだよね
それこそまとまらなきゃ連立いらんない
当然ですよ
ここを
平和憲法を規制という
うちの基本的な考えが変わるようであれば
安倍政権との関係
連立にいる意味がないし
今後とも存在意味もなくなった
その時は流石に連立のワードは出したんですね
全然言わなかったよ
その時も出さなかった
でももしそうなったら
それは自民党の皆さん
僕と付き合っている皆さんは
公明党は限界なんだろうね
うーんと言うだけなの
誰かのモノマネのように聞いてましたけど
限界なんだ本当に
自民党も分かってくれてる
口に出すまではないんだよね
じゃあその時ですら連立の2文字は出さずに
やっぱり容認はできないってことを繰り返し
言って与党競技の中で編み出したのが
その武力方針の三要件というものに
落ち着かせたということ
そうだよね
これはね本当に素晴らしい試合だったね
薄皮まんじゅうじゃないか薄皮一枚っていうね
本当に薄皮一枚で
首都圏自衛権の最大限のところまで
日本が攻撃されていないにも関わらず
武力行使ができるというようにしたわけだからね
密接な他国がっていうところに
半歩踏み出したということですね
その代わり
この孫列騎自体という要件を厳密に厳密に厳密に
言っていくつもブレーキをかけて
日本が迫り出すと同じような状態という風に
ブレーキ返ってきたわけだよね
それで国庫の柵として
自己政権としては乱したのが
僕は国庫の柵とは言わないんだけど
疑いに進入した結果
美しい日本語
自民党も進入している
この人たちは考えてね
この人たちは無理だろうな
うちも自民党の気持ち分かるけども
これ以上負けたよと
進入してるわけ
そこで達した結論なんだよね
やっぱり当時の安倍さんもそれで納得はしたんですか
当時の安倍さんは納得したよ
この番組でどうするかというとき
うちは北川さんと小村さんがやってるんだよね
北川さんと元副代表ですね
大阪一番だった
自民党小村先生とこの2人でやるんだけどね
この案を総理のところに行って
了解してもらう
いやどうするかと
公務員党案にするわけにはいかんねえと
小村案にしようと
公務員党小村さんが考え出した案ですよ
小村さんに持って行ってもらった
安倍さんといえども
小村さんを袖にすることはできないわけですね
公務員党のことで
公務員党が反対したからこうなったと
分かっていたとしても
自民党の案として持って行った方が
気分いいじゃないの
そこら辺が政治の知恵なんですね
なるほど
ウルさんの婚弱物語には
安倍総理は優れて老齢なリアリストでもあった
というふうに総括されています
時効が議論を尽くした後の判断
っていうのは常に公務員党に配慮した
現実的な解決策だったと
公務員党さんが言う平和安全法制もそうですし
軽減税率とか特別定額給付金とか
そういったものも最初自民党は対立してても
年どころを探って審議したということですね
安倍さんのエピソードも書かれています
ウルさん私が総理をやっているあなたも
国対委員長を続けて私を支えてくださいねと
安倍さんに言われたというエピソードで
そうだったね
安倍さんの在任期間と
ほぼウルさんの国対委員長の期間が8年
8ヶ月と8年とほぼ一緒ということで
充実した思い出深い日々だったというふうに
総括をされてますけど
苦しい日々だった
苦しい日々だったからこそ逆に充実した
いい結果出てるからね
安倍さんがいなかったらこんなに苦しむことないんだ
そうですね
今後編につながりますけど
今のこの安全保障環境とか見たときに
当時結構公務員党さんが言ってたの
私も覚えてるんですよ
公正に評価されたらいいと今批判されるのは
仕方ないアレルギーがある人
戦争で痛みを負った人が怖がる
嫌だっていう気持ちも分かると
でも今後やっぱこういうことが
必要な事態になるかもしれない
ってことを備えるんだっていうことを
よく公務員党の議員さんがおっしゃってたので
まさにそういう生きたくはない世界に
世界全体が突入してしまってるので
10年前の事故の判断というものが
政治の理念と現実
少しずつ歴史によって検証されてきてるかなという
僕は党員主義者の皆さんに言ったのはね
うちの党は皆さんの支持を持ってる
皆さんは理念を重んじる政党で
理念を重んじる皆さんが集まってらっしゃる
現実のプラスマイナスというかね
ポリリズムじゃないんでした
だからこの問題は50年先を見て判断してくださいと
50年
僕その時皆さんに言ったのは
自分の法律支援者の兄はね
50年経って判断していただいて
母の時公務員党が正しかった
まずかったなと
50年でそのスパンで考えてくれませんかと申し上げた
今も10年でね
立憲ですら憲法違反はないと
野田代表が今ね
憲法違反だと言ってきた部分は見当たらないと
今の現状でおっしゃってるぐらいですから
なかなかもう定着の域に入ってきたのかな
というふうには思いますけれども
だから要件を厳密に
要件を重ねたことが
作ったことがやっぱり評価されて
これ大事なことなんだよね
法律の解釈っていうのは
元国会議員の証言
おっしゃったように
誰かが異性者によって
簡単に変わるようじゃ
本当に予見可能性というか
そういう意味でも
非常に怖い世の中になるし
恣意的になって
なるほど
村田さんどうでしょう
前編
前編
連日の離脱から最後は
安全保障ができるまで
非常に貴重な
話を聞かせていただいて
まさに元国会議員として
初めて取材決定
そうですね
一発目に二足
自分でもよくやったな
逆が
後ろです
そっち
ウルさん
自分でも合格点を出していただいて
新しい形で
元国会議員をこんな風にいじっていいのか
ありがたい限りで貴重な
次回も
ウルさんにお付き合いいただくということで
それではエンディングです
我々西日本新聞東京報道部と一緒に
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今年も全力で
かなりゆるいけど
ちょっとは役に立つ政治番組を目指して
我々も頑張っていきたいと思います
次回も引き続き
ウルさんのご登場を楽しみに
皆さんありがとうございました
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