ありがとうございます。
今坂本さんの記事の中にもありましたけど、ちなみに坂本さんがこの記事を書いたのは2024年の大晦日じゃなくて2023年の大晦日ですよね。
それで言うと戦後79年にあたる2024年頃から西日本新聞では軍力証明書の交付申請を読者に呼びかけ、そしてそのことについて記事にしておられたんですよね。
2024年、戦後79年の幕開けの元日の朝間からスタートしたのが、うちでも戦争があったあなたの家族の奇跡というキャンペーン報道です。
軍力というのは、招集令状、いわゆる赤紙を受けて兵士となった市民を含む旧日本軍の軍人、軍族。
軍族というのは旧陸海軍の非戦闘員、コックさんとかを含めてですね。
あと工場で働いていた方とか、あと従軍看護婦などの履歴のことです。
入隊した日付、赴いた認知など、死亡や除退までの足跡が記されている、まさに履歴書みたいなものなんですね。
軍歴の資料やそれをまとめた軍歴証明書を、ざっくり言うと陸軍の場合は都道府県、その方が終戦を迎えた際にいた本席地があった都道府県に記録が残っています。
海軍については現在の厚生労働省が、ざっくり言うと保管をしている。
陸軍のものでも厚労省が保管しているものもあるんですけども、基本的には戦争に赴いた方、もしくは国から雇われて技術委員とかなった方の記録というのは残っているということになっています。
戦争を記録する方がどんどん高齢化する中で、ご家族の中でも戦争体験がうまく継承されていないということがあるので、
それではその読者の方やご自身の親族、非おじいさんとかおじいさんとかが、戦争をどう過ごしたのかというのを役所に申請をして、その記録をもう一度手にすることで戦争を見て、
しかもそれを新聞社に寄せてもらって、我々が取材をして記事を書くことで、戦争の実装に迫る、今だからこそできる調査報道ができたらなというので始めたのが、このうちにも戦争があったです。
その証明書って誰でも申し込めば教えてくれるというか、見せてもらえるものなんですか?
これが誰でもできなくてですね、本人と配偶者、これ都道府県とかによって異なるんですが、6信徒以内の血族。
6信徒、まあまあ広いですよね。
そうですね、あとは3信徒以内の姻族、これ結婚した配偶者の血族ですね、ただ自治体によっては3信徒までしか申請できないものもあるので、
暇子までしか申請できない、なのでいつかはできなくなってしまう申請の書類なんですね。
そうか、今はまだ3信徒、6信徒というと、父親母親が1信徒、おじいちゃんおばあちゃんが2信徒、ひいおじいちゃんおばあちゃんは3信徒。
だから今戦後80年という2025年の時点では、なんとなく暇子にあたる人たちというのはまだある意味ご存命ですけれども、それがやっぱり年を追うごとにできなくなっていますよね。
あとはその子供さんとかお孫さんがいない方ですね、20代とかで亡くなった軍人とか兵士の方もたくさんいるので、
そういう方の申請ができるのはもういよいよ本当に今20代とか30代の方が最後になる可能性もあるんですよね、おじいさんとかですね。
そう言われてみれば、うちも大分の祖父母の家には、祖父母は戦後も生きましたんで、父も生まれ、父も生まれ、僕も生まれたんですけど、
やっぱり仏壇の横にですね、若い兵隊さんの家が飾ってあって、たぶん婆さんの弟だったんじゃないかなと思いますけど、そういった方々が実際どこでっていう話っていうのは、僕も今これ何信徒になるんだろうか。
だからそろそろギリギリですよね、僕が申請しないとぐらいのところですよね、おじいさんとかなるとですね。
その申請に必要な書類っていうのはいくつかあって、例えば申請したい当日、例えば祖父と自分の関係を証明する書類ですね、戸籍等本ですよ。
私と父親との関係が証明する戸籍等本、そして父親と祖父との関係を証明する戸籍等本みたいなものがそれぞれ必要になってくるんですよ。
それをまずは陸軍の場合は都道府県に連絡をして、記録が残ってくれるかどうか調べてくれます。
で、ありますよということになると、そういった必要書類を揃えて郵送すると、以前は1週間とかだったんですが、このうちにも戦争があったを始めて戦後80年が近いということもあって、ものすごく申請が増えているそうで、
中には1ヶ月とか2ヶ月とかかかることもありますし、厚労省については郵送でしか問い合わせを受け付けてないので、まずは送ってみて、書類があるかどうか調べてくれて、
そこからまた申請書を送っているということなので、かなり時間がかかるのは時間がかかります。
とはいえ数ヶ月待てば、何らか分かりました、こうです、もしくは分かりませんみたいなことももちろんあるでしょうし。
戦後の混乱期に軍が意図的にもしくは何らかの理由で書類が失われてしまったという、処分されてしまったということもあって、私自身もですね、私の祖父の母方の祖父の方は記録がなかった。
父方の祖父の方は小倉の陸軍工廠という陸軍の工場で技師として働いてたという記録が見つかったんです。
そうなんですね。
いろいろ調べてみると小倉の陸軍工廠の第4工場で働いてたと。
第4工場で何を作ってたかって調べてみると風船爆弾と言いまして、アメリカの本土に風船を飛ばして爆弾を飛ばすというのを何らかの設計に携わってた可能性があるというところまで分かったんですね。
そうなんですね、ここまでだんだん分かってくるんですね。
子供の頃に祖父がまだ元気だった頃に、じいちゃんは人を殺しの道具を作ってしまったと。
今は人のために役立つものを作りたいんだということで、私の祖父は発明家だったんですけども。
発明家だったんですか。
足裏に入って、それを座るとお尻の重みで足つぼが押されるとかですね、そういう健康グッズとかをいろいろ作ってたんですが、今振り返ってみると、この祖父が言ってたのはこういうことだったのかと。
風船爆弾とか戦車とかを作ってたんだなということが分かったり。
風船爆弾とか戦車とかなんだ。
小倉の陸軍保障で小型の戦車とかも作ってたという記録があるので、そういったことが分かったんですね。
北急勤務があるんであれですけど、小倉はそれこそ、今の小倉の中心部ってもともと陸軍の工場が結構あったんですよね。
そこから風船爆弾を作ってアメリカ本土を攻撃してたということで、当初長崎に原爆が8月9日に落ちましたけども、最初の目標は長崎ではなく小倉だった。
その前日にたまたま八幡というところで大空襲があって、B29が小倉上空に差し替わったところに煙が充填してて、目的地が見えなかったんで、長崎に進路を変えたと言われてます。
なので当時平日だったので、私の祖父もおそらく工場で働いたはずで、もし原爆が落ちてたら、もう多分私も生まれてなかったということがこの原爆なんですよね。
そうですか。
そういったことがわかるのが、なので記録と記憶、家族に伝わる記憶と役所に残っている記録を照らし合わせて我が家の戦争を見つめましょうというのが、このうちにも戦争があったというキャンペーン報道です。
そうなんですね。それこそ中山さんも軍歴証明書の交付申請されたんですよね。
私も今回この企画が始まるっていう時に、ちょっと気になっていた、自分の祖父について気になっていたことがあったので、この機会に調べてみたいなということで軍歴紹介しました。
それが私が中学校なんですけど、私の祖父はもう私が生まれる前には亡くなってたんですが、親戚からですね、おじいちゃんは1945年8月15日の終戦の日に人間魚雷で出撃する予定だったけど、戦争が終わったので生き延びたみたいな話を聞いたことがあって、それがちょっとずっと頭に残っていたので調べてみようということで調べてみました。
そうするとどんなことが分かってきたってことになるんですか?
そうですね。まず最初これ気になったならすぐ調べればいい話なんですけど、今までやってなかったのが、やっぱり家族があまりこの話を知らなかったっていうところがあって、天海にいたらしいぐらいの話は聞いてたんですけど、そんな特攻とかですね、そんな話があるなら言ってくれるだろうみたいなものがあったんですけど、
そういったものが全然なかったので今に至ったんですが、なので半信半疑のまま一旦軍歴を紹介してみました。それこそ先ほど坂本さんがおっしゃったように陸軍にいたのか海軍にいたのかさえ分からない状況だったので、
そうですよね。
さっきユウカムさんおっしゃったみたいに、自分のところの実家に家があって、この若い兵隊さんなんだろうということで調べてみたら、いろいろ記録が分かったということがすごく多かったですよね。
8月15日にはアイドルグループの新しい桜井翔さんの軍歴を紹介していただいてですね、そちらの記事を掲載したんですけど、まさに桜井さんが同じ例で王子の方の軍歴を紹介して、そこで思ったこととかをですね、いろいろ語っていただいたというような内容だったんですけども、
やはり先ほどユウカムさんもお話しされたように、戦死された方というのは子孫がいないという場合もあるので、やっぱり王子とかに当たるような方ですね。
っていうのはやっぱり気になる方が多いんだなというのは今回改めて思いますね。
今その記録を取らないと、もうその王子の方たちが生きてた記録が本当にご家族の記憶からも消えてしまうという。
そうですよね。
いや、ありがとうございました。
それこそ今YouTubeをご覧の方はあれですけども、まさにこれが軍歴紹介で、これでしたよと送ってくるのがこういったものだってことなんですね。
これは桜井翔さんの王子の軍歴を撮影させていただいたものですね。
もともと軍歴紹介をやろうと思ったのがですね、中国に私2023年の8月までいたんですけど、
帰国したら2025年は1580年なんで、必ず1580年の企画をやりたいと思っていて、
でも戦争の体験者の方自身がかなり高齢になっていて、かつてのように当事者の方の話を聞いてっていうのはなかなか難しくなっていて、
しかも若い人にとっては戦争がすごく遠慮なくなっているというのがあって、何かできないかなと思ってた時にNHKのファミリーヒストリーという番組を私はよく見ていて、
これ、そしてあと永遠のゼロという、若者が自分の親族の歴史をたどっていったら特効隊員で、
いろんな人に話を聞いたらいろんな側面が浮かび上がってきたっていうのがあって、
それをファミリーヒストリーと永遠のゼロを足して2で割ったような企画ができれば、しかもそれを読者の方ご自身しか申請できないので、
読者と記者が一緒に連携してやっていけたら、今しかできないこの1580年の報道ができるんじゃないかなと。
ただ申請に時間がかかるので、あえて1年前から、
そうですよね。
1580年からスタートしようとやってきたのがこの企画です。
これまでにそれほど何人ぐらいの方が呼びかけに応じていただいて、記事になっていったってことなんですか。
数えずに言うと多分100人ぐらいの方、いろんな読者の方も含めて、今約40人分のうちにも戦争があったを掲載できて。
それぞれのってことですよね。
田山さん、それこそ今日の話、今感想の話もありましたけど、どうでしたか。
そうですね、自分のことで言うと、私の祖父って家でしか見たことない、モノクロのぼやっとしたイメージしかなくて、本当に遠い存在、遠いというかイメージができない人だったんですけれども、
軍歴紹介とかすることでですね、本当に動き出すような、人物がカラーの中で3Dで動くような、そんな感覚があって、また同じようなことを嵐の桜井さんもおっしゃってたんですけども、
やっぱり自分に惹きつけるというか、身近に感じるという上では、本当にとても良い方法だなと思っているので、自分には大した話はないとかですね、自分の家族にそんなエピソードなんてないですって思っていらっしゃるような方にこそですね、ぜひ一度試してほしいなと。
なるべく早く試してほしいなと。今回私ももう少し早かったら、あの人にも話が聞けたとか、あの方ももっと覚えてたかもしれないとかですね、そういうことを思う機会が多くて、やっぱりもう間もなく1580年ということなので、なるべく早く動いてみていただきたいなというふうに思っています。
おじいさまはもう生まれた時は亡くなっていらっしゃったって言われてましたけども、そうでない親戚の方たちも含めて当時の話がもっと聞けたんじゃないかということですよね。