1. 丹羽には、にわかに庭が広い。
  2. 終わり方を改めたいと思ったの..
2023-03-12 25:31

終わり方を改めたいと思ったのに既に始め方を失敗していた

履修登録期間に1日余裕あるだろと思ったらなかった丹羽です。
一応、大きく履修登録はしておいたから無事ではあるものの、3年生という事実に怯えています。
映画「少女は卒業しない」を見て、ものごとの締め方終わり方を改めようと思いました。
おたよりはこちらまで。https://forms.gle/RE3aG6Ej4NkeZLWr7

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3月12日、第48回目の、にわにわにわかに庭が広いです。
3月12日とかになると、卒業式もぼちぼち終わっている頃なのかなって思いますね。
大学もそうだし、高校中学って言って、なんか一区切りついてるような、ついてないようなこの卒業式以降の頃が訪れていると思います。
私は実家に帰ってきてまして、まあなんか、実家に帰ってくるたびこれを言ってるような気がするんですけど、間延びした毎日を過ごしてますね。
生活リズムは一定にはなってるんだけど、やるべきこと、やりたいこと、やらなきゃいけないこと、
やってみようみたいに思ったこと全部できてないみたいな、何やってるんだろうな、期間を実家に帰っていると過ごしてるんですけど、
なんとも言えないですね、なので。
窮屈な感じもすれば、逆に広い感じもするし、でも、まあ窮屈な方があるなっていう気はしますけど。
でもずっと、休み中に下宿先っていう言い方というか、一人暮らしのところにいるよりかはやっぱり実家に帰ってきた方がいいなって思う面もあるしね。
なんとも言えないのが、寄生ってそういうもんなんだなって、なんか回数重ねてると思いました。
なんか最初は休まるっていう意味が強いのかなと思ってたけど、その休まらない部分もあるし、なんか色々ですね。
そうなってきましたね。
回数重ねてんだなっていう自覚だけあります。
なのでいつもと録音環境が違うから、ちょっと違うなっていう感じがするかもしれませんが。
まあ話していることはいつもの恋日記と本当に変わらないんですけどね。
まあそんな感じです。
庭のガーデニング。
このコーナーでは私、庭の好きなものをお話しするコーナーです。
最近見た映画の話です。
少女は卒業しないという映画を見ました。
この映画は原作アサイリョウ、中川俊監督作品、かわいいうみ主演っていう感じでこう推し出されていて。
気のせいかもしれないんですけど、高校の図書室にあったようななかったような気がしてて、この原作が。
でもなんか読んだことはなくて。
あとこの映画を見に行きたいなと思ったのは、かわいいうみちゃんが主演っていうので見に行きたいなと思ったから、
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この映画の広告とかあらすじを知らずに見に行ったんですけど。
いざ見たら、4人の少女の群像劇で、その主演のかわいいうみちゃん以外に3人の少女の視点も描かれているっていう感じで。
案外目まぐるしくて、最初の方どういう見方したらいいのかなっていうのでついていくのに必死だったんですけど。
いい映画というか、本当に卒業式の独特の雰囲気があったというか、そんなのをすごく感じる映画で。
なんかある意味この4人の視点っていうのがまたいいなって。
1人の女の子だけとかじゃないのが、高校っていうその一つの狭い場所をテーマにしてるからこそ、
同じ高校の中でバラバラな4人がいたっていう、この感じを2時間にギュってなっているのがすごくいいなってなってましたね。
大きすぎるあらすじを言うと、この映画は高校3年の卒業式の前日から卒業式のその日までの2日間を、
ちょうどこの3年卒業と同時に廃校になる高校に通う4人の少女の視点で描いた映画になってて、
4人の少女って言うんですけど、この4人には友達関係があるわけじゃなく、それぞれ部活が全然違ったりとか、
関係がほとんどない女の子たちの4人なので、本当に視点がバラバラというか、すごい切り替わる映画だったんですけど。
なんて言ったらいいんだろうな。特に大きい展開があるわけでもないというか、
まあ希少転結で言ったら、卒業式の前日と式の日っていう2日間だけを描いてるから、まあ欠の部分じゃないですか。
で、それでだからといって、高校生活を4人それぞれが思い出に浸ってるとかそういうわけでもないから、
それがまた良くて、ただ本当に式と式の前日がある感じが良かったなーって本当に思ってましたね。
私の高校の卒業式の話をすると、私の卒業式の頃はコロナ禍真っ只中だったから、
効果も歌わなかったし、なんでか知らないけど、名前も呼ばれなかったし、拍手とかがなくて違和感を覚えたところがあったから、なんか変、なんか空気がすごくね、なんかシーンとしてて、
高校生活を閉じたっていう感じが未だにしないので、ある意味私の高校の卒業式っていうのは、まあ少女は卒業しないというかしてないなのかなっていう感じなんですけど、
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だから映画で描かれている高校の卒業式っていうのにめっちゃ共感したっていうわけでもなかったんですよね、なんかすごい共感した、こういう卒業式だよねっていう感じでもなかったんですけど、
でもなんだろう卒業式を味わえたので、すごいそういう意味でも良かったなぁと思ってて。
主演の河井由美ちゃんが演じるのは、卒業生代表として陶字を読む役割を割り当てられたっていう役柄で、その2日間がずっと描かれてるんですけど、
他は慶恩部の部長の女の子で、中学も一緒だった男の子となんかちょっと関係がありそうなみたいな感じで、
もう一人はバスケ部の、これまた部長ですね。で、この子は彼氏がずっといるんですけど、
自分は東京進学にして、彼氏は地元の大学かなに進学ってなって、自分の東京進学を決めてから彼氏と気まずくなったみたいな感じで寝て、
最後の日ぐらいは綺麗に終わりたいをずっと抱えて、2日間バスケ部の女友達と喋ってるみたいなシーンがずっと印象的で、
なんかこの子のシーンが結構長く感じる、同じぐらいだったような気がするけど、この子のシーンが結構印象に残ってましたね。
あと最後というか、もう一人がクラスに馴染めなくて図書室にずっといるような女の子でした。
それであのバスケ部の部長の子みたいに、4人とも全員恋をしてるんですよ。
それがこうそれぞれ淡い、淡いなーっていう感じの感じをずっとしてましたね。
最初にあらすじで2日間卒業式とその前日をしか描いてないとは言ったんですけど、
この主演のかわいいゆうみちゃん演じるまなみだけは階層シーンがあって、
まあ4人ともやっぱ時間とかシーンとしては同じぐらいなのかなと思うけど、やっぱり階層シーンがあるから厚みはあったんですけど、
階層シーンがあってもどうしてっていう部分はあって、
その彼氏がいたんだけど、彼氏が多分高校2年の年に死んじゃうんですよね。
なんかそういうのがあって、みたいなシーンは描かれるんだけど、
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なんで彼氏が死んだかとか、彼氏さんが亡くなってからまなみが動けなかったみたいなシーンがあるわけでもないから、なんかこう難しいんですけど。
だから原作読んでたらなんでっていうのはわかるのかなーなんて思って、原作読みたいなーってなってるところですね。
そうだからなんかやっぱもうちょっとだけ4人のことを知りたいなーってなったなーってなってます。
パンフレットを見に行った映画を買うことには基本している人間なんですけど、
まなみが当時を読むシーンがあるんですけど、当時全文載ってそうだなーと思って、
絶対パンフレット買おうと決めて見終わってから急いでパンフレットを買って、でやっぱり当時の全文載ってて、
あーすごい買ってよかったなーってなってるんですけど、でもね当時のその全文載ってるのはいいんだけど、
手書き文字で見たかったなーってすごい思ってる。
フォントがなんだろうこれ、ひまじたいみたいな、手書き風のフォントではあるけど、本人の字じゃないなーと思って、
なんかそれがちょっと寂しいなーって思ったんですけど。
それでパンフレットを読んだら当時のシーンは一発撮りだったらしくて、すごいなーと思ったし、
なんかだから一瞬ポロッとする場面があって、当時のシーンで。
それが、まあこの学校は今年で取り壊しになりますってなってからの一文というか一節に、
私たちにとって学校は世界のすべてだったと言ってもおかしくありません。
そんな学校がなくなってしまうなんて今でも信じられません。
心のどこかで卒業してもまたここに戻ってこられるような気がしていました。
でももうそれは決して叶いませんっていう一節があって、なんかここにすごい泣けるなというか、私はポロッと来てしまって。
なんか学校が世界のすべてだったっていうのがそうだよなーって思ってたし、
なんかこの一文に少女は卒業しないっていうタイトルのことがなんか全部詰まってるような気がしてて、
その学校と家しか世界が広がってないっていうのがある意味高校生までだなーと思ってて、
それ以上になるとイヤガオウにもいろんなものに触れてるなって、
今私は大学生になって実感はあるんですけど、
まあ高校生の頃からバイトしてる人とかもいるし、すごい旅行が好きでみたいな人もいるとは思うけど、
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でもなんだろう、学校と家っていうのの密度がすごい高くてみたいなのっていうのはやっぱり高校生までだなって思ってて、
それが良かったわけじゃきっとないんだろうとも思うし、
大人になると世界が広がるよってよく言って、なんかめっちゃはっちゃけてるような人もいるからさ。
イヤガオウにも世界が広がると、思い出を詰め込むみたいなことってやっぱもうないから、
なんかね、思い出をギュッてされたこの当時の一文だったなって思う。
世界が広がるとやっぱり思い出みたいなのを詰め込みはしなくなると思うんですよ。
うーんと、積み上がることはあると思うんですけど、詰め込みはしないというか、それがそうだなってなって、
なんか累戦に来てましたね。
その、学校が世界のすべてだったっていう表現はたびたびこのポッドキャストでも、
この大人になることに抵抗感のある私からしたら、
この世界が広がることのすべてがいいっていうふうには思ってないから、
なんかこう、同様に私からしたら響くものがあって。
だから、学校が世界のすべてっていう表現を使ってこの卒業式を閉じるのが、
学校っていう狭い世界だからダメだったとか、そういうことじゃないって思っていいんだなって思えて、
そこに良さを感じてました。
あと、この一節がタイトルの少女は卒業しないを支えてる感じもまた良くて、
卒業しないっていうのは、卒業しないとただダダッコをしてるんじゃなくて、
卒業しないっていう意志を持ったまま、何か進んでいくようなものだなぁと思えるので、
この狭い世界から出ていくっていうんじゃなくて、
この狭い世界を持ったままいるよっていう感じが私には刺さってましたね。
エンディングというか、主題歌かな、が同い年の2002年生まれの
ミユナっていうアーティストの夢でもという曲だったんですけど、
私、高校1年の頃かな、松越会議で次世代アーティスト特集みたいなのをたまたま見てて、
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その日に出てたのがミユナとユキチカサクメンとメガシンノスケっていう3人だったんですけど、
その日の放送以降、ミユナのこのカンビールっていう曲をしばらくリピートしてる時期がありました。
この2002年生まれなので、本当に同い年の子が、言ったら未成年じゃないですか、
がカンビールっていう曲を歌うってどういうことじゃって思って聴いてみたら、
大人になりたい私と、でも大人になったら忘れていくものができるから、
大人になってないチョコレートで満足できる私っていうのをそのまま歌った歌で、
メロディーはめっちゃ大人っぽいし、声も大人っぽいんですけど、
なんだろ、すごい同い年だなーってすごい思えて大好きで、本当にリピートしてて、
なのでこの映画の主題歌をミユナが担当してるっていうのが納得だし、
ほんのちょっとだけその頃思い出したなーって思いましたね。
で、映画見た帰りは原作のアサイリョウの小説会日本屋さんに行ったんですけど、
売ってなかったので、高校生の頃に好きになって、
ほぼ毎月買ってた音楽と人という雑誌をしばらくぶりに買って帰りました。
なんだろう、そんな映画でした。
2話の養鶏場、このコーナーでは私2話の最近あった出来事をお話しするコーナーです。
最近というか、ちょうど今週は来年度、2023年度の時間割りというか、
履修登録をする期間だったんですよ。
それが3月6日から、私勝手に3月10日金曜日の13時っていうお昼の時間までだと思ってたら、
3月6日から3月9日の13時でやらかしたと思って、
3月7日の日に大方の時間割りを組んでみて、もう1回後で考えようと思って、
あの、いろいろおかしいなっていうところがあったりしたから、
なんか履修登録の時しか連絡を取り合わない方とかと連絡しながら、
なんかそのやり取りしながら、こここうだよねみたいなのを8日の日とかにやってて、
でまぁ9日の日とかもまだそれが続いてたりとかして、
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でじゃあ金曜日もう1回組んでみようって、
あの、大枠に組みすぎたからもう1回組んでみようって思ってたら、
9日混ぜだったーってなって、あーい、やらかしたなーってなっております。
ダメですね。年々ダメ人間になってるなっていう自覚があります。
私こういう日程ちゃんと把握してるタイプだったんですけど、
タイプだと自分で過信してたんだなって思って、今すごくショックを受けてるし、
あー多分気が緩んでいるなと思っていて、なんかあーやばいなーって思ってて、
そしたら久しぶりに悪夢というか、あの、金縛りっぽく体がこわばって起きるっていう経験を今日したので、
ちゃんとしろよっていうことなんだろうなって思います。
とりあえずその履修登録の大枠だけはしといてよかったなというか、
これでその、それすらもしてなかったら自動的に入念になっていたので、
ざっくりとした履修登録というか、枠組みだけを作ったみたいな形にはしてあるから、
4月の前期の履修登録変更期間でちゃんと追加するなり削除するなりしないとなっていうところになってますね。
私その変更期間で変更するのが、なんかね得意じゃなかったから、
私いつも問題起きてるしみたいなことあったから、ちゃんとしときたいなって思ってたのに、
あーもう最悪だなーってなってて、自分が全部悪いんですけどね。
ダメ、ダメかもしれないです。3年生。こういうことができないといけないのになぜかできなくなっていくっていう。
その履修登録をした日、あの大枠の履修登録決めた日に、やっぱ考えるじゃないですか。
進路というか、資格取る取らないみたいなのとか。
1、2年生まではすごく、なんだろう、もう詰め込めばいいやというか、
そんな感じでいたし、まあ履修の科目も多かったし、だから詰め込めばいいやーっていう感じだったりしたんですけど、
3年生になると具体的に資格取得のあの授業っていうか、それが名前がね、ボンボン出てくるから、
本当にどうしようかなってめちゃくちゃ悩んで、
一応取るみたいな、その資格取得の必要な科目は全部入れるみたいな形にはしてたけど、
それで本当にいいのかなっていう考えもあるし、なんかそういうのも考えてて、
あー具体的に考える時がまたというか、来てるよなーって考えてたら、
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1、2年生の時までの履修登録のワクワク感というか、
この授業取れるんだ、面白そうって思って取るというよりかは、もっと重々しいものというか、細かくなっていって、
全部が本当に直接的に自分に関わるものになっていってるなっていう感じがして、すごく迷ったし、
ある程度考えてはいたんですけど、履修登録期間までに。
でも登録したい科目を入れていく過程とか、実際に何曜日の何件にこの授業が入るってなると、
リアルというか、なんかもっと具体的に考えなきゃいけないんだなってすごい思わされて、
また自分に降りかかってくるこの進路みたいなやつがあるなって思って、
なんか本当に1、2年の時までとの違いをすごく見せつけられている感じがします。
怖い。
自分が履修登録の日を1日ずれて考えてたとか、そういうのも、
ズレが生じてる感じも、自分の中ではダメだなぁと思うポイントで、
今しめの時期になってます。
もうちょっと考えたいなって思っている間に、卒業式とか、
そういうの来るんだなって、また思い始めちゃったなぁと思って、
なんて言ったらいいかわかんないんですけど、高校の頃と同じようになるかもしれないなってまた思い始めてすごい、
恐ろしくなってます。
いやでも、その履修登録の期間を1日ずれて考えてたのは本当に自分が悪いから、
ダメだなって思って、そんなところです。
そろそろ第48回目を終えようとしているところです。
映画を見て履修登録失敗してみたいな話があったんですけど、
この少女は卒業しないという映画で、終わりというものを綺麗に持てないと前に進めないというか、
そういうものがあるんだなって思って、ちゃんとこういう3月とか卒業の時期、
そして年度が終わるこの時期は終わりっていうものをちゃんと持ってなきゃいけないなって思ったのに、
来年度のこと失敗するというか、ざっくりしか決めれてない状態のじゅぶらりんのまま、
4月迎えなきゃいけないことになっちゃって、
あー、私が終わりを持ててないなって思って。
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振り返ればやっぱり高校の卒業式も終わりを持つことができてないなと思ってたから、
あー、私はもしかしたら区切りを、なんか区切ればいいと思っている人間なのかなって。
区切りとか終わりを終われればいいとか、区切れればいいって思っている。
もう日は過ぎていくんだからって思っているタイプの人間なのかもなって感じまして。
それあんまり美しくないのかなっていう感覚にも陥ってるところですね。
なんて言ったらいいのかな。
例えば、2年生の4月1日に、私は今2年生だっていう旗を地面に立てたとしたら、
それを抜いておいていくんじゃなくて、
自分の持ち物として持ち歩くというか、
背負えるような終わり方をしないといけない、したいって思ってるんですけど、
どうなることやら。
まだあと3月は31まであるけど、そういう終わりっていう旗を持って終わりたいんですけどね。
あの、履修登録失敗したんですけど、そんなところです。
また、荷の付く日には庭が庭かに広い庭を開きますので、お楽しみに。
では。
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