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8月22日、第64回目の、丹羽には、にわかに庭が広い。です。
実家に寄生しております。だいぶ長いこと言うことになりそうですけど。
実家は田舎なので、一人暮らし先にいるより涼しいかなと思ってたんですけど、全然そんなことなくて。
だいたい同じぐらいの気温でも、暑い。です。
なんか去年は、実家帰っている時に、エアコン消して寝れたんですよ。自分の部屋。
それぐらいだったんですけど、今年ダメでどうしようかな。
どうしようもないんですけど、エアコンつけて寝てますね。
いつまで暑いんですかね。
いつまでも暑いならずっと夏休みにしてくれよなんて思っちゃうけど、
そうもいかないっていう。
田舎に帰っているから、何も娯楽がなく過ごしてます。
なんか今までそんな思ってこなかったけど、本当に何もないなって思っちゃって。
ちょっと今年、なんか田舎度を感じすぎちゃって、なんかなーってなってます。
潰れてる店が多くて、食べ物屋さんもそうだし、
ツタヤが一個なくなったりして、あーってなってますね。
どうしようもないです。
田舎はもう悪循環なのかなーなんて思ったりしながら、今は田舎に帰省しているところです。
庭の掘り起こし。
このコーナーでは、私、庭が思い出した過去のことを話すコーナーです。
思い出した話というか、
お盆終わったけどまだ暑いし、本当にあった怖い話も先日やってたところだし、
小学校時代に体験した怖い話もどきをしたいなと思ってて。
自分で体験したというよりも、見たってだけなので、あれは何だったんだっていう、ちょっと不思議なものを見たみたいな。
階段に落とし込めない、よくわからない出来事の話をしたいなと思うんですけど。
自分が、たぶん小学校3年生か4年生の頃、とにかく中学年だった頃だと思うんです。
自分の小学校は縦割りの全学年で、またいでお掃除するんですけど、
掃除の時間っていうのがあって、帝国になると大きな古時計のマッチングバージョンみたいなのが全校放送で流れ出すんですよ。
その大きな古時計の曲が終わるまでに、自分の担当になっている掃除場所まで行かなきゃいけないんですけど、
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それを体験したのが体育館掃除を担当になった時の話で、体育館の掃除って割と広くて面倒くさいんですけど、
普通教室を担当するよりも特別教室なので、特別な道具だったりとか、普段行かない場所に入れたりとかして、
まあ楽しいと言われれば楽しいし、結構喋ったりしながら掃除してたんですよ。
あんま良くないんですけど。
体育館って、なんか結構怖い話を聞く場所でもあるというか、
小学校時代なんかこう、学校の階段的なノリを割とすることも多くて、
その中で結構出てくる場所だったり、トイレとかそういうね、怖い話が出やすい場所だったりもするじゃないですか。
そういう学校の階段的な話を掃除の時にしてたんですよ。
自分の小学校の体育館の壁には大きい扉があるんですね。
どこに繋がってる?そっから外に出れるとか、別の部屋に行けるわけではないのに、扉があったんですよ。
この扉って掃除していいのかなっていう話になった時に、
この扉開けたら鏡なんだよっていうことを、縦割り班のね、自分より上の高学年の人が言ってて、
まあそれは事実だろうなというか、体育で前進教を使うこともあっただろうし、とは思ったんですけど、
で、その高学年、6年生だったと思うんですけど、その人たちが、なんで今使ってないかっていうと、
この鏡に血がついてたことがあるらしいから呪われてるんだって、みたいな。
誰でも作れそうなざっくりした怖い話を言ったんですよ。
その鏡であることは別に問題じゃないんですけど、なんかこの怖い話みたいな、すごいざっくりしてたから、
そこは別に信じないなぁと思ってて、そうしてたら、高学年の人が、なんかこうノリで、その鏡見てみようってなって、
なんかわちゃわちゃしてたんですよ。
まあ信じてはないですけど、気になるじゃないですか。どうなってんのかなぁみたいなのは。
結局、わちゃわちゃしてて、開けた人がいて、まあそれが6年生の女の人だったと思うんですけど、
まあ開けたんですよ。開けた時に血というか、シミみたいなのがチョンチョンチョンってついてたぐらいで、
別にそのシミが怖い形をかたどってたとか、広い範囲についてて、気味が悪いとか、そういう問題ではなかったんです。
だから別に何もなかったんですよ、その日は。
次の日、いつものように大きな古時計のマーチングバージョンのね、校内放送が流れて、
私はこう体育館に向かってたんですけど、体育館は小学校の1階にあって、手前に玄関があったり、給食室があったり、
玄関の体育館側じゃない、隣?には保健室があったんです。
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だから体育館に向かう時に、保健室を通らないといけないんですよ。
その日、すごい見膜をした保健室の先生が、保健室の外に出てて、
今日は掃除しなくていいから、みたいなものすごい口調で、こっち来ないでって言ってたんですよ。
バリケードみたいな感じを作ってて、保健の先生プラスもう一人の女の先生がいて、入り口囲ってたんですね。
もう入らないでください、すごい勢いで、本当に見たことないような感じで言ってたし、
その時見たことなかっただけじゃなくて、それ以降も全然、自分が卒業するまで、ああいう状態になったの見たことがなかったんですけど、
あれなんだろうなぁって思いながら、私はいつものように大きな古時計が流れ終わるまでに、そそくさと体育館に行ったんですよ。
そしたら、昨日鏡の扉を開けた6年生の女の子が体育館に来てなかったんです。掃除に来てなくて。
その同学年の人が、その女の子の同学年の人が言うには、今保健室にその子がいるんですって言って、
ああそうなんだーってみんな鳴ってたんですけど、
その今までにないような対応をしてた保健室にその子がいるって考えたら、なんかこう、
一人でひっそり怖くなるようになりだして、私。
その前日に鏡開けたこととか、なんかざっくりしてたけど呪われてるみたいな話とか思い出して、怖いなぁと思ってて、
保健室をそんなにバリケード張って閉鎖するみたいなのって、本当にないと思うんですよ。
いくらなんでも、インフルエンザが流行ってる時期に熱があった子がいても、保護者が来るまで安静にさせてもらえたりとか、
例えば保健室でノロウイルスかもしれないような感染性の危ないやつがあって吐いちゃったとかがあっても、
なんかこう、そんなことがあったとしても、ここには近寄るなみたいなことは別になったことないなぁっていうのは本当に思って、異常な状態だったんですよ、保健室が。
だからなんか、違和感とその怖い話の辻褄がなんか合ってるような気がしてて、
なんかこう、一人でに怖くなってたんですけど、なんかその日体育館掃除も静かに終えまして、
なんか怖いなと思いながら下校とかしたんですけど、でその次の日ですよ、保健室がおかしくなってた次の日に、
6年生にお姉ちゃんがいる自分と同級生の友達が、昨日保健室変だったじゃん、お姉ちゃんが6年生で、
その同級生の人に、たたりみたいなのにあった人がいて、それで霊媒師が来るまで保健室をなんか囲って誰も入れないようにしてたらしいよって言ってきて、
なんか自分、なんだろう、そんな霊媒師とかお祓いみたいな話をすぐ信じられるタイプじゃないくて、
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その時は、は?そんなことある?と思ったんです。
でも、なんかやっぱ辻褄が合いすぎてるというか、その保健室の異常さとか、その前日には鏡開けてたし、みたいな、
そういうのの辻褄が合いすぎてるなぁと思って、でもなんかその霊媒師を呼ぶみたいなのがファンタジーすぎて、
本当に何だったんですかね。こう、怪談にしきれないから、しかも自分が体験したもの、一部を見ていたもので、
なんか直接のアレはないから、なおさらふわっとはしてるんですけど、なんか自分が聞いたことある怖い話とかって、霊的なものを見たとか、
なんか何かが、ラップ現象みたいなのがあって、そのタイミングで落ちたとか、鏡だったら鏡が割れたとか、なんかそういう話で、なんか怖いみたいなものじゃないですか。
だからそのなんか、祟りにあったみたいなのって直接聞かないっていうか、なんかそれがあるから、なんか信じられない部分の方が大きいんですけど、
でもその辻褄というか時系列というか、なんかそういうのがあいすぎてるから、なんかこれを自分の中でどう…
この話は何だったんだというか、この体験、その人は何があったんだというか、っていう曖昧な怪談をね、一個持ってます。
ちなみにその体育館の鏡は、そのことがあった翌年にちょうど耐震工事をしなきゃいけないって言って、鏡自体なくなりました。体育館に。
だからなおさら怖い話とも言い切れる部分もあるっていうか、本当に取っ払っちゃったんだみたいなことはありますよね。
2話の養鶏場。このコーナーでは私、2話の最近あった出来事をお話しするコーナーです。
学館に帰っているということで、卒あるを見返してたんですよ。
自分は小中高、まぁ幼稚園のもあるんですけど、それをこう一人暮らしのお部屋には持っていかずに実家に置いてあるタイプの人間で、
卒あるを眺めてたら、特に小学校のなんですけど、泣いてしまって、中高の卒あるも見たんですけど、
それではなかなか泣けなくて、まぁ中高の卒あるには私の場合は文章みたいなのが一切なく写真だけのものだったので、
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そういうのもあって、小学校のは文集もあるし、なんかランキングとかもあるし、
より泣けて、先生からのメッセージとか、あと保護者からのメッセージもあって、より小学校のはボロボロに泣いてました。
やっぱ文字あるやつって泣けますよね。
小学校の卒業文集のテーマが、将来の夢か、小学校6年間で楽しかった思い出かっていう2つのうちどっちかを選択して書くものだったんですよ。
自分の小学校は田舎なので、2クラスしかなくて、50人いるかいないかだったんですね。
だからだいたい誰がどんな将来の夢かみたいなのを満遍なくうっすら分かってた、知られてたような学校で、
文集に文章を書かなくても、全校でやったイベントで、6年生の時に、6年生が見せ物っていうか、出し物をやるんですけど、
その時やったのは定番の音楽系の発表、リコーダーとハンドベルの演奏だったり、
あとは国語の教科書に載ってた谷川俊太郎の生きるっていう詩の朗読を、一人一文ずつ全員で回し読み暗唱するみたいなのがあって、
その後に一人一人将来の夢を大きく言うコーナーがあったんですよ。
そういうコーナーもあったから、みんな本当にうっすら人の将来の夢知ってる状態だったんです。
隣のクラスなんかは、一言で将来の夢を書いて、その下にそれを受けて、その担任の先生があなたならなれるよとか、素敵な夢だねみたいな返信を書くっていうページが、
文集の文章とは別に1ページ使ってあって、それ言うのもあったので、
小学校時代の将来の夢については記録にとっても残ってる小学校だったんですよ。
なのでこう、人の文集を勝手に読んでたんですけど、読んでるとね、泣いてしまうようにできてるというか、
その将来の夢が今どうなってるか、自分たちも今20歳、21歳になろうとしている年で、
そういう夢について頑張ってやってる人もいたり、そうじゃない人もいたりするっていうのが、なんか噂レベル?
全然同窓会とかしてないけど、噂レベルでもう知られてしまう田舎だから、なんかそういうのをわかってしまうと、
うーん、卒業アルバム読んで、センチになってくるっていうか、
ボロボロ涙がね、こぼれてたんですけど、深夜に読んでたっていうのもあってね。
自分が一番仲良かった友達がいるんですけど、その子は将来の夢をテーマに文集書いてて、
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その子ならその将来の夢は叶うだろうなって思ったりしてたのに、結局今もうずっとこの町から出ずに仕事に就いたりしてて、
あーそうなんだーっていうか、うーん、なんかもうそんな感じがあって、すごい思わされてました。
みんなキラキラしてるような小学校だったんですよ。
思い出補正がかかってると思うんですけど、4年生の時に男女の仲が良すぎるって怒られたのを鮮明に覚えてるんですよ。
男女の仲が良すぎるっていうのはイチャイチャしてるとかそういうんじゃなくて、
遊ぶって時に、同性同士で遊ぶよりも、まだなんか男女混合の6人以上で遊ぶみたいなのが多くて、
だからわざわざ、ちょうどその4年の時に一二組で男女の先生だったから、
女子は女性の先生に呼ばれて、男子は男性の先生に呼ばれて、なんか怒られるみたいな。
怒られるっていうか、なんか特殊なお説教、お説法の時間があったのをよく記憶してます。
だから思い出補正あってキラキラしてるって言ったんですけど、
輝いてたとかそういうニュアンスとはちょっと違って、居心地がものすごく良かったような学校だったなって今になって思うんですよ。
まあこれも思い出補正かもしれないんですけど。
問題の私は卒業文集に何て書いてたかというと、将来の夢を書いたタイプじゃなくて思い出を書いた人でしたね。
多分この頃から将来の夢みたいなのははっきり持ってないっていうのを何か覚えてるんですけど、
でもこうそういう見せ物、出し物するイベントで大きい声で夢言わなきゃいけない時に、何て言ったか思い出したんですよ。
なんか人の呼んでたら、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど、なんかIT系で働きたいみたいなこと言ってたみたい。
IT系って言葉は当時知らなかったので、ネットを作る人みたいなこと言ってたんですけど、
なんかでもね、そんなでかいこと言ってないでくれってめっちゃ恥ずかしくなってて、呼んでて。
なんかもうそんなことないなーって、なんか恥ずい恥ずいってなってまして。
まあその話は置いといて、自分が小学校の卒業文集で思い出を書いてたんですけど、
まあちょっと読みますね。恥ずかしいので全部は読まないんですけど、
私の小学校6年間で楽しく思い出に残ったことは、
修学旅行や特別な行事も楽しかったけど、普通の授業や休み時間が楽しかった。
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確かに修学旅行や特別な行事も楽しかった。
でもみんなで鬼ごっこや泥系をしたり、普通の授業で手を挙げて発表したり、
赤髪をしてキャキャ言ったり、そんななんでもない普通の日が楽しかったと思う。
普通の日が小学校での最高の思い出だというのも変だけど、
普通の日がなくて友達がいなかったら特別な行事が楽しくなかったと考えると、
普通の日が最高の思い出でもいいと思う。
そんな最高の普通の日が終わってしまうのがすごく寂しい。
でまぁちょっと大人になったからね、省略して公平した部分もあるけど、
最後の一文、そんな最高な普通の日が終わってしまうのがすごく寂しいっていうのは書いてなくて、
なんていうかな、これ読み返して、こんなことを卒業文集で書いてよかったんだって思って、
書かせてくれたんだっていうのが、なんかちょっと優しいなって思いましたね。
この時の担任の先生のことをすごい好きだったわけじゃなくて、むしろ苦手というかだったけど、
なんかこれ許してくれたなっていう、なんかそれだけでちょっと救われるというか、
なんだろう、こんなこときっと書いちゃいけないというか、
書いて欲しかったことではないんだろうなと思うんですよ。
なんかみんな小学校で楽しかったことは、修学旅行ですとか、
なぜかというと、一つ目は二つ目はみたいな文章を書いている中で、
自分はそういうことじゃないみたいなことを書いてたし、
なんかその、しかもなんか枠組みの中からはみ出したことを書いてもよかったっていうのと、
あとすごく寂しいっていうので終わらせてくれたっていうのが、
なんかこう、あーなんか、うわー、言葉にならないなっていうか、
この時から私はこういう人なんだなと思って。
この置いていく自分みたいななんか、寂しいみたいな。
この文章を書かせてくれて、残させてくれて、
あの時自分が、なんかそんなに普通の日常が楽しかった、
友達ができたから普通の日常が楽しかったみたいな裏付けをかけるぐらい、
友達を大事にしてたんだっていうのがわかって、
本当に深夜に読み返してたせいなんだろうけど、
めちゃめちゃ泣いてて、なんか今も思い出してちょっと泣けるっていうか、
寂しいで終わらせていいのかよって、なんか思って。
そう、なんか今も昔もいろんな場所に自分の寂しいっていう思いを置いていくタイプのことが変わってないなと思って。
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寂しい、なんかこう、そういう友達と離れちゃうから寂しいとか、
小学校という場所を離れちゃうから寂しいっていう意味で、その時は書いてたけど、
今はいろんなものを置いていくのが寂しいっていうような人になってて、
あー自分って変わってないなーってすごい思ってましたね。
良いことなのか何なのかよくわかんないんですけど、
感傷に浸るとか、なんかそういうことなんだけど、なんかそういうところじゃないものになって、
なんかこう変わらないものを見つけちゃったなぁと思って、
なんかそういう変な深夜を過ごしていました。
そんな実家帰っている夏です。
そろそろ第64回目を終えようとしているところです。
今回は小学校の話をしました。
もう21歳になろうとしているのに、小学校の話を思い出しては泣きそうになったり、
あー楽しかったなーって思ったり、変わってないなーって思ったりしています。
なんか小学校のその卒あるに挟んでたんですけど、タイムカプセルの覚書があって、
でもそんな連絡一切ないので、やってないのかなと思うんですけど、どうなんだろう。
庭の陽形状で言ってたように、将来の夢と今の現状どうなっているかみたいな、照らし合わせちゃったりとか勝手にしちゃうから、
当時の同級生とか、同学年の子に会ったら、なんかめちゃめちゃなんか感傷でヒリヒリして、
なんかもうどうしようもなくなってしまうんじゃないかみたいなのがあって、
会うのすごい怖くて、どうしていいかわかんないなぁと思ってます。
自分は本当に何にもなりたいみたいなの、今も昔もは持ってなくて、
それでいてどうしていいかわかんないってずっと言い続けてるから、なんか変わってなさすぎるし、どうしようっていうね。
だからタイムカプセルを掘り起こすっていうか、自分たちは体育館の2階に置いただけなんですけど、
土掘るのダメだったから、あえてもどうしたらいいかわかんないなって思っちゃう。
すごい怖いですね、時の流れね。
流れっていうか、なんかどうしたらいいんだろうって、どうしようもないんですけど、そんなことばっか思ってます。
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また、荷のつく日には庭がにわかに広い庭を開けますので、お楽しみに。
では。