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寝落ちの本ポッドキャスト。こんばんは、Naotaroです。 このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、 それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。 作品はすべて青空文庫から選んでおります。
ご意見ご感想、ご依頼は公式エックスまでどうぞ。 寝落ちの本で検索してください。
またベッド投稿フォームをご用意しました。リクエストなどをお寄せください。 そして最後に、まだの方は番組フォローをどうぞよろしくお願いします。
さて、猫鳴いてるな。 今日は
夏目漱石の紹介と文鳥
夏目漱石さんの文床です。 僕自身小学校2年生の頃まで埼玉県は藤見市というところに住んでたんですが、現在は
藤見市と大井町と三好町とが合併して藤見野市になっていると思いますけど 東武東上線藤見野駅はかつてなかったんですけど
鶴瀬というところに住んでまして、そこで文床を買っていました。 上福岡に親戚が住んでいて、うちの親父は4人兄弟の4番目ですが、その3番目のおじさんのところにね
が上福岡でそこに遊びに行って、外側に出しておいた文床のピーちゃんは上福岡から帰ってきたらもう爪なくなってなくなっていたという記憶があります。
あれは何歳の頃だったのかな、小学校1年生か2年生か そうするとものすごく現代圏に近いですね。最初に触れた市かもしれません。
庭に埋めてお墓を作ったのを覚えています。 昔は結構鳥を飼っている方が多くて、いわゆる
インコとかオウムの類ではなく、ブンチョウとかキュウカンチョウとか ちょっとね日本の鳥というか西洋の鳥じゃない鳥が結構盛んに飼われてたイメージあるんですけどね。
また そうですね
年をとってもっと老いた頃に 文床とか小鳥を飼う生活もいいかなぁとちょっと思ってるんですけど
今日読むのは夏目漱石さんの文床です。 文字数は11000字
そうですね40分ぐらいになるんですかね というような
ボリュームです。 やっていきましょうか。それでは参ります。
文鳥を迎える準備
文床 10月早稲田に移る
ガランのような書斎にただ一人片付けた顔を頬杖で支えていると三枝吉が来て 鳥をお買いなさいという
買ってもいいと答えた しかし念のためだから何を買うのかねと聞いたら
文床ですという返事であった 文床は三枝吉の小説に出てくるくらいだから綺麗な鳥に違いなかろうと思って
じゃあ買ってくれたまえと頼んだ ところが三枝吉はぜひお買いなさいと同じようなことを繰り返してくる
買うよ買うよとやはり頬杖をついたままでむにゃむにゃ言っているうちに三枝吉は黙ってしまった
大方頬杖に愛想をつかしたんだろうとこの時初めて気がついた すると3分ばかりして今度はカゴをお買いなさいと言い出した
これもよろしいと答えるとぜひお買いなさいと念を押す代わりに 鳥カゴの公借を始めた
その公借はだいぶ込み入ったものであったが気の毒なことにみんな忘れてしまった ただいいのは20円ぐらいするという段になって急にそんな高いのでなくってもよかろうと
言っておいた 三枝吉はニヤニヤしている
それから全体どこで買うのかと聞いてみると 何どこの鳥屋にでもありますと実に平凡な答えをした
カゴはと聞き返すとカゴですかカゴはそのなんですよ 何どこにかあるでしょ
とまるで蜘蛛をつかむような寒大なことを言う でも君当てがなくちゃいけなかろう
とあたかもいけないような顔をして見せたら 三枝吉はほっぺたへ手を当てて何でも駒米にカゴの名人があるそうですが年寄りだそう
ですからもう死んだかもしれませんと非常に心細くなってしまった 何しろ言い出したものに責任を負わせるのは当然のことだから早速バンジーを三枝吉に
依頼することにした するとすぐ金を出せという
金は確かに出した 明治はどこで買ったか7個の三つ折れの紙入れを懐中していて人の金でも自分の
金でもしっかりこの紙入れの中に入れる癖がある 自分は明治が5円札を確かにこの紙入れの底へ押し込んだのを目撃した
かようにして金は確かに三枝吉の手に落ちた しかし鳥とか後とは容易にやってこない
そのうち秋が小春になった 三枝吉はたびたび来る
よく女の話などをして帰って行く 文庁と籠の公爵は全く出ない
ガラス戸を透かして5尺の縁側には日がよく当たる どうせ文庁を買うならこんな暖かい季節にこの縁側へ鳥籠を連れて行ったら文庁も定めし
泣きよかろうと思うくらいであった 三枝吉の小説によると文庁は千代千代となくそうである
その脇声がだいぶん気に入ったと見えて三枝吉は千代千代を何度となく使っている あるいは千代という女に惚れていたことがあるのかもしれない
しかし当人は一向そんなことを言わない 自分も聞いてみね
ただ縁側に日がよく当たるそして文庁が泣かない そのうち霜が降り出した
自分は毎日ガランのような書斎に寒い顔を片付けてみたり取り乱してみたり 大勢をついたりやめたりして暮らしていた
戸は二重に締め切った 火鉢に炭ばかりついている
文庁はついに忘れた ところへ三枝吉は門口から威勢よく入ってきた
時は酔いの口であった 寒いから火鉢の上へ胸から上をかざして
浮かぬ顔をわざとほぜらしていたのが急に陽気になった 三枝吉は放流を従えている
放流はいい迷惑である 2人がカゴを一つずつ持っている
その目に三枝吉が大きな箱を兄貴分に抱えている ご演説が文庁とカゴと箱になったのはこの初冬の晩であった
三枝吉は大得意である まあご覧なさいという
放流そのランプをもっとこっちへ出せなどという そのくせ寒いので花の頭が少し紫色になっている
なるほど立派なカゴができた 台が漆で塗ってある
竹は細く削った上に色がつけてある それで3円だという
安いな放流と言っている 放流は安いと言っている
自分は安いか高いか半然とわからないがまあ安いなぁと言っている いいのになると20円もするそうですという20円はこれで2編目である
20円に比べて安いのは無論である この漆はね先生日向に出して探しておくうちに黒みが取れてだんだん種の色が出てきますから
そしてこの竹は一変よく似たんだから大丈夫ですよなどとしきりに説明をしてくれる 何が大丈夫なのかねと聞き返すとまあ鳥をご覧の際綺麗でしょと言っている
なるほど綺麗だ 次の前カゴを据えて4色ばかりこっちから見ると少しも動かない
薄暗い中に真っ白に見える カゴの中にうずくまっていなければ鳥とは思えないほど白い
なんだか寒そうだ 寒いだろうねー
と聞いてみるとそのために箱を作ったんだという ようになればこの箱に入れてやるんだという
カゴが2つあるのはどうするんだと聞くとこの粗末の方へ入れて時々行水を使わせる のだという
これは少し手数がかかるなと思っていると それから分をしてカゴを汚しますから時々掃除をしておやりなさいと付け加えた
三枝は文章のためにはなかなか強行である それをはいはい引き受けると今度は三枝がた元から泡を一袋出した
これを毎朝食わせなくちゃいけません もし絵を変えてやらなければえつぼを出してからだけ吹いてをやんなさい
そうしないと文章が身のある泡をいちいち拾い出さなくっちゃなりませんから 水も毎朝変えてをやんなさい
先生は寝坊だからちょうどいいでしょうと大変文章に親切を極めている そこで自分もよろしいと万事受けあった
文鳥との日常
ところへ法隆がた元からえつぼと水入れを出して行局自分の前に並べた こう一切万事を整えておいて実行を迫られると義理にも文章の世話をしなければならなく
なる 内心ではよほど覚束なかったがまずやってみようとまでは決心した
まあもしできなければ家のものがどうかするだろうと思った やがて三重基地は鳥籠を丁寧に箱の中へ入れて縁側へ持ち出してここへ置きますからと
言って帰った 自分はガランのような書斎の真ん中に床を述べて冷ややかに寝た
夢に文章を背負い込んだ心持ちは少し寒かったが眠ってみれば普段の夜のごとく穏やかで ある
翌朝目が覚めるとガラスのに日が差している たちまち文章に絵をやらなければならないなと思った
けれども起きるのが大義であった 今にやろう今にやろうと考えているうちにとうとう8時過ぎになった
仕方がないから顔を洗うついでを持って冷たい円を素足で踏みながら箱の蓋を取って 鳥籠を明る見え出した
文章は目をパチつかせている もっと早く起きたかったろうと思ったら気の毒になった
文章の目は真っ黒である 瞼の周りに細い時色の絹糸を縫い付けたような筋が入っている
目をパチつかせるたびに絹糸が急によって一本になると思うとまた丸くなる 過後を箱から出すや否や文章は白い首をちょっと傾けながらこの黒い目を映して
初めて自分の顔を見たそしてチチと泣いた 自分は静かに鳥籠を箱の上に据えた
文章はパッと止まり木を離れた そしてまた止まり木に乗った
止まり木は2本ある 黒みがかった青軸を程よき距離に端と渡して横に並べた
その一本を軽く踏まえた足を見るといかにも華奢にできている 細長い薄紅の端に真珠を削ったような爪がついて
手頃な止まり木をうまく抱え込んでいる するとひらりと目先が動いた
文章はすでに止まり木の上で向きを変えていた しきりに首を左右に傾ける
傾けた首をふと持ち直して心持ち前へ乗せたかと思ったら白い羽がまたちらりと動いた 文章の足は向こうの止まり木の真ん中あたりに具合よく落ちた
チチと泣く そして遠くから自分の顔を覗き込んだ
自分は顔を洗いに風呂場へ行った 帰りに台所へ回って戸棚を開けて
夕べ三池地の買ってくれた泡の袋を出して 絵坊の中へ餌を入れてもう一つには水をいっぱい入れてまた書斎の縁側へ出た
三池地は用意周到な男で夕べ丁寧に絵をやる時の心絵を説明していった その説によるとむやみに籠の戸を開けると文章が逃げ出してしまう
だから右の手で籠の戸を開けながら左の手をその下へ当てがって外から出口を塞ぐ ようにしなくっては危険だ
絵坊を出す時も同じ心得でやらなければならない その手つきまでしてみせたが両方の手を使って絵坊同士で籠の中へ入れることができるのか
文鳥との出会い
つい聞いておかなかった 自分はやむを得ず絵坊を持ったまま手の甲で籠の戸をそろいと上へ押し上げた
同時に左の手で開いた口をすぐ塞いだ 鳥はちょっと振り返ったそうして父と泣いた
自分は出口を塞いだ左の手の処置に急した 人の隙を伺って逃げるような鳥とも見えないのでなんとなく気の毒になった
三池は悪いことを教えた 大きな手をそろそろ籠の中へ入れた
ずっと文章は急に羽ばたきを始めた 細く削った竹の芽から温かい無垢毛が白く飛ぶほどに翼を鳴らした
自分は急に自分の大きな手が嫌になった 泡の壺と水の壺を泊り木の間にようやく置くや否や
手を引き込ました 籠の戸ははたりと一人手に落ちた
文章は泊り木の上に戻った 白い首を半ば横に向けて籠の外にいる自分を見上げた
それから曲げた首をまっすぐにして足の下にある泡と水を眺めた 自分は食事をしに茶の前へ行った
その頃は日課として小説を書いている自分であった 飯と飯の間はたいてい机に向かって筆を握っていた
静かな時は自分で紙の上を走るペンの音を聞くことができた グランのような書斎へは誰も入ってこない習慣であった
筆の根に寂しさという意味を感じた朝も昼も晩もあった しかし時々はこの筆の根がピタリと止むまた止めねばならぬ折もだいぶあった
その時は指の股に筆を挟んだまま手のひらへ顎を乗せてガラス越しに吹き荒れた庭 を眺めるのが癖であった
それが済むと乗せた顎を一応つまんでみる それでも筆と紙が一緒にならないときはつまんだ顎を日本の指でのしてみる
すると縁側で文長がたちまち千代千代と二声泣いた 筆を置いてそっと出てみると文長は自分の方を向いたまま
止まり木の上からのめりそうに白い胸を突き出して高く千代と言った 三井吉が聞いたらさぞ喜ぶだろうと思うほどないい声で千代と言った
三井吉は今になれると千代と泣きますよきっと泣きますよと受け合って帰っていった 自分はまた籠のそばへしゃがんだ
文長は膨らんだ首を23度縦横に向け直した やがて一塊の白い体がポイと止まり木の上を抜け出した
と思うと綺麗な足の爪が半分ほどエツボの縁から後ろへ出た 小指をかけてもすぐひっくり返りそうなエツボは釣り金のように静かである
文鳥の日常
さすがに文長は軽いものだなんだか泡雪のせいのような気がした 文長はつとくちばしをエツボの真ん中に落とした
そして23度左右に振った 綺麗にならして入れてあった泡がハラハラと籠の底にこぼれた
文長はくちばしを上げた喉のところでかすかな音がする またくちばしを泡の真ん中に落とす
またかすかな音がする その音が面白い
静かに聞いていると丸くて細やかでしかも非常に澄みやかである 澄み入れほどな小さい人が小金の土で目のうの小石でも続けざまに叩いているような気が
する くちばしの色を見ると紫を薄く混ぜた紅のようである
その紅が次第に流れて泡をつつく口先のあたりは白い 雑毛を半透明にした白さである
このくちばしが泡の中へ入るときは非常に早い 左右に振りまく泡の玉も非常に軽そうだ
文長は身を逆さまにしないばかりに尖ったくちばしを黄色い粒の中に差し込んでは 膨らんだ首を惜しげもなく右左へ振る
かこの底に飛び散る泡の数はいくつ分だかわからない それでも越後だけは赤然として静かである
重いものである 越後の直径は一寸5分ほどだと思う
自分はそっと書斎へ帰って寂しくペンを紙の上に走らせていた 縁側では文長が父と泣く
俺よりは千代千代ともなく 外では小枯らしが吹いていた
夕方には文長が水を飲むところを見た 細い足を壺の縁へかけて小さいくちばしに受けたひとしずくを大事そうに仰向いて飲み
下している この分では一杯の水が10日ぐらい続くだろうと思ってまた書斎へ帰った
晩には箱へしまって行った 寝るときガラス戸から外を覗いたら月が出て霜が降っていた
文長は箱の中で小鳥ともしなかった 明る日もまた気の毒なことに遅くに起きて箱から加工を出してやったのはやっぱり8時過ぎ
であった 箱の中では頭から目が覚めていたんだろう
それでも文長は一向不平らしい顔もしなかった 過去が明るいところへ出るや否やいきなり目を縛たたいて心持ち首をすくめて自分の顔を見た
昔美しい女を知っていた その女が机にもたれて何か考えているところを後ろからそっと言って紫の帯揚げの
ふさになった先を長く垂らして首筋の細いあたりを上から撫で回したら 女は物憂げに後ろを向いた
その時女の眉は心持ち8の字に寄っていた それで目尻と口元には笑みがきざしていた
同時に格好のいい首を肩まですくめていた 文長が自分を見上げた時自分はふとこの女のことを思い出した
この女は今嫁に行った 自分が紫の帯揚げでいたずらをしたのは演談の決まった23日後である
越後にはまだ泡が8分通り入っている しかしからもだいぶ混ざっていた
水入れには泡の殻が一面に浮いて痛く濁っていた
変えてやらなければならない また大きな手を籠の中入れた
非常に用心して入れたにもかかわらず文長は白い翼を乱して騒いだ 小さい羽が1本抜けても自分は文長に済まないと思った
殻は綺麗に吹いた 吹かれたからは小枯らしがどこかへ持っていった
水も変えてやった 水道の水だから大変冷たい
その日は一日寂しいペンの音を聞いて暮らした その間には折々チオチオという声も聞こえた
文長も寂しいから泣くのではなかろうかと考えた しかし縁側へ出てみると2本の止まり木の間をあちらへ飛んだりこちらへ飛んだり
絶え間なく行きつ戻りつしている 少しも不平らしい様子はなかった
振り返る思い出
夜は箱へ入れた 明る朝目が覚めると外は白い霜だ
文長も目が覚めているだろうがなかなか起きる気にならない 枕元にある新聞を手に取るさえ難儀だ
それでも煙草は1本吹かした この1本を吹かしてしまったら起きて籠から出してやろうと思いながら
口から出る煙の行方を見つめていた するとこの煙の中に首をすくめた
目を細くしたしかも心持ち眉を寄せた昔の女の顔がちょっと見えた 自分は床の上に起き直った
根巻の上羽織を引っ掛けてすぐ縁側へ出た そして蓋の箱を外して文長を出した
文長は箱から出ながらチヨチヨと二声泣いた 三岐地の説によると慣れるに従って文長が人の顔を見て泣くようになるんだそうだ
現に三岐地を買っていた文長は三岐地がそばにさえいればしきりにチヨチヨと泣き 続けたそうだ
のみならず三岐地の指の先から絵を食べるという 自分もいつか指の先で絵をやってみたいと思った
次の朝また怠けた 昔の女の顔もつい思い出せなかった
顔を洗って食事を済まして初めて気がついたように縁側へ出てみるといつの間にか 籠が箱の上に乗っている
文長はもう泊り木の上を面白そうにあちらこちらと飛び移っている そして時々は首をのして籠の外を下の方から覗いている
その様子がなかなか無邪気である 昔紫の帯揚げでいたずらをした女は襟の長い背のすらりとしたちょっと首を曲げて
人を見る癖があった 泡はまだある
水もまだある 文長は満足している
自分は泡も水も買えずに書斎へ引っ込んだ 昼過ぎまた縁側へ出た
食後の運動方々五六軒の周り縁を歩きながら初見するつもりであった ところが出てみると泡がもう7分方尽きている
水も全く濁ってしまった 書物を縁側へ放り出しておいて急いで江戸水を書いてやった
次の日もまた遅く起きた しかも顔を洗って飯を食いまでは縁側を覗かなかった
書斎に帰ってからあるいは昨日のようにうちのものが加工を出しておきはせぬかと ちょっと縁へ顔だけ出してみたら果たして出してあった
その上絵も水も新しくなっていた 自分はやっと安心して首を書斎に出た
途端に文長は千代千代と泣いた それで引っ込めた首をまた出してみた
けれども文長は再び泣かなかった 機嫌な顔をしてガラス越しに庭の下を眺めていた
自分はとうとう机の前に帰った書斎の中では相変わらずペンの音がサラサラする 書きかけた小説はだいぶはかどった
指の先が冷たい 今朝いけた桜積みは白くなってさつまごとくにかけた鉄瓶がほとんど錆べている
蝉鳥はからだ 手をたたえたがちょっと台所まで聞こえない
立って頭を開けると文長は例に懲りず止まり木の上にじっと止まっている よく見ると足が一本しかない
自分は住み取りを縁において上からこぼんで籠の中を覗き込んだ いくら見ても足は一本しかない
文長はこの華奢な一本の細い足に葬身を託して黙念として籠の中に片付いている 自分は不思議に思った
文長について万事を説明した見栄吉もこのことだけは抜いたと見える 自分が住み取りに住みを入れて帰った時文長の足はまだ一本であった
しばらく寒い縁側に立って眺めていたが文長は動く景色もない 首を立てないで見つめていると文長は丸目を次第に補足し出した
大方眠たいのだろうと思ってそっと書斎へ入ろうとして一歩足を動かせや否や 文長はまた目を開いた
同時に真っ白な胸の中から細い足を一本出した 自分は塔を立てて火鉢へ墨を継いだ
小説は次第に忙しくなる朝は依然として寝坊をする 一度うちのものが文長の世話をしてくれてからなんだが自分の責任が軽くなったような心持ちが
する 家のものが忘れるときは自分が絵をやる水をやる
過去の出し入れをする しないときは家のものを呼んでさせることもある
自分はただ文長の声を聞くだけが役目のようになった それでも縁側へ出るときは必ず籠の前立ち止まって文長の様子を見た
大抵は狭い籠を苦にもしないで日本の泊り木を満足そうに往復していた 天気の良い時は薄い日をガラス越しに浴びてしきりに泣き立てていた
しかし見栄吉の言ったように自分の顔を見てことさらに泣く景色はさらになかった 自分の指から直に絵を食うなどということは無論なかった
俺より機嫌の良い時はパンの子など人差し指や先へつけて竹の間からちょっと出して みることがあるが文長は決して近づかない
文長との生活
少し無縁流に突っ込んでみると文長は指の太いのに驚いて白い翼を見出して籠の中を騒ぎ 回るのみであった
2、3度試みた後自分は気の毒になってこの芸だけは永久に断念してしまった 今のようにこんなことができるものがいるかどうか
はなはな疑わし おそらく古代の繊維との仕事だろう
見栄吉は嘘をついたに違いない ある日のこと書斎で例のごとくペンの音を立てて
あびしいことを書き連ねているとふと妙な音が耳に入った 縁側でさらさらさらさら言う
女が長い絹の裾をさばいているようにも受け取られるが ただの女のそれとしてはあまりに凝酸である
雛壇を歩く大理美名の墓場の日だのそれぞ音とでも形容したら良かろうと思った 自分は書きかけた小説をよそにしてペンを持ったまま縁側へ出てみた
すると文長が行水を使っていた 水はちょうど買い立てであった
文長は軽い足を水入れの真ん中に胸毛まで浸して時々は白い翼を左右に広げながら 心持ち水入りの中にしゃがむように腹を押し付けつつ
そう身の気を一度に振っている そして水入れの縁ひょいと飛び上がる
しばらくしてまた飛び込む 水入れの直径は1寸5分くらいにすぎない
飛び込んだときはをも余り頭も余り背はむろん余る 水に浸かるのは足と胸だけである
それでも文長は近前として行水を使っている 自分は急に替えかごを取ってきた
そして文長をこの方へ移した それから情報を持って風呂場へ行って水道の水を汲んでカゴの上からサーサーとかけて
やった 情路の水が尽きる頃には白い羽から落ちる水が玉になって転がった
文長は絶えず目をパチパチさせていた 昔紫の帯揚げでいたずらをした女が座敷で仕事をしていたとき
裏二階から懐鏡で女の顔へ春の光線を反射させて楽しんだことがある 女は薄赤くなった頬を上げて細い手を額の前にかざしながら不思議そうに
瞬きをした この女とこの文長とはおそらく同じ心持ちだろう
日数が経つに従って文長はよく冴えずる しかしよく忘れられる
ある時はエツボが泡の殻だけになっていたことがある ある時はカゴの底がフンでいっぱいになっていたことがある
ある晩宴会があって遅く帰ったら冬の月がガラス越しに差し込んで広い縁側がほの明るく見える中に 鳥かごがしんとして箱の上に乗っていた
その隅に文長の体が薄白く浮いたまま泊り木の上にあるかなきかに思われた 自分は街灯の羽を返してすぐ鳥かごを箱の中へ入れて行った
翌日文長は例のごとく元気よく冴えずっていた それから時々寒い夜も箱にしまってやるのを忘れることがあった
ある晩いつもの通り書斎で千年にペンの音を聞いていると突然縁側の方でガタリと ものの靴がやった音がした
しかし自分は立たなかった 依然として急ぐ小説を書いていた
わざわざ立って行って何でもないと忌々しいから気にかからないではなかったがやはり ちょっと聞き耳を立てたまま知らぬ顔で済ましていた
その晩寝たのは12時過ぎであった 便所に行ったついで気が狩りだから念のため一応縁側へ回ってみると
過去は箱の上から落ちている そして横に倒れている
水入れもえつぼもひっくり返っている 泡は一面に縁側に散らばっている
止まり木は抜け出している 文長はしのびやかに鳥かごのさんにかじりついていた
自分は明日から誓ってこの縁側に猫を入れないと決心した あくる日文長は泣かなかった
泡を山盛り入れて行った 水をみなぎるほど入れて行った
文長は一本足のまま長らく止まり木の上を動かなかった 昼飯を食ってから右基地に手紙を書こうと思って
文長の死
二三義を書き出すと文長がチチチと泣いた 自分は手紙の筆を止めた
文長がまたチチチと泣いた 出てみたら泡も水もだいぶん減っている
手紙はそれぎりにして裂いて捨てた 翌日文長がまた泣かなくなった
止まり木を降りてかごの底へ腹を押し付けていた 胸のところが少し膨らんで小さい毛がさざ波のように乱れて見えた
自分はこの朝右基地から例の件で某所まで来てくれという手紙を受け取った 10時までにという依頼であるから文長をそのままにしておいて出た
右基地にあってみると例の件がいろいろ長くなって一緒に昼飯を食う 一緒に晩飯を食う
その上明日の会合まで約束して家へ帰った 帰ったのは夜9時頃である
文長のことはすっかり忘れていた 疲れたからすぐ床へ入って寝てしまった
明る日目が覚めるやいやすぐ例の件を思い出した いくら当人が承知だってそんなところへ嫁にやるのは行くせいよくあるまい
まだ子供だからどこへでも行けと言われるところは行く気になるんだろう 一旦行けば無闇に出られるもんじゃない
世の中には満足しながら不幸に落ちていくものがたくさんある などと考えて用事を使って朝飯を過ごしてまた例の件を片付けに出かけていった
帰ったのは午後3時頃である 玄関へ街頭をかけて廊下自体に書斎入るつもりで例の縁側へ出てみると
とりかごが箱の上に出してあった けれども文長は籠の底にそっくり帰っていた
日本の足を固く揃えて堂と直線に伸ばしていた 自分は籠の脇に立ってじっと文長を見守った
黒い目を眠っている 瞼の色は薄青く変わった
越後には泡の殻ばかり溜まっている 水晩べきは一粒もない
水入れはそこの光るほど枯れている 西へ回った日がガラス道を漏れて斜めに籠に落ちかかる
台に塗った漆は三重岸の言ったごとく いつの間にか黒みが抜けて朱の色が出てきた
自分は冬の日に色づいた朱の台を眺めた 空になった栄坪を眺めた
虚しく橋を渡している日本の止まり木を眺めた そしてその下に横たわる固い文長を眺めた
自分は小言で両手にとりかごを抱えた そして書斎へ持って入った
柔情の真ん中へとりかごを下ろしてその前へ貸し込まって籠の戸を開いて大きな 手を入れて文長を握ってみた
柔らかい羽根は冷え切っている 拳を籠から引き出して握った手を開けると文長は静かに手のひらの上にある
自分は手を開けたまましばらく死んだ鳥を見つめていた それからそっと座布団の上に下ろした
そして激しく手を鳴らした 16になる子女がはいと言って敷居際に手を使える
自分はいきなり布団の上にある文長を握って子女の前放り出した コーナー俯いて畳を眺めたまま黙っている
自分は絵をやらないからとうとう死んでしまったと言いながら 下女の顔を睨めつけた下女はそれでも黙っている
自分は机の方へ向き直った そして見え基地へ葉書を書いた
うちの者が絵をやらないものだから文長はとうとう死んでしまった 頼みもせぬものを籠へ入れてしかも絵をやる義務さえ尽くさないのは残酷の
いたりだという文句であった 自分はこれを出して来い
そしてその鳥をそっちへ持っていけと下女に言った 下女は
どこへ持ってまいりますかと聞き返した どこへでも勝手に持っていけととなりつけたら驚いて台所の方へ持っていった
しばらくすると裏庭で子供が文長を埋めるんだ埋めるんだと騒いでいる 庭掃除に頼んだ植木屋がお嬢さんここいらがいいでしょうと言っている
自分は進まぬながら書斎でペンを動かしていた 翌日はなんだか頭が重いので10時頃になってようやく起きた
顔を洗いながら裏庭を見ると昨日植木屋の声の下あたりに小さい考察が青い 特産の人株と並んで立っている
高さは特産よりもずっと低い 庭下駄を履いて日陰の霜を踏み砕いて近づいてみると考察の表には
この土手上るべからずとあった筆子の手席である 午後三駅地から返事が来た
文長はかわいそうなことをいたしましたとあるばかりでうちのものが悪いとも残酷 だとも一向書いてなかった
1988年発行 筑波書房筑波文庫夏目漱石全集10より読了読み終わりです
思い出と反省
ああ 冷たい文帳を手に取り上げるところなんかもう
30年以上前の思い出とフラッシュバックしてもうずっとん ずっと泣きそうになってましたねああ
あったよこれと思って夏目漱石谷のせいにしすぎだと思うけどね
はぁ 調べてみると文長の寿命は
10年とか生きる答えもあるみたいですね
うちの子も亡くなってしまったのはやっぱり外に出してその寒気 寒さが答えたということだったんだと思います
具体的な世話をした記憶もちょこっと残ってるんですけど なんか毎日家族で当番を決めてやってたような記憶はないので気づいた時に
あるみたいな雑な育て方をしていたんでしょうね かわいそうなことをしたと今でも思っています
まあ今僕の手元には猫が2人猫は2匹いますんで この子たちをちゃんと最後まで見とってって感じですね
桃色インコウっていう首筋の同じのところからバラの香りがするというすごい素敵な 鳥がいるんですけど
寿命がね30年とかあるんですよ あれ僕のが先に行くなっていうね
見とれないかもしれんっていう 手が出ません大きめのあのカラフルなインコとかいるでしょ
オウムとかルリコン号インコみたいなやつとかで70年とかいるらしいですから 全然全然全然
うっかり買っちゃったら最後自分の終わりが近い時に そのバトンタッチする相手を探すっていうこともあるみたいですよ
もう私 生活が苦しいとかではなくてもうそろそろ私も
中核の一環として この子を叱るべき方にお譲りしたいみたいなこともあるそうです
長生きだからね
文章も10年生きるとなるとおじいさんになってから手出すのは危ないね
はい ああ子供の頃の思い出を何か思い出しちゃった
では終わりにしましょう 無事に寝落ちできた方も最後までお付き合いいただいた方も大変にお疲れ様でした
といったところで今日のところはこの辺でまた次回お会いしましょう おやすみなさい