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2025-09-30 29:56

168田中貢太郎「あかんぼの首」(朗読)

168田中貢太郎「あかんぼの首」(朗読)

ただ可哀そうな京子。

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サマリー

田中幸太郎の短編「赤んぼの首」の朗読を通じて、京子の夢の中の出来事や彼女の感情が描かれています。物語は、京子が夢の中で出会った家族と赤ん坊の不思議な経験を中心に展開します。京子が赤ん坊を抱こうとする夢を見て、現実でも同様の恐怖に直面します。この物語は、京子と彼女の夫が海岸の家で遭遇する不安と緊張、そして夢と現実の境目を描いています。田中幸太郎の朗読による『あかんぼの首』のエピソードでは、京子と夫の不安が高まる中、予期せぬ恐怖の出来事が展開します。特に、ドッペルゲンガーのような現象や流産の悲劇が影響を与える状況が描かれています。

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寝落ちの本ポッドキャスト
こんばんは、Naotaroです。
このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、
それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。
作品はすべて青空文庫から選んでおります。
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さて、今日はですね。
田中幸太郎さんという方の
猫が鳴いている。
赤んぼの首です。
田中幸太郎さん、高知県生まれ、小説家、随筆家。
漢学塾に学び、新聞記者を経た後に上京。
大町経月、田山家体、田岡霊雲に支持。
田山家体のお弟子さんか。
代表作には、田中幸太郎見聞録、扇風時代、日本階段全集、品階段全集などがあるそうです。
今日はその方の赤んぼの首です。
タイトルがいかにもってかんですね。
文字数が9500文字なので、30分そこそこでしょう。
うん。
それじゃあやっていきましょうか。
はい。
それでは参ります。
京子の夢の始まり
赤んぼの首
①赤い陰気のにじんだような暑い陽の光があった。
陽の光は谷の下の塵下の塀越しに見える若葉を照らしていた。
若葉の中には塩釜桜か何かであろう。
散り残りの白いあざれたような花弁があって、それが青みだって吹いてくる風に虎鳥のようにちらちらと散った。
花弁は崖の上の吹きの葉の上にも落ちた。
電車の乗り換え場の土雨はぬる湯で吹いた顔や衿にまだにじんでいるような気がした。
電車の交差点の一方は赤レンガ米の高い工場になっていた。
塀に沿って街路樹の鈴掛けの若葉があった。
若葉の枝は狂人のように風のために踊っていた。
黄色に見える土雨はその四辺にわびしい色彩を施していた。
京子は正午前に行ってきた病院の行き帰りの道のことを浮かべていた。
京子は重い頭を左枕にして寝ていた。
薄青い電灯の光が枯葉にくるまった彼女の姿をげんないと照らしていた。
床の中は生温かで、ほこりのある体をじっと一ところに置いていると、その箇所が熱ざしてくるような気持ちになった。
彼は足や手の先を冷たいところへところへとやった。
冷たいところへとやった刹那の感触は心よい嬉しいものであった。
彼はふと夕飯のときに夫の唇から漏れた同情のある言葉を思い出した。
「来月の十日頃が来たなら学校のほうも休みになるから海岸のほうへ連れて行ってやろう。
一か月ぐらいものんきにしていれば治るだろう。」
砂丘に植えた小松の枝ぶりや砂の細かな磯際。
藍色をした水の色と空の色とが溶けあった果てしもない海の形なのが思い出された。
それは四五年前、結婚した年に二週間ばかり行っていた海岸の印象であった。
ギラギラ光る日の光は愛おわしかったが、夕方に小松の葉を動かした風の爽やかさは忘れられなかった。
京子の神経にその風が吹いていた。
彼は連れて行ってもらうことができるものならすぐ明日にでも行きたいと思った。
そして海岸へ行ってその風に吹かれようものなら、こうした暗いじめじめしたような気持ちはいっぺんになくなって体も軽くなるだろうと思った。
彼はそのことを夫に話したいと思った。
そしてそれがはっきりした形になりかけてくるともう話してみようとする気もなくなった。
二階の狭い書斎で海軍省方面の翻訳をしている夫のところへ行くにはきついはしご団をあがらねばならんし、
夫をそばへ来てもらおうとすれば手をならして女中を呼ばねばならなかった。
彼にはそれもこれも億劫で仕方がなかった。
京子は右枕に寝返りした。
新しい冷たさが手足に心よかった。
彼は一昨年の春に流山をして以来どこといってさまったところはないが、
始終頭痛がしたり軽いめまいを感じたり、その上体がだるくて熱ざした。
一年ばかり亡くなっていた月のものも昨年からあるにはありだしたが、平成も不順勝で時とすると妊娠ではないかと思われるようなこともあった。
不思議な邂逅
その日も二三日前からだらけていた体が、
前晩あたりからえらい熱病にでもかかったように熱ざしてほてるので掛かりつけの医師に行ってきたところであった。
吐き気を覚えるようなことはありませんか。
医師は妊娠の下地ではないかと疑いを置いたらしかった。
月の五六日にあるべきはずの月のものがその時も十日ほど伸びていた。
勝手の方で瀬戸物を落としたような音がした。
女中がまた何か疎々をしたのであろうと思った。
指の先が棒のような感じのする赤黒い錠脈のなめくじのように浮き上がった女中の手がそこにあった。
風かそれとも遠くの方を行く汽車の音とでもいうような平成も耳に入ってくる雑音が聞こえてきたくらいもやもやした憂鬱がこの雑音に絡みついてしまった。
彼はだるい体の向きをまた変えた。
心よい濁りのない風が吹いた。
と青い松の葉の一つずつがその風に動いた。
その松の葉へは月が差していた。
黒い松の幹がとびとびに見えた。
足元にはメリケンコのように白い踏んでも音のしない砂があった。
時々波の音が思い出したようにザーザーと聞こえた。
強子は無心になって何も考えないで足の向くままに歩いていった。
小さな砂丘をだらだらと降りると小さな川が流れていて板橋が渡してあった。
橋の向こうにはぼんやり月の光を射した松林の丘があってそこには二三軒の別荘風の家が見えた。
そろそろと板橋を渡った強子はつかびれて休みたくなったのでとっつきの家の方へと行った。
家の前にはマサゴを敷いたかなり広い道が通じていた。
彼はその道を横切って門口へと行った。
門の左右には竹のひしがきをして船板でこしらえた門の扉を閉めてあった。
門の扉は強子を遮らなかった。
彼は自分の家でも入っていくように入ってしまった。
閉めてあった玄関のとも彼女を拒まなかった。
中には四畳半ぐらいの玄関の部屋があった。
彼はそこへつかびれた足を投げ出して座った。
部屋の見つけは壁になってそこには髪の白い西洋人の半身像の額がかかっていた。
それは夫の書籍にあったトルストイという男の顔に似ていた。
トルストイだろうか。
強子がこう思って顔を上げたとき赤ん坊の鳴き声がした。
おや、ここに赤ん坊があるよ。
彼は赤ん坊が見たくなってきた。
彼は右側の障子を開けた。
そこは茶の間になって向こうの障子の先は縁側になっていた。
彼はその縁側を伝って行った。
赤ん坊の鳴き声は次の部屋からであった。
彼はその障子を開けた。
二つの床があって夫婦が枕をこちらにして寝ていた。
若い女優まげにした西君は派手なメリンスの薪布団に包んだ赤ん坊に父を当てがって眠っていた。
強子は西君の鎮頭にしゃがむようにして赤ん坊を覗き込んだ。
丸顔の西君の顔がふとこちらを向いた。
西君はあくまでも見たように震え声を立てた。
「どなたです?どなたです?何しに来たんです?」
強子は騒がなかった。
「奥様騒がなくてもいいんですよ。私は赤ん坊を見に来たんですから。」
西君は口をもぐもぐしてやっと彼女の顔を見直した。
「あなたどなたです?こうして寝ているところへ何しに来たんです?ねえ何しに来たんです?」
「私は赤ん坊を見に来たんですよ。」
「赤ん坊を見に来たんですって?誰に断って寝ているところへ入ってきたんです?失礼じゃありませんか?早く出て行ってください。」
と言って赤ん坊の泣くのもかまわず後ろを向いて、
「早く起きてください。大変です。大変です。」
男がびっくりして飛び起きた。
強子もその音にびっくりした。そして彼の気は遠くなった。
強子は朝飯の休辞をしていた。
日々屋にある中学校へ行っている夫は背広の愛服を着てあぐらをかいていた。
夫が好きで毎夜その味噌汁に入れることになっているわかめの香りがほんのりとしていた。
強子はそれが鼻に染み込むように思って仕方がなかった。
どうした連想であったのか、彼はふと海岸の家のことを思い出した。
「昨日、面白いことがあったんですよ。」
「ん?どうした?」
夫は軽い好奇心を動かしたようであった。
「昨夜、海岸の先を降りていくと小さな川があって、それに板橋がかかっているんですよ。
その橋を渡ると向こうに小石を敷いた広い通りがあって、
その通りに相手二、三軒の家があるじゃありませんか。
私はくたびれたからちょっと休もうと思って船板の門をした家へずんずん入っていくと玄関があって、
それが四畳半ぐらいでしたよ。
そこで両足を投げ出して休みながら見ますと、
壁に西洋人の額がかかっておるじゃありませんか。
それがいつかあなたに見せていただいた、トレストイですかね、
偉いロシアの小説家の肖像ですよ。」
「なんだそれは、夢か。」
夫は飯をもらいながら笑った。
「それがどうも夢のようじゃないんですよ。
松の木の色も葉の色も波の音も家の様も何でもかんでもちゃんとわかっているんですよ。」
「それが夢さ。容易に海岸の話をしていたから夢に見たんだろう。」
「でも夢じゃないようよ。
それで玄関で休んでいると赤ん坊の鳴き声がするじゃありませんか。
私は赤ん坊が見たくなったんで右の方から入ってみると茶の間があって、
その先に縁側がありますから、
縁側に出てみると赤ん坊はすぐ次の部屋で寝ているようですから、そこへ入ってみると、
ご夫婦が寝ていて奥様は丸顔の女優曲げにした、
それはきつそうな方ですよ。
私が赤ん坊を覗いていると目を覚まして、
「どなた?何しに来たのだ?」って怒るんですよ。
私は平気で赤ん坊を見に来たと言ってやると、ご夫婦様が怒っちゃって、
大声で旦那を起こしたもんだから旦那が寝ぼけて飛び起きたんですよ。
私もそれにびっくらした表紙に何が何やらわからなくなったんですが、
その時が夢の覚めた時でしょうよ。」
夢と現実の境界
「ふふふ。だから夢だと言っているじゃないか。夢さ。
海岸のことが頭にあったからそんな夢を見たんだよ。やはり体のせいだ。
来月は行こう。翻訳の本もその時分には出来上がるから。
一ヶ月くらいはゆっくり行って遊んでこよう。そこで仕事をすればいい。」
夫は飯の後で茶を飲みながら海岸行きの話をしてから出て行った。
京子はその後で飯も食わずに茶舞台に片肘をついたなりで考え込んでいた。
二人の学生が話しながら通って行った。
その学生の下駄の根が敷いてある通りの政子にコトコトと当たった。
小川の上にはもやがきれぎれに浮かんでいた。
京子は板橋を渡ってしまうと彼の家へと行った。
船橋の門の扉も玄関のとも入って行く彼の体を使えなかった。
玄関へ上がると昨夜の肖像があるだろうかと思って目をやった。
肖像は依然としてかかっていた。
「今晩こそ一でもあの赤ん坊を抱いてやろう。」
京子はまた昨夜のように茶の間へ通り、茶の間からまた縁側へと出て夫婦の寝ている部屋へと行った。
細君は薪布団にくるんだ赤ん坊をそばへ置いてその方に顔を向けて眠っていた。
赤ん坊はできて三月ぐらいになるらしい人形のような子供であった。
呼吸器に故障のあるらしい夫の寝息がグーグーとカエルの鳴き声のように聞こえていた。
男の子であろうか女の子であろうか。
京子は無邪気な赤ん坊の寝姿を眺めていたが抱きたくなったので座ったままで両手を差し出した。
赤ん坊の薪布団にそっと手がかかった。
細君の目が開いた。
細君の両手は京子の右の手首に蛇のように絡みついた。
何をするんです。あなたは何をするんです。
京子はその肩膜に驚いて手を振り離そうとしたが離れなかった。
早く起きてください。早く早く。
昨夜のやつが来て坊やをなんかしようと言うんですよ。早く。
細君は起き上がってきて京子を横に突き飛ばして片手にその紙にかけた。
細君はまた叫んだ。
早く起きてください。昨夜のやつが赤ん坊を取りに来たんですよ。
早く早く。
夫は飛び起きた。
そして夫の手は京子の首筋にかかった。
よしこいつか。こいつが昨晩のやつか。
京子の陰光はふさがってきた。
細君の意地悪い手は京子の頬や額のあたりに当たった。
京子は苦しみもがいた。
赤ん坊の鳴き声が聞こえた。
京子はその鳴き声を少し耳に入れたままでわからなくなってしまった。
京子は並んで寝ていた夫に揺り起こされていた。
夫の何か言う声が遠くの方でするように思いながらやっと目を覚ました。
どうした。大変うなされてるじゃないか。夢を見たんじゃないか。
京子は目を開けた。
青い伝統の光が自分の肩にかけた夫の手を照らしていた。
京子は首から顔にかけて重い痛みが残っていた。
夢でも見たのかね。うなされてたよ。
どうも夢ではないんですよ。赤ん坊を抱きに行ってひどい夢にあったんですよ。
奥様に髪をつかまれて顔をめちゃくちゃにつままれたり、
旦那は旦那で飛び起きてきて私の喉を締め付けるんですもの。
夫は笑い出した。
やっぱり体のせいだ。体が悪いと深刻な夢は見るもんだ。
夢じゃないんですよ。本当ですよ。顔をめちゃくちゃにつままれたんだからどうかなってやしない?
未だに顔から首の周りが痛いんですよ。
京子は顔に手をやって顔一面を撫でた後に夫に見せるようにした。
どうもなるもんかね。なってやしないよ。夢じゃないか。
でも本当よ。昨夜の家へまた行って赤ん坊を抱こうとするとやられたんですよ。なんだか悔しいんです。
それがやはり体の具合さ。
でも夢であんなことあるんでしょうか。今でも悔しいんですよ。
あの奥様をどうかして赤ん坊をとってきて投げつけてやりたいと思ったんですよ。
やっぱり体だ。体が良ければそんな夢は見ないよ。
月の表を霧のような雲が飛んで沖の方からは強い風が吹いていた。砂丘の小松の枝が音を立てていた。
砂丘の訪問者
落松葉が顔にかかった。砂丘を降りて小川の板橋を渡ろうとすると向こうから渡ってきた人があった。
京子は草の中へ寄って向こうから来るのを待っていた。村の人らしい帽子をかぶらない老人であった。
老人は京子の顔をじっと見た後に砂丘の方へと上っていった。
京子は橋を渡った。京子の心は緊張していた。
京子はずんずんと船板の門の中へと入って行った。
彼はもう壁の額も茶の間も見ずに夫婦の寝室へと入った。
砂丘の寝床には赤ん坊ばかりで砂丘は見えなかった。
川や江でも行っているだろう。いいところだ。
京子はいきなり赤ん坊を抱き上げて寝床の上に座った。
赤ん坊はすやすやと眠って覚めなかった。
夫の方のぐうぐうとなる寝息が耳についた。
この人質をもっておれば女がどんなにしても負けることはない。
京子はこう思って勝利者の愉快を感じていた。
大変大変。あなた早く起きて下さいよ。またギャスが来ているんですよ。
入口へ立った砂丘が縁側を踏み鳴らすようにして叫んだ。
京子は霊障を浮かべてその顔を見た。
奥様、こんばんは私が勝ったんですよ。人質がここにおりますから。
夫の方も起き上がった。
何の恨みがあってあなたはそんなことをなさるんです。
砂丘は悔しそうに言った。
何も恨みはないんですよ。恨みはないがこの赤ん坊が好きだから抱きに来たんですよ。
京子は霊障を浮かべて言った。
好きでも何でも誰に許可を受けてここへ入ってきた。
夫は立って京子の方へやって来た。
そんなこと聞く必要がない。赤ん坊を抱かすことはならん。こちらへおこせ。
砂丘も入って来た。
およこしなさい。それは私の赤ん坊ですよ。あなたに抱かすことはなりませんよ。
京子は赤ん坊を抱いたなりで立ち上がった。
いくら何と言ってもこの赤ん坊はもう渡しませんよ。
夫の手は京子の肩にかかった。
砂丘の手は赤ん坊にかかった。
だめですよ。
京子は二人の手を払い抜けるようにして茶の間の方へと言った。
夫婦は叫び声をあげて追って来た。
京子は茶の間へ入った。
茶の間の電燈の下には砂丘の縫いかけた荒い針の着物のたたんだものと小さな裁縫箱とがあった。
裁縫箱には絵を赤く塗った花鋏があった。
京子はその鋏を片手に取って広げながら赤ん坊の首のところへと持って行った。
夫婦は入口へとやって来た。
乱暴するならこれをこうするんですよ。
砂丘の悲痛な叫びが聞こえた。
砂丘の両手は鋏を持った京子の手にかかった。
京子の手がその弾みに働いた。
赤ん坊の首が血に染まりながらコロリと畳の上に落ちた。
京子は夫に抱きすくめられて寝床の上にいた。
京子は目をキョトキョト刺して紙片を見回した。
赤ん坊の首なんかあるもんか。どこにそんなもんがある。
赤ん坊の運命
夫は叱るように言った。
京子はそれでも恐ろしそうな目をして紙片を見ていた。
やはり夢さ。体が悪いからそんな夢を見るんだ。
今日は脳病院へ行って石川博士に診察してもらおう。体のせいだよ。
京子は正気が静まってきた。
夢でしょうか。本当に恐ろしかったんですよ。
夢さ。神経衰弱がひどくなるとつまらん夢を見るもんだよ。
2
学校の休みになるを待ちかねて京子の夫は京子を連れて海岸へとやってきた。
そこは山裾になった土地で山の方には温泉もあった。
二人はまず友人から聞いた海岸の旅館へ行ってその上で柏を探すことにして
汽車から降りると海岸へと向かったが、
その海岸へは車で行くと十四五丁もあるが歩けば五丁にも足りないというので
雇った車屋にトランクを担がして夫婦は小さなバスケットを一つずつ持って歩いた。
2時を回ったばかりのところで会った。
風の蒸し暑い暑い日で松の葉がまっすぐに立っていた。
松原を出外れて小松の植わった砂丘を降りて行くと小さな川が流れていた。
何だか私ここは見覚えがあるようですよ。
夫の後ろから歩いていた京子が言った。
小さい時に誰かと来たことがあるだろう。
夫は心持ち振り返るように左の片頬を見せた。
ここへ来たことはないんですよ。
お父さんもお母さんも昔叩きで旅行なんかしなかったから気はしないんですよ。
そうかな。
丘を降りてしまうと小さな板橋へ来た。
板橋の向こうにマサゴを敷いた広い道があった。
あの道へ出てくるんだね。
夫は車屋に向かって行った。
えーそうです。ずっと回ってここへ来るんですから十丁以上もありまさ。
車屋はトランクの肩を抱えて片手にした手ぬぐいで顔の汗を拭いた。
夫は橋を渡って行った。
水の中には小さい足が一面に生えていた。
道の向こうには少し高まった松林の丘があってそこに三軒ばかり別荘風の家があった。
京子は嫌な顔をして橋の向こうのとっつきにある家を見直した。
あなた、あなた。
京子は夫に声をかけた。
彼女は橋を渡って行った。
道の上へ上がった夫は彼の方を向いた。
何だね。
いつかの家ね。この家のようよ。
夫にはがてんが行かなかった。
ん?家って何だね。
あの、夢の家ですよ。
京子の声は震えを帯びていた。
夫はその方へ目をやった。
竹掛けを言うた船板の門の扉が閉まった家が目についた。
夫は笑い出した。
そんな馬鹿なことがあるもんか。
でもそうですよ。小松の生えた丘の具合からこの板橋の具合までそっくりですよ。
だから見覚えがあると私言ったんですよ。
そんなことはないさ。
ないが、ほら、門が閉まって空き家らしいね。
空き家なら借りたいもんだが。
トランクを担いだシャフがやって来た。
車屋さん、この家は開いてるかね?
へえ、開いてます。
一ヶ月くらい貸さないだろうか。
ああ、貸さない方はないでしょうが、この家は変な家ですよ。
先月までここにいた東京門が赤ん坊を妙な女に占め殺されたって借り手がないんですよ。
夫は妙な顔をして京子をちらっと見た。
京子は真っ青な顔をしていた。
じゃあ、まあ、宿屋に行ってからのことにしよう。
縁起の悪い家はいけない。
夫はこう言って海岸の方へと歩き出した。
京子は並ぶようにして歩いた。
二人はもう何も言わなかった。
恐怖の展開
向こうの方から老人が一人やって来た。
老人は二人につれちがおうとして京子の顔をじっと見た。
そしてその目をシャフにうつした。
シャフとは見知り腰の顔であった。
二人は立ちながら何か話し出した。
夫と京子の二人は半丁ばかり向こうに歩いていた。
老人と別れたシャフが早足に追いついて来た。
だな、今の男があの家の家主ですよ。
そうかね。
夫はこう言ったきりで何とも言わなかった。
シャフは京子の方へ言葉をかけた。
奥様は一度こちらへおいでになったことがありますか?
今の男がどこかでお見かけしたようだと言っておりますよ。
京子は返事をしなかった。
ああいや、これはこちらは初めてだ。
どこか東京へでも来たときに見たんだろう。
京子と京子の夫は海岸の旅館の二階に通っていた。
京子は青白い目をして座ったなりにうつむいていた。
着物を着替えるがいい。
何でもないよ。お前の夢と変なこととか暗号したんだ。
そんなバカバカしいことがあるもんか。
京子はそれでも動かなかった。
夫は洋服を宿の寝衣に着替えながら女中の置いていった茶を飲んでいた。
ほら、着物でも着替えると気が変わるよ。お着替えよ。
京子はそれでも返事をしなかった。
番頭が入ってきた。
番頭の手には名刺があった。
あの、この方がちょっとお目にかかりたいと申します。
夫は手に取ってみた。それは警察の名刺であった。
警察か。何の用事だろう。
夫はこう言って考えた。
近頃はもう警察がどなたにでも会いに来てうるさくて困るんですよ。
ここへ通しましょうか。
うん、では通してもらおう。
本当にお気の毒でございます。
番頭が腰を上げた。
何か恐ろしい叫び声をしながら京子は立ち上がった。
夫が驚いて腰を犯したときにはもう彼女は廊下へ出ていた。
そして欄管に片足をかけた。
夫は追って行って抱き止めた。
な、何をする。
夫はこう言いながら庭の方へ目を向けた。
庭の赤松のそばを京子と少しも変わらない女が駆けていった。
夫は目を見張って抱いている京子の顔を見返した。
それでも不思議であるからまた庭の方を見た。
駆けていった女の姿はもう見えなかった。
京子は夫の手を振り離そうとしてもがき狂うた。
京子の夫の矢島文学史は翌日恐怖の塊とも言うようになった京子の体を解放しながら
東京駅の汽車の隅に肖然として腰をかけていた。
2003年発行。学習研究者。学研M文庫。電気の箱6。田中幸太郎日本会談辞典。
被害者の感情
より独領読み終わりです。
はあ、ドッペルゲンガー的なことなのかな。
でも、無有病ともちょっと違うような気もするよね。
最終的に二人いたわけですからね。
で、その片方の強行犯罪の様が共有しちゃってるってことですよね。
ただただかわいそうだね。
流産してかわいそうな目にあってるのに、
それでこんなひどい目に遭うなんて。
ああ、なるほど。
まあ、被害者のご夫婦も本当にいたたまれないですけどね。
ああ、そうですか。
赤ちゃんを見に行きたくて、無邪気に振る舞っている強行がちょっと狂ってる感じがしてよかったですね。
うーん、なるほどね。
襲われた嫁の方の慌てふためきぶりとか、声が結構入っちゃってうるさかったかもしれませんね。
すいません。
まだ9月中旬なのに、これ多分公開10月だな。
謎に精力的に収録しています。
はい、じゃあそろそろ終わりにしましょうか。
無事に寝押しできた方も、最後までお付き合いいただいた方も大変にお疲れ様でした。
といったところで、今日のところはこの辺で。また次回お会いしましょう。
おやすみなさい。
29:56

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